第一課 救い主イエス様のご誕生 聖書:マタ一 18 ∼ 25;ルカ二 1 ∼ 20 聖句:マタ一 21 本文内容: 今日、私たちは一番よく知っているイエス様のご誕生の話をします。前回、私たちはイスラエ ル人がカナンの地に入る話をしました。イスラエル人がカナンの地に入って、一千数百年後に、 ユダの北の町ナザレに一人の信仰がとても強いお嬢さんが住んでいました。 その名はマリヤと言 います。 「天使がマリヤを祝福した」 このマリヤは神を敬う好青年と婚約していたが、まだ結婚していません。このとき、天使はマ リヤの家に行って、マリヤに現われて、しかも言った、 「恵まれた女よ、おめでとう、主があな たと共におられます」。マリヤはきっと天使を見たことがないし、天使はどうして自分におめで とうと言ったのかも分からなかったのでしょう。 天使はマリヤが怖がっているのを知って、また彼女に言った、 「恐れるな、マリヤよ、あなた は神から恵みをいただいているのです。見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その 子をイエスと名付けなさい」。そこでマリヤは天使に言った、「どうして、そんな事があり得ま しょうか。私にはまだ夫がありませんのに」。天使が彼女にこれは聖霊が彼女の上に臨み、彼女 が神の子、救い主イエスを産むのだと言いました。 「天使がヨセフに現われた」 マリヤは神を敬う良いお嬢さんなので、彼女は天使の御言葉を信じ、 神様の御旨にしたがって、 救い主を産むことを受け入れました。マリヤはこのことを婚約者のヨセフに言えなかったので、 天使はヨセフに現われて、彼に言った、 「ダビデの子ヨセフよ、心配しないで、マリヤを妻とし て迎えなさい。彼女は男の子を産むでしょう。その名をイエスと名付けなさい。彼は、おのれの 民をもろもろの罪から救う者となるであるからです」。ヨセフも神を敬う良い人なので、彼は天 使の言葉を信じ、天使の命じられたとおりに、マリヤを妻に迎えました。 「民たちは人口調査のために自分の町に帰った」 そのとき、ユダヤ人はローマの皇帝に治められていたので、ローマの皇帝はすべての人が自分 の町に帰り、人口調査を受けるように命じました。マリヤはそのときは子供を産まれそうになっ ていたが、しかし、皇帝の命令にしたがって、登録するために自分の町に帰らなければなりませ ん。ヨセフとマリヤはダビデの子孫で、彼らの町はベツレヘムです。皆さん、一緒に「ベツレヘ ム」と読みましょう。 「ヨセフとマリヤがベツレヘムに帰った」 ナザレからベツレヘムまでは遠くないけれども、しかし、彼らの時代に電車も、車もなかった し、馬車も金持ちの人しか乗れなかったので、遠いところまで行くときはラクダに乗り、近いと ころはロバに乗っていました。ヨセフとマリヤはロバに乗って、しばらく経って、やっとベツレ ヘムに着きました。 1 「客間がいっぱいになった」 ヨセフとマリヤがベツレヘムに着いたとき、彼らより先に着いた人が多かったので、旅館のす べてがいっぱいになりました。どうしましょうか。道端、或いは他の人の庭に寝る訳にも行かな い。幸いなことに、その中の一軒の旅館がロバと牛が飼っているところを彼らに譲りました。そ の場所はあまりよくないが、しかし、道端に寝るよりはましです。 「生まれたイエスは飼い葉おけに置かれた」 神様のご計画は、イエスを金持ちの人の家に、或いはきれいな旅館に誕生させるのではなく、 マリヤたちが泊まる客室もない夜に誕生しました。どうしましょう。マリヤの家にはベッドと布 団があるけれども、しかし、彼らはベツレヘムに来て、こんな場所に泊まって、赤ちゃんを寝か せるベッドもないし、どうしましょうか。彼らは赤ちゃんを寝かせるために何を用いたのでしょ うか。みなさん、彼らは何を赤ちゃんのベッドの代わりにしたのでしょうか。そうです。飼い葉 おけです。これは馬を飼うとは限らない。と言うのは、そのときのユダヤ人はあまり馬を飼って いなくて、多くの人がロバを飼っていました。マリヤとヨセフは布で赤ちゃんをくるまって、飼 い葉おけに置き、赤ちゃんを寝かしました。生まれたばかりの赤ちゃんはきっとよく寝るでしょ う。何時間くらい寝たのでしょうか。きっとしばらく寝たと思います。 「天使が羊飼いたちに知らせた」 主イエス様が生まれた夜、ベツレヘムの町の近くに、羊飼いたちが羊の群れの番をしている時 に、天使が彼らに現われました。彼らは天使を見たことがないから、きっととてもびっくりした でしょう。このとき、神の栄光が彼らをめぐり照らしたので、彼らはもっと怖くなりました。天 使は彼らに言った、 「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝 える。きょうダビデの町に、あなたがたのために救い主がお生まれになった。このかたこそ主な るキリストである」。キリストは救い主の意味です。天使はまた彼らに言った、 「あなたがた、幼 な子が布にくるまって飼い葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。その方がキリストであ る」。 みなさん、あなたたちの家の赤ちゃんはどこに寝かしているのでしょうか。きっとベビーベッ ドに寝かしているでしょう。イエス様のほかに誰も飼い葉おけに寝かしたことがないでしょう。 これはイエス様が生まれたときのしるしです。天使が語り終わると、たちまちおびただしい天の 軍勢が現われて、天使たちと一緒になって神をさんびして言った、 「いと高きところでは、神の 栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。これらのことを語り 終わってから、天使たちが離れて天に帰りました。 「羊飼いたちがイエスを捜した」 この羊飼いたちが互いに言った、 「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出 来事を見てこようではないか」。この羊飼いたちは急いで町に入って、赤ちゃんを捜しました。ど この家の赤ちゃんでしょうか、天使は彼らに住所を教えなかったが、ただ、この赤ちゃんが飼い 葉おけに置かれているとだけを教えました。羊飼いたちが町に入ってから、ずっと飼い葉おけに 置かれている赤ちゃんを捜しました。なるほど、一軒の旅館のロバと牛を飼っていることろに赤 ちゃんの父ヨセフと母マリヤ、そして赤ちゃんの救い主イエスを探し出したのです。本当に飼い 葉おけに置かれていました。この羊飼いたちはとてもうれしくて、主イエスを拝みました。彼ら は自分たちがあったことを人々に話したので、みんなはこれを聞いて、とても不思議に思いまし た。 2 赤ちゃんイエスはいつまでも飼い葉おけに寝ているわけではない。しかし、彼の親が登録終 わってからナザレに帰らずにしばらくベツレヘムに住んでいました。主イエスが生まれて、八日 が過ぎたときに、彼の親が正式に彼を「イエス」と名付けました。イエスという名の意味は「お のれの民をそろそろの罪から救う者となる」という事です。 みなさん、イエス様は私たちの救い主であり、私たちを救うためにこの世に来られました。こ れから、私たちは引き続きイエス様の物語について勉強し、これを通して、イエス様が神で、私 たちの救い主であり、どのようにして苦しみを受け、私たちを救ったのかを分かるようになると 思います。私たちは神様の教えを守り、良い子にすれば、将来、主イエス様はきっと私たちを天 国へと迎えて下さるのです。 第二課 幼子イエスが危険から逃れた 聖書:マタ二 聖句:詩一二一 5 本文内容: 前回、私たちは赤ちゃんの時のイエス様の話をしました。赤ちゃんの両親はどうして牛や羊を 飼っている所にいたのでしょうか(客室が満員になったからです)。イエス様が生まれたとき、布 でくるんで、どこに置かれていたのでしょうか(飼い葉おけ)。その後、羊飼いたちが赤ちゃん の救い主を見に来たが、彼らはどうして赤ちゃんが救い主であることを分かったのでしょうか (天使が彼らに告げたからです)。彼らは救い主を見つけてから、喜んでこの不思議なことを言い 広めました。 「博士が主を捜した」 遠い東の方に数人の博士が一つとても明るい星を見ました。みなさん、博士はどういう意味か 知っていますか。博士とは多くのことを知っていて、とても学問のある人のことです。彼らも常 に天の星を研究しています。彼らはこの明るい星は普通の星ではなく、ユダヤ人の王が生まれた ことを知っていたのです。この博士たちはとても貴重な贈り物を用意して遠い道を歩いて、この 王を捜しました。みなさん、この王とは赤ちゃんの救い主イエス様だったのです。 この博士たちは生まれたばかりの王がどこにいるのか分かっていましたか。彼らはただユダヤ の国にいることしか分からなかったのです。神様が彼らを助けられたので、彼らは無事にユダヤ の首都エルサレムにつきました。このエルサレムには聖の宮があって、民たちを治めていたヘロ デ王も住んでいました。博士たちはこの町で生まれたばかりの王の居場所を尋ねたが、だれもそ れを知らなかったのです。ヘロデ王がこれ聞いて、とても不安になりました。彼はきっとこう思っ たでしょう、 「私が王だ、一体だれが私の王位を奪おうとしているのか」。彼はこの王になる赤ちゃ んがまだ小さいうちに殺そう、そうすれば、自分の王位を奪う人もいなくなると思いました。 ヘロデ王は祭司長と律法学者たちを集めて、この人たちはよく旧約聖書を読み、聖書に精通し ています。王は彼らに聞いた、 「キリストはどこに生まれるのか」。彼らは答えました、 「ユダヤ のベツレヘムです。聖書にはこう書かれています、 『ユダの地、ベツレヘムよ、おまえはユダの 君たちの中で、決して最も小さいものではない。おまえの中からひとりの君が出て、我が民イス ラエルの牧者となるであろう』」。ヘロデ王はこれでベツレヘムから一人の王が生まれることを 3 知ったのです。ベツレヘムも彼が治めている地で、彼はきっとその幼子を迫害する方法を考え出 すに違いがありません。そこで、彼は博士たちにこう言ったのです、 「その星はいつ現れたので しょうか。行って、その幼子のことを詳しく調べ、見つかったら私に知らせてください。私も拝 みに行くから」。みなさん、ヘロデ王が本当にその幼子を拝みに行くのでしょうか。いいえ、そ の子に害を与えようとしているからです。 この博士たちはヘロデ王がその幼子を迫害しようとしているのを知らなかったのです。彼らは 出て行きました。その不思議な星は急に彼らの前に現れ、彼らを幼子のいる場所まで導きました。 この博士たちは星について、一つの家の前につきました。この時、星がとどまりました。彼らは その星を見て、非常な喜びにあふれました。 「博士たちが主を拝んだ」 博士たちは彼らの家に入り、赤ちゃんのイエス様とその母に会い、ひれ伏して拝み、そして、 彼らがもって来た贈り物をイエス様に捧げました。この贈り物とは黄金、乳香、没薬などです。 この博士たちはユダヤ人の王を見つかったので、 ヘロデ王に報告しなければならないと思ったが、 しかし、夢の中に、神様は彼らにヘロデ王の所に帰るなと告げました。なるほど、神様は早くか らヘロデ王がイエスを迫害しようとしていることを知っておられたのです。 博士たちは神様の御 告げにしたがって、ほかの道を通って自分の国に帰りました。 「エジプトに逃げた」 この博士たちが帰っていた後、天使が夢で幼子の父に現れて言った、 「立って、幼子とその母 を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知らせるまで、そこにとどまっていなさい」。 天使がどうして彼らにそんな遠い外国に逃げなさいと言ったのでしょう。天使がまた彼らに言っ た、「ヘロデが幼子を捜し出して、殺そうとしている」。 主イエスの父が夢から目が覚め、大事なものを集め、夜の間に幼子とその母マリヤを連れてエ ジプトに行きました。彼らは多分ロバを乗っていたと思います。彼らはずっと歩いていて、やっ とエジプトにつきました。 「ヘロデ王が男の赤ちゃんを全部殺した」 イエスを殺そうとしているヘロデ王は博士たちが報告しに帰って来るのを待っていたが、しか し、いつなっても彼らが帰って来なかった。ヘロデ王は博士たちにだまされたと知って、非常に 腹が立っていました。彼は多くの兵士をベツレヘムとその近くの町に派遣し、そこに住んでいる 二才以下の男の子をことごとく殺しました。 ヘロデ王はこう思った、今度こそ、将来、私の王位を奪おうとしている赤ちゃんはきっと死ん だのだ。みなさん、主イエス様が殺されたのでしょうか(いいえ、殺されていないのです) 。ど うして殺されなかったのでしょう(彼らはエジプトに逃げて、ベツレヘムに住んでいないからで す)。だれが彼らにベツレヘムに逃げさせたのでしょうか(天使です)。神様は主イエスを救うた めに、天使を遣わして、イエスの父をエジプトに逃げさせたのです。かわいそうな子供たちが、 王の兵士に殺されてしまいました。ただイエスだけが殺されなかった。これは神様が彼を救った からです。 みなさん、主イエス様はこの世に来られたのは、ヘロデ王の王位を奪い、国の王となって民を 治めるためなのでしょうか。いいえ、イエス様が来られたのはユダヤ人を救い、教え、彼らを天 国の国民とならせて、将来、彼らを天国へと連れて行くためです。主イエス様天国の王であって、 地上の国の王になるのではない。ヘロデが間違っていたから、王位を守るためにイエスを殺そう としました。その結果、多くの子供が命を無くしてしまったのです。 4 「救い主イエス様」 イエス様がこの世に来られたのユダヤ人を救うだけでなく、私たちの異邦人をも救うのです。 だから、彼はユダヤ人の救い主であり、全世界の人の救い主でもあります。救い主はキリストと も言います。だから、私たちは彼を主イエスキリストと呼んでいます。みなさん、一緒に言いま しょう、 「主イエスキリスト」。主イエスは霊に属すユダヤ人の王で、天国の王です。私たちは天 国の民だから、イエスは私たちの王であり、すべての人の王です。 みなさん、今日の話はよく分かりましたか。東にいる博士たちはどうしてユダヤ人の王が生ま れたことを知っていたのでしょうか(彼らはひとつ明るい星を見たからです)。彼らはしばらく 歩いて、エルサレムにつきました。祭司長と律法学者たちが聖書によって、この王がどの町に生 まれることを知ったのでしょう (ベツレヘムです)。ヘロデ王がこの博士たちにベツレヘムに行っ て、王を見つかったら、彼に報告するように言ったが、博士たちは彼の言う通りにしたのでしょ うか(いいえ)、彼らはほかの道を通って、帰りました。だれが博士たちにヘロデの所に帰るな と命じたのでしょうか(天使あるいは神様)。ヘロデ王がしばらく待っても、彼らが報告しに帰っ て来なかったのを見て、とても怒って、兵士たちを派遣して、ベツレヘムとその近くの町に住ん でいた二才以下の男の子をことごとく殺しました。ヘロデ王が殺そうとしていたイエスが殺され たのでしょうか(いいえ)、というのは、天使は早くから彼らにエジプトに逃げなさいと告げた からです。 神様は大いなる御力をもって主イエスを守られたから、きっとそれを同じように私たちをも 守ってくださいます。だから、私たちは困難と危険に遭った時、恐れずに、ただ祈って、神様の 御守りを追い求めれば、神様はきっと私たちを守ってくださいます。 第三課 子供イエスに見習う 聖書:マタ二;ルカ二 聖句:詩一二二 1 本文内容: 先週、幼子イエスの話をしました。その時のイエス様はどこに住んでいたのでしょうか(ベツ レヘム)。東の方から何人かの博士は星を見て、遠い道を歩いてユダのエルサレムに着きました。 彼らはこの町の人々に聞いたが、町の中の人々はユダヤの王が生まれた事を知りませんでした。 ヘロデ王は祭司と律法学者の話によって、ユダヤ人の王がベツレヘムに誕生するだろうと推測し ました。みなさん、彼らはどうしてベツレヘムだと分かったのでしょうか(聖書はハッキリとそ う書いているからです) 。博士たちはベツレヘムに着いて、誰が彼らをイエス様のところに連れ ててくれたのでしょうか(星)。博士たちは赤ちゃんのイエス様を見て、贈り物を送りましたが、 ヘロデ王のところに戻って、ユダヤ人の王の家の場所を報告しませんでした。しばらくして、イ エス様一家は夜中にエジプトへ逃げました。誰がそうさせたのでしょうか(天使或いは神様)。ど うしてそうさせたのでしょう(ヘロデ王がイエス様を殺そうとしたからです)。ヘロデ王がベツ レヘムの男の子を殺害する時、イエス様は殺されたのでしょうか(いいえ)、真の神様のみ守り によって、イエス様は平安にエジプトに住んでいました。 5 「帰国してナザレにいた」 天使は彼らにエジプトへ逃げて、神様が帰って来てもいいと言われるまでそこにいなさいと命 じました。このように、幼子イエスと親たちはエジプトに住んでいました。その後、イエス様を 殺そうとしたヘロデ王が死んだので、彼の息子が王位を継ぎました。この時、天使はまた夢の中 で彼らに言いました、 「立て!幼子とその母親を連れて、国に帰りなさい。子供を殺そうとする 王が死んだからだ」。イエス様のお父さんは起きて、荷物を片付けて家に戻りました。 イエス様のお父さんは話によって、その悪い王が死んだが、彼の息子が王位を継いで、もしか したら、彼の父親と同じ悪い人かもしれないと思って、ベツレヘムに戻りたくなかったのです。 どこに行けばいいだろう。この時、神様はまた天使を遣わして、夢の中でイエス様のお父さんに、 ベツレヘムの北のガリラヤの近くに行くように指示しました。 そこは王が住んでいるエルサレム から遠く離れています。彼らは「ナザレ」という小さな町に住みました。みなさん、一緒に「ナ ザレ」と読みましょう。この場所はイエス様が生まれる前、彼の親が住んでいた場所でした。 「賢くて親孝行のイエス様」 イエス様のお父さんは誠実で神様を畏れる大工です。毎日真面目に仕事をして、稼いだお金で 一家を養っていました。イエス様のお母さんも誠実で神を敬う人で、彼らはとてもイエス様を愛 し、面倒を見ていました。幼子イエスはこのように成長し、彼はとても健康的で、知恵のある人 となりました。イエス様は普通の人間ではなく、人類の救い主であり、天国の王だから、神様は 彼と共にいて、神の知恵と力が彼の中にありました。 イエス様のお母さんはまた弟を産みました。イエス様は賢くて、健康だったばかりでなく、と ても親孝行の良い子で、弟を愛する立派なお兄さんでもありました。その時、今のように教会も なく、児童集会もありません。ただ年老いた牧師が何人かの生徒を集めて、聖書を教えたりだけ でした。イエス様は児童集会に参加した事はありませんでしたが、きっと聖書を勉強したに違い ありません。 「子供イエスが聖なる宮で説教を聞いた」 彼が十二歳になった時、イエス様のお父さんとお母さんは彼を連れて、エルサレムに行きまし た。これは神様を礼拝するためで、 神様はその時のユダヤ人に祭りを守るように命じていました。 彼らの親戚、友達はみんな行きました。途中、エルサレムに向かう人がたくさんいたので、とて もにぎやかでした。そして、親と一緒にいる子供もたくさんいました。子供たちはきっととても 喜んでいたでしょう。みんなはきっとこのような旅行が好きだと思います。みなさんも旅行が好 きですか。その時は車もなければ、電車もありません。だから、彼らは三、四日も歩いて、やっ とエルサレムに着くのです。 彼らはエルサレムに着いて、神様に命じられた通り、神様を礼拝し、祭りを守ってから、家に 帰ろうとしましたが、イエス様のお父さんとお母さんはイエス様を見当たりませんでした。彼ら はイエス様がきっとほかの親戚或いは友達の子供と一緒にいると思って、安心して家路につきま した。しかし、一日くらい歩いても、イエス様を見なかったので、おかしく思いました。彼のお 父さんと母さんは親戚の中で捜し始めました。 いくら捜してもいなかったのです。もしかしたら、 イエス様はまだエルサレムの町にいるのではと思って、お父さんとお母さんはエルサレムに戻る しかなかったのです。 三日間過ぎ、彼のお父さんとお母さんは聖なる宮でイエス様を見ました。彼はそこで何をして いたのでしょうか。友達と遊んでいたのでしょうか。いいえ、イエス様は聖なる宮で聖書の勉強 で忙しくしていたのです。彼は先生たちの中に座って、先生たちの話を聞きながら、質問してい たのです。 6 「イエス様に見習う」 みなさんは何歳でしょうか?みなさんは大体八歳から十歳の間でしょう。 イエス様はみなさん より少しだけ上ですが、こんな素晴らしい知恵をもって、熱心に聖書の教えを研究していました。 一日、二日、三日、ずっと聖なる宮で神の御言葉を勉強していました。みなさんもイエス様のよ うに真面目に聖書を勉強しているのでしょうか。今まで、物語でさえも最後まで聞かなかった人 は、これからイエス様に見習って、熱心に集会に参加して、真面目に先生を話を聞き、大きくなっ たら真面目に聖書を勉強、研究したりしてほしいと思います。 主イエス様はこの世に生まれたのは世の人々を救うためなので、 だから、多くの教えを知って、 大きくなって伝道に出かける時に使うのです。神様も私たちに多くの証をして、人を教会に連れ て来てほしいので、だから、今の私たちは真面目に話を聞き、教えを勉強すれば、将来、人々に 証をして、人を神の前に連れて来る事もできます。みなさん、これからの集会は真面目に話を聞 いて、これを覚えて、機会があれば、親戚や友達に証をしましょう。 主イエス様のお父さんとお母さんは聖なる宮でイエス様を見つけたので、安心しました。イエ ス様はまだ子供なのに、聖書をよく知る先生たちと論じたりしたのを見て、みんなはその賢さに とても驚いていました。彼のお父さんとお母さんも自分の子供がどうしてこんなに聖書を知って いるだろうと不思議に思いました。そして、彼のお父さんとお母さんは彼に言いました、 「どう してこんな事をしてくれたのです。ごらんなさい。私たちは心配して、あなたを捜していたので す」。イエス様にはこのような真面目の勉強が必要なのです。というのは、彼は天の父の教えを 伝えるために天の父に遣わされたからです。彼は答えて言いました、 「どうしてお捜しになった のです。わたしが自分の父の家にいるはずの事を、ご存じなかったのですか」。その通りです。彼 は真の神のために一生懸命勉強しているのです。 「父母に従順であった」 主イエス様はとても親孝行なので、お父さんとお母さんについて家に帰りました。しかも、家 でお父さんと母さんの話をよく聞くいい子でした。イエスはますます知恵が加わり、 背丈も伸び、 神と人から愛されました。みなさんもいい子でしょうか。どうか、神様は私たちをいい子にして くださるように助けて下さい。 7 第四課 バプテスマヨハネ 聖書:ルカ一∼三 聖句:マコ十六 16 本文内容: 皆さん、王様の物語が好きですか。今の皇帝と国王、王子は昔のように特権をもっていません。 彼らは普通の人達と同じように勉強し、試験を受けなければなりません。しかし、昔の国王と王 子様は最もきれいな、気持ちいい王宮に住んで、毎日きれいな、いい服をを着て、おいしいもの を食べます。彼らが外出するときに、最もいい車に乗って、多くの人がその後について、彼らの 安全を守ります。彼らが通る道のすべてが前以てきれいに掃除されているのです。 天にいます神様は世の国王よりもっと尊いです。主イエス様はこの最も尊い王様で、彼が世に 来られる前に、真の神様は一人のヨハネと言う名の予言者を遣わして、この尊い王主イエス様の ために道を用意させたのです。 「バプテスマヨハネの誕生を予言する」 ヨハネがまた生まれていないとき、 彼のお母さんが年老いたときまでも子供を産めなかったの です。だから、彼のお父さんとお母さんはとても子供がほしくて、いつも神様に子供を賜るよう に祈っていました。彼のお父さんは一人の祭司で、よく神様のお宮で奉仕をしました。ある時、 彼が神様のお宮で捧げ物を捧げていたとき、一人の天使が彼の前に立っていたのを見て、彼はと てもびっくりしました。天使は彼に言いました、 「恐れるな。わたしはいい知らせを伝えるため に来た。あなたの祈りが聞き入れられたのだ。あなたの妻は男の子を生むであろう。その子をヨ ハネと名付けなさい。この子は母の胎内にいる時からすでに聖霊に満たされており、来る主(イ エス様)の為に道を備えることになるだろう」。ヨハネのお父さんは言いました、 「どうしてそん なことがわたしに分かるでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年を取っています」 。天使は答 えて言いました、 「あなたがわたしの言葉を信じなかったから、あなたは口を聞けなくなり、こ の事の起こる日まで、ものが言えなくなる」。天使がこれらのことを言い終わると、去って行き ました。ヨハネのお父さんがお宮から出て来たとき、口が聞けなくなりました。 「ヨハネが生まれた」 その後、務めの期日が終わったので、彼は家に帰りました。数カ月経って、ヨハネのお母さん が一人の男の子を生みました。近所の人々や親族はこのことを聞いて、共に喜んでくれました。 と言うのは彼らの家にはずっと子供がいなくて、今や神様が彼らに子供を賜ったからです。八日 目になったので、人々が来て、父の名にちなんでザカリヤと言う名を赤ちゃんにつけようとしま した。ところが赤ちゃんのお母さんは、 「いいえ、ヨハネと言う名にしなくてはいけません」と 言いました。彼らの習慣としては父親あるいは先祖、親戚が使った名前で子供に名付けるのです。 だから、彼らはまた言いました、 「あなたの親族の中に、そういう名のついた者は一人もいませ ん」。そして、父親にどういう名にしたいのかと合図をしました。 このときのお父さんはまた口が聞けないので、彼は書き板をもってこさせて、筆で赤ちゃんの 名前を書きました。これは天使が赤ちゃんにつけた名前です。どう言う名前でしょうか。そうで す、ヨハネと言います。これを見た皆は不思議に思ったが、赤ちゃんの名をヨハネとつけました。 ヨハネのお父さんは天使に言われた通りに口が聞けるようになりました。そして、六カ月経って、 彼らの親戚である救い主主イエス様も誕生されました。イエス様が誕生されたとき、どこに置か れたのでしょうか。そうです、飼い葉おけに置かれたのです。 8 「ヨハネが主のために道を備えた」 ヨハネが成長してから、家から出て、仕事を始めました。彼はだれのために仕事をしたので しょうか。主イエス様、天の王のためです。主のためにどんな仕事をするのでしょうか。その道 を備えるのです。彼は荒野に住み、イナゴと野蜜とを食物としていました。彼は宣べ伝えて言っ た、 「主の道を備えよ、その道筋をまっすぐせよ、曲がったところはまっすぐにせよ」。ヨハネが 備えようとしている道は目に見えるものではなく、目に見えない天国へ通じる道です。だから、 彼はホウキをもって、道をきれいにするのではなく、神様の御言葉を伝え、人たちに悪から離れ、 善を行なって、天国の道を歩くようにさせることです。しかし、天国の道が主イエス様が先に歩 いてから、わたしたちは始めて彼の後について歩けるのです。ヨハネは主イエス様のためにこの 道を備えるのです。 「主イエス様がバプテスマを受ける」 しばらくして、天の王主イエス様がこの世に来られました。主イエス様がヨルダン川のほとり でヨハネを探しました。このときのヨハネは神様の教えを人々に伝え、人々に悪の道から離れ、 善を行い、天国に行くようにと戒めていました。その話を聞いて、悔い改めた人たちはヨルダン 川でヨハネのバプテスマを受けました。主イエス様はどうしてヨハネのところに来たのでしょう か。ヨハネのバプテスマを受けようとされたからです。ヨハネが主イエス様を見たとき、彼は救 い主、天の王であり、自分は彼のために道を備えていることを知っていました。 主イエス様はヨハネに言いました、 「わたしのためにバプテスマを授けてください」。ヨハネは 答えて言いました、 「わたしこそあなたのバプテスマを受けるはずなのに、わたしにはバプテス マを授ける資格がありません」。主イエス様がまた言いました、 「今は受けさせてもらいたい」。ヨ ハネは主イエス様が言おうとされている意味が分かったので、彼らは一緒に川に入りました。こ の川の名前は何でしょうか。そうです、ヨルダン川です。ヨハネと主イエス様が天然のヨルダン 川に入り、これは家にある浴槽、庭にある池あるいはプールのように人工的にできたものではあ りません。と言うのはバプテスマを受けるには天然の川あるいは海の中で行わなければなりませ ん。主イエス様もヨハネもヨルダン川に入り、彼らは水の多いところに立て、主イエス様にバプ テスマを授けようとしました。主イエス様の体全部が水の中に入り、そして、水の中から上がり ました。主イエス様が水の中から上がって、祈っているときに、突然、天が開けて、聖霊がはと のようにその上に下り、また天から声があって言った、 「これはわたしの愛する子、わたしの心 にかなう者である」。これは真の神が天から主イエス様が神に喜ばれる子であることを皆に証明 されたのです。 「バプテスマを受ける重要性」 主イエス様がバプテスマを受けてから伝道に出掛け、そして、十字架にかけられ、わたしたち のためになくなりましたが、何日後に復活されたのでしょうか。三日後に復活されて、弟子たち に現れて、多くのことを語られました。語ったことの中に、 「信じてバプテスマを受ける者は救 われる」もあります。すなわち、一人の人がまず主イエス様が救い主、真の神であることを信じ、 バプテスマを受けてからやっと救われ、天国に入れるのです。皆さんは主イエス様が真の神、救 い主であることを信じていますか。ある人がまだバプテスマを受けたばかりだが、ある人が小さ いときにバプテスマを受けました。わたしたちのお父さんとお母さんに聞けば分かるのです。わ たしたちは主イエス様を信じ、バプテスマも受けました。そして、もしわたしたちが常に集会に 参加し、お祈りして、神様の戒めを守って、神様に喜ばれる信者になれれば、将来、きっと天国 に入れるのです。 9 みなさん、バプテスマを受けて始めて天国に入れると言ったのはだれでしょうか(主イエス 様)。冬、とても寒いときにバプテスマを受けるのに浴室、あるいは池で行ってもよいでしょう か(いいえ、だめです)。と言うのは、主イエス様が浴室あるいは池でバプテスマの受けたので はないからです。主イエス様はどこでバプテスマを受けたのでしょうか(ヨルダン川です)。だ れが彼にバプテスマを授けたのでしょうか(ヨハネ)。わたしたちはヨルダン川に行く必要があ りません。ただ、天然の川あるいは海でバプテスマを受ければ、わたしたちは神様の子となって、 そして、将来、主イエス様が彼を信じて、彼が命じられた通りにバプテスマを受けた者を天国に 連れて行くのです。 第五課 四人の漁師が主イエス様に従った 聖書:ルカ四∼五;マタ四 聖句:マタ四 19 本文内容: 前回、私たちは一人の赤ちゃんの物語をしました。この赤ちゃんの名前は何でしょうか(ヨハ ネ)。誰が彼のお父さんにヨハネと名付けるように教えたのでしょうか(天使)。ヨハネが大きく なってから、どこに住んでいたのでしょうか(荒野)。何を食べていたのでしょうか(野蜜とイ ナゴ)。彼は荒野でイエス様のために何をしていたのでしょうか(主の道を備えました) 。ヨハネ は神様の教えを伝えながら、ヨルダン川で何をしていたのでしょうか(民たちに為にバプテスマ を施した)。その後、誰がバプテスマを受けに来たのでしょうか(イエス様)。イエス様がバプテ スマを受けて、祈っていると、突然、天が開け、聖霊がハトのようにその上に降り掛かりました。 そして天からどんな声が聞こえたのでしょうか(これは私の愛する子、私の心にかなう者であ る) 。私たちはとても恵まれて、主イエス様が命じられたように河でバプテスマを受ける事によっ て、誰の子となったのでしょうか(天にいます神様)。こうすれば、将来、私たちはどこに行く 資格が得られるのでしょうか(天国)。しかし、その他に、私たちは主イエス様と同じように悪 い事をせず、もっぱら善い事をして、神様にために働き、他の人に福音を宣べ伝えなければなり ません。こうして、始めて天国に入れるのです。もし、バプテスマを受けてから、また悪い事を してしまったら、天国に入る資格がなくなってしまうのです。だから、私たちは悪い事をしない ように気を付け、しかも、イエス様が私たちの働きが必要とする時に、喜んで、真面目にやれば、 将来、天国に入れるばかりでなく、神様から多くの賞与ももらえるのです。 「漁船と漁師」 今日、私たちは漁師の物語をします。みなさんは船に乗った事がありますか。湖にいる時は遊 覧船に乗れるし、港には大きな船と漁船があります。漁船の中に大きなのもあって、大きな網と 食物を携えて、遠い海に出て、魚を捕るのです。 船の上に多くの人たちが一緒に働き、時には海の上で十数日、一ヶ月或いは一、二年もいなけ ればなりません。彼らは船一杯の魚を携えて帰って来たおかげて、私たちは毎日魚を食べられる のです。主イエス様が住んでいたカナンの地にひとつ大きな湖があって、ガリラヤと言います。 この湖はあまりにも大きいから、海とも呼ばれています。この海の中に魚が多くいるので、この 10 海で魚を捕るのにそんなに日にちがかかりません。この海の近くに住んでいる人たちの多くが魚 捕りで生活しています。この人たちは漁師と言います。ある漁師はペテロと言って、彼の弟はア ンデレも漁師です。彼らは一つの船で一緒に魚を捕っていました。 「ペテロとアンデレが魚を捕っていた」 ある晩、ペテロと弟のアンデレが網を携えて船に乗り、魚を捕りに行こうとしました。彼らは網 を下ろして、しばらく経ってから、それを引いて見たが、しかし、網の中に魚がなく、海草しかな かったのです。彼らは船を別の所に移して、再び網を下ろしたが、結果はやはり先きと同じく、一 匹の魚も釣れなかったのです。彼らはもう一度別の所に船を移しました。一晩中、魚捕りに忙し かったが、何も得られなかったのです。この時、空が明るくなったので、彼らは船を岸辺に戻し、 網も持って、洗おうとしました。網の中に魚がいなかったが、しかし、海草など多くの汚い物にか かったからです。みなさんは海に浮かんでいる海草を見た事がありますか。海の中にある海草の種 類は多くて、私たちはいつも食べている昆布も海草の一種類です。彼らの網にかかった海草の多く はきっと食べられない、汚い物だから、彼らは網を洗わなければならなかったのです。 「主が海辺で説教された」 この時、ヨハネのバプテスマを受けたイエス様はサタンの試みに勝ってから、歩きながら人々 に神様の教えを伝え、多くの人の病をいやされました。多くの人たちがイエス様の説教を聞くた めに彼の前に集まったので、イエス様はとても忙しいのです。この日、イエス様は多くの人を連 れて、ガリラヤの海辺に来たのです。彼らは漁師が魚を捕っているのを見に来たのでしょうか、 それとも泳ぎに来たのでしょうか。いいえ、彼らはイエス様の説教を聞くために来たのです。海 辺は広くて静かだから、会堂として説教するのは絶好の場所です。私たちの会堂には講壇があっ て、聞く人がもっとはっきり見え、はっきり聞こえるために、説教する人はそこに立って説教し ます。しかし、海辺には講壇がなく、主イエス様は海に浮かぶ講壇を選びました。みなさん、こ の講壇は何だと思いますか。一つの船です。 主イエス様が海辺に泊めてある船を見て、 この船に上がりました。この船はペテロの漁船です。 この時ペテロとアンデレはもう網を洗い終わって、船に帰って来たのです。主イエス様はペテロ に言いました、 「この船を岸から離してもらえますか」。ペテロはイエス様の話しに従って、船を 出して、岸から離れた所に止めました。主イエス様は船に座り、岸にいる人たちに向かって教え られたのです。その時はまだマイクがないので、人が多いし、もっとはっきり聞こえるために、 みんなはとても静かで、イエス様のお話を聞きました。その日、イエス様は多くの教えを教えら れたのです。ペテロとアンデレもきっと多くの教えを聞いたのに違いない。彼らはイエス様の一 番近い所にいたからです。 「主イエス様はペテロに網を下ろせと命じられた」 主イエス様は多くの教えを語られてから、みんなは家に帰りました。この時、主イエス様はペ テロに「船を深い所に出して、網を下ろしなさい」と言われました。ペテロが、 「先生、私たち は今日、一晩中ずっとここで魚を捕っていたのですが、何も得られませんでした。しかし、お言 葉通りに致します」と答えました。彼らは深い所に船を出して、そして、きれいに洗った網を下 ろしました。不思議な事に、しばらくして、多くの魚が網にかかりました。彼らはうれしそうに 網を上げました。魚があまりにも多かったから、網が破れそうになりました。そこで、彼らは近 くにいる魚を捕っていた仲間に助けを求めました。その仲間は急いで来て、手伝いました。二つ の船は魚で一杯になって、沈みそうになりました。今まで、こんなにたくさんの魚を捕った事が なかったのです。 11 「ペテロとアンデレが主イエス様に従った」 ペテロがこの不思議な事を見て、主イエス様が先きに話された教えを思い出し、この方はきっ と神様で、普通の人間ではないと思って、主イエス様の前にひれ伏して言った、 「主よ、私から 離れないで下さい。私は罪深い者です」。彼も一緒にいた者たちもみな、取れた魚がたくさんの に驚いたからです。すると、主イエス様はペテロとアンデレに言われた、 「恐れる事はない。私 について来なさい。今からあなたたちは人間をとる漁師になるのだ」。ペテロとアンデレは主イ エス様が自分たちに学生になって、一緒に福音を宣べ伝えて欲しい事を分かったので、喜んで 「はい」と言いました。彼らは船を岸辺に戻し、漁船と網を岸辺に残して、主イエス様に従いま した。 「ヤコブとヨハネが主イエス様に従った」 彼ら三人はそこから進んで行かれると、他の二人の兄弟が父と一緒に船の中で網をつくろって いるのを御覧になりました。この二人の兄弟の兄はヤコブと言い、弟はヨハネと言います。この ヨハネはイエス様のためにバプテスマを施したヨハネではなく、漁師のヨハネです。主イエス様 は足を止められて、ヤコブとヨハネに言われた、 「ヤコブ、ヨハネ、私に従ってきなさい」。彼ら はすぐに父に別れを告げてから、網と置き、船から降りて、主イエス様の学生となって、従いま した。この日、この四人の漁師が船から離れて、主イエス様の学生となって、天国の教えを学び、 将来、主イエス様のために福音を宣べ伝える用意を始めました。その後、彼らは有名な使徒ー伝 道者になりました。彼らは勇敢に主イエス様の教えを宣べ伝え、 人々のためにバプテスマを施し、 この世を離れるまでずっと主イエス様のために働き続けました。 みなさん、私たちは今主のためにお仕事が出来ますか。もちろん、私たちはまだ小さいから、 しかし、主イエス様のためにお仕事もできるのです。例えば、教会堂の整理、親戚と友達を教会 に連れてくるなどができます。もし、私たちはここで勉強した事をしっかり覚えて、これらの事 を弟や妹、友達に教え、彼らはこれによって神様を信じるようになれば、これも主イエス様のた めのお仕事になります。将来、大きくなってから、私たちは主イエス様のために何が出来ますか (賛美歌を教えたり、ピアノを弾いたり、訪問したり、教会堂を整理したり、宗教教育の先生に なったり、伝道者になったりなどです)。将来、もし主イエス様が私たちを伝道者にお選びになっ たら、みなさんは喜んで引き受けますか(喜んで引き受けます) 。先きの話しで、主イエス様は 四人の学生をお選びになりましたが、さて、この四人の名前は何でしょうか(ペテロ、アンデレ、 ヤコブ、ヨハネ)。彼らはどんな仕事をしていた人たちでしょうか(魚を捕っていた人たちです)。 彼らは何を勉強するために主イエス様の学生になりましたか(神様の教え、福音を宣べ伝える事 を勉強するのです)。どうか、神様が私たちを祝福し、将来、私たちも主イエス様のために、もっ と多くの仕事が出来ますように。 12 第六課 主イエス様が安息日を守られた 聖書:ルカ四 16 ∼ 27;六 6 ∼ 11;マコ一 21 ∼ 28 聖句:レビ二十三 3 本文内容: 前回、私たちは主イエス様が弟子をお選びになった話をしました。主イエス様は弟子を選んでか ら、伝道を始められたのです。時には山で人たちを教えられ、時には海辺で教えられていました。 しかし、土曜日、すなわち安息日になると、主イエス様は必ず教会堂で安息日を守られ、人々を教 え、みんなと一緒に神様を礼拝しました。みなさん、土曜日は神様を礼拝する日で、この安息日は 神様が天と地とを創造された時に決められた日です。昼間、私たちは仕事をする人は仕事をし、勉 強する人は勉強し、みんなはとても忙しいのです。子供でさえ、遊びに忙しいのです。しかし、夜 になると、私たちはみんな疲れたので、ベットに入って、休みが必要となります。これと同じよう に、一週間の内に、一日の休みが必要です。私たちの学校は何曜日がお休みでしょうか(日曜日で す) 。しかし、神様は私たちに定めたのは日曜日ではなく、土曜日なのです。神様はこの日を「安 息日」と名付けました。この安息日の日に、神様は私たちにベットで休みなさいと言っているので はなく、世の中の仕事を休んで、もっぱら神様を礼拝するために設けられたのです。 「主イエス様が安息日を守られた」 主イエス様も神様が決められた通りに、安息日になると、他の事をせずに、会堂とお宮に行って、 今の教会の伝道者たちのように、説教しました。ある時、主イエス様は自分の故郷ーナザレに帰ら れ、安息日の日に、いつもと同じように会堂に入り、聖書を朗読しようと立たれました。ある人か ら預言者イザヤの書が手渡されたので、その書を開いて、こう書いてある所を出されました、 「主 の御霊が私の宿っている。貧しい人々に福音を宣べ伝えさせるために、私を聖別してくださったか らである。主は私を遣わし、囚人が解放され、盲人の目が開かれる事を告げ知らせ打ちひしがれて いる者に自由を得させ、主の恵みの年を告げ知らせるのである」 。読み終わってから、主イエス様 は聖書を巻いて係の者に返し、席に着かれると、会堂にいるみんなの者にこの聖句を解釈して言わ れた、 「イエスは救い主であり、聖霊をいただいてから、心が貧しい人に福音を宣べ伝え、盲人の 目を見えるようにしました。今この事は事実となって、みんなの前で成就したのです」 。 しばらくして、ある安息日に、イエス様はまた会堂に入って、そこで人たちを教えておられたとこ ろ、そこに右手のなえた人がいました。その右手は何もできないので、とてもかわいそうです。主イ エス様はこのかいわいそうな人に「起きて、真ん中の立ちなさい」と言われると、その人が起きてそ こに立ちました。主イエス様はまた彼に「手を伸ばしなさい」と言われました。その通りにすると、 彼のなえた手がたちまち治り、もう一方の手と同じように、仕事ができるようになりました。 「私たちも安息日を守るべきだ」 以上の二つの証から分かるように、主イエス様は各安息日に会堂で人たちを教え、福音を人た ちに宣べ伝えると同時にかわいそうな病人をもおいやしになりました。福音の宣べ伝えと病人を いやすほかに主イエス様は安息日では何もしませんでした。だから、私たちも主イエス様に見 習って、安息日を守りましょう。しかし、私たちは安息日には学校へ行ったり、仕事をしたりも しなければならない時はどうしましょうか。この事については安心して下さい。神様は慈しみの 神で、私たちに無理をさせません。もし学校と仕事で安息日を守られない時は、家でよくお祈り しましょう。もし、安息日の午後に学校と仕事がない時、私たちは必ず集会に参加して、家出或 いは友達と一緒に遊んだりしてはいけません。そうすれば、私たちは主イエス様の良い子になれ るのです。みなさん、今日から、私たちは安息日を覚えて、忘れないようにしましょう。 13 「黄兄弟がわざと安息日を守らない」 ある教会に黄春来と言う兄弟がいて、彼は一人の農夫で、安息日は田んぼに行かなくても、仕事 をしなくてもいいのです。しかし、ある安息日に、彼はわざと集会に参加しないで、田んぼで仕事 をしていました。と言うのは彼は教会の兄弟姉妹との仲がよくないから、集会に参加したくないの です。しかも、教会から離れる事も考えています。その日は 1963 年 8 月 3 日で、とても天気の 良い日でした。兄弟姉妹たちは朝早くから教会に来て、集会して、安息日を守っています。しかし、 この黄兄弟はわざと数人の異邦人を雇って、自分の田んぼで稲刈りを始めました。彼の田んぼは会 堂の真正面にあるので、ある姉妹が彼を見たので、田んぼの所に行って、彼に「黄兄弟、今日は安 息日ですよ、忘れたのでしょうか。どうしてここで仕事をしているのでしょうか。早く一緒に集会 に参加しましょうよ」と言いました。黄教会はこれを聞いても、聞こえないふりして、返事しない し、彼女を見ようともしないで、稲刈りを続けました。その姉妹もしようがなく会堂に戻りました。 「黄兄弟の家が火事になりました」 その日、黄兄弟は集会に参加せずに、一日中ずっと田んぼで仕事をしていました。夜の七時く らい、暗くなってからやっと家に帰って、ご飯を食べました。ご飯を食べて、お風呂に入って、 九時頃になってドアを閉めて遊びに出かけました。彼は今日は神様の戒めを守らず、安息日を守 らなかった事をちっとも悔い改めないで、いつものように友達の家に遊びに行ったのです。彼が 出かけて二十分も経たない内に、家が火事になりました。しかし、彼はこの事を全然知らなかっ たのです。みなさん、火事を見た事がありますか。火事はとても危険で怖い物です。この時、ちょ うど一人の姉妹がその火事を見たので、近くに住んでいる兄弟姉妹を呼んで、火を消そうとしま した。しかし、みんなが水を持って、駆け付けて来た時には、家の半分以上も焼かれてしまって、 みんながやっとの思いで、家から三つの布団と一つのスーツケースを出して、その他の殆どが焼 かれてしまいました。その日に収穫した稲も半分以上も焼かれてしまいました。 その後、彼は自分の間違いを認識し、今度の火事も自分がわざと安息日を守らないで仕事をし、主 イエス様がまだ自分を愛して下さっているため、自分を戒めるために、火事になった事を認識できま した。彼は教会に戻り、集会に参加して、主イエス様に間違いを認め、二度と安息日を守らない事が なかったのです。この時から、黄兄弟は安息日を守り、神様のご命令に従う良い信者になりました。 教会の中の熱心で信仰のある兄弟姉妹たちは、神様のご命令に従って、安息日に田んぼで仕事 をしないし、商売をしている人たちはお店を閉めて、一家揃って集会に参加しています。田んぼ を耕している人は週に一回田んぼに行けなくても、彼らの農作物のみんなはすくすくと育ってい ます。商売をしている兄弟たちは集会に参加するために、週に一回商売を休んでいますが、しか し、彼らが儲けたお金は七日間ずっと商売をしている人よりも多いのです。みなさん、どうして でしょうか。彼らは神様のご命令を守って、安息日に仕事を休んで、集会に参加しているから、 神様が彼らを祝福されたのです。どうか、神様が私たちもイエス様のようにいつも安息日を守ら れるように助けて下さい。 みなさん、安息日は何曜日でしょうか(土曜日です)。安息日の日に、イエス様はいつも何を なさっていたのでしょうか(会堂で安息日を守っていました)。安息日でイエス様は病人をいや されたのでしょうか(はい、病人をいやされました) 。だから、安息日の日に、私たちは集会に 参加するほかに、良い事をしてもいいのです。でも、集会に参加しないで、田んぼで仕事をして もいいのでしょうか(いけないです)。学校のない安息日は、集会の時、家で宿題をやるのと、集 会に参加するのと、どちらがいいでしょうか(私たちは集会に参加しなければなりません)。ど うか、神様は私たちと私たちの家族がいつも安息日を守って、良い信者になれるように助けて下 さい。 14 第七課 主イエス様が山で群衆を教えられた 聖書:ルカ十二 22 ∼ 31;マタ六 25 ∼ 34 聖句:ルカ十二 22 本文: ある集会の後、幼年クラスの先生は生徒たちに一つのお知らせを伝えて言いました、 「来週、私 たちは遠足と山登りに行きます。皆さんはお弁当、水筒、少しの果物とお菓子を持って行って下 さい。ただし、あまり多くなり過ぎないように」。家に帰るとき、恵ちゃんは理恵ちゃんに、 「私 はとてもうれしいんだ。来週、私はとてもきれいな新しい洋服着て、新しい靴をはいて遠足に行 くんだ」と言いました。 理恵ちゃんはこれを聞いて、 「本当なの」とだけ言って、一年生の弟を連れて家に帰りました。 そして、家に帰ってお母さんに、 「ママ、私たちは来週、山登りに行くから、とてもうれしいん だ。ママ、新しい洋服を作ってもらってもいい」と聞きました。お母さんは言った、 「新しい洋 服はもうすぐできあがるんだけど、でも、新しい洋服は伯父さんの家に行くときに着る物なの。 理恵ちゃん、遠足は新しい洋服が必要ないし、山登りはもっと新しい洋服を着ないのよ。汚くな るし、破けたりもするから。あのブルーの洋服がまた新しいし、それを着て行きなさい」 。理恵 ちゃんはこれを聞いて、機嫌が悪くなって、自分の部屋に戻りました。 日曜日の日、弟は朝やはく起きて、今日は多くのおいしいものを持って遠足に行けるから、と てもうれしかったからです。理恵ちゃんも起きたのですが、新しい洋服が着られないし、新しい 靴もはけないから、そんなにうれしくなかったのです。 ママが新しい靴だと足になじめないので、 痛いからと言って、古い靴しかはかせてくれないのです。朝ごはんを食べて、理恵ちゃんはママ が用意してくれたお弁当、水筒、果物とお菓子を持って、出掛けようとしました。しかし、食い しん坊な弟は果物が少ないと言ったのです。ママが言った、 「あなたはお姉ちゃんと同じくらい あったから、あまり多く持って行くと、重くて持ってなくなるし、あまりいっぱい食べ過ぎと、 おなかが壊すから」。それでも弟は言うことを聞かなかったので、ママはしようがなくもう少し を与えて言った、 「全部を食べないで、ほかの友達にも分けてね」。弟はそれでも足りないと言っ たが、ママはこれ以上与えなかったので、彼は仕方なく出掛けました。姉と弟の二人ともうれし くなかったので、ゆっくり歩いて教会まで着くのにけっこう時間がかかりました。理恵ちゃんは すぐ恵ちゃんが赤い新しい洋服を着て、新しい黒い靴をはいているのを見ました。恵ちゃんは理 恵ちゃんに「ママは着て行くなと言ったが、それでも着て来たの。ほら、きれいでしょう」と言 いました。理恵ちゃんは口では「きれい」と言って、これ以上恵ちゃんの新しい洋服と靴を見な かったのです。 しばらくして、みんなが集合して、人数を確認してから出発しました。みんなはとてもうれし くて歩いたり、走ったりしました。弟だけがあまりにもいっぱいの果物を持って来たし、しかも、 そのほかお弁当とパンもあったので、すぐに手が痛くなりました。彼はお姉ちゃんに手伝っても らおうと思ったが、でも、お姉ちゃんはどの列にいるのか分からなかったのです。彼はとなりに いる清くんが一つのお弁当しか持っていないのを見て、清くんに手伝ってもらいました。これで 弟はやっと荷がすこし軽くなったのです。今日、清くんも楽しくないのです。どうしてでしょう か。彼のお父さんが病気で仕事に行けないので、家にはあまり食べ物がないのです。そして、も しお父さんの病気がもっと重くなったら、自分がきっと食べるご飯もなくなるだろうと思って、 とても心配するし、悲しかったので、彼は楽しくなかったのです。 みんなが行こうとする場所はそんなに遠くないが、しかし、山道はとても歩きづらいし、上る 15 のにもとても大変です。しかも、路にはいろんな大きさの石があって、気をつけないと転んでし まうのです。半分くらい歩いた所、みんなは木の下で休憩を取り、水を飲んでからまた歩きだし たのです。この時、一人の女の子が歩けなくなりました。彼女の足が水ぶくれになって、その水 ぶくれが破れたから、とても痛くて泣きそうになりました。みなさん、この女の子はだれでしょ うか。そうです。恵ちゃんです。先生は薬を塗ってあげたのですが、それでも歩けなかったので、 恵ちゃんに靴をぬいでもらって、はだしで歩いてもらったのです。彼女はふだんからはだしで歩 いた事がないので、足の裏がとても痛かったのですが、我慢するしかなかったのです。この時、 彼女はママの言うことを聞いて、古い靴をはいてくるべきだと思ったが、もう後の祭りです。 一つの小さな山に着いたとき、そこには芝生と森があって、 森の中はとても涼しかったのです。 みんなは頭を挙げて、木の上で鳴いたり、木の実を食べたりする鳥を見ました。女の子たちが木 の下と草の中に生えている花を見て、集会が終わったら、少し摘まもうと思いました。弟がとて も疲れました。もし、清くんが手伝ってくれなかったら、きっと持てなかったことでしょう。こ の時、彼はママの言うことは正しいと思いました。 先生の声がかかったので、みんなが集まって、新聞あるいはビニールをしいて、草や石の上に 座りました。先生と学生たちはこの自然の大教室で授業を始めました。お祈りしてから、先生は 主イエス様の話をしました。先生が言った、 「ある時、主イエス様も私たちと同じよう、山でそ の弟子と群衆たちを教えて言われた、 『カラスの事を考えて見てください。まくことも、刈るこ ともせず、また、納屋もなく蔵もない。それだのに、神は彼らを養って、彼らに食べ物を与えて いてくださる。あなたがたは鳥よりも、はるかにすぐれているではないか。神はきっとあなたが たの面倒を見てくださいます。 だから、あなたがたは食べ物のことで思いわずらう事がないのだ。 神はきっとあなたがたを餓死させる事がないのです』 」。清くんはとてもはっきりと聞いていたの で、神様はきっと自分とお父さんの面倒を見てくださり、お父さんはきっと早く回復するでしょ う。いずれにせよ、神様はきっと私を見守ってくださるから、もう、私にはこわい事がないので す。これを思った清くんはもう悲しくなくなりました。 「主イエス様がまた言われた、 『神は毎日あなたがたを見守ってくださるから、だから、あなた がたは何を着ようかと思いわずらうこともないのです。野の花の事を考えて見てください。つむ ぎもせず、織りもしない。しかし、神は毎日この花をきれいに着飾って、その装いは金持ちのソ ロモン王よりもはるかにきれいのです。だから、あなたがたは着る物がないなど心配することが ないのです。ただし、いつもきれいな洋服を着ようとばかり考えるのもいけない。そして、おい しいものをばかり多く食べようと考えるのもいけない。もし、私たちは病気にかかって、あるい は死んだら、それらおいしい物ときれいな服は役に立ちますか。いいえ、ちっとも役に立たない のです。これらの物は天国に入る人が追い求めるべきものではない。私たちただ神様に健康な体 を与えてくださり、将来天国に入れる事を追い求めましょう。そうすれば、神様はきっとお父さ んとお母さんを通して、私たちに必要とする食べ物と着る物を与えてくださるのです』」。先生は また言った、 「みなさん、これから、私たちは主イエス様の教えにしたがって、お母さんにもっ とおいしいものをくれと要求しては行けません。そして、お母さんに新しい洋服と靴を買ってく れと要求してもいけません。私たちは何も言わなくても、お母さんもきっと私たちに洋服と食べ 物を与えてくれるのです。だから、お母さんはどんな洋服を私たちに着せても、私たちはお父さ んとお母さん、そして神様が見守ってくださる事を感謝してください」。先生の話が終わりまし た。理恵ちゃんは先生の話がとても正しい、これからは主イエス様の教えに従って、お母さんに 新しい洋服を買ってほしいと言わないことを思いました。恵ちゃんはこれを聞いて、とても恥ず かしく思った、 「もし、私はママの言うことを聞いていたら、足もこんな痛くならないし、新し い洋服も道端の木で破けたり、汚くなることもないのに。これからはママと主イエス様の話を聞 いて、良い子になろう」。 16 集会後、ゲームが終わってから、みんなは弁当を食べ始めました。皆さんもお弁当が好きです か。弟は清くんを探しました。清くんは木の下にいました。弟は自分の食べ物をもって、清くん の所に行って、言いました、 「清くん、先荷物をもってくれてありがとう。私たち一緒に食べま しょうか」。弟は多くの果物とお菓子を清くんに分けたが、清くんはずっと遠慮しました。弟は 肉も清くんに分けて言った、 「これはお母さんが作ってくれたの、食べて見てください」。お弁当 を食べ終わって、彼らは話をしながら果物とお菓子を食べていました。突然、一人の子供が「先 生、おなかが痛い」と叫びながら、食べた物を全部はいてしまいました。先生は急いで彼の口を ふき、お水をあげて、薬を飲ませました。その子供がとてもかわいそうに、もう食べ物を食べら れないばかりか、ずっとおなかが痛かったのです。弟もこのことを見たので、彼は心の中でこう 言った、 「ママの言うことを聞いて、食べ過ぎなくてよかった、これからはこんな多くの食べ物 をもって出掛けないようにしよう」。 家に帰るとき、理恵ちゃんと弟はとても楽しかったのです。と言うのは、彼らは物を食べ過ぎ ておなかが痛くなることもないし、新しい洋服と靴で出掛けたことによって苦しみを受けること もなかったからです。しかも、主イエス様はきっと自分たちを守ってくださり、食べ物と着る物 を与えてくださることを知ったので、これからはママに無理を言わないことを決めました。清く んもとても楽しかったのです。弟がおいしいものを一杯分けてくれたし、しかも、もうお父さん のことを心配したり、食べ物がなくなるのではないと心配することもなくなりました。と言うの は、神様はきっと自分を見守ってくださることを知ったからです。 みなさん、神様は毎日私たちを見守ってくださっているのでしょうか(そうです)。神様は私 と私たちの家族を見守ってくださっています。だから、私たちは明日何を食べるのかと心配する 必要がありますか(ありません)。私たちはほかの子供が毎日いいものばかり食べているのを見 て、お母さんにもそれを食べたいと無理を言っていいでしょうか(よくないです)。他の人が新 しい洋服を着て、新しい靴を履いているのを見て、お母さんにも買ってくれとせがんでもいいで しょうか(よくないです)。たとえ、私たちは何も言わなくても、お母さんもきっと買ってくれ るのです。たとえ、毎日いいものを食べさせてくれて、いつもいい洋服を着せてくれることがで きなくても、あまり気にしないで、私たちにはもっとすばらしい望みがあります。これはどんな 望みでしょうか(天国に入ることです) 。もし天国に入ることができたら、これは新しい洋服を 着て、おいしい食べ物を食べて、地獄で苦しみを受けるよりはるかにいいことです。どうか、神 様が私たちを主イエス様の教えに従い、食べ物と着る物ばかりを求めず、そして心配をしないよ うに助けてください。と言うのは、神様はいつも私たちを見守ってくださっているからです。 17 第八課 主イエス様が多くの病人をお癒しになった 聖書:ヨハ四 46 ∼ 54;ルカ五 17 ∼ 26 聖句:マコ一 34 本文内容: 前回、私たちは主イエス様のお話をしました。主イエス様は山で群衆たちを教えになり、私た ちに何のために心配したりしてはいけないと教えられたのでしょうか。そうです。食べ物と着る 物のために心配してはいけません。というのは、誰が私たちの面倒を見て下さるのでしょうか。 天にいます神様です。だから、私たちは食べ物と着る物のために心配する事なく、心を尽くして、 神様の教えに耳を傾け、主イエス様と親の話しに従って、良い子になりましょう。神様はきっと こんなに良い子に食べ物と着る物を与えない事がないでしょう。 「主イエス様が病をお癒しになった」 今日、私たちは一人の大医者の話をします。主イエス様が伝道をなさった時、福音を宣べ伝え ながら、かわいそうな病人の病気をもおいやしになりました。病人の中で、多くの医者にかかり、 多くの薬を飲んでも治れなかった人もいるので、本当にとてもかわいそうです。主イエス様は彼 らを愛し、同情したので、彼らの病気をおいやしになりました。その結果、かわいそうな病人た ちはいやされ、多くの人は主イエス様が病気を癒す力を持っておられる事を知りました。 「大臣が主イエス様に自分の息子を癒すように求めた」 ある時、一人の大臣がいまして、彼は社会地位もあって、お金も持っています。しかし、彼の 息子は重病にかかって、死にかけています。彼はとても焦って、大医者の主イエス様を呼んで、 自分の息子の病気をいやしていただこうと思いました。彼は主イエス様がガリラヤの近くのカナ で伝道をなさっていると聞きました。この大臣はカペナウムに住んでいまして、彼は主イエス様 を探しに行きました。やっとのことで主イエス様を捜し出して、喜んで主イエス様を自分の家に 招いて、息子の病気をいやしていただこうと思いました。みなさん、この大臣は本当に息子を心 から愛して、主イエス様に息子をいやしていただきたいし、 もし主イエス様が自分の家に来たら、 きっと心からもてなすでしょう。 しかし、主イエス様が焦っている彼を見て、すぐに彼と一緒に行かなかったのです。ただ彼に こう言われました、 「あなたがたは、しるしと奇跡とを見ない限り、決して信じないだろう」 。こ の大臣はもっと焦って、主イエス様に言いました、 「主よ、どうぞ、子供が死なない内に来てく ださい」。それでも主イエス様は彼の家に行かなかったのです。みなさん、主イエス様は彼の息 子を救う気がないでしょうか。いいえ、違います。主イエス様はこの大臣が信仰のあることを見 て、彼に言われました、 「お帰りなさい。あなたの息子は助かるのだ」。 この大臣は本当に信仰のある人です。彼は主イエス様のこの言葉を聞き、満足して家に帰りま した。というのは、主イエス様がこのように言った限り、自分の息子の病気がきっと治ったと信 じたからです。彼は喜んで家に帰りました。家に帰る途中、しもべたちが彼に出会い、息子が助 かったことを報告しました。そこで、彼はしもべたちに聞きました、 「いつ治ったのか」。 「昨日 の午後一時に熱が引きました」と答えました。熱が引いたということは病気がよくなったことで す。この大臣は少し昨日のこと思い出して、主イエス様が自分に、 「あなたの息子が助かるのだ」 と言われたのはちょうど昨日の午後一時ごろでした。主に感謝します。彼は主イエス様の昨日の 一言が自分の息子を救ったことが分かりました。このことを通して、主イエス様は大いなる力を もった神様であって、普通の人間ではなく、しかも救い主であることが分かります。 この大臣は喜んで家に帰って、自分の息子が治ったのを見て、彼は主イエス様の御恵みを忘れ なかったのです。彼は自分が聞いたこと、見たことのすべてを全家族の人に話し、家族一同が主 イエス様を信じるようになりました。 18 「中風にかかった人をおいやしになった」 あるとき、一人の中風にかかった人がいました。この中風にかかった人がまったく動けなく、 ずっと寝ているばかりで、とてもかわいそうな病人です。主イエス様は人のどんな重い病気でも いやせるのです。この中風にかかった人は何年も寝たっきりで、とてもかわいそうです。彼は主 イエス様が人の病気をいやされたことを聞き、一刻も早く主イエス様に会いたいと思ったが、し かし、彼は自分で主イエス様に会えるのでしょうか。それはもちろんできないことです。ただ誰 かにかついでもらうしかないのです。というのは彼が起き上がることさえできないので、歩くの はもっと不可能です。幸いなことに、この中風の人には何人かの友達がいました。彼らはこの中 風にかかっている人を床にのせて、主イエス様の前にかついで来たのです。 彼らはやっとのことで主イエス様が説教されている所までかついで来たが、しかし、そこの家 は狭いし、説教を聞く人と病をいやしてもらおうとする人が多すぎて、どうしてもその家に入る ことができないのです。どうしましょうか。家に帰ろうか。しかし、もうすぐ主イエス様の前に 着くのに、この中風にかかっている人と彼をかついだ人達がみんな焦ったのです。そして、彼ら は一つの方法を考え出したのです。それはこの中風にかかっている人をかついで、屋根に上り、 瓦をはいで、病人を床ごと主イエス様の前に釣り降すのです。みなさん、病気をいやしてもらう ために、屋根まで上り、瓦をはぐというのはあまりにも面倒なことでしょう。 しかし、この中風にかかっている人はどうしてもいやしてほしかったし、彼をかついだ人達は 大きな愛の心をもっていたので、彼らにとってはそんなに面倒ではなかったのです。ユダヤ人の 家のほとんどが石でできて、その屋根が平らで、ものを干したりすることができます。この中風 にかかっている人をかついで、屋根に上り、その瓦をはいだのです。この家にいた人達はきっと とてもおかしいと思ったことでしょう。どうして屋根の瓦がはがれたのでしょうか。しばらくす ると、この中風にかかっている人が床ごと屋根の穴から釣り降ろされて来ました。この中風にか かっている人が門から入ることができなかったので、この方法で主イエス様の前に来たのです。 主イエス様は釣り降ろされた病人と彼をかついで来た人達の信仰を分かったのです。そこで、主 イエス様はこの中風にかかっている人に言われました、 「人よ、あなたの罪が許された」 。また彼 に言われました、「起きよ、床を取り上げて家に帰れ」。 主イエス様の大いなる御力とこの病人の信仰によって、彼は本当に起き上がりました。みなさ ん、考えてみてください。彼はうれしかったでしょうか。彼はきっととてもうれしかったのです。 彼は立ち上がって、自分の床をもって、主イエス様に命じられた通りに家に帰りました。彼は主 イエス様がくださった大きな恵みを忘れる事なく、神様を感謝し、 その栄光を神様に帰しました。 みなさん、まだ覚えていますか。主イエス様がこの病人をいやされたとき、その家に多くの人が いました。この人たちが屋根から釣り降ろされた病人を見たし、彼がいやされて、自分の床を もって家に帰ったことも見ました。この多くの人達が主イエス様が行った奇跡を見て、とても不 思議に思いましたし、栄光を神様に帰しました。 「全能なる主イエス様」 主イエス様は救い主、私たちの主、真の神様、しかもこの世界で一番偉いお医者さんです。彼 は病人をいやすときに、薬を用いたり、注射したりするのではなく、ただ言葉で普通の医者が治 せない病気まで治されたのです。また、体の中に取り付いてしまった悪霊を追い出したり、悪霊 をだまらせたりすることもできます。悪霊は主イエス様を恐れているので、主イエス様に命じら れた通りにするしかないのです。今、私たちはこの大いなる御力をもつ主イエス様を知ったばか りでなく、主イエス様の子となりました。このすばらしい恵みをいただいた私たちにはこわいも のがないのです。どうか、私たちがみんな心から主イエス様を信じ、頼って行きましょう。 19 第九課 主イエス様が祈り方を教えられた 聖書:ルカ十一 1 ∼ 13;マタ六 5 ∼ 13 聖句:主の祈り 本文内容: 先週、私たちは主イエス様が病人をいやされた話をしました。主イエス様は全能の神なので、い ろんな病気をいやすことができます。しかも、薬を用いたり、手術をしたりする事なく、ただその 一言で病人をいやすことができるのです。今、主イエス様はこの世におらず、昇天なさったのです。 私たちが主イエス様に病をいやしてほしいと思うときに、どうしたらよいでしょうか。そうです。 私たちは主イエス様に祈れば、主イエス様はきっと私たちの祈りを聞き入れてくださり、そして、 病をいやしてくださるのです。私たちは悲しいとき、苦しいときでも主の慰めを追い求めることが できます。これももちろんお祈りを通すのです。私たちが危険に遭ったとき、もっと切に主に祈り、 その助けを追い求めるべきです。これを通して、お祈りはいかに重要であるかが分かるでしょう。 今日、主イエス様がどのように私たちに祈り方を教えたかを話します。みなさんは毎日いつお祈り するのでしょうか。朝起きた時、夜寝る前に、そして集会に参加するときなどお祈りするのですね。 そして、ご飯を食べる前に声を出さずに祈ることもありますね。これは黙祷といいます。 「祈り方」 どうやってお祈りするのでしょうか。まず跪いて、私たちが主イエス様を尊敬している気持ち を表しましょう。そして両手をどうしますか。胸の前で合掌します。これはみんながきっとよく できると思います。そして、頭を少し下げて、目をつぶって、のぞき見しては行けません。主イ エス様はお祈りのときにのぞき見をする子供が好きではないからです。賢くて良い子はちゃんと 目をつぶるのです。このように準備してから、お祈りを始めるのです。私たちはまず何を言うの でしょうか。 「主イエス様の御名によってお祈りします」と言うのです。もし集会のときでした ら、教会の伝道者あるいは先生は先に「主イエス様の御名によってお祈りします」を言ってから、 私たちも続いて 「主イエス様の御名によってお祈りします」と言ってからお祈りを始めるのです。 みなさんは聖霊でお祈りすることができたのでしょう。みなさんの多くはまだ聖霊でお祈りする ことができません。というのは、まだ聖霊をいただいていないからです。もし、私たちは聖霊を いただいたら、聖霊は私たちの中に宿り、祈るときに聖霊は私たちの祈りを霊言に訳して、天に います神様に祈ってくれるのです。私たちはよく霊言の祈りを聞きますが、しかし、聞いても分 からないのです。でも、主イエス様はちゃんと分かっていらっしゃるのです。だから、私たちは 切に神様に聖霊を追い求めるべきです。聖霊をもっていれば、私たちのために祈ってくれるばか りでなく、私達を助けてくださるのです。しかも、将来、聖霊をもっている人だけが天国に入れ るのです。だから、私たちにとって、聖霊はとても重要です。 「パンを借りる譬え話」 みなさんは聖霊がほしいでしょうか。ある時、主イエス様は弟子たちに聖霊を追い求める祈り 方を教えられたのです。主イエス様が聖霊を追い求めるときは、切に祈らなければなりません。 それはちょうど夜中に友達からパン(ユダヤ人はパン粉をパンにしてご飯代わりに食べる)を借 りようとする時と同じだと譬えられたのです。主イエス様が言われた、 「ある時、一人の人の家 に夜中に友達が訪ねて来ました。この友達が遠い道を歩いて来て、お腹がすいていたのですが、 しかし、この人は友達に何も出すものがないので、どうしましょうか。彼は急いでほか友達の家 に行ったのですが、その友達はもう戸を締めて、寝ていたのです。その人は大声で言った、 『友 よ、パンを三つ貸してください。友達が旅先から私の家に着いたのです』。しかしその人は中か 20 らこう答えた、 『面倒をかけないでくれ。もう戸は締めてしまったし、子供達も私と一緒に床に 入っているので、今起きて何もあげるわけにはいかない』。しかし、その人は言った、 『友よ、お 願いだから、起きてパンを貸してください』。中にいた人がこれ以上寝ることができなく、起き てパンを三つ貸したのです」。 主イエス様は私たちに聖霊を追い求めるときはパンを借りる人と同じように切に願えば、神様 も彼の友達と同じように私たちに聖霊を与えずにいられなくなる事を教えられたのです。今、私 たちは切に祈るべきことを分かったが、しかし、お祈りのときに、神様に何を言ったらよいので しょうか。私たちにきれいな洋服をくださいと祈ってもいいでしょうか。これはいけないことで す。では、主イエス様においしいお菓子をたくさんくださいと祈ってもいいでしょうか。これも いけないことです。では、私たちは何を追い求めたらいいのでしょうか。 「主の祈り」 主イエス様の弟子がある時、主イエス様が切に祈っておられるのを見て、自分たちにその祈り 方を教えてほしいと思ったのです。主イエス様が祈り終わってから、彼らは言いました、 「主よ、 私たちに祈ることを教えてください」。主イエス様はその願いを聞き入れ、彼らに言われました、 「祈るときは、くどくどと祈るな。そして同じことを繰り返して言うな。あなたの父なる神は、求 めない先から、あなたがたに必要なものはご存じなのだ。だから、あなたがたはこう祈りなさい、 『天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。御国が来ますように。みこころが天 に行われるとおり、地にも行われますように。私たちの日ごとの食物を、今日もお与えください。 私たちに負債のある者をゆるしましたように、私達の負債をもおゆるしください。私たちを試み に会わせないで、悪しき者からお救いください。国と力と栄えとは限りなくあなたのものである からです。アァメン』」。みなさんはこの主の祈りを覚えていますか。きっとみんながよく覚えて いると思います。では、一緒に暗唱しましょう。 この祈りは主イエス様が自ら私たちに教えてくださったものです。だから、私たちはこれをよ く覚えなければなりません。そして、集会が終わって、祈りの最後に、伝道者あるいは先生が「主 の祈りを」と言ったとき、私たちは一緒にこの主の祈りを言いましょう。主の祈りのほかに、ふ だんの祈りの中で神様に何を追い求めるべきでしょうか。聖霊のある人はこれを心配する必要が ありません。聖霊は私たちに代わって、神様に祈ってくれるのです。聖霊をもっていない人はど のように祈ったらよいでしょうか。一番最初に言う言葉はみんな同じです。 「主イエス様の御名 によってお祈りします」を言ってから、 「ハレルヤ、主イエス様を賛美します、主イエス様を感 謝します」と言えばいいのです。 ハレルヤとは神様を賛美しますの意味です。もし私たちはほかのことを言えなくても、ただ何 回も「ハレルヤ、主イエス様を賛美します、主イエス様を感謝します」と繰り返して言えばいい のです。これは神様に喜ばれる言葉です。もし私たちは聖霊をほしいと思えば、 「主イエス様よ、 どうか聖霊をください」 、あるいは「主イエス様よ、聖霊を私の心に満たしください」と言って もいいし、でも、 「ハレルヤ、主イエス様を賛美します」とだけ言っても大丈夫です。ただ、人 のまねをして、にせ霊言を語ってはいけません。これは神様に嫌われることです。みなさんは絶 対そうしないように気をつけてください。私たちははっきりと「ハレルヤ、主イエス様を賛美し ます、主イエス様を感謝します」と言いましょう。 みなさん、よく覚えたのでしょうか。お祈りのとき、いたずらに祈ってはならない。これは神様に 対して失礼なことになります。主イエス様はこのようないたずらの祈りを聞き入れますか。主イエス 様はきっとこのような祈りを聞きたくないに違いありません。時には、主イエス様はこのように人に 罰を下すのです。もしこのような悪い習慣を直さなければ、天国に入ることができないのです。 私たちは遊びの時に、思う存分遊んだり、冗談を言ったりしてもいいが、しかし、お祈りのと きは、このようないたずらをしてはいけません。どうか、主イエス様は私たちに敬虔な態度と真 心を込める祈りができ、私たちの信仰を固め、みんなが天国に入れるように助けてください。 21 第十課 農夫が種をまく 聖書:マタ十三 1 ∼ 23;ルカ八 4 ∼ 15 聖句:マタ十三 23 本文内容: 前回、私たちはどんなテーマについて勉強しましたか。そうです、イエス様は私たちに祈りを 教えられた事です。イエス様は私たちに聖霊を追い求める時は、切に祈るべきだと教えました。 みなさんは先週、ちゃんとお祈りしたのでしょうか。朝起きてから、夜寝る前に祈りましたか。 ご飯を食べる前にもちゃんと黙祷を忘れないようにしましょう。どうか、神様が私たちをいつも 祈りを忘れないように助けてください。そして、切に聖霊を追い求めるようにしましょう。 「四人の親友が一緒に集会に参加することを決めた」 今日、私たちは四人の友達の物語をしましょう。この人たちは華ちゃんとその友達の年ちゃん、 清ちゃんと城ちゃんです。彼ら共に三年のBクラスの生徒です。華ちゃんのママにはとても仲の いい友達がいて、彼女がよく華ちゃんのママを教会に誘っていました。華ちゃんも集会に参加す るのが好きで、彼はよく宿題を早く終わらせて、ママと一緒に夜の集会に参加したりしました。 華ちゃんはまだ小さいが、とてもまじめに説教を聴いていたので、伝道者が話した内容のほとん どが理解できたのです。しばらく経って、彼らの家にある偶像を外して、火で焼いたのを見て、 華ちゃんはとてもおもしろいと思って、次の日にこのことを親友に教えて言いました、 「私たち は最近よく教会に行ったので、 今までに礼拝していた木の偶像は本当の神ではないことを知りま した。 天地と人間を創造された方こそが本当の神様です。もし私たちはイエス様を信じなければ、 将来、天国に入ることができないばかりでなく、こわい地獄に投げ込まれて、苦しみを受けなけ ればなりません。来週、私たちは一緒に説教を聞きに行きましょうか」。みんなは華ちゃんの話 に賛成しました。 「四人の親友が集会に参加した」 日曜日の朝、この四人の親友が一緒に教会に来て、幼年クラスの集会に参加しました。幼年ク ラスの先生はこの子たちを喜んで迎えました。その日はとてもおもしろい物語を聞いたのです。 集会が終わってから、先生はこの子たちに来週も参加するように声をかけました。もちろん、彼 らもそれに同意しました。 「年ちゃんは集会に来なかった」 しかし、次の日曜日、この仲間たちが一人欠けたのです。その子は年ちゃんです。年ちゃんは 言いました、 「華ちゃん、私はその説教を聞いても、ちっとも分からないから、来週は行かない よ」。華ちゃんは言いました、 「私たちはみんな分かったのに、あなたはどうして分からないの。 何回も聞けばきっと分かるようになるよ」。それでも年ちゃんはやはり行こうとしなかったので す。仲間は三人になったが、それでも彼らはとても楽しく集会に参加しました。華ちゃんは今日 聞いた物語がもっとおもしろいと思いました。そして、賛美歌をあまり歌えなくても、楽しく、 一生懸命歌いました。 22 「清ちゃんが集会に参加するのをおびえた」 この三人の友達がその後も数回集会に参加したので、賛美歌も結構歌えるようになりました。 彼らはこの集会がとてもおもしろいし、集会後の絵画と折り紙もとても楽しいと思いました。し かし、ある日、清ちゃんは華ちゃんにこう言いました、 「華ちゃん、私は集会に参加するのがと ても好きだけど、でも、ママは私が教会に行くことを許さなかったのです。私達の家では、お線 香をたてて、拝みをしなければならないからなの」。華ちゃんは言いました、 「あなたたちが拝ん でいるのは本当の神ではないから、それを拝んではいけない。私たちが拝むべき神は天にいる真 の神だけです。教会でこの話を聞いたでしょう」。清ちゃんは言いました、 「私もこのことをママ に言ったが、ママはそれを信じないし、私にも信じないように言ったのだ」。このように、今週、 集会に参加する人は何人になりましたか。華ちゃんと城ちゃんの二人です。城ちゃんも華ちゃん と同じくらいに集会が好きです。城ちゃんは言いました、 「イエス様を信じれば、多くの恵みを いただけるし、しかも、将来天国にも入れる。私はパパとママも呼んで、一緒に集会に参加しよ う。そして、将来、神様のために働こう」。 「城ちゃんも集会に参加しなくなった」 しばらくして、期末テストの時期になりました。城ちゃんは華ちゃんに言いました、 「華ちゃ ん、今週あなたは一人で教会に行ってね。私は試験勉強で忙しいから、集会に行けないのよ」。華 ちゃんも試験勉強がありますが、それでも彼は集会に参加し、家に帰ってからやっと試験勉強を したのです。でも、神様が彼を祝福されたので、彼は期末テストをよくできました。夏休みになっ て、城ちゃんは華ちゃんと一緒に二回くらい集会に参加しただけで、来なくなりました。という のは、城ちゃんはおじさん、おばさんの家、海に遊びに行ったりしたからです。学校が始まって からも、城ちゃんはやはり集会に参加しようとしなかったのです。彼は華ちゃんに言いました、 「今はもう四年生になったので、授業も厳しくなって、私は集会に参加できなくなったの」。 「華ちゃんはバプテスマを受けた」 それから、華ちゃんは一人で教会に行くようになったが、それでも彼はいつも楽しく集会に参 加し、教会で友達もたくさんできて、しかもみんなは主イエス様を信じる良い子ばかりでした。 教会が霊恩会を開く時、華ちゃんと家族のみんなが一緒にバプテスマを受けて、天国に属す民に なりました。華ちゃんは毎日まじめに勉強するほか、熱心に集会に参加し、お祈り、賛美歌の練 習などでとても楽しく過ごしました。 ママが彼に一冊の聖書をプレゼントしました。 というのは、 彼はもう少年クラスに上がったからです。このように六年過ぎました。華ちゃんの賛美歌がうま くなったし、熱心に集会に参加して、聖書を勉強したり、とても良い子で、しかも尊い聖霊もい ただきました。教会側は彼を児童集会の先生に選びました。彼も喜んで主イエス様にために働き ました。 「種まきの物語り」 ある時、主イエス様は種まきの物語を話されました。みなさんは種をまいた事がありますか。 私たちが食べる米、ピーナッツ、野菜のすべてが小さな種を地にまいたことによって、芽が出て 来て、成長して、花を咲き、実を結んでできたものです。主イエス様が話された物語りは次の通 りです。一人の農夫が種まきに行きました。彼が種をまいている時、ある種が道端に落ちて、あ る種が土の薄い石の上に落ちて、ある種がいばらの中に落ちて、そして大部分の種が農夫が前以 て用意した良い地に落ちました。農夫が種をまいてから、その上にさらに細かい土で種を覆い、 水をかけてから家に帰りました。しばらくして、子鳥が飛んで来て、道端に落ちている種を見つ け、うれしくてこれを全部食べてしまいました。そして、土の薄い石の上に落ちた種はすぐに芽 23 が出たものの、根がないので、太陽に照らされて、すぐに枯れてしまいました。いばらの中に落 ちた種ももちろん芽が出て来たが、しかし、いばらがあまりにも成長が早いため、ふさがれて、 最後に全部死んでしまったのです。ただ農夫が用意した良い地に落ちた種だけが芽が出てから、 太陽に照らされ、農夫は水と肥料も与えてくれたので、スクスクと育ったのです。この芽たちが とても早く成長し、高くて大きくなったとき、どうなったと思いますか。彼らは花を咲き、実を 結んだのです。しかも多くの実を結び、あるものは三十個、あるものは六十個、あるものは百個 も実を結びました。みなさん、このように、一つの種が良い地に落ちたことによって、成長して から、数十倍、数百倍、数千倍にもなりました。 「種まきの解釈」 主イエス様が言われました。種は天国の教えで、農夫は主イエス様と同じように教え(福音) を宣べ伝える人のことです。道端に落ちて、鳥に食べられてしまった種は華ちゃんの友達の年 ちゃんのような人で、教えを聞いても理解ができないため、教会に来なくなる人のことです。土 の薄い石の上に落ちた種は清ちゃんのような人で、数回話を聞いただけで、ママに教会に行くな と言われれば、教会に行かなくなる人のことです。いばらの中に落ちた種は城ちゃんのような人 で、多くの教えを聞き、しかもそれを喜んで受け入れたにもかかわらず、遊びのことと学校のこ とに気を取られ、主イエス様のことを放棄してしまい、教会に来なくなる人のことです。そして、 良い地に落ちた種は誰に似ていますか。華ちゃんに似ているのです。彼はまじめに説教を聞き、 いつも集会に参加しました。テストの時であろうと、休みの時であろうと、彼はいつも主イエス 様のことを覚え、集会のことを覚えていたのです。バプテスマを受けてから、一生懸命勉強しな がら、熱心に集会に参加し、賛美歌を歌い、お祈りをしました。神様が彼を祝福されたので、彼 は良い学校に行くことができて、賛美歌も上手になり、聖書の物語もよく覚え、しかも聖霊もい ただきました。高校に入ってから、児童集会の先生になって、主のために働きました。これは彼 が結んだ実です。しかも絶えず実を結び続けるのです。華ちゃんは主イエス様が言っているよう な人です。 「良い地にまかれた種とは、御言を聞いて悟る人の事であって、そういう人が実を結 び、百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなるのである」。これは今日の聖句です。みな さんも華ちゃんのように熱心に集会に参加し、お祈りして、賛美歌を歌い、そして実をたくさん 結んで、主イエス様に捧げられる事を望んでいますか。 24 第十一課 主を愛する姉妹 聖書:ルカ十 38 ∼ 42 聖句:ヨハⅠ四 19 本文内容: 前回、私たちは主イエス様が語られた譬え話を勉強しました。神様は種まきの譬えをもって、 私たちに次のことを教えられたのです。つまり、教えを聞き、バプテスマを受けてからも、私た ちは心を尽くして神様の教えに従い、世の中のことに誘惑されないように、心を尽くして主を礼 拝し、自分の信仰を固め、よい地にまかれた種のように、多くの実を結び、主イエス様に捧げる ようにしなければなりません。 「主を愛する姉妹」 ベタニヤに住んでいる二人の姉妹とその兄弟が主を信じ、主の友達になりました。お姉さんは マルタといい、その妹はマリヤといいます。みなさん、一緒に「マルタ、マリヤ」と言いましょ う。彼女たちの弟がラザロといいます。一緒に「ラザロ」と言いましょう。マルタ、マリヤとラ ザロがとても主を愛していて、そして、主も彼女たちを愛していました。主イエス様がもし村に 伝道に行って、ベタニヤに着いたとき、よく彼女たちの家によりました。彼女たちはいつも喜ん で主イエス様を迎えました。時には主イエス様は彼女たちに神様の教えを聞かせたり、そこで食 事したりすることもあります。 ある日、主イエス様はまたベタニヤに行きました。マルタは主イエス様が自分の家に来てほし いし、主イエス様を愛していて、その説教もとても好きでした。マルタは主イエス様が自分たち の町に着いたのを知って、自分の家に迎えました。みんなも喜んで主イエス様をもてなしたので す。みなさんの家にお客さんが来たとき、喜びますか。きっととても喜ぶでしょう。自分たちの おばさん、おじさんがもし、いとこたちを連れて、遊びに来たら、きっと一番喜ぶでしょう。 「マリヤが心を込めて主の説教を聞く」 主イエス様が彼女たちの家に入り、そこで食事したり、世間話したり、寝るためでしょうか。 では、主イエス様はそこで何をしたと思いますか。そうです。主イエス様はいつも自分の仕事の ことを覚えて、至る所で神様の教えを語られたのです。マリヤは主イエス様のお話がとても好き で、彼女もそこに座って、静かに心を込めて主イエス様の話を聞き入ったのです。みなさんもこ のマリヤのようにまじめに神様の教えを聞くのでしょうか。これは神様に喜ばれることです。 「マルタは接待で忙しかった」 マリヤは静かに説教を聴いていたが、マルタはどこに行ったのでしょうか。なるほど、彼女は 食事のためにお買い物をして、少しでもよいおかずを作って、主イエス様を接待しようとしてい たのです。みなさんの家にお客さんが来たとき、ママもいつも多くの食べ物を買って来たでしょ う。マルタにとって、イエス様が一番好きな、大事なお客様だから、彼女は急いで材料を買って 来て、しかもそれをおいしい料理にしなければなりません。本当とても忙しいです。マルタは急 いで妹に手伝ってもらうために、彼女を捜したのです。彼女は行ってみると、マリヤがそこに 座って、主イエス様のお話を聞いていたのです。自分がこんなに忙しくしているのに、全く気づ いていないのか、私を手伝ってよと思いました。 25 そこで、マルタは主イエス様に言いました、 「主よ、妹が私だけに接待をさせているのを、何 ともお思いになりませんか。私の手伝いをするように妹におっしゃって下さい」。マルタは本当 に心から主を愛していたので、何とか主イエス様を接待しようと思っていたのです。しかし、主 イエス様にとって、マリヤのようにまじめに説教を聴く方がもっと大事だと思われたのです。主 イエス様はマルタに言われました、 「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思 い煩っている。しかし、なくてはならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはそ の良い方を選んだのだ。そしてそれは、彼女から取り去ってはならないのである」。 「マリヤを見習う」 マルタは主イエス様を招待するために、一生懸命しているのはとても良いことだが、主イエス 様はマリヤのようにまじめに説教を聴く方が最も大事な、良いことだと言われました。 みなさん、 私たちは教会に来たとき、神様のために多く働き、多くの証しをして、友達、親戚を連れてくる 事は主イエス様に喜ばれることです。しかし、教会に来て、まじめに多くの教えを聞くことが もっと主に喜ばれることです。みなさんはマリヤのように神様の教えを聞くのが好きですか。み なさんはまだ小さいので、多くの教えがまだ習っていません。もしいつも欠席したり、まじめに 話を聞かないと、神様の大事な教えを知らないままにいると、信仰のある良い信者になれないの です。 私たちはマリヤの事を見習って、もっと多くの教えを聞きましょう。もしまじめに聞けば、私 たちは神様の教えを多く勉強できて、信仰と霊的の知識がきっと進歩できて、神様の重要な働き 人となれるのです。主イエス様が再び来られるとき、天国に入る資格が得られるばかりでなく、 多くの賞与も得られます。みなさんはこのような恵み深い人になりたいですか。どうか神様が私 たちを熱心に集会に参加し、まじめに話を聞き、将来主イエス様のために働ける人になれるよう に助けてください。 今日は二人の姉妹の話をしました。この二人の姉妹の名前は何でしょうか(マルタとマリヤで す)。マルタは主イエス様を愛し、主イエス様が来られたのを見て、自分の家に迎えました。主 イエス様が彼女の家に着いてから、彼女は何をしましたか(お買い物をしたり、料理を作ったり をしました)。彼女の妹マリヤは何をしましたか(彼女は静かに主イエス様の前で説教を聴いて いたのです)。マルタが主イエス様に妹に自分を手伝うように言ってほしいと頼んだ時、主イエ ス様はどちらが大事だと言われましたか(説教を聴くのが大事だと言われました)。私たちはも し天国に入りたい、信仰の良い信者になりたいと思うならば、どうしなければならないのでしょ うか(集会に参加し、まじめに神様を教えを聞くことです)。 26 第十二課 主イエス様が暴風を静められた 聖書:マタ八 23 ∼ 27;マコ四 35 ∼ 41 聖句:マタ八 26 本文内容: 前回、二人の姉妹の話をしました。さて、その名前は何でしょうか。マルタとマリヤです。彼 女たちはだれの良い友達でしょうか。主イエス様の良い友達です。マルタは主イエス様を招待す るために非常に忙しくしていました。 彼女は何に忙しかったのでしょうか。料理を作るためです。 マリヤはお姉さんを手伝ったのでしょうか。いいえ。では、彼女は何をしていたのでしょうか。 主イエス様の前に座って、その説教を聴いていたのです。料理を作るために忙しくするのと静か に説教を聴くのと、どちらが重要でしょうか(主イエス様は説教を聴く方が大事だと言われまし た)。だから、主イエス様は私たちが集会に参加するとき、マリヤのように静かに説教を聴くこ とを望んでおられるのです。 「主イエス様が船で寝ました」 主イエス様はその弟子たちを連れて、いろんなところで福音を宣べ伝え、神様の教えを講じ、 かわいそうな病人をいやしたりもしました。 弟子たちはその先生のなされたことと講じられた教 えを聞き、自分たちの先生は非常に偉大な方で、真の神であり、普通の人間ではないことを知っ ていました。ある時、彼らは主イエス様が船で行われた奇跡を見て、主イエス様は偉大な神様で あることをもっとはっきりと分かりました。その時主イエス様はどんな奇跡を行ったのか、みん なも知りたいでしょう。 その時、主イエス様はいつものように弟子たちを連れて、船に乗って、向かい側に行こうとし ました。この時、もう一隻の船も一緒に出発しました。船に乗ってから、主イエス様はすこし休 もうと思って、眠っていました。主イエス様は伝道のため、家でよく休んだりすることもできな いし、みなさんのように夏休みや冬休み、週末休みもありません。彼は毎日福音のため、病人の ために忙しくしていたので、今度のように船に乗ったら、 急いで休みをとらなければなりません。 彼はもうすっかりと眠りに入りました。 「海に暴風が起きた」 しばらくして、海は急に荒れて、今の台風のように暴風が起きたのです。今、もし台風が起き たら、私たちはドアと窓を閉め、家にいればあまり危険を感じませんが、しかし、海の上にいる と、状況が違うのです。海に暴風が起きれば、波も荒くなって、山のように押しかけて来るし、 船が海水でいっぱいになるかも知れませんし、転覆することもありえます。だから、台風のとき に、大きな船であろうと、小さな船であろうと、だれも海へ行こうとしないのです。この時の主 イエス様と弟子たちの乗っていた船が途中で暴風に遭い、船が沈みそうになりました。 「主イエス様は暴風を静められた」 船に乗っていた人達がとてもこわくて、もしこれ以上波が止まないと、みなが死んでしまうの かもしれません。彼らは焦っていたのですが、どうしようもなかったのです。この時、弟子たち が一ついい方法を考えたのです。どんないい方法でしょうか。そうです、先生に助けを求めるの です。先生は偉大なる力をもっているので、きっと自分たちを救ってくださると信じていたので す。彼らはいろんなところで主イエス様を探していたのです。さて、主イエス様はどこに行った のでしょうか。船の中で寝ていたのです。こんな暴風が起きていたのに、彼は目を覚めなかった のです。弟子たちは急いで主イエス様を起こして、言いました、 「先生、私たちが溺れ死んでも、 おかまいにならないのですか」。主イエス様は起き上がって、暴風と波を見ても、全然こわがら ずばかりでなく、弟子たちに言われました、 「なぜこんなにこわがるのか、どうして信仰がない 27 のか」。そして、風をしかり、海に向かって、 「沈まれ、黙れ」と言われました。すると、風も波 もすぐに止み、静かになりました。この時、船に乗っていた人達はやっと落ち着きを取り戻した のです。そして、この風と波を黙らせた人は一体だれだろうと不思議に思いました。ただ、弟子 たちだけは主イエス様が真の神であって、普通の人間ではないことを知っているのです。弟子た ちはこの出来事に遭い、主イエス様のなされた奇跡を見て、主イエス様が神様であることをもっ とはっきりと分かったのです。 主イエス様は偉大な神であって、風も海の彼が管理しているので、 だから、それを黙らせるのは簡単なことです。 「台北の教会堂の証し」 今の風も主イエス様が管理しているのでしょうか。 次の証しから私たちは分かります。ある日、 台北の教会堂の北の方に火事が発生したのです。近くに住んでいる人達は急いで自分の家から貴 重なものを運び出しました。周りに人が一杯集まって、 「火事だ、火事だ」と叫んでいました。こ の時、教会堂には一人の年のとった兄弟しかいません。彼は何が起きたのか知らなくて、外に出 てみると、会堂の北にある家が火事になって、しかも南風を吹いているじゃないか。火は南風に 吹かれて、会堂に向かって延びて来ました。どうしましょうか。この兄弟は急いで教会堂に戻り ました。みなさん、彼はどうして教会堂に戻って来たのでしょうか。教会堂から重要なものを運 び出すためでしょうか。いいえ、彼は教会堂に入って、とても重要なことをしたのです。さて、 どんなことだと思いますか。彼は教会堂に入って、お祈りして、主イエス様にこの教会堂を守る ように求めたのです。彼はとても一生懸命お祈りしました。 「主イエス様が風の向きを変え、教会堂を守られた」 この時、火は教会堂のそばのブドウの木まで延びて来そうになり、焦げてしまった葉もあり ました。もしブドウの木が焼かれたら、教会堂も焼かれるのです。この危険な時に、主イエス様 は彼らの祈りを聞き入れ、南風の向きを変えさせたのです。教会堂まで延びて来そうな火も風の 向きが変わった事によって、燃える向きも変わったのです。火事を見ていた人たちがはっきりと この光景を見たので、みながびっくりすると同時に、この教会の信者たちが礼拝しているのは本 当に真の神だと言いました。この時、消防車も着いたので、火が消されました。台北教会の張執 事が教会堂の近くが火事になった事を聞き、急いで教会堂の近くまで来たものの、人があまりに も多かったので、教会堂まで行くことができなかったのです。この時、火はもう消されました。 そして、そこにいる人たちが互いに、 「この教会はもう少しで焼かれるところだったのに、どう して急に風の向きが変わったのかな。きっと彼らが礼拝している神が守ってくれたのよ。真イエ ス教会の人が礼拝している神は本当に偉大な神だ」と論じているのを聞きました。 「神に頼れば恐くない」 みなさん、主イエス様が風の向きを変えた事によって、台北の教会堂を守ったのです。という のは、今の風も主イエス様が管理しているからです。だから、主イエス様は南風を違う向きにさ せるのは簡単な事です。しかし、もし人間の手で何とかしようとするならば、これはどうしても できない事です。だから、私たちが礼拝している主イエス様は本当に偉大な神で、もし私たちは 彼を信じ、頼っていれば、何の心配もいらないのです。私たちは心配したり、怖がったりしなく てもいい、ただ、偉大なる慈しみの神の助けを追い求めればよいのです。主イエス様と弟子たち が船に乗って、暴風に遭った時、弟子たちは怖がっていたのでしょうか(はい、怖がっていたの です)。主イエス様は怖がっていたのでしょうか(いいえ、全然怖がっていなかったのです)。主 イエス様は全然怖がっていなかったので、彼は何をしていたのでしょうか(眠っていたのです)。 主イエス様は誰に起こされたのでしょうか(弟子たち)。彼は目を覚めてから、何を言われたの でしょうか(私はここにいる、何を恐れているのか)。そして、主イエス様は風と波を静めたが、 そのようになりましたか(その通りになりました)。もし、私たちはこのようなことに遭った時、 どうしたらよいのでしょうか(神様に一生懸命お祈りします)。 28
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