オープン・ソースと情報通信産業の行方

情報産業論
情報通信技術の発達と情報産業の成立
第5回 オープン・ソースと情報通信産業の行方
1、フリーソフトウェア運動とオープン・ソース
(1)UNIX から GNU へ
UNIX は AT&T Bell Laboratory
(ベル研究所)の Kenneth Thompson
(1943-)
と Dennis MacAlistair Ritchie(1941-)に開発された OS(Operating System)
であった。ベル研究所の当時の親会社 AT&T は、独占禁止法によりコンピュー
タ産業への進出を禁止されていたこともあって、UNIX のソース・コード(source
code)1は世界中の大学や研究機関に非常に安価な値段(メディアのコピー代だ
け)で販売され、普及していった(第4回)。そのときの大学を中心に生まれた
オープン=公開の精神「ソフトウェアは人類共通の財産である」という考えが
広まり、UNIX やその上で動くソフトウェアもネットワーク経由で改良が加え
られながら広まっていったのである。
UNIX が普及するにつれて多くの企業が AT&T とライセンス契約を結んで
UNIX を販売・サポートするビジネスに乗り出し、1970∼80 年代は各企業によ
る UNIX の主導権争いが生じるようになった。これに対し 1984 年に MIT
(Massachusetts Institute of Technology:マサチューセッツ工科大学)の
Richard Matthew Stallman(1953 年-)がソース・コードを公開する考え方を
進めたフリーソフトウェア運動・GNU2プロジェクトを開始する。このプロジェ
クトの目標は UNIX 互換 OS を開発して、そのソース・コードを自由に利用で
き る よ う 公 開 す る こ と で 、Stallman が 考 え た の は GNU General Public
License (GPL) 3 というライセンス方式である。そしてコピーライト(copy
right:著作権)という知的所有権を認める法律の逆手に取り
その思想のエッセンスであるコピーレフトの概念を提唱した。
GNU プ ロ ジ ェ ク ト に よ っ て エ デ ィ タ で あ る
GNU Emacs やコンパイラ GCC とデバッガ GDB
など多くのソフトウェアが開発・公開されたが、
UNIX 自体がまだ高価で、専門家が使う OS であっ
たため、一般にはあまり関心をもたれなかった4。
プログラミング言語によって書かれたもの(第2回参照)
。Ritchie は UNIX の記述言語
として、Brian W. Kernighan と共に、C 言語を開発した。C 言語の原型は Thompson の B
言語であり、
Ritchie はこれにデータ型と新しい文法を追加し C 言語が出来上がった。現在、
C 言語はあらゆるタイプのコンピュータ上で用いられている。
2 GNU=GNU is Not Unix の略で、Stallman による一種のジョークである。
3 GNU プロジェクトが作ったものをベースに新しいものを作るためには、新たに作った部
分についても同じ GPL 条件で次の利用者にも交換することを約束させるというライセンス
条件。GNU を利用してソフトウェアを作りながら公開をしないならばライセンス条件を認
めずに作ったとして著作権法違反として訴えられる仕組みになっている。
4 現在はフリーOS のカーネル GNU Hurd などの開発が進行中だが、Stallman 自身はフリ
1
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情報通信技術の発達と情報産業の成立
(2)Linux とオープン・ソース
フィンランドのヘルシンキ大学の学生 Linus
Benedict Torvalds(1969 -)は大学在学中の
1991 年、当時安価になりつつあったパーソナル
コンピュータ(Intel の 80386 CPU の 32bit
PC/AT 互換パソコン上)で動く UNIX 互換 OS
=Linux を開発した。Linux は GNU プロジェ
クトのコンパイラ GCC(GNU Compiler Collection)を利用して
開発されたので、Linus は Linux のソース・コードを自由に利用
できるように公開した。インターネットが本格的に普及し始めた
時期でもあり、Linux はインターネット経由で世界中の開発者を
引き付け、改良とバージョンアップが加え続けられている5。
Linux の普及以降、パソコン用の Web サーバアプリケーション Apache やプ
ログラム言語 Perl など、インターネットを活用した同様の開発スタイルのソフ
トウェアが次々と開発された 6 。そして 1997 年には Eric Steven Raymond
(1957-)によってこのような開発スタイルがオープン・ソース(Open Source)
と名づけられた7。Stallman のフリーソフトウェア運動と異なり、ソフトウェア
の開発のスタイルとして企業の関心を集めるようになった。また、パソコンで
動作することで市場規模の拡大も期待できたため、オープン・ソースやこれに
よって開発されたソフトウェア(OSS)を情報産業全体でも支援するようにな
り、多くのベンチャー企業を生み出した8。
ーソフトウェアにまつわるモラルの確立とそれを広めること、法的、政治的な枠組みの整
備などに専念しており、現在ソフトウェアの開発は行っていない。
5 Linus は現在アメリカで OSDL(OpenSource Development Labs)という NPO に所属
し、Linux カーネルの新バージョンの開発を続け、2005 年現在も、公式の Linux カーネル
の最終的な調整役(もしくは「優しい独裁者(終身)」)を務める。
6 現在ではプログラム(スクリプト)言語の Perl、PHP 、Ruby やリレーショナルデータ
ベースの MySQL、PostgreSQL、Web ブラウザの Mozilla FireFox、Thunderbird などの
他、Microsoft の Office とほぼ同等の機能を持った OpenOffice.org などもある。
7 「伽藍とバザール」(The Cathedral and the Bazaar)by Eric S. Raymond、山形浩生訳
http://www.tlug.jp/docs/cathedral-bazaar/cathedral-paper-jp.html で入手可能。
Raymond によって提唱され、1998 年の Freeware Summit というイベントで投票によっ
て決められた。
8 1998 年に Netscape 社はブラウザ Netscape Communicator のソース・コードを公開し、
また IBM や Oracle といった大手の IT 企業が Linux のサポートを発表した。日本でも現在
Linux ユーザ会会長を務める生越昌己氏らが早くから Linux に注目し、研究開発を続ける
と同時に、Linux を中心としたオープン・ソースによるサーバ構築などのビジネスをスター
トさせ、1996 年に松江市に NaCl(Network applied Communication Labolatory:ネット
ワーク応用通信研究所)を設立、インターネットの活用によって地域でもソフトウェア産
業を成立させることを証明している(第 14 回でも講義予定)。なお NaCl にはプログラム
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アプリケーション・ソフトウェア
Linus が開発したのは OS のカーネル
(kernel:中核部分)だけであったので、
ユーザー・
ツール
API
インターフェース
ユーザが利用するためには API(アプリ
ケーションインターフェース)やユーザ
Linux カーネル
ドライバ
インターフェース、ツールや必要なアプリ
ケーションを組み合わせて OS 全体を構築する必要があった。Linux ディストリ
ビューション(Linux distribution)はこれらをセットにして配布するもので、
商用ディストリビューションなども登場し、マニュアルやサポート、商用ソフ
トウェアなども付属して最も盛んなオープンソースビジネスにもなっている9。
(3)TRON とオープン・アーキテクチャー
東京大学の坂村健教授(1951 年-)は 1984 年に、
将来のコンピュータ化された社会において協調動作
する分散コンピューティング環境の実現を目指し、
TRON(The Real-time Operating system Nucleus)
プロジェクトを開始した。TRON は情報処理用の
コンピュータではなく、車のエンジン制御、工場の産業用ロボッ
トの小型制御機器、携帯電話、ファクシミリ、デジタルカメラな
どの機器に組み込まれる制御用のコンピュータの、リアルタイ
ム性を重視した OS10を中心としたアーキテクチャーである11。
TRON プロジェクトはトロン協会によって運営されているが、
トロン協会は OS の仕様と、組み込み制御システムのアーキテクチャー(どう作
るか決めた仕様書などを含めて)を完全に公開している。そして TRON の実装
は企業にまかせられ、これを使って誰がどのようなソフトウェアを作ってもい
いし、また作ったものについて GPL のように公開を義務付けてもいないので、
企業が開発に参加しやすいスタイルになっている。
(スクリプト)言語 Ruby の開発でも世界的に有名なまつもとゆきひろ氏も在籍している。
例えば企業向けには Red Hat Linux という商用ディストリビューションが有名で、個人
ユーザーに人気の高い Turbolinux Desktop には日本語入力ツール ATOK などが付属、島
根大学情報処理センターの PC 端末は日本語環境が充実している Vine Linux を採用。
10 情報処理用コンピュータの OS が TSS(タイム・シェアリング)を基本としているのに
対し、TRON は制御機器用の OS なので実時間で待ったなしで対応する必要(例えば車の
エンジン制御ならピストンが上がるまでに点火タイミングのための計算が終わっていない
とエンストしてしまう)からリアルタイム(実時間)OS となっている。
11 TRON は組み込み制御用のコンピュータの OS だけでなく、コンピュータのハードウェ
アの規格や IC カード、非接触認証などの規格からコンピュータの人間の間のインターフェ
ースデザインまで含めた標準化とオープン化の取り組みになっている。そのため TRON プ
ロジェクトは、MTRON (TRON プロジェクトの目標とする分散コンピューティング環境)、
ITRON (組み込みシステム向けのリアルタイム OS)、BTRON(パソコン向けの OS)、
eTRON(セキュリティ規格を定めたもの、IC カード、非接触認証などの規格)などの互い
に連携する多くのサブプロジェクトによって構成されている。
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2、オープン・ソースとソフトウェア産業
(1)ソフトウェア開発のオープン化とディストリビューション・ビジネス
従来のソフトウェア開発の作業には膨大な時間、巨額の投資が必要であった12。
そこでソフトウェアが簡単にコピーされるなら企業も望むだけの歳入を得るこ
とができなくなるので、企業は OS などのソース・コードの技術情報を隠すよう
になり、法的にコンピュータの内部情報は知的財産であるとして著作権で守ら
れようになる13。
また、コンピュータやソフトウェアの普及には互換性を進めていくために規
格の標準化が必要であるが、コンピュータの場合はこれが公的な場で決められ
るのではなく、Microsoft の Windows に典型的に見られるようによく売れたた
めにみながそれに従うというデファクト・スタンダードが力を持ち、結果とし
て一つの企業が市場を占有するとい覇権構造に直結してきた。
一方、Linux に代表されるオープン・ソース・ソフトウェア(OSS)や、こ
れによる新たなソフトウェアやシステムの開発はインターネットも利用して自
主的に参加する人材が集まり、自由に利用できるソース・コードと、迅速な対
応が可能となる14。また統一した規格や標準化もオープンな場で議論し、決める
ことが可能である。
OSS は導入する企業にとってもコスト・ダウンのメリットがあり15、楽天市
場など Web でサービスを行う多くのオンラインショップは OSS を組み合わせ
てシステムの構築を行っている16。また開発においても中小企業であっても OSS
に機能を付加したり、システムを構築するなどのビジネス機会を広げることに
Raymond による「伽藍(大聖堂)型」の開発方式で、スケジュールと役割分担を明確に
し、高層ビルの建設のように作業を進める。
13 アメリカでは 1981 年に著作権法が改正され、ソフトウェアの著作権が認められた。その
翌年 FBI の「おとり捜査」で日立製作所の社員が IBM の情報をスパイしたとして摘発・逮
捕される事件が起こった。日本でもプログラムが著作物として著作権の保護対象になって
いる(著作権法2条1項10号)。なお著作権法で保護されるプログラムはゲームのプログ
ラムからビジネスアプリケーションまで多様であるが、著作物として保護されるには創作
性が必要になってくる。この点についてプログラムは他の音楽や絵画等の伝統的な著作物
に較べて実用的な性格をもっているので、保護に値する創作性のレベルも高くなくてはい
けないと考えられている。現に日本の裁判例ではプログラムが保護を受けるための創作性
をかなり高いレベルで要求している。
14 Raymond は朝市ができるようなボトムアップ型として
「バザール(市場)型」と名づけ、
ソフトウェア開発の新しいスタイルとして提唱している。またウィルスやセキュリティー
ホールなどへの対応も世界中の開発者が瞬時に対応することで、迅速に行われている。
15 楽天市場など多くのオンラインショップは OSS を組み合わせてシステム構築がされて
いる。行政でも長崎県や兵庫県洲本市などのシステムが OSS で構築されている。
16 最近ではこのような Web サービスだけでなく、基幹系(横河電機、大日本インキ化学工
業、アクセンチュア、大日本印刷など)、銀行系企業(東京三菱銀行、UFJ グループ、甲府
信用金庫)などでの OSS 導入が目立ってきている。なお野田ゼミナールのブログサイト
http://nodazemi.nlog.jp/ も NaCl がサポートする OSS である
tDiary http://www.tdiary.org/ によって使って運営されている。
12
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なる17。
京都大学経済学部の末松千尋教授は、オープンソースの どこで金銭を稼ぐ
か? を問題として
「製品(ソフト)は無料でも、サービス(展示・説明、
受発注処理、決済、配送・伝送、品質保証、メンテナンス、
サポート、インテグレーション、コンサルティング、教育、
講演、およびそれらにより確立するブランドの活用など)
を事業として課金することは全く自由だし、逆に製品が無
料になれば、サービスがより重要となり発展することは十
分に起こり得ることである。現実に、ディストリビューションという、全く
新しいサービス業態が生まれ育っている。」
としている18。
(2)日本のオープンソース・ソフトウェア政策
そこで、日本でも経済産業省や総務省を中心に、OSS を使ったソフトウェア
開発の支援策が打ち出されている19。そして、これまでのソフトウェア開発が
Microsoft の OS 市場独占に見られるように米国中心に回ってきたことに対して、
アジア地区における OSS の国際協力を推進する目的から、上記の「日本 OSS
推進フォーラム」が中国や韓国と連携して「北東アジア OSS 推進フォーラム」
を第 1 回(2004 年 4 月:北京)、第 2 回(2004 年 7 月:北海道)
、第 3 回(2005
年 12 月:ソウル)と開催している。
また、電子政府・電子自治体システムの普及を目指す総務省は、2004 年の 4
月に「電子政府・電子自治体における OS 選定のあり方について」の報告におい
て OS の選択肢として Linux をリストに入れ、他の商用 OS と共に評価を行い、
前述の NaCl はその代表例であり、地方(松江市)においてもソフトウェア産業を成立
させることを証明している。
18 末松千尋「オープンソース戦略を探る」
、CSNET Japan
http://japan.cnet.com/column/suematsu/ より。
また末松[2004]、『オープンソースと次世代 IT 戦略』、日本経済新聞社。においてもオー
プンソースの価格ゼロによる普及力に着目し、オープンソースの優れた所有権開放戦略が
その普及する原動力であるとして「非常に短期間で世界的な普及を可能としたメカニズム
である。」(204 頁)としている。
19 OSS を推進する組織としては、
独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)が事務局を務め、
NEC、日立製作所、富士通、日本 IBM、NTT データなどが幹事となっている「日本 OSS
推進フォーラム」 があるが、経済産業省は 2006 年 1 月、オープンソース・ソフトウェア
推進組織「オープンソースソフトウェア・センター(OSS センター)」を設立した 。OSS
センターは上記国内主要 IT ベンダーと協力し、OSS の検証環境の整備やセキュリティ・ホ
ールなど技術・事例情報の収集および提供を行う 。
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Linux を選択肢として事実上公認している20。さらに政府・IT 戦略本部が 2005
年 2 月に決定した「IT政策パッケージ−2005」21において OSS に関する
事項として、電子政府におけるオープンソースソフトウェアの活用促進(総務
省、経済産業省)や、オープンソースソフトウェアを活用したIT人材の育成(内
閣官房、文部科学省、総務省、経済産業省)などが位置づけられている。
このように OSS の導入・普及は政府(経済産業省や総務省を中心として)と
国内主要 IT ベンダー=大企業を中心に産官学連携で進められているが、OSS の
行政や企業における導入といった視点が中心であり、前節で見た Linux などの
OSS の開発方式=バザール型を日本の情報サービス企業のソフトウェア開発方
式や、企業間組織のあり方にどう取り入れるかという視点はあまり見られない。
例えば、総務省の電子自治体への OSS 導入への課題は予算上の効率化の側面と
同時に、セキュリティ確保やサポート体制が中心としてあげられ、また経済産
業省のレポート「導入ガイドライン」においてもコスト面や、導入におけるラ
イセンス契約、GPL に関する法的問題などが中心になっている。これは、
「日本
OSS 推進フォーラム」のメンバーが OSS の開発者というよりはむしろユーザの
側面が強い(あるいは OSS を囲い込んで自社のハードウェアや自社開発ソフト
ウェアと組み合わせてライセンス供与する22)大手 IT ベンダーから構成されて
いることによる。
さらに、OSS が商用ソフトウェアの開発・市場化のアンチテーゼとして始ま
ったフリー・ソフトウェア運動に起因していることが大きな原因として考えら
れる。実際に大学を中心とした研究者の間には科学的知識の産物であるソフト
ウェアがライセンスという特定の企業の管理下に置かれるのは間違っており、
......................
その成果は公開され自由に活用されるべきである、との考え方がその核にある
のも事実である。
これに先立ち経済産業省も 2003 年 8 月に「オープンソース・ソフトウェアの利用状況
調査 導入ガイドライン」公表し、Linux をはじめとする OSS を、一つの選択肢として積
極的に活用するべく導入検討ガイドライン及び法的課題の整理などについて検討を行い、
IPA を通じての学校教育現への LinuxPC 導入実証実験(2004 年 11 月∼) や本省での
LinuxPC 導入プロジェクト(2004 年度)を進め、2005 年度は自治体を対象に実用化検証
を開始している 。
20
21
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/050224/050224pac.html
参照。
日本での OSS の展開の可能性に触れている社団法人情報サービス産業協会においても
IBM や Sun などの米国企業がソフトウェアやソフトウェア特許を無償公開していることに
ついて「IBM が大量のソフトウェア特許を無償公開したとは言え、それは IBM の特許全体
からすると微々たるものであり、OSS が未知の IBM ソフトウェア特許(いわゆるサブマリ
ン特許)を侵害して権利問題が発生することは今後も十分ありえる」と警鐘を発している。
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3、オープン・ソース Ruby、Ruby on Rails とソフトウェア産業
(1)Ruby から Ruby on Rails へ
Ruby は、まつもとゆきひろ氏(1965 -)23によ
り 1993 年に開発されたオブジェクト指向スクリ
プト言語(プログラム言語)である24。オープン
ソース・ソフトウェアとして世界中のプログ
ラマの注目を集めている言語である。
Ruby は当初キラー・アプリケーションを
持たなかったため、一部の技術者の間を除い
ては業務用には爆発的な普及はしなかった。
それが、2005 年にデンマークのプログラマである David
Heinemeier Hansson により、Web アプリケーションフレー
ムワーク(Ruby の多くの再利用可能なコードがフレームワー
クにまとめられることによって開発者の手間を省き、新たな
アプリケーションのために標準的なコードを改めて
書かなくて済むようにする)である Ruby on Rails
(RoR とか単に Rails と呼ばれる)としてリリースさ
れ、一気に注目を集めるようになった25。
(2)Ruby on Rails の爆発的普及
Ruby はまつもとゆきひろ氏が既存の言語を研究しつくして、理想の言語とし
て設計したプログラム言語である。Ruby on Rails を開発した Hansson が「美
しいコードを書けるから Ruby を選んだ」
(Hansson 氏インタビューによる)話
すように、技術者は仕事でも Ruby で快適にプログラムを書きたいと考えていた。
そして今までに Ruby で開発されたソフトウェアの蓄積と、こられすべてがオー
プンソース・ソフトウェアとして公開されているため、業務用としても注目を
集めるようになったのである。
本名は「松本 行弘」だが、一般にはひらがな表記が定着している。英語圏では Matz の
通称で知られる。現在は島根県松江市に在住し、同市の株式会社ネットワーク応用通信研
究所(NaCl)に特別研究員として勤務している。
24 Ruby は当初 1993 年 2 月 24 日に生まれ、1995 年 12 月に fj 上で発表された。名称の
Ruby は、プログラミング言語 Perl が 6 月の誕生石である Pearl(真珠)とほぼ同じ発音を
することから、まつもと氏の同僚の誕生石(7 月)のルビーを取って名付けられた。
25 Ruby on Rails はアプリケーションの開発を他のフレームワークより少ないコードで簡
単に開発できるよう考慮し設計されている。Rails の基本理念は「同じことを繰り返さない」
(DRY:Don't Repeat Yourself)と「設定よりも規約」(Convention over Configuration)である。
「同じことを繰り返さない」というのは定義などの作業は一回だけですませろとの意味で
ある。
23
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以下、日経 ITPro からの記事であるが
「ブレイク直前の Linux」を思い起こさせる Ruby のマグマ
Ruby を採用したシステムは燎原(りょうげん)の火のように広がっている。はて
なは「はてなスクリーンショット」を Ruby on Rails で構築。
ミッタシステムは,託児施設入退室管理・請求書発行システム,携帯メール連絡網
システム,顧客・業務管理システム,さぬきうどん製麺所メールマガジン配信システ
ム,アンティーク雑貨ショッピングサイトなど数多くのシステムをすでに Rails で構
築している。
Ruby と Ruby on Rails を社内標準とする企業もある。ドリコムでは求人情報検索
サービス「Drecom Career Search」を Rails で構築したが,今後 B2C サービスは全
て Rails で構築する方針を決定。Rails で構築したアプリケーションのコンテスト
「Drecom Award on Rails」も実施しており現在一般からの投票を受け付けている。
地方自治体による採用もある。島根県のホームページなどだ。ネットワーク応用通
信研究所が開発した,Ruby ベースの CMS(コンテンツ管理システム)を使用してい
る。文字の拡大や読み上げなど目が不自由な人のための機能を備えており,今後オー
プンソース・ソフトウエアとして公開される予定だ。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/OPINION/20060704/242500/ より抜粋
(3)Ruby と地域の情報産業
松江市ではオープンソース・ソフトウエアによる地域振興
施策「Ruby City MATSUE」プロジェクトを進めており、
2006 年 7 月 31 日には松江駅前市に交流・開発拠点「松江オ
ープンソースラボ」を開設した。
また、島根県の IT 関連企業などは「しまね OSS(オープ
ン・ソース・ソフトウエア)協議会」を 2006 年 9 月 3 日に
設立した。オープンソース・ソフトウエアに関わる企業や技
術者、研究者、ユーザーの交流によって技術力と競争力の向
上を図ることを目的に
している。
しまね OSS 協議会ではこの「松江オープ
ンソースラボ」で会合や講習会などに活用す
る予定であるが、協議会の成果はオープンに
することで地域の企業の競争力向上だけで
なく、全国的な市場の創造,拡大を目指して
いる。→詳細は第 14 回で
【参考文献】
・ AT&T ベル研究所 『UNIX 原典』 パーソナルメディア
・ リチャード・ストールマン他 『フリーソフトウェアと自由な社会』 アスキー
・ リーナス・トーバルズ他 『それがぼくには楽しかったから』小学館
・ まつもとゆきひろ他 『オブジェクト指向スクリプト言語 Ruby』 アスキー
・ 坂村健 『TRON を創る』 共立出版
・ 末松千尋 『オープンソースと次世代 IT 戦略』、日本経済新聞社
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