2007/9月会報 岐阜県ユネスコ協会 事務局!500―8076 岐阜市司町総合庁舎内 TEL・FAX(058)―266―0070 http://www.unesco.or.jp.gifuken/ 平成1 9年9月1 1日発行 e-mail [email protected] 会長 平 井 花 画 愛する伎芸天・音、そして医療 大 竹 和 行 緑に苔むす雑木林に、ひっそ けをいうのではなく、心身とも するためには大変便利であり、 りとしたたたずまいを見せる秋 美しく健康になってこそ患者さ 学校での勉強や医療人のスター 篠寺。奈良市街の西に広がる西 んは満足してくれるものだ。そ トとしては必須であるが、患者 ノ京の天平文化にたくさん出会 れには医療供給側もそれなりの さんとの信頼関係や愛情のある える古刹のひとつであるが、そ 勉学や人間性を備えていなけれ 医療には“純正律”の表現(医 こでお気に入りの伎芸天立像に ばいけない―と思うのだが。 療)が最重要となってくる。 逢えるのが楽しみで、出かける 楽器には、平均律と純正律と 伎芸天の美しさや包容力と、 いうものがある。平均律の代表 人との触れ合いを奏でる音とが ふっくらと美しく、やさしく はピアノで、すべての音を平均 調和することで、医療が統合さ 頭を傾けた姿が魅力的だが、ど して出し8 8鍵ある鍵盤の数だけ れていく、そんな医療人になれ こか陰りがあって物悲しいよう の音しか出ないのに比べ、純正 ることが望まれる昨今である。 で、それでいてなんでも許して 律は三味線やヴァイオリンなど 医療だけでなく“人生”まさ くれそうなほほ笑みは、筆者に の弦楽器が主流で、指かげんで に人と人の触れ合いであるのだ とってはモナリザよりも心を和 どうにでもなり、平均律よりも が、はたして自分はと―努力の ませてくれる。天平の美女と呼 はるかに和音が融和する。つま なさに反省しきり、神のみが知 ばれ、作家の掘辰雄は「東洋の り人間の心と合わせられるもの る残された年月を“充実”した ミューズ」と称賛したそうだ。 である。 いと願っている。 ことがある。 人の美しさ、やさしさ、心を これは医療にも通じ、ベース 蛇足だが、後期高齢者(7 5歳 解きほぐす―そんな医療が求め として平均律を学び、平均的な から)医療制度が平成2 0年4月 られており、患者さんが医院に 医療(歯科も含め)の地固めが から発足するが、施設入所など 求めるトップは、親切に、やさ できたら、さらに“純正律”で より在宅での医療を中心にと厚 しく、判りやすい対応、そして 患者さんへの治療や対応ができ 労省の社会保障審議会が検討し 人と人とのコミュニケーション るようになり、心の通じ合う医 ている。病気にならないで「ピ であり、それに治療行為が付随 療に近づいていくものではない ンピンころり」と終焉を迎えた してくるものと考える。 だろうか。 いものだが―。 “美しい”というのは肉体だ 五線紙(五線譜)は音を記録 発行 岐阜県ユネスコ協会会報委員会 (歯科医) 1 !戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。 平 和 宣 言2 0 07 愛 (1組作) 愛 それは 心を受け止めること 愛 それは 心でしか見えないもの 愛 それは 誰の心にも存在する 優しさ あの朝 飛んできた たった一機の飛行機が すべてを壊した 建物が壊れ 緑が壊れ 人が壊れた あの朝の情景 一瞬にして消えた無数の愛は どこへ行ったのか あの朝の 人々の笑いは 凍りついたまま みんな 生きていたのだ あの時まで みんな 信じていたのに 明日あることを 希望 (2組作) 6 2年前の今日 7月9日 岐阜もまた 「戦場」だった 降り注ぐ焼夷弾の雨に 人も街も 大きな火の固まりとなった 焼夷弾投下の目印は 金華山と 清流・長良川という衝撃 焼け落ちた岐阜駅からは 長良川の堤防が見えたそうな 一面の焦土を前に 人々は呆然とたたずんでいた そして、8月6日、8月9日 ヒロシマ・ナガサキを覆い尽くした絶望の闇 すべてを焼き尽くされた大地の泣き声 形を失ったあらゆるものから 人々が見いだしたものは パンドラの箱の底に残された 小さな“希望” 暗い空に輝く月のように うちひしがれた人々の心に灯りを灯し 人々は 廃墟から立ち上がった わたしの街を 返せ… わたしたちの夢を 返せと… 今 平和とは言えない現実があることを 僕たちは 見過ごしてはならない 希望を 希望のまま終わらせないために わたしができることは 何だろう 仲間&絆 (3組作) くだらない話も 真面目な話も 語り合える友がいる 口にはださないけれど 目には見えない絆を 信じている けんかし 仲直りし いろんな言葉を交わしながら 絆は生まれた 共に笑い 共に泣き 共に感じながら 大人になっていく わたし 一緒に居た空間 一緒に学んだ時間 わたしは一人ではないと 教えてくれた仲間達 いつも側に居ることが当たり前だと思っている 私達の油断 三度 開けてはならない扉の向こうに 悲しみと憎しみが渦巻いている 友と居る楽しさ 笑い合える喜び そうした なにげない一つひとつに感謝して い ま “現在” という時間を わたし 大切にしなければならない 2 岐阜市立伊奈波中学校 3年生一同 正義 (4組作) 正義とは 何だろう まも 人を護ることか 悪を倒すことか… この国に落とされた 暗く重たい過去は 相手の国の正義の形なのか… 何千の子が 犠牲になっただろう 何万の女が 泣いたことだろう だけど もう泣くのはよそう 悪いことばかり 続きはしない 人間の英知は枯れていないことを 友よ 証明しようではないか うまく言葉にならないけれど 伝えたい想いは 胸にあふれている 共に生きていることを 大切にしよう 日々の健康な営みの中にこそ 正義はあるのだ 笑顔 (5組作) 苦しいとき 寂しいとき 泣きたいとき あなたの笑顔に会うと ほっとする どんなに心が病んでいたとしても どんなに胸が痛んだ時も あなたの笑顔は 魔法の薬 “顔を上げて 青空を見てごらん” “足下の花を 眺めてごらん” “街に出て 「こんにちは!」と 声をかけてごらん” あなたは、「ふるさと」 「山の緑」と「川の藍」 鵜飼夜舟の「かがり火の紅」 ふるさとの色は 美しきかな 生きている喜びに満たされるとき、世界はまた一歩 “平和”に近づくことでしょう 生命 (6組作) 僕たちには 命がある だから 僕たちには 未来がある だから わたしたちには 夢がある みんな、ひとつ持って生まれてきた かけがえのない生命なのに たくさんの願いをいっぱい心に詰め込んで 生まれてきたのに 何のために生まれてきたのか その答えが得られぬままに 一瞬にして奪われた 明日という時間 それは 未来永劫 消えることのない傷 忘れないで あの日のこと 忘れないで 僕らのこと まとめ いのち 今、私達は「生命ある」ことに感謝し、 「明日」という 時間があることを喜びとして仲間と力を合わせ、仲間 のために力を出し、仲間と共に歩んでいくことを誓い ます。自分が何のために生まれてきたのかという意味 をきちんと知るために! !平和は、失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かなければならない。 卓 話 フランスへ一人旅の回想 岐阜ダイハツ販売! 元取締役社長 太 田 秀 興 仕事から離れて1 2年、この間 かどうかは疑問である。共通し 鱗を味わったが後悔はいささか 私は1 3回の一人旅を試みた。フ ているのは住めば都ではなく、 もない。旅そのものを支配する ランスへは行く前から激しい憧 離れてみる祖国日本に好意的で 寂寥感というか孤独な気分がな れをもっていた。ユトリロのモ あり、フランスの負の面が強調 ければ私の楽しみは半減するで ンマルトル、ピアフの唄う下町 される場合は多い。それだけ異 あろう。 の抒情、佐伯祐三が死して尚拘 邦人としての苦労が多いのであ り続けたあの風土、それが1 0数 ろう。 1 0年に及ぶフランスの旅で立 ち寄った教会修道院の数は限り 回の旅を終えていささかも裏切 今の日本は土建国家であり、 ない。フランス各地からスペイ られることがなかった。同じ所 都市部であろうと田舎へ行こう ン サ ン チ ャ ゴ・デ・コ ン ポ ス へ再度出かけるとその感動は半 が工事現場であり仕事場であ テーラに通じるロマネスク街道 減するものだが、パリは例外で る。それに比べフランスは生活 は、その虜にもなったが決して あった。パリを離れた地方都市 大国といえる、変化がない、昔 染まりはしない、旅人としての にも随分のめりこんだ。 臭く日本の競争社会に対し共存 体験を言葉に換えればそれは日 併しこれだけ回数を重ねても 社会ともいえよう。いったいこ 本を見ること語ることに通じる 人との特別な出会いがあったわ れが先進国なのか?工場がどこ と思っている。名古屋に生まれ けではない。ましてフランス社 にあるのか、その姿が見えてこ お隣の岐阜で暮らした私にとっ 会に出入りしたわけでもなく、 ないが原子力発電所がよく目に て強い郷土意識はない。パリを まあ窓越しに眺めただけといっ つくのはやばい。街には看板が 第2の故郷とも思っていない。 ても過言ではない。フランス語 少ない、売ろうとする姿を見せ いわば故郷喪失者である。併し といっても物を買ったり道を尋 ない。中国の方がよほど資本主 去る9月急逝した阿部謹也がた ねたり、切符を求めたりといっ 義国らしく見える。 びたび引用した1 2世紀の哲学書 サン・ヴィクトールのフーゴー たこと以外、人との会話ができ 司馬遼太郎はよく「私は美術 る訳がない。多少の対話の能力 音痴だ」と言っている。私も旅 の言葉に注目される。 があったとしても、人様々な考 先で美術館や博物館へはあまり 「故郷が甘美だと思うものはい え方なり主張を聞き取り、まし 足を運ばない。それよりも駅や まだ脆弱な者にすぎない。どこ て相手にもこちらの人生観や考 街を放浪することが好きであ にいっても故郷と同じだと思う え方を伝えられる筈はなく、又 る。又一人ではレストランに入 ものはすでに力強い人である。 特定の人物の発言が客観的なも るには抵抗がある、又由緒ある 併し全世界が流謫の地であると のとは到底考えられない。とす レストランに入りたいとも思わ 思うものこそ完全な人である」 ればこの私の目で眺めるだけで ない、ヴエズレイのフランス有 1 0年の記録を旅の語録として 満足だと思っている。フランス 数のレストラン L’ESPERANCE 私は世に問うべく、来る、8、 在住の日本人との出会いはしば も夕刻着いてそのホテルに宿泊 9月に松本と岐阜で個展を開き しばあっても彼等が本当にフラ したが、幸か不幸かレストラン 写真、絵と共に皆様にご高覧願 ンスをよく理解した上での言葉 はお休み。翌朝の食事にその片 えれば幸いです。 る たく 3 !岐阜県ユネスコ協会の例会日は毎月第2火曜日 12:15∼(岐阜市司町)岐阜会館 !会務報告 !会長挨拶 !卓 話 「シャンソンと落語の夕べ」 遠藤伸子さん 岐阜聖徳学園大学落語研究会 ◎祝8月誕生(敬称略) 小木曽純子 風岡 初代 田村友二郎 豊田美枝子 不破 松二 馬渕巳代子 溝口 博司 安田多賀子 山田 賢二 ◎祝9月誕生(敬称略) 青谷美恵子 石原 典子 岩田 幹子 梶浦 充子 川本 卓男 小林 真人 長屋 一男 野田 聖子 福田 俊雄 松久喜美子 宮崎さち子 """""""""""""" ありがとうございました """""""""""""" 奥村公子、吉田友子、喫茶きら く、堀田富美子 """""""""""""" 催 事 """""""""""""" ○ハローギフ・ハローワールド 2 0 0 7が7月1日にハートフルス クエアGでおこなわれました。 ○ 「平和の鐘を鳴らそう」 7月9 日岐阜市の事業に参加しました。 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! !食 事 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 2 0 0 7年7月1 6日 粥川 長司 台風4号が過ぎ去り、心配された天候は夏日に雲が浮かぶ。 昨日、私は息子の参加する「高円宮杯」 男子ホッケー日本リー グの応援で山梨県甲府にての決勝戦で優勝の余韻から気持ち良 く目覚め、新聞に目を通し、8時3 0分にY理事と岐阜公園へ向 かいました。 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! """""""""""""" 9 月 例 会 """""""""""""" 「平和の鐘を鳴らそう」 の横断幕を持って会場に到着しました。 驚き声に駆けつけると、ナ、ナント「リス」が、本日のメイ ン看板の上でエサを食べていました。 本日のイベントの成功を予感し、会長も加わり、除幕の準備 を進める中で、会員の皆様が徐々に増え、来賓も参加された中 で、会長が徹夜で考えられた内容の式次第も定まり、午前1 0時 を迎えました。 会場は散歩道の一角で、非常に狭く、足元は不安定な中で総 勢3 2名の参加を得て始まりました。ユネスコ6 0周年記念事業の イベントは昨年決議を得た「瞑想のこみち」看板の除幕式。会 長による経過説明に始まり、来賓(岐阜市長代理)の感謝の言 葉。全員参加による除幕。平和宣言を一人一行報告、平和の鐘 を鳴らし、ユネスコの歌を合唱して無事終了しました。 ユネスコのユの字も知らないまま参加し、皆様の英智と労苦 を惜しまないパワーに、 心底嬉しく痛感すると共 に、足手まといにならぬ 様努力する一筋の光を見 たことを日記に書きま す。 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ○キッズパラダイス7 """""""""""""" 会 員 の 近 況 """""""""""""" 岐阜県県民文化ホール未来会館 ◎高橋歌菊さん において (8月3日と5日) 「く 高橋歌菊さんが7月2 2日岐阜 るりんぱ」ワークショップを開 グランドホテルにおいて「ゆか 催しました。 た会」をひらかれました。 4 !会報委員会 1 0月例会 (9日) 卓話 予 「カンボジア報告」 会長 告 平井花画 岐大生 大西慎ニ 山本さやか 本会報への投稿(含写真)をお願いします。〆切は毎月20日事務局へ
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