最新 MOT(技術経営)による新商品・新事業創出戦略─ 4 特 集 ─イノベーション実現のためのマネジメント戦略の現状と実践 MOT の中で知財戦略を どのように考えるか 鮫島 正洋 内田・鮫島法律事務所 必須特許,知財戦略,知財経営,特許ポートフォリオ 1.はじめに 2.1 必須特許ポートフォリオ論 多くの方は「我が社でも特許を積極的に取得しているに 「知財」は,もともとは法律学の 1 分野であるととらえ もかかわらず,市場を独占している製品はない。『発明に られていた。特に, 「知財」のうち「特許」は,法律面か 対する独占権』という特許の本質は,あくまでも建前であ ら見ると,複雑な手続,法解釈と慣習に裏付けられた実務 って,現実のものではない」との疑問を感じる方もいらっ を伴う奥の深い分野である。しかし,「知財」はほかの法 しゃるであろう。 律分野とは異なり,単なる法律学の範囲にとどまるもので なぜ,多くの製品では特許取得によって市場を独占でき はない。むしろ,「知財」が事業戦略の重要な要素となっ ないのであろうか。にもかかわらず,なぜ,高脂血症薬の ている昨今,これを経営的視点で語ることが MOT の観点 「メバチロン」は市場の独占に成功したのであろうか。実 から求められている(1)。 は,製品分野によって 1 つの特許権の重みが異なるのであ 本稿においては,まずは事業価値との関係で確立される る。 べき「知財」に関するセオリーを明らかにし,視点を少し 薬の分野においては,有効物質にかかる特許権を取得す 戻し,それぞれの技術者が MOT 的視点で知財活用する方 れば,その市場を独占できると言っても過言ではない。こ 策について述べることにする。 のような製品分野を「1 製品 1 特許型」と言う。他方,液 なお,一口に「知財」と言っても商標や著作権などさま 晶ディスプレイや携帯電話のような分野は,1 つの製品に ざまなものが存在するが,本稿では「知財」のうち,特に 何千もの特許権が使用されている。このような製品分野を 「特許」に焦点を当てることとする。 2.特許権が事業価値に及ぼす影響 「1 製品多特許型」と言う。1 製品多特許型の製品で特許に よる市場独占を果たすためには,これら何千もの特許権を すべて取得しなければならないが,これは現実的ではな 「特許権が事業価値に及ぼす影響」は非常に重要であ い。これが冒頭の疑問に対する回答である。 る。これを理解することによって,「知財」(特許)が事業 1 製品多特許型の製品市場では, 「発明に対する独占権」 戦略の 1 要素であることを理解することが可能となり, という特許の本質は,事業に対していかなる作用をするの MOT と特許を結びつける第 1 歩となる。 であろうか。それは,「その製品を生産する際の必須特許 従来,特許の役割は,技術開発に絡めて特許を出願し取 を取得することが市場参入への切符である」という命題で 得することにより,同業他社の市場参入を規制し,無秩序 表現される。この命題のことを「必須特許ポートフォリオ なマーケット参入を防止することにより,価格競争に陥る 論」と言う(2)。 ことを可及的に阻止し,利益率の向上を果たすことが可能 ここで言う「必須特許」とは,『ある技術を実施するた となる,というメカニズムを実現するためのツールである め,もしくは,ある製品を生産するために必須不可欠的に と論じられてきた。 実施せざるを得ない特許』のことである。この概念は,も しかし現実論として,1 件の特許を取得したからといっ ともと,MPEG などのパテントプールで用いられてきた て,他社の市場参入を規制できる技術分野は,製薬業など 概念であり,広く特許業界全体で一般化している用語では ごく一部の分野に限られている。そこで,多くの企業にお ない。 いては,特許を複数取得し,自己の技術と商品を守るとい ある 1 製品多特許型の製品にかかる市場を大円で表現す う戦略を採用している。これが社会的な現象であるが,こ る(図 1) 。この製品を製造するためには複数の必須特許 れは「発明に対する独占権」という特許の本質との関係で が必要であるが,今,A・B・C の 3 社がこれらを保有し いかなる意味を持つのであろうか。 ている状況を仮定する(それぞれの企業が取得している特 。必須特許を持たない D 社が市場参入 許を●で示した。) 422 © 2010 The Institute of Electrical Engineers of Japan. IEEJ Journal, Vol.130 No.7, 2010 最新 MOT(技術経営)による新商品・新事業創出戦略─ 4 ─イノベーション実現のためのマネジメント戦略の現状と実践 MOT の中で知財戦略をどのように考えるか D社 A社 A社 甲 B社 C社 B社 乙 E社 丙 図 1 必須特許ポートフォリオ論 C社 図 2 改良発明に関する必須特許ポートフォリオ論 を試みた場合,A・B・C 社は,D 社にシェアを奪われる ことを防止するために,特許権に基づく警告を発したり, 差止訴訟を提起するであろう。そうなれば,D 社は事業撤 は,大きな円の中に,いくつかの小さな円が描かれてお 退を余儀なくされる。 り,それぞれに必須特許が存在する。ある製品について甲 それでは,A・B・C 間の関係はどうであろう。B 社が という付加機能実現した改良発明は,A 社が必須特許を 保有しているのは必須特許なので,A 社が当該製品を生 保有し,乙機能にかかる改良特許は B 社,丙機能にかか 産する際にもこれを使用しているはずである。にもかかわ る改良特許は A・B 両社が保有している。 らず,A 社はなぜ B 社から訴えられないのであろうか。 この関係でも,基本部分に関する特許権(大円にかかる それは,B 社も当該製品を生産する際に A 社特許を使用 特許権)が存続している状況では,B 社は乙機能のみなら しているからである。このような両社が訴え合ってもお互 ず,甲機能についても実施できる。なぜならば,A 社は いに特許侵害だと認定されるだけで何の利益もない。それ この製品を製造する際に,B 社の基本部分にかかる特許権 が分かっている A・B 社は互いに訴えるよりは,互いの存 を実施しているからである。他方,基本部分にかかる特許 在を尊重し,市場の中で切磋琢磨していくという関係を選 権が満了してしまうと,A 社は甲機能,B 社は乙機能しか ぶはずである。 実施できなくなる。なお,丙機能については,A・B 社と C 社は 1 件だけであるが,やはり必須特許を保有してい もに必須特許を保有しているので,双方実施できる。も る。したがって,A・B 社と同様の考え方が適用される。 し,甲機能の方が,乙機能よりもユーザにとって重要なも これらのことから結論づけられるのは,必須特許を保有 のであったとしたら,これを実施できない B 社のシェア している A・B・C 社は特許リスクなく市場の中で事業が は減っていくことになる。 できるのに対し,必須特許を保有していない D 社は特許 したがって,これは,いわゆる陳腐化した技術分野にお リスクなくして事業ができないということである。D 社が いてもきちんと特許戦略を施行すべきことを示唆してい 特許リスクなく市場参入を果たすためには,A・B・C 社 る。陳腐化した技術について今さら基本部分に関する必須 のいずれかから必須特許を譲り受けて自らも必須特許保有 特許の取得可能性はないが,市場ニーズに基づいて改良を 者になるか,もしくは,A・B・C 社のすべてから特許ラ 行い,改良特許を地道に出願していけば,機能面で他社に イセンスを取得する必要がある。前者の場合の実質は,特 対する差別化が図れるのである。 許ポートフォリオ取得目的の M&A であり,後者の場合 2.3 必須特許は 1 件だけで十分なのか はパテントプールと本質を同じくする。 C 社は必須特許を 1 件だけ保有している企業である。C この議論から分かるように,1 製品多特許型の製品の場 社は,その必須特許が存在しているうちは,A・B 社と同 合は,「必須特許を取得することが市場参入への切符」で 等の地位を得ることができることは前述したとおりであ あり,必須特許を取得できなかった者は市場参入ができな る。しかし,C 社の立場は年数の経過に脆い。なぜかとい いという結論が導かれる(必須特許ポートフォリオ論)。 うと,C 社の必須特許が満了してしまった場合,C 社は必 2.2 陳腐化した技術市場においても知財戦略は必要か 須特許を保有しなくなるから,D 社と同じ地位になり,市 それでは,改良的な特許はどのように位置づけられるの 場撤退を余儀なくされることになるからである。これも, であろうか。基本特許が満了しており,陳腐化した技術市 C 社が 1 件だけの必須特許に甘んじ,改良特許等を取得し 場においては,改良特許を出願せざるを得ないことから問 なかったことの付けである。 題となる。これを模式的に表したのが,図 2 である。図 2 このように必須特許の保有度合いによって市場内におけ 電学誌,130 巻 7 号,2010 年 423 最新 MOT(技術経営)による新商品・新事業創出戦略─ 4 特 集 ─イノベーション実現のためのマネジメント戦略の現状と実践 る地位の持続性が変わる。ここに,企業が永続的に技術開 の場合,これを使用している事実の検出が困難なため,特 発を行い,特許出願を行う意味がある。技術開発をしなく 許権に基づく法的措置をとることができない。このような なった企業は,ユーザのニーズに追従できないがゆえに市 場合は,むしろ特許化ではなくノウハウによる技術管理が 場から見放されるというのが MOT 的な議論であるが,知 推奨される。 財の観点から見ると,技術開発をしなくなるといずれ必須 ノウハウは特許権のような独占排他性を有しない。日本 特許がなくなり,その段階で,市場における地位を維持で においては不正競争防止法によってノウハウの違法な盗 きなくなると言い換えることができる。更に,知財的観点 用・開示などについて,法的措置による当該ノウハウの使 からは,「技術開発を継続していい改良技術を創出してい 用停止,使用による損害の請求,刑事罰などが認められて ても,特許活動を怠り,必須特許を取得できなかった企業 いるが,これらの法的措置は何らかの事故が起きた場合の も同様なのだ。」とも言える。 救済的な色彩が強く,ノウハウは特許とは異なり市場を支 2.4 小括 配するための積極的な資産としての意味づけは少ない。 必須ポートフォリオ理論からは,MOT と知財につい しかし,ノウハウを適切に管理することによって,競争 て,以下のことが結論づけられる。 者の製品に対して品質・コストを差別化することができ ──いくらすばらしい技術を開発し,製品を真っ先に上 る。例えば,ある製品の量産化において,その歩留まりを 市したとしても,必須特許を取得していなければいつかは 高め,性能を維持するために製造工程にかかるノウハウ, 市場から撤退を余儀なくされる。 検査にかかるノウハウの貢献度が極めて大きいことは物づ ──基本的な技術について必須特許を保有すれば市場参 くりの経験則である。したがって,ノウハウを適切に管理 入は果たせる。しかし,継続的な技術開発とその成果の知 することは重要であることは論を待たない。 財化によらなければ,いつか必須特許は消滅し,市場撤退 他方,ノウハウ管理のみで競争力を維持し続けることは となる。 至難の業である。その理由は 2 つある。1 つは,ノウハウ ──後発で市場に参入する場合,基本技術について必須 流出は,サーバへの侵入・産業スパイ的な違法手段による 特許が存続している市場は難しい。どうしても参入したい ノウハウ流出,契約上・管理上の不備(守秘義務契約の締 のであれば,先発企業がすべて採用するような顕著な改良 結し忘れ,不用意な特許出願・学会発表など)の不法やミ に関する必須特許を取得することが条件となる。 スのほかに, 3.ノウハウは事業競争力にどう影響するのか ・エンジニアの他企業への転職 ・共同開発・技術供与をきっかけとする合法的な提携 今までは「特許」について論じてきた。しかし,実際の ・ノウハウが化体した製造装置が販売される 技術開発の現場では,現場における最適な製造条件や,機 など企業が活動する中で不可避的に生じる現象を原因とし 器を操作する時のちょっとした工夫など,特許にならない て,合法的に生じる可能性があるからである。これらの可 ような知見(ノウハウ)も重要であることが多い。以上の 能性をすべて封鎖することは,企業活動に重大な制約を与 議論に,このような「ノウハウ」はどのように絡んでくる えるので不可能である。 のであろうか。「ノウハウ」を保護管理することが事業競 2 つ目は,いくらノウハウを保有していても他社からの 争力にどのように影響するかを考える必要がある。 特許攻撃への防御とはならないという理由である。この点 3.1 ノウハウの重要性 は,必須特許ポートフォリオ論そのものである。特許攻撃 特許権は市場参入の切符であるという意味では強力な権 を受けた D 社(図 1 を参照)が高度なノウハウを有して 利である。しかし,そのような強力な権利を取得するため いることを主張したとしても,特許訴訟上は何の意味もな の代償として技術内容を開示することが義務づけられてい いことから明らかであろう。 る。そこで,企業としては,技術内容を開示することのリ 以上を結論づけると,ノウハウは製品の品質やコストに スクを評価して,そのリスクが大きければ特許出願をする 大きな影響を及ぼすという意味では非常に重要な資産では ことなく,技術をノウハウとして管理することによって事 あるが,通常,市場を支配するという積極的な効果はな 業競争力を維持することを考える。対象となる技術が樹脂 く,また,市場参入への切符ともなり得ない。したがっ や触媒などの配合レシピであったり,工場内のプロセス条 て,技術開発の過程においては,特許取得とノウハウ保護 件などの場合,特許出願によって技術内容を開示してしま をバランスさせることが何よりも大切なのである。 うと,他社は容易にこれを模倣して同等の品質性能を実現 3.2 特許化すべきか,ノウハウにとどめるべきか できてしまうが,その製品を分析してもそのような特許権 それでは,特許化すべきか,それともノウハウ管理を行 424 IEEJ Journal, Vol.130 No.7, 2010 最新 MOT(技術経営)による新商品・新事業創出戦略─ 4 ─イノベーション実現のためのマネジメント戦略の現状と実践 MOT の中で知財戦略をどのように考えるか 技術情報 必須特許取得ができるかという観点からの評価(特許調査)を含む ⅰ)マーケティング 検出可能性あり? 特許化 (例外的に特許出願しないケース) ・数年で陳腐化することが予想される。 ・基本的特許を含めたほかの出願で十分 にカバーされている。 ・会社の基本戦略にかかる部分であり, 現在察知されたくない。 営業秘密 (例外的に特許出願するケース) ・製法であるが他社に特許出願され たくない,先使用権では足りない。 ・ノウハウ部分をうまく隠して特許 出願が可能。 二つの矢印が通っていない企業は成功しない (ⅱ)技術開発 (ⅲ)知財取得 (ⅳ) 活用 (保護) (創造) 最終目標:事業競争力の向上 図 4 知財経営モデル 図 3 特許化/ノウハウ保護の振分け うべきかという点はどのように判断したらいいのであろう 訴訟の証拠開示制度(ディスカバリー制度)を前提にすれ か。一般にこの判断のメルクマールは,「その発明につい ば,よほどの発明でない限り検出することが可能となる。 て,第 3 者が実施した時に,製品分析その他の方法によっ したがって,(数億円の経費はかかるが)いざとなったら て検出可能かどうか」という点(検出可能性)を主眼とす アメリカ訴訟も辞さないという事業計画の場合,原則とし る。例えば, 「素子に X 化合物半導体を用いる」という解 て検出可能性を問わず特許出願するという戦術を採用する 決手段は,製品を入手・分析すれば検出可能なので特許化 場合もある。 すべきである。他方,「素子を製造する際に,300℃で 1 時 間熱処理をする。」「熱処理の際の雰囲気は,窒素雰囲気と 4.必須特許取得のプロセス論 して,水素を 0 . 05%混入させる。 」などの発明は,製品分 4.1 知財経営モデル 析によっては検出ができないと思われるので,ノウハウ管 必須特許を取得するために重要なことは 2 つある。 理に振り分けられるべきである(図 3) 。 第 1 に, (ⅰ)マーケティング→(ⅱ)技術開発→(ⅲ)特 これが原則論であるが,このメルクマールには例外が極 めて多い。例えば,検出可能性のない発明であっても,極 許取得,という連鎖を確実に回すことである。この連鎖を “知財経営モデル”と言う(図 4)。 めて普遍的な方法であり,同業他社が将来必ず使用するこ 図中,a〔 (ⅰ)→(ⅱ) 〕がきちんと存在しないと,いく とが明らかであるような場合は,あえて特許出願をするこ ら開発をしても売れない製品ができるだけであり,事業計 とによって市場支配を強めることがある。この考え方を採 画に沿った実績が残せず,開発投資が回収できないという 用する場合,出願件数は数 10 件∼数 100 件程度の量とす 事態になる。他方,b〔 (ⅱ)→(ⅲ) 〕が存在しないと,い ることが望ましい。同業他社からすれば,検出できないと い製品ができても,必須特許を取得していないため,いず 分かっていても特許侵害をして量産し続けるのはストレス れ「D 社」状態となり,市場撤退を余儀なくされることに になり,対象特許が数件であればまだしも,数 100 件であ なり,この場合も開発投資を回収できない。 れば考えざるを得ないであろう。 4.2 特許分析型マーケティングの重要性 また,検出可能性のない発明は,「出願せず,いざとな 前節の a,b の連鎖だけでは十分とは言えない。第 2 に ったら先使用権で保護」という考え方があるが,少なくと 重要なこととして,技術開発テーマを選定する際に,「必 も国際展開にかかる事業計画を持つ場合は賛成できない。 須特許が取得できる開発テーマであること」をきちんと確 なぜならば,先使用制度が存在しない国もあるし(代表的 認することである。 にはアメリカ),日本における先使用権は日本国内にしか 「必須特許が取得できる開発テーマ」とはどういうテー 通用せず,日本における先使用事実は通常外国の先使用権 マであろうか。それは,他社の注目が浅く,技術開発成果 の要件にならないことが多いからである。したがって,こ について特許取得できる余地が十分に残されている開発テ の戦術は,日本市場のみにフォーカスするのと同じ結果と ーマである。図 5 を参照すると,例えば,「素子 D」のよ なる。 うに,既存の特許権が大量に存在する技術分野は,周辺特 日本においては,検出可能性がない発明でも,アメリカ 許を取得することができるのがせいぜいで,必須特許を取 電学誌,130 巻 7 号,2010 年 425 最新 MOT(技術経営)による新商品・新事業創出戦略─ 4 特 集 ─イノベーション実現のためのマネジメント戦略の現状と実践 この部分は多くの企業がすでに着手済 み→開発投資をしても利益が少ない可 能性が高い。 予測型マーケティングのみならず,知財経営下において は,「将来,必須特許を取得することができるかどうか」 という特許分析型のマーケティングが重要である。 5. 「MOT の中で知財戦略をどのように考えるか」 4 000 の 5 か条 出願件数 3 000 本稿で述べたことを 5 か条にまとめ,本稿を終えること 素子E 素子D 素子C 2 000 1 000 E 機能 D 機能 C 機能 B 機能 A 機能 機能 0 素子B 素子A F この部分は,だれも着手していない→ そもそもマーケットがない可能性もある。 図 5 特許分析型マーケティングの 1 例 とする。筆者の述べた MOT と知財の関係性に関するセオ リーを活用することにより,我が国のイノベーション効率 が高まり,ひいては,日本の競争力が向上することを切に 望む。 (1)ある技術を実施するため,もしくは,ある製品を 生産するために必須不可欠的に実施せざるを得ない 特許のことを「必須特許」と定義する。 (2) 「必須特許を取得することが市場参入への切符」で あり,必須特許を取得できなかった者は市場参入が できない(必須特許ポートフォリオ論)。 得することは相対的に困難である。つまり,いくら「素子 (3) (ⅰ)マーケティング→(ⅱ)技術開発→(ⅲ)特許 D」に開発投資をしても,「D 社」状態にまっしぐらとい 取得,という連鎖を構築することにより(知財経営 うことになり,開発投資の回収ができない可能性の方が高 モデル),必須特許を取得して「D 社」にならないこ い。 とが重要である。 他方, 「素子 A」のように,既存の特許権がほとんど存 (4) (3)のためには,特許分析をして,必須特許を取 在しない技術分野は,必須特許を取得することが相対的に 得できる領域に開発投資を行う必要がある(特許分 容易であると考えられる。ただし,だれも注目しなかった 析型マーケティング)。 ということは,当社の目利きが秀逸であるか,マーケット (5)単純なブラックボックス化は「D 社化」を招き奏 としての魅力が乏しいか,という 2 つに 1 つだから,この 功しない。検出可能性を原則とした特許・ノウハウ 場合,後者ではないことを再度確認する必要がある。 振り分け基準を弾力的・戦略的に運用することによ 開発テーマの選定においては,「数年後にいかなる製品 って必須特許取得を目指すべきである。 の需要が,どの程度の数量存在するのか」という市場動向 文 献 (1)鮫島正洋: 「知的資産経営後技術法務の潮流」 ,知財管理,635,pp.181─ 193(2004─2) (2)鮫島正洋・岩崎洋平:「必須特許ポートフォリオ論とこれに基づく M&A におけるリスク考察に関して」,知財管理,687,pp.375─385 (2008─3) 426 鮫島 正洋 さめじま・まさひろ 内田・鮫島法律事務所共同代表,弁護士・弁理士,特許庁・中小企 業知的財産戦略支援プロジェクト統括委員長 IEEJ Journal, Vol.130 No.7, 2010
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