日本・米国・欧州における新しい金融規制の枠組み 2010 年 11 月 22 日、コロンビア大学ビジネス・スクール日本経済経営研究所は、 「日本・米国・欧州における新しい金融規制の枠組み」と題するシンポジウムを開催し た。このイベントは、日本経済経営研究所のプログラム「日米新金融構造」による協賛 の下、東京大学大学院経済学研究科教授の伊藤隆敏氏、コロンビア大学ビジネス・スク ール銀行・国際金融学教授のローレンス・グロステン氏、フィナンシャル・タイムズ 米国編集長のジリアン・テット氏が参加して開催された。 まず初めに伊藤教授は、2007 年から 2009 年にかけての世界的な金融危機は、米国 及び欧州数カ国における手ぬるい金融監督を主因として引き起こされたと言及した。世 界的な対外不均衡や米国の長期にわたる低金利を指摘するエコノミストもいるが、伊藤 教授は、これらは補助的な役割を果たしたにすぎないとの見解を示した。 伊藤教授は、金融監督は以下のいくつかの目的を達成することが理想的であると述 べた。すなわち、ショックに対して頑健な金融機関を維持すること、金融システムの安 定性を確保すること、そして、救済策の可能性にかかわらず金融機関のモラルハザード を防止することである。近年のほとんどの危機において、米国は、大規模金融機関を接 収し、金融システムの安定性を保全し、株主や経営者を罰する解決策を整えていなかっ た。現在の金融改革は、資産価格の高騰を監視し、景気循環に配慮した規制の枠組みを 導入し、バブルを監視することを通じて、ミクロ、マクロのプルーデンシャル機能を改 善することを目的としていると説明した。伊藤教授は、これらの目的は適当であるとし つつ、第一に金融システムにとって重要な金融機関の的確な対処メカニズム、第二には 破産法廷などの国際的な対処メカニズムの協力体制、といった2つの目標が欠けている と述べた。 日本の金融機関に関しては、バーゼルⅡの順守と、本質的にリスク回避的な行動のお かげで、今回の危機では不良債権をさほど保有することにはならなかったと、伊藤教授 は述べた。さらに伊藤教授は、金融庁と日本銀行は今回の危機に適切に対応したかもし れないが、それ以降、金融改革に関して十分な議論をしておらず、日本の銀行は、バー ゼルⅢの影響と国際金融機関に必要とされるコア資本規制を含む複数の項目について依 然懸念していると述べた。 グロステン教授は、米国の不良資産救済プログラム(TARF)とドッド=フランク・ ウォールストリート改革及び消費者保護法(Dodd‐Frank Act)に焦点を絞って議論を続 けた。グロステン教授は、政府はリーマンの崩壊とそれに続く銀行の行動を共に市場の 失敗と認識し、TARF の下で問題を解決するために 7000 億ドルを用意したと説明した。 政府は、不良資産の競売は適正な価格を決定し、将来的に資産がより適切な形で取引さ れるよう望んでいた。最終的には、TARF を通じて銀行セクターに政府からの膨大な助 成が行われた。政府はまた、AIG、GM、クライスラーの株式を購入した。2010 年 10 月 になされた予測では、2500 億ドルを要した銀行の資本増強プログラムは、160 億ドル の利益を出して終える見込みである。グロステン教授は、このケースのポジティブな結果を 認める一方で、こうした金融監督手法を通じて米国政府が直面することとなったリスクを、今 後に向け、リスクが顕在化する事前の段階において、より適切に分析・評価しておきたいとの 意向を示した。 グロステン教授はまた、AIG、GM、クライスラーに関する政府の関与は、米国経済に 長期間にわたり重要なコストを課すものに限定されたものの、結果的に、住宅ローン条 件緩和プログラムは、30~40%の再破産により、より大きな負担を生じさせたと説明 した。Dodd‐Frank Act について考えると、グロステン教授は、将来資産バブルを回避す ることに自信が持てないと述べた。さらに重要なことに、金融機関がレバレッジ規則の 抜け穴を探すことを防止できるとは信じられないと指摘した。グロステン教授は最後に、 Dodd‐Frank Act には TARF のより望ましい側面が確保されているという期待を表明した。 テット米国編集長は、アイルランドが直面している現在の銀行危機と、欧州が全体と してこの 2 年間直面してきた課題について言及した。テット氏はこれを、家を襲った ハリケーンが、事前には誰も気がつかなかった家の小さなひび割れを露わにしたような 状況に例えた。ハリケーンに襲われたことにより、ひび割れは大きく広がり、ひいては 家の基礎さえも疑わしく見え始めているいう。 テット氏は、欧州の問題の中で、第一に、財政統合または政治統合をせずに、通貨統 合を行うという、未だ解決していない曖昧で矛盾している問題を指摘した。第二に同氏 は、異なる速度で成長する複数の国々に対し、いかにして1つの金融政策を課し得るか という問題のため、平和かつ穏やかな通貨統合の存在が難しくなったと述べた。また3 点目の問題として、ミクロのレベルで銀行に何が起きているかということについて銀行 監督の権限を持たずして、欧州中央銀行(ECB)は金融政策を遂行し、金融の安定性を 確保できるかということ。4点目として、ECB が万一破たんした場合の ECB を守る制度 の欠如。最後に、金融問題により複数のメンバー国が深刻な状況に陥ったり、メンバー 国が通貨統合から離脱することを希望した場合に、通貨統合の中で何が起きるかについ て曖昧であると指摘した。テット氏は、ユーロ圏の金融システムのいくつかの要素は過 去 5 年間うまく機能したものの、複数の国でひび割れを壁紙で覆う傾向がみられ、ユ ーロ圏の概況はかなり不安定であると述べた。 質疑応答: O&A セッションでは、まず最初に、コロンビア大学経済学部カール・S・シャウプ日 本経済学教授であるデイビッド・ワインスタイン氏から、我々が金融システムにみる 多くの問題を踏まえて、今何がなされるべきか、もしパネル参加者が実施への制約を 受けないとすれば、何をするかとの質問が出された。 2 伊藤教授は、改善を図った上での国際協調に加えて、バーゼルⅢと Dodd‐Frank Act の本 腰を入れた取り組みが最も重要な次のステップであると回答した。危機は米国では薄れ つつあるが、こうした取り組みは骨抜きになるリスクがあり、伊藤教授は、取り組みが 精力的になされ、金融監督機関をさらに精査することを確認したいと述べた。 グロステン教授は、Dodd‐Frank Act が、ボルカー法(Volcker Act)のようなレバレッ ジ規則を金融機関が回避することを妨げるメカニズムを含んでいるものの、それは万能 薬ではなく、正しい方向への第一歩にすぎないと言及した。グロステン教授は、取引所 外での証券の私設取引は銀行の利益に一括計上されるべきではないと主張した。 テット米国編集長は、IMF が解決プログラムを提案することを期待しており、欧州の 人々が、自国の政府より IMF により厚い信頼を置いていることから、それは成功する であろうと述べた。またテット氏は、ユーロ圏のためには、銀行を倒産させる国境を越 えた解決策・システム不可欠であると言及した。 コロンビア大学ビジネス・スクール日本経済経営研究所シニア・アドバイザー兼同 大学国際関係・公共政策大学院非常勤准教授の小川アリシア氏は、「co‐cos」、すなわ ち銀行資本が資本不足になると、株式に転換されてしまう転換社債の有効性について 尋ねた。 テット米国編集長は、スイスは解決策を見つけられなかったため、co‐cos を活用した と述べた。ある解決策が co‐cos より効果的で明瞭であるとしても、そのシステムが実 現間近かとは信じがたいという。人々は問題を隠しつつ、迅速な解決を模索しているの だと述べた。 グロステン教授は、合理的な人は co‐cos の価格を理解できず、こうした価格設定の 問題は人々の関心を失わせると述べた。教授は、co‐cos による解決は前途有望にみえる が、実施にあたり相当な困難が残されていると説明した。 シティグループから参加した聴衆からは、米国と日本の銀行危機と危機後の金融シ ステムの状態の相違について質問が出された。 伊藤教授は、日本の危機は、主に不動産と建設セクターにおける不良債権(non‐ performing loans ,NPLs)に起因し、商業銀行の領域にとどまったと述べた。人々はどの ように問題を解決するかについて理解していたが、政府が問題を長引かせ、拡大させた。 米国の危機は、「がらくたから黄金を作り出す」という陰の銀行システムによるもので あり、銀行融資の問題というより証券の問題である。日本では、商業銀行が 2003 年に NPLs を取り除くことができたときに資本注入を受け、利益により債務を返済すること ができた。今日本の銀行が直面する障害は、低い収益性である。米国では、問題ははる かに根深い。政府はすべての投資銀行を、連邦準備制度が監督する商業銀行の範疇に入 れてしまった。政府は陰の銀行システムに焦点を絞り、この問題を解決できると信じて 3 いる。しかしながら、伊藤教授はボルカー法をもってしてもそれを確信できず、投資銀 行は規制の抜け穴をなおも見つけるかもしれないと信じている。さらに伊藤教授は、ヘ ッジ・ファンドのような他の金融機関が成長して、システムに脅威をもたらすに十分大 きくなりうる可能性に言及した。 コロンビア大学国際関係・公共政策大学院 国際経済法・国際関係学教授のメリッ ト・ジェイノー氏は、監督体制の改革に関する意図せざる結果、特に連邦準備制度が 危機に対応する柔軟性を減らすことについて、パネル参加者の所見を尋ねた。 連邦準備制度に課された厳格な枠組みは、意図的に導入されたものであるが、グロス テン教授は、議論が、政府は決して株式を保有すべきではないといったようなイデオロ ギー的なものとなることを懸念していると述べた。同時にグロステン教授は、すべての 状況において、連邦準備制度が正しい判断をするという完全な信頼を持っておらず、柔 軟性を減らすことは妥当なアプローチであるとした。グロステン教授は、TARF はうま く機能していると信じているが、これがいかなる場合もうまく機能するとは考えておら ず、究極的には、これまでの連邦準備制度の行動は、「複数年にわたる実験」とみるべ きであろうとした。 伊藤教授は、米国で適切な保全メカニズムが創設されるのであれば、連邦準備制度の 柔軟性に制約を加えることは悪いことではないかもしれないと述べた。 テット米国編集長は、次の危機は、サブプライムローンからではなく、予測しがたい 原因から生じるであろうと主張した。同氏は、国際システムには、点を結び危機を予期 できる機関が必要であると信じているが、現在、システム全体を見渡し、金融業界によ り撃退されることなく修正のアクションをとれる機関はどこにもないと述べた。 別の聴衆は、金融システムは安定化させることが不可能なところまで発展してしま ったのではないかとの懸念を示した。終わりのない監督の撤廃に明確な利益を見出せ ない、また、監督撤廃によるメリットをもってしても、最近の危機による世界の経済 の 12%ものロスを埋められないと述べた。 テット米国編集長は、金融の技術革新はもはや消費者の要請に効率的に応えるもので はないと同意し、むしろ、複雑さを何層も重ね、規則の境界ギリギリでせめぎ合っている ようなものだと述べた。その結果、今回の危機につながった人々の行為は厳密には違法 とはいえず、今回の危機への対応として彼らを牢獄に送ることは困難となったという。 同氏は、我々はますます複雑さを増すシステムを構築しており、すべてのレベルで断片 化が進み、すべての人が何をしているのかを知ることは極めて難しくなった、そして、 こうしたシステムの相互作用により、小さなグループが何か悪いことをすると、その行 為はシステム全体に影響をもたらすと語った。 4 本イベントは、コロンビア大学ビジネス・スクール日本経済経営研究所とコロンビア 大学 サンフォード・C・バーンスタイン社リーダーシップ・倫理研究所が共催し、日 本経済経営研究所のヒュー・パトリック所長およびデイビッド・ワインスタイン教授の 進行により進められた。 翻訳: 北浦修敏(コロンビア大学ビジネス・スクール日本経済経営研究所客員研究員) 邦訳監修: 荻野僚子(コロンビア大学ビジネス・スクール日本経済経営研究所) 高橋かほり(コロンビア大学ビジネス・スクール日本経済経営研究所) 5
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