論文要旨 氏 名(本 籍) 佐 藤 隆 登(福島県)

工学院大学研究報告第 108 号 平成 22 年 4 月
氏 名(本 籍)
佐 藤 隆 登(福島県)
学 位 の 種 類
博士(工学)
学 位 記 番 号
博甲第 100 号
学位授与の要件
学位規則第 4 条第 1 項
学位授与年月日
平成 21 年 3 月 31 日
学位論文題目
マイクロ加工技術を用いた沸騰素過程解明実験及び微細構造付き伝熱面の沸騰性能評価
論文審査委員
主査 雑 賀 高
副査 佐 藤 光太郎
廣 木 富士男
大 竹 浩 靖
小 泉 安 郎(信州大学)
刑 部 真 弘(東京海洋大学)
象は未だに明確でない部分を残しており,解明には伝熱
論文要旨
面表面状態の把握と蒸気泡の挙動を観察することが必要
はじめに
である.
沸騰は極めて高い熱伝達率が得られることから,効率
本研究では,マイクロ加工技術を用いて人工キャビ
良い冷却技術として利用されてきている.また,発電に
ティ付き伝熱面を作製することで,従来,沸騰気泡挙動
おけるボイラーでの蒸気発生等,相変化の介在する装置
の影響因子とされた伝熱面性状を把握でき,沸騰実験を
及び機器において中核をなす現象でもある.従って,工
行うことが可能である.人工キャビティから発生する蒸
業分野に限らずに日常生活も含めて,沸騰現象は広く利
気泡の観察をし,伝熱機構を実験的に解明する.さらに
用されてきている.このような重要性から沸騰研究は過
マイクロ加工技術を用いて微細構造を付加した伝熱面を
去 60∼70 年以上続けられてきた.
作製し,沸騰性能の評価をすることで,高性能沸騰伝熱
近年では,CPU の冷却技術として小型・高効率な冷
面を創製することも目的としている.
却装置の要求が高まり,沸騰を利用した冷却技術である
人工キャビティ付き伝熱面による実験結果は,未だ明
微細加工を施した高性能沸騰伝熱面
1)
,
2)
,
3)
の研究が行わ
確でない伝熱面性状と気泡挙動の関連性,及び,未だ不
れている.また,半導体製造工程における微細加工技術
可能とされる沸騰のシミュレーションに寄与するものと
の進展により,マイクロスケールでの沸騰実験が可能と
考える.これらの知見は,高性能沸騰伝熱面を含む沸騰
なった.バブルジェットプリンターに用いられる薄膜マ
現象を利用したあらゆる工業機器の開発・創製に貢献す
イクロヒーターを用いた沸騰研究 や,中別府 による
るものと考える.
4)
5)
マイクロサイズの熱電対を用いた沸騰蒸気泡下部の温度
測定実験,庄司6),7),8)による人工キャビティを用いた沸
実験装置及び実験方法
騰実験などが挙げられる.
沸騰テスト容器は高さ 230mm,断面 200mm×200mm
沸騰伝熱は液相が気相へ変化する相変化を伴う熱伝達
の真鍮製密閉容器である.側面には観察用窓が 2 箇所あ
である.発生する蒸気泡は表面張力や浮力,液体の対流
り,容器には水加熱用ヒーター,容器内圧力調整用の水
の影響を受けながら,成長・離脱・合体を繰り返し,気
冷却凝縮器が取り付けられている.20mm×20mm に裁
泡形状は一様でない.また,蒸気泡と周囲液体の密度変
断した人工キャビティ付き伝熱面,または微細構造付き
化も考慮しなければならない.更に,通常の伝熱表面上
伝熱面であるシリコンチップを,ポリイミド樹脂プレー
(固体表面)には発泡点となるキャビティ(傷や窪み)
トに接着し,その樹脂板を真鍮製アダプタに固定する.
が多数存在し,その直径や深さ及び形状も一様でない.
このアダプタを密閉沸騰テスト容器底部に取り付ける.
多くの影響因子が互いに絡み合い複雑である.特に,伝
レーザー装置及び光学システムを用いて,伝熱面裏面に
熱面の表面状態が,蒸気泡発生の現象を複雑にし,現象
半導体レーザーを照射して伝熱面を加熱する.伝熱面裏
の非再現性に影響を及ぼしている.したがって,沸騰現
面温度は,温度分解能 0.08K,時間分解能 3ms/line の赤
工学院大学研究報告
136
外線放射温度計によって測定する.
域では,合体気泡が伝熱面上から離脱するか,常に合体
まず精製水を沸騰容器内へ注ぎ込み,ヒーターにより
気泡が伝熱面上に存在し続けるか,この挙動の差が伝熱
加熱する.沸騰状態をしばらく保ち,容器内試験液の十
機構に影響を与えていることがわかった.
分な脱気を行う.水温は K 型熱電対により測定し,沸騰
容器内圧力は圧力計により測定する.水温加熱ヒーター
微細構造付き伝熱面の沸騰性能評価
と凝縮器により容器内を 0.1MPa の飽和状態に保ちつつ
MEMS加工技術を用いて,
鏡面状シリコンウェハ上に,
伝熱面裏側を半導体レーザーにより加熱する.また,赤
平行な微細溝や格子状溝を作製し,
これを伝熱面として,
外線放射温度計と光速度ビデオカメラを同期させ,伝熱
熱流束が 4.89×106W/m2 までの範囲で水のプール核沸騰
面裏面温度を測定すると同時に人工キャビティ又は,微
実験を行った.本実験の範囲で得られた結論は以下の通
細構造付き伝熱面より発生する気泡挙動の撮影を行う.
りである.
溝幅が狭く深い溝ほど溶存空気を保持し,沸騰開始し
マイクロ加工技術を用いた沸騰素過程解明実験
易い伝熱面を作ることができる.しかし,使用回数を増
厚さ 0.525mm,表面粗さ 2.2nm の鏡面仕上げされたシ
すと微細構造内に残存する溶存空気が減少し,沸騰開始
リコンウェハに,DRIE(Deep Reactive Ion Etching)を
温度に効果が無くなる.沸騰開始温度の低減,核沸騰の
用いて開口径 10μm,深さ 40μm の円筒形深穴を掘り,
促進,使用回数によらない再現性の向上には,溶存気泡
これを伝熱面として,熱流束が 4.54×10 W/m までの比
の保持力を向上することが重要であることがわかり,沸
較的低熱流束の範囲で水のプール核沸騰実験を行っ
騰開始温度安定,且つ沸騰する場所を固定可能である人
4
2
9)
−10)
た
.本実験でのキャビティ数は 3 個であり,キャビ
工キャビティを,伝熱面の加熱領域全体に配列した伝熱
ティ配置間隔を 1 mm∼4mm と変化させた.キャビティ
面でプール沸騰実験を行い,その沸騰性能の評価も行っ
間隔 S をラプラス長さ LC で除した無次元キャビティ間
た.その結果,人工キャビティ多配列伝熱面は,微細構
隔 S/LC で結果の整理をし,S/LC=1.6
(S=4mm)において,
付き伝熱面に比べて沸騰開始温度が安定であり,発泡点
気泡の水平合体及び斜め合体が無くなり,隣接キャビ
も実験回数によらず固定されていた.また,沸騰開始後
ティ間の熱的干渉が消滅することがわかった.
の伝熱面過熱度は,発泡点が多いほど,低く抑えられる.
また,厚さ 0.2mm,表面粗さ 2.2nm の鏡面仕上げされ
さらに,気泡核間の気泡の合体干渉,熱的温度干渉が生
たシリコンウェハに,DRIE(Deep Reactive Ion Etching)
じるような,キャビティ間隔で配置するとさらに伝熱促
を用いて開口径 10μm,深さ 40μm の円筒形深穴を掘り,
進の効果が得られることがわかった.
これを伝熱面として,熱流束が 1.35×10 W/m までの範
5
2
囲で水のプール核沸騰実験を行った11).前記の表面粗さ
総括
は原子間力顕微鏡により測定した.人工キャビティの寸
マイクロ加工技術を用いて人工キャビティを作製し,
法精度は,開口径−0.2%∼+8.9%,深さ−2.7%∼+16.3%
プール沸騰実験を行った.キャビティ間隔が沸騰に及ぼ
であった.本実験でのキャビティ数は 1 個または 3 個で
す影響を調査し,キャビティ配置間隔は,気泡核間の気
あり,3 個の場合,本実験では 1 mm,2mm,4mm と配
泡の合体干渉,伝熱面温度の熱的干渉に影響を及ぼし,
置間隔を変化させた.高速度カメラにより撮影した気泡
伝熱機構に対しても影響があることがわかった.沸騰現
挙動から,離脱気泡径,離脱周期を測定し,さらに気泡
象を取り扱う多くの分野に対して重要な知見を得ること
体積を算出することで,相変化による(潜熱)伝熱量及
ができた.また,複数の場所から沸騰するような実際の
び対流による伝熱量を算出した.本実験の範囲で得られ
沸騰現象をシミュレーションすることは,現在極めて困
た結論は以下の通りである.
難とされているが,数値計算する際に必要な,現象の理
単一キャビティの場合,熱流束によらず,全伝熱量の
解に対しても重要な知見が得られたと考える.
内,気泡が相変化により潜熱として持ち去る伝熱量が約
これらの結果を利用して作製した人工キャビティ多配
2 割,液の対流によって持ち去られる伝熱量が約 8 割で
列伝熱面は,微細溝付き伝熱面に比べて,沸騰開始温度
あることが分かった.
が安定であり,沸騰する場所を固定することも可能で
キャビティ個数 3 個の場合の実験結果から,沸騰開始
あった.また,キャビティ個数を増やすだけでなく,気
点付近の熱流束では,隣接気泡間の合体干渉の有無が対
泡の合体干渉や熱的干渉を生じさせる間隔で発泡点を配
流熱伝達に影響を及ぼすことがわかった.さらに熱流束
置すると,伝熱面過熱度を低く抑えることに効果的で
を増した,気泡の生成及び離脱の頻度が増加する加熱領
あった.これらの特性は,さらなる高性能沸騰伝熱面の
本学において授与された博士論文の要旨
開発において重要な結果となった.
参考文献
1 )高松 洋,久保秀雄,本田博司,
“リエントラント型人工
くぼみを有する模擬チップの浸漬沸騰冷却”
,日本機械学会
論文集 B 編,64 巻 621 号,1998,1426−1432.
2 )Honda, H., Takamatu, H., Wei, J.J.,“Enhanced Boiling of FC−72
on Silicon Chips With Micro−Pin−Fins and Submicron−Scale
Roughness”
. Journal of Heat Transfer, Vol. 124, Issue 2, 2002,
383−390.
3 )Mudawar, I.,“Enhanced Pool Boiling Using Carbon Nanotube
Arrays on a Silicon Surface”
, 2005 ASME International Mechanical Engineering Congress and Exposition, 2005, CD−ROM,
IMECE2005−80065.
4 )奥山邦人,飯島嘉宏,横島 理,
“急速加熱される微小伝
熱面上の高沸点液体の熱流体挙動”
,第 37 回日本伝熱シンポ
ジウム講演論文集,Vol. 2,2000,439−440.
5 )中別府修,古川雄太,
“MEMS センサによる沸騰気泡核近
傍の局所温度計測”
,第 41 回日本伝熱シンポジウム講演論文
集,Vol. 2,2004,361−362.
6 )Zhang, L. and Shoji, M.,“Nucleation site interaction in pool
boiling on the artificial surface,”Int. J. Heat Mass Transfer, Vol.
46 (2003), 513−522.
7 )Chatpun, S., Watanabe, M. and Shoji, M.,“Nucleation site interaction in pool nucleate boiling on a heated surface with triple artificial cavities,”Int. J. Heat Mass Transfer, Vol. 47 (2004), 3583−
3587.
8 )Chatpun, S., Watanabe, M. and Shoji, M.,“Experimental study
on characteristics of nucleate pool boiling by the effects of cavity
arrangement,”Experimental Thermal and Fluid Science, Vol. 29
(2004), 33−40.
9 )佐藤隆登,小泉安郎,大竹浩靖,
“MEMS 技術を用いて作
製した人工キャビティ付き伝熱面による核沸騰現象の実験的
研究”
,Thermal Science and Engineering,Vol. 15,No. 3,2007,
101−109.
10)T. Sato, Y. Koizumi and H. Ohtake,“Experimental Study on
Fundamental Phenomena of Boiling Using Heat Transfer Surfaces with Well−defined Cavities Created by MEMS (Effect of Spacing between Cavities)”
, Trans. ASME. J. Heat Transfer, Vol. 130,
No. 8, 2008, 084501−1−084501−4.(Technical Briefs,
[ 1 ]の 一
部分の英訳)
11)佐藤隆登,小泉安郎,大竹浩靖,
“MEMS 技術を用いて作
製した人工キャビティ付き伝熱面による気泡挙動及び伝熱機
構の実験的考察”
,Thermal Science and Engineering,Vol. 17,
No. 2,2009,83−91.
論文審査要旨
137
液体の対流の影響を受けながら,成長・離脱・合体を繰
り返し,気泡形状は一様でない.また,蒸気泡と周囲液
体の密度変化も考慮しなければならない.更に,通常の
伝熱表面上(固体表面)には発泡点となるキャビティ(傷
や窪み)が多数存在し,その直径や深さ及び形状も一様
でない.多くの影響因子が互いに絡み合い複雑である.
特に,伝熱面の表面状態が,蒸気泡発生の現象を複雑に
し,
現象の非再現性に影響を及ぼしている.したがって,
沸騰現象は未だに明確でない部分を多く残しており,そ
の解明には伝熱面表面状態の把握と蒸気泡の挙動を観察
することが必要であると考えられる.
本論文は,近年発展したマイクロ加工技術を用いて人
工キャビティ付き伝熱面を作製することで,従来,沸騰
気泡挙動の影響因子とされた伝熱面性状を均一化した加
熱面を用いて,人工キャビティから発生する蒸気泡の観
察をし,伝熱機構を実験的に詳細に解明することを目的
としている.
また,近年,CPU の冷却技術として小型・高効率な
冷却装置の要求が高まり,沸騰を利用した冷却技術であ
る微細加工を施した高性能沸騰伝熱面の開発も重要視さ
れている.特に,半導体製造工程における微細加工技術
の進展により,マイクロスケールでの高性能沸騰伝熱面
の開発も可能となった.本論文は,このマイクロ加工技
術を用いて微細構造を付加した伝熱面を作製し,沸騰性
能の評価をすることで,高性能沸騰伝熱面を創製するこ
とも目的としている.
本論文の第 1 章は,前出の沸騰熱伝達に関する,従来
の本質的な研究論文,研究成果のまとめとなっており,
本論文の目的を明確にするとともに,大学院での熱工学
分野の講義の教科書にも相応しい内容としてまとまって
いる.
第 2 章「マイクロ加工技術を用いた沸騰素過程解明実
験」は,本論文の中心となる章である.具体的には,本
学の MBSC 棟(SMBC 研究プロジェクト)のクリーンルー
液体の内部より液相が気相へと相変化する現象である
ム施設によって可能となったマイクロ加工技術を用い
沸騰現象は,極めて高い熱輸送能力があることから,古
て,シリコン基板上に直径 10 マイクロメートルの微細
くから工業上はもとより日常生活でも盛んと利用されて
穴を持つ加熱面を作製し,それを加熱面として沸騰実験
きた.特に,産業革命以降,その効率の良さより,エネ
を行っている.実験では,蒸気泡の発生点(これを発泡
ルギーや動力の生成に際し広く利用されており,極めて
点と呼ぶ)となるその直径 10 マイクロメートルの微細
重要な現象である.このような重要性から沸騰伝熱の研
穴(これをキャビティと呼ぶ)の配置間隔を変え,キャ
究は,1934 年の東北大学,抜山四郎先生の“沸騰曲線
ビティの配置間隔が沸騰に及ぼす影響を検討している.
の定量的提示”以後,国内外で盛んと研究およびその機
実験的検討を通して,キャビティ配置間隔は,発泡点間
器の開発が続けられてきており,現在に至っている.
の気泡の合体干渉,伝熱面温度の熱的干渉に影響を及ぼ
沸騰伝熱は液相が気相へ変化する相変化を伴う熱伝達
し,伝熱機構に対しても影響があること,すなわち低い
(対流)現象である.発生する蒸気泡は表面張力や浮力,
加熱面温度では液の対流伝熱が支配的であること,
また,
138
工学院大学研究報告
高い加熱面温度で,幾つもの合体を繰り返して生じた大
る.また,キャビティ個数を増やすだけでなく,気泡の
きな(合体)蒸気泡が加熱面上に常に滞在するようにな
合体干渉や熱的干渉を生じさせる間隔で発泡点を配置し
ると相変化伝熱が支配的になること,を明らかにしてい
た場合,
伝熱面過熱度(加熱面温度)を低く抑えること,
る.本研究成果は,複数の場所から気泡が発生するよう
すなわち沸騰伝熱の向上化(伝熱促進)に効果的である
な現状の沸騰現象のシミュレーションに対して,検証実
ことを明らかにしている.
験データとして重要な知見となる.
第 5 章「マイクロ加工技術」は,前出の加熱面加工の
第 3 章「微細溝付伝熱面の沸騰性能評価」および第 4
際の最適加工条件のデータ集となっており,マイクロ
章「人工キャビティ多配列伝熱面の沸騰性能評価」は,
ファブリケーションに対する貴重なデータベースが構築
前出の知見に基づき,CPU の冷却技術に代表される,
されている.
沸騰現象を利用したあらゆる工業機器の開発・創製に貢
以上,本論文を通して,学位申請者は,機械工学の専
献する,高性能沸騰伝熱面の沸騰性能評価を実験的に検
攻分野において自立して研究活動を行うに必要な高度の
討したものである.その結果,前出の結論を利用して適
研究能力およびその基礎となる豊かな学識を身につけて
切に作製した人工キャビティ多配列伝熱面は,微細溝付
いることが認められ,本論文を博士の学位論文に対して
き伝熱面に比べて,沸騰開始温度が安定であり,沸騰す
合格と判断する.
る場所を固定することも可能であることを検証してい