高齢者のケアと行動科学 特別号 2011 第 高齢者のケアと行動科学 特別号 2011 第 16 巻 PP. 16–30 16 巻 特別論文 高齢者ケアにおけるアセスメント:精神的側面 加藤 佑佳 武田 圭祐 成本 迅* 京都府立医科大学大学院医学研究科 綾部市立病院 京都府立医科大学大学院医学研究科 本稿では,高齢者の生活を援助し,適切なケア,治療に結びつけるために必要な精神面のアセスメントについ て解説した。前半では高齢者に見られる精神症状で頻度が高く臨床的にも重要な,うつとせん妄,認知症の心 理・行動症状に関する評価法を紹介し,後半で認知機能の評価法について紹介した。精神症状の評価において は,日常の関わりの中での観察のポイントと,スクリーニングや治療効果の判定に有用な評価尺度を用いた構 造化されたアセスメントについて紹介した。認知機能の評価については,代表的なスクリーニング検査と,記 憶,遂行機能,視空間機能など個々の認知機能を測定する検査について解説した。また,これらの検査から得 られた認知機能障害に関する情報をどのようにケアに活かすかについて症例をもとに解説した。高齢者の精神 症状や認知機能は変化しやすいことから,日常の観察と構造化されたアセスメントを併用して継続的にアセス メントしていくことが重要である。また,そのためには多職種間の連携が不可欠であり,このような評価法に ついて高齢者に関わるすべての職種が理解しておくことで,円滑な協働が可能になると考えられる。 キーワード ⇒ 精神症状,認知機能,スクリーニング 1. 精神症状の評価 1–1 はじめに 効果を判定する必要がある。この場合,評価尺度 など定量的に行動を測定できる手法が客観的な効 果判定のために有用である。本項では高齢者の精 高齢者と関わる現場で仕事をしていると,しば 神症状の中でも特に頻度が高く臨床上重要な,う しば精神症状の評価が必要になる場面がある。家 つ,せん妄と認知症の心理・行動症状(Behav- 庭や介護施設で暮らす高齢者の様子がいつもと違 ioral and Psychological Symptom of Dementia: うと感じたときには,そのような印象を受ける原 BPSD)について解説する。 因となった行動や態度の変化について具体的に記 録すると共に,それがどのような精神症状にあた 1–2 うつ るのかをアセスメントする必要がある。このよう うつは高齢者にみられる精神症状の中でもっと な記録があると,多職種による情報共有や,円滑 も頻度が高い症状である。最近の地域在住高齢者 な医療との連携が可能となる。点数化が可能でカ の調査では,約 30%がうつのスクリーニング検 ットオフ値が定められている評価尺度を用いれば, 査で陽性となり,またうつ病と判定される高齢者 その症状が治療を要するレベルなのかどうかにつ はそれ以外の人と比べて介護保険の申請に至る可 いて判定することができる。また,薬物療法であ 能性が 2 倍高いと報告されている(大森・寳澤・ れ,非薬物療法であれ何らかの介入を行う際には 曽根・小泉・中谷ほか,2010)。このように,う 必ず事前に精神症状を評価した上で介入を行い, つは生活機能や QOL と直結しており,うつを的 確に拾い上げて治療に結びつけることが重要であ [ (勤)〒602–8566 京都府京都市上京区梶井町465 * 連絡先] 16 る。また,うつは自殺との関連も深く,特に高齢 加 藤・武 田・成 本:高齢者ケアにおけるアセスメント:精神的側面 のうつで診断の手掛かりとなる睡眠障害や食欲低 実際,うつ病のスクリーニングと自殺予防の介入 下は,高齢者ではもとから存在している場合も多 を組み合わせることで,自殺率を約 50%低下さ く,うつを見分けるのには役に立たない。このよ せることに成功した事例も報告されている(Oya- うな高齢者のうつの特徴を考慮して作成された代 ma, Sakashita, Hojo, Ono, Watanabe et al., 2010) 。 表的な高齢者の自記式のうつ病スクリーニング質 高齢者のうつは,若年で発症するうつ病と比較 問紙に Geriatric Depression Scale(GDS)がある して多彩な症状を呈する。身体症状,不安焦燥, (Yesavage, Brink, Rose, Lum, Huang et al., 1982) 物忘れの訴えなどが中心で,気分の落ち込みや意 (Table 1) 。物忘れが気になるかどうかなど,若 欲低下が語られることは少ない。また,若年発症 年のうつを対象とした質問紙とは異なる質問項目 Table 1 老年うつ病スケール(Geriatric Depression Scale: GDS) 1. 自分の生活に満足していますか。 * 2. これまでやってきたことや興味があったことの多くを,最近やめてしまいましたか。 * 3. 自分の人生はむなしいものと感じますか。 * 4. 退屈と感じることがありますか。 * 5. 将来に希望がありますか。 6. 頭から離れない考えに悩まされることがありますか。 7. ふだんは気分のよい方ですか。 * 8. 自分に何か悪いことが起るかもしれないという不安がありますか。 * 9. あなたはいつも幸せと感じていますか。 * 10. 自分は無力と感じることがよくありますか。 * 11. 落ち着かずいらいらすることがよくありますか。 12. 外に出て新しい物事をするより,家の中にいる方が好きですか。 * 13. 自分の将来について心配することがよくありますか。 14. ほかの人に比べて記憶力が落ちたと感じますか。 * 15. いま生きていることは素晴らしいことと思いますか。 * 16. 沈んだ気持になったり,憂うつになったりすることがよくありますか。 17. 自分の現在の状態はまったく価値のないものと感じますか。 * 18. 過去のことについて,いろいろと悩んだりしますか。 19. 人生とは,わくわくするような楽しいものと思いますか。 20. いまの自分にはなにか新しい物事を始めることはむずかしいと思いますか。 21. 自分は活力が満ちあふれていると感じますか。 * 22. いまの自分の状況は希望のないものと感じますか。 * 23. ほかの人はあなたより恵まれた生活をしていると思いますか。 * 24. ささいなことで落ち込むことがよくありますか。 25. 泣きたい気持になることがよくありますか。 26. 物事に集中することが困難ですか。 27. 朝,気持ちよく起きることができますか。 28. あなたは,社交的な集まりに参加することを避けるほうですか。 29. あなたは簡単に決断することができるほうですか。 30. 昔と同じくらい頭がさえていますか。 はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ はい/いいえ 太字の回答はうつ症状として加算する。完全版は 11 点以上をうつ状態と判定。 * は短縮版の項目。短縮版では,5 点以上をうつ傾向あり,11 点以上で明らかなうつ状態と判定する。 17 特別論文 者では自殺既遂率が高いことが報告されている。 高齢者のケアと行動科学 特別号 2011 第 16 巻 が含まれている。完全版は 30 項目からなり,15 うになるなど日常生活機能の低下としても観察さ 項目あるいは 5 項目の短縮版も作成されている。 れる。せん妄は入所時など環境が変化した時に生 集中力や理解力が低下している場合は短縮版が使 じやすいことから,入所時に普段の様子について いやすい。30 項目と 15 項目版は共に 11 点以上 十分情報収集しておく必要がある。錯視や幻視な でうつ状態とされている(笠原・加田・柳川, どの知覚の異常は感覚刺激が少なくなり,意識レ 1995) 。 ベルも低下する夜間に多くみられる。知覚の異常 認知症があり言語的コミュニケーションに障害 に伴って妄想がみられることもあるが,断片的で がある場合,うつの診断はより難しくなる。しか 被害的な色彩を伴うものが多い。せん妄に対する しながら,認知症は,うつ病を合併することで, 薬物療法では,薬物の効果は主に夜間の行動で判 実際の重症度以上に生活機能が低下してしまうこ 断するため,夜間帯の記録が非常に重要である。 と(過剰障害)があり,認知症の重症度に関わら 薬剤を何時に投与して,どのような行動がみられ ず常にうつを念頭に置いてアセスメントしていく たのかをアセスメントすると共に正確に記録して 必要がある。若年者のうつで診断の根拠となる抑 おくことが重要である。 うつ気分や興味喜びの消失は言語的能力の低下が せん妄の評価尺度として,Delirium rating scale ある場合は確認が困難である。そこで,社会的交 (DRS)や Japanese version of Memorial Delirium 流やいつもの活動に反応して表出される興味や喜 Assessment Scale(MDAS) (一瀬・土井・中村・ び,社会的ひきこもりや孤立といった他者から評 中川・大嶋,1995)などがあるのでこれらの評価 価可能な症状に注目してアセスメントする必要が 尺度を利用して経時的変化を評価するのも有効で あ る( 成 本・ 松 岡・ 岡 村・ 柴 田・ 中 村 ほ か, あると思われる。MDAS は,意識障害,見当識 2010) 。 障害,短期記憶障害,順唱と逆唱の障害,注意の 集中と注意の転換の障害,思考障害,知覚障害, 1–3 せん妄 せん妄がもっともよくみられるのは急性期の治 妄想,精神運動抑制もしくは精神運動興奮,睡眠 覚醒リズムの障害の 10 項目で構成されており, 療を行なっている身体科の病棟であるが,在宅患 各項目を 0:なし,1:軽度,2:中等度,3:重 者や介護施設の入所者にもみられることがある。 度で評価し,30 点満点中 10 点がカットオフ値と 急性期治療の病院においては,転倒による骨折や なっている。MDAS は,せん妄の重症度を迅速 点滴の抜管などの原因となり,医療安全の観点か かつ連続的に評価することを目的に作成されてい ら重要である。また,せん妄の背景には身体疾患 るため,経時的変化を評価するのに適している。 が隠れていることも多く,せん妄が唯一の症状で あることもある。せん妄は治療により改善するこ とも多く,それも早期に介入すると改善しやすい 1–4 BPSD BPSD は中核症状や生活機能の低下と並んで, ことから,兆候に早く気づくことが重要である。 対処が必要な重要な症状である。介護者や患者本 せん妄は,意識の清明度が変化し,不安や幻視 人の QOL を下げる原因となり,介護福祉従事者 などの精神症状を伴う状態である。意識の微妙な にとっても対応が難しい(佐藤・長田,2007)。 変化を捉えるには,継続的な観察が必要で,勤務 また,介護者教育や環境調整などの非薬物的介入 帯毎の違いが重要な情報になる。また,ぼんやり や薬物的介入によって改善が期待できることから, していたり,眠そうにしていたりするといった変 適切にアセスメントして介入に結び付ける必要が 化以外に,普段と違ってイライラした様子がみら ある。さらには,介入の効果を判定するために, れるなどの感情の変化や,急に排泄を失敗するよ 継続的にアセスメントすることが重要である。 18 加 藤・武 田・成 本:高齢者ケアにおけるアセスメント:精神的側面 項目数が多く,妄想と幻覚に関する項目が充実し ている点が特徴である。このような症状評価尺度 先入観を交えず具体的に記録することが重要であ は BPSD をもれなく評価することができ,また る。「不穏」 「興奮」といった用語は様々な行動に それによって家族に対して現在ない症状であって 対して用いられることから,あいまいで介入を考 も今後出現する可能性があることを教育すること えるにあたってあまり役に立たない。 「着替えさ ができる利点がある。質問されないと家族は精神 せようとすると手を振り払い,大声で叫んだ」や 症状を性格と考えて症状と捉えていなかったりす 「テーブルをコップでコツコツと叩き続けている」 ることもある。また,治療的介入の効果判定にも といった具体的な表現が望ましい。その上で,そ の行動がどのような症状にあたるのかを考察する。 点数化して重症度を評価できる尺度は有用である。 上記の包括的な BPSD 尺度以外に,臨床上特 また,併せてその症状が出現する時間帯や頻度, に問題となる興奮に特化した評価尺度が開発され 前後の状況なども記録しておくと介入に役立つ情 ている。代表的なものとしては,Cohen Mans- 報が得られる。本学会が取り組んでいる新 ACS field Agitation Index(CMAI) (Cohen–Mansfield, ではこのような観察と記録法について試行錯誤を Mark, & Rosenthal, 1989)と Agitation Behavior 続けており,将来的には研究だけでなく日常介護 in Dementia Scale(ABID) (Table 2) (Torii, Na- でも利用可能な簡便な手法が開発されることが期 kaaki, Banno, Murata, Sato et al., in press)があ 待される。行動の評価,記録とそれをもとにした る。これらの尺度は,興奮に対して介入する際の 行動的介入のより詳しい説明については参考図書 効果判定を目的に開発されており,いずれも日本 (宮,2011)を参照されたい。 語版の妥当性が検証されている。 一方で,包括的に症状を評価したり,点数化し て変化をみたりする際には評価尺度が用いられる。 【症例提示】 BPSD を 評 価 す る 尺 度 と し て 代 表 的 な も の に 症例提示にあたっては,個人情報の観点から考 Neuropsychiatric Inventory(NPI) (Cummings, 察に支障をきたさない程度に内容を一部変更して Mega, Gray, Rosenberg–Thompson, Carusi et al., いる。 1994)がある。これは,認知症でよく見られる精 神症状 12 項目(妄想,幻覚,興奮,うつ,不安, 症例 1–1 認知症に合併したうつ 多幸,無関心,脱抑制,易刺激性,異常行動,睡 76 歳,女性 アルツハイマー病 眠,食行動)について,介護者からの情報を通じ 物忘れと日付けがわからなくなったということ て重症度(3 段階)と頻度(4 段階)を評価し,そ で 8 年前に受診しアルツハイマー病の診断を受け の積を計算するものである。日本版は博野・森・ ている。ドネペジルの投与を受けていたものの 池尻・今村・下村ほか(1997)によって作成され 徐々に進行し,4 年前には独居の継続が困難とな ており,ウェブサイト(http://www.ne.jp/asahi/ ってグループホームに入所した。時々トイレを失 npi/japanese/index.htm)からダウンロードが可 敗することがあり,服は自分で選んで着ることが 能である。現在では,介護施設入所者を対象とし できず介助のもと更衣している。2 週間前から, たバージョン(繁信・博野・田伏・池田,2008) それまでは毎日参加していたレクリエーションに も開発されており,同様にダウンロードして使用 出てこなくなったという。また,腰痛を訴えて入 することができる。また,もう一つの BPSD を 浴を断ることが増え,食事の量も少なくなってき 評価する尺度として BEHAVE–AD(朝田・本間・ たということで施設職員に付き添われて受診した。 木村・宇野,1999)があり,こちらは 25 項目と 本人を診察して気分の落ち込みや意欲の低下を尋 19 特別論文 まず,対象者に何らかの生活上や介護上問題と なる行動がみられた場合,その行動をできるだけ 高齢者のケアと行動科学 特別号 2011 第 16 巻 Table 2 Agitated Behavior in Dementia Scale(Torii et al., in press より改変) 表2 Agitated Behavior in Dementia Scale (Torii et al., in press より改変) 施行手順:以下のリストは人々/患者様が時々抱える問題のリストです。これらの問題のい ずれかが過去 2 週間以内に起きたならば,教えてください。 もしそうならば,問題が起きたとき,それがどの程度あなたを悩ませたり,動揺させまし たか?問題の頻度とそれへのあなたの反応に関して以下の 5 段階または 6 段階の評価を用 いてください。数字の意味を注意深く読んでください。 問題行動の頻度の評価 介護者の反応の評価 0=その週に問題行動は生じなかった 1=その週で 1~2 回 問題行動は生じた 2=その週で 3~6 回 問題行動は生じた 3=毎日またはそれ以上の頻度で問題行動 を生じた 9=わからない/当てはまらない 0=まったく動揺しなかった 1=少しは動揺した 2=中程度に動揺した 3=大変動揺した 4=大変ひどく動揺した 9=わからない/当てはまらない 1. 他の人に対して,言葉により威嚇あるいは攻撃的であった 2. 他の人に対して,肉体的に威嚇あるいは攻撃的であった 3. 患者自身を傷つけた(例:噛み付いたり,つねったりする) 4. 不適切に大声をあげたり,叫んだりする 5. ものを壊す 6. 適切な援助を受けることを拒む(例:身の回りの世話) 7. 不適切に自宅から出ようとしたり,出かけてしまう 8. 言い争う,怒りっぽい,文句をいう 9. 社会的に不適切な振る舞い(例:大声で攻撃的な話し方をする) 10. 不適切な性的な振る舞い(例:過剰なほど性的にせまる,公の場での性的な振る舞い) 11. 落ち着きがない,そわそわする,じっと座っていられない 12. 心配する,不安がる,恐れる 13. 容易に興奮したり,いらいらする 14. 夜中に目覚めて,起きる(トイレに行く以外で) 15. 患者を苦しませる,誤った信念や妄想(例:誰かに脅かされている,あるいは傷つけら れている) 16. 実際には存在しない人々や物事を見たり,聞いたり,感じたりしてそれに苦しんだり する(例:家の中に見知らぬ男がいる,壁を虫が這っていたりする;幻覚) 実際の用紙は http://researchmap.jp/muym3t1kn-56600/#_56600 からダウンロード可能 実際の用紙は http://researchmap.jp/muym3t1kn–56600/#_56600 からダウンロード可能 20 21 / 25 加 藤・武 田・成 本:高齢者ケアにおけるアセスメント:精神的側面 索のため頭部 CT を撮像したところ,右前頭葉の 答するのみであった。認知症に伴う言語的コミュ 硬膜下血腫がみられた。このため,脳外科受診と ニケーション能力の低下があり抑うつ気分は言語 し即日血腫の除去手術が行われた。 的に表出されないものの,背景にうつが存在する 可能性を考慮して抗うつ薬(セルトラリン)の投 【解説】 与を開始した。腰痛について整形外科を受診した せん妄は認知症の人だけでなく高齢者全般でよ が,陳旧性の腰椎圧迫骨折はあるものの最近の変 くみられる病態である。もともと認知機能が低下 化はみられないという診察結果であった。抗うつ している場合に特に診断が難しい。今回の症例の 薬の投与 2 週後から,再びレクリエーションに参 ようにはっきりした麻痺などの身体機能の変化は 加するようになり,腰痛の訴えも消失した。 みられず,せん妄状態が脳梗塞や慢性硬膜下血腫 の唯一の症状である場合があり注意が必要である。 【解説】 本文でも触れたように認知症患者においては抑 普段の状態をよく把握しておき,そこからの変化 を捉えることが重要である。 うつ気分や意欲低下が本人の口から語られること は少なく,行動面の変化をアセスメントしてうつ 症例 1–3 BPSD に対する薬物療法 を診断する必要がある。身体的な訴えだけが増え 82 歳,女性 アルツハイマー病 る仮面うつ様の状態を呈することも多いが,いく 8 年前に物忘れで発症。近時記憶の障害,見当 つもの身体疾患を合併している場合,うつによる 識障害は徐々に進行し,3 年前からデイサービス 訴えか身体疾患の悪化かを見分けることはしばし とショートステイを併用して在宅介護を継続して ば困難である。その場合,抗うつ薬を投与してみ いる。1 年前からは言語的なコミュニケーション て治療的に診断することもある。 はほとんど図れなくなった。ドネペジルが過去に 投与されたことはあるが興奮が強まったというこ 症例 1–2 せん妄 とで中止されている。夜間落ち着かず歩き回って 83 歳,男性 血管性認知症 なかなか布団に入ろうとしなかったり,自分の太 70 歳代後半から数回脳梗塞を発症しており, ももを皮下出血ができるほど力いっぱい叩いたり, 右不全片麻痺が後遺症として残っている。MRI 介護者を叩くこともあるということで受診した。 では基底核に多発性のラクナ梗塞がみられ,前頭 介護者の対応については,すでに施設職員と相談 葉皮質下白質にも T2 強調画像にて高信号領域を しながらよく工夫されていたため,加えて薬物療 みとめる。80 歳から自立して生活することが困 法(メマンチン)を開始することとした。しかし 難となり介護施設に入所している。普段あまりレ ながら,開始後すぐに興奮が強まったということ クリエーションには参加せず,一日車いすでぼん で家族が投薬を中止して再度受診した。家族から やりとしていることが多いが,食事はスプーンを の中止の希望が強かったため,一旦中止して 2 週 使って一部介助でとっていた。3 日前から食事を 間様子をみることとした。また,その際同時に夜 とらなくなり,入浴の介助をしようとすると怒り 間の行動の回数や介護者への暴力など,観察のポ 出して暴力をふるうようになったということで受 イントを指導して記録するよう求めた。その結果, 診した。診察時,車いすで眠り込んでおり,声か 薬剤の中止後も夜間の行動や介護者への暴力の頻 けにてようやく少し目を開く。日時に加えて,自 度は減少しないことが確認されたため,薬剤とは 分がどこに連れて来られているかも把握できてい 無関係であった可能性が考えられた。そこで,薬 ない状態であった。せん妄状態と判断して原因検 剤の服用を再開することとした。 21 特別論文 ねるも, 「かわりありません」 「大丈夫です」と返 高齢者のケアと行動科学 特別号 2011 第 16 巻 度の防衛や破局反応を引き起こさせることなく患 【解説】 BPSD のアセスメントは介入方法の決定の時だ けでなく,介入の開始後も継続して行うことが重 者が受け入れやすいこと,④教育や文化などの影 響を受けにくいことである。 要である。本症例では,薬剤の投与後興奮が強ま 加えて,認知機能評価の結果を正しく捉えるた ったという家族の印象があり,一旦は中止を余儀 めには,症状のみならず本人についての背景情報 なくされた。一般に,薬剤を投与した際には介護 を事前に得ておくことが重要である。留意すべき 者の患者への注目が高まり,普段気付かなかった 点としては,利き手,職業歴,教育水準,家庭環 ような症状を見つけたり,症状出現の頻度が増加 境,病前性格,疾病既往,投薬歴などが挙げられ したように感じられたりすることがある。このよ る。 うなことを避けるには,観察しやすい症状にター また,注意機能はあらゆる認知機能の根幹をな ゲットを絞って,投与前のベースラインと投与後 すため,認知機能評価を導入する場面で注意障害 の記録をとっておくとよい。 の有無や程度を把握しておかねばならない。注意 障害が同定されていないと認知機能評価の結果が 2. 認知機能評価 2–1 はじめに 誤って解釈されてしまう可能性がある。通常,注 意障害は意識(覚醒)レベルの低下として観察さ れうる。さらに,疲労度や抑うつ気分,感情失禁, 認知機能の評価が求められるのは,家族や本人 破局反応,無関心といった感情,情動面も認知機 から物忘れや生活機能の低下の訴えがあった場合 能評価の結果に影響を与える。こうした情動面の 以外に,入所時でベースラインの状態を評価した 把握は認知機能評価の導入後も重要な観察視点で い場合,検査や治療の説明が理解できず,認知機 ある。 能低下が疑われる場合,成年後見制度利用のため の診断書に際してなど様々である。 経過に伴う認知機能の変化を捉えていくことも 大事な点である。最初の一度きりの評価のみでは, 認知症の原因疾患の中には早期発見・早期治療 診断が不明確な可能性があるかもしれない。経過 によって治療可能な場合や,認知症の進行を和ら 観察の過程を通じて,繰り返し認知機能評価を行 げることが可能な場合があるため,高齢者の認知 うことも臨床的には重要であろう。 機能の把握は重要であり,早急な原因疾患の診断 以上をふまえて,現在までに広く使用されてい と治療につなげていくことが欠かせない。さらに る代表的なスクリーニング検査をいくつか紹介す は,認知機能障害のパターンから日常のケアへの る。Mini–Mental State Examination(MMSE) ヒントが得られることもあり,本項では,認知機 (Folstein, Folstein & McHugh, 1975)は,ベッド 能検査がどのような手法で行われるかを概説した サイドにおける全般的な認知機能評価の目的で作 上で,症例を取り上げて検査結果からどのような 成され,国際的にも広く用いられている。改訂版 日常のケアへの提言が可能かを紹介した。 長谷川式簡易知能評価スケール(Hasegawa Dementia Scale–Revised; HDS–R) (加藤・下垣・小 2–2 スクリーニング まず認知機能の評価が求められた場合にはスク リーニング検査が実施される。認知機能のスクリ 野寺・植田・老川ほか,1991)は,一般の高齢者 の中から認知症の個人を判別する目的で,我が国 で開発された代表的なスクリーニング検査である。 ーニング検査として必要な条件は大きく分けて 4 それぞれカットオフ値が設定されており つある。①感度と特異度が高いこと,②広範囲の (MMSE: 24/25 点,HDS–R: 19/20 点),認知機能 認知機能を把握できること,③施行が簡便で,過 を評価する上での基準となる。ただし,カットオ 22 加 藤・武 田・成 本:高齢者ケアにおけるアセスメント:精神的側面 能の把握に特化した神経心理検査を併用する必要 失点が高い場合は注意すべきであり,総得点のみ がある。これらの検査は通常,神経心理学的評価 で判断することなく,失点箇所や誤反応の生じ方 に精通した専門職が行うが,それ以外の職種であ にも留意することが重要である。また,MMSE っても,それぞれの検査が評価している内容につ と HDS–R は言語性検査の比重が高く,Alzheim- いて知っておくと連携にあたって役立つと考え次 er’ s Disease(AD)で低下が問題となる遂行機能 項で解説した。 や視空間認知能力の障害は反映されにくい。加え て,教育歴や年齢の影響を受けやすい点も注意が 必要である。よって,それぞれ Clock Drawing 2–3 各認知機能の評価法 言語機能の評価には,自発話の障害(喚語困難, Test(CDT)を併用することでスクリーニング検 迂遠な言語表現,単語の置き換え,流暢性など), 査としての有用性が高まると考えられている。 呼称,復唱,理解,読み,書字について把握する CDT は指定された時刻の時計を描画させる課題 ことが求められる。ここで何らかの特定の機能障 であり,評価は時計の描画の構成や指示された時 害が疑われた場合には,標準失語症検査(Stan- 刻を示すことができているかといった点から行わ dard Language Test of Aphasia; SLTA) (日本高 れる。CDT の実施には教示に基づく描画課題と 次 脳 機 能 障 害 学 会( 旧 日 本 失 語 症 学 会 )Brain 時計の絵の模写課題がある。前者の描画課題には Function Test 委員会,2003)や Western Apha- 白紙に時計の外円,数字,針を描画する方法(白 sia Battery(WAB) (失語症検査 WAB 失語症検 紙法)と,外円をあらかじめ提示した上で数字と 査日本語版作成委員会(代表 杉下守弘),1986) 針を描画する方法(外円法)がある。施行が簡便 といった,より詳細な失語症検査の導入が検討さ ながら,描画に必要な視空間認知能力,教示を覚 れる。 えるための記銘力,計画的な描画の方略に要する 記憶機能の評価では,いくつかの単語リストを プランニング能力など広範囲の認知機能を捉える 覚えて数分後に再生してもらうといった簡単に即 ことができる。(成本・北林・福居,2006) 時記憶を捉えるものが代表的である。Rey Audi- さらに, 最近では集団認知検査としてファイブ・ tory Verbal Learning Test(RAVLT) (Lezak, コグ(矢冨,2006)が開発されている。これは, 1995)は単語リスト再生をより詳細に体系化した 記憶,学習,注意,言語,視空間認知,思考の 5 検査であり,即時記憶容量,学習効果の程度,前 つの認知領域の機能を測定するものであり,加齢 方干渉と後方干渉,作話傾向,時間的順序の影響, 関 連 認 知 的 低 下(Aging–Associated Cognitive 再認と自由再生の差異などを評価することができ Decline; AACD)のスクリーニングを狙いとして る。 また, Wechsler Memory Scale–Revised(WMS– いる。年齢や教育年数を調整した標準化得点を算 R) (杉下,2001)は言語性記憶と視覚性記憶の両 出することができる唯一のスクリーニング検査で 者を総合的に評価することができる。さらに,近 ある。また,集団認知検査のメリットとして,短 い将来の予定されたことに対する記憶(展望記 期間に多くの高齢者の評価が必要である場合や, 憶)は日常生活を営む上で重要となる。リバーミ 認知機能の評価にコストがかけられない場合に有 ード行動記憶検査(原・綿森,1992)は展望記憶 用な点が挙げられる。 を捉える課題が含まれており,具体的な生活場面 これらのスクリーニング検査によって全般的な 認知機能を評価することが可能であるが,さらに 詳しく認知機能を捉えていく必要がある場合には, 言語,記憶,視空間認知,遂行機能など各認知機 での介入法を考える上でより有用な情報が得られ やすい。 視空間認知機能の評価では,2 つの交差した五 角形,立方体などの模写,上述した CDT がよく 23 特別論文 フ値以上の点数であっても特定の下位検査のみで 高齢者のケアと行動科学 特別号 2011 第 16 巻 用いられる。なお,Alzheimer’ s Disease Assessment Scale(ADAS–J cog) (本間・福沢・塚田・ 石井・長谷川ほか,1992)は AD の経過観察のた めに開発されたものであるが,記憶,言語,行為・ 構成能力について捉えることができ,スクリーニ ング検査としても有用である。 また,遂行機能は計画性および自発性の低下, 認知・行動の転換障害,行動の維持困難もしくは ADAS-J cog.(立方体模写) CDT(白紙法) 修正困難など様々な要素の障害を把握することが 求められる。遂行機能を評価する定量的な検査と し て 代 表 的 な も の に Wisconsin Card Sorting Test(WCST) ( 鹿 島・ 加 藤,1993) ,Modified Stroop Test,Trail Making Test(TMT)などが 挙げられる。 【症例提示】 CDT(外円法) 症例 2–1 76 歳,女性 アルツハイマー病 【主訴】 CDT(模写) Figure 1 症例 2–1 の立方体模写と CDT 物忘れを友人から指摘された。 【画像所見】 の中心位置が盤面内の上部に偏倚していることな 頭部 MRI では海馬の軽度萎縮と右基底核のラク どが挙げられる。また,CDT(白紙法)の構成内 ナが認められる。 容が乏しく数字が欠如したり,針の配置に迷って 【神経心理検査(Figure 1) 】 かなりの時間を要したり(数字の 2 が 10 分を示 MMSE は 25 点,ADAS–J cog. は 10.0 点であり, すといった時刻の概念の曖昧さがうかがえる)と 数値としては認知機能障害の低下を疑うか否かの 十分に課題を完了できていないことからは,遂行 境界域となった。ただし,下位項目の結果をふま 機能障害も示唆される。CDT(外円法)で一度改 えると,ワーキングメモリーや聴覚的短期記銘力 善した数字の欠如が,次の課題の CDT(模写) などの記憶機能の低下,視空間認知機能の低下, で再度生じていることからは,不注意や分配性注 分配性注意や持続性注意力など注意機能の低下, 意の問題も考えられる。ADAS–J cog.〈単語再認〉 遂行機能障害が示唆された。 の第 3 施行では正解数が減少した反面,虚再認数 記憶機能の問題に関すると,MMSE〈Serial 7’ が生じた。この課題がテスト・バッテリーの後半 s〉では「93,90」と回答し第 2 段階で誤答となり, に実施されたことも考慮すると,疲労の蓄積によ その後の減算を行えなかったこと,ADAS–J cog. り持続性注意力の低下を招きやすいことが考えら の〈単語再生〉での失点が 5.3 点(正解数① 3, れる。 ② 5, ③ 6)と比較的高いことや, 〈口頭命令〉で 4 ただし,単語の記憶に際して練習効果が認めら 文節から成る複雑な指示が与えられると遂行でき れることや,立方体模写で試行錯誤しながら 3 回 なかったことなどが挙げられる。視空間認知機能 にわたり模写に取り組んだり, 〈単語再生〉で 3 に関すると,立方体模写での失敗や,CDT(外円 施行とも 10 単語全てを回答しようとしたりと意 法)で数字が等間隔に配置できていないこと,針 欲的な取り組みがうかがえることは望ましい点で 24 加 藤・武 田・成 本:高齢者ケアにおけるアセスメント:精神的側面 特別論文 ある。周囲の関わり方やケアのポイントを考える 上で,こうした肯定的な側面は積極的に評価して いくことが大切であろう。 【ケアへの提言】 ◦記憶機能障害:用件を伝える際にはできるだけ 短く簡潔にまとめ,覚える必要のある事柄はメ モやチェックリストなどを活用して確認できる ようにする。 ◦遂行機能障害:同時に複数の作業をこなすのは ADAS-J cog.(立方体模写) ADAS-J cog.(立方体模写) CDT (白紙法) CDT(白紙法) できるだけ控え,取り組む対象を絞って一つず つ着実に取り組む。手続き記憶として習得され ている慣れ親しんだ作業に導入することで混乱 を緩和することも期待できる。 ◦疲労の蓄積によって持続性注意力の低下を招き やすい:一度に取り組む作業の量や時間を設定 して負担にならないよう配慮する。適度な休憩 をはさんでめりはりをつける。本人の作業ペー スに合わせた関わりを行う。 図2 ◦意欲的な取り組みができる:興味関心が喚起さ れる活動を通し,保持されている能力を十分に CDT (外円法) CDT (外円法) CDT (模写) CDT (模写) Figure 2 症例 2–2 の立方体模写と CDT 症例 2-2 の立方体模写と CDT 【神経心理検査(Figure 2)】 MMSE は 26 点,ADAS–J cog. は 8.4 点である。 活用することで日常生活でも意欲の高さを維持 下位検査をみていくと,単語や文章の記銘課題で していく。やや努力して到達できる目標や活動 は目立った失点は見られなかった。図形の模写課 に導入することで,達成感を得たり自信を高め 題でも問題がなく,CDT の全施行でも構成が整 たりする関わり方も有効な可能性がある。 った時計を描画し,数字の配置で「12,6,3,9」 【経過】 上記の検査結果と経過をふまえアルツハイマー 病と診断して塩酸ドネペジルの投与を開始。併せ て,本人には上記の提言をもとに生活面のアドバ の主要な 4 つの数字を計画的に先に定位すること が見られた。以上のことから,記憶機能,視空間 23 / 25 認知機能や注意,遂行機能など全般的な認知機能 は保持されていると考えられる。 イスを行い,保持されている能力をできるだけ活 検査を通して課題に答えられないと泣き出しそ 用することで,廃用性に認知機能が低下しないよ うな表情で「どうしよう」と何度も繰り返し発言 うな生活を送れるようサポートを続けている。 することや,模写した図形の些細な歪みを嘆いて 失敗に対する不安を訴えることが散見された。不 症例 2–2 81 歳,女性 軽度認知障害 【主訴】 うつ病にて通院中。本人が心配して物忘れの精査 を希望。 【画像所見】 頭部 MRI にて深部白質の虚血性変化が散見され 安が高く,些細な誤りに対して過度に反応し,自 信の低下をまねきやすいと考えられる。MMSE 〈Serial 7’ s〉で「93,86,71」と第 3 段階で失敗 している背景には,検査に対する不安が高いあま り,心的負荷のかかる課題で一時的に破局反応を きたしたと考えられる。 るのみで,脳萎縮は認められない。 25 高齢者のケアと行動科学 特別号 2011 第 16 巻 【ケアへの提言】 ◦物忘れや失敗に対する不安の高さ:支持的な対 応が重要である。誤りが生じた場合には間違い を指摘するよりも,周囲がそれとなく方向修正 を図って本人が間違えたという認識を抱きにく MMSE(図形模写) MMSE (図形模写) いようにしたり,本人が理解している点を支持 cog.(円の模写) ADAS-JADAS-J cog.(円の模写) することで安心感を持てるように対応したりす ることが考えられる。周囲に負担をかけている と寂寥感を抱いている場合には,本人ができる 範囲のことに取り組んでもらい,役割意識を持 ってもらうことも大事である。役割をこなし, 周囲から賞賛の言葉を受ける機会があると自尊 心の向上につながりやすい。 ADAS-J (立方体模写) ADAS-Jcog. cog.(立方体模写) ◦新奇場面に対する脆弱さ:スモールステップに よって初回の取り組みにおける心的負荷を軽減 し,徐々に活動内容の負荷を高めていくよう配 慮することが効果的かもしれない。 【経過】 本人からの物忘れの訴えは強いものの,介護者 である娘はとくに変化を認識していない。臨床症 状や上記の検査結果からアルツハイマー病を含め CDT (白紙法) CDT(白紙法) 図3 CDT (外円法) CDT(外円法) CDT (模写) CDT (模写) 症例 2-3 の構成課題と CDT Figure 3 症例 2–3 の構成課題と CDT た変性疾患の可能性は低いと考えられ,不安の高 さについて,従来服薬していた抗うつ薬,抗不安 いていることや,CDT(外円法)で時計の数字を 24 / 25 薬を継続するのみにとどまった。環境調整として, 書きながら「1 月,2 月…」と月名を呼称する特 デイサービスの導入により日常生活での孤独感を 徴 的 な 反 応 が み ら れ た。CDT の 後 に 施 行 し た 軽減することも検討されている。 ADAS–J cog. の円の模写では,円の中に数字の 12 を定位するといった CDT の保続反応も認めら 症例 2–3 79 歳,男性 脳出血後遺症 【主訴】 れる。検査場面では教示をさえぎって一方的に話 し出したり,1 度では教示を理解することができ 家にひきこもり畑に行かなくなった。テレビにも ず何度も再教示を要したりという行動がみられる。 興味がなくなった。 (妻) これらの点から,前頭葉性の脱抑制傾向や,周囲 【既往歴】 50 歳代にくも膜下出血。 【画像所見】 の刺激によって注意の転導性が亢進しやすいこと が示唆される。 また,MMSE〈直後再生〉と〈遅延再生〉で 1 左下前頭回から上前頭回にかけて CT で低吸収域 単語のみ正答,ADAS–J cog.〈単語再生〉で 7.7 が広がっている。 点(正解数① 1,② 3,③ 3)と単語の再生課題で 【神経心理検査(Figure 3) 】 はごくわずかしか想起することができず,MMSE MMSE は 11 点,ADAS–J cog. は 21.7 点である。 〈復唱〉や ADAS–J cog.〈口頭命令〉で 3,4 文 CDT(白紙法)で時計の描画ができず人の顔を描 26 節から成る複雑な言語指示を保持することは困難 加 藤・武 田・成 本:高齢者ケアにおけるアセスメント:精神的側面 過小評価してしまうこともあるため,本人の不利 であることや,構成課題での失敗も散見されるこ 益とならないように肯定的な側面を丁寧にフィー とから,全般的な認知機能も低下していることが ドバックしていくことが望ましいと考えられる。 考えられる。 ただし,CDT では,時計の盤面の補助や見本 【文献】 が提示されることで構成内容が改善していること 朝田隆・本間昭・木村通宏・宇野正威 1999 日 から,視覚的補助の提示が有効な可能性がある。 本語版 BEHAVE–AD の信頼性について 老年 【ケアへの提言】 精神医学雑誌,10,825–834. ◦注意の転導性や干渉刺激に対する易影響性:周 Cohen–Mansfield, J., Mark, M. S., & Rosenthal, A. 囲の余分な聴覚刺激,視覚刺激をできるだけ和 S. 1989 A Description of Agitation in a Nurs- らげ,目的とする対象に注意を向けやすいよう ing Home. Journal of Gerontology, 44, 77–84. 環境調整を行う。注意を喚起してから,活動へ Cummings, J. L., Mega, M., Gray, K., Rosenberg– の促しや言語指示を行う。 Thompson, S., Carusi, D. A., & Gornbein, J. ◦完成モデルが予想できない自由度の高い作業よ 1994 The neuropsychiatric inventory: Compre- りも,見本を提示するなど目標とする外的指標 hensive assessment of psychopathology in de- を取り入れることで,活動への取り組みがスム mentia. Neurology, 44, 2308–2314. ーズになる可能性がある。 【経過】 くも膜下出血の術後は後遺症を残さず回復し, Folstein, M. F., Folstein, S. E. & McHugh, P. R. 1975 Mini–Mental State; a practical method for grading the cognitive state of patients for 日常生活は問題なく過ごしていたが,半年前から the clinician. Journal of Psychiatric Research, 寝てばかりいることが目立ってきたという背景が 12, 189–198. ある。画像所見や認知機能評価などを総合すると, 笠原洋勇・加田博秀・柳川裕紀子 1995 老年精 左前頭側頭葉の機能低下を右前頭葉など他の領域 神医学領域で用いられる測度 うつ状態を評価 が補完していたものの,加齢とともに補いきれず するための測度(1) 老年精神医学雑誌,6, に前頭葉機能障害が顕著になってきたと考えられ 757–766. る。介護者である妻に,具体的な指示や促しがあ 鹿島晴雄・加藤元一郎 1993 Wisconsin Card Sort- れば活動に従事することが可能であることを伝え ing Test(Keio Version);KWCST.脳と精神 た。その後の受診で,妻が積極的にスケジュール の医学,6,209–216. を組んで指示することで活動性が高まったことが 加藤伸司・下垣光・小野寺敦志・植田宏樹・老川 報告された。また,デイサービスに参加するよう 賢三・池田一彦・小坂敦二・今井幸充・長谷川 になり,そこでも指示があれば作業に従事できて 和夫 1991 改訂長谷川式簡易知能評価スケール いるとのことであった。 (HDS–R)の作成.老年精神医学雑誌 2,1339– 1347. 以上,症例を通して認知機能評価とそれらの結 Lezak, M. D. 1995 Neuropsychological assess- 果から考えられるケアへの提言について解説した。 ment 3rd ed. Oxford University Press, New ケアへの提言を考える際には,本人の興味関心や York. 普段の対人接触の頻度や検査場面での対人行動の 原寛美・綿森淑子 1992 リバーミード行動記憶検 様子なども加味して評価することが必要である。 査を用いた記憶障害患者の評価.リハビリテー また,認知症と聞くと家族や周囲が患者の能力を ション医学,33,861–862. 27 特別論文 であった。時間と場所に関する見当識障害も顕著 高齢者のケアと行動科学 特別号 2011 第 16 巻 博野信次・森悦朗・池尻義隆・今村徹・下村辰雄・ 栗山進一・鈴木修治・粟田主一・辻一郎 2010 橋 本 衛・ 山 下 光・ 池 田 学 1997 日 本 語 版 うつ状態と介護保険要支援・要介護リスクとの Neuropsychiatric Inventory ─痴呆の精神症状 関連 鶴ヶ谷プロジェクト 日本公衆衛生雑誌, 評価法の有用性の検討─ 脳と神経,49,266– 57,538–549. 271. Oyama, H., Sakashita, T., Hojo, K., Ono, Y., Wata- 本間昭・福沢一吉・塚田良雄 ・石井徹郎・長谷 nabe, N., Takizawa, T., Sakamoto, S., Takiza- 川和夫・Mohs, R. C. 1992 Alzheimer’ s disease wa, S., Tasaki, H. & Tanaka, E. 2010 A com- assessment scale(ADAS)日本版の作成.老 munity–based survey and screening for 年精神医学雑誌,3,647–655. depression in the elderly: the short–term effect 一瀬邦弘・土井永史・中村満・中川誠秀・大嶋明 彦 1995 せん妄を評価するための測度 老年 精神医学雑誌,6,1279–1285. Matsuoka, Y., Miyake, Y., Arakaki, H., Tanaka, K., Saeki, T. & Yamawaki, S. 2001 Clinical utility and validation of the Japanese version of on suicide risk in Japan. Crisis, 31(2),100– 108. 佐藤美和子・長田久雄 認知症の行動・心理症状 (BPSD)リストの作成の試み─介護福祉従事者 の BPSD の理解と対応の実態を通して─ 2007 高齢者のケアと行動科学,13,41–52. Memorial Delirium Assessment Scale in a psy- Schreiner, A. S., Hayakawa, H., Morimoto, T., & chogeriatric inpatient setting. General Hospi- Kakuma, T. 2003 Screening for late life depres- tal Psychiatry, 23, 36–40. sion: cut–off scores for the Geriatric Depres- 宮裕昭(訳) 2011 行動マネージメントの方略 sion Scale and the Cornell Scale for Depres- 成本迅・福居顯二(監訳)介護施設の精神科ハ sion in Dementia among Japanese subjects. ンドブック, 新興医学出版社 pp182–199.(Conn, International Journal of Geriatric Psychiatry, D. K., Herrmann, N., Kaye, A., Rewilak, D. & 18(6),498–505. Shogt, B. 2007 Practical Psychiatry in the 繁信和恵・博野信次・田伏薫・池田学 2008 日 Long–Term Care Home. A Handbook for Staff. 本語版 NPI–NH の妥当性と信頼性の検討 Brain Third Revised and Expanded Edition. 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L., Lum, O., Huang, V., Adey, M., V. O. & Leirer, V. O. 1982 Development and validation of a geriatric depression screening scale: a preliminary report. Journal of Psychiatric Research, 17, 37–49. (受理:2011 年 8 月 18 日) 29 高齢者のケアと行動科学 特別号 2011 第 16 巻 The assessment of mental states and cognitive functions: Psychiatric aspects We consider here how to assess mental states and how to provide better care and treatment to support older people. First, we introduce assessment methods of common psychiatric disorders including depression, delirium, and behavioral and psychological symptoms of dementia (BPSD). Second, we introduce assessment methods of cognitive functions. We describe how to assess mental states through the observation of everyday life and how to use structural scales that are useful for screening and evaluation of treatment outcomes. In terms of cognitive assessment, we describe commonly–used cognitive screening tests and more specific neuropsychological tests that evaluate memory, executive function and visual–spatial functioning, respectively. Furthermore, we present clinical cases to show how to make suggestions about care as a result of cognitive assessment. Since the mental states and cognitive functioning of older people are changeable, we should assess them continuously through both observation of everyday life and structured tests. To do so, a multidisciplinary team approach is essential. Sharing the knowledge of assessment methods makes such collaboration possible. Key words ⇒ psychiatric symptoms, cognitive function, screening Authors KATO Yuka (Department of Psychiatry, Graduate School of Medical Science, Kyoto Prefectural University of Medicine) TAKEDA Keisuke (Ayabe City Hospital) NARUMOTO Jin (Department of Psychiatry, Graduate School of Medical Science, Kyoto Prefectural University of Medicine) 30
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