健康文化 13 号 1995 年 10 月発行 連 載 健康診断と画像診断(4) 乳がん 佐久間 貞行 老人保健法に基づいて行われる健康診査のがん検診は、胃がん検診、子宮が ん検診、肺がん検診、乳がん検診、大腸がん検診である。健康診査は40歳以 上を対象に行われ、対象となる者一人につき年1回行うものとなっている。今 回は罹患率が年々増加の傾向にある乳がんの検診についてとり上げる。老人保 健法の健康診査の乳がん検診の項目は、問診、視診及び触診となっている。し かし、これらが予後の良い早期乳癌(治る乳がん)の検診に対して十分かと言 うと必ずしもそうではない。視診・触診(外観を目で診て、内部を触って診る) による乳癌集団検診における早期乳癌の比率は平均して40~50%である。 現在のところ早期乳癌を検出しようとするならば、適当な頻度の自己チェック と、健康診査に、超音波診断、X線診断などの画像診断を併せ用いることが望 ましいと考えられる。自己チェックについては他書に譲り、どのような画像診 断法を用いるべきなのか、またどのような検診体制をとるのが好ましいのか、 各診断法の特長と乳がんの疫学、病理と物性から検討する。 乳がんのハイリスクグループ 乳がんの危険因子には、年齢、結婚、子どもの数、食生活、既往などが関係 していると考えられている。年齢別罹患率では30歳以降に急上昇し、40歳 台に最も多く、65歳以降に下降する。結婚自体が独立した因子で、30歳以 上の独身女性は、結婚して子どものない女性よりもリスクが高い。30歳以上 の未産または初産年齢が高い女性ほど直線的に乳癌発生率が高くなる。また5 5歳以上の女性では閉経年齢が高いほど危険率も増す。食生活・栄養も関係し、 動物性脂肪、動物性蛋白の摂取量が多いと相対危険度を高める。同様に肥満も 乳癌発生と正の相関が認められ、標準体重の+20%以上の肥満はリスクが高 い。乳腺症などの良性乳腺疾患の既往や、乳がんの家族歴がある場合もリスク が高い。ハイリスクの可能性があると考えられる方々は、時々自己チェックを することと、乳がん検診を忘れずに受診されることが重々望ましい。 1 健康文化 13 号 1995 年 10 月発行 乳がんの病理と予後 乳がんの病理組織型は非浸潤型、浸潤型とページェット病に大別できる。さ らに非浸潤型は非浸潤性乳管癌(全乳がん中約6%)と非浸潤性小葉癌に分け られる。浸潤型は浸潤性乳管癌(約85%を占め、乳頭腺管癌、充実腺管癌、 硬癌に分けられる)と特殊型(約9%、粘液癌、髄様癌、浸潤性小葉癌、腺様 嚢胞癌、扁平上皮癌、紡錘細胞癌、アポクリン癌、骨・軟骨化生を伴う癌、管 状癌、分泌癌(若年性癌)その他)に分けられる。 何れにしても乳管癌が非浸潤、浸潤併せて90%以上と、乳房の癌は乳管(乳 腺で分泌された乳汁が運ばれる管)に発生する癌が大部分である。乳管にでき た癌は、当初乳管の内を進展し、やがて管外に進展する。乳管内を増殖する癌 細胞は、血流が少ないなど環境が良くないので、しばしば変性して石灰化する。 この段階では癌は極微小であり、触診では発見することが難しい。石灰化を対 象とした画像診断を行う意義がある。乳房は腺房を脂肪組織がとり囲んでいる が、年齢や個体差によってそれぞれの発達の程度が異なっている。それにより 各検査法によって腫瘤像、石灰化像の検出能が異なってくる。 乳がんの治療前の臨床分類のTNM分類(UICC、1987)によるT1 は、原発巣が20mm 以下で、T2は50mm 以下、T3は50mm 以上、T 4は胸壁または皮膚に浸潤か娘腫瘍のあるものである。腫瘍の大きさが20mm 以下であるか、50mm 以下であるかによって予後に差があるので分けられて いる。所属リンパ節の腋窩リンパ節への転移N1は、比較的早期から認められ、 T1の症例でも25%、T3では50%以上にみられる。根治的手術と乳房温 存腫瘍摘出術+放射線治療の5年生存率を比較すると、T1症例の根治的手術 例では生存率83%であるのに対して、乳房温存治療例では生存率90%、T 2症例の根治的手術例は生存率75%、乳房温存治療例は生存率85%である。 予後は、乳房を温存した手術でも、乳房を全部摘出してしまう根治手術でも変 わらないと言えよう。乳がんは肺臓、肝臓、骨への血行転移することがあるの で、5年生存率と10年生存率ではゆっくりと下降する。 何れにしても発生部位、病理組織型にかかわらず、予後の良いより微小な癌 を見つける必要がある。それには前にも述べたように画像診断を視診、触診に 加えて行うことが望ましい。 乳がんの超音波診断 乳がんの超音波診断法には、高周波振動子を用いた超音波断層撮影法を主流 に、血流を診ることができるカラードプラー法も用いられている。超音波断層 2 健康文化 13 号 1995 年 10 月発行 は、人体の組織間の音響インピーダンスの差によって生じる反射波と減衰、用 いた超音波の波長より小さい粒状の組織群から生じる後方散乱によって画像が 形成される。乳房の超音波断層像では、乳管は後方散乱が大きくエコーレベル は高い。これは腺房と間質が複雑に混成しているためと考えられている。また 膠原線維が超音波の強い減衰をきたすので、膠原線維を多く含む組織ほど減衰 が大きい。脂肪組織も減衰が大きい。水分の多い組織、細胞、粘液、漿液、ム コ多糖類、壊死組織などでは減衰が少ない。また組織が均質なときもエコーレ ベルは低い。 乳がんのなかで膠原線維が大部分を占め、腫瘍内は均質な硬癌は、エコーレ ベルが低い。充実腺管癌でも腫瘍細胞が均等に広がっているときはエコーレベ ルは低い。乳頭腺管癌ではややエコーレベルが高くなり、線維腺腫ではさらに 高くなる。乳がんは一般に減衰が強く、後方エコーが欠損することが多い。そ の側方に尾を引くような強エコー帯がみられることがある。境界の明瞭な腫瘍 では前面に高エコー帯をみることがある。腫瘍が周囲の組織に浸潤して表面が 不整になっているときには側面の境界部のエコーが強調されることが多い。石 灰化組織はエコーが強く、腫瘍内に石灰化があるときは不均一な内部エコーを しめす。超音波断層によって検出できる腫瘍の大きさの限界は8mm 程度であ り、20mm 以下の早期乳癌を発見できる割合は50~70%程度である。現 在検診に用いている施設は多い。 乳がんのX線診断 乳がんのX線診断は、乳房撮影専用装置による。一般にマンモグラフィーと 呼称されている。マンモグラフィーは乳管内の微細石灰化を描出することによ って、触診では認知できない早期乳癌を検出できるので意義がある。マンモグ ラフィーに用いられるX線は電圧の低い軟線で、陽極には通常のタングステン の代わりにモリブデンを用い、モリブデンをフィルタに用いたX線発生装置を 使用する。受像系は色々用いられ、X線フィルム、ゼロラジオグラフィー、C R(コンピュウテッド・ラジオグラフィー),II(イメージ・インテンシファ イア)デジタルマンモグラフィーなどがある。現在一般にはX線フィルム/スク リーンを用いたフィルム・マンモグラフィーが多用されている。マンモグラフ ィーで描出される乳がんの所見は、腫瘤像、浸潤像、石灰化像などである。早 期乳癌の、乳管内の径が数ミクロンから数十ミクロンの微細石灰化像を描出で きる率は約60~70%くらいである。最近ではマンモグラフィーのデジタル 化に伴って、被検者の被曝線量の軽減を計る試みや、石灰化像や腫瘤像を自動 3 健康文化 13 号 1995 年 10 月発行 抽出して、集団検診の診断支援をする試みがなされている。完成すれば集団検 診の診断精度の向上に役立つであろう。 乳がんのMRI診断 最新の画像診断機器としてMRI(磁気共鳴画像)とPET(ポジトロン核 医学画像)をとりあげる。 MRIは磁場のなかに身体を入れ、電波を照射して水素原子を励起して、電 波を切って励起状態から緩和されるとき放出される電波の計測から水素原子密 度、縦緩和時間、横緩和時間がもとめられる。照射する電波の長さや、繰り返 しの長さや数など照射の仕方によって密度や緩和などの強調のされ方が異なっ た画像が得られる。従って部位や疾患によって異なる、見たい求めたい画像に よって撮像法を選択する。乳がん検診用には、腹臥位にして乳房がコイルの中 に懸垂するようにして撮像する専用機などが開発されている。乳房は脂肪が多 く水素含有率が高い。一般に癌は含水率が高く、従って水素含有率が高い。石 灰化巣は、水素含有率が低い。この様な乳房は、水素を対象としたMRIにと って、撮像条件をいろいろ選択することによって多種の意味のある高い濃度分 解能(対比度)の画像が得られるので、空間分解能(解像力)が良くさえあれ ば絶好の検査対象と言える。将来改良開発が進めば検診に加えて良い検査法で ある。 乳がんのPET診断 癌は発育が早く、それに伴って糖などの代謝も早い。腫瘍を画像として描出 するには、代謝基質のポジトロン標識化合物を用いる方法がその一つとしてあ る。その代表的なものが 18F-FDG(18F-2-fluoro-2-deoxy-D-glucose)である。この トレーサーは腫瘍細胞にグルコース・アナロガスとして摂り込まれるが、成長 が早い腫瘍ではグルコース-6-燐酸酵素が減っているのでヘキソキナーゼによ って燐酸化された後、代謝されないために集積していくので、腫瘍を陽性像と して描出すると考えられている。乳がんでも明瞭に描出されることが多く、ま たリンパ節転移も描出されることが多い。乳がん診療上有用な検査であるが、 まだ健康保険に適用されておらず普及が遅れている。 (名古屋大学名誉教授・テルモ研究開発センター長) 4
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