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市 民 のための
自治入門セミナー
講座名:女性の貧困~その考え方・実態・方策~
講 師:堅田 香緒里 氏(法政大学 社会学部専任講師)
開講日時:平成27年7月29日(水) 15:00~17:00
講 演 概 要
■共催 公益財団法人特別区協議会/首都大学東京オープンユニバーシティ
今日は、
「女性の貧困~その考え方・実態・方策~」ということで、今女性がどのくらい
貧困なのか、なぜ貧困に陥ってしまうのか、女性の貧困状態を解消するにはどうしたらい
いのか、ということを皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
統計からみる貧しさ
これは、統計からみる女の「貧しさ」に関するグラフです。赤いほうが女性の貧困率で、
下の緑色のほうが男性の貧困率です。20代前半の一時期を除いて、全ての年代で女性のほ
うが男性より貧困率が高いことがわかります。これは、女性のほうが相対的に貧しいとい
うことです。どちらが経済的な尺度でより豊かかといったら、多くの人が男性だろうとい
うのは既にみなさんが実感としてご存じのことかなと思います。
データで確認してみると、日本の場合は貧困率が実は非常に高いです。日本が貧困大国
だということは皆さん結構ご存じのようですね。最新の基準では、約6人に1人が貧困状
態にあることがわかっています。その中でも、突出して貧困率が高いのがひとり親世帯で
す。2007年OECDの報告書では、OECD加盟国断トツ最下位の54.3%ということで、この数字
が割と衝撃を持っていろいろなメディアで紹介されました。ひとり親世帯はほぼ6割が貧
困状態の中に暮らしており、父子世帯より母子世帯の貧困が顕著であることがさまざまな
調査で実証されています。ひとり親世帯が貧しいということは、それだけの数の子供も貧
しく、その子供が成人になったときにも大きな影響を与えるので、非常に大きな問題だと
いうことになります。子供、シングルマザーの貧困はここ5年ぐらいメディアでも取り上
げられる機会が多く、とても話題になったかなと思います。
隠ぺいされる女性の貧困
一方で、日本のいろいろな貧困統計などを見ると、さまざまな世帯類型別に貧困率を出
しています。その中で突出して貧困率の高い世帯が二つあって、一つはシングルマザー世
帯、もう一つは単身高齢女性世帯で、こちらは、あまりメディアには取り上げられなかっ
たのではないかと思います。上野千鶴子さんのベストセラー『おひとりさまの老後』とい
う本をご存じですか。ここでは、単身高齢女性が老後の暮らしを謳歌するヒントが描かれ
ていますが、あれはおひとりさまの「優雅な」老後であって、そうした生活を満喫できる
単身高齢女性は実は統計上非常に少ないです。ほとんどの単身高齢女性は貧困状態にある
ことがわかっていますので、おひとりさまの「優雅な」老後は幻にすぎないのかというこ
とです。
次に、
「家事手伝い」というカテゴリーを取り上げたいと思います。テレビなどで、
「カ
オリさん、26歳、家事手伝い」というようなテロップが紹介文として流れるのを見たこと
があるかと思います。でも、
「ケンジさん、26歳、家事手伝い」は見ません。
「家事手伝い」
は、女性にしか当てはめられないカテゴリーなのです。ケンジさんの場合、実際に家で家
事を手伝っていたとしたら恐らく「無職」と表記されます。女性の26歳というのは嫁入
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り前で、いずれ結婚するだろうという見込みの中、つなぎとして家事を手伝っているとい
う意味です。カオリさんも家事を手伝っていますが仕事をしていないので、本来は無職、
失業者なのです。しかし、
「家事手伝い」というカテゴリーがカオリさんの「失業」という
問題を隠蔽してしまいます。男性は失業状態だとすぐわかりますが、女性の失業はいずれ
嫁に行くのだからいいだろうということで見えにくくなります。こういうカテゴリーが日
本にはあるのです。なぜ、これが謎のカテゴリーだと気がついたかというと、海外の研究
者と貧困問題の話をしているときに、
「家事手伝い」に相当する英語がないのです。これを
説明するのに非常に苦労した経験があって、とても特殊なカテゴリーなのだと気が付きま
した。このように、女性の貧困は良かれ悪かれ隠される傾向にありました。
性別役割分業
そもそも、なぜ女性は今の社会で男性に比べて貧困に陥りやすいのでしょうか。そのこ
とを考える一つのキーワードが性別役割分業です。
福祉国家と呼ばれる社会では、ほとんどが近代家族モデル(男性稼ぎ手、女性家事従事
者モデル)をベースにしています。つまり、労働市場で賃労働によりお金を稼いでくるの
が男性、家の中で家事労働という不払い労働を担うのが女性、このような性別役割分業と
いう規範が女性の失業問題や経済的な貧しさというものを隠してきたと言えます。あまり
こういう場で使うのはふさわしくないかもしれませんが、私は、性別役割分業という規範
のことを害虫と呼んでいます。害虫をウィキペディアで調べると、
「人や家畜、財産などに
有害な作用をもたらす虫」
、
そして、
「人の生活のあらゆる面でそれを害する虫がいるので、
そのあり方はさまざまである」というのです。性別役割分業は、私たちの生活のあらゆる
面に非常に大きな影響を与えていますが、害虫と一緒で見えにくいのです。
性別役割分業が与える影響
ここで性別役割分業が私たちの暮らしに与える、特に大事な三つの影響を見ていきたい
と思います。一つ目が、労働市場における男女不平等。二つ目が、家事労働、不払い労働
における男女不平等。三つ目が、社会保障エンタイトルメントにおけるジェンダーです。
エンタイトルメントとは、資格要件、受給要件、社会保障を受け取るのに求められる要件
のことです。どういう要件を満たせば社会保障の給付を受け取ることができるのかという
のも、実は男女によって異なるのです。この全ての側面において害虫が影響を与えて、そ
れが結果として男女の貧困率の差として表れてきます。
労働市場における男女不平等
まずは、労働市場から見ていきたいと思います。
労働市場の問題は三つあり、一つ目が賃金格差です。これは有名なデータですが、男性
一般労働者の賃金を100とすると女性一般労働者の賃金は70.9。つまり、同じ一般労働者で
も女性の賃金は男性の7割に過ぎないのです。さらにパートに限って見ると、女性パート
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の賃金は男性正社員を100とすると大体50.5、男性だと55.2です。これを聞いて、女だから
しようがないと思うとしたら、恐らく性別役割分業の規範によってそのように考えるのか
なと思います。
賃金格差は非常に大きな問題としていろいろなところで指摘されてきましたが、私がも
っと大きな問題だと思うのは、雇用形態の格差です。女性の場合、全女性労働者に占める
非正規の割合は約6割で、正規は4割しかいません。一方、男性だと、正規は8割以上、
非正規は2割以下です。男はこの程度で大騒ぎと書きましたけれども、フリーター問題が
何年か前に急にいろいろ取り上げられました。これは、男性がフリーターになったからな
のです。女性は前からこれくらいのパーセンテージが非正規で働いていました。正規で働
くだろうと思われていた男性が非正規になったので、社会問題として流通していったので
す。NHKの「フリーター漂流」というドキュメンタリーが、日本のフリーター問題を社会に
広めたきっかけだと言われています。その番組に登場するのはほぼ男性で、フリーターは
男性の問題として社会化されていきました。その陰で、当然男性よりたくさんいる女性フ
リーターは隠蔽され、見えないものとされていきました。
最後の性別職務分離はあまり問題にされませんが、私は実は大きな問題だと思っていま
す。カラーは襟のことですから、ブルーカラーは青い襟、ホワイトカラーは白い襟です。
白い襟はワイシャツですから、スーツを着てサラリーマンのような働き方をするのがホワ
イトカラーの労働者です。ブルーカラーの労働者は、青い襟のつなぎを着て工場とかで働
くイメージです。これまで労働問題の領域では、ブルーカラーとホワイトカラー間の格差
が大きく指摘されてきました。それが1980年代に北米、アメリカを中心にピンクカラー労
働という言葉が生まれます。ピンクの襟の制服とはナース服などで、看護師、保育士、介
護士などいわゆる感情労働と呼ばれるケアの領域の労働です。そういった現場には女性が
圧倒的に多いのです。ブルーカラーとホワイトカラーの格差はずっと問題にされていまし
たが、さらに第3項としてピンクカラー労働者の問題も女性たちがつけ加えていきます。
介護労働者の事例だと8割以上が女性です。なぜこれが問題かというと、介護労働は非常
に重労働でかつ賃金が安い、つまり正当に労働の価値が評価されていない、ということが
よく指摘されてきました。
賃金が相対的に低い仕事に女性が多く割り振られていたのです。
私は以前、埼玉の大学で社会福祉の教員をしているとき、さまざまな福祉施設を回ってい
て気がつくことがありました。現場の施設で働いている介護労働者の大部分は女性なので
すが、施設のマネジメントを担う施設長は多くの場合男性なのです。相対的に高い地位を
男性が占めていて、相対的に低い地位の仕事を女性が担っているというのが介護の現場の
中にも見えました。もちろんそうではない施設もあるのですが、数でいうと圧倒的に多か
ったです。
「フリーター問題」再考
最後が「フリーター問題」再考です。近年、ワーキングプアという言葉がリバイバルし
たり、貧困、失業、労働の問題がにわかにクローズアップされるようになりました。私は
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もともと新宿で野宿者の支援活動をしていて、貧困問題を15年くらい研究しています。昔
は、貧困問題をやっていると言っても、日本に貧困はないのに何をやっているのだ、と割
と冷たい声が多かったのですけれども、ここ5年、10年くらいで急にクローズアップされ
るようになりました。ワーキングプアは、10年前までは一部のマニアしか知らないような
言葉でしたが、今では誰もが知っています。その大きなきっかけが先ほども言及したフリ
ーター問題で、男性が失業し貧しくなって初めて社会問題化したわけです。
しかし、女性の貧困を考えるからには、男性が社会問題化していく陰で、女性はずっと
貧困でほとんどの場合ワーキングプアだった、というもう一つの歴史があることを改めて
思い起こしておくことが大事なのではないかと思います。
フリーター概念のジェンダーというのをご紹介したいと思います。フリーターの定義と
して、しばしば引用されているのが、平成15年版国民生活白書のもので、
「若年者(ただし、
学生と主婦を除く)のうち、パート・アルバイト(派遣等を含む)及び働く意志のある無
職の人。
」とあります。ここで何が問題なのでしょうか。先ほどのケンジさんとカオリさん
に再び登場してもらいます。2人は同じコンビニエンスストアでフリーターとして働き、
あまり収入がありません。
少しでもお金を浮かすため一緒に暮らし、
そして結婚しました。
するとカオリさんは「主婦」にカテゴライズされ、統計上フリーターの定義からはずれて
しまいます。2人は働き方も暮らし方も全く変えておらず籍を入れただけですが、性別に
よって扱いが異なるこのようなからくりがあるのです。婚姻契約は男女の平等のもとに結
ぶわけですが、その影響が破壊的に大きいのは女性のほうだというのがこれでご理解いた
だけるかなと思います。
以上が、賃労働の現場における男女不平等の問題です。
家事労働における男女不平等
次に、もっと大きな不平等問題があると言われている家事労働です。
まず、家事関連に費やしている1日当たりの時間(家事関連時間)です。この平均値を
とると、男性38分に対し女性3時間35分、つまり女性が6倍家事を多く担っていることが
わかります。夫が外で稼いでいれば妻が家で家事をするのは当たり前だ、と思う人もいる
かもしれません。しかし、共働き世帯のうち妻の週間就業時間が35時間以上(フルタイム)
の世帯においても、家事関連時間は夫33分に対し妻3時間25分であまり変わりません。こ
の女性は、外でフルタイムかつ家でも働いているので、働き過ぎです。夫が有業で妻が無
業の専業主婦世帯の場合を見てみると、何と6時間52分にも上ります。これはおよそ7時
間ですからほぼフルタイムの時間を家事関連に費やしています。何が違うかというと、家
事労働は賃金が支払われないということです。かつて家事は労働だとみなされませんでし
たが、この何十年で労働だと浸透してきました。保育士にも調理師にも給料が支払らわれ
ます。労働市場で提供するとお金をもらえ、家の中だと無償になる。つまり、賃金が支払
われるか否かという点が異なるだけで、
家事が労働であることには変わりません。
かつて、
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専業主婦は3食昼寝つきなどとやゆされていましたが、実は「フルタイム」で労働してい
たことがわかります。
家事関連でもう一つ大事なのが、夫の家事・育児の参加が特に重要な6歳未満の子供が
いる家庭における夫の家事従事時間の比較で、日本の男性を1とすると、ほとんどの国の
男性はおよそその3倍家事に従事しています。グローバルスタンダードとして、少なくと
も今の日本の男性には、あと3倍家事をしてくれと言うことができるのではないかと思い
ます。
日本には、一方で長時間労働の問題があります。過労死という言葉にも英語がなく、死
ぬまで働くのは普通考えられません。日本では、男性は企業社会の中で長時間の労働に縛
られていて家事ができないという構造的な問題も隠されています。いろいろな性別役割で、
男性は外の仕事に、女性は家の仕事に縛りつけられている状況が統計から見てとれると思
います。
社会保障エンタイトルメントにおけるジェンダー
最後に、社会保障の男女間の話です。女性の社会保障エンタイトルメント(受給資格)
は主に(1)性別役割そして(2)婚姻に基づいて構成されています。
性別役割に基づいたものは、
「母」や「妻」という性別役割を引き受けることでもらえる
給付に当たります。児童手当や母子世帯の母親に支給される児童扶養手当は、母という役
割に基づいて給付されます。年金第3号被保険者というのは、妻という身分に対して与え
られる地位のようなものです。
母でも妻でもない者はどうなるのでしょうか。日本では唯一、単身女性というカテゴリ
ーを対象とした社会福祉制度があります。それは婦人保護事業と呼ばれるもので、売春防
止法という法律の中に規定された福祉事業です。つまり、単身女性は、売春婦または売春
婦になるおそれのある者という立場で救済を受けるということです。やや乱暴な言い方を
すると、女は必ず誰かと結婚して妻になり母になるライフコースが想定されていて、そう
でない女は売春婦だという制度設計になっています。
もちろん女が労働者として受け取れる社会保障給付もたくさんあります。ただし、この
場合は、労働市場における男女差別にどうしても遭遇します。年金もそうですが、ほとん
どの社会保障給付は従前所得に比例して支払われます。たくさん稼いだ人が社会保障給付
もたくさんもらえる構造です。つまり、女性の賃金は男性の7割ですから、その分社会保
障給付も減るということです。労働市場の差別は労働市場だけにとどまらない影響を与え、
社会保障給付においても不利が残るということです。
続いて、婚姻関係に基づいた編成です。婚姻関係に関する序列、もっと言うと身分差別
のようなものが日本には残っています。日本の社会保障制度で、女性にとって一番恵まれ
ている地位は専業主婦で、制度上もっとも優遇されています。年金第3号がよく取り上げ
られますけれども、そのほか税金の控除、扶養控除などで優遇されます。ですから、103
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万、130万の壁を超えないような働き方をする人が増える、あるいはそうした働き方が合理
的であるというような制度設計になっている、ということです。
シングルマザーについては、同じシングルマザーでも制度が定める序列があり、母子世
帯になった原因によって制度上の扱いが若干違います。シングルマザーで一番偉いのは死
別です。婚姻規範を破っていないためで、遺族年金という非常に手厚い給付を受け取るこ
とができます。あまり偉くないのが離別です。離婚もかつては非常に懲罰的な扱いを受け
ていましたが、今は年金分割ができるようになったりしています。一番偉くないのは結婚
しないで子供を産んでいる非婚シングルマザーです。非嫡出子に対しては日本ではいまだ
に根強い差別があります。ちなみに、単身女性は、制度上は偉くないしエラー値のように
扱われ、あまり女性が単身で生き抜くことを想定した社会保障にはなっていません。社会
保障というところを見ても、性別役割や婚姻に根差した給付が行われていることがわかり
ます。
性別、婚姻に基づく社会保障制度が与える影響
このような性別役割分業や婚姻関係に根差した社会保障エンタイトルメントは、私たち
の生にどのような影響を与えているのでしょうか。
まず、特定の生き方・働き方の強要です。きちんと結婚して、子供をつくって時には家
計補助のためほどほどにパートするという生き方・働き方が制度上促されているといえま
す。
次に、女の間の分断です。キャリアウーマンと主婦が理解し合えないという働く女と主
婦の間の分断があります。これも制度によって生み出されている側面があり、制度が女性
を分断して統治しています。私たちは、この分断によって本当に得をしているのは誰なの
かを考えなければいけないと思います。
ベーシックインカム(BI)
ここから、女性の貧困、不利の解決策を考えていきたいと思います。女性は、労働市場
では差別され、家事労働も一方的に担わされ、社会保障においても性別役割を引き受け、
妻・母になるか、男(労働者)として受け取るか、劣等処遇されるかしかないことがわか
りました。女性が三つの重要な領域で不利なことは顕著で、性別分業と婚姻を前提とする
福祉国家においては相対的に不利益をこうむります。そこで、今の福祉国家にかわる新し
い政策構造として、ベーシックインカム(BI)というアイデアが1980~90年代ぐらいか
ら注目を集めています。私は、ここ10年ぐらいジェンダーの関係からベーシックインカム
の研究をしているので、このアイデアが女性にとってどんな意味を持つか皆さんと一緒に
考えたいなと思います。
ベーシックインカムとは、
「すべての個人に、その生活に必要な所得を、無条件で保障す
る政策構想」で、これ以上でも以下でもなく非常にシンプルです。私は、社会保障や生活
保護制度も大学で教えています。日本の年金制度はとても複雑で、自分が幾らもらえるか
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の計算式もよくわかりません。これに対し、ベーシックインカムはシンプルで、制度を理
解するのがたやすく、自分の権利を実質化しやすいと言われます。これは非常に大きなメ
リットだと思います。
続いて、ベーシックインカムを今の社会保障制度との比較で理解してみたいと思います。
まず、
「誰に」というところが大きく違います。今までの社会保障が「世帯単位」なのに対
し、ベーシックインカムは「個人単位」で支給されます。
「何を」という部分の理念はほと
んど同じで、憲法25条の生存権といってもいいかと思います。
「どのように」保障するかと
いう点は大きく違っていて、条件付きか無条件かです。今の社会保障は全部条件付きで、
年金給付はその最たるもので保険料を拠出した人だけが給付を受け取れる仕組みです。逆
にいうと保険料を拠出していないと給付は一切もらえません。これに対してベーシックイ
ンカムは一切の条件がないので、
拠出の有無にかかわらず給付を受け取ることができます。
個人単位であることのメリット
個人単位であることのメリットを女性に焦点を当てて見ていきますが、社会保障給付の
条件において、何らの性別役割も期待されなくなることがあります。誰かの「妻」や「母」
である必要もなく、私個人の独立した権利としてベーシックインカムを受け取ることがで
きます。
それから、世帯内に存在する分配の不平等に伴う問題をある程度解決することができま
す。権力というのは大体お金に伴うものですから、家庭の中では稼いでくる人(父親)が
偉く、稼いでいない人はあまり大きな口をたたけないという空気があるのではないでしょ
うか。こういう話をすると、「うちは、奥さんが家計を握っていて全然口出しできない。」
という方が結構いらっしゃいます。確かに日本ではそういうことがあるのかもしれません
が、日々の家計のやりくりは女性が主導権を握っていても、家や車、子供の進学など大き
な買い物のときは世帯主、稼ぎ主である父親の意見を斟酌するということが一般的ではな
いかと思います。それから、独立した権利としてベーシックインカムを給付するというこ
とは、例えば、
「誰のおかげで飯が食えてると思っているのだ!酒代よこせ!」と言わせな
いことだということもできます。専業主婦で、夫の稼ぎだけで暮らしていたら黙るしかな
いのかもしれませんが、ベーシックインカムが支給されていれば言い返すことができるよ
うになります。
「私は私のベーシックインカムで飯食ってますが、なにか」と。分配の不平
等が、全部ではありませんが、少しずつ解消できるのではないかというのが、よく言われ
るメリットの一つです。
最後に、私はこれが重要だと思うのですが、婚姻関係に関する序列がないので、離婚や
非婚を選択しやすくなります。専業主婦の場合、気持ちがなくてもお金のために一緒にい
る人もいるわけです。別れてしまったら経済的にいきなりゼロになってしまうので、嫌だ
けれどもお金のために臭い靴下を洗う、ということが必要なくなります。もう少し真面目
な話をすると、DV(ドメスティック・バイオレンス)の問題に寄与する可能性もありま
す。DVは潜在化してなかなか表に出てこないのですが、夫の暴力で別れたくても子供の
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ために別れないという人が日本の場合非常に多いと言われています。日本は、子供に対す
る給付が少ないので母子世帯の貧困率は非常に高く、母子世帯になるということは、貧困
になることとほぼイコールなのです。自分がDVの被害に遭ってでも、子供に経済的に惨
めな思いをさせたくないという一点で別れない人が潜在的にいるということです。ベーシ
ックインカムが夫、妻、子供のそれぞれにあれば、夫と別れても自分と子供のベーシック
インカムで生活ができ、DVから逃げることができるようになると言われることもありま
す。
ベーシックインカムの無条件とは
次が、ベーシックインカムの無条件性です。これは、労働(労働上の地位、雇用の記録、
労働意欲)
、家族(婚姻上の地位、扶養関係者の有無)、所得、資産、性別、年齢、障害、
ふるまい等を一切問いません。誰もが生きていく当たり前の権利としてベーシックインカ
ムの給付を受けることができる、という制度なのです。この制度は、誰からも生き方や働
き方を指図されずに、生きる権利を具体的に保障する仕組みなので、よいと言われます。
今のように、婚姻関係、性別役割にがんじがらめになった制度設計だと、それに合った生
き方をしたほうが生きやすいので誰もがそのように誘導されるのです。生き方や働き方を
自由に選べるようになるのがベーシックインカムの大きな1つのメリットになってきます。
最後に
労働市場、家事労働、社会保障などいろいろな側面で男女不平等を見てきました。
「働け
イデオロギー」
、
「結婚しろイデオロギー」、「子産めイデオロギー」などのイデオロギーに
女性は拘束されて生活を送っています。異性愛主義・家父長制に根差した性別役割分業や
男女不平等の問題は基本的には暴力であり、性別役割や婚姻制度に基づいた広義の社会保
障制度もまた暴力的な装置であり得るのだということをまずは理解したいと思います。
では、私たちはどのような社会に暮らしたいのか、どのような働き方、生き方をしたい
のか、そのためには、どのような広義の社会保障制度が欲しいのかを、皆さんと一緒に欲
望や知恵を絞り合って考えていきたいなと思っています。
ベーシックインカムに対する素朴な疑問(財源に対する疑問)
ベーシックインカムに最も多く寄せられる疑問を三つ取り上げます。①財源をどうする
か、②人々が勤労意欲を失い働かなくなるのではないか、③何の社会貢献もせずただ乗り
するフリーライダーが出てくるのではないか、です。
まず、第一に、財源をどうするかという問題は、既に一定の議論の蓄積があります。代
表的な案を三つご紹介します。
ゲッツ・ヴェルナーは、日本でいうマツモトキヨシのような、ドイツの大きなドラッグ
ストアチェーンの経営者で、政治、学問の場で発言力のある方です。彼は、消費税で賄う
べきと言っています。
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ロバートソンは環境系の人で、環境税で賄うべきだと言っています。
日本で、一番財源として可能性があり議論されているのが、小沢修司さんが提言してい
る所得税です。
小沢さんは、
日本でいち早くベーシックインカムの議論を展開していった、
京都府立大学の先生です。
「私たち全員の生活を維持するためには、私たち全員の労働によ
り新たに生み出される価値(所得)に課税すべき。
」という理念で、現行社会保障制度とベ
ーシックインカムを導入した場合を比較試算すると、各世帯の実質的負担は導入前後でほ
とんど変わらないとしています。このとき想定されているベーシックインカムの額は月8
万円です。私たちは今でも税金、社会保険、介護保険の保険料という名目で払っているわ
けですが、それらをならしてベーシックインカムに一本化していくと、実はほとんど変わ
らない負担で実現できることがわかっています。より正確に言うと、低所得世帯ほど今よ
り少し負担が楽になり、高所得世帯はやや負担が増えることがあるようです。
ベーシックインカムとかいうと、あまりにも突飛だしみんながもらえるとは何なのか、
という感じで、ユートピアだと思われるかもしれません。確かに今はそう聞こえるかもし
れませんが、私たちにとって100年前、国民皆保険・皆年金は夢物語だったのです。しかし、
今ではそれを当たり前のものとして享受しています。新しい制度というのは最初は夢のよ
うでも、地道に実現可能性を探っていく人たちの蓄積の上で、当たり前になる可能性もな
くはないということです。
ベーシックインカムに対する素朴な疑問(勤労意欲に対する疑問)
二つ目が、人が働かなくなってしまうのではないかということです。この前提には、金
のために働くという想定がありますが、お金がもらえなかったら私たちは本当に一切働く
のをやめてしまうのでしょうか。これは私たち、特に女性たちの現実に反した言明です。
女性たちは一銭も支払われなくとも、育児や家事といった労働をずっと担ってきました。
働き続けています。
資本主義社会では、衣食住に全部お金がかかりますから、お金がないと生きていけませ
ん。生きていくためには何らかの手段でお金を手に入れなければいけませんが、銀行強盗
をする人はほとんどおらず働くことになります。金を入手するほとんど唯一の手段が賃労
働なので、そういう想定が成立してしまうのではないでしょうか。ベーシックインカムが
奪うものがあるとすれば、それは労働意欲ではなく労働の強制であると言えるかと思いま
す。
ベーシックインカムに対する素朴な疑問(濫給・漏給問題の疑問)
三つ目が、フリーライダーを生むのではないかという疑問です。フリーライドとは濫給
のことですが、もっと深刻な問題はこれを取り締まるあまり増大した漏給の問題(捕捉率
の低さ)ではないかと思います。
今、日本では生活保護へのバッシングが強いですが、不正受給は数字上では全体の0.4%
と非常に少ないです。不正受給の内訳を見ると、ほとんどはアルバイトの申告漏れです。
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生活保護世帯の子供が高校生になったときに、家計の足しに自分でアルバイトして靴を買
ったりします。その収入を申告していないことが不正受給になってしまうのです。生活保
護は最低生活費までしか保障しないので、収入が上がったら申告しなければいけませんが、
子供は知らないで働いてしまい申告漏れが出ます。非常に少額で悪意もありませんが、そ
れが不正受給の件数としてカウントされています。もちろん悪質な不正受給もありますが、
相対的には非常に少ないです。
むしろ大きいのは漏給のほうで、日本の生活保護の捕捉率は20%ぐらいです。捕捉率と
いうのは、生活保護を受けられるほど貧しい人のうち、実際にアクセスできている人の割
合です。逆に言うと、生活保護を受けられていない人が8割もいるということで、これが
捕捉率の低さです。同様の制度との比較で見ると、大体ヨーロッパの捕捉率は60%~90%
ぐらいの間なので、とても低いことがわかります。
あとは、誰がフリーライダーなのかという問いです。妻の不払い家事労働にフリーライ
ドする夫、といったお金になっていない部分のもう一つのフリーライド問題は、むしろベ
ーシックインカムが入ることで是正されると言われたりしています。
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