Appendix 1 Sパラメータの基礎

Appendix1
Sパラメータの基礎
A1-1 定義
Sパラメータ(Scattering parameter)とは、交流信号を波動と捉えたとき、
その波の散乱度合いで対象となる回路の特性を表わしたものです。「散乱」
という用語は、ここでは反射(入射側に戻ってくるもの)と伝送(別な方向
に伝わるもの)の総称です。
図A1-1に光との類推で図示してみました。
「度合い」というのは、どの
程度減衰されて、あるいは増幅されて伝わるかということを指しています
が、それを電力(正確にはその平方根を取ったもの)で計量します。散乱度
合い
(Sパラメータ)によって対象回路の線形な性質はすべて把握できます。
図A1-1 Sパラメータの概念図(光との類推)
入射a1
(A1-1) Sパラメータは比なので、基本的には無次元量です(単位がありません)
。
しかし、その大きさを言う場合、常用対数をとって、dB単位で表わすのが普
通です。参考のため、表A1-1に代表的な値を載せておきました。
表A1-1 Sパラメータの大きさ
透過,伝送b2
反射b1
対象物
58
S21=b2/a1
S11=b1/a1
対象回路のポート(出入り口)に番号を付け、「ポート j に入射→ポート i で
検出」されるSパラメータをSijと記します。i=jの場合は反射、i≠jの場合は
伝送を表わします。
従って、nポート回路の場合、n 2 個のSパラメータが存在することになり
ますが、それらを行列の形に並べたのをS行列(散乱行列)と言います(式
(A1-1)
)
。詳細な定義は教科書([1] ∼ [5])などを参照してください。
A1-2 性質
Sパラメータのいくつかの性質を列挙します。これらは覚えておくと便利
です。
・無損失回路の場合、S行列はユニタリ行列になります。従って、2ポート
回路では、 (Feldtkellerの公式)
が成り立ちます。損失が無いので全割合を足せば100%になるということ
です。
このことから、「S21(S11)が大きいときはS11(S21)が小さい」という関係に
あることがわかります。
・2ポート受動回路の場合は、
( 等 号 は 無 損 失 の と き。 前 記 )と な り ま す。 従 っ
て、受 動 回 路 のSパ ラ メ ー タ は1(0dB)を 越 え ま せ ん。 こ の 左 辺、
を"電力散乱率"と称します。それは、対象回路の中で
どの程度電力が消費されるかを示しています。
で、小さいほど損失性ということになります。
・カットオフ周波数とは、フィルタなどでその通過域と阻止域の境界を示
す周波数です。概略、|Sij|=–3dB(半分の電力が通過する)となる周波数と
考えてよいでしょう。従って、無損失2ポート回路の場合、カットオフ周波
数では、|S11|=|S21|となっています(|S11|のグラフと|S21|のグラフの交点、実
例は図A1-6参照)
。
・可逆な回路(受動部品で言えば一方向系(アイソレータやサーキュレー
タなど)でないもの)は、S行列が対称行列になります。
従って、Sij=Sjiです。ミックストモードSパラメータ(A1-10節参照)でも同
様に、Scc21=Scc12, Scd21=Sdc12, Sdc21=Scd12, Sdd21=Sdd12が成り立ちます。
A1-3 Touchstoneフォーマット
Sパラメータの測定は、最近ではネットワークアナライザを使うのが一般
的です。その際、データを保存する形式としては、後に数値としてやり取
りしたり、シミュレータで使う予定があるなら、いわゆるTouchstone形式
(のテキストファイル(.snp)
)にしておく必要があります。Touchstoneファ
イルの例を図A1-2に示します。
図A1-2 Touchstoneファイルの例
option line(#行)の意味は表A1-2をご参照ください[6]。次の行からは、
複数の列で構成された数値が並びます。一番左の列は周波数です。この例
ではDC ∼ 6GHz(0Hz ∼ 6000MHz)になっています。周波数範囲やその
間隔は任意ですが、低い順に並んでいなくてはなりません。残りの8列は、
その周波数でのSパラメータ値です。2ポートの場合は、S11、S21、S12、S22の
順に並んでいます。各Sパラメータは2つの実数(この例ではMA形式だか
ら絶対値と位相)で表わされていますので、全部で8列(周波数を入れると9
列)となります。2ポート以外の場合もほぼ同じです(数値の並び順が行列
のようになるなど、多少の違いはありますが)
。
表A1-2 option line(#行)の文法
例
規格
MHz
周波数の単位。
S
回路行列の種類。S/Z/Yなど。
MA
複素数の表現形式。MAは絶対値と位相(magnitude/
angle)のこと。
その他にRI(real/imaginary)とDB(dB/angle)という形
式もある。位相の単位は「度」。
R50
基準インピーダンス/を示す。
R50は、50ということ。
A1-4 Sパラメータを使う理由
電子機器の高速化に伴ない、デジタル設計においてもアナログ的な性質
(SI= Signal Integrity)が重視されてきました。そのため、従来はやや特殊な
扱いであったSパラメータも、今また注目が集まっています。Sパラメータ
は、どういう場面で、そしてどういう理由で使われるのでしょうか。いく
つかを列挙してみました。
・信号や電力(エネルギー)の授受を表わしている:そのため、フィルタの
減衰量や能動素子の変換利得など、物理量として意味がある。
59
・高周波では、対象物が波長程度の大きさになり、場所による時間差を考慮
する必要がある。そのため反射、伝送といった関係で現象を捉えた方が理
解しやすいし、
式も簡潔になる。伝送線路のSパラメータが、式(A1-13)
のような簡単な式で表わされるのは、そういったことの一端である。
・受動回路では常に存在する(発散しない)
:従って、例えば理想トランス
網の解析などに有効。
・高周波で測定可能:厳密な開放、短絡といった終端条件は、高周波では実
現が難しい。その点、Sパラメータは抵抗終端で定義されているので測定
しやすい。そういった測定可能な量で記述しておけば、計算が面倒でない(Z
行列とかY行列とかに変換する手間がかからない)
。
60
A1-5 インピーダンス
線形な1ポート(2端子)回路の特性は1つの複素数で記述できます。イン
ピーダンスやアドミタンス、反射係数などがそうです。これらについては
説明を要さないと思いますが、簡単にだけ触れておきましょう。
端子間の電圧と端子を流れる電流の比が、インピーダンスZ、そしてその逆
数がアドミタンスY です。複素数なので、実虚あるいは極形式など2つの実
数で表わせます。インピーダンスの実数部は「抵抗R」、虚数部は「リアクタ
ンスX」と呼ばれます。アドミタンスの実数部は「コンダクタンスG」、虚数
部は「サセプタンスB」です。
2つの実数で決められるので、コンデンサと抵抗器(C-R)あるいはコイル
と抵抗器(L-R)の組み合わせ回路で表現することも可能です。組み合わせ
方は並列、直列がありますので、結局全部で4通りあることになります(表
A1-3参照)
。
表A1-3 インピーダンスを表現する諸量
(インピーダンス Z = R + jX= | Z | e jθ, アドミタンス Y = G + jB= | Y | e -jθ、
とL、C、Q、D=tanδの関係)
領域
誘導性
(Inductive)
Ls
Lp
R
G
X≧0 ,B≦0
0≦θ≦π/2
X = ωLs
容量性
(Capacitive)
Cs
X≦0 ,B≧0
−π/2≦θ≦0
D = tanδ= 1/Q
表現回路
B =−1/ωLp
Cp
R
X =−1/ωCs
G
B = ωCp
D = R/X =−G/ B
D = R/ωLs= ωLpG
D = cotθ
δ=π/2−θ
相互関係
RG= 1/ (1+ Q 2 )
XB=−1/ (1+D 2 )
Cs= Cp (1+D 2 )
Lp= Ls (1+D 2 )
D =−R/X =−G/ B
D≪1のときの近似
D = ωCs R = G /ωCp
RG≒D 2 , XB≒−1
D =−cotθ
Cs≒Cp , Lp≒Ls
δ=π/2+θ
ここでのL値やC値は虚数部を表現する一種のパラメータです。具体的に
言えば、Ls、Cpはそれぞれ、リアクタンスX、サセプタンスBを角周波数ωで
除したものです。それ以上でも、それ以下でもありません。
例えば、コンデンサを測定し、Cpを表示させたとします。それがコンデン
サの真の静電容量(誘電体の誘電率に比例するもの)になっているかどう
かは、その測定周波数において、対象となるコンデンサがCとRの並列回路
で(近似的に)表わされうるかどうかということによります。自己共振周
波数を超えていれば、Cpは負になっているでしょうし、電解系のコンデン
サのようにコンデンサと直列に入っている(陰極の)抵抗が大きく影響し
ている(D>>1)のであれば、自己共振周波数以下でも、Cpが何を指している
かは不明です(電解系のコンデンサでは静電容量を測定する際、Csで見る
のが普通です)。従って、少々逆説的ですが、測定モードをCpにするかCsに
するかは、測定する前からわかっていないといけないということになりま
す。もっとも、2つの(独立な)パラメータを取得してあるならば、測定後
に表A1-3の式を使って、変換することは可能ですが。
一方、
インピーダンスやアドミタンスの実数部は回路の損失を表わします。
実数部そのものではなく、実数部と虚数部の比D(=tan、損失係数)で表現
することもあります。はインピーダンスあるいはアドミタンスの位相の
余角に相当します(が、その値自体を扱うことはほとんどありません)
。
低損失なものを扱うときはtanが小さくなりますので、100倍して%表示す
Q
ることがあります。またtanの逆数、
(品質係数)も広く使われています。
tanを使うか、Qを使うかは、その分野で慣習的に決まっていることが多い
と思います。
コイルとコンデンサを(直列または並列に)つなげると共振回路になりま
す。それぞれに損失があった場合、共振回路のQ(=中心周波数/半値幅、共
振の鋭さを表わす)は、コイル、コンデンサの品質係数QL、QCと次のような
関係にあります。
(A1-2)
1
1
1
=
+
Q
QL
QC .
図A1-3 インピーダンス平面からスミスチャートへ
X
R
図A1-4 スミスチャートにLCR直列回路をプロットする
ImΓ
+j
従って、コイル/コンデンサのQは、無損失(Q=∞)なコンデンサ/コイルを
つなげたときの共振回路のQと定義することもできます。
ReΓ
A1-6 スミスチャート
1ポートのSパラメータを反射係数と言います(反対に反射係数を2ポート
以上に拡張したものがSパラメータとも言えます)
。反射係数Γは、同じ1
ポートパラメータであるインピーダンスZやアドミタンスYと次のような関
係にあります。
Y0−Y
Z−Z0
(A1-3)
Γ =
=
Y0+Y .
Z+Z0
ただし、Z0=1/Y0は基準インピーダンスです。
スミスチャートというのは、反射係数の複素平面上に、インピーダンスを
直読できるような目盛りを振ったものです。ΓとZ、Y は(無限遠点を含め
れば)
、式(A1-3)のように一対一に対応していますので、そのようなこ
とが可能なのです。対応の様子を図A1-3に示します。この図を見ればわ
かるように、受動回路(インピーダンスの複素平面の右半平面)は、スミス
チャートの内部になります。そして、short(Z=0、インピーダンス平面の
原点)が左端(Γ=−1)
、open(Z=∞)が右端(Γ=1)
、Z=Z0が中心(Γ=0)
になります(図A1-4)
。
-1
(short)
0
+1
(open)
-j
C
R
L
図A1-4の青線はQ=1の等Q円を示しています。それは、スミスチャート上
でX=±Rの点を結んだものです(従って、インピーダンス平面では原点を
端とする傾き±1の半直線に相当します)
。
例として、LCRの直列共振回路を図A1-4に赤でプロットしました。周波
数は図中に明示されていませんが、低周波では右端(Γ=1、open)にあり、
そこから出発し、周波数が増加すると時計回りにまわって、高周波の極限
では再び右端に戻ります。インピーダンス平面では、点(R、0)を通り虚軸
に平行な直線になりますが、それを図A1-3のように丸めたのが、上記の軌
跡になるわけです。Fosterのリアクタンス定理にあるように、リアクタン
スは周波数の増加関数ですので、スミスチャート上では時計回りとなりま
す。
LCR直列回路の共振周波数は、
(A1-4)
,
61
となりますが、それは赤線が実Γ軸を横切る瞬間です。そして、両側の等Q
円との交点が半値幅
を示します。そして、LCR直列回路のQは、
(A1-5)
無損失の場合、これらの式からわかるように、①series-thruならZ=j2Z0のと
き、②shunt-thruならY=j2Y0のとき 、カットオフとなります。
ビーズの例で見てみましょう(図A1-6)。
. となります。ただし、
. です。
この図からわかるように、損失が少ない(赤線がスミスチャート外周に近
い)ほど、半値幅が狭くなり、従って、Qが高くなります。
スミスチャートはインピーダンス測定(反射係数からの換算)や整合回路
の設計、マイクロ波増幅器の設計などに使われます。
図A1-6 ビーズのインピーダンスとSパラメータ
(a)
|Z|
100Ω
X
R
(b)
62
A1-7 2端子部品のSパラメータ
2端子部品、すなわちインピーダンスで特性付けられる部品を配置して2
ポート回路を構成してみましょう。最も簡単なものとして、図A1-5に示
すような2つのタイプが挙げられます。実際の回路ではこれらをつなぎ合
わせた構成(接続については次節参照)になっていることが多いと思いま
すが、そういった意味でこれらは基本形です。SEATで表示するSパラメー
タもこの配置のものです。
図A1-5 2端子部品で2ポート回路を構成する
①series-thru
Z
②shunt-thru
Y
Sパラメータの理論式は次のようになります。
(A1-6)
(A1-7)
|S11|
|S21|
低域のカットオフ周波数は5MHz付近ですが、その周波数で、ちょうど
|Z|=100になっていることがわかります。100というのは、もちろん、
50系のSパラメータを見ているからです。基準インピーダンスが50で
なければ、また違ってきます(図A1-7参照)
。
インピーダンスとSパラメータの関係は、理想的には上記のようになりま
すが、実測値を使って計算する場合は、少々注意が必要です。実際の測定
では、図A1-5のように配置しても、GNDとの相互作用が何らか存在する
からです。
A1-8 縦続接続
回路の接続形態として最もよく使われているのは縦続接続です。2ポート
回路Mと回路N(それらのS行列をSM、SNとします)を縦続接続したときの
全体のS行列SMNは、
(A1-8)
.
となります。ただし、接続されるポートの基準インピーダンスは等しくな
ければなりません。縦続接続の計算ではF行列やT行列を用いることが多
いのですが、元がS行列で表わされているならば、変換しなくて済む分、式
(A1-8)は便利です。
回路Mのポート2を終端したときの入力インピーダンス(反射係数ΓINで表
わす)は、上記縦続接続で、回路Nが1ポート回路(その反射係数をSN11とす
る)の場合に相当するので、式(A1-8)の(1、1)要素、
SM12SN11SM21
(A1-9)
ΓIN = SM11 +
1−SM22SN11 .
となります。
A1-9 伝送線路の特性
伝送線路(もしくはフィルタなどを伝送線路と見立てたとき)の特性とし
て、群遅延時間や特性インピーダンスがあります。
群遅延時間 tGDは、S21の位相を用いて、
(A1-10)
.
で与えられます。この値が周波数に対して平坦でないと、デジタル波形の
ように複数の周波数成分を持つ信号は歪みが発生します。
特 性 イ ン ピ ー ダ ン スZ0tは、Open/Short法( 他 端 をOpen、Shortし た と き
の入力インピーダンスから Z0t = Zopen・Zshort として求める)で算出するこ
とができます。OpenまたはShort終端のときの入力インピーダンスは式
(A1-9)でSN11=±1とすれば得られますので、結局、特性インピーダンス
Z0tは、Sパラメータを用いて、
(A1-11)
Z0t
( 1 +S11+S22+ | S |)( 1 +S11−S22−| S |)
=
Z0
( 1−S11+S22−| S |)( 1−S11−S22−| S |) .
と書くことができます。これは影像インピーダンスを求めていることに相
当します。
この方法は、Open/Short法を原理としているので、λ/4以下の低い周波数
でないと精度良く求まらないということに注意が必要です。結合線路で
も、適当なモードを取る(モードについてはA1-11節参照)ことにより独立
になるならば、それぞれのモードで式(A1-11)を使うことができます。
なお、特性インピーダンスはTDR測定でも求められます。その場合は、時
間軸特性(位置情報)が得られます。
ちなみに無損失伝送線路のS行列Stは次式で表わされます。
(A1-12)
ただし
、
、t は電気長(単位は時間)です。
基準インピーダンスを線路の特性インピーダンスに取れば、ρ=0なので、
式(A1-12)は、
(A1-13)
.
と簡単になります。整合しているので、反射(S11)が無く、またS21は電気
長分だけ位相が回ります。逆に式(A1-13)に基準インピーダンスの変更
(次節参照)を施したものが、式(A1-12)となります。式(A1-12)の分
母は不整合による多重反射を表わしているわけです。
A1-10 基準インピーダンス
Sパラメータを使う上で、あるいは理解する上で重要な概念に基準インピ
−ダンスというものがあります[4]、[5]。
Sパラメータの値を示すとき、単純にS21がxxdBとか言ったりしますが、本
来は、yyを基準にしたときのS21がxxdBと言う必要があります。たいてい
の場合、50基準なので省略しても問題は無いのですが、何かを基準にした
ときの、言わば相対値だということを忘れてはなりません。Sパラメータ
を取得(測定やシミュレーションで)した際の基準値が必ず付属している
のです。基準というのは次のような意味です。Zパラメータ(インピーダ
ンス)は通常、基準値などは付いていませんが、付けて言うことも可能です。
例えば、50基準ならば、200のことを4と、5のことを0.1と称すればよ
63
いのです。この場合は、割り算をしただけですので単純明快です。Sパラ
メータの場合は少し複雑(式(A1-3)参照)なので、少々理解しにくい面も
ありますが、何かを基準にした「相対値」だということには変わりありませ
ん。
50というのが単なる基準値である以上、変更が可能(再規格化=基準イン
ピーダンスの変更)です。つまり、50のときのSパラメータSがわかって
いれば、それ以外の基準インピーダンスでのSパラメータS'に直すことがで
きます。計算式は以下の通りです。
(A1-14)
ただし、
です。Z0は元の基準インピーダンス、Z0'
は新しい基準インピーダンスです。またIは単位行列です。ここで、注意し
なければならないのは、S'21だけが知りたい場合でも、元のSパラメータは
全てのSijが必要ということです。
技術ですが、クロックの高速化とともに再び注目を集めています。
差動伝送はディファレンシャルモードやコモンモードといったモード(コ
ラム参照)を利用したシステムですが、その場合、Sパラメータもそういっ
たモード空間で考える必要があります。それがミックストモードSパラ
メータ(modal Sパラメータ)です[5]、[7]。通常のSパラメータ(これをミッ
クストモードSパラメータに対して、シングルエンデッドSパラメータ、あ
るいはnodal Sパラメータと言う)はポートごとの応答を表わしているので
すが、ミックストモードSパラメータは2つのポートの和信号(コモンモー
ド)や差信号(ディファレンシャルモード)の応答を表わしています。
2入力、2出力型の4ポート回路で説明します(図A1-8)
。ここでは、ポート
1とポート3、ポート2とポート4が組になっています。
図A1-8 4ポートSパラメータ
1
2
3
4
C1
C2
D1
D2
64
図A1-7 ビーズのSパラメータのZ0 依存性
|S21|
|S11|
矢印は基準インピーダンスの増える
(10Ω→50Ω→100Ω)方向
図A1-7はseries-thru配置のビーズのSパラメータを10、50、100基準で
描いたものです。基準インピーダンスが小さいほど、高い減衰能力を有す
ることがわかります。shunt-thru配置のコンデンサは、ここには図示しませ
んが、その逆で、高インピーダンスほど減衰能力が高くなります。
A1-11 ミックストモードSパラメータ
1990年代後半から、デジタル信号の伝送方式として、高速差動伝送が実用
化されてきました。差動伝送方式(平衡伝送とも言う)は古くからあった
ミックストモードSパラメータは次のような意味があります。
・Sccij:コモンモードの応答
・Sddij:ディファレンシャルモードの応答
・Scdij、Sdcij:ディファレンシャルモード⇔コモンモード間のモード転換量
系の対称性が良ければ、ゼロ、つまり、各モードが独立する。
これらのミックストモードSパラメータSγの値はシングルエンデッドSパ
ラメータSから求めることができます。計算式は以下の通りです[5]。
(A1-15)
ただし、
(A1-16)
.
と置きました。
ここで注意しなければならないのは、
基準インピーダンスです。コモンモー
ドの基準インピーダンスは、元のSパラメータの基準インピーダンスの1/2
で、ディファレンシャルモードは2倍です。つまり、元が50系であれば、
コモンモードの基準インピーダンスは、25で、ディファレンシャルモード
は100になります。それ以外の基準で見たい場合は、式(A1-14)を併用
する必要があります。
図A1-9はコモンモードフィルタ(CMF)の実測例です。このCMFは、
「100MHz付近のコモンモードを抑制するが、その帯域でのディファレン
シャルモードは素通り」であるということが読み取れます。
図A1-9 CMFのミックストモードSパラメータ
|Sdd21|
|Scc21|
|Scd21|
|Sdc21|
参考文献
[1] 太田勲,「電磁波回路のSパラメータによる表現とその基本特性」,
MWE(Microwave Workshops & Exhibition)'97 Digest,pp.427-436,
1997
[2] 荒木純道,「Sパラメータに基づく電磁波回路の解析と設計」,
MWE(Microwave Workshops & Exhibition)'97 Digest,pp.437-445,
1997
[3] 高橋秀俊,藤村靖,「高橋秀俊の物理学講義 -物理学汎論-」,丸善,1990
[4] K.Kurokawa, "Power waves and the scattering matrix", IEEE Trans. MTT,
vol. MTT-13, pp.194-202, 1965 March
[5] 藤城義和,「Sパラメータによる電子部品の評価」,
http://www.tdk.co.jp/tvcl/spara/an-sp06a001_ja.pdf
[6] Agilent Technology社,「ADS」マニュアル.
TouchstoneはEEsof社(現Agilent Technology社)の線形回路シミュレー
タの名称です。
[7] David E.Bockelman, William R.Eisenstadt, "Combined Differential and
Common-Mode Scattering Parameters: Theory and Simulation", IEEE
Tarns. MTT, vol.43, No.7, pp.1530-1539, 1995 July
65
コモンモードとディファレンシャルモード
平行に走っている2本の導体(とGND導体)を想定します。その導体の
電圧、電流をそれぞれ、V1、I1、V2、I2とすると、コモンモード電圧Vc、電
流 Ic、そしてディファレンシャルモード電圧Vd、電流Idは次のように定義
されます(IEC用語規格IEC60050-161:1990,JIS C0161:1997)。
・Vc: 各導体の電圧の平均
Vc =(V1 +V2)/2
・Ic: 各導体の電流の和
Ic = I1 +I2
・Vd: 2導体間の電圧
Vd = V1 −V2
・Id: 各導体の電流の差の半分
66
Id =(I1 −I2)/2
コモンモードが和信号、ディファレンシャルモードが差信号を表わして
いることがわかります。ディファレンシャルモード電流は2導体を逆向
き(逆相)に流れる電流成分ですので、GNDは直接関与していません(そ
のためノーマルモードと言うこともあります)
。一方、コモンモード電
流は2導体を同じ向き(同相)に流れる電流成分です。従って、行った電
流はGND導体(またはどこか別のところ)を通って帰ってきます(その
ため地回線と言ったりもします)
。コモンモードのことをasymmetrical
(反対称あるいは
「縦
(例えば縦電流)
、
longitude」、ディファレンシャルモー
ドのことをsymmetrical(対称)あるいは「横」と称することもあります。