K09 市販医薬品に基づく drug-likeness (菱化システム)後藤純一(東海大医)○平山令明 はじめに 注目している。 医薬品分子に要求される性質は様々である。医 我々は drug-likeness を表現するために大きく 薬品分子は、その標的分子と結合できる分子構造 分けて二つの方法を、現状では用いている。一つ を持たなければならないが、体内でその分子を標 は、医薬品分子全体の性質を適当な記述子 的分子に効率的に運搬する性質も持たなければ (descriptors)で表現する方法であり、もう一つ ならない。またその分子が体内で代謝された時に、 は医薬品を構成する部分化学構造に基づいて表 毒性のある物質に変化されてはならず、このよう 現する方法である。後者については、本シンポジ な副作用に関係する分子特徴は最小限に抑える ウムにおいて別途発表(1)する。本講演では、前者 必要がある。これ以外にも医薬品分子には実用上 の方法について述べる。 必要な幾つかの性質が要求される。これらの分子 分子構造を表現する種々の descriptors が提唱 要請を予め知っていれば、医薬品の開発は能率的 されている。三次元構造に基づいて計算される に行えるはずであるが、我々はこれらに関してま descriptors も数多く提唱されているが、上述した だ系統的な知識を持っていない。 各種の医薬品分子の性質がどのような三次元構 これらの医薬品に要求される総合的な性質 造と対応するのかを明らかにすることは現実的 (drug-likeness)は、最近になり医薬品開発の現 に非常に難しい。例えば、輸送中の医薬品の三次 場でにわかに注目されるようになった。その背景 元構造と標的分子に結合する場合の三次元構造 には、HTS でスクリーニングされる化合物の多く が異なる可能性も否定できない。そこで今回は、 が、必ずしも良好な医薬品にはなり得ず、その多 こうした問題を回避するために二次元 くの理由が、drug-likeness に関する問題でよる descriptors を用いた。種々の二次元 descriptors ことが分かって来たからである。 が提唱されているが、本研究ではおもにプログラ ム ・ シ ス テ ム MOE ( Molecular Operating 市販医薬品から drug-likeness を求める Environment) (2) に用意されている 103 種の 医薬品に要求される総合的な性質をどのよう descriptors と、我々によって新たに作成された な化合物群から得るかは難しい問題である。市販 22 種の descriptors を用いた。その主な内容は次 の医薬品に比べ遥かに多くの化合物が治験中 で のようである。 あり、このような治験薬も drug-likeness を求め 1. 分子の物理化学的性質 るためのデータとすべきという考えもある。しか 分子量、分子屈折率、logP、ファン・デア・ワー し、実際の医薬品に見られる drug-likeness を求 ルス体積、ファン・デア・ワールス表面積など めることことが我々の目的であるので、現在日本 2. 分子の化学的組成や化学結合 国内で実際に販売されている 1000 種余りの医薬 各元素の含有率、回転可能な結合数、芳香族結合 品分子群から求められる drug-likeness に我々は の数、二重結合の数、三重結合の数など [email protected] 3. 結合のトポロジー drug-likeness を descriptors により表現する方 結合指数(Kier & Hall)、形状指数(Hall)など 4. 距離マトリックス記述子 距離マトリックスから計算される分子形状など 5. 分子のファーマコフォア 水素結合受容体の数、水素結合供与体の数など 法には種々考えられる。Lipinski(4)による rule of five はその一つであるが、この指数だけでは余り に粗く実用的でない点が多い。そこで我々は、上 述 し た 全 て の descriptors を 用 い て 、 drug-likeness を表現することにした。市販医薬 品について全ての descriptors の分布を調べ、そ descriptors から drug-likeness を求める の特徴的な分布が drug-likeness と考えた。特定 各 descriptors が市販医薬品の中でどのように の descriptors 間には相関もあり、冗長性が高い 分布するかを検討することは、drug-likeness を 判定になる可能性が高く、本来各 descriptors に 知る上で極めて重要である。そこで我々は各 適当に重荷をかけて評価すべきであるが、各 descriptors の分布を表示するソフトウェアを作 descriptors 間の相関が複雑になるので今回は無 成した。Crippen(3)による水/オクタノール分配係 視した。市販医薬品における descriptors の特徴 数 の 予 測 値 SlogP の 例 を 図 1 に 示 す 。 こ の 的な分布を求めれば、これをフィルターに用いて descriptors 表示および解析ソフトウェアを用い 一群の医薬品候補化合物から医薬品らしさを持 ることにより、視覚的に有用な descriptors の選 つ化合物を選択できる。我々は、市販医薬品の 択を行うことが可能になった。 descriptors 分布を基に、候補化合物群に対してフ 図1 市販医薬品における SlogP 分布 ィルターリングできるソフトウェアを開発した。 様々である。標的分子の立体構造まで明らかな場 このソフトウェアを用いることにより、さらに特 合もあれば、わずか数種の活性化合物についての 定の活性を持つ医薬品群の drug-likeness を計算 情報があるのみの場合もある。最近では、多様か し、それに用いて化合物群から、その活性を持つ つ膨大な数の化合物を含むライブラリーが販売 と予想される化合物を選択することも可能にな されており、候補化合物の探索に使われることが った。このソフトウェアでは、各 descriptors の 多い。このような膨大な数の化合物ライブラリー 取り得る範囲を用いて、各候補化合物の から候補化合物を探索する上で、drug-likeness drug-likeness を予測することもできる。表 1 に、 を用いることは有用である。 各 descriptors の市販医薬品における分布を示し まず予め与えられた活性化合物群について、先 の descriptors を計算し、その化合物群に特徴的 た。 な descriptors の種類とそれらの取り得る範囲を 表1 特定する。既に述べたように三次元 descriptors 各種 descriptors の分布 の使用が望ましいが、種々の理由からむしろ二次 descriptor* range 元 descriptors を使用する方が、少なくとも第一 Weight 165.236 554.73 SlogP -1.1843 5.2955 descriptors の選択ができたら、次に化合物ライブ SMR 4.336 14.4609 ラリーにある全ての化合物についてこれらの TPSA 12.96 165.15 descriptors を計算する。最後に、活性化合物の density 0.726326 0.99179 descriptors で表現される drug-likeness により、 vdw_area 164.684 497.032 化合物ライブラリーをスクリーニングする。 vdw_vol 180.587 622.558 a_acc 1 7 物ライブラリーからの初期のス クリーニングに a_don 0 4 は非常に有用である。また drug-likeness の定義 a_hyd 6 26 に用いる descriptors を任意に選択、修正するこ KierA1 7.82267 26.293 とが可能であり、またそれらの値を適宜増減する KierA2 3.125 11.8031 ことで、スクリーニングすべき分子群をコントロ KierA3 1.47802 7.32272 ールすることも可能である。 KierFlex 1.68402 8.81841 段階のスクリーニングでは望ましい。特徴的な この手法は、比較的簡単であることから、化合 例えば MOE を使用し我々の系で検証した所、 *Weight:分子量、SlogP:Crippen による logP、SMR: 10 万化合物の descriptors の計算に要する時間は Crippen(3)による分子屈折率、TPSA:Ertl ら(5)によ 1 時間未満であり、そのスクリーニングも 1 時間 る極性表面積、density:分子密度、vdw_area:結合 未満で終了する(Xenon 表を用いて計算した van der Waals 表面積 vdw_vol: 3GB )。計算に用いる descriptors の種類や化合 同 van der Waals 体積、a_acc:水素結合受容原子の 物の数によって、この値は大きく変わると思われ 数、a_don:水素結合供与原子の数、a_hyd:疎水性 るが、いずれにしてもかなり短時間でスクリーニ 原子の数、KierA1、KierA2、KierA3、KierFlex:以 ングが行える。 上 4 個はκ分子形状指数(6) 3.06GHz、メモリー 最後に一つの例について示す。全ての市販医薬 品の descriptors 分布を計算し、その descriptors 市販医薬品の drug-likeness の活用 新しい医薬品の開発研究を始める時の条件は の分布の重心から 85%の化合物をカバーする descriptors の範囲を決める。この範囲は広義の drug-likeness を表現すると考えられる。この たが、例えば抗生物質のようなヒト以外の生物種 descriptors 範囲を用いて、元の市販医薬品のデー に働く化合物の probability は低く、容易に判別 タベースを検索してみる。つまり市販医薬品の中 できる。class は平成 2 年 6 月改定の総務庁編「日 で、多くの医薬品が持つ性質から大きくずれた性 本標準商品分類」に基づく薬効分類番号である。 質を持つ医薬品とは何かを求める。その結果を表 このような考え方で求めた drug-likeness を用い 2に示す。右端の欄(probability)の数字はこの て virtual library をスクリーニングする例を、本 descriptors を用いて定義された医薬品になる確 シンポジウムにおいて別途発表(7)する。 率(drug probability)を示し、理想的には1に なるはずである。この図ではその一部のみを示し drug-likeness 活用の将来 化合物の drug-likeness に関する研究例は、ま 表2 市販医薬品全体から得た drug-likeness か だ非常に少ないのが現状である。drug-likeness ら求められる drug probability の低い医薬品 に関するより定量的な議論をするには、医薬品の probability 作用機構および生体内での動態などの分子レベ name class bleomycin 423 0.30 ルでの詳細な解析が更に必要である。この難問に teicoplanin 611 0.35 取り組む一方、当面は分子の性状を表現する各種 peplomycin 423 0.36 の descriptors と医薬品の生体内での挙動を相関 vancomycin 611 0.39 させ、drug-likeness を求めるいわば定性的な研 micafungin 617 0.39 究を進めることが、現在の医薬品開発を行う上で quinupristin 611 0.44 重要であろう。 lanatoside C 211 0.48 kitasamycin 614 0.48 rifampicin 616 0.48 本研究を行うにあたり、東海大学総合研究機構 FAD 131 0.49 および新エネルギー・産業技術総合開発から援助 josamycin 614 0.49 を得た。ここに記して謝意を表する。 deslanoside 211 0.50 sennoside 235 0.50 References bisbentiamine 312 0.50 (1) 荒井・堀尾・後藤・平山:第 31 回構造活性相関 rokitamycin 614 0.50 シンポジウム、講演番号 KP16(2003) enviomycin 616 0.50 (2) Chemical Computing Group Inc., Motreal,Canada. proglumetacin 114 0.51 (3) Wildman, S.A., Crippen, G.M., J. Chem. Inf. Comput. paclitaxel 424 0.51 Sci. 39, 868-873 (1999). roxithromycin 614 0.51 (4) Lipinski,C.A et al., Advanced Drug Delivery Reviews midecamycin 614 0.51 23,3-25(1997) methyldigoxin 211 0.52 (5) Ertl, P., Rohde, B., Selzer, P., J. Med. Chem. 43, inositol hexanicotinate 217 0.52 3714-3717 (2000). acetylspiramycin 614 0.52 (6) Hall, L.H., Kier, L.B.,Reviews of Computational glucosulfone 623 0.52 Chemistry. 2, 367-422(1991). ivermectin 642 0.52 (7) 堀尾・荒井・後藤・平山:第 31 回構造活性相 謝辞 関シンポジウム、講演番号 KP17(2003)
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