低アミロース紫黒米の安心・安全な栽培法 及び機能性を活用した新食品

平成18年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
低アミロース紫黒米の安心・安全な栽培法
及び機能性を活用した新食品の開発
食品工業部
小金丸和義 柘植圭介
鶴田裕美
紫黒米に含まれる色素,アントシアニンは抗酸化作用や血圧上昇抑制作用等の機能性が
明らかにされている.そこで,紫黒米色素の機能性を活用した食酢の開発を行った.まず
紫黒米による製麹をおこない,その後しょうちゅうの仕込み方法に準じて二段仕込みでの
エタノール発酵をおこない,さらに酢酸発酵により全紫黒米による醸造酢を製造した.そ
の結果,エタノール発酵,酢酸発酵とも順調に発酵し,十分な赤味を呈する紫黒米酢が醸
造できた.抗酸化活性は市販米酢と黒酢の中間の値を示した.
1.はじめに
低アミロース紫黒米は,図1に示すように,佐賀県農
業試験研究センターにおいて,紫黒米系統の「関東 198
号」と低アミロース系統の「さ系 D387」の交配によって
育種された米である.特徴としては、低アミロースであ
るため保水性がよく,また酒造用原料米としては消化性
がよいという報告がある.さらに,紫黒米はアントシア
ニンを多く含み生体調節機能が報告されている.紫黒米
のアントシアニン 色素はシアニジン-3-グリコシド
(Cy-3-Glc)が主体の色素で約 70%を占め,生体調節機
能としては,抗酸化作用,抗変異原作用,アンジオテン
シン変換酵素阻害作用,血中抗酸化活性上昇作用,酸化
ストレス回避効果,肝機能向上効果,血圧上昇抑制効果
などが明らかにされている.
そこで,低アミロース紫黒米のアントシアニン
色素の
抗酸化作用に着目し,その色素を有効に活用した醸造酢
の開発研究を行っている.前回までの試験醸造では,紫
黒米の精米歩合 95%以上で赤味の強い醸造酢が可能で
あること,また日光の照射によって赤味が薄れてオレン
ジ色に変色し,同時に抗酸化活性も低下することが分か
った.今回は,アントシアニンを多く含み,赤味が強く,
抗酸化活性が高い紫黒米酢を目的として醸造試験をおこ
なった.その為に,宮島醤油㈱にて精米歩合97%の紫黒
米を使用して製麹を行った.この麹と仕込み水の一部に
紫黒米の浸漬水を使用し,仕込みの簡素化のためにしょ
うちゅうの仕込み方法に準じて二段仕込みでエタノール
発酵をおこない紫黒米酢を醸造したので報告する.
2.実験方法
紫黒米の精米歩合97%を使用し,宮島醤油(株)にて
製麹条件の検討をおこない,
紫黒米で製麹をおこなった
.
エタノール発酵は,しょうちゅうの仕込み方法に準じて
-1-
二段仕込みとし総米1000kg でおこなった.
その仕込み配
合を表 1 に示す.
酢酸発酵は,エタノール発酵終了後のもろみを布巾で
絞り,水と種酢で成分の調整をおこなった.酢酸発酵は
宮島醤油(株)にておこなった.
抗酸化活性の測定は,DPPH 法でおこなった.また,
Cy-3-Glcの測定は,光琳出版の新・食品分析法に準じて
高速液体クロマトグラ
フ(HPLC)でおこなった.
紫黒米
由来の粳米
中部糯57号
ふくひびき
タツミモチ
関東198号
東北糯149号
紫黒米
中部糯57号
アミロース含量
約10%
佐賀40号
コシヒカリ
佐賀5号
ニシホマレ
さ系D387
関東168号
コシヒカリ
突然変異処理
ミルキークイーン
低アミロース
紫黒米
低アミロース系
の粳米
図1 低アミロース紫黒米の系譜
表1 仕込み配合
一次仕込み 二次仕込み
合計
紫黒米
200g
500g
700g
紫黒米麹
100g
200g
300g
450mL
850mL
水
1300mL
(麹歩合:30%、汲水歩合:130%)
平成18年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
400
炭酸ガス発生量(g)
300
200
100
0
0
5
10
15
20
日数
図3 エタノール発酵経過
7
6
5
酸度
3.結果および考察
紫黒米麹の製造に際し,まず精米歩合97%の紫黒米の
吸水試験をおこなった.その結果を図2に示す.低アミ
ロースであるので吸水が非常に早く,5分間で吸水率
29.6%になった.そこで,浸漬時間を5分間とし,その
後 60 分蒸して蒸米とした.製麹は宮島醤油
(株)の通風
式円盤製麹機を用いておこなった.
エタノール発酵工程は,5Lのポリビーカーに仕込ん
で経時的に重量を測定して発酵経過とした.その結果を
図3に示す.17 日目にエタノール発酵はほぼ終了し,エ
タノール濃度は 13.6w/v%となった.全紫黒米仕込みとし
たことと,仕込み水の一部に紫黒米の浸漬水を使用した
ことで,エタノール発酵過程の段階で,色調(A525/A420)
は 0.597と非常に赤味が強く,また抗酸化活性は 3498μ
mol Trolox/mlと高い抗酸化活性を有する結果が得られ
た.しかし,HPLCでの分析結果では Cy-3-Glcは検出さ
れなかった.
その後の酢酸発酵は,宮島醤油(株)にておこなった
.
種酢と水でエタノールを 4.15w/v%,酸度1.0 に調製し,
酢酸菌を移植して35℃の恒温器にて酢酸発酵をおこな
った.その経過を図 4 に示す.順調に酸度が上昇し 32
日目に酸度が 6.3となった時点で発酵を終了した.
醸造された紫黒米酢の成分等を表2に示す.酸度は
6.33 で,
酢酸にして 4.23%と順調に酢酸発酵がおこなわ
れた.乳酸は前回の仕込み試験よりも少なかったが
309mg/L となった.そこで,水 100mLに精米歩合97%の
紫黒米20g及び紫黒米の糠 10g を一夜浸漬し有機酸の分
析をおこなった.その結果を表3に示す.乳酸や酢酸の
生成がみられ,乳酸の生成の原因は雑菌として混入した
乳酸菌によるものと考えられた.そこで,紫黒米の浸漬
水を仕込み水として使用する場合は,浸漬水の殺菌が必
要と考えられた.
4
3
2
1
0
10
20
30
40
日数
図4 酢酸発酵経過
50
表3 紫黒米糠等の有機酸 (mg/mL)
吸水率(%)
40
30
97%白米
乳酸
酢酸
38
70
140
101
20
糠
10
今回の紫黒米酢の色調は 0.537 と十分赤味の強い醸造
酢となった.またアミノ酸量は 187.9mg/100mL と市販米
酢並のアミノ酸量であり十分旨味のある醸造酢といえる.
市販清酒や醸造酢の抗酸化活性を表4に示す.今回の
0
0
50
100
150
時間 ( 分 )
図2 精米歩合97%紫黒米の吸水試験
(水温:22.5℃,97%白米水分:11.5%)
-2-
平成18年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
表2 紫黒米酢の成分等
有機酸(mg/L)
酢酸
クエン酸 リンゴ酸 コハク酸
131
62
263
乳酸
309
色調
アミノ酸
抗酸化活性
(%)(A525/A420) (mg/100mL)(μmol Trolox/mL)
4.23
0.537
187.9
540
表4 市販醸造酢等の抗酸化活性
清酒
精米歩合55%
市販醸造酢
精米歩合85%
85
114
紫黒米酢
米酢
黒酢
A
B
228
1310
326
636
A 525nm
Cy-3-Glc
Peonidin
Cyanidin
Pe-3-Glc
紫黒米酢
紫黒米
スタンダード
0.0
4.0
8.0
12.0
16.0
20.0
24.0
28.0
32.0
リテンションタイム (min)
図5 アントシアニンの定量
紫黒米酢とこれらを比較すると,清酒より高い抗酸化
活性を示し,また市販米酢よりも高い抗酸化活性を示し
た.しかし,市販黒酢より抗酸化活性は低く,米酢と黒
酢の中間の抗酸化活性であった.エタノール発酵終了時
の抗酸化活性は,今までの試験醸造の中では一番高かっ
たが,酢酸発酵後は 540μmolTrolox/mLと予想より低く
なった.この原因については検討したが,現在のところ
不明である.
紫黒米酢及び紫黒米の HPLCの分析結果を図 5 に示す.
紫黒米酢ではCy-3-Glc は検出されず,Cy-3-Glcのピー
クと若干リテンションタイムがずれているので,酵母発
酵または酢酸発酵の過程においてCy-3-Glcの構造に何
らかの変化が生じたものと考えている.
4.おわりに
紫黒米の製麹条件を検討し,二段仕込みによる紫黒米麹
を使った醸造酢を製造した.
その結果,
エタノール発酵,
酢酸発酵とも順調な発酵経過を示した.醸造された紫黒
米酢は,今後の検討課題として,赤味の更なる増強と,
高い抗酸化活性を示す紫黒米酢の製造方法の確立,光等
による色調の退色防止技術の確立,Cy-3-Glcが酵母ある
いは酢酸菌等による構造変化が原因なのか等の解明が考
えられる.これらの課題を解決して安定した紫黒米酢の
市販化を支援したい.
最後に,紫黒米による製麹及び酢酸発酵をおこなって
いただいた宮島醤油(株)様に感謝いたします.
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