キャラ語尾と翻訳 ―『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

ポスター発表
キャラ語尾と翻訳
―『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
における「-です」を例に―
朽方 修一 (エルジェス大学)
新實 葉子 (名古屋大学)
【キーワード】 キャラ語尾、
「-です」
、翻訳
1 はじめに
本研究は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に現れるキャラ語尾「-です」
が、どう英語に翻訳されているか調査し、英訳においてもキャラクターを考慮した翻訳が
見られることを指摘する。英訳では必ずしもキャラ語尾「-です」に対応した翻訳がなされ
ているわけではないが、
「非標準的つづり」や「引き算式」(山口 2007 pp.12-16)、といった
方法によりキャラクターを際立たせている翻訳が見受けられ、これはキャラ語尾翻訳の一
例としてみなすことができる。本研究は翻訳実践や翻訳教育へ応用するための基礎研究と
位置付けられる。
2 先行研究
まず、
「キャラ語尾」だが、これは金水(2003 p.188)に「特定のキャラクターに与えられ
た語尾」と定義されている。本研究でもこの定義に従い使用する。川瀬(2010)はキャラ語
尾としての「-です」の特徴を総合的に考察した研究であるが、他言語での翻訳において「です」がどう表わされるかについては扱われていない。山口(2007)は英語の役割語の研究
であり、その特徴として「視覚表現と非標準的つづり」
「ピジン英語と「引き算式」マーキ
ング」
「人称という名のオプション」
「幼児語と擬音語」の 4 つを挙げている(同 pp.12-21)。
本研究の結果でも英訳において
「非標準的つづり」
「引き算式」
といった特徴が確認できた。
3 研究の対象
村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』から、老博士が用いる語尾
「-です」に注目した。そして、
「迎えにきたです」(=(1a))のように動詞に「-です」が後続
する文法的に特殊な表現をキャラ語尾「-です」と位置付け(川瀬 2010)、考察対象とし、そ
の英訳と比較した。キャラ語尾「-です」は全部で 134 例見られ、そのうち 43 例が「-おる
です」という形式だった。
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4 英訳に見られる特徴
4.1 キャラ語尾「-です」と対応する特殊な英語表現
このパターンに該当するものとして、[a] to 不定詞が短縮される場合、[b] -ing の g が脱
落する場合、[c] you を y’と表記する場合、[d] indeed を’deed と表記する場合が挙げられる。
[b]には動詞 ing 形だけでなく-ing で終わる名詞にも同様の特徴が見られた。紙面の都合上
[a]の例のみ挙げる。本稿での出典は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』日
本語版を『日』
、英語版を『英』と表記する。
(1a) 迎えにきたです
(『日』上巻 p.45)
(1b) I came t’meet you
(『英』p. 23)
4.2 キャラ語尾「-です」と普通の英語表現
キャラ語尾「-です」が用いられているが、英訳では特に特徴が見られない場合もある。
(『日』上巻 p. 56)
(2a) モーゼは海まで渡ったですよ
(2b) Moses even crossed the sea
(『英』p. 30)
4.3 普通の「-です」と特殊な英語表現
また、普通の「-です」が特殊な英語表現で翻訳されている例も確認できる。これに該当
するものとしては、
(3b)のほかに do を’d、about を’bout、
around を’round、
suppose を s’ppose、
it is を tis、at all を’tall のように母音を脱落させた表現での翻訳例が確認できた。
(3a) 音抜きは発声と聴覚の両方向から可能です
(『日』上巻 p. 62)
(3b) It’s possible t’remove sound from both speakin’ and hearin’
(『英』pp. 34-35)
5 考察とまとめ
4 で見たように、英訳においてもキャラクターを特徴づけている表現が確認できるが、
キャラ語尾「-です」(を含む文)とその翻訳は必ずしも対応しているわけではないことが明
らかになった。また、本研究で確認した英語翻訳の全体的な特徴は、山口(2007)が挙げて
いる「非標準的つづり」や「引き算式」(同 pp.12-16) という特徴に該当すると考えられる。
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の英訳は、キャラクターを意識した翻
訳と位置付けることができ、教材として活用することも十分可能かと思われる。キャラ語
尾の翻訳には絶対的な正解はないと言えることから、本作品を参照し学習者と自由に様々
な翻訳例を出し合うなどすれば、
有意義な翻訳活動・翻訳教育を行うことができるだろう。
<参考文献>
Murakami, H. (2003) Hard-Boiled Wonderland and the End of the World. New York: Random
House.
金水敏 (2003)『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』, 岩波書店.
川瀬卓 (2010)「キャラ語尾「です」の特徴と位置付け」,『文献探究』第 48 号, pp. 125-138.
村上春樹 (1988)『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』上下巻, 東京:新潮文庫.
山口治彦 (2007)「役割語の個別性と普遍性―日英の対照を通して―」, 金水敏編 『役割語
研究の地平』, pp. 9-25, くろしお出版.
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