仮着用セメントの性質と取り扱い

生涯研修コード 26 04
シ リ ー ズ
身近な臨床・これからの歯科医のための臨床講座
仮着用セメントの性質と取り扱い
∼接着性レジンセメントの特性を生かすために∼
なかじま
ひろし
● 明海大学歯学部機能保存回復学講座歯科生体材料学分野教授,明海大学歯学部長 ● 歯
学博士 ●1976年慶應義塾大学工学部応用化学科卒業,82年城西歯科大学卒業,86年同・大
中嶌
学院歯学研究科修了,88∼90年米国テキサス州 Baylor College of Dentistry, Visiting Scientist,90∼97年米国テキサス州 Baylor College of Dentistry, Assistant Professor,97年明海
大学歯学部機能保存回復学講座歯科生体材料学分野教授,08年明海大学歯学部長 ●05∼06
年 International Association for Dental Research Dental Materials Group 会長,08∼10年
3月まで日本歯科理工学会会長 ● 著書:スタンダード歯科理工学−歯科材料と生体材料−
(共著)
,臨床歯科理工学(共著) ● 主研究テーマ:歯科用セメントならびにグラスアイオノ
マーセメントの性質に及ぼす構造的ならびに操作技術的要因,インプラント上部構造物装着
用セメント開発に関する基礎的研究,など
裕
●日歯ホームページメンバーズルーム内「オンデマンド配信サービス」および「E システム(会員用研修教材)
」に掲載する本論
文の写真・図表(の一部)はカラー扱いとなりますのでご参照ください。
要
約
多種の仮着用セメントが臨床に使用されてきてい
はじめに
る。最終的に接着性レジンセメントで補綴装置を装着
接着テクノロジーの発展は,従来からの歯科治療の
するにあたり,その接着性を有効に発揮させるために
概念とその方法を大きく変革させてきている。多くの
仮着操作にも注意を払う必要がある。仮着期間中のク
歯科材料が臨床で使用されているが,その中でも歯科
ラウンなどの保持には仮着用セメントの物性が重要で
用セメントは歴史的にも古く,19世紀半ばから使用さ
あるが,最終的な補綴修復物の接着には,セメントの
歯面からの除去性と歯面清掃性も重要となる。ユージ
ノール系,非ユージノール系セメントは油脂成分が含
まれるため歯面清掃は特に注意しなければならない。
れてきている。このセメント材料は接着技術とくに高
分子化学の導入により大きく変化した材料の一つであ
る。
セメントは「合着」から「接着」へと概念だけでな
くその理工学的特性と臨床術式も変化している。その
セメント材料の発展の中で特殊な位置づけとなってい
るのが仮着材としてのセメントである。この仮着用セ
メントは,合着用グラスアイアオノマーセメントや接
キーワード
仮着用セメント/歯面清掃/接着性レジンセ
メント
着性レジンセメントのような半永久的な使用目的と異
なるだけでなく,特殊な理工学的特性が要求されてい
る。
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歯冠補綴物などの仮着操作は臨床では日常的に行う
みると表1にあるようにユージノール系,非ユージ
操作の一つである。仮着用セメントはその目的として
ノール系,カルボン酸系(グラスアイオノマーセメン
使用されるだけでなく,近年ではインプラント上部構
トを含む)
,レジン系セメントに大別される。
造物の固着にも使用されてきている。このように仮着
ユージノール系セメントは酸化亜鉛ユージノールセ
用セメントは,従来からのいわゆる仮着だけでなく,
メントと呼ばれるもので,粉液練和型で粉末主成分は
あらたにその用途が拡大されてきている。
酸化亜鉛,液主成分がユージノールであり,ユージ
本稿では,仮着用セメントの理工学特性をもとに臨
床における使用上の注意点などを解説する。
ノールが酸化亜鉛と反応して硬化する。ペースト型
ユージノールセメントにおいてもそれぞれのペースト
に酸化亜鉛とユージノールが別々に含まれ,ペースト
1.仮着用セメントの分類と種類
を練和することにより粉液型と同様な反応機序により
硬化する。このセメントはユージノールによる歯髄鎮
仮着用セメントには多種類あり広く臨床で使用され
静作用を有している。
ている。表1は国内で使用される代表的な仮着用セメ
1)
非ユージノール系セメントは,ペースト型のみが販
ントの分類と種類をまとめたものである 。仮着用セ
売されており,酸化亜鉛ユージノールセメントの組成
メントは,組成によって分類される以外に,粉と液を
を基本としているが,ユージノール成分を他のミネラ
練和する粉液型と2種のペーストを練和するペースト
ルオイル等で置き換えておりユージノールは含有され
型に練和方法により分類することができる。組成から
ていない。
表1
代表的な市販仮着用セメント
タイプ
練和形式
製品名
仮着用ネオダイン T
粉液型
ユージノール系
ペースト型
ハイ‐ユージノールセメント
カルボキシレート系
カルボン酸系
グラスアイオノマー系
レジン系
粉液型
ペースト型
ペースト型
テンポラリーセメント
ウォーターピックテクノロジー(ゲッツ)
トライアルセメント(非硬化型)
ウォーターピックテクノロジー(ゲッツ)
テンプボンド
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カー
ネオ製薬工業
カー
フリージノールテンポラリーパック
ジーシー
ノージノールテンポラリーセメント
コー
ハイ‐ボンドテンポラリーセメントソフト
松風
ハイ‐ボンドテンポラリーセメント
松風
フジ TEMP
ジーシー
インプラントリンクセミ
デタックス
テンポリンククリアー
デタックス
テンプボンドクリア
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松風
ジーシー
テンプボンド NE
ペースト型
ネオ製薬工業
ユージノールセメント
ネオダイン EZ ペースト
非ユージノール系
メーカー名
カー
カルボン酸系セメントは,液成分にポリアクリル酸
なく口腔内での使用に耐えられるような物性が規定さ
のようなポリカルボン酸の水溶液を使用しているセメ
れている。仮着用セメントも同様であり,酸化亜鉛
ントである。カルボキシレート系セメントとグラスア
ユージノールセメントの物性規格(JIS T6610:2005)
イオノマー系セメントがある。硬化反応は,カルボキ
の中に規定されている。ユージノール系あるいは非
シレート系では合着用ポリカルボキシレートセメント
ユージノール系セメント以外の仮着用セメントは,歯
と同様であり,液中のポリカルボン酸と粉末中の酸化
科用セメントとしての物性規格をもっておらず,安全
亜鉛が反応し硬化する。グラスアイオノマー系セメン
性が保障されていれば,どのような物性を有していて
トは,現時点は一製品のみが臨床に使用されはじめて
も良いことになっている。しかしながら,臨床での使
いる。ペースト型であり,それぞれのペーストにアル
用を考慮するならば,仮着用酸化亜鉛ユージノールセ
ミノシリケートガラスとポリカルボン酸成分が別々に
メントと同程度であれば大きな問題はないと考えられ
含まれ練和によってペースト型合着用グラスアイオノ
る。
マーセメントと同様な機序で硬化する。
図1,図2に,代表的な市販仮着用セメントの圧縮
レジン系セメントは,メタクリルレジンを基本とし
強さと間接引張強さを示す1)。レジン系セメント以外
ており,レジンモノマーの化学重合により硬化する
のセメントの圧縮強さは,4∼34MPa であり,仮着
が,接着性は有していない。
用酸化亜鉛ユージノールセメントの規格値(35MPa
以下)の範囲に収まっている。レジン系セメントにつ
2.仮着用セメントの性質
いては,一種は変形が著しく圧縮強さが測定できない
ものであった。もう一種は,圧縮強さがユージノール
仮着用セメントは合着用セメントにはない性質が求
2)
系セメントの圧縮強さの規格値を逸脱する大きさを有
められている(表2)。最大の特徴は,クラウン,ブ
している。間接引張強さにおいては,レジン系セメン
リッジなどの補綴装置を支台歯から脱離しないために
トを除いたセメントは,1∼4MPa であり,同レベ
必要な合着力を有しながら,これらの補綴装置の除去
ルの引張強さを示している。しかしながら,レジン系
が必要となる場合には容易に撤去できるという,相反
セメントでは大きな引張強さを示しており,大きな機
する性質をもつことである。また,除去が容易で被着
械的強さがレジン系セメントの特徴であり,他のセメ
面の汚染を起こさない点も重要である。
ントと違った特性を示している。
口腔内で使用される歯科材料のほとんどが JIS や
この大きな機械的強さは長期間の仮着には有利に働
ISO 規格によりその性質が規格化され,安全性だけで
くと考えられる。また,機械的強さに関して,ペース
ト型セメントは水分の影響を受けにくいと報告されて
いる3)。
表2
仮着用セメントに要求される性質
◇
数日から数週間は口腔内で補綴物が脱離しない合着
力を有する
◇
必要な場合の補綴物の撤去が容易である
◇
仮着時に補綴物辺縁の封鎖性に優れる
◇
歯髄への保護作用がある
◇
被着歯面を汚染・変性させずに合着材・接着材の接
着性を阻害しない
◇
被着面に付着した仮着材の除去が容易である
◇
暫間あるいは最終補綴物の物性を劣化させない
セメントは,経時的に水中で溶解・崩壊することが
知られている。合着用セメントでは,水中での崩壊量
の限度が規定されているが,仮着用セメントにおいて
は,その用途が暫間的であることから,規定はされて
いない。図3に代表的な仮着用セメントの水中での崩
壊率(重量%)を示す4)。傾向として,ユージノール
系セメントはペースト型,粉液型ともに崩壊量は少な
い。ユージノールが水に不溶性油であることが原因と
考えられる。しかし,油性を示す非ユージノール系セ
メントでは,時間が経過すると崩壊量が増大してい
る。カルボキシレート系セメントは練和液がポリカル
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図1
仮着用セメントの圧縮強さ(24時間後)
点線は JIS で規定されたユージノール系セメントの強さの最大値を示す
ユージノール系粉液練和型セメント
A.仮着用ネオダイン T
B.ユージノールセメント
ユージノール系ペースト型セメント
C.テンプボンド
D.ネオダイン EZ ペースト
非ユージノール系セメント
E.テンプボンド NE
F.フリージノール
カルボキシレート系セメント
G.ハイ‐ボンドテンポラリーセメントソフト
H.ハイ‐ボンドテンポラリーセメント
グラスアイオノマー系セメント
I.フジ TEMP
レジン系セメント
J.インプラントリンク セミ
K.テンポリンククリアー
ボン酸水溶液であることから,水中での崩壊がユージ
響する因子であるので,可及的に小さいことが望まし
ノール系より大きくなると考えられる。しかし,カル
い。グラスアイオノマーセメントが24時間で1%まで
ボキシレート系セメントはタイプにより大きく崩壊量
許容されていたこと(JIS T6607:1993)を考えると
が異なる。
短期的にみれば,市販仮着用セメントの水への崩壊量
図にはレジン系セメントの崩壊率が示されていない
が,組成から考えるとレジン系セメントの崩壊率はか
は製品によって異なるものの,臨床的には問題はない
と考える。
なり小さいと推測される。崩壊率は暫間的な使用で
図4はクラウンなどの補綴物を支台歯に仮着すると
あっても補綴修復物マージンの封鎖性や保持力にも影
きの保持力について仮着用セメント間での比較を示し
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図2
仮着用セメントの間接引張強さ(24時間後)
(図中のセメント記号は図1と同じ)
ている。実験はセメント自体の保持力を比較するため
条件(テーパー,高さなど)とクラウンの適合性(セ
に,インプラントアバットメントに全部鋳造冠を仮着
メントの被膜厚さ)である2)。
し,鋳造冠を歯軸方向に離脱させるのに必要な力を測
適合性の高いクラウンでは,仮着用セメントでもク
定したものである。ユージノール系セメントは,非
ラウンを離脱させることが困難になることがあり,セ
ユージノール系セメントあるいはカルボキシレート系
ラミッククラウンでは破折を招くことも報告されてい
セメントよりも鋳造冠保持力は小さいことが分かる。
る5)。保持力は,仮着期間中にクラウンなどが咬合力
これは,仮着終了時にクラウンの除去は容易である
が負荷されても離脱しない程度で十分である。クラウ
が,長い仮着期間となる場合にはクラウンの離脱も起
ンを試適したときに適合度が非常に高いと感じた場合
こりやすいことが推測される。非ユージノール系セメ
には,セメントの保持力をあげないようにワセリン塗
ントとカルボキシレート系セメントは,この実験条件
布,あるいは被着面を乾燥させないでセメント仮着操
では,保持力に大きな差が認められなかった。
作を推薦する製品(グラスアイオノマー系セメントの
場合)もある。
3.仮着用セメントの上手な使い方
最終的に接着性レジンセメントを使用してクラウン
などを支台歯に装着する場合は特に注意が必要であ
1)セメントの保持力よりも除去・清掃性
を考える
る。接着性レジンセメントでは,その接着性を発揮す
保持力は図4に示したように,臨床的に広く使用さ
すなわち,歯面清掃やプライミング等の被着面処理
れているカルボキシレート系,非ユージノール系ペー
の優劣が接着力を左右することは広く知られている。
ストセメントともに大きな違いがないことが推測され
また仮着用セメントの被着面への残留は接着性に大き
る。むしろ,クラウン保持力に強く影響を与えている
く影響を与えているだけでなく,クラウンの浮き上が
のは,セメント自体の物性よりも,支台歯の幾何学的
りの原因にもなる。仮着用セメントの使用後は接着性
るには,被着面の状態が重要である。
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図3
市販仮着用セメントの水中での崩壊率
カルボキシレート系セメント
A1 ハイ‐ボンドテンポラリーセメントソフト
A2 ハイ‐ボンドテンポラリーセメント
ユージノール系ペースト型セメント
B1 テンプボンド
B2 ネオダインEZペースト
非ユージノール系ペースト型セメント
C1 テンプボンドNE
C2 フリージノールテンポラリーパック
ユージノール系粉液練和型セメント
D1 ユージノールセメント
D2 仮着用ネオダインT
レジンセメントの接着力が低下することが従来から報
性のよい仮着用セメントの使用が望ましい。
5∼7)
告されている
。特に,象牙質面への接着に対して
はその影響も大きくなる。しかしながら,すべて仮着
2)清掃は丁寧に
用セメントが接着性を低下させるわけではなく,使用
仮着用セメントの除去・歯面清掃については,器具
した仮着用セメントの種類(製品)と接着性セメント
を使用して機械的に清掃する方法とクリーニングエー
の種類(製品)との組み合わせによって低下が見られ
ジェントのような溶剤を使用する方法がある。実験的
る場合と影響が現れない場合があり,材料選択を難し
に付着した仮着用セメントをエキスカベータを使用し
くしている。
て除去した象牙質面とその後,クリーニングエージェ
いずれにしても接着性レジンセメントを最終的に使
ント(Orange solvent)を綿球に浸み込ませて清拭し
用する場合は,仮着用セメントが歯面に残留しないよ
た象牙質面(牛歯)の代表的な電子顕微鏡像を示した
うに徹底的に除去・清掃を行うことが必要である。そ
(図5)
。
の点を考慮するならば,接着性を有効に生かすだけで
仮着用セメントは,エキスカベータでの機械的な清
なくチェアタイムを延長させないためにも除去・清掃
掃では,完全に除去できないことが分かる。しかしカ
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図4
仮着用セメントを用いてインプラントアバットメントへ装着した全部鋳造冠
の保持力
カルボキシレート系セメント
A ハイ‐ボンドテンポラリーセメントソフト
B ハイ‐ボンドテンポラリーセメント
非ユージノール系セメント
C フリージノールテンポラリーパック
D テンプボンドNE
ユージノール系セメント
E テンプボンド
F ユージノールセメント(粉液練和型)
ルボキシレート系セメントでは,非ユージノールペー
性が十分にあるため,エージェント使用後にさらに綿
スト型セメントに比べると歯面に残留するセメント塊
球などで徹底的に清掃することが必要であろう。
がかなり少ないことが分かる。ペースト型セメントで
歯面清掃については,接着性レジンセメントを最終
はクリーニングエージェントの使用は歯面から仮着用
的に使用するならばエージェントのような化学的清掃
セメント残留物を除去することができることが示され
よりも機械的清掃と湿綿球などによって清掃すること
ている。
が望ましい。強固な付着に対しては,フッ素成分を含
クリーニングエージェントの代表的な製品として
Orange
solvent(Ackerman)
,ネオダインソルベン
まない歯面清掃・研磨用ペーストと回転ブラシで除
去・清掃が有効といわれている5)。
ト(ネオ製薬)がある。これらの製品は,柑橘類など
から抽出されたリモネンをその有効成分としており,
3)レジンコーティング法も有効
油脂性物質を溶解・分解する作用がある。したがって
生活歯被着面の清掃性と接着性レジンセメントとの
ユージノール系,非ユージノール系セメントの除去に
接着をさらに有効にする方法として,二階堂が提唱す
は有効である。しかしながら,セメント残留物の除去
るレジンコーティング法8)がある。これは,形成後の
には有効であるものの,エージェント成分が象牙質面
象牙質面にボンディング材とフロアブルレジンを用い
に浸透,残留することにより接着性の低下を招く可能
たり,あるいは薄膜コーティング材を適用して象牙質
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図5
仮着用セメントの象牙質面(牛歯)からの除去と清掃性(レプリカ法による SEM
写真,撮影倍率×40)
フリージノールテンポラリーパック(a1∼a3)
a1 仮着前の象牙質面
a2 エキスカベータによる機械的清掃後
a3 クリーニングエージェントによる清拭後
ハイ‐ボンドテンポラリーセメント(b1∼b2‐2)
b1 仮着前の象牙質面
b2‐1 エキスカベータによる機械的清掃後
b2‐2 b2‐1部の拡大写真(倍率×200)
をレジン層で被覆する方法である。この方法は象牙質
慥な状態であり,セメント残留物を除去することは難
の保護が主目的であるが,レジンコーティング層にレ
しい。この粗慥な表層を薄いレジン層で覆うことによ
ジン系接着材を適用することにより接着強さの向上が
り,平滑な面を形成し,セメントの良好な除去・清掃
報告されている。
性が期待される。また,清掃後に適切にコーティング
レジンコーティングされた象牙質面は仮着用セメン
ト使用後に接着性レジンセメントを使用する場合にも
5)
層を表面処理をすることによりレジンセメントの接着
力が向上する。
有効と考えられ,特に川本 は,比較的フィニッシュ
レジンコーティング法を採用する場合には,短期間
ラインの処理がしやすいインレーに使用することを推
の仮着であってもユージノール系セメントの使用は避
奨している。形成後の象牙質面は象牙細管の開口や粗
けるべきである。ユージノールにはレジン重合を阻害
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する働きがあり,また,硬化したレジンであっても表
ラリークラウンの場合は長期間の仮着は避けるべきで
面を劣化させることがある。そのため,ユージノール
ある。いずれにしても,ユージノール系・非ユージ
系セメント中の未反応ユージノールがレジンコーティ
ノール系ともに油脂成分が歯面に残留する可能性があ
ング層を劣化させることが考えられる。レジンコー
ることから,象牙質面の残る支台歯に対して最終的に
ティング法を採用する場合には,カルボン酸系セメン
レジンセメントを使用する場合には使用は避けたほう
ト(カルボキシレート系あるいはグラスアイオノマー
がよい。
系)を使用することが安全であろう。
接着材料と技術の進歩は,歯科治療を大きく進歩さ
せている。従来から行われている仮着操作について
4.まとめ
も,接着を前提にした材料選択や操作が求められてい
る。また,仮着用セメントもインプラント領域での使
仮着操作は,あくまでも治療過程中の操作であるが
用など,その適用領域が広がりつつある。これから
最終的に使用する合着・接着材を考慮して行うことが
は,仮着が「暫間的操作」としてではなく,診療術式
重要である。特に,接着性レジンセメントでクラウ
の一過程の中で役割が大きくなりつつあることを認識
ン・インレーなどの補綴修復物を装着する場合には,
してゆくことが大切であろう。
被着面の清掃がキーポイントである。
仮着材は,仮着期間終了後に一括して除去できるこ
とが理想であるが,現実には難しい。その中でも,カ
ルボン酸系セメントはその硬化体中に水分を含むこと
から,乾燥することにより脆くなりやすく,機械的強
さがあるにもかかわらず比較的除去しやすい特性を
もっている。プロビジョナルレストレーションや比較
的長期間にわたり仮着するケースでは,機械的強さ,
保持力,除去性の点からカルボキシレート系,グラス
アイオノマー系セメントが有利と考えられる。
非ユージノール系ペースト型セメントは,時間経過
とともに崩壊が進むことが予測されることから,短期
間の仮着に使用することが安全であろう。ユージノー
ル系セメント場合は,保持力も小さいこと,レジン表
面の劣化を起こすことがあるので,特にレジンテンポ
参考文献
1)中嶌 裕,長沢悠子,日比野 靖:仮着材の種類とその特性.
日本歯科評論,70
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:42∼48,2010.
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隆ほか編)
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着をめざして−.日本歯科医師会雑誌,60
(9)
:865∼873,2007.
日本歯科医師会雑誌 Vol.
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