泌尿器科疾患への転写因子 NF

Nagoya Med. J.(
) ,
―
第
回
名古屋市立大学医学会例会
特
別
講
演
Ⅴ
泌尿器科疾患への転写因子 NF-κB の関与と治療への応用
戸
澤
啓
一
名古屋市立大学大学院医学研究科 腎・泌尿器科学
The role of NF-κB in urologic disease and therapeutic application
KEIICHI TOZAWA
緒
図
言
に最近 年間に私の携わった尿路性器癌
に関する手術例数を示した.最も多いのは,腎
盂癌,尿管癌,膀胱癌などの尿路上皮癌である
が,腎細胞癌,前立腺癌が急激な増加を示して
いる.腎細胞癌・前立腺癌の増加傾向は,全国
的にみても同じであり,この
つの癌の克服に
向けた研究が重要であると考えられる.腎細胞
癌・前立腺癌は,患者数が増加しているだけで
なく,診療上,解決すべき大きな問題点がいく
図
NF-κB を介した細胞内シグナル伝達
つか存在する.腎細胞癌は有効な腫瘍マーカー
がないというだけでなく,手術以外に有効な治
ばれる DNA に結合し,その制御下の遺伝子の
療法が存在しない.前立腺癌では,多くの患者
発現を誘導する.κB 配列を持つ遺伝子には,
にホルモン療法が施行され一時的に効果を示す
IL- 受容体の α 鎖や β インターフェロン等に代
が,数年でホルモン耐性となり,その後は有効
表される免疫系の受容体やサイトカインが多い
な治療法が存在しない.本稿では,主にこの
ことから,NF-κB は生理的に非常に重要な転
種類の癌をターゲットとして行った研究につい
写因子として注目されている.NF-κB は p ,
て概説する.
NF-κB は κB 配 列(GGGRNNYYCC)と 呼
p の
種類の蛋白からなるヘテロ二量体であ
り休止期の細胞では細胞質に存在し,I-κB と
の複合体として存在する.サイトカインなどの
細胞外からのシグナルに反応し IKK により IκB がリン酸化され NF-κB から離れ NF-κB は
核内に移行し転写活性をあらわす(図
)
.ま
ず,われわれは癌血行性転移機序の解明を目指
し NF-κB からアプローチを行った.
癌血行性転移機序の解明と治療への応用
図
最近 年間に携わった尿路性器癌の症例数
癌血行性転移機序と細胞接着分子の関係を図
に示した.原発巣から離脱した癌細胞は血管
内に遊走し,転移巣の血管に到達する.
その後,
薬剤はいずれも臨床応用が可能な薬剤であり,
癌の血行生転移の予防に期待が持たれる.
Sialyl Lewis 抗原と E-selectin による初期接着
がおこり,血管内皮細胞上をローリングするこ
とにより integrin と ICAM,VCAM により接
ホルモン耐性前立腺癌に対する治療におけ
る NF-κB 阻害剤の役割
着は強固なものになる.そして,最終的に細胞
前立腺癌のホルモン耐性化のメカニズムに関
外マトリックスへと浸潤して転移巣を形成す
してはこれまで数多くの報告がなされているが
る.ま た,NF-κB は 細 胞 接 着 分 子 E-selectin,
近年,Borsallino らはホルモン耐性前立腺癌細
ICAM,VCAM の発現を制御することが報告
胞株 DU
されている.そこで,NF-κB 活性化阻害剤を
りこれが自立性増殖に関与していることを報告
用いて血管内皮細胞上のこれら細胞接着分子の
した ).さらに彼らは DU
と PC- で IL- が自己分泌されてお
や PC- にシスプ
発現を抑制し,癌細胞との細胞接着を阻害する
ラチンを投与すると IL- の自己分泌が促進され
ことにより癌の血行生転移を防ぐことを考え
細胞増殖を促すことも示した.IL- はプロモー
た.NF-κB 活 性 化 阻 害 剤 と し て は 金 製 剤
ター領域に κB サイトを持ち NF-κB によって
( Aurothioglucose , Aurothiomalate , Au-
も蛋白発現が制御されている.
そこで,
DU
,
ranofin,HAuCl )および N-acetyl- -cysteine:
PC- にシスプラチン,VP- を投与して NF-κB
NAC,Pentoxifylline,Aspirin)を 用 い た.こ
の免疫染色を行った.予想どおりこれら抗癌剤
れらの NF-κB 活性化阻害剤はいずれも血管内
により NF-κB は活性化され,さらに IL- 発現
皮細胞上の細胞接着分子の発現を用量依存的に
が亢進していた.NF-κB の活性化が抗癌剤耐
抑制することにより,血管内皮細胞−癌細胞の
性に大きな役割を担っていることがわかったの
細胞接着を阻害した(図
,)
) .ここで用いた
で,これら抗癌剤投与時に NF-κB 阻害剤とし
て NAC を併用してみた.その結果,NF-κB 投
与により用量依存的に IL- の自己分泌量は有意
に抑制され,さらに抗癌剤の殺細胞効果も著明
に増強した(図
,
)).現在,ホルモン耐
性前立腺癌治療にタキサン系抗癌剤が用いられ
ているが,今後は NAC などの NF-κB 活性化
阻害剤との併用が,治療効果の向上につながる
と考えられる.
図
癌血行性転移と細胞接着分子
図
図
金製剤による細胞接着抑制効果
ホルモン耐性前立腺癌に対する NAC の抗癌
剤作用増強効果
図
図
腎細胞癌での sLX 発現と再発・脈管侵襲の
相関
図
シメチジンによる腎細胞癌再発抑制効果と
sLX 発現
ホルモン耐性前立腺癌に対する NAC の IL分泌抑制効果
腎細胞癌におけるシメチジンの効果発現機
序の解明
大腸癌ではシメチジンが術後転移を抑制する
ことが明らかにされている.その機序が血管内
皮細胞上の E-selectin の転写レベルでの発現抑
予防効果が認められた症例では sLX の発現が
制であり,リガンドである Sialyl Lewis X(sLX)
強く,染色強度(immunoreactivity)とシメチ
の発現と術後再発,シメチジンの再発予防効果
ジンの再発予防効果の間に有意な相関を認めた
とが相関することが最近報告された
,)
.腎細
(p< . )(図
)
.
胞癌も以前よりシメチジンの有効性が議論され
腎細胞癌組織での sLX の発現は予後予測因
てきたが,その作用機序は不明であった.これ
子となりうるものと考えられた.また,sLX
まで,IFNα との併用での有効性については,
の発現の強い症例についてはシメチジンの再発
ヒスタミン type- レセプターのアンタゴニスト
予防効果が期待できることが証明された ).
であるシメチジンにより,サプレッサー T 細
胞の活性が抑制されるためと考えられてきた.
尿路結石形成における NF-κB の役割
そこで我々は,大腸癌と同様の機序を想定し,
シュウ酸は尿細管細胞に様々な影響を与えて
腎 細 胞 癌 で の sLX の 発 現,腫 瘍 血 管 で の E-
いることが報告されている.一方,転写因子 NF-
selectin の発現,血中 sLX と予後,シメチジン
κB は多くの炎症性サイトカイン,細胞接着分
の有効性との相関について検討した.当科で根
子の発現誘導を促進することが知られている.
治的腎摘除術を施行した 名の腎細胞癌患者の
年に Renault らは NF-κB と AP- の活性化
組織を 抗 sLX 抗 体,抗 E-selectin 抗 体 に よ り
によりオステオポンチンの発現が誘導されるこ
免疫組織染色し,病理組織学的所見,予後との
とを報告した ).オステオポンチンは尿路結石
相 関 に つ い て 検 討 し た.ま た,血 中 sLX を
形成に重要な蛋白であり,結石の成長を促進す
ELISA で測定し同様の検討を行った.
ることが報告されている.そこで,シュウ酸刺
転移,術後再発,予後と癌組織での sLX の
激による 尿 細 管 細 胞 に お け る NF-κB の 活 性
発現の間に有意な相関(p< . )を認めた(図
化,オステオポンチンの発現について検討し
)
.しかし,腫瘍血管での E-selectin の発現
は転移,術後再発,予後いずれとも相関してい
た.
シュウ酸 .mM 刺激後
∼
時間にかけて
なかった.血中 sLX 値は浸潤度,組織学的悪
IκBα の リ ン 酸 化 お よ び p の 核 移 行 に よ り
性度と逆相関する傾向は認めるものの,有意差
NF-κB の活性化が確認できた.これに引き続
はみられなかった.さらに,シメチジンの再発
いてオステオポンチンの発現が増強した.この
:
-
,
.
)Borsellino N, Belldegrum A, Bonavida B: Endogenous interleukin
is a resistance factor for
cis-diaminedichloro-platinum
and
etoposide-
mediated cytotoxicity of human prostate carcinoma cell lines. Cancer Res.,
:
-
,
.
)K. Tozawa, T. Okamoto, Y. Hayashi, et al. : N図
尿細管細胞での NAC によるシュウ酸刺激で
の NF-κB 活性化抑制
acetyl - -cysteine enhances chemotherapeutic
effect to prostate cancer cells. Urol. Res.
,
:
-
.
)Kobayashi K, Matsumoto S, Morishita T, et al:
Cimetidine inhibits cancer cell adhesion to endothelial cells and prevents metastasis by
blocking E-selectin expression. Cancer Res
-
,
:
.
)Matsumoto S, Imaeda Y, Umemoto S et al. Cimetidine increases survival of colorectal cancer patients with high levels of sialyl Lewis-X
and sialyl Lewis-A epitope expression on tu図
尿細管細胞での NAC によるオステオポンチ
ン発現の抑制
mour cells. Br J Cancer
:
-
,
.
)K. Tozawa, T. Okamoto, N. Kawai, et al. : Positive correlation between sialyl Lewis X expres-
シュウ酸刺激による NF-κB の活性化は NAC
sion and pathologic findings in renal cell carci-
mM 添加により抑制され,オステオポンチン
noma. Kidney Int.
:
-
,
.
, )
.シュウ酸刺
)Renault MA, Jalvy S, Potier M et al. : UTP in-
激は NF-κB の活性化を通じて細胞傷害,炎症
duces osteopontin expression through a coordi-
の発現も抑制された(図
反応を起こしオステオポンチンの発現を促進し
nate action of NF-κB, activator protein- , and
た.
upstream stimulatory factor in arterial smooth
抗酸化剤でもある NAC は NF-κB の活性化
muscle cells. J. Biol. Chem.
:
-
,
.
を阻害することにより,炎症性サイトカインの
)K. Tozawa, T. Yasui, A. Okada, et al. : NF-
発現,尿細管細胞のアポトーシス,オステオポ
kappaB activation in renal tubular epithelial
ンチン発現を抑制し,尿路結石形成の予防に有
cells by oxalate stimulation. Int J Urol
,
用な薬剤となりうると考えられた.
文
献
)K. Tozawa, S. Sakurada, K. Kohri, et al. : Effects
of anti-Nuclear Factor-κB reagents in blocking
adhesion of human cancer cells to vascular endothelial cells. Cancer Res.
:
-
,
.
)K. Tozawa, N. Kawai,Y. Hayashi, et al. : Gold
compounds inhibit adhesion of human cancer
cells to vascular endothelial cells. Cancer Lett.
.
:
-