医療機器業界における 新たな成長機会

医療機器業界における
新たな成長機会
はじめに
医療業界は、急速かつ大規模な変化を遂げています。疾
患の原因を検索したり、その治療法を開発する事に焦点
を当ててきた従来の大規模な医療形態から、個々の患者
に最適な治療を施す患者中心の医療へと移り変わってき
ています。従って、医療機器市場は、過去 10 年間に示
してきた大きな成長の可能性を少しずつ失う様相を呈し
ています。また、ハイテク技術分野においての新しいイ
ノベーションの実現が難しくなる一方で、各企業は、成
長を維持するための新しいアプローチを見出すことが急
務となっています。
企業は、変化する医療業界のニーズに即応する新たなビ
ジネスモデルを生み出さなければなりません。自社のケ
イパビリティを構築し強化するとともに、今後の成長を
解き明かすための新たなイノベーション・モデルやパー
トナーシップを検討する必要があるのです。
アクセンチュアによる本稿の目的は、現在そして未来の
医療 / ヘルスケア業界を左右するメガトレンドの中で、
3 つの大きな成長機会を、医療機器メーカーに提示する
ことです。
具体的には、①次世代の先進的な医療サービスプロバイ
ダーが、健康 / 医療向け家具メーカーになる可能性があ
るのはなぜか、②インターネットをフルに活用した研究
開発が、これまで埋もれていた知識 / 情報源をいかに見
出し、新しいモデルにするのか、そして③共同生産が補
聴器メーカーにとって意味するものは何か、について事
例を用いて解説します。
今日の市場
イノベーションの共有化
10 年前の医療機器市場における年間成長率は、比較的高 医療機器業界というハイテク技術市場で競争力を維持し
い水準にありました。しかし近年、その成長は緩やかに
なる傾向にあり、また、今後も大幅な増加傾向に転じる
見込みはありません。
医療技術産業の年間成長率(2003 ~ 2013 年、%)
1
15.1
15.3
11.6
8.2
9.8
8.2
3.2
2003 2004
2005 2006 2007
3.5
3.9
2008 2009 2010 2011
5.5
2012 2013e*
メガトレンドとは、業界の将来に広範かつ甚大な影響を
及ぼす、社会的、経済的、政治的、あるいは技術的な変
化を示します。製品 / サービスを今後どのように提供し
ていくかを策定する上で重要なのは、予期される大きな
変化(メガトレンド)が医療 / ヘルスケア業界に与える
影響を、注意深く見極めることです。
の共有化
の売り上げの平均 9 ~ 10% を占めており 、各企業とも、
国立の研究機関や大学、病院、その他技術関連業者など、
医療エコシステム全体を通じて研究開発費を分担しなが
らイノベーションを実現しようとしています。パートナー
プログラムやジョイント・ベンチャー、そして新興市場
における研究開発拠点の設立は、製品開発力の向上及び
製品の多様化に役立つほか、コスト構造や価格柔軟性の
強化にも効果があります。
2
高度医療情報への相互接続
医療 / ヘルスケア業界の変革要因
イノベーション
続けるためには、継続的なイノベーションの創出が不可
欠です。一方、今日の研究開発費は、医療機器メーカー
高度医療情報
への相互接続
携帯端末の利用が普及し、超高速ネットワークを経由し
たデータへのアクセスが可能になった今、高度医療情報
が日常生活に身近なものになろうとしています。そして、
世界各国の政府も、高度医療情報が高品質で低コストの
医療を国民に提供する上で不可欠であると考えています。
高度な医療情報化の実現により、たとえば、慢性疾患の
ある患者が、どこにいてもサービスやアドバイスを受け
ることができるようになります。従って、今後の課題は、
特定患者のニーズや個々の使用事例に適応可能な、高速
で安定したモバイル・アプリケーションを開発すること
です。2014 年末には、医療 / ヘルスケアに関連するアプ
リケーションの利用者数は、約 2 億 5,000 万人に達する
3
と予測されています 。現在もオンラインを通じて治療
や医薬品に関する情報収集が盛んになっている状況から、
今後は、より的確な情報チャネルを特定することが重要
となるでしょう。
患者中心の個別化医療
医療機器を取り巻く
メガトレンド
個別化医療
ビッグ
データ
Source: Figures are taken from Accenture (2011): High Performance Study - Reinventing
Medical Technology for a Dramatically Different Future, page 4
1
2
Source: Accenture Research 2012
3
Mobile Healthcare Opportunities, Juniper Research 2012
今後は、個々の患者の生体学的特徴の把握がますます重
要になります。遺伝子配列解明技術や DNA 鑑定の飛躍的
進歩に伴い、個別化医療は将来性の極めて高い成長市場
となっています。こうした分析から得られるデータを処
理、共有、分析できるよう、現行システムを適応させる
必要があります。個別化医療は結果的に治療効果を充分
に高め、且つ長期的なコスト削減をもたらすことになる
でしょう。
ビッグデータの必要性
医療 / ヘルスケア分野のデータ分析
は、医療エコシステムで創出された
大量データへのアクセスをもとに実
行されることになるでしょう。規制
や認可によって築かれた従来の販売
モデルから、医学的実証を踏まえ、
且つ分析力に基づいた高度な知見に
よって経済効果が立証された新モデ
ルへと移行しています。企業は、強
力な分析能力を確立し、患者レベル
の「実環境データ」を総合的に活用
することによって、競争優位性を高
める機会を見出すことになります。
アップル社が占める割合は 7,300 万
4
台、市場シェアにして 61.4% です 。
これだけのシェアを確保できるのは、
同社の先行者利益、そしてイノベー
ターとしての市場イメージによると
ころが大きいといえるでしょう。
新しい手法は、これまで市場に浮上
していない大きな機会を見出す可能
性を秘めています。一方で、イノベー
ションの機会を見過ごした既存の企
業は大きな痛手を負うケースが少な
くありません。たとえば、IP 電話が
登場したことで、人々の通信手段に
革新をもたらしました。ところが、
一部の通信会社はこの潮流を過小評
価し、このサービスによる新しいビ
ジネスモデル、すなわち、接続時間
ではなくデータ量に基づく課金方法
によって通話当たりのコストを大幅
に引き下げる方法を見逃してしまっ
たのです。
一般的に見られる大衆消費者動向の
トレンドに呼応し、医療は今後、医
療機関以外の場所、すなわち「患者
の家庭」で提供されることが多くな
る見込みです。これにより、従来の
家具には、様々な健康指標モニター
/ 測定機器などが内蔵されることで
しょう。これらの機器は単にデータ
を蓄積 / 分析するばかりではなく、
診断結果を担当の医療専門家に転送
したり、また、診断結果が悪い場合
には、ただちに医師の往診を要請で
きるようになるでしょう。
未来の市場で先駆者として牽引すれ
ば、医療機器メーカーはその事業活
動および製品 / サービスを開発、拡
大するうえで決定的に有利なポジ
ションに立つことになります。一方、
業界の発展とともに成長し続けるた
仮に新規市場参入に出遅れるような
めには、新しいアプローチが必要で
ことになれば、競争に追いつくのは
す。今や、どのような製品も十分に
困難となり、わずかなシェアをめぐっ
開発されており、製品は顧客ニーズ
て争う羽目になりかねません。また、
に応じた多種多様な特徴を備えてい アクセンチュアは、医療機器市場に
この新しい分野は常に進化しており、
ます。競合各社はイノベーションの おけるトレンドや機会に着目しなが
従来の医療以外にも様々なソリュー
創出や最先端技術の開発を通じてし ら、いくつかの調査に基づいて、市
ションの突破口を開く可能性を秘め
のぎを削っています。従って、企業 場そして医療エコシステムに関する
ています。例えば、医療専門家や臨
が変化を遂げる医療機器業界の中で 認識を一変させるであろう 3 つの新
床研究者のために相互運用や遠隔診
成長を持続するためには、新たな戦 しい成長機会を明らかにしました。
断を実現できるかもしれません。あ
略を追求する必要があります。こう
るいは、患者の生データや医師の診
した企業にとっての有望な差別化戦
察スケジュール、栄養管理プロトコ
略として、様々な業界間で慣例にと
ル、保険証、デジタルカルテといっ
らわれない新しいパートナーシップ
た様々な要素を統合するデータプー
を結ぶこと、あるいはインターネッ
ルとなるかもしれません。「家具一体
ト上の「凍結」された情報を活用す 成長機会の一つの分野として、医療
機器と日常生活で使用する「家具」 型医療機器」を通じてこうした新し
ることなどが考えられます。
との一体化が挙げられます。しかし、 いサービスを提供することで、医療
企業は、既存のビジネスモデルや市 こうした成長機会は、この新しい分 技術プロバイダーは、患者や医療機
場をベースに成長機会を探し求める 野 に 参 入 す る 医 療 機 器 メ ー カ ー に 関、および政府機関をつなぐ重要な
のではなく、新しいイノベーション とって、家具メーカーとの激しい競 役割を担うことになるでしょう。
の可能性を見出さなければなりませ 争に晒されるおそれもあります。例
ん。最大の成長機会は、新たな市場 えば、顧客が自身の健康データをモ
が誕生するところにこそ存在するの ニターできる「家具一体型医療機器」
です。これまでにない人々の行動形 です。これは慢性疾患や高齢化社会、
態や様式を予測できる想像力こそが、 高度医療情報への相互接続といった
将来の成功の鍵となります。たとえ トレンドに合致するものです。こう
ば、アップル社製 iPad の初年度(2010 したイノベーションを先導するのは
年)の販売台数は 1,470 万台でした 医療機器メーカーに留まらず、例え
が、同製品の誕生前は、タブレット ばイケアなどの家具メーカーが、新
端末の市場規模は小さく、また需要 興市場にいち早く参入し、医療機器
も未知数でした。iPad の誕生以来、 企業を抑えて「健康 / 医療向け家具
タブレット端末の需要は増え続け、 メーカー」として先行者利益を手に
2012 年 に は 全 世 界 で 1 億 1,890 万 する場合も考えられます。
台の需要が見込まれます。そのうち
成長への新たな道筋
「家具」が健康について
教えてくれること
研究開発の新しい
モデル
インターネット上のデータ量は、毎
削減し、製品のコスト構造を見直す
ことによって、イノベーションの共
有化にも対応することが可能になる
でしょう。
データおよび分析は、インターネッ
トによるコモディティ化が進んでお
り、今後は劇的なコストの低下が見
込まれています。たとえば、ヒトゲ
ノムの配列を解析して疾病リスクを
特定し、治療プランを作成する作業
を、ほんの数回のクリックで終了す
ひとつの DNA チップには、およそ 2 ることができるのです。現在、個人
万件のヒト遺伝子の情報を保存する および企業はこれまでにないほど多
ことができますが、インターネット くの調査情報や分析結果にアクセス
上にはその DNA チップ 100 万枚分以 し、情報を得ています。そして、医
上のデータが存在しています。また、 療機器業界には、顧客とデータソー
Library of Medicine(医学図書館)の スをつなぐサービスやツールを開発
サイトでは、3 万件以上の乳がんの し、病院や医療専門家、そして患者
デジタルサンプルを入手することが に と っ て の 情 報 サ ー ビ ス プ ロ バ イ
6
できます 。これは数ある同様のサイ ダーとなるべく、新たなサービスを
トの一例に過ぎません。インターネッ 生み出す時期が到来しています。
ト上で医学研究やその測定結果を検
索することは、今や航空券の予約を
行うことと同じくらい容易なのです。
先進企業であり続けるためには、こ
うしたイノベーションの源泉をでき
売上高は、通常、市場規模や競合他
るかぎり有効に取り入れ、活用する
社とのポジショニングに大きく左右
ことが必須です。
されます。医療機器企業は、製品の
インターネット上の調査から得られ 特性やコスト基盤の最適化、あるい
る「凍結」された知識を「解凍」す は 付 加 価 値 サ ー ビ ス の 提 供 に よ る
れば、迅速かつ合理的にデータや結 ポートフォリオの強化を通じて競合
果を利用することができます。さら 他社とのポジショニングの改善を実
に、自社の研究開発におけるコスト 現していますが、市場の絶対的規模
削減にもつながり、社外への幅広い を拡大する試みはほとんどなされて
投資機会も得られます。調査費用を きませんでした。その主な理由は、
今ある市場のなかで最適化をはかる
年 2 ゼッタバイト(20 億テラバイト)
程度増加しており、この膨大なデー
タ量を前に、従来の科学的研究手法
5
は時代遅れになりつつあります 。な
ぜなら、必要なデータは、すべてイ
ンターネット上のオープンソースか
ら入手可能であるからです。現在、
共同生産 / 製造が教え
てくれること
ほうが、市場そのものを大きくする
よりも概してコストがかからないか
らです。医療機器業界の利益率が他
の業界を上回っているかぎり、既存
市場の枠を超えた成長投資が正当化
されることはないでしょう。しかし、
新しいプレーヤーが市場に参入して
競争が激化するにつれ、利益率に対
する圧力が高まるのは間違いありま
せん。それに対するひとつの対応策
が、特定の機器の生産量を増やして
単価を下げ、対象市場を拡大するこ
とです。市場全体を拡大すれば、売
り上げの絶対額が増すだけでなく、
市場での相対的シェアの向上により、
他の OEM メーカーより競争上優位に
立つことができます。
市場規模には、顧客や医療機関の購買
力あるいは購買意思に応じた限界が
存在します。また、成熟市場、新興市
場を問わず、各製品カテゴリーには、
顧客がそれ以上は支払おうとしない
上限価格があります。他方、医療技術
のコストが高い一部の製品は、多くの
顧客にとって手の届かない価格で販
売され、その価格が引き下げられるこ
とはありません。高性能補聴器がその
一例です。高級とされる耳あな型補聴
器やカナル型補聴器は通常 2,000 ユー
ロ以上で販売されています。低所得者
人口が多い新興市場では、こうした機
器の対象となる顧客層はさらに狭ま
ります。一方、
これらの小型補聴器は、
開発に特定の専門知識を要するため、
利益率において旧来の耳かけ型補聴
器をはるかに上回るのです。
4
Source: Golem.de
Source: http://www.wired.com/science/discoveries/
magazine/16-07/pb_theory - Chris Anderson on
the Wired Magazine
5
6
Source: Atul J.Butte ,MD, PhD, Stanford University
消費財 / 小売業界を見れば明らかな
ように、ある製品カテゴリーにおけ
る差別化を促すのは、ブランド認知
あるいは機器に用いられるソフト
ウェアのいずれかです。例えば、ヨー
ロッパでは、複数のメーカーが同じ
施設で洗濯機を製造しています。欧
州の大手白物家電メーカーは、低コ
スト国にいくつかの生産拠点を共同
で設置しており、それらの拠点にお
いては、同じ組立ラインで異なるブ
ランドの洗濯機が製造されているの
です。カバープレートしか違わない
という家電製品もあります。同様に、
携帯電話も、既存のハードウェアは
(少数の例外を除けば)いずれも業界
標準規格に基づいているため、基本
的にどの OEM メーカーも利用するこ
とができます。それぞれの機器のユー
ザー体験を左右するのは、オペレー
ティングシステム(OS)の機能性や
使い勝手のよさです。標準的なパー
ソナルコンピュータ(PC)について
も同様のことがいえ、互換性がある
限り、ほぼすべての機器が交換可能
です。1990 年代後半以降、PC のハー
ドディスクのコネクタやデータプロ
トコルは標準化されているため、消
費者は様々なメーカーの製品を自由
に選ぶことができます。さらに、標
準的な PC は家庭やオフィスだけでな
く、空港のチェックイン・カウンター
や券売機において、あるいは産業用
制御装置の内蔵機器としても使われ
ています。
こうした事例を医療機器業界に当て
はめてみると、補聴器のハードウェ
ア は、 大 手 OEM メ ー カ ー が 共 同 で
開発し、専門の生産拠点で製造する
ことができます。このコストとリス
クを最適化したソーシング戦略のも
とでは、製造を請け負うメーカーが、
ヨーロッパ、アメリカ、アジア太平
洋で 3 つのハブ工場を運営し、最適
な物流体制と高度に専門化された人
材、最新のハードウェア技術を駆使
して補聴器を生産します。製品の差
別化は、耳あな型補聴器に取り付け
られたフェイスプレート、耳かけ型
補聴器のスタイルやカラーあるいは
パッケージによって実現されます。
この戦略によって、生産単価は著し
く低下することになります。こうし
て医療機器メーカーは、現状の利益
率を維持しながら販売価格を劇的に
引き下げ、まったく新しい顧客層に
対応することができます。この抜本
的変革は、ビジネスモデルおよびオ
ペレーティングモデルに大きな影響
を及ぼすでしょう。成功のカギは、
競合他社より優れたソフトウェアを
開発することです。そのためには、
現在の医療機器企業のビジネス手法
を根本的に覆す変革を起こさなくて
はなりません。
結論
医療機器メーカーは、この変化の激
しい環境において将来成功を収める
ためには、まったく新しい市場アプ
ローチを慎重に検証かつ予測し、こ
れを現行のビジネスモデルや戦略に
取り入れる必要があります。アクセ
ンチュアが前述で特定した 3 つの成
長機会は、成長を達成する仕組みづ
くりを示す事例であるといえます。
持続可能な成長を実現するためには、
新製品を様々に設計したり、新しい
ビジネスモデルを創出したり、ある
いはより安価で手軽かつ迅速なソ
リューションを顧客に提供するなど、
これまでのやり方を一新しなくては
なりません。企業は、この市場変化
がもたらすビジネス機会を注意深く
分析し、今後も業績を維持しながら、
まったく新しい未来へ向けた持続可
能なビジネスを創出するために、投
資のあり方を見直し、改善しなくて
はならないのです。
アクセンチュアについて
アクセンチュアは、経営コンサルティング、
テクノロジー・サービス、アウトソーシング・
サービスを提供するグローバル企業です。
24万9 千人以上の社員を擁し、世界120カ国
以 上 の お 客 様 に サ ー ビ スを 提 供 して い
ます。豊富な経 験、あらゆる業 界や業務に
対応できる能力、世界で最も成 功を収めて
い る企 業に関 する広 範 囲に及 ぶリサー チ
などの強みを活かし、民間企業や官公庁の
お客様がより高いビジネス・パフォーマンス
を達成できるよう、その実現に向けてお客様
とともに取り組んでいます。2011年 8月31日
を期末とする2011年会計年度の売上高は、
約255億USドルでした(2001年7月19日NYSE
上場、略号:ACN)。
アクセンチュアの詳細は
www.accenture.comを、
アクセンチュア株式会社の詳細は
www.accenture.com/jpをご覧ください。
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