日本における行政訴訟制度の改革と今後の課題 村上裕章(北海道大学) 1 はじめに 本報告の目的は、2004年に行われた行政訴訟改革の概要を紹介し、残された課題を 探ることである。 日本で近代的な意味での行政訴訟制度が成立したのは明治憲法(1889年)の下にお いてである。当時の法制度一般と同様、大陸法、特にドイツ法の影響を強く受け、 「行政裁 判所法」 (1890年)によって行政裁判所制度が導入された。もっとも、行政裁判所は東 京に1箇所設置されたのみであり、一審かつ終審であること、訴訟手続が必ずしも十分整 備されていなかったこと、法律に定められた事項についてしか出訴できなかったこと(列 記主義)など、必ずしも充実したものとはいえなかった。 第二次世界大戦後、日本国憲法の制定(1946年)に伴い、行政裁判所制度は廃止さ れ、通常裁判所が行政事件も扱うことになった。訴訟手続については「日本国憲法の施行 に伴う民事訴訟法の応急的措置に関する法律」 (1947年)が制定されたが、出訴期間等 について定めをおくにとどまり、基本的に民事訴訟法が適用された。当時日本を占領して いたアメリカ合衆国を主体とする連合国総司令部は、行政訴訟制度に対して当初否定的な 立場をとっていた。しかし、戦時中の国粋主義的行動を理由とする国会議員の公職追放処 分について地方裁判所が仮処分を行った平野事件(1948年)を契機に方針を転換し、 「行政事件訴訟特例法」 (1948年)が制定された。同法は簡略なものだったため、解釈 をめぐって多くの疑義が生じ、1962年に「行政事件訴訟法」が制定された。これが現 行法である。同法は40年以上実質的な改正を受けなかったが、2004年、司法制度改 革の一環として大幅な改正が行われた(以下「2004年改正」という)。 以下では、現行行政訴訟制度の特色を明らかにした上で(2)、2004年改正の概略を 述べ(3)、最後に今後の課題を述べることにしたい(4)。なお、以下では、行政事件訴 訟法を「法」、改正前の法を「旧法」、改正後の法を「改正法」ということがある。 2 現行行政訴訟制度の特色 ここでは、本報告の前提として、現行行政訴訟制度の比較法的にみた特色をいくつか挙 げておく。 (1) 行政訴訟の位置づけ [1] 「司法国家」と「行政国家」の折衷形態 比較法的には、行政事件について特別の行政裁判所を設ける大陸型の制度(行政国家) と、通常裁判所(司法裁判所)にこれを委ねる英米型の制度(司法国家)が存在する。日 本では、戦前は行政国家型が採用されていたが、戦後行政裁判所が廃止されたため、現在 は基本的に司法国家型になった。しかし、行政事件については特別の訴訟法(行政事件訴 訟法)が存在しているので、この点では英米型とも異なっており、独自の折衷的な形態と いえる。 - 179 - [2] 公法私法二元論の残存 大陸法の影響を受けて、戦前の通説は、行政活動に適用される法は私人間に適用される それとは根本原理を異にするとの考え方(公法私法二元論)をとっていた。戦後このよう な考え方は批判され、現在では、少なくとも学説においてはほぼ克服されたといえる。し かし、行政事件訴訟法は同法制定時の学説の影響を受け、その適用領域を公法上の事件と する考え方をとっており(図参照)、ここに公法私法二元論の残存を認めることができる 。 (2) 行政訴訟の体系 [3] 「公権力」概念に基づく訴訟類型 行政事件訴訟法が規定する訴訟類型は図の通りである。このうち、民衆訴訟と機関訴訟 は特殊な訴訟であり、後に検討する。ここではさし当たり抗告訴訟と(公法上の)当事者 訴訟についてみると、これらは「公権力の行使」に当たるか否かによって区別されている。 これは、同法制定当時の通説が、行政法関係を「権力関係」と「(公法上の)管理関係」に 分類していたことによる。 なお、当事者訴訟については、公法私法二元論が克服されたこと、民事訴訟との相違が あまりないことから、その存在理由については否定的な見解が支配的である。もっとも、 最近では当事者訴訟復権論も有力に主張されている。 [4] 取消訴訟中心主義? 2004年改正前の行政事件訴訟法は、抗告訴訟として、取消訴訟、無効等確認訴訟、 不作為の違法確認訴訟のみを明文で規定していた。しかし、行政事件訴訟法の立法者は抗 告訴訟をこれら三種類に限定する趣旨ではなく、法定外の訴訟(法定外抗告訴訟または無 名抗告訴訟)を認めるか否かについては将来の判例学説の展開に委ねる旨を述べていた。 法定外抗告訴訟として具体的に論じられていたのは義務付け訴訟と差止訴訟(予防訴訟) であり、これらの訴えが許容される要件をめぐって争いがあった。判例及び一部の学説は、 行政事件訴訟法が取消訴訟に関して詳細な規定をおき、その他の訴訟類型にはこれを準用 する形式をとっていること等を根拠に、同法は取消訴訟を原則的な救済手段としていると 解し(取消訴訟中心主義)、法定外抗告訴訟が許されるのは取消訴訟で救済できない場合に - 180 - 限るとの考え方をとっていた(補充説)。これに対し、取消訴訟中心主義がとられていると はいえないとして、補充性は要件とすべきでないとする見解も有力に主張されていた(独 立説)。 [5] 「客観訴訟」と「主観訴訟」 通説によれば、行政訴訟には、国民の権利保護を目的とする「主観訴訟」と、行政の客 観的な適法性維持を目的とする「客観訴訟」があり、前者は「法律上の争訟」 (裁判所法3 条)に当たるので、当然に司法権の範囲に含まれるが、後者は法律に特別の規定ある場合 にのみ提起できるとされている。そして、行政事件訴訟法に定める訴訟類型のうち、抗告 訴訟及び当事者訴訟は主観訴訟、民衆訴訟及び機関訴訟は客観訴訟であるとされる。 民衆訴訟の例としては、選挙権者等が選挙無効等を争う選挙訴訟、地方公共団体の住民 が当該団体の職員による違法な財務会計上の行為を争う住民訴訟などがある。機関訴訟の 例としては、地方公共団体の長と議会の間の紛争に関する訴訟、地方公共団体公共団体に 対する国の関与等を争う訴訟などがある。このうち選挙訴訟や住民訴訟はかなり頻繁に提 起されている。 (3) 訴訟要件 [6] 処分性の厳格な解釈 取消訴訟によって争うことができるのは処分及び裁決である(法3条2項、3項)。裁決 は不服申立てに対してなされる決定を指すが、処分については行政事件訴訟法に定義規定 が存在しない。判例はこれを、 「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、そ の行為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認 められているもの」 (最判1964年10月29日民集18巻8号1809頁)と解し、こ の定義に当てはまらない行為については、救済の必要性が認められるような場合であって も、一律に取消訴訟の提起を否定する傾向が強い。これに対しては、権利救済の包括性・ 実効性を確保するために、処分の概念を広く解すべきであるという見解(処分性拡大論) も主張されている。判例においても、近年処分性を柔軟に解する傾向が見られる(最判2 005年7月15日民集59巻6号1661頁)。 [7] 狭隘な原告適格 取消訴訟を提起することができる資格を原告適格という。行政事件訴訟法はこの点につ いて「法律上の利益を有する者」 (旧法9条)と規定していたが、その意味は明確ではない。 判例はこれを「係争処分の根拠法規によって保護された利益」と解し、法律が原告の利益 を保護していない場合には原告適格を認めてこなかった(法律上保護された利益説)。これ に対し、法律の規定を絶対視するのは適切でなく、原告が有する権利利益の内容・性質を 考慮して原告適格を判断すべきであるとの見解(保護に値する利益説)も有力に主張され ていた。判例も近年原告適格をやや拡大する方向にあった(最判1992年9月22日民 集46巻6号571頁)。 - 181 - (4) 審理手続 [8] 公益への若干の配慮 行政訴訟の審理については基本的に民事訴訟法の適用がある(法7条)。しかし、行政事 件訴訟法は、行政訴訟においては公益が問題となることなどを考慮して、職権証拠調べ(法 24条)等の特則をおいている。もっとも、行政側で訴訟を担当する訟務検事などは、や やもすると公益よりも訴訟当事者としての立場を重視する傾向がある(「悪しき当事者主 義」)との指摘もある。 [9] 限定的な仮の権利保護 訴訟が提起されても、判決が出るまでには時間がかかるため、その間の仮の権利保護が 必要である。この点について行政事件訴訟法は、一方で「公権力の行為に当たる行為」に ついて民事上の仮処分を排除し(法44条)、他方で執行停止制度を設けている(法25条 以下)。しかし、執行停止の要件はかなり厳格であり、また、拒否処分取消訴訟などについ ては実効的な仮の権利保護手段が存在しなかった。 [10] 内閣総理大臣の異議 行政事件訴訟法は、執行停止によって公益が著しく損なわれる場合を念頭において、内 閣総理大臣が異議を述べた場合には執行停止ができないという制度を設けている(内閣総 理大臣の異議、法27条)。これに対しては、司法権の侵害であって違憲であるという批判 が強い。 (5) [11] 判決 取消判決の特殊性 判決についても基本的に民事訴訟法の適用があるが、取消訴訟の特質に鑑み、行政事件 訴訟法は取消判決についていくつかの特則を設けている。まず、授益処分を処分の名宛人 以外の者が争った場合(たとえばAに対する建築確認を隣人Bが争った場合)、この訴訟で は名宛人(A)は訴訟当事者ではなく、そのままでは判決の効力を受けない(Bが勝訴し てもAの建築を防ぐことができない)ことになる。そこで同法は取消判決は第三者(A) に対しても効力を有する旨を規定している(取消判決の第三者効、法32条1項)。 また、拒否処分が判決によって取り消された場合、これを受けてなされる処分は当初の 処分とは形式上異なることから、取消判決の既判力によっては同じ内容の拒否処分を防止 することはできないのではないか、との議論があった。そこで、行政事件訴訟法は、取消 判決は処分等を行った行政庁を拘束するものと規定し(取消判決の拘束力、法33条1項、 2項)、このような問題が生じないよう配慮している。 [12] 事情判決 処分が違法である場合、裁判所はこれを取り消さなければならない。しかし、たとえば ダム建設のために土地が収用されたが、ダムの完成後収用裁決が違法であることが明らか - 182 - になった場合など、処分を取り消すことにより公益上著しい支障が生じることもある。そ こで行政事件訴訟法は、このような場合、裁判所は一切の事情を考慮した上、判決理由に おいて処分の違法を宣言するにとどめ、請求を棄却する(すなわち処分を取り消さない) ことができると規定している(事情判決、法31条)。 3 2004年改正の概要 行政事件訴訟は制定から40年以上にわたって実質的な改正が行われなかった。その間 判例が蓄積されていったが、これに対しては権利保護の実効性の点で問題があるとの批判 が次第に強くなっていた。そこで、2004年、司法制度改革の一環として、同法が大幅 に改正されることになった。以下ではその概要を説明する。 (1) 救済範囲の拡大 [1] 原告適格に関する解釈規定の新設 改正に当たり、原告適格を拡大すべきことについては見解が一致していたが、その方法 としては、 「法律上の利益」という条文を改めるべきであるとする意見と、既に一部の最高 裁判例が要件を緩和しているので、判例の展開に待てば足りるとの意見が対立した。結局、 妥協案として、原告適格を判断する際の考慮要素を条文に規定することになり、9条2項 が新設された。同項で定められた考慮要素の大部分は従来の最高裁判例を条文化したもの にとどまることから、原告適格がどれほど広がるかについては懐疑的な見方もあった。最 高裁は、小田急訴訟大法廷判決により、従来の判例を変更し、原告適格を拡大する姿勢を 見せた(最大判2005年12月7日民集59巻10号2645頁)。もっとも、判断枠組 み自体は従来の判例を踏襲しており、原告適格の飛躍的な拡大は望めないようである。 [2] 義務付け訴訟及び差止訴訟の明文化 上述のように、義務付け訴訟と差止訴訟は法定外抗告訴訟として一応認められると解さ れていたものの、判例はその適法要件をかなり厳しく解しており、実際に訴えが認容され た例はほとんどなかった。2004年改正により、これらの訴訟が明文で規定された(改 正法3条5項、6項、37条の2~37条の4)。もっとも、義務付け訴訟の一部及び差止 訴訟についてはかなり厳格な訴訟要件が定められており、実際にどれだけ利用できるかは 不透明である。 [3] 公法上の確認訴訟の例示 改正案の検討過程では、取消訴訟の処分性を拡大すべきであるとする意見と、これに消 極的な意見が対立し、結局具体案がまとまらなかった。その代替案として議論の終盤で浮 上したのが、公法上の当事者訴訟、特に公法上の確認訴訟の活用論である。すなわち、処 分性を拡大して取消訴訟の適用領域を広げるのではなく、従来あまり利用されてこなかっ た確認訴訟による救済が可能ではないか、という主張である。改正法は4条に「公法上の 法律関係に関する確認の訴えその他の」という文言を挿入したが、これは公法上の確認訴 訟の活用を促す趣旨であるとされる。 もっとも、公法上の確認訴訟が実際にどの範囲で利用できるかについては、なお不明確 - 183 - な点が多く残されている。とりわけ問題となるのが確認の対象と確認の利益であり、これ らを厳格に解すれば活用論は絵に描いた餅に終わってしまう。最高裁大法廷は、在外国民 選挙権訴訟において、具体的な選挙において投票することができる地位の確認が求められ た事案について、訴えの適法性を認めた上、本案においても請求を認容しており(最大判 2005年9月14日民集59巻7号2087頁)、今後の判例の展開が注目される。 (2) 審理の充実・促進 [4] 釈明処分の特則の新設 先に述べた「悪しき当事者主義」に関連して、行政訴訟においては被告行政側が重要な 証拠を出し惜しむ傾向があることが実務家によって指摘されていた。そこで改正法は、訴 訟関係を明瞭にするため必要と認めるときは、裁判所は、被告に所属する行政庁等に対し、 処分の内容等を明らかにする資料の提出を命じることができることとした(改正法23条 の2)。これによって原告側の立証負担の軽減が期待される。 (3) 行政訴訟をより利用しやすく、わかりやすくするためのしくみ [5] 被告適格の変更 旧法は、抗告訴訟の被告となるのは、当該処分等を行った行政庁であるとしていた(旧 法11条)。これは原告にとってのわかりやすさを考慮したものだったが、当事者訴訟や民 事訴訟では行政庁(たとえば外務大臣)ではなく行政主体(たとえば国)が被告とされて いることとの関係で、一般国民にとってはかえって混乱を招くとの指摘があった。また、 訴えを変更する場合などは、このことが大きな障害となっていた。そこで改正法は、抗告 訴訟についても行政主体が被告適格を有することとした(改正法11条)。 [6] 管轄裁判所の拡大 民事 訴訟 にお いて は被 告の 所在 地に よっ て管 轄裁判 所を 決め るの が原 則と され ている (民事訴訟法4条1項)。行政事件訴訟法はこれを行政事件にも適用し、被告の所在地によ って管轄裁判所を決めることにしている(法12条1項)。しかし、たとえば中央省庁の処 分を争う場合、ほとんどが東京地方裁判所の管轄となってしまい、地方に居住する原告に とっては非常に不便である。そこで改正法は、国等を被告とする場合、原告の所在地を管 轄する高等裁判所の所在地を管轄する地方裁判所(特定管轄裁判所)にも訴訟を提起でき ることとした(改正法12条4項)。たとえば、鹿児島市に居住する原告が外務大臣の処分 を争う場合、従来は東京地方裁判所に訴えを提起しなければならなかったが、今後は福岡 地方裁判所にも出訴できることになった。 [7] 出訴期間の延長 出訴期間について、旧法は、①処分を知った日から3か月、あるいは、②処分があった 日から1年と定めていた。これに対しては、実際には3か月で出訴を準備するのは難しい という意見があった。そこで改正法は、①について処分を知った日から6か月と改めた(改 正法14条1項)。 - 184 - [8] 教示制度の新設 行政訴訟の類型や訴訟要件は一般人にとって決してわかりやすいものではない。行政不 服審査法には不服申立ての教示制度が従来から存在したが(同法57条、58条)、旧法に はこのような制度は設けられていなかった。改正法は、取消訴訟を提起できる場合につい て、処分等の相手方に対して被告や出訴期間等について教示をする制度を新設した(改正 法46条)。 (4) 本案訴訟前における仮の救済の制度の整備 [9] 執行停止要件の緩和 旧法における執行停止の要件については、厳格に過ぎるとの批判があった。そこで改正 法は、執行停止の要件のうち、 「回復困難な損害」を「重大な損害」と改め、たとえば経済 的な利益が侵害された場合であっても、それが重大な場合には執行停止ができることとし た(改正法25条2項、3項)。 [10] 仮の義務付け・仮の差止めの新設 上記のように、旧法は民事仮処分を禁止する一方、執行停止制度を設けるにとどまって いた。拒否処分に対して取消訴訟が提起された場合や、義務付け訴訟については、判決が 出るまでの仮の権利保護として、行政に対して仮に処分をするよう命じる必要があるが、 これは不可能だった。また、一旦なされると取り返しがつかないような処分が行われよう としている場合を考えると、執行停止を申し立てることができるのは、処分がなされた後 になってからなので、やはり仮の権利保護の手段が存在しなかった。改正法は仮の義務付 け及び仮の差止めの制度を新設し、こうした欠缺を埋めた(改正法37条の5)。 4 今後の課題 2004年改正によって改善された点は少なくないが、なお問題も残されている。以下 では主な論点を取り上げて検討することにしたい。 (1) 行政訴訟の位置づけ [1] 行政訴訟の廃止か、行政訴訟の特殊性強化か 先に述べたように、日本の現行制度は司法国家型と行政国家型の折衷的な形態となって いるが、そのこと自体は特に問題ではない。しかし、現状においては、司法国家型と行政 国家型の悪い点のみが現れているのではないか、という指摘がある。すなわち、一方では、 裁判所が行政事件に通じていないため、司法審査に及び腰になっているのではないか、他 方で、訴訟手続については、訴訟要件に顕著にみられるように、民事訴訟に比べて硬直的 な運用がなされているのではないか、というのである。 こうした現状を克服するには二つの方向が考えられる。一つは、司法国家型を徹底する - 185 - 方向、すなわち、行政訴訟を廃止し、民事訴訟に一本化する方向である。しかし、行政法 関係においては、行政庁が私人に対して一方的に命令を発することが認められていること など、私人間の関係にはみられない特色があり、民事訴訟法を適用するだけではかえって 救済が不十分になるのではないか、との懸念がある。そうであれば、むしろ行政訴訟制度 を改善し、行政法関係の特質に適合した柔軟できめ細かな救済制度を整備する方向が妥当 ではないかと思われる。 [2] 行政裁判所の復活? 民事裁判官が行政事件を扱う現在の制度については、裁判官が行政や行政法について精 通しておらず、これが制度運営にとっての障害となっているとの見方がある。また、少な くとも現在のところ、行政事件に詳しい弁護士も多くない。これに対し、行政側で訴訟を 担当する訟務検事などは行政事件を専門としており、このことが行政優位の訴訟運営に寄 与しているとの指摘もある。 この点については、東京や大阪の大きな地方裁判所では既に行政専門部が設けられてお り、行政事件に通じた裁判官が実務を引っ張る動きがみられる。また、2006年から始 まった新司法試験において、行政法が必須科目とされ、法曹全般の行政事件についての知 識の底上げが期待される。 この方向をさらに進めれば、戦後廃止された行政裁判所の復活も選択肢として考えられ る。現在行政不服審査法の改正作業が行われており、その中で不服審査を行う第三者機関 の設置が検討されているが、このような機関がフランスにおけるように将来は行政裁判所 として機能することも期待できるのではないか、という見方もある。 (2) 行政訴訟の体系 [3] 訴訟類型の一本化 行政訴訟については訴訟類型が細分されており、一般国民にとって訴訟形式の選択が困 難であるとの指摘がある。そこで、2004年改正の検討過程では、行政の違法な活動に 対する「是正訴訟」といった包括的な権利救済手段に一本化すべきではないか、という提 案もなされた。魅力的な考え方ではあるが、当事者の主体性を軽視する結果にはならない か、裁判所の裁量が広くなりすぎるのではないか、国民にとってかえってわかりにくいこ とにはならないか、といった疑問もある。訴訟類型を維持した上で、裁判所による求釈明 や訴えの柔軟な変更によって対応することも可能であろう。 [4] 出訴期間を伴う訴訟の制限 現行法上中心的な位置を占めている取消訴訟には短期の出訴期間が存在することから、 行政処分に過度の優越性を与えているとの批判がある。そこで、こうした取消訴訟を維持 しつつも、その排他性を緩和し、別途当事者訴訟や民事訴訟で争うことを認めてはどうか という提案もなされている。確かに、行政処分によって不利益を被っている立場からすれ ば有益な考え方ではあるが、処分の安定性が損なわれることにより、処分によって利益を 受けている者の立場が脅かされることや、行政コストが増大することも考慮する必要があ るように思われる。 - 186 - [5] 公権力概念の廃止 行政事件訴訟法が「公権力の行使」概念に基づいて訴訟を分類していることに対しては、 時代遅れの考え方ではないか、公権力とは何かが不明確ではないかといった批判がある。 確かに「公権力の行使」が何を意味するかを明確に説明することは困難であり、これまで 成功した定義はなされていないように思われる。しかし他方で、私法関係と対比した場合、 権力性が行政法関係の特色であることは否定できず、この点に着目して訴訟制度を整備す ることにはそれなりの根拠もあるように思われる。 [6] 客観訴訟の評価 主観訴訟と客観訴訟の分類論に対しては、その意義が不明確ではないか、あるいは、客 観訴訟の存在が主観訴訟の訴訟要件を過度に制限する原因となっているのではないかとい った批判がある。しかし、他方において、民事訴訟や主観訴訟とされる行政訴訟によって は救済できない事案も多く存在する。たとえば、比較的小さな利益が拡散して存在してい る場合(消費者の利益など)、特定個人の利益に還元することが困難な利益を保護する必要 がある場合(環境上の利益など)がそうである。こうした場合については一般法や個別法 によって団体訴訟を設けることが有益である。2006年の消費者契約法改正によって消 費者団体訴訟制度が設けられたが、それによって認められたのは事業者に対する民事差止 訴訟のみであって、行政訴訟については今後の課題となっている。 (3) 訴訟要件 [7] 原告適格の拡大 先に述べたように、2004年改正によって考慮要素が規定されたが、最高裁は原告適 格を実質的に拡大する姿勢を示したものの、基本的な枠組みは従来のものを維持している。 それによると、原告適格が認められるためには、根拠法規が原告の利益を保護しているこ と(保護範囲要件)に加え、原告の利益が個別的な利益としても保護されていること(個 別保護要件)が必要とされる。しかし、個別保護要件が必要とされる根拠は必ずしも明ら かでなく、また、法規がこれを行っているかどうかは多くの場合法規の解釈から直ちに判 明するわけではない。そこで、従来の枠組みを変更して個別保護要件を撤廃し、保護範囲 要件が満たされており、かつ、原告の不利益がある程度実質的なものであれば原告適格を 認める、といった解釈も可能ではないかと思われる。 [8] 処分性の拡大か、訴訟類型の多様化か 処分性の拡大によって取消訴訟の救済範囲を広げる見解に対しては、それによって公定 力や不可争力が生じる範囲も拡大することになるとの批判もある。確かにその通りではあ るが、公権力性が明らかであるにもかかわらず処分性が否定されている場合(拘束的行政 計画等)についてはこのような懸念は当てはまらないので、処分性を拡大することも十分 考えられる。それ以外の場合については、公法上の確認訴訟や民事訴訟の活用によって救 済を図る方が妥当であろう。 - 187 - (4) 審理手続 [9] 当事者間の実質的対等の確保 行政訴訟のほとんどにおいては、国民が原告、行政主体が被告となるが、両者の間には 厳然として力の不均衡が存在する。この点に着目して、立証責任の実質的転換を図る判例 がある(最判1992年10月29日民集46巻7号1174頁)。また、2004年改正 によって釈明処分の特則が新設されたが、裁判所がこの制度を活用することが必要である。 被告行政の側でも、 「悪しき当事者主義」に陥ることなく、公益の擁護者として節度のある 訴訟対応をすることが望まれる。 [10] 仮の権利保護のさらなる充実 2004年改正によって執行停止の要件が緩和されたが、実際にどの程度救済範囲が広 がるかについては今後の判例を注視する必要がある。仮の義務付け及び仮の差止めについ ては、要件がかなり厳格であり、柔軟な運用が期待される。特に仮の差止めについては、 現状の悪化を防止する制度であり、一旦処分がなされると取り返しがつかない場合も多い ので、このことは一層当てはまる。 また、公権力の行使については民事仮処分が排除されているが、当事者訴訟や民事訴訟 にはこれを補うべき仮の権利保護制度が存在しないので、解釈論・立法論による対処が必 要である。 [11] 内閣総理大臣の異議の廃止 内閣総理大臣の異議については先に述べたように憲法違反の疑念もあるが、2004年 改正においては、中央省庁の強硬な反対もあり、廃止が先送りされた。行政の側には下級 審の決定によって取り返しがつかない公益侵害が生じることへの懸念があるようだが、司 法に対する過度の不信ではないかとも思われる。仮にそのような主張に理由があるとして も、執行停止決定に対する停止効を伴う抗告制度を設けることなどによって対処すること が可能である。 (5) [12] 判決 事情判決制度の評価 事情判決制度に対しては、上記のように、法治主義に照らして容認しがたいとの批判が 強い。他方では、先に挙げたダムの例のように、どうしても必要がある場合もあること、 少なくとも処分の違法を宣言できることから、肯定的に評価する見解もある。いずれにし ても、仮の権利保護制度の充実・活用や、差止訴訟や公法上の当事者訴訟の活用により、 既成事実の発生をできるだけ防止することが必要である。 - 188 -
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