生体軟組織の弾性率の深さ方向分布の計測に関する基礎

日本機械学会東海学生会第39回学生員卒業研究発表講演会(2008年3月10日,名古屋大学)
生体軟組織の弾性率の深さ方向分布の計測に関する基礎研究
○ 宮野 真一 (名古屋工業大学) 正 長山 和亮 (名古屋工業大学)
(指導教官 松本 健郎)
1. 緒 言
生体軟組織は,様々な力学特性の要素からなる複合材料と
みなすことができる.例えば,ヒトの皮膚の構造は,表面か
ら角質層,生細胞層,真皮に分かれている.これらの組織は,
コラーゲン線維やエラスチン線維などの組成やその構造の違
いによって,弾性率をはじめとする力学的特性が大きく異な
っており.表面からの深さによって弾性率は変化している.
このような生体軟組織の力学特性を正確に調べるために.
我々はピペット吸引法(1) を応用したプローブ型皮膚弾性率計
測システムの開発を進めている.ピペット吸引法とは,ピペ
ット先端を試料表面に当てて試料をピペット内に吸引した際
の吸引圧と吸引変形量の関係を有限要素法による同様の数値
解析の結果と比較して,試料の弾性率を推定するものである.
ピペット吸引法では吸引孔の直径と同じ深さまでの弾性率が
計測できることが確かめられている (1).従って,吸引孔の直
径を変えると弾性率を計測する深さの範囲を変化させること
ができ,種々の吸引孔径で計測した見かけの弾性率から,弾
性率の深さ方向分布を算出することができる可能性がある.
この可能性を検討するため,従来,ピペット吸引法の有限要
素シミュレーションが軸対称モデルを用いて行われてきた(2 −
4)
.しかし,軸対称モデルでは,例えば多面的な測定を行う
ために,ピペットの吸引孔の形を非対称形状にすると対応で
きないという問題があった.
そこで本研究では,有限要素法によりピペット吸引法にお
ける試料の変形量をシミュレーションする際に,3D ソリッ
ドモデルを用いることとし,このモデルの構築を行った.そ
して得られた解析結果を過去に行われた軸対称モデルによる
計算結果と比較・検討した.
2. 2 従来の軸対称モデル
従来の解析で用いられてきたピペット吸引時の皮膚の軸対
称モデルの概念図を Fig. 1 に示す.皮膚を無限平板と仮定し,
ピペットの中心を通る長軸方向を対称軸としたモデルである.
例として,川和(2)が作成した 2 次元軸対称モデルの有限要素
メッシュを Fig. 2 に示す.中心軸やピペットとの接触部分で
の境界条件や,吸引孔と吸引孔壁付近で密となり吸引孔から
離れた部分で粗となる要素の粗密分布は,過去の研究で用い
られてきた軸対称モデル全てに共通している.
Fig. 1 An axisymmetric model for the pipette aspiration method.
ΔP
2. 有限要素解析
2. 1 解析の概要
ヤング率 E の均質試料をピペット吸引した際の変形を有限
要素解析すると,ヤング率で規格化した吸引圧ΔP/E と吸引孔
径で規格化した吸引変形量 L/d(ただし L はピペット中心軸
上における試料の変形量)の関係を表す曲線の初期勾配
C=(L/d)/(ΔP/E)はピペットの壁厚のみに依存する値になること
が知られている(2).ピペット吸引法では,実験で得られる吸
引圧−吸引変形曲線の傾き k=(L/d)/ΔP と有限要素解析で得ら
れる傾き C の間に E=C/k の関係が成り立つことを利用して試
料のヤング率を求めている.本研究では試料に孔の空いた平
板を当てて吸引することを想定しており,この場合,k=0.48
となる.すなわち,2層モデルの場合に得られる吸引圧−吸
引変形曲線の傾き k から見かけの弾性率が Em=0.48/k と求ま
る.本解析では,表層と母層の2層構造を有する皮膚モデル
を吸引した際に得られる見かけの弾性率 Em が,表層の弾性
率 Et,母層の弾性率 Eb,表層の厚さ h,吸引孔の直径 d によ
りどのように変化するのかを調べることになる.
幾何学的線形性が維持されると仮定して,ピペットで皮膚
を表面から吸引した際の吸引変形の様子を静的線形解析によ
り求めた.対象とする皮膚は非圧縮性であると考えられるの
で,ポアソン比を 0.499 に設定した.また,ピペットを剛体
と仮定した.なお,有限要素モデルの作成は,HyperMesh 8.0
SRI (Altair Engineering Inc.)で行った.また,有限要素解析の
ソルバーには Optistruct 8.0 (同)を使用し,解析結果の表示に
は HyperView 8.0 SRI (同)を用いた.
Fig. 2
Two-dimensional finite element mesh(2).
2. 3 3D モデル
本研究では,軸対象モデルを中心軸まわりで 1 回転させた
円柱形の 3D ソリッドモデルを作成した.Fig.2 で示した川和
のモデルに寸法を合わせるため,皮膚を半径と深さが吸引孔
の直径の 2.5 倍となる円柱型のモデルとし,皮膚表面の中心
に吸引孔の中心を合わせた.
Fig. 3 Three-dimensional cylindrical model for pipette aspiration.
作成した 3 次元有限要素メッシュを Fig. 4 に示す.円柱モ
デルを単純に分割すると,中心軸で要素がくさび形となり,
計算が収束し辛くなる場合があるので,円柱の中心軸付近を
Fig. 4 (b) のように矩形に分割することによって,モデル全体
を 6 面体要素で作成した.また,大きな変形が予測される領
域では,応力やひずみを適切に考慮するためにメッシュを細
分割した.境界条件はこれまでの軸対称モデルを基にして,
吸引孔壁に接している部分は試料表面方向にのみ滑り移動を
可能とし,その他の境界は自由に変位するものとした.
ている.3 次元円柱モデルを解析して得られた結果 (b) と,2
次元軸対称モデルで得られた結果 (a) には良好な一致が見ら
れた.
(a) Two-dimensional model(2).
(b) Magnified view of the
central part of (a).
(a) Top view.
8
8.0
Em /Eb
6
Fig. 4
0
0
3. 1 過去のデータとの比較
川和による 2 次元軸対称モデルの計算結果(2)と比較する.
今回作成した 3 次元円柱モデルを Table 1 の条件で解析した.
弾性率は川和が用いた値を参考とし,吸引孔直径は実際に使
用されているピペットの径の中から選んだ.吸引圧力は実際
の計測を想定して変形量 L/d が 10-1 のオーダーになる値とし
て 10 kPa を採用した.
得られた吸引量 L から吸引圧−吸引変形量曲線の初期勾配
k を算出し,あらかじめ設定した弾性率 E=30 kPa より 2.1
節で示した関係式を用いて,定数 C の値を求めた (Table 2).
Table 2 を見ると,川和による 2 次元軸対称モデルでの計算
結果と,今回計算した 3 次元円柱モデルの結果から算出した
定数 C の値はほぼ一致すると言える.
Table 1 Parameters for analysis with the three-dimensional cylinder model.
Eb (kPa)
30
ΔP (kPa)
10
d (mm)
1
Table 2 Summary of L and C calculated with the two-dimensional(2)
and three-dimensional model.
2D model
3D model
3.2
L/d
0.159
2.0
1.0
0.5
2
(c) Lateral view.
Three-dimensional finite element mesh
3. 解析結果
Et (kPa)
30
4
-1
k [kPa ]
16.2
15.9
C
0.484
0.476
吸引孔直径と表層厚さの比を変化させたときの見かけの
弾性率の変化
2 層モデルの見かけの弾性率 Em =0.48/k を母層の弾性率 Eb で
規格化した値 (Em/Eb) について過去に得られたデータ(2) と比
較した(Fig. 5).ここでは,表層の弾性率と母層の弾性率の比
(Et/Eb) が 0.5, 1, 2, 8,それぞれの場合において,吸引孔直径
と表層厚さの比 d/h を変化させたときの Em/Eb の変化を示し
5
10
15
20
d/h
(b) Three-dimensional model
Fig. 5 Relationship between Em/Eb and d/h obtained in the analyses.
4. まとめ
今回の解析で,2 層弾性モデルを 2 次元軸対称モデルから,
3 次元モデルに拡張しても,計算の結果が変わらないことを
示すことが出来た.ただし,ここではモデルの変形が幾何学
的線形性を維持するものと仮定して計算したが,これは実際
の変形にはそぐわない.今後,このような幾何学的非線形性,
さらに将来的には力学的非線形性を考慮した計算を進める予
定である.
謝 辞:本研究の解析はアルテアエンジニアリング(株)の
Academic Open Program により行われたものである.また,解
析に際しては名古屋工業大学大学院工学研究科博士課程・田
村篤敬氏に多大の指導を受けた.記して謝意を表する.
参考文献
(1)
(2)
(3)
(4)
Aoki T, Ohashi T, Matsumoto T, Sato M: The Pipette
Aspiration Applied to the Local Stiffness Measurement of Soft
Tissues, Ann Biomed Engng 25, 581-587, 1997.
川和拓央:表皮膚の計測を目的とした皮膚局所弾性率計
測プローブの開発に関する研究,東北大学工学部卒業論
文,2000.
松本健郎,永野雄二郎,川和拓央,大橋俊朗,佐藤正明:
ピペット吸引法による試料表面からの層状構造の推定に
関する基礎検討, 平成 13 年度日本機械学会材料力学部門
講演会講演論文集,123-124, 2001.
田川能子:実態に即したヒト皮膚 2 層構造の推定に関す
る研究,名古屋工業大学工学部卒業論文,2007.