平和の鐘2010年 9月号 pdfファイル - カトリック幟町教会 世界平和記念

「平和の鐘」2010 年 9 月号(1)
編集・発行 カトリック幟町教会(宣教企画部 広報係)
チームミニストリー:後藤正史神父(モデラトール),アルベルト神父,スティーブ神父
〒730-0016 広島市中区幟町 4 番 42 号
TEL (082)221-0621 FAX (082)221-8486
http://www.nobori-cho-catholic.com
9 月には「敬老の日」があります。
この際、シャルル・ペギー(1873~1914 仏)が書いた『ジ
ャンヌ・ダルクの愛の秘儀』の一節を紹介したいと
思います。そこでこのフランスの詩人は、「人生の
神秘」を描いています。それはもう人生に疲れてい
るけれども、精神は明晰な老人の目が見た「人生
の神秘」です。
教会は私たちに勧めています。「寝る前の祈り」
としてシメオンの言葉を唱えるようにと。
その国の老人でした。夕べに近づいていた人、
夕べに達していた人、その生涯の最後の夕べに。
しかし、かれは、永遠の太陽がのぼるのを見な
いうちは、その最後の夕べの没するのを見ませ
んでした。幼児イエスをその腕に抱き、その両
手で小さい幼児イエスを差し上げたこの人は幸
いです。よく人が普通の幼児を、人間の普通の
家族の小さい幼児を抱き、差し上げるように。
その渋色の手で、そのしわだらけの年老いた手
で、老人のそのかわいそうな、年老いた、ひか
らびた、ひだだらけの手で。そのしわだらけの
両の手で。その羊皮紙のように黄ばんだしわだ
らけの両の手で。
そのとき、エルサレムにシメオンという人が
いた。この人は正しい人で(神を)恐れ、イス
ラエルの慰めを待っていた。そして、聖霊がか
れのうちにいた。そして、かれは聖霊から、主
のキリストを見ないうちは死を見ることはない
という答えを受けていた。
そして彼は聖霊に導かれて神殿に来た。する
と幼児イエスがその両親に導かれてそこに入っ
て来た。両親は律法の慣例どおりに彼のために
しようとしていたのである。
そこで彼はその腕に幼児を抱き、神を祝福し
て言った。
『主よ、今こそ、あなたのお言葉どおりに、あ
なたのしもべを安らかに行かせてください。な
2010 年 9 月号
№423
ぜなら、わたしの目はあなたの救いを見ました
から。あなたはこれをすべての民の面前に準備
されたのです。これは諸国民を照らす光明、あ
なたの民イスラエルの栄光です』。
そして、その父とその母とは、彼について言わ
れたことを、感嘆していた(ルカ 2, 25~33 )。
(中略)
この老人、あの国のこの老人が、その後何を
見たか知る人はありません。幸いにも、彼はそ
れ以上何の歴史も知りませんでした。彼は幸い
でした。すべての人のうちで一番幸いでした。
なぜなら、彼はそれ以上地上の歴史を何ひとつ
知らなかったからです。
この人もまた、好機にめぐりあわせたことを
誇ることができました。なぜなら、彼は抱いた
から。そのか弱い手に世界のもっとも偉大な王
子を、もっとも偉大な王の王子を抱いたから。
王ご自身を。もっとも偉大な王の王子を。王自
身であるイエス・キリストを。彼はその手の中
で、王たちの王を、世界でもっとも偉大な王を、
王たち以上の王を、世のすべての王たち以上の
王を、抱きあげたからです。
彼はその手の中に世界の王国のもっとも偉大
な王位を抱いたのです。
そして、彼はそれ以上地上のほかの歴史は何
ひとつ知りませんでした。なぜなら、彼は、そ
の生涯の夕べに、その一日の夕べに、一挙に、
初手から、地上のもっとも偉大な歴史を知って
いたからです。
そしてまた、天の最大の歴史を。世界の最大
の歴史を。決して起こったことのなかった最大
の歴史を。決して起こったことのなかった唯一
の歴史を。すべての人の最大の歴史を。いまだ
かつて起こったことのないもっとも興味のある
歴史を。
このように、各人はめいめいあなたに近づく
ことができました。そして、この老人は、その
生涯の夕べに、あなたを普通の小さな子供であ
るあなたを抱いたのでした。彼は、たしかに、
あなたを抱きました。老人として、年を取った
人たちが、子供たちを、小さな子供たちを、ご
く小さい子供たちを、抱くのを喜ぶように。
(シャルル・ペギー著『ジャンヌ・ダルクの愛の秘儀』から
「平和の鐘」2010 年 9 月号(2)
どんな宣教者を理想とされていますか?
ミサや祈りを大切にし、主の生き方に従い、
教会のために働く司祭になりたいです。
プ リミ チィーボ・ バラ
スバス
(スティーブ神父)
司祭になって良かったことは?
イエズスの代理者としてミサを捧げ聖変
化できることや、宣教師として未信者に洗礼
を授けるときに素晴らしいと感じます。
幟町教会
チームミニストリーメンバー
フィリピン宣教会所属
霊名・受洗年
スティーブン(ステファノ)
1950 年
生い立ち(家庭など)の環境について
フィリピンの首都マニラから 500 キロ離
れたサーマル島出身です。5 人兄弟 3 番目。
親戚が固まって住む小さな村の農家に生ま
れましたが、学校に行くために別の大きい村
に家族で引越しました。12 歳で父、14 歳で
兄が病気で亡くなり、中学からマニラの親戚
の家で育ち、高校卒業後、聖体修道会の神学
校に入学しました。卒業後は人生に迷い、修
道会を辞め、小学校の教師になりました。
司祭を目指すきっかけとその時期は?
小学生の時に、ポルトガルの平和巡礼が村
に来た際、ファティマの聖母への献金を無く
してしまい、自分の身を捧げると誓いました。
そのことを思い出し、フィリピン宣教会の神
学校に入りなおして 5 年後に叙階しました。
宣教会からは初めての日本への派遣で、
1991 年来日。京都教区の色々な教会に派遣
され、その後 8 年間那覇教区へ、今年から
広島教区に赴任しました。
現在の思いは?
教会のため、友達、家族の為に信仰が深ま
るよう祈り、信者の皆様がご聖体の前に祈り
の時間を捧げることができるように、神様の
道具として働きたいですね。
将来への思いは?
老いてからは自然に囲まれたところで祈
る生き方をして、天国に召される準備をした
い。皆様と共に、神様の国で「永遠の親睦会」
に入りましょう。
他の小教区(地域)と比較すると?
日本とフィリピンでは神様のイメージは
違うように感じます。日本ではまじめで、フ
ィリピンでは明るい。フィリピンでは裕福で
なくても、食べるものは分かち合う習慣があ
るので飢える事はないですね。
信徒の皆さんに期待することは?
幟町教会から平和を世界に伝えましょう。
愛があれば平和です。互いに愛を深め、信仰
を深める為に祈りましょう。「祈り」はとて
も大切です。
「平和の鐘」2010 年 9 月号(3)
7月24~25日に、日曜学校サマーキャンプ
が開かれ、約50名(子供は25名)が参加し、
猛暑の中、若い人が積極的に活動してくれま
した。
川遊び、花火とすごくみんなと
楽しく遊べて、2 日間ず~と楽
しくてとても充実した 2 日にな
りました。サイコー!!
普段大自然の中や多くの子供達に
囲まれて過ごすのはまったくない
私ですが、このような機会にたくさ
んの人との関わりを持てたことに
自分では良かったと思います。また
機会があったら行きたいです。
一番楽しかったのは川遊びです。
理由は岩がたくさんあり魚がいて
つかまえようとしたり、上流から
泳いだりして気持ち良かったから
です。
花火がキレイでした。やきにくが
おいしくて、キャンプファイヤー
のゲームおもしろかったです。来
年も来ようと思います。また教会
行きます(-▽-*)
子供たちは今年のサマーキャンプに参加するか
と聞いた時「絶対行く!」と返事しました。「だ
って楽しいよ!」と。何が楽しい?川遊びが楽し
い、レクもバーベキューもキャンプファイヤーも
楽しい。だけど遊ぶだけじゃなくてごはんの準備
もお手伝い。にこにこやりました。
キャンプはすごい楽しい。中でも私にとって目立
ったことは「人々の温かさ」。年は関係なく、遊
んだり、面倒見たりしました。
エアコンもなく、テレビやゲーム、コンビ
ニなどの無い生活は日常の中では味わう
ことができないでしょう。
やりたいことが
できない時、
他に何ができるかを見つけた
時の楽しさ、
家とは違う環境で過ごす日々
はたくさんの糧となることでしょう。
子ど
もたちが毎週教会に来る喜びを知り、
大人
になっても教会に行ってくれる子が一人
でも多く出てくれることを願います。
【 記者の目 】広報係の私(記者)は、急きょ、搬送を兼ねての飛び入り参加となった。結果的
に多くの感心事に出会った。まず子供達の目の輝き、中高生・青年達が積極的に世話係をしてい
る姿に感心!。親御さんたちは何の指示もされないのに、自身で必要な作業を見つけては動いて
おられた。食事の準備だったり、何処ぞから竹を割ってきて「箸つくり」を始めたりと、自然体
での共同作業を分かち合えた。他にも「素麺流し」の後には、取りこぼした欠片を素麺流しなら
ぬ「素麺拾い」を楽しそうに黙々と行う方々の姿があったり、教会共同体の理想的な姿々に感心
しきり!。深夜に至る「大人の親睦会」の最中、室外ではフィリッピーノのお母さんが携帯で祖国
や外国の家族との電話懇談をされていた。近年、国際的に進化?しつつある教会や日曜学校の姿
も感じさせていただいた。 (の)
「平和の鐘」2010 年 9 月号(4)
幟町教会の各係・委員会の紹介
宣教企画部
広報係
広報係は、この「平和の鐘」を編集・発行し
ています。毎月原則として第 4 土曜日の午前
に集まり、原稿の確認をしたり、翌月の企画
案を話し合っていますが、話はちょくちょく
脱線気味。今さら信者として「人に聞けない
こと」や「信仰生活の理想と現実」など。
いつか皆さんの本音でこれらのことをインタ
ビューできたら…と話し合っています。
編集や人に話を聞くことに興味のある方、話
をしたい方等、お気軽に参加してください。
また、皆さんの本音をぜひお聞かせください。
ご協力よろしくお願いします。
編集後記
戦後 65 年たった今でも消息の分から
ない人たちがいます。わたしの大叔父
もその一人です。「戦争で大陸に行った
が、その後のことは分からない」大叔父
の思い出話を伯父がしてくれました。そ
れを聞いて、戦争は人の「命」を軽んじるだけで
なく、人の「存在」さえも軽んじるものなんだと
思いました。人がどのよう に生きたのかを歴史の
闇に追いやってしまうものだから。わたしにとっ
て今年の夏は怒りと悲しみを覚えたものになりま
した。(お)