はじめに 2002 年、世界保健機関(WHO)が緩和ケアの定義を改訂し、 「早期からのケア」の重 要性が謳われた。これを受け、2007 年 4 月に施行されたがん対策基本法では、初めて がん患者に対する早期からの疼痛緩和の必要性が明記された。また、2008 年度診療 報酬改定でも「がん緩和ケアの普及と充実」が鮮明に掲げられ、診療報酬上の評価が 見直されるなど、緩和ケアをめぐる状況は大きく変わりつつある。 がん医療マネジメント研究会第 6 回シンポジウムでは、 「がん対策基本法で期待され る緩和ケアを目指して―実践から診療報酬まで―」をテーマに、2008 年度診療報酬改 定の概要と、病院医師、診療所医師、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカーから緩和ケ ア診療の現状と課題についてお話しいただいた。本シンポジウムには緩和ケアに携わ る医師、看護師などおよそ 350 人が参加し、パネルディスカッションでは活発な質疑応 答が繰り広げられた。 Contents 特別講演「診療報酬からみた緩和ケア」 ……………………………………… 森光 敬子 氏 厚生労働省保険局医療課 筆頭課長補佐 医師(病院)の立場から …………………………………………………………… 林 章敏 氏 聖路加国際病院緩和ケア科 医長 医師(往診)の立場から …………………………………………………………… 白髭 豊 氏 医療法人白髭内科医院 院長 看護師の立場から …………………………………………………………………… 工藤 涼子 氏 栄光会栄光病院 ホスピス病棟師長 薬剤師の立場から ………………………………………………………………… 中西 弘和 氏 京都社会事業財団京都桂病院医務部 薬剤科科長 ソーシャルワーカーの立場から ……………………………………………… 橘 直子 氏 綜合病院山口赤十字病院医療社会事業部 パネルディスカッション………………………………………………………… 特別講演 診療報酬からみた 緩和ケア 法の評価、③緩和ケアの評価、④がん 座長 H木 安雄 氏 診療連携拠点病院の評価、⑤リンパ浮 慶應義塾大学大学院 健康マネジメント研究科 教授 腫の治療の評価 ―― の 5 つを掲げた。 ここに至るまでには、2007 年 4月から 省内で何度も議論を重ねた。具体的に 診療報酬からみた 緩和ケア は、がん対策推進室が設置されている 森光 敬子 氏 まり、ディスカッションを行った。がん対 健康局の職員等と、改定作業に携わる 保険局の職員あわせて 20 ∼ 30 人が集 厚生労働省保険局医療課 筆頭課長補佐 策推進室には、医師や看護師など有資 2008 年度診療報酬改定では、がん医療の推進に関する領域の評価が大きく 格者が多く配属されており、なかには国 見直され、とりわけ、緩和ケア領域では点数の新設や引き上げ、施設基準の変 立がんセンターの勤務経験を有する医 更が相次いだ。森光氏は、直接改定作業にかかわった立場から、2008 年度改 師や、緩和ケア診療医から転身した医 定の経緯を概説するとともに、改定項目に込めた思惑などについても語った。 師もいる。こうした職員が現場の声をヒ アリングし、吸い上げた問題点をディス カッションの俎上に載せ、評価する項目、 本体 0.38 %のプラス改定で がん対策関連項目を重点的に評価 診療報酬についても重点的に検討され 評価を見送る項目を検討していった。 たのは周知のとおりである。 産科・小児科・勤務医への評価引き がん対策推進基本計画に基づき まず、2008 年度診療報酬改定に至っ 上げが最優先事項であったなか、がん た経緯を説明する。2007 年 12月に社会 対策についても集中的に評価できたこ 保障審議会医療保険部会および医療部 とは意義深いと考える。この 0.38 %と がん対策のカテゴリーにおける緩和 会で「平成 20 年度診療報酬改定の基本 いう数字が、小さいながらも大きな意 ケアの評価は、先述のように放射線療 方針」が取りまとめられ、診療報酬改定 味を持っているということをご理解い 法の評価、化学療法の評価に次ぐ第 3 率を含む 2008 年度予算案が閣議決定 ただきたい。 の検討項目であった。主な改定ポイン 緩和ケア全体の評価を見直し トは 4 点である (表)。 された。薬価を含めた全体の改定率は マイナス 0.82 %であったが、診療報酬本 診療報酬改定における 体はプラス 0.38 %と定められた。この 評価項目の決定プロセス 改定に先立って策定されていたがん 対策推進基本計画では、重点的に取り 組むべき課題として、 「緩和ケアが治療 「基本方針」と規定の改定率に沿って、 がん関連で見直した評価項目につい の初期段階から行われるとともに、診 協議会(中医協)によってまとめられ、 て解説する前に、評価項目がどのような 断、治療、在宅医療などさまざまな場面 2008 年 2 月13日、中医協より厚生労働 プロセスを経て決定されたかを紹介し において切れ目なく実施される必要が 大臣に答申された。4 月 1日からは、改 たい。 ある」と明記されている。そこで、治療 診療報酬の改定案が中央社会保険医療 定された診療報酬が適用されている。 がん対策については、2007 年にが 早期から緩和ケアが提供できるよう、 改定結果の概要(図)については、ま ん対策基本法が施行されてがん対策推 新たにがん性疼痛緩和指導管理料 ず「基本方針」では緊急課題として「産 進基本計画が策定されたという背景が (100 点) を設け、算定要件としては世界 科・小児科への重点評価」 「診療所・病 あったため、早期から診療報酬改定の 保健機構(WHO)方式のがん性疼痛治 院の役割分担」 「病院勤務医の事務負 柱となることが明らかになっていた。 療法に準拠して医療用麻薬を処方した 担の軽減」が掲げられた。この次に、 厚生労働省保険局では、2008 年度改定 場合に算定できるものとした。 重点的に評価する項目として「がん対 の審議開始直後となる 2007 年 10 月 5 WHO 方式に準じた医療用麻薬の投 策」 「脳卒中対策」などが挙げられた。 日の診療報酬基本問題小委員会に、検 与の推進は、喫緊の課題と認識してい 逆に適正化・見直しを行う主な項目と 討事項を整理した資料を提出してい る。わが国の緩和ケアの専門家の数が して、 「外来管理加算」 「7 対 1 入院基本 る。資料では、がん対策を推進するた 十分ではないことは周知のとおりである 料」 「コンタクトレンズ検査料」などが対 めに評価の見直しを検討すべき項目と が、このほか医療者側にも麻薬に対す 象とされた。このほか、後期高齢者の して、①放射線療法の評価、②化学療 る誤解が未だに根強く残っていることな 2 がん医療マネジメント研究会 第 6 回シンポジウム どから、医療用麻薬の投与推進の機運 ために最期まで在宅療養が行えないと ががん診療において果たしている役割 はなかなか高まらないのが現状である。 いう事態をなくしたい、というメッセー や今後の機能強化の必要性に鑑み、入 そのため、多くの人が緩和ケアの恩恵 ジを込めている。 院初日に限りがん診療連携拠点病院加 を受けられない事態に陥っている。そ このほか、がん対策推進基本計画で 算を 200 点から400 点に引き上げた。 こで、緩和ケアを専門としていなくとも、 は、 「がん患者の意向を踏まえ、住み慣 また、がんの手術後にしばしば発症 がん診療に携わる医師ならば WHO 方 れた家庭や地域での療養を選択できる するリンパ浮腫の対策として、適切な指 式に準じて医療用麻薬を投与できるよ よう、在宅医療の充実を図ること」が求 導を行った場合にはリンパ浮腫指導管 うになってほしい、というメッセージを込 められている。基本計画策定以前の 理料 100 点(入院中 1 回) を新たに算定 めたのがこの評価項目であった。 2006 年度改定では、患家や特別養護老 できるものとした。これは患者団体から の強い要望に応えたものである。 また、緩和ケアチームの専従医師が 人ホーム、特定施設で医療用麻薬の投 治療早期の患者を外来で診察できるよ 与が認められていた。基本計画策定後 診療報酬改定作業を行う立場から発 う緩和ケア診療加算の算定要件を見直 の 2008 年度改定ではこれをさらに拡大 言させていただくと、診療報酬とは医 し、医師に加えて緩和ケア専任の薬剤 し、定額制である介護老人保健施設や 療の質を向上させながら施策を推進し 師の配置を義務づけた。点数も 250 点 介護療養病床でも医療用麻薬を利用で ていくために用いる一種のツールであ から 300 点に引き上げた。現在、医師 きるよう、出来高算定可能な薬剤の対 ると認識している。がん治療を均てん 不足が叫ばれ、 「多職種協働」がキーワー 象を見直した。 化していくうえでは、放射線治療など集 約化すべき治療と医療用麻薬の投与な ドとなっているなかで、とりわけ薬剤師 に対する強い期待を明確に打ち出した 項目である。 外来化学療法や ど標準化すべき治療を明確にして施策 リンパ浮腫対策も評価 を考え、診療報酬で評価すべき項目を 考えている。質の高い取り組みを行う さらに、緩和ケア病棟入院料の施設 基準に、 「地域の在宅医療を担う保険 緩和ケア以外の項目では、放射線療 医療機関を評価したいという考えは確 医療機関と連携し、緊急時に在宅での 法の評価について、がん対策推進基本 かに持っているが、ただ高く評価すれ 療養を行う患者が入院できる体制を確 計画でも重点的に取り組むべき課題と ば均てん化を加速できるというわけで 保していること」という条件を加えた。 されていたため、患者個々人への治療 もない。質の伴わない医療機関が参入 これは、2007 年夏に厚生労働省が実施 計画の策定など、質の向上を図る取り する可能性も排除できないからだ。そ した「在宅療養支援診療所の実態調査」 組みを新たに評価した。化学療法の評 うした意味では、診療報酬改定は両刃 で、在宅療養支援診療所における緊急 価では、外来化学療法を充実した体制で の剣である。現場の医療関係者の声を 時の後方支援体制の整備が不十分であ 行った場合により高い点数を申請できる 聞きながら、今回の改定で見直した項 ることが浮き彫りになったためである。 よう見直した。このほか、がん診療連携 目を検証し、次回改定に活かしていく 後方支援の連携体制が充実していない 拠点病院の評価についても、拠点病院 ことがわれわれの責務である。 図 2008 年度診療報酬改定の概要 改定率: ▲0.82% 診療報酬(本体) : 薬価等: +0.38% ▲ 1.2% 社会保障審議会の「基本方針」と「骨子」 病院勤務医の負担軽減策など 後期高齢者を総合的に診る取組など 中央社会保険医療協議会で、個別項目について議論(2007年10月以降計24回) 〈緊急課題への対応・重点的に評価する主な項目〉 (緊急課題への対応)産科・小児科医療、病院勤務医の負担軽減、救急医療 (重点的評価) 明細書の交付、がん対策、脳卒中対策、自殺対策 表 緩和ケアの普及と充実に関する主な改定項目 ●WHO方式に準拠した麻薬の処方に対する評価を創設 がん性疼痛緩和指導管理料 100点(新設) ●緩和ケアチームを充実し評価を引き上げ 緩和ケア診療加算 250点 → 300点 緩和ケアの経験を有する薬剤師をチーム内に配置することを算定要件に追加 ●緩和ケア病棟の役割の見直し 〈適正化・見直し等を行う主な項目〉 外来管理加算、7対1入院基本料、外来精神療法、後発医薬品の使用促進、 処置の見直し、コンタクトレンズ検査料 早期からの緩和ケアの導入および在宅がん患者を診る医師の後方支援を行うよう、 緩和ケア病棟入院料の算定要件を改正 〈後期高齢者にふさわしい医療〉 在宅療養生活の支援(退院時の支援、訪問看護の充実、介護サービスとの連携)、 外来における慢性疾患の継続的な医学的管理、「お薬手帳」の活用、 終末期における情報提供 ●在宅で使用できる麻薬 (注射薬・医療材料)の対象範囲を拡大 第 7 回がん対策推進協議会厚生労働省配布資料より 介護老人保健施設や療養病床で保険医が処方した際に薬剤料を算定できる薬剤の 種類を拡大し、 がん患者の疼痛緩和目的の医療用麻薬(クエン酸フェンタニル製剤、 複方オキシコドン製剤) を追加 第 7 回がん対策推進協議会厚生労働省配布資料を一部改変 3 講演 緩和ケアに携わる 各職種から 瘍および後天性免疫不全症候群の患 座長 桑名 斉 氏 社会福祉法人信愛報恩会 信愛病院 院長 中村 めぐみ 氏 者」と定められていたが、4 月からは 聖路加国際病院/ がん看護専門看護師 「主として苦痛の緩和を必要とする悪 性腫瘍および後天性免疫不全症候群の 患者」と改められた。これにより、終末 医師(病院)の立場から 林 章敏 氏 期がんに限定されずに、がん治療の初 期から緩和ケア病棟へ入院することが 認められた。 聖路加国際病院緩和ケア科 医長 このほか、緩和ケア病棟入院料の算 定基準には、病棟入院患者の外来や在 聖路加国際病院は 1998 年に緩和ケア科を設立し、24 床の緩和ケア病棟を 宅への円滑な移行を実現するべく連携 有している。林氏は、同病棟の医長を務める立場から、緩和ケアの定義や同 体制を構築すること、診療所からの緊 院の緩和ケア科を紹介するとともに、早期からの緩和ケアの提供を目指す同 急相談や緊急受け入れ依頼に対する 院の診療現場が抱える問題点について説明した。 24 時間対応体制を確保することが新た に盛り込まれた。 「緩和ケア」の定義が変化し 緩 和 ケアを 提 供 す る Palliative Medi- 聖路加国際病院での緩和ケア①: 治療早期からの提供にシフト cine Unit(PMU)であると考える。北欧 早期からケアを提供しても では PMU が診療報酬体系に組み込ま 緩和ケア病棟では採算が合わない 1990 年に世界保健機関(WHO)が公 れており、PCU より手厚い報酬を請求 表した緩和ケア(palliative care)の定義 できるため、より積極的な治療が PMU によれば、 「緩和ケアとは、治癒的治療 で行えるように配慮されている。 聖路加国際病院では、緩和ケア科は 緩和ケア病棟と緩和ケアチーム、緩和 ケア外来から成り、一般診療科とほぼ に反応を示さなくなった患者に対する 積極的で全人的なケアである」と記述 緩和ケア病棟入院料の要件緩和で 同じ形態で機能している。医師は常勤 されていた。しかし、2002 年にこの定 治療早期からの入院が可能に 4 人、臨床研究員 2 人、レジデント 1 人。 看護師はがん看護専門看護師 2 人を含 義が全面的に改訂され、 「緩和ケアと は、生命を脅かすような疾患の早期か わが国では、2006 年に成立した「が ら加療を行い、QOL を向上させるため ん対策基本法」に基づき、2007 年に 音楽療法士 2 人、ボランティア 20 人で のアプローチである」という表現とな 「がん対策推進基本計画」が策定され 構成されている。また、必要な時に心 た。同計画では、治療の初期段階から 療内科医、リエゾン精神看護師、MSW、 元来緩和ケアは、1990 年の WHO 定 の緩和ケアの提供が「重点的に取り組 栄養士、理学療法士らの協力が得られ 義のように、治癒的治療が完全に終了 む事項」として掲げられ、原則としてす る。この陣容で緩和ケア病棟 24 床、一 してからいわゆるターミナルケアとして べてのがん診療に携わる医師が緩和ケ 般病床約 20 床、外来・在宅患者約 100 行われていた。しかし、治癒的治療を アの基本的な研修を受けることが定め 人/月に対応している。 行いながら段階的に緩和ケアを導入す られた。 り、現在に至る。 め 22 人であり、加えて病棟薬剤師 1 人、 緩和ケア科では、多職種が一堂に会 るシームレスケアという概念が提唱され 2008 年度診療報酬改定では、医療 するカンファレンスを毎日昼に行ってい るように なり、現 在 で は 2 0 0 2 年 の 用麻薬の適正使用時に算定可能ながん る。乳腺外科など他科との合同カン WHO 定義のように、治癒的治療の初 性疼痛緩和指導管理料(100 点)が新設 ファレンスも定期的に開催しており、患 期から緩和ケアを同時に行う 「パラレル された。さらに、緩和ケア診療加算の 者の症例検討だけでなく、緩和医療に ケア」が注目されている (図 1)。 算定要件に「緩和ケアの経験を有する 対する考え方や症状コントロールなど 薬剤師の配置」が追加され、報酬が 250 についても意見交換を行っている。こ 点から 300 点に引き上げられた。 れにより、一般診療科とのコミュニケー こうした流れを受け、これから緩和 ケア病棟が目指す役割とは、終末期の ケ ア を 提 供 す る Palliative Care Unit 緩和ケア病棟入院料の算定基準も大 (PCU)にとどまらずに、がん治療の早 きく変更された。3 月までは、入院する 期から症状緩和のための高度先進的な 患者の対象が「主として末期の悪性腫 4 ションが深まるなど、メリットは大きい と感じている。 しかし、こうした充実した陣容にもか がん医療マネジメント研究会 第 6 回シンポジウム かわらず、われわれが目指す緩和ケア 頼が多くを占めており、患者の約半数 けねばならないのか」として現状を受け を提供し続けるためには多くの困難が が化学療法施行中から緩和ケアを導入 容れられない人もいる。現状では、こ 立ちはだかっている。 することが可能である(図 2)。当外来 のような患者の精神的なケアも緩和ケ は完全予約制であるが、必要に応じて ア外来で請け負っており、費やす時間 通常、多くの緩和ケア病棟では担当医 依頼当日にも診療しており、その割合 も決して少なくはない。 は 1 ∼ 2 人であり、先述した緩和ケア病 は 50 %を上回っている。 第一は、医師スタッフ不足である。 また、緩和ケア診療の性質上、診療 棟入院料の算定基準の新設要件「連携 以前は、緩和ケア外来で診察した後 時間が 15 ∼ 30 分と比較的長いにもか 体制の構築」 「24 時間対応体制」を満た は入院を希望する患者がほとんどで かわらず、申請できる報酬は再診料の すための負担は小さくない。 あった。しかし、近年は外来で治療を みという場合が多い。さらに、他科と 第二には、経営面である。緩和ケア 続けながら症状緩和を希望する患者が の同日併診では報酬がさらに減額され 病棟入院中の患者に治癒的治療を行っ 増加している。2004 年度には 146 人の る。そうした状況のなかで丁寧に患者 た場合、包括点数の枠内では積極的な 外来初診患者すべてが入院していた の訴えを聞くため、外来部門単独では 抗がん剤治療を施行することで採算が が、2007 年度には 293 人のうち 221 人 収益が赤字になってしまうといった経 取れなくなるケースも多い。がん治療 にすぎない。これは、早期からの緩和 営的問題も表面化している。このほか の初期から緩和ケア病棟に入院できる ケアを導入する症例が増加しているこ にも、外来に費やす時間が増したこと ようになったことは喜ばしいが、診療 とを意味している。 で病棟診療にかける時間が短くなるな 報酬点数が引き上げられない限りは、 他科からの併診依頼が増加したこと ど、悩みは尽きない。 抗がん剤治療と緩和ケアの併用は困難 に伴い、一時的に外来機能がパンクす こうした厳しい状況のなかでシーム であるというのが現実と言わざるを得 るという事態にも見舞われた。予約か レスケアおよびパラレルケアを実現し ない。 ら初診まで 2 カ月を要した時期もあり、 てきたことは、スタッフらの努力による 早急な入院が必要な患者の初診が遅れ ところが大きい。今後は小児への緩和 聖路加国際病院での緩和ケア②: るケースが見受けられた。こうした人的 ケアや、がん以外の慢性疾患に対する 他科からの併診依頼増加により リソースの問題は、病棟における問題 緩和ケアを提供する必要性も感じてい 点と類似している。 る。患者さんに思いやりをもって緩和 早期からの依頼が増加したことで、 外来部門では、早期からの緩和ケア 比較的元気な患者が紹介されることも 導入が積極的に行われている。特に院 珍しくない。こうした患者のなかには 内の他科から当科に寄せられる併診依 「まだ元気なのに、なぜ緩和ケアを受 図1 医療を行えることを切に希望する。 図 2 聖路加国際病院緩和ケア外来における他科併診依頼の内訳 ターミナルケアからパラレルケアへ ターミナルケア 治癒治療 ケアを提供できる ―― そうした体制で 依頼元科の治療内容 (n=80) 緩和治療 依頼日から受診日までの日数 (n=80) シームレスケア 死 パラレルケア 化学療法 51% ● がんを対象とした治療 緩和治療 経皮推体形成術 ホルモン療法 4% 1% 6日 1% ● ● ● 特になし 44% 8日以上 22% ● 緩和治療 ● 治癒治療 7日 5% ● 緩和ケア外来部門での対応が困難に 当日 53% 5日 4日 2日 1日 5% 3% 3% 8% 5 講演 緩和ケアに携わる 各職種から 医師(往診)の立場から 白髭 豊 氏 では 5.7 %にとどまった。 私は 1995 年より長崎市で診療所の 院長として日常診療を行い、開業医が 医療法人白髭内科医院 院長 大きな負担を感じることなく往診や訪 問診療を実施できる環境の必要性を痛 近年の緩和ケアでは、ケアの提供の場として病院だけでなく在宅も選択肢 感していた。そこで 2003 年、長崎市内 の一つとすることが求められている。そうしたなか、長崎市下では 2003 年よ で在宅医療に熱心に取り組んでいる 13 り地域の開業医らによって創設された、在宅医療を相互に協力して実施する 人の医師に呼びかけ、相互協力による 組織「長崎在宅 Dr.ネット」 (以下「Dr.ネット」)が活動しており、在宅での緩和 ケアを数多く提供している。白髭氏は、Dr.ネットの事務局長を務める立場か ら、在宅医療の連携体制の仕組み、および緩和ケア患者を在宅に移行させる 在宅医療提供体制の実現を目指した 「長崎在宅 Dr.ネット」を設立した。 Dr.ネットでは、患者 1 人に対して在 宅主治医と副主治医 (あわせて 「連携医」 ための方策について説明した。 と呼ぶ) を決めており、この体制により 緊急時に主治医が不在でも代わりに副 主治医が駆けつけることが可能になっ ても 15.3 %にとどまっている。このよ ている (図 1) 。このほか、皮膚科や眼科、 うに諸外国と比較してもわが国の在宅 精神科の開業医を「協力医」 と位置付け 在宅医療は、患者の家庭や地域など 死率は低く、その一方で米国やオラン ており、患者の状態に応じて往診や助 生活の場に赴いて医療を提供すること ダでは高齢者施設を含めた在宅死率が 言を求めている。患者の退院元の病院 であり、患者が希望する生活を継続・ 約 5 ∼ 6 割に達するという統計が示さ 医師は、在宅への移行や入院必要時の 実現するための後方支援医療と言え れている。 対応はもとより、主治医や副主治医に対 高まる在宅医療の重要性 在宅医療が普及しない大きな理由 して患者の健康状態や治療に関する専 2000 年に介護保険制度が施行され は、在宅医療の基盤整備が遅れている 門的な助言を行うことができる。このよ たことをきっかけに、一般市民にも在 ためであるが、なかでも多くの開業医 うに、1 人の在宅主治医を多数の医師 宅療養が認知されるようになった。在 が個人で診療を行っていることが挙げ で支えるのが Dr.ネットの特徴である。 宅死を希望する人も増加しており、こ られる。こうした状況下では、病状が 病院から連携医への患者紹介の流れ れを受けて現在は在宅医療推進の機運 急変する可能性の高い、がんを含めた は次の通りである。基本的に各種連絡 が全国的に高まっている。2006 年診療 重篤な疾患に罹患した患者の受け入れ には電子メールが用いられる。まず病 報酬改定で「在宅療養支援診療所」と を躊躇せざるをえないことも多く発生 院が Dr.ネット事務局に患者の情報を いう施設基準が新設され、保険診療上 する。このままでは、増加する在宅療 送り、事務局は Dr.ネット内に 5 人いる の配慮が加えられたことや、がん対策 養希望患者を個人診療所がすべて受け コーディネーターの開業医にその情報 基本法が施行されて在宅緩和ケアの促 止めることは難しいと考える。 を報告する。コーディネーターはメーリ る。 ングリストで情報を Dr.ネットに登録す 進が掲げられたことも追い風となって いる。現在進められている医療制度改 個人での在宅医療の限界を感じ る連携医に公開し、受け入れ先を募る。 革のなかで、2012 年までに介護療養病 相互協力のネットワークを構築 それを見た医師が、主治医あるいは副 主治医に立候補する、 「手上げ方式」が 床を廃止する方針が打ち出されている 長崎市は、約 45 万人の人口を抱え 採用されている。主治医が決定した後 る県庁所在地である。2006 年の統計に に、病院が退院調整を行う。最近では しかし、わが国では在宅医療が十分 よると、在宅死率の全国平均が 15.3 % 病院医師が患者情報をメーリングリスト に提供されているわけではない。厚生 であったのに対し、長崎県の在宅死率 に直接投稿し、受け入れ先の主治医を 労働省の人口動態統計によると、2006 は 12.6 %と、47 都道府県中、最下位か 募集するケースも見受けられる。 年に病院で亡くなった人は 79.7 %に達 ら 5 番目であった。なかでも長崎市は 2008 年 4 月現在、連携医 65 人、協力 したのに対し、自宅で亡くなった人は 9.5 %と平均を大きく下回っている。が 医 37 人、病院医師 36 人の総勢 138 人 12.2 %に過ぎず、介護老人保健施設お ん患者に限っても、全国平均の在宅死 が Dr.ネットに参加し、長崎市のほぼ全 よび老人ホームで亡くなった人を含め 率が 7.0 %であったのに対し、長崎県 域をカバーしている。Dr.ネットは 2003 ことも、入院から在宅療養への移行を 後押ししている。 6 がん医療マネジメント研究会 第 6 回シンポジウム 年の発足以来、5 年弱で約 200 人の在 在宅でのモルヒネ管理をスムーズに行 の体制も効率化された。 宅希望患者を受け入れてきた。このう 診療所医師が病院の緩和ケアカン ちがん患者が約 6 割を占めており、全 ファランスに出席するにあたって注意す 体の死亡患者の約 4 割が在宅で亡くな べきポイントは、まず患者およびその家 っている。 族が今後どこで過ごしたいのかを把握 えたなどの症例が報告されている。 在宅療養が選択肢の一つに し、病院スタッフとともに療養に関する 拠点病院のカンファランスに 意向を理解することである。 そのうえで、 診療所医師が参加 入院中より診療所スタッフが患者・家 導する「緩和ケア普及のための地域プ 族に対して在宅移行を提案し、不安を ロジェクト」 (第三次対がん総合戦略研 抱える患者・家族の背中を押してあげ 究事業の「緩和ケアプログラムによる地 ることが大切である。 域介入研究」)のモデル地域に選定され、 在宅療養を希望する患者には、治癒 が見込めない重篤なステージのがんを 2007 年、長崎市が厚生労働省の主 患う人も多い。そうした医療依存度が 病院スタッフに対しては、医療依存 市医師会を中心に研究活動を行ってい 高い患者がスムーズに在宅緩和ケアに 度が高く重篤な患者でも在宅療養向け る (研究責任者:長崎市医師会長 野田 移行できるよう、Dr.ネットでもさまざま のアレンジが可能であることを認識さ 剛稔)。目的としては、患者・遺族の苦 な試みを行っている。 せることが必要である。そのためにも、 痛の改善、緩和ケア利用数の増加、患 2007 年春より、がん診療連携拠点病 診療所医師と病院スタッフ、訪問看護 者の希望する場所での看取り率の向上 院でもある長崎大学医学部・歯学部附 師など多職種との有機的な連携・交流 などが掲げられている。こうした目的を 属病院の緩和ケア部門のカンファラン を行うべきである。 達成するためにも、一般診療所のネット スに、Dr.ネットに登録する診療所の医 また、最近開始した取り組みとして ワーク化、多職種連携、早期からの退 師・看護師が参加している。これによ は、 「プチ・メーリングリスト」がある。こ 院支援・調整をさらに推進し、患者・家 り、診療所医師からの助言で大学病院 れは新人在宅主治医のサポートを目的 族の不安に応えていくことが望まれる。 側が在宅療養希望患者の在宅移行を円 に、患者の在宅移行前から病院主治医 最後に、がん緩和ケアは患者の意思 滑 に 進 めることが できるようになり、 や在宅副主治医を含めた数名で小規模 を第一に尊重すべきという点を強調し Dr.ネットへの在宅移行依頼件数も増加 のメーリングリストを作成し、退院準備 たい。そのためにも、在宅緩和ケアを した。カンファランスで提示された症例 や在宅移行、訪問診療に至るまで、症 継続して提供できる体制を地域で構築 を出席医師が翌日メーリングリストに投 例の検討内容や相談事項を交換しあう することが大切であり、在宅療養が患 稿し、在宅移行時の主治医・副主治医 という仕組みである (図 2)。これにより、 者の選択肢の一つであり続けることが の選定を事前に行うなど、受け入れ側 新人在宅医でも PCA ポンプを用いた 重要と考える。 図 1 「長崎在宅 Dr.ネット」の仕組み 図2 プチ・メーリングリストの仕組み Dr. ネット事務局 協力医 ・皮膚科 ・眼科 ・精神科 主治医 副主治医 連携病院 医師連携(病診・診診) 在宅副主治医C 在宅副主治医D (外科) (Ⅰ病院在宅診療部) S病院主治医E (泌尿器科) 症例の メーリングリスト ・形成外科 など S病院連携医F (緩和ケア) 多職種連携 ケアマネジャー ヘルパー 管理栄養士 訪問看護師 在宅主治医A (麻酔科・新人在宅医) 在宅副主治医B (内科) 7 講演 緩和ケアに携わる 各職種から さを感じている」などがある。 看護師の立場から 工藤 涼子 氏 他施設に入院中の患者・家族からの 相談はより深刻で、 「説明もなく人工呼 栄光会栄光病院 ホスピス病棟師長 吸器が装着されている」 「いつの間に か輸血が行われている」 「ホスピスケア 特別医療法人栄光会栄光病院は、わが国最大級の 50 床のホスピス病棟を 有し、1980 年より終末期医療の場でホスピスケアを提供してきた。工藤氏 は、同院のホスピス病棟師長の立場から、同院でこれまで直面してきた課題 とその克服方法、および現時点での課題を紹介した。 を受けたいが、紹介状を書いてもらえ ない」 「医学的に何もすることがないか ら、 ホスピスを探すように説明を受けた」 などといった内容の電話もあった。 当院では、こうした患者・家族の声 をホスピス 110 番でしっかりと受け止 め、場合によっては当院の外来で直接 多職種がチームで ぞれ医師 2 人、看護師 23 人、看護補助 ホスピス相談を受けてもらうことを提案 ホスピスケアを提供 2 人を配置しており、このうち 1 人がが してきた。具体的には、本人または家 ん性疼痛看護認定看護師である。これ 族の意思表示後に、院内に設置してい 当院では、前身である亀山病院時代 らのスタッフ以外にも、薬剤師、栄養士、 る入院判定委員会で、ホスピス病棟へ の 1980 年に、急性期病棟に併設する ソーシャルワーカー、チャプレン (牧師)、 入院するか、在宅ホスピスを導入する 形でホスピスを提供する病床を設置し ボランティアなど多職種がチームを組ん かを決定している。 た。1986 年にキリスト教主義のもとに で患者とその家族のケアを行っている 医療法人福岡亀山病院として再出発し 新たな課題 (図 1)。 ――緊急搬送の増加と診療報酬 たのち、厚生省(当時)が緩和ケア病棟 入院料を新設した 1990 年、ホスピス専 克服してきた課題 用病棟を増築し、全国で 5 番目に緩和 ――ホスピス 110 番の設置と運用 現在、当院の緩和ケア病棟が直面し ている課題として、緊急入院の増加が ケ ア 病 棟( 2 2 床 )の 認 可 を 受 け た 。 1999 年には全国で 3 番目に特別医療法 当院が提供してきたホスピスケアの 挙げられる。ホスピス外来でフォロー 人の認可を受けたことに伴って、現在 特徴として、 「ホスピス 110 番」という電 中の患者や、在宅ケアの患者、紹介状 の名称である「栄光病院」として歩み始 話窓口を設けていることが挙げられる を持ったままで自宅療養している患者 め、栄光会グループの中核施設として (図 2)。特に利用対象は限定していな などが救急搬送されるケースが多い。 機能している。2005 年には新病院の竣 いため、患者・家族はもちろん、一般 これまでのホスピス病棟での経験か 工に伴って移転し、ホスピス病棟を国 市民や医療関係者、医療福祉関係機関 ら、実際にホスピス 110 番から緊急に 内最大規模の 50 床に増床した。2007 の担当者などからも相談が寄せられ 入院し、看取りを行った悪性リンパ腫 年の同病棟の年間入院患者数は 332 名 る。対応はソーシャルワーカーおよび 患者の事例を紹介する。 にのぼる。 看護師長が行い、疾患の症状にまつわ まず、夜の 20 時に電話を受け、 「父 栄光会グループは、栄光病院を中心 る問題や経済的問題など、1993 年の開 が入院している病院で、人工呼吸器を として、栄光会クリニック博多の森、亀 設以来、多岐にわたる相談を受け付け 装着した患者はホスピス病棟に紹介で 山クリニック、介護老人保健施設グロリ ている。 きないとの説明を受けた。貴院で両親 ア、介護付有料老人ホームかめやま、 とりわけ多くの声が寄せられるのが、 を看取った友人の話を聞いて、ぜひと グロリア訪問看護ステーションから成 他施設の診療を受けている患者・家族 も貴院のホスピス病棟で最期を迎えた り、福岡市内の病院や診療所と連携し からである。これまでの相談事項の例 いが、どうすればよいか」との相談が寄 て総合的な全人医療を実践している。 としては、 「病名の告知を受けた際に声 せられた。そこで当院では、翌日の午 栄光病院の診療圏は福岡市および が漏れており、不十分なプライバシー 前中に外来での相談の予約を入れ、家 糟屋郡全域であるが、ホスピス病棟に 保護体制に悩んでいる」 「病院に空きベ 族に来院していただく旨を伝えた。 は全国から入院希望者が訪れる。医療 ッドがないと言われて在宅療養を余儀 翌日、家族から相談内容を聞いた直 スタッフの体制は、病棟を 3A 病棟(25 なくされており、加えて高齢の配偶者 後に入院患者受け入れのための緊急会 床)、3B 病棟(同)の 2 つに分け、それ が点滴を行うように指示され、理不尽 議を開催した。メンバーはホスピス長、 8 がん医療マネジメント研究会 第 6 回シンポジウム ホスピス長代理、予定の担当医、連携 あったが、医師レベルの情報交換を行 も、こうした事例に対処していきたいと 室長、病棟看護師長の 5 人であった。 うため、担当医が病院へ出向き、病院 考えている。 外来での相談で明らかになったこと は、患者は 70 歳代の男性で、悪性リン また、診療報酬上の問題点もある。 主治医と患者本人・家族との面談を行 緩和ケア病棟入院料は定額制であり、 うよう要請した。 パ腫、急性膵炎、急性腎不全などを併 病 棟 受 け 入 れ のため の 対 策として その枠内で輸血用血液製剤を適切に使 発していた。当時はある病院の ICU に は、病棟スタッフ全員でミーティングを行 用することには困難が伴っている。ま 3 週間入院中で、人工呼吸器を装着し い、人工呼吸器の取り扱いについて講 た、他科への併診依頼を要する患者で な がら透 析も 行 って いるとのことで 習を行った。担当看護師の人選にあ も、院内への依頼は報酬上配慮されて あった。さらに、人口呼吸器の装着の たっては精神面を重視し、忍耐強く冷 いないのが現状である。 経緯を家族は認識しておらず、主治医 静沈着であることを条件とした。 緩和ケア(ホスピスケア) に対して少なからず不信感を抱いてい 以上の対策を講じた結果、最初の相 ること、一般病棟への転室を要請され 談から 6 日後に当院のホスピス病棟へ ていることなども判明した。転室理由 の転院を実現することができた。この には、ターミナルのリンパ腫で予後が非 患者がホスピス病棟で過ごした期間 これまでの当院におけるホスピスの 常に厳しいこと、感染症による汎発性 は、結果的に入院から 6 日間と短かっ 経験から言えることとして、がん対策基 血管内血液凝固症(DIC)が制御不能で たものの、好きなコーヒーを味わい、孫 本法で期待される緩和ケア(ホスピス あること、呼吸不全が改善せず抜管の と過ごし、結婚記念日を祝ってもらうな ケア) を目指すために必要なものは、地 見通しが立たないこと、急性腎不全の ど、満足している様子がうかがえた。 域や病院間で格差がない適切な医療が 改善が見込めないことなどが挙げられ 患者が亡くなって四十九日の法要の後、 受けられるよう医療機関が整備される ており、集中治療を継続できないと説 家族から担当看護師に電話があり、当 ことと考える。一般病棟から緩和ケア 明されたという。 院のホスピス病棟で過ごした 6 日間に (ホスピスケア)への移行を支援するシ ホスピス病棟への受け入れを決定す るにあたり、転院後の人工透析の中止 移行支援システムの構築が不可欠 ついて「今では家族の宝となっている」 ステムを築くことも欠かせない。また、 との言葉をいただいた。 多くの患者を看取るホスピス病棟で と、人工呼吸器の継続を決断した。し これはホスピス 110 番から緊急入院 かし、病院の主治医が患者の家族に伝 に至った事例だが、こうした緊急入院 えたとおり、人工呼吸器を装着した患 の増加は顕著である。当院では、栄光 今後も多くの課題と向き合いなが 者をホスピス病棟で受け入れることは 会グループ全体で構築している在宅医 ら、看護師として緩和ケア(ホスピスケ 稀である。当院でも受け入れた前例は 療提供体制をさらに充実させることで ア)に真摯に取り組んでいきたい。 図1 は、生と死に関する倫理的問題を整理 することも重要な事柄である。 図 2 「ホスピス 110 番」の仕組み 多職種によるホスピスケアの提供 患者・家族、一般市民、 医療従事者(医師・看護師)、医療福祉関係機関担当者 チャプレン 「ホスピス110番」への連絡相談 ボランティア OT・PT MT(音楽療法士) ST(言語聴覚士) ソーシャルワーカー、看護師長 医師 ホスピス相談 ホスピス外来 患者・家族 歯科衛生士 本人または家族の 意思表示 看護師 ソーシャル ワーカー 入院判定委員会 栄養士 薬剤師 在宅ホスピス 入院先の医師の 承認を経て 栄光病院へ入院 ホスピス外来 9 講演 緩和ケアに携わる 各職種から 緩和ケアの依頼が寄せられたら、まず 薬剤師の立場から 中西 弘和 氏 薬剤師と看護師で患者を訪問して情報 収集を行い、緩和ケアや処方のプラン 京都社会事業財団京都桂病院医務部 薬剤科科長 を作成する。その後、チームの医師と 緩和ケア施行について協議するように 京都桂病院は、2007 年に地域がん診療連携拠点病院に認定されており、一 般病棟で緩和ケアを提供している。中西氏は薬剤師の立場から、一般病棟で 活動する緩和ケアチームのなかで薬剤師が果たすべき役割について概説した。 している (図)。 こうした体制はあくまでも暫定的なも のであり、早急な立て直しが必要と認 識している。2008 年度診療報酬改定で は、緩和ケア診療加算が 250 点から300 点と増加したものの、緩和ケア専従医 に指定されたことを受けて院内に緩和 師が緩和ケアチームに在籍していること 医療委員会が設立され、これを機に消 が算定要件となっているため、未だ算 当院は京都市西京区に位置し、京都 化器科の医師を中心としてチームを再 定できていない。緩和ケアを行う専従 市の西方一円を診療圏とする総合病院 結成した。ところが、まもなく緩和医療 医師の招聘が目下の課題であるが、医 である。病床数は 585 床、23 診療科を を兼任していた医師 2 人が退職・異動 師不足が叫ばれて久しいなか、当院に 標榜しており、2007 年 1 月には地域が してしまった。2008 年に入り、チームを もその影響は大きいと感じている。 ん診療連携拠点病院に指定されてい 再々結成したところである。 多職種で緩和医療チームを結成 また、同じく緩和ケア診療加算の要 件として、緩和ケアの経験を有する薬 る。日本病院薬剤師会の定める「がん 専門薬剤師」の研修施設でもある。 当施設では、緩和ケアを一般病棟で 薬剤師が積極的に医師をサポート 剤師がチームに所属していることが今 回新たに義務付けられた。こうした現 状に鑑みれば、薬剤師はチームの一員 行っている。医師 4 人、看護師 2 人、薬 現時点における当院の緩和医療チー として積極的に医師をサポートしていく 理学療法士 2 人でチームを結成し、多職 ムの問題点は、前任医師の退職・異動 べきと考える。ただし、大学薬学部が 4 種で緩和ケアを提供している。このうち 1 後に後任医師が担当を引き継いでいる 年制から 6 年制に移行したことを受け、 人が日本看護協会の緩和ケア認定看護 ものの、彼らも内科および外科と緩和 全国的に薬学部の新卒業生を 2010 ∼ 師であり、1 人ががん専門薬剤師である。 医療チームを兼任している状態である 2011 年に採用することができなくなる。 当院の緩和医療の歴史は古く、1989 ため、緩和ケアに携わる時間が少ない これによる薬剤師不足も懸念されるた 年に院内で行われた「緩和医療勉強会」 という点にある。このため、薬剤科を め、動向に注意が必要である。 にさかのぼる。翌年には、医師、看護 事務局として、緩和医療チームの薬剤 師、薬剤師から成る「緩和医療チーム」 師と看護師が中心となって活動してい 鎮痛薬の適切な使用を が設立されている。その後規模を縮小 る。医師は治療を担当し、症状コント チーム内に忍耐強く促す し、消化器内科で存続していたものの、 ロール・輸液管理などに関しては薬剤 2007 年に地域がん診療連携拠点病院 師も処方を組み立てている。病棟から 剤師 2 人、臨床心理士 1 人、MSW 1 人、 薬剤師の役割は、 「適正で安全な薬 物治療の啓蒙・実施」である。これは緩 和ケアの現場においても変わりはない。 図 薬剤師・看護師を中心とした緩和ケアの提供 緩和ケアに携わる薬剤師の資格とし 緩和ケアチーム て、日本緩和医療薬学会が認定する 「緩 ①緩和ケアの依頼 和薬物療法認定薬剤師」が挙げられる。 薬剤師 ②薬剤師と看護師で訪問し、 情報収集 看護師 ③緩和ケアプラン作成 医師と協議 臨床心理士 MSW PT 医師 2010 年 1月に第 1 回認定試験が行われ、 患者 同年 3 月に合格者が発表される予定で ある。認定試験受験者の要件としては、 薬剤師実務歴 5 年以上、緩和ケア従事 ④緩和ケア施行 歴 3 年以上など定められている (表) 。 このほかの資格としては、日本病院 10 がん医療マネジメント研究会 第 6 回シンポジウム ピルが多くみられることでも知られて 薬剤師が積極的に関与すべきである。 られるが、こちらは主に抗がん剤によ いる。これを経験の浅い看護師が「患 モルヒネ製剤からフェンタニルパッチに る治療を目的とした資格であり、緩和 者さんに成分が吸収されていません ローテーションする場合、 「等力価比を ケアに特化した緩和薬物療法認定薬剤 ね」と判断したことがあったが、実は成 用いて 1 日量を算出して切り替えるだ 師とは位置付けが異なる。 分は放出されている。こうしたささいな、 けでよい」という認識の医療関係者は 薬剤師会の「がん専門薬剤師」が挙げ 緩和ケアの現場においては「薬剤の しかし重要な誤りが病棟では頻繁に見 多い。しかし、血中濃度の推移やその 適正使用」が重要な課題であり、薬剤 受けられるため、薬剤の適正な使用の 効果には個人差があるため、レスキュー 師の果たす役割は大きい。特にオピオ ためにも正しい情報を共有していかな ドーズなどをあらかじめ用意しておく必 イド系鎮痛薬は使用頻度も高いため、 ければならない。とりわけ、担当医師が 要がある。このように、適正使用だけ 正しい情報をチーム内に浸透させるよ 変わるとそれまでの共通認識も変えら でなく適切な使用を指示することも薬 う努める必要がある。 れてしまうことが多いため、薬剤師側も 剤師の仕事である。薬剤師は、 「適正使 粘り強く伝えていくことが必要である。 用ばかり言って、融通が利かない」と ケアの医師が、これまでレスキュー投 薬剤の価格も重要な情報である。強 言われることが多いが、決してそうで 与に用いていた弱オピオイドのリン酸 オピオイドの貼付剤であるフェンタニル コデイン錠を徐放性と勘違いし、散剤 パッチは、われわれの変換率では経口 に す べ て 切り替 えてしまったこと が 剤より高額なことが多く、 「経口不能時 在宅医療での あった。しかし、服用から血中濃度が など、貼付剤のメリットが活かせる症例 医療用麻薬普及を促進 高まるまでの時間に大きな差があるわ での使用を推奨する」とチーム内で申 けではないため、 「錠剤でもレスキュー し合わせている。しかし、処方は主治 在宅緩和ケアが推進されていくにあ 投与できる」と指摘した。 医によって決定されるため、繰り返し たり、病院の緩和ケアチームと在宅医 知らせることが大切である。 療を行う診療所医師との連携が重要に これまでの事例を紹介すると、緩和 また、強オピオイドのオキシコドン塩 あってはならないと考える。 酸塩錠もよく用いる薬剤だが、剤形を 耐性化したオピオイドを別の種類に なる。しかし、当院の地域医療福祉連 とどめたまま便中に排泄されるゴースト 交換するオピオイドローテーションにも、 携室が実施したアンケートによると、在 宅連携医師のうち麻薬取扱者免許を取 得している割合は約半数であり、このう 表 「緩和薬物療法認定薬剤師」認定申請資格 ち麻薬注射剤の使用実績がある医師は ● 薬剤師免許を有し、優れた見識を有していること ● 5 年以上の実務歴を有し、日本緩和医療薬学会員であり、加えて日本薬学会、日本薬 剤師会、日本病院薬剤師会、日本緩和医療学会、日本臨床腫瘍学会等のうちいずれ かの会員であること 数%にすぎないという結果であった。 確かに麻薬の持続静注患者の在宅 受け入れは困難であろうが、医療用麻 ● 日本薬剤師研修センター認定薬剤師、日本病院薬剤師会生涯履修認定薬剤師、日本 医療薬学会認定薬剤師のいずれかであること 薬やモルヒネに対する誤解も残ってい ● 申請時に緩和ケアチームまたは緩和ケア病棟を有する医療機関で 3 年以上緩和ケ アに従事していること、あるいは 3 年以上麻薬小売業者免許を取得し、がん診療を 行っている在宅療養支援診療所などの医療機関と連携する保険薬局に勤務し、緩 和ケアに従事していること いるにもかかわらず医療用麻薬を常備 ● 認定対象となる講習(日本緩和医療薬学会が主催する教育セミナーなど)を所定の 単位以上履修していること 局はほとんどない。こうした状況を改 ● 日本緩和医療薬学会、日本緩和医療学会、日本臨床腫瘍学会などの全国規模の学術 集会で緩和ケア領域に関する学会発表を 2 回以上行い、うち 1 回は発表者を務めて いること 病診連携の会合や調剤薬局向けの講演 病院薬剤師は緩和ケア領域薬剤管理指導の実績について 30 症例以上提示できるこ と、保険薬局薬剤師は緩和ケア領域服薬指導等の実績について 15 症例以上提示で きること 図っている。 ● ● 所属する医療機関の施設長または勤務する保険薬局の開設者の推薦を得ていること ● 上記の条件を満たして日本緩和医療薬学会が行う緩和薬物療法認定薬剤師認定試 験を受験し、合格していること る。また保険薬局でも、免許を有して していない店舗が多く、当院の近隣で も、麻薬注射剤の在庫を有する調剤薬 善するため、緩和ケアをテーマとした 会を積極的に企画・開催し、啓発を 前述のように、薬剤師は適正で安全 な薬物治療の啓発と実施に努めるとい う役割を担っている。院内はもちろん、 地域に対しても薬物療法に関わる情報 を繰り返し発信することを怠ってはな 日本緩和医療薬学会ホームページ参照 らないと考える。 11 講演 緩和ケアに携わる 各職種から ソーシャルワーカーの立場から 橘 直子 氏 悩み、ともに「揺らぐ」ことが大切である と考える。 緩和ケアにおいて、患者が感じる痛 綜合病院山口赤十字病院医療社会事業部 みは身体的苦痛だけではない。このほ かには不安やいらだちなどの精神的苦 山口赤十字病院は、緩和ケア病棟を有するほか、山口市在宅緩和ケア支援 センターの運営を補助事業として行っている。橘氏は、同院でソーシャルワ ーク(心理社会的支援)を行う医療ソーシャルワーカー(以下「MSW」)の立 場から、緩和ケアチームの取り組みや事例を紹介した。 痛、経済的問題などの社会的苦痛、死 への恐怖などのスピリチュアルな苦痛 があり、MSW は患者が訴える痛みをこ れらの「全人的痛み」として受け止めて いく必要がある。 緩和ケアチームのメンバーとして 院内のみならず 在宅の場でも緩和ケアを提供 また、がん診療連携拠点病院に設置 センター」にも看護師と MSW を配置し 山口市は 2005 年 10 月に 1 市 4 町が 「場」と「時期」を限らずに支援 が義務付けられている「がん相談支援 ている。 合併し、人口は約 19 万人、高齢化率は 先述のとおり、当院は病棟でも在宅 でも緩和ケアを提供する役割を担って いる。そうした状況のなか、MSW も緩 17.45 %である。2 次救急医療は当院も 「こころ」と「生活」の 和ケアチームのメンバーとして、療養の 含め 3 病院で行っている。当院は 20 診 ギアチェンジをサポートする MSW 「場」と「時期」を限らない支援を提供し 療科、475 床を持つ総合病院であり、う ち緩和ケア病棟 25 床、NICU 15 床、回 ている。緩和ケア移行期はもちろん、 WHO では「健康」を「身体的な健康、 診断期や治療期、または緩和ケア病棟 復期リハビリテーション病棟 35 床を有 精神的な健康、社会的にうまくいって 入院中、在宅緩和ケア移行期など、終 している。 いる状態(social well-being)」と定義し 末期に限定せずに早期から積極的なサ 当院の緩和ケアは、1990 年に「がん ているが、MSW はこの「社会的にうま ポートを行っている。 と末期医療を考える会」が発足したこ くいっている状態」に関わる職種と認 MSW に寄せられる相談内容は、医 とに端を発する。これを受け、1992 年 識している。厚生労働省が定めた「医 療費の問題や治療方針決定の問題、入 には県内初の緩和ケア病床 3 床が設置 療ソーシャルワーカー業務指針」によれ 院中の家族の世話の問題など多岐にわ された。1999 年には新病棟建設により、 ば、MSW は、社会福祉の立場から患 たる。単に相談に乗って傾聴するだけ 25 床の緩和ケア病棟が承認された。 者・家族の抱える経済的、心理的・社 ではなく、退院にあたっての関係機関 会的問題の解決、調整を援助し、社会 との連絡および調整、障害年金や障害 来が専任医師 3 人、看護師 1 人、医療 復帰の促進を図る役割を担っている。 者手帳の申請、単身患者の家族との連 事務 1 人である。緩和ケア病棟には医 医療機関内では社会福祉の視点を持つ 絡など、実際に介入して問題解決を図 師 3 人、看護師 21 人、看護助手 2 人、 職種として、地域では所属組織である ることも多い(表)。患者や家族が持っ 音楽療法士 1 人、ボランティア 40 人が 医療機関を代表する者として、情報の ている力を引き出す「エンパワメント」 専任で配置されており、このほか兼任 橋渡しを行う。 という視点も重要な要素である。 院内の緩和ケア関連スタッフは、外 がん治療および緩和ケアへの関わり 院内での活動だけでなく、在宅の場 理学療法士、MSW らが支援を行って については、患者が積極的治療から緩 においても緩和ケアの提供に努めてい いる。これらのなかから緩和ケアチー 和ケアへギアチェンジする際に、MSW る。2003 年には、山口市在宅緩和ケア ムを編成し、緩和ケア専任医、非常勤 は「こころ」と「生活」のギアチェンジを 推進事業が開始され、医師会、行政、 精神科医、がん看護専任の看護師、緩 サポートしていく。自己決定および自己 医療機関の委員を中心に山口・吉南地 和ケア認定看護師、外科病棟看護師、 選択を支援し、医療者ではなく生活者 区地域ケア連絡協議会が設けられた。 薬剤師、管理栄養士、MSW で構成し として の 視 点 で 患 者 に 関 わ る の が そのなかにソーシャルワーカー団体の ている。しかし、常勤の精神科医を確 MSW の立場である。病気との付き合 代表委員として参画し、医師会、行政、 保できていないため、現状では緩和ケ い方、どのような生活を送りたいのか 関係医療機関と顔の見える関係を構築 ア診療加算は算定できていない。 などの問題を患者とともに考え、ともに してきた。また、2004 年に山口市在宅 で薬剤師、管理栄養士、歯科衛生士、 12 がん医療マネジメント研究会 第 6 回シンポジウム 緩和ケア支援センターの運営が当院に 数内では収まらない金額であった。 委託されることとなった。2007 年に山 こうした診療報酬体系や感染対策、 口県の補助事業として、山口県在宅緩 公費制度の利用などについてまとめ、 和ケア推進事業を展開している。 第 30 回死の臨床研究会事例検討にお 形にできたという意味で、貴重な体験 であった。 緩和ケアチームの今後の課題 いて報告した。後に、笹川医学医療研 血友病患者の緩和ケア通して 究財団の助成を受けて「ホスピス緩和 薬剤料の出来高算定に道を開く ケア病棟における HIV 感染者及びエイ 当院の緩和ケアチームの課題として ズ患者の受け入れ体制の確立に向けて は、まず精神科の専任医師を確保して の指針」と題した調査研究を行い、成 緩和ケア診療加算を算定できる体制を 通じ、緩和ケア病棟入院料の改正運動 果を厚生労働省に報告するとともに、 築くことが挙げられる。このほか、退院 に携わった 1 例を紹介する。 患者が所属していた患者団体にこの研 後の評価とフォローをいかに行うか、死 血友病治療のための血液凝固因子 究を紹介し、その団体が厚生労働省に 別後の遺族へのフォローをいかに行う 製剤を使用中で、同製剤による HIV 感 改正を働きかけた。その結果、2008 年 かといった点も問題点と考えている。 染症・HCV 感染症に罹患していた 50 度の診療報酬改定で、緩和ケア病棟入 臨 床 現 場 に お けるソーシャル ワー 歳代の男性が当院に入院された。肝臓 院料とは別に、インターフェロン製剤、抗 クは患者と家族の気持ちを支え、その がんを併発し終末期を迎えたため、自 ウイルス剤、血友病の治療に係る血液 暮らしを支えるポジションにある。今後 宅近くの当院緩和ケア病棟での療養を 凝固因子製剤および血液凝固因子抗体 もそうした心理・社会的支援に注力し 強く希望しての入院であった。 迂回活性複合体を使用した際に、薬剤 ていく考えである。今後も多くの施設 痔出血と関節内出血が認められたた 費が出来高算定できるようになった。 で MSW が活躍できる場が提供された め、本人・家族に病状を説明した上で、 亡くなった患者が残してくれた課題を らよいと願っている。 MSW として行った患者への支援を 今後予測される病状と薬剤の使用につ いて確認した。血友病による出血時の 血液凝固因子製剤の使用に関しては、 本人の経験的判断により投与した。 この患者は入院から18日目に亡くなっ たが、最終的に 3 回の出血に対し、血 液凝固第 VII 因子製剤を 6 本、抗体迂 表 緩和ケアにおける MSW の業務 経済的問題 :医療費、生活費、遺産相続 など 自己実現 :エンパワメント、 エンド・オブ・ライフの実現機会の提供 など 自己決定 :情報提供、インフォームドコンセント、 セカンドオピニオン など 家族ケア :高齢者等の介護、子供の世話や養育、 家族間の未解決な心理的問題 など 回活性複合体製剤 8 本を使用した。問 題となったのが、これらの製剤の薬剤 費である。第 VII 因子製剤は 1 本あた り約 30 万円、複合体製剤は 1 本あたり 約 20 万円であった。緩和ケア病棟入 院料は定額制で、1 日あたり 3 万 7,800 円であったため、明らかに請求点数内 に収まらない金額である。そこで MSW 就労問題 :休業補償、職場復帰 など 病気・障害の受容 :傾聴、確認、 社会資源の活用(障害年金、障害者手帳)など 関係性の問題 :アドボケート(代弁機能)など 精神的ケア :受容と共感 など 単身者の問題 :療養生活支援、疎遠になっている家族・関係機関との 連絡調整 など 外出・外泊支援 :療養・日常生活用具の整備、 緊急時対応の検討 など 退院支援 :在宅ケア(サービスの紹介、関係機関との連絡調整)、 施設入所・転院 など 患者の意思尊重 :献体、臓器提供 など として、公費制度の利用については県 の担当者と、保険算定については医事 課などと綿密な協議を行った。同製剤 の供給に関してもこれまで当院では使 用経験がなかったため、製薬企業や医 薬品卸に働きかけ、協力を取り付けた。 最終的には、患者が使用したこれら製 剤の合計金額は 345 万 8,794 円、緩和 ケア病棟入院料を請求した金額は合計 68 万 400 円となり、包括診療の保険点 スピリチュアルケア :スピリチュアルニーズの理解 など 看取り :葬儀に関すること(費用、段取り等)など 遺族ケア :悲嘆のケア、生活の再設計 など 山口赤十字病院 看護の目でみた緩和ケアマニュアル 第 4 版 2007.5 より 13 パネルディスカッション がん対策基本法で期待される緩和ケアを目指して の際に、在宅移行を円滑に行うために 連携を実践しています。より多くの患 座長 森光 敬子 氏 H木 安雄 氏 厚生労働省保険局医療課 筆頭課長補佐 慶應義塾大学大学院 健康マネジメント研究科 教授 林 章敏 氏 桑名 斉 氏 社会福祉法人信愛報恩会 信愛病院 院長 中村 めぐみ 氏 聖路加国際病院/ がん看護専門看護師 者に病棟でのホスピスケアを受けてい ただくため、入院期間がある程度経過 して、在宅移行が可能な患者さんに対 聖路加国際病院緩和ケア科 医長 しては退院支援を推進しています。 白髭 豊 氏 中西 医療法人白髭内科医院 院長 の役割として、医師が多忙を極めるな チーム医療においては、薬剤師 かで積極的にサポートをしていく必要 工藤 涼子 氏 があると思います。当院では薬剤師が 栄光会栄光病院 ホスピス病棟師長 外来でも化学療法を含め、服薬指導を 中西 弘和 氏 一部行っており、医師が治療に専念で 京都社会事業財団京都桂病院医務部 薬剤科科長 きるようにしています。また、たとえば 退院支援に薬剤師も関与できるよう、 在宅用の持続注入ポンプについて情報 橘 直子 氏 提供を行っています。地域の調剤薬局 綜合病院山口赤十字病院医療社会事業部 の薬剤師にもこうした取り組みに参画 していただけるよう研修会も行ってい 緩和ケアの現場における パーソンがいるがゆえに連携が可能に ます。 多職種連携の必要性 なっているケースが多いだけで、その 白髭 人がいなくなると連携できなくなるとい は、医師だけでなく看護師が病院を訪 がん対策基本法では、早期から うわけです。実は、チーム医療を評価 問しても算定できるよう改正され、現状 の緩和ケアの提供および在宅でのがん するために退院時共同指導料の算定要 に即していて非常にありがたいと思っ 医療の提供のために連携協力体制を確 件を改正したのですが、予想を裏切っ ています。在宅医療の現場では多職種 保することが定められており、そこには て著しく少ないというのが現状です。 連携は必須であり、とりわけ看護師が 「多職種連携」 「チーム医療」が欠かせ 林 「チーム医療」と一口に言っても、 重要な役割を担っています。山口赤十 ないと言われています。これらのキー 病院内のチームと地域のチームという2 字病院の事例では、緩和ケアチームと ワードについて、どのようにお考えで 種類のチームがあります。個々のチー 退院支援にかかわる看護師・MSW が しょうか。 ム内での多職種連携は比較的実現しや 一緒に行動しているという点が素晴ら 森光 2008 年度診療報酬改定では、全 すいと思いますが、退院時にチーム間 しいですね。 体に共通するテーマの一つに多職種連 で連携することはまだ難しいのではな 橘 携を位置付けており、これを可能な限 いでしょうか。しかし、チーム間連携の 来を有しているため、院内で一般診療 り評価していくことを目指していまし 必要性の高まりは感じていますので、 科と緩和ケア科が協働することは当然 た。しかし改定作業を続けていくうち そうした面での算定が今後増加してい のことでした。とはいえ、地域との連携 に、多職種連携が確立している施設は くと良いと思います。 については個々人のネットワークに頼 少 な いという声 も 聞 きました 。キー 工藤 らざるをえないのも事実です。この点 H木 当院では、まさにその退院支援 退院時共同指導料 1 について 当院は緩和ケア病棟と緩和ケア外 に関して、長崎在宅 Dr.ネットで活用し ているメーリングリストの仕組みには興 味があります。 白髭 メーリングリストの最大の利点 は、病院主治医が在宅医に症例を斡旋 できることです。また、症例別のプチ・ メーリングリストは退院前から稼動させ るため、退院支援時の情報交換に威力 を発揮しています。このメンバーに訪 問看護師が加わることで、在宅への移 行が非常にスムーズに進むことが最近 わかりました。 14 緩和ケア病棟の役割は 今後どのように変わるのか 中村 次に「早期からの緩和ケア」とい うキーワードについてですが、本日は この言葉が非常に多く登場しました。 これについては患者側の期待も高まっ ていて、ニーズも非常に多いと感じて います。しかし現状の緩和ケア病棟の 診療報酬では、治療と並行しての早期 からの緩和ケアの提供は経営的に困難 です。今後、こうしたアンバランスな状 林 現時点では、多くの緩和ケア病棟 れ て います が 、開 業 医 同 士 で ネット 況を改善するために診療報酬上の評価 はこのどちらかに分類できると思いま ワークを組んで対応していくことが重要 を見直すということはお考えですか。 す。この二つを等しく評価していること と認識しています。ネットワークの構築 森光 この問題については、我々も議 が問題の発端であり、PCU と PMU を についても診療報酬上での評価を検討 論を重ねています。疑問点は、緩和ケ 診療報酬上でも区別していく必要があ してもらえれば、こうした取り組みがさ ア病棟でがん治療を行いながら緩和ケ るのではないかと思います。緩和ケア らに普及するものと思います。 アを受けることと、一般病棟でがん治 病棟の役割については、PCU では充実 中西 療を続ける患者さんに緩和ケアチーム したスピリチュアルケアが行えるという バーとして緩和ケア診療加算の算定要 が赴いて緩和ケアを提供することの違 点が重要になります。基本的な疼痛緩 件に加えられたことで、その重みを受 いがどこにあるのかという点です。 和だけなら一般病棟でも行えますが、 け止めています。また、先ほど述べた そもそも、緩和ケア病棟の創設当時 スピリチュアルケアを同時に求める方 調剤薬局勤務の薬剤師の活用に対し は終末期の患者さんのケアが期待され は PCU が最適でしょう。一方 PMU で て、今後の評価を期待します。 ていました。一方で緩和ケア診療加算 は、クモ膜下ブロックなどの高度先進 橘 は、一般病棟に緩和ケアを導入して緩 的な疼痛緩和を要する方が入院してい いては、 「精神症状の緩和を担当する 和ケアを普及させようといった思惑が くことになると思います。 常 勤 医 師 の 配 置 」が 高 い ハ ードル と 薬剤師が緩和ケアチームのメン 緩和ケア診療加算の算定要件につ なっていると感じます。当院では現在 ありました。こうしたなかで緩和ケア病 棟はどのような役割を担うべきか、こ 診療報酬改定の意図と 常勤精神科医が確保できていません。 の点が非常に不透明だと思います。見 医療提供側の実際 もちろん今後の算定を目指しています が、配置が 1 人欠けているだけでまっ 直すべきは報酬上の評価ではなく、病 棟の体系かもしれません。緩和ケア病 H木 棟の概念を今一度整理しなければ、答 れた 2008 年度改定について、一言ず と感じています。 えを出せない問題です。 つお願いします。 工藤 H木 林 緩和ケアの評価が大きく見直さ たく評価されないという状況は厳しい 現場でケアにあたる立場として 緩和ケアについては重点的に評価 は、これまで患者の負担が大きかった を提供していた医療者側が「終末期の されたと思います。一方で、緩和ケア リンパ浮腫に対して、指導管理料が新 患者に対して、収入確保のための点数 病棟入院料の算定要件に、地域の医療 設されたことは評価したいと思います。 が積み重なるだけの治療は行いたくな 機関からの連絡に 24 時間対応するこ 桑名 い」と提言したことを受けて、1990 年に と、連携先医療機関のスタッフに病棟 使用できる薬剤の種類が拡大して医療 定額制の病棟として創設されたという 実習を伴う研修を提供することが求め 用麻薬の使用が認められたことに対し 経緯があります。ところが、近年がん治 られたことについては、少ないマンパ ては国の意気込みを感じましたが、こ 療が飛躍的に進歩したおかげで、緩和 ワーのなかで要件を満たすために四苦 れらの施設には医療スタッフが少なく、 ケアをめぐる状況が大きく変化し、問 八苦しているというのが現状です。 麻薬などの副作用のマネジメントの観 題が生じているというわけですね。 森光 点からはやや不安です。 中村 林先生のご講演では、従来の終 門家の豊富な知識と経験を、在宅の場 森光 末期ケアを行う PCU と積極的なアプ で活動する医療者と共有していただき 老健施設に入所できずに、特別養護老 ローチを行う PMU という異なる緩和 たいというメッセージを込めたものです 人ホームに入所してしまうという事実が ケア病棟の概念が紹介されましたが、 ので、ご理解いただけたらと思います。 あります。これは、特養ホームでは在 この問題についてはいかがでしょうか。 白髭 宅医療によって外部から医療が提供さ 緩和ケア病棟は、ホスピスケア 今回の改定では、緩和ケアの専 近年は在宅医療の評価が見直さ 介護老人保健施設や療養病床で がん緩和ケアを必要とする人が 15 パネルディスカッション がん対策基本法で期待される緩和ケアを目指して また、療養病床再編の流れのなかで、 れており、薬剤費が出来高算定できる 診療報酬にまつわる議論を深めること ことが理由です。一方、老健施設は定 療養病床が介護療養型老人保健施設に ができました。また、緩和ケア診療の 額制で、薬剤費が一部を除いて包括算 転換していくことが見込まれます。療 現場の抱えるさまざまな問題点が各職 定になってしまいます。老健施設の方 養病床は一般病床と併設されている 種の演者のご講演から浮き彫りになり、 が医療スタッフの配置基準が高いにも ケースが多数を占めるため、老健施設 その克服にあたっても多くのヒントが示 かかわらず、基準の低い特養ホームで に転換しても近隣に医師が常駐してい されていたと感じます。今後の皆さん 疼痛緩和が行われていたことは好まし ることで、万一の際の緊急対応も可能 の取り組みに期待します。 い状況ではないため、今回の措置とな と認識しています。 ったわけです。 H木 本日はありがとうございました。 本日は、緩和ケアの連携体制と [制作]がん医療マネジメント研究会 代 表 幹 事 ● H 木安雄(慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科 教授) 運営事務局 ● 株式会社シナジー内 〒 101-0062 東京都千代田区神田駿河台 3-4-2 TEL : 03-5209-1851 日専連朝日生命ビル 6F FAX : 0120-773-685 E-mail : [email protected] URL : http://www.medi-net.or.jp/cdm/ 2008 年 8 月作成
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