高齢者の見方を変えてみよう!

CONTENTS
Volume 23 Number 4
July 2013
特集
高齢者ケアのスペシャリスト
から学ぶ緩和ケア
特集にあたって …………………………………………………………… 桑田美代子,他 269
高齢者の見方を変えてみよう! ─見方の幅が広がるとケアも変わる ……………………………………… 桑田美代子 270
高齢者および認知症患者に対するケアの工夫
─日常生活援助の意味 ……………………………………………………… 吉岡佐知子 274
老衰と緩和ケア─その人らしい生き終え方とは …………………………… 大蔵 暢 278
高齢者に対する薬物療法の留意点と服薬管理 ………………………… 秋下雅弘 283
介護者である家族を支援する─家族の本当のつらさとは………………… 牧野史子 287
●高齢者ケアの“こんな時”
“食べる”を支える─チームアプローチが有効であった事例から……… 大住雅紀 293
“排泄”を支える─高齢者の特徴を踏まえた便秘のケアとポイント… 西山みどり 297
“動く”を支える─動けないことに対するリハビリテーション………… 福田卓民 300
●ショートレビュー
高齢者の終末期における意思決定について
…………………… 平川仁尚 303
特別収録
アスベスト問題と中皮腫の緩和ケア1
─疾患の特性・患者の状況・ケアの工夫……… Helen Clayson,秋山正子,他 306
連 載
◆わたしのちょっといい話 語りかける声,聞こえてくる声…………………………………… 佐藤やす代 314
◆画像で理解する患者さんのつらさ 8
ママもうがんばれないみたいなの,ごめんね……… 水越和歌・斎藤真理 329
〔おさえておきたい! 〕親が終末期を迎える時の子どものケア ……… 長田暁子 334
コラム 1
●らしんばん
がんサバイバーという臨床活動……………………………………… 野中 猛 266
●海外事情
Guy’
sandSt.TomasHospitals 地域緩和ケアチーム見学…… 大石 愛 316
コラム 2
いのちの歌
食物アレルギー…………………………………………………………… 朝倉雲鶴 313
ほっこり笑顔! 季節のおやつ 2
牛乳かん …………………………………………………………………… 福田恵子 318
REPORT
第 15 回 日本在宅医学会大会……………………………………… 石川奈津江 319
投 稿
短 報
都道府県がん診療連携拠点病院における地域医療者支援・
在宅療養支援を重視した緩和ケア病床設立の意義 …… 駒澤伸泰,他 337
書 評…………………………………………………
BookSelection………………………………………
インフォメーション…………………………………
投稿・執筆規定………………………………………
次号予告………………………………………………
320
321
322
340
342
表紙デザイン パント大吉
表紙写真 工藤 知美
らしんばん
がんサバイバーという臨床活動
臨床に戻る
精神科医として総合病院に勤務していた頃,身体各科の病棟をめぐっては「御用
聞き」というリエゾン精神医学を実践していた。その後,精神保健に関して総合的
な対策を実施しようという埼玉県の活動に,設計建築や機材選定の段階から参加し
た。建設予定地には,すでに県立のがんセンターがあった。精神障害に対する偏見
野中 猛
は,医療専門職にも根深く,がんセンターからも精神保健総合センターの建設が反
対され,境に「高い塀」が要望されたりした。だからこそ,がん患者の精神的支援
について,意識的に取り組んだ。さらに,福祉系大学の教員となって,「精神障害
リハビリテーション」や「ケアマネジメント」を教えた。医療保健福祉のさまざま
な場面で,ケアマネジメント・サービスが,わが国でも熱心に求められてきた近年
日本福祉大学研究フェロー
である。
還暦を越えて,
「自分も臨床に戻ろう,往診訪問を中心にした地域ケアをやろう」
と,大学を早期退職した矢先であった。すい臓がんステージⅣb と診断された。
まったく晴天の霹靂というしかない。
「臨床」に戻ろうとしたら,その中心である
「患者」になったわけである。
遅れに遅れていたわが国の精神保健の状況を,改善するための半生であった。と
ころが,自分ががん患者となってみると,がん患者をめぐる医療保健福祉の状況
は,精神保健に勝るとも劣らないほどの歪みが存在していることに直面した。
何が起きたのかを見立てる―フェイズ 1
「利用者中心」の視点で,ここまでの患者体験を振り返ってみたい。フェイズ 1
は,診断がつくまでの過程である。私の場合は,その前に大動脈瘤人工血管置換術
を受けていたため,内科の主治医は循環器が専門であった。腹痛を訴えたら CT を
撮ったが,診断は過敏性腸症候群であり,痛みは止まらない。秘かに消化器専門の
医師にかかると,悪性リンパ腫であるからと,別の病院の血液内科,さらにがん拠
点病院の消化器外科に紹介された。最終的に,手術不可能なすい臓がんだからと消
化器内科へとまわされた。現代の医者は,専門性からわずかに外れると,ほとんど
役に立たないし,その限界を心得た総合診断体制にないことが分かる。
何をすべきか手立てを決める―フェイズ 2
フェイズ 2 は,治療法を決めるまでの過程である。主治医から抗がん剤の説明が
あるが,自分が医師であってもよく分からならない。分からないまま標準治療が開
始される。自宅に帰って,焦ってインターネットや知人のネットワークで調べる。
ひょっとすると,国家試験の時以上に勉強したかもしれない。さらに,標準治療を
受けたとしても,生命予後は実にわずかな延長であることも知る。だからこそであ
るが,調べてみると膨大な“がん情報”が存在している。種類は,免疫療法・食事
266
Vol.23 No.4 JUL. 2013
高齢者ケアのスペシャリストから学ぶ緩和ケア
高齢者の見方を変えてみよう!
―見方の幅が広がるとケアも変わる―
Let’s Change our Own Attitude with Older People
: Attitude can Improve the Quality of Care
桑 田 美代子*
Miyoko Kuwata
Keywords :スティグマ,自律,QOL ● 23:270 273,2013 ●
筆者は現在,入院患者の平均年齢 約 88 歳,約
はじめに
8 割が認知症を有し,9 割が死亡退院する“終の
人は,生まれた瞬間から加齢のプロセスを歩ん
住処”の役割を担った療養病床に勤務している。
でいる。老いは,突然訪れるわけではなく,徐々
日々,ケアする中で,認知症の人の行動や言動を
に誰にでもやってくる。他人事ではなく,それは
どう受け止めたらよいのか。老化による心身の機
自然の摂理でもある。
能低下なのか,それとも病によるものなのか。言
わが国は,世界のどの国も経験したことのない
語で意思を伝えることが困難な全介助の高齢者の
高齢社会を迎えている。この事実は,国民の多く
意思はどこにあるのか,何を望んでいるのかな
が聞き知ったことであろう。しかし,自らに関係
ど,高齢者ケアの奥深さを実感している。
していることとして受け止められているだろう
われわれケアする者にとって,老いは未知の世
か。
界である。だからこそ,高齢者を知ろうとする真
2015 年には,団塊の世代が前期高齢者(65 ~
74 歳)になり,2025 年には,後期高齢者(75 歳
以上)人口が,3,657 万人に達すると見込まれて
な態度が大切になってくると考えている。
老化に伴う生活の中での変化
いる。そして同時に,認知症高齢者も急増する。
年を重ねることで,誰しも,日々の生活の中で
これは,
「2025 年問題」と名付けられ,さまざま
「見えづらくなった」「すぐ忘れるようになった」
な対策が検討されている。なぜならば,医療費や
など,自分自身の“老い”を感じることがあるだ
社会保障費の急増が懸念されるからである 。つ
ろう。恒常性,ホメオスタシスは,生物のもつ重
まり,われわれがケアする対象として,高齢者が
要な性質の 1 つで,生体の内部や外部の環境因子
増えることはあっても,減ることはない。
の変化にかかわらず,生体の状態が一定に保たれ
1)
*
青梅慶友病院 看護介護開発室:Acting Director of Nursing Department and Chief Nurse Department of Research
and Training on Geriatric Nursing Health Care, Oume Keiyu Hospital〔〒 198 | 0014 青梅市大門 1 | 681〕
0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY
270
Vol.23 No.4 JUL. 2013
高齢者ケアのスペシャリストから学ぶ緩和ケア
高齢者および認知症患者に対するケアの工夫
―日常生活援助の意味―
Care for Elderly with Dementia: Meaning of Care in Everyday Life for Elderly
吉 岡 佐知子*
Sachiko Yoshioka
Keywords :高齢者,認知症,日常生活援助
● 23:274 277,2013 ●
や緩和ケア病棟が関わる高齢者の割合も高い。こ
はじめに
のような場に勤める筆者にとって,高齢者への緩
“老いる”ことで,われわれは,次第に他者の
和ケアは大きな課題であり,緩和ケア認定看護師
手を借りなければ生活することが難しくなってい
らと連携・協力し,現場の看護の質向上に努めて
く。そして,その援助のありようが生活を快適に
いる。
し,また不快にもする。このような意味では,機
本稿では,当院の高齢者および認知症高齢者の
能低下が徐々に進む後期高齢者や,認知症高齢者
事例から,具体的なケアの工夫を紹介し,そこか
にとっては,日々の生活援助自体が緩和ケアと
ら高齢者の日常生活援助の意味について考察して
いっても過言ではないだろう。しかし,後期高齢
みたい。
者や認知症高齢者に起こる生活の不自由さを,わ
れわれ看護職が認識しないことで,ケアを受ける
高齢者にとっても,また看護職にとってもつらい
事例 1
―認知症高齢者の事例―
a 概 要
状況が起こっていることも事実である。
筆者の勤務する松江市立病院(以下,当院)
患 者:A さん,80 歳代,女性
は,高齢化率が全国 2 位の島根県にある 470 床の
病 名:原発不明がん,右鎖骨上窩腫瘤
地域中核病院である。当院では,2006 年に県内
経 過:6 年前に認知症と診断を受け,グルー
初の緩和ケア病棟を開設し,地域診療連携拠点病
プホームに入所中であった。今回,右頸部に腫瘤
院として,緩和ケアチームの組織横断的な活動に
を認め入院となるが,すでに手術は不可能で,家
も力を入れている。高齢者の多い地域柄,入院患
族も根治的治療を希望されなかった。そのため,
者の約 4 割が後期高齢者であり,緩和ケアチーム
緩和ケア科へ紹介となり,緩和ケアチームの介入
*
松江市立病院 看護局:Department of Nursing, Matsue City Hospital〔〒 690 | 8509 松江市乃白町 32 | 1〕
0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY
274
Vol.23 No.4 JUL. 2013
高齢者ケアのスペシャリストから学ぶ緩和ケア
老衰と緩和ケア
―その人らしい生き終え方とは―
Aging and Terminal Care: What His (Her) Way to Die?
大 蔵 暢*
Toru Okura
Keywords :虚弱高齢者,老衰終末期,生活の質(QOL)
● 23:278 282,2013 ●
事例─①概要
清水さん(仮名)は,パーキンソン病
一流銀行の頭取まで務めたそうだが,
や認知症,脊柱管狭窄症を患う 91 歳男
いつも腰が低く,気さくな振る舞いから
性である。以前から,自宅で妻に日常生
は,その片鱗もみえなかった。野鳥の会
活動作(ADL)を手伝ってもらいなが
で活動していたほど鳥が好きで,暇をみ
ら生活していたが,2 年前(2011 年)に
つけては自室で双眼鏡を覗きながら,鳥
妻が入院したことをきっかけに,筆者が
のスケッチを描いていた。ホームのレク
訪問診療を行っている介護付き有料老人
リエーションにはほとんど参加し,特
ホームに転居してきた。痩せていて腰も
に,好きな音楽レクリエーションでは,
曲がっているため,その小さな身体を歩
常に最前列で身体を揺らしながら,大き
行器に預けるようにして移動していた。
な声で歌っている姿が恒例だった。
発症する老視(老眼)や,耳の細微な器官の機能
加齢による心身の変化
が少しずつ低下する老人性難聴など,程度や時期
a 老年症候群
の差こそあれ,すべての人に,加齢性変化は出現
人間の心身には,加齢によってさまざまな変化
する。
が起きる。心臓や腎臓などの各臓器の機能は,20
加えて,中年期以降は,高血圧や糖尿病などの
歳代をピークとして,加齢とともに低下すること
生活習慣病,老年期にはそれらの複合疾患である
が分かっているし,眼の水晶体の弾力が失われて
虚血性心疾患や,脳血管障害,悪性腫瘍などを発
東京ミッドタウンクリニック シニア医療部:Section of Geriatric Medicine, Tokyo Midtown Medical Clinic
〔〒 107 | 6206 港区赤坂 9 | 7 | 1 6F〕
0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY
*
278
Vol.23 No.4 JUL. 2013
高齢者ケアのスペシャリストから学ぶ緩和ケア
高齢者に対する薬物療法の留意点と服薬管理
Pitfalls of Pharmacotherapy in the Elderly
秋 下 雅 弘*
Masahiro Akishita
Keywords :薬物有害作用,薬物動態,多剤服用
● 23:283 286,2013 ●
者の 3 ~ 6 %は,薬物有害作用を理由とする2)。
はじめに
さまざまな因子が高齢者の薬物有害作用に関連
高齢者では,薬物の代謝・排泄能低下や多剤服
するが,最も重要なのは,薬物動態(pharma-
用を背景として薬物有害作用が出現しやすく,薬
cokinetics;PK)および薬力学(pharmacody-
物療法には特別な注意が必要である。緩和ケア・
namics;PD)の加齢変化に基づく薬物感受性の
医療を受ける患者の多くは高齢者であり,本稿で
増大と,多剤服用(polypharmacy)である。
は,薬物有害作用を避けるための工夫と服薬管理
s 量の調節
について解説する。
関連する事項として,日本老年医学会が 2012
PK は,吸収・分布・代謝・排泄という過程で
年に発表した立場表明および筆者らの厚労省研究
規定され,さらに組織レベルでの反応性(PD)
班が今年発表した「高齢者に対する適切な医療提
が薬効を左右する。PK の加齢変化の結果,高齢
供の指針」についても紹介する。
者では半減期(T 1/2 ) の延長や,最大血中濃度
(Cmax )の増大が起こりやすく,総じて薬効が強
薬物有害作用の要因と対策
く出ることが問題となる。このような高齢者の特
a 概 要
性を理解して,処方量を調節する必要がある。慢
高齢者では,若年者に比べて薬物有害作用(広
性疾患の場合,少量投与(成人量の 1/3 ~ 1/2 程
義の副作用)の発生が多く,しかも重症例が多
度)から開始するよう心がける。
い。入院症例では,高齢者の 6 ~ 15 %に薬物有
また,よく知らない薬物は,必ず添付文書で注
害作用を認め ,60 歳未満に比べて 70 歳以上で
意事項や代謝・排泄経路を確認する。長年同じ薬
は 1.5 ~ 2 倍の出現率を示す。また,高齢入院患
剤を使用している場合,その間に代謝・排泄機能
1)
東京大学医学部附属病院 老年病科:Department of Geriatric Medicine, University of Tokyo Hospital
〔〒 113 | 8655 文京区本郷 7 | 3 | 1〕
0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY
*
Vol.23 No.4 JUL. 2013
283
高齢者ケアのスペシャリストから学ぶ緩和ケア
介護者である家族を支援する
―家族の本当のつらさとは―
Support for Carer Who Care for Our Family
牧 野 史 子*
Fumiko Makino
Keywords :介護者,地域,孤立
● 23:287 292,2013 ●
クセンター・アラジン)では,2001 年から「家
はじめに
族介護者を地域で支援するための仕組みづくり」
わが国の超高齢化をにらみ,
「介護を社会で担
に取り組んできた。
おう」というスローガンのもと「 介護保険制度 」
本稿では,当法人での日頃の実践を通じて知る
が,13 年前(2000 年)に創設された。高齢化と
ところの,認知症の人を介護する家族が直面する
ともに認知症患者も激増し,2012 年 8 月に 300
つらさや
万人を超え,2025 年には 410 万人になるといわ
家族介護者への支援のインフォーマルな社会資源
れている。また一方で,家族(世帯)構成人数
や,その視点を紹介する。
は,平均が 2.2 人と少人数化するとともに,いわ
ゆる「親と数人の子ども」というモデル家族か
ら,さまざまな家族形態のありようがみられるよ
うになってきている。つまり,介護保険制度創設
藤,悩みなどについて述べたうえで,
認知症患者の家族介護者が抱えやすい
困難さやストレス
a 家族介護者の抱える困難さとは
時の家族像から,大きく家族や地域が変容してい
家族介護者のストレスや不安の根源について
るのが実態である。
は,①認知症の本人や対応(介護)に関すること
介護を担う家族介護者の負担感に関する研究調
(初期・中期・重度期それぞれ),②周囲の人々
査や,報道などは,数多く目にするが,家族の抱
(家族,親族,地域,医療・福祉関係者等支援者)
える多面的な負担(身体的・精神的・経済的な
に関すること,③生活や自分自身に関すること,
ど)を抜本的に軽減するものは,既存の制度や支
大きくはこの 3 つに分類される。
援体制の枠組みでは,なかなか見当たらないのが
しかし,ほとんどの介護者が重複した困難さを
現状である。当法人(介護者サポートネットワー
抱えている。もちろん,1 人ひとりの困難は千差
*
NPO 法人 介護者サポートネットワークセンター・アラジン:NPO Network Center for Carer’
s Support
ALADDIN〔〒 160 | 0022 新宿区新宿 1 | 25 | 3 エクセルコート新宿 302〕
0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY
Vol.23 No.4 JUL. 2013
287
高齢者ケアのスペシャリストから学ぶ緩和ケア
高齢者ケアの
“こんな時”
“食べる”を支える
―チームアプローチが有効であった事例から
大住雅紀*
霞ヶ関南病院 言語聴覚士
〔〒 350 | 1173 川越市安比奈新田 283 | 1〕
*
はじめに
高齢者における摂食・嚥下機能の不具合
人は,“食べる”ことで栄養を摂り,生命を維
摂食・嚥下に何かしらの不具合が生じた場合
持している。しかし,“食べる”ことで味を感じ,
に,摂食・嚥下障害と診断されることは,多くの
美味しいと思えば,幸せな気持ちになる。また,
方が周知されていることであろう。その原因はさ
“食べる”ことは交流の機会でもある。一家団欒
まざまではあるが, 脳血管障害(脳卒中) が最も
で食卓を囲むことや,食事会などで食事をしなが
多い。
ら会話を楽しむこともある。食事という手段を
しかし,高齢者の場合は脳卒中などの既往がな
使って,多くの人とのつながりをもつことができ
くとも,風邪や転倒などによるアクシデントによ
る。このように“食べる”には,生命を維持する
り,全身状態が悪化する場合がある。その結果,
とともに,楽しい一面も兼ね備えている。
摂食・嚥下障害が出現してしまうことがある。ま
本稿では,“食べる”ということが,単に安全
た,加齢に伴い徐々に摂食・嚥下機能に不具合を
な栄養摂取だけではなく,その人らしさを実現で
生じていることも,把握しておかなければならな
きるものであるとお伝えできれば幸いである。
い。
摂食・嚥下機能とは
“食べる”を支えるチームアプローチ
人が食べ物を認識して,口に運び,咀嚼して飲
“食べる” ことを支援するには,チームアプ
み込みやすい状態(塊)にし,飲み込むまでの一
ローチが不可欠である。多職種協働のチームアプ
連の流れを,摂食・嚥下という。摂食・嚥下には,
ローチは,各職種や患者・家族を含め,まず基礎
口腔・咽頭・食道・一部鼻腔の器官が関与してい
的な知識や技術の習得を行い,共通の言語を用い
る。このような器官が連動し,食べるという行為
ながら,
“何のために今そのことが必要なのか”
が成立している。一連のスムースな流れである
を理解したうえで,1 つの目標に向かってチーム
が,摂食・嚥下のメカニズムはとても複雑である
で取り組むことが重要である。
ため, ①食べ物の認知(認知期),②口への取り込
実際に,老年期の方は,加齢や認知症の進行に
み,③咀嚼と食塊形成(準備期),④咽頭への送り込
より,徐々にむせることが増えてきたり,食べる
み(口腔期),⑤咽頭通過(嚥下反射・咽頭期),⑥
ことに興味が薄れてきたりする。よって,加齢や
食道通過(食道期,蠕動期)に分けて考えられ,食
認知機能の低下により,食べることへ不具合を生
事場面での観察のポイントとなるため,理解して
じる・生じてくる可能性があると理解したうえ
おきたい。
で,定期的な各専門職種からの評価と,不具合が
生じないような対応(予防)が重要である。
具体的な関わりとしては,体力を落とさないた
Vol.23 No.4 JUL. 2013
293
高齢者ケアのスペシャリストから学ぶ緩和ケア
高齢者ケアの
“こんな時”
“排泄”を支える―高齢者の特徴を
踏まえた便秘のケアとポイント
西山みどり*
有馬温泉病院 ケア開発室
〔〒 651 | 1401 神戸市北区有馬町字山田山 1819 | 2〕
*
と,期間で便秘を判断していないだろうか。食べ
はじめに
たものが便になるまで,炭水化物なら 24 時間,
人は,生きていくために食べて出すのが基本で
脂質なら 72 時間程度かかる。そのため,最低 3
あり,排泄は,食べることと同様,重要である。
日間の観察が望ましく,このことからも 3 日に 1
排便の障害といえば,まず下痢と便秘が挙げら
回の排便が望ましいと考えられているのかもしれ
れるが,下痢では排便頻度が高く,感染が原因と
ない。
なる場合も多いため,医療者も問題意識をもちや
しかし,食事や水分摂取量・活動量が減り,薬
すく,素速くケアされることが多い。しかし便秘
剤を多く服用している高齢者は,まず便を形成し
は,高齢になれば仕方がないと捉えられ,
「3 日
て排出するだけの摂取量・活動量があるのか,排
なければ浣腸」といった画一的なケアを実施して
便動作がどの程度自立しているのかを,最低 1 週
いる場合も多いのではないだろうか。
間は観察する。またこの時,排便に関して現状を
ここでは,便秘について取り上げ,快便を目指
どのように感じているのか,高齢者の満足度や望
すケアの実際について考えたい。
みも聴取する。
腹部は,聴診だけでなく,視診・打診・触診を
行う。オムツ交換時などは,肛門診で実際に便塊
a「快便」とは
本稿でいう快便とは,やや硬い~やや軟らかい
の位置を確認することも重要である。さらに,失
便性状を呈し,たとえ他人の手を借りてでも,高齢
語症や認知症がある場合など,便意の訴えや排便
者が自分の排便に対して満足している状態を指す。
動作が難しいことが,便秘の引き金になっていな
いかも観察する。
s なぜ加齢に伴い便秘を引き起こしやす
くなるのか
高齢者の特徴を踏まえたケアの実際
加齢に伴う大腸の運動機能低下,咀嚼力や嚥下
①「食べたものが便になる」ため,食事摂取量
困難に伴う食事・水分摂取量の低下,筋力低下に
のアップを図る。乳製品や食物繊維など,便秘に
伴う脱水や排泄動作の自立困難などから,便秘を
良い食品もあるが,嗜好に合わないものは食事摂
招きやすい。また,大腸の疾患や炎症,薬剤の副
取量の低下を招く。無理強いせず,食べたいもの
作用,認知症に伴う排泄動作への不自由さなど
や嚥下しやすい形態を考慮し,まずは食べてもら
も,便秘を招く。原因は 1 つとはかぎらず,これ
うことに努める。
らが複雑に絡み合っていることが多い。
②一度に水分摂取量を増やすことは,口渇中枢
が鈍磨となり,水分の貯えである筋量の低下をき
d 何を観察するのか
たした高齢者には,負担が大きい。そのため,ま
便性状や便量にかかわらず,
「3 日なければ」
ずは現行の水分摂取量に,コップ 1 杯の水分を付
Vol.23 No.4 JUL. 2013
297
高齢者ケアのスペシャリストから学ぶ緩和ケア
高齢者ケアの
“こんな時”
“動く”を支える
―動けないことに対するリハビリテーション
福田卓民*
*
青梅慶友病院 リハビリテーション室 作業療法士
〔〒 198 | 0014 青梅市大門 1 | 681〕
はじめに
寝たきり高齢者への対応
動かないことに起因する二次的な障害が,心身
たとえば,自発的な動きがきわめて乏しい,い
の諸機能に及ぶことは広く知られており,高齢者
わゆる寝たきりの高齢者は,まさしく不活動と非
ケアにおいては,多くの対象者にその症状を認め
荷重の状態にある。この場合,廃用症状を極力避
る。本稿では,動かないことによる身体面への影
ける対応として,上肢や下肢,体幹などの他動運
響とその対応について,リハビリテーションの視
動や,介助による起き上がりや立ち上がり,座位
点から述べる。
や立位の姿勢保持などを,できるかぎり積極的に
行う。
不活動の弊害
一般的なリハビリテーションのプログラムであ
廃用症候群としての身体症状は,関節拘縮や筋
れば,一連の動作として,その自立度を高めるた
萎縮,褥瘡といった局所的なものや,起立性低血
めに反復される。しかし,寝たきりの高齢者を対
圧や心肺機能低下などの全身的なものが挙げられ
象とする場合は,筋の緊張を促し,関節面に重み
る。一旦それらが発生すると,連鎖的に新たな廃
をかけ,姿勢支持に働く反射・反応を誘発するな
用症状を引き起こすため,対応が遅れれば遅れる
どの目的で,実施することが多い。
ほど,改善が困難となることが多い。また,身体
これらの対応は,特別な時間を設けて行うこと
的に不活動であること自体が,痛みの発生にもつ
もさることながら,日中のさまざまな場面に組み
ながり,不活動状態の長期化で慢性痛へと発展す
込むことが望ましい。たとえば,上着を着る時に
1)
る可能性が高まる 。したがって,疾患や術後対
は肩関節を大きく動かしてから袖を通す,ズボン
応としての安静は,一時的なものとして有効では
は下肢を深く曲げてから履くなどとすれば,他動
あるが,過度になれば廃用症状や痛みを拡大する
運動の要素を含んだ更衣となる。
ことにつながる。
テレビを見る時や食事の時なども,背部をベッ
これが安静臥床ともなれば,臥位姿勢という重
ドから離し,足底を床に着け,できるだけ端座位
力負荷が少ない非荷重の要素が加わる。不活動と
に近い姿勢をとる。このことで,四肢や体幹に重
非荷重,そしてその長期化は,より痛みを生じや
みが加わり,抗重力に関係する筋の緊張を促し,
2)
3)
すく ,一方で関節可動域制限の発生因子 でも
姿勢保持のための反射・反応などが働く。
ある。そのため,なんらかの理由で長期的な安静
1 つひとつは小さな動きや荷重であっても,さ
臥床が必要な場合であっても,適度に身体を動か
まざまな生活行為のあらゆる場面に組み込むこと
すこと,または座位や立位などの抗重力姿勢をと
で,その部位は 1 日に何度も動かされ,何度も荷
ることは,不可欠な対応といえる。
重されることになる。
300
Vol.23 No.4 JUL. 2013
ショートレビュー
高齢者の終末期における意思決定について
平川 仁尚*
者は,医療者や家族など他者への配慮から,自己決定
高齢者の終末期の意思決定と
事前指示・リビングウィル
の内容そのものを容易に変えてしまうことさえあると
述べている。日本老年医学会7)は,わが国の高齢者は,
高齢者の終末期においては,病状の悪化や意識レベ
医療従事者に対する従順さをもっており,自己決定を
ルの低下により,高齢者が治療方針の決定に関与でき
するより,現在の置かれている状況を運命として諦め
なくなる場合が多い。もし,亡くなった高齢患者の希
てしまう傾向があると指摘している。
望が明確でなかった場合,医療者や家族は,難しい立
2 つ目は,日本人は,元来死をタブー視し,終末期
場に立たされる。つまり,「患者の希望する医療を行
や死について語り合うことを避ける傾向にあるという
わなかったのではないか」
「治療を行ったが患者を苦
問題である9)。実際に,全国老人保健施設協会4) や鶴
しめただけだったのではないか」と苦悩することにな
若ら10)は,高齢者介護施設入所時に,高齢者や家族と
りかねない。
延命・救命処置の希望について,ルーチンで話し合う
こうした状況を回避するため,事前指示・リビング
ことは,心理的に難しいと報告している。
ウィルの重要性が指摘されるようになった 。事前指
3 つ目は,事前指示やリビングウィルの所持率の低
示は,
「現在,意思判断能力が正常な人が,将来,判
さである。事前指示・リビングウィルは,一般に広く
断能力を失った場合に備えて,医療やケアに関する指
知られつつあるが,実際に公式文書として希望を残し
示を事前に与えておくこと」であり,終末期の延命治
ておきたいとする人は,必ずしも多くない。2004 年
療の内容に関する指示であるリビングウィルと,治療
の厚生労働省の報告11)によると,リングウィルを所持
方針の決定に関する代理人の指名から構成される2)。
したいと考える人は,全体の半数にも満たなかった。
事前指示の具体的な書式については,日本尊厳死協
筆者ら12)は,日本ホスピスケア・在宅ケア研究会の会
会が「世界のリビングウィル」としてまとめている3)。
員を対象とした前向き研究において,患者のリビング
わが国でも,全国老人保健施設協会4)や筆者が開発し
ウィルの所持率は 15 %であったと報告している。ま
1)
5)
た,日本人の事前指示・リビングウィルに関する意識
たもの を含め,散見される。
調査6, 13, 14)によると,日本人は,具体的な治療行為で
事前指示・リビングウィルの
運用上の課題
はなく,大まかな方針までを決めておくことを望むよ
うである。また,赤林ら15)によると,書面で事前指示
多くの日本国民が,事前指示,特にリビングウィル
1,
6)
に関心を寄せているとされるが
,実際の運用には
を行うよりも,口頭で家族に伝えておくのが望ましい
という考えをもつ人もいる。こうしたことも,事前指
示の所持率が低いことの要因となっているかもしれな
いくつかの課題がある。
1 つ目は,日本老年医学会の立場表明 や,服部ら
7)
8)
い。
の論文でも指摘されているように,わが国の高齢者の
以上のような状況から,わが国の医療者や家族は,
終末期の希望は変わりやすく,自己決定を避ける傾向
意思表示ができなくなった本人に代わってその意思を
8)
があるということである。服部ら は,わが国の高齢
*
推察する倫理感や,洞察力が要求されると考える。
名古屋大学医学部附属病院 卒後臨床研修・キャリア形成支援センター
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特別収録
アスベスト問題と中皮腫の緩和ケア1
―疾患の特性・患者の状況・ケアの工夫―
い。急に胸水が大量に溜まった時,
「なんだろう」
〔参加者〕(発言順)
Helen
(シェフィールド大学医学部研究員・
Clayson バーロウ石綿疾患支援会)
秋山 正子(白十字訪問看護ステーション・暮ら
しの保健室)
中山祐紀子(越川病院)
と診断に時間がかかってしまえば,あっという間
に病状は進行し,患者はそのまま旅立ってしま
う。その時,「ひょっとしてこの進行の仕方は,
中皮腫かもしれない」と頭の片隅に気づきがあれ
ば,丁寧に患者の生活歴を聞くことにつながり,
中皮腫を発見できる。
〔司会進行・通訳〕
長松 康子(聖路加看護大学
また,緩和ケアの導入が遅れている背景には,
国際看護学)
〔2012 年 11 月 24 日収録〕
中皮腫にかぎらず,“緩和ケア”の概念が患者・
家族に正確に浸透していないことも挙げられる。
“緩和ケア”をためらい,専門家の介入について,
中皮腫の特性
患者・家族が迷っている間に,病状が進行する場
2012 年 6 月に,がん対策推進基本計画が見
合もある。
直され,「がんと診断された時からの緩和ケア」
患者・家族への啓発はもちろんだが,医療従事
が進められている。メジャーながんに対する「早
者,特に緩和ケア従事者が中皮腫に関心を寄せ,
期から」の緩和ケアについては,注目が集まって
知識を得ることが,今まさに必須の時期なのであ
いるように思われるが,中皮腫についてはどうだ
る。
ろうか。中皮腫は,症状発症からの進行が,ほか
なお,発症原因が社会的なものであることか
のがんに比べてきわめて早い。そのため,これま
ら,患者・家族が利用できる経済的支援の制度
で発展してきた緩和ケアの疼痛コントロールや,
を,医療者から伝えていくことも必要である。
心理社会的ケアの知識やスキルが,中皮腫と診断
された時から,患者のケアに活かされる必要があ
り,必須である。しかし現状,中皮腫患者は,緩
本座談会の目的
和ケアを受けずに亡くなっていく場合が多いよう
上記のような状況から,今回,英国での中皮腫
に思われる。さらに,東日本大震災以降,アスベ
ケアの第一人者である Helen Clayson(以下,
ストは飛散している可能性があり,現在患者の多
クレイソン)医師にお話を伺う機会を得た。英国
い関西以外にも,増加が考えられる。
では,日本よりも中皮腫ケアが進んでいるといわ
れてはいるが,メジャーながんに比べて,希少例
日本における中皮腫緩和ケアの状況
であることには変わりがない。しかし,クレイソ
ン氏は,希少例の疾患だからこそ,中皮腫患者会
日本では,中皮腫患者の数が,今後ピークを迎
の設立など,周知・啓発活動を積極的に行ってき
えようとしているが,本疾患の特性,また治療・
た。
ケアの方法について周知されているとはいいがた
また,クレイソン氏と同様に普及の重要性を感
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語りかける声,聞こえてくる声
第
函館おしま病院 ホスピス 佐藤やす代
11
回
はじめに
緩和ケア病棟で働いて 10 年が経過した。気がつい
てみると,人生の折り返し地点を過ぎた年齢となっ
た。ホスピスでのさまざまな患者さんとの関わりで,
自分の心を豊かに育むことができたように思う。数え
きれないエピソードの中から「声」にまつわる 2 つの
出来事を紹介したい。
母と筆者
「耳だけは聞こえます」
患者さんの病状が進行すると,私たちはよくこの言葉を口にする。ある時,70 歳代の
女性が,厳しい状態で入院してきた。子どもは男だけ。息子たちは,母の状況をなかなか
受け入れられず,当院へ搬送したことでも,病気をさらに悪くさせたと考えていた。それ
でも,看護師の何度かの声かけに,病状を少しずつ受け入れようとしていた。
私は 2 日目に,夜勤で受けもった。病状に大きな変化はなく,朝を迎えた。早朝から,
チアノーゼが一気に目立ち始め,ベットを挟んで,両脇に腰かけている長男と次男に状態
を説明した。母親のかすかな声を聞く度,心配そうに母親に向かって「大丈夫?」と何度
か話かけていた。すると,ついに母親から「うるさい! 」と一喝され,2 人は顔を見合わ
せて苦笑いをし,再び席についた。怒られたものだから,何も話せなくなった。沈黙が続
いた。
私も静かに様子をみていたが,ふと気づいた。こうやって親子で過ごせる時間はあまり
ない。そこで,小声で話しかけた。
「心配しすぎて声をかけるより,今までの感謝の気持
ちを伝えるのはどうでしょうか。耳だけは最期まで聞こえているといわれていますから」
私はそう言って退出し,日勤の看護師と交代した。
ほどなくして,その看護師が目頭を押さえてステーションに戻ってきた。先ほどの息子
たちが,母親の手を両側から握って,
「お母さん,ありがとう。お母さんの子どもで良
かった」と感謝の言葉を語りかけていたそうである。それから数時間もせず亡くなった。
旅立つ人は,自分が心配されるより,大切な人が心穏やかであることに安心を覚えるも
のなのかな。そんなことを思わせる出来事だった。退院後,ご挨拶にみえた息子たちは,
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ご感想などお便りをお待ちしています!
〔[email protected]〕
Guy’
s and St. Thomas Hospitals
地域緩和ケアチーム見学
大石 愛
(前 King’
s Collage London, Cicely Saunders Institute)
はじめに
King’
s College London の緩和ケア修士課程(写真
1)を修了した 2013 年 1 月,2 週間の日程で,ロンド
ンの地域緩和ケアチームの見学をする機会を得ること
ができた。特に,地域のプライマリ・ケア・チームと
専門緩和ケアチームの連携に,焦点を当てて見学をし
た。限られた期間ではあったが,それまでに大学院で
学んだ英国の地域緩和ケアの現場を実際にみることが
できた。誌面に限りはあるが,この見学で学んだこと
を紹介したい。
英国の医療制度―プライマリ・ケアと
セカンダリ・ケア
写真 1 9 月の試験終了後にクラスメートと。メイン
キャンパスの Cicely Saunders の写真の前で
(後列中央が筆者)
英国の医療は,90 %以上が公的医療サービス機関
アドバイスすることである。英国の医療サービスを理
である NHS(National Health Service)によって提
解するうえで,プライマリ・ケア医とコンサルタント
供されており,英国に在住する人であれば誰でも無料
医の役割が,明確に分かれていることを理解するのは
で NHS の医療機関を受診することができる。NHS の
重要である。
医療機関を受診する際には,原則としてプライマリ・
ケアの専門医である GP(general practitioner:総合
診療医)診療所に,登録することになる。重症疾患の
治療は,セカンダリ・ケアを担当する病院で行われる
サービスの概要
英国の緩和ケアというと,ホスピスが注目されるこ
が,GP 診療所との関係は途切れることはなく,治療
とが多いが,実は,地域緩和ケアチームと病院内サ
経緯については,GP に継続的に情報提供がされるこ
ポートチームでケアされる患者の方が圧倒的に多い。
とになる。
今回見学したのは,Guy’
s and St. Thom a s NHS 地域に患者が戻った時には,多職種から構成される
Foundation Trust(GSTT)*1)というロンドン中心部
プライマリ・ケア・チームで,患者のケアにあたるこ
にあるセンター病院(写真 2)に所属する専門緩和ケ
とになる。今回見学した地域緩和ケアチーム(セカン
アチームであり,地域緩和ケアチームと病院内サポー
ダリ・ケア・チーム)のおもな役割は,このプライマ
リ・ケア・チームに,専門緩和ケアチームの視点から
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英国の公的医療サービス組織 NHS における trust と
は,1 つの医療法人のようなもの。GSTT は,2 つの
病院を擁し,合計 1,158 病床,スタッフ数 12,500 人と
大規模な trust である。
*1) Vol.23 No.4 JUL. 2013
画像で理解する
患者さんのつらさ
ご意見・ご質問・ご要望などをお待ちしています!
〔[email protected]〕
第8回
ママもうがんばれないみたいなの,ごめんね
水越和歌(埼玉医科大学国際医療センター 画像診断科)
斎藤真理(横浜市立大学附属市民総合医療センター 化学療法・緩和ケア部)
Pa :先生,本人へ髄膜播種については話された
頭痛,めまいで緊急入院に
なった原因を本人へ説明
のですか? 術前の化学療法は奏功しました
が,髄膜播種となると難しいですよね。
乳腺外科病棟での緩和ケアチームとの定例合同
S :昨夜,めまいはなく起き上がれたので,髄
カンファレンス
膜転移と薬物療法,放射線治療について説明
Na:病棟看護師,Pa:緩和ケア医,S:乳腺外科医,
しました。コントロールが難しい病状である
Py:緩和ケアチーム臨床心理士,Np:緩和ケアチー
可能性も話しました。
Na :A さんは,「自分のことだから聞きたいと
ム看護師,D:放射線科医
思っていたのですが,実際聞いちゃうと正直
Na :A さん,40 歳代,左乳がん,術前化学療法,
左乳房切除後です。一昨日,急に発症した激
残酷な結果ですね」と,夜勤の看護師に話し
しい頭痛,めまいの精査加療目的で入院しま
ています。お母さんは,「大丈夫よ。治そう
した。
ね」と A さんに言い聞かせていたそうです。
Pa :先月手術をして退院したばかりですよね。
Py :ということは,A さんのお母さんが現状に
対して一番反応している感じですね。ラウン
S :自宅で激しい頭痛とめまいが起きて,救急
受診しました。血圧上昇も認めており,頭部
CT を撮ったのですが,単純で所見はなく,
ドの際,お話を伺ってもよいでしょうか?
S :ぜひ,お願いします。明日から放射線治療
急遽造影をしたところ,D 先生に髄膜播種を
が始まりますが,どこまで良くなるのか見通
指摘されたんです。
しは立ちません。
Na :症状は,ステロイド,グリセオール ,トラ
®
Py :A さん,意識障害はどうでしょう? 3 人の
®
お子さんのケアも気になります。
ベルミン の投与で少し改善しましたが,体
位変換はすごくつらいみたいです。家族は険
Pa :ほぼクリアです。よって,本人の症状がつ
しい顔で,看護師のやることを見ています。
らいままであれば,鎮静の必要性も検討しな
Py :家族って,どなたですか? カルテのジェノ
ければなりませんね。時間があまり残されて
*1)
グラム
を見ると,娘が 3 人,小学生,中
いない予測で,ケア計画を立てないと…。
学生,高校生,夫は自営業,A さんの両親
S :乳がんの治療開始から日も浅く,もうがん
は健在で A さん宅の近所に在住,となって
ばるのは無理なのか…という残念な気持ちも
いますね。
私たちにはあって。ここでさらに悪化した際
Np :A さんのお母さんです。ベッドサイドで,
の意思決定をする面談は,きついですね。
Na :本人の希望,家族の思いなどを大切にして
A さんを見てずっと泣いています。
S :入院時の説明も,お母さんは熱心に聞いて
いました。夫は発言せず,お母さんが質問を
いきたいですね。
Np : では,画像を確認し,D 先生から説明を受
けて,早速ケア計画を立てましょう。
たくさんし,「なんとか治してください」と
繰り返していました。
Na :私たちにも,
「よろしくね,A ちゃんは諦め
ないから」と何回も言っています。
0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY
*1) ジェノグラム:世代関係図。家系図に,家族の病歴や
社会的背景も加え,定められた表記法に則って図式的
に示す。
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