ジェーンの証し 私はクリスチャンとして育ったのではなく、クリスチャンになったのは 26 歳のときでし た。幼い時、私は非常にシャイでした。私の父もとてもシャイですから、こういう遺伝も あるのでしょう。私はシャイすぎて、全く話せないこともありました。他の子たちに話し かけて友達になりたかったのですが、すごく緊張して口をあけられないこともしばしばで した。他の子たちは、どうして私が話せないのかがわからず、そんな私をからかったりし ました。私は愛情のある家庭に育ち、楽しい思い出はたくさんありますが、自分がシャイ だったことで、とても感情的になったり、恥ずかしい思いをすることが多々ありました。 私の祖母はクリスチャンだったので、幼い頃、母が祖母の教会へ連れて行ってくれました。 父は教会に興味がなく、家族も忙しくなったので、7歳になる頃にはクリスマス以外は教 会には行かなくなっていました。しかし、それまでの教会と学校のキリスト教のクラスで、 私は神様が人を愛しておられることを聞き、神様について学ぶことが好きでした。毎晩神 様に私を助け、家族を守ってくださるように祈りました。祈るのは頭の中だけで、声に出 さなくてもよかったので、神様には話せると思いました。学校で人に話すことはできなか ったけれど、神様に話しかける勇気はなぜかありました。 大人になるにつれ、私はシャイでなくなっていき、本当にほっとしました。私の夢は結婚 して家庭に入ることだったのですが、デートはまだ恥ずかしくてできず、主婦になる夢は なかなか叶いそうにありませんでした。だから、高校生の終わりに大学に進むことを決め ました。それは、主婦になれなかったときのために、仕事をして自立するためでした。小 学校の先生になりたいと思いましたが、様々な理由から父と同じ薬学の道へ進みました。 薬学を勉強するために、19歳で生まれ育ったベンディゴを離れメルボルンに来ました。 大学の勉強は楽しかったので、頑張ればこの道でうまくいくんじゃないかと思っていまし た。この頃には私はシャイでないどころか、大学で人気者になり友達もたくさんできまし た。大学生の時にクリスチャンの人々と出会い、彼らに教会や聖書研究に誘われました。 興味は少しあったのですが、自分とその人たちとは違う気がしました。その人たちは優し かったのですが、私とはいろんな点で違うようで、かまえてしまいました。私の人生は順 調だったし、その時は神様がそれほど必要には感じませんでした。ですから、教会には行 かず、勉強と大好きな趣味のフィギュアスケートに時間を費やしました。 1993 年に大学を卒業し、ベンディゴに戻って働き始めました。この環境の変化は私には 難しいものでした。地元の友達の多くは町を離れてしまっていたので、私は少し孤独でし た。そんな時、神様のことをもっと考えるようになりました。子供の頃に学んだので、神 様が愛にあふれ、正しいお方であることは知っていましたが、それ以外はほとんど知りま せんでした。それで教会に行って、もう少し学んでみようと思いました。はじめは少し難 しく感じました。教会の人々のように神様や聖書のことを知ることができるか不安でした。 しかし教会の人々は優しそうだったので、そこで友達を作って神様のことをもっと知りた いと思い、毎週教会に通いました。しかし、数ヶ月して気が変わりました。教会の友達の 話していることがわからなかったのです。彼らはみんなクリスチャン家庭に育ち、聖書の 知識も豊富でした。私の家族はクリスチャンではなかったので、違和感を感じました。私 の家族の言うことと、教会の人々の言うことは、かなり違っていました。私の姉は、私が カルト集団に入ったと思ったと言いました。私の家族はとても仲がいいので、私にとって 家族がどう思うかはとても大切なことでした。それで、私もよくわからなかったので、教 会に行くのをやめました。しかし、その年の 12 月に、今まで通っていた教会ではなく、 祖母の教会のクリスマス礼拝に行くことにしました。なぜかはわかりませんが、その日聞 いた神様についてのメッセージが深く心にしみました。教会の人々とうまくやっていける かはわからないけれど、神様のことを本当にもっと知りたいと思いました。その時から、 また毎週教会に通うようになりました。しかしクリスチャンになるのは、まだ先の 1997 年、私が 26 歳のときでした。 私がいつクリスチャンになったのかは、はっきりとはわからないのですが、教会に通い聖 書を読んだその数年間のいつかで、イエス様がどのようなお方で、私のために何をしてく ださったかがわかった時でした。イエス様が私の罪のために死なれたことを理解するまで に長い時間がかかりました。そもそも、罪が何であるかがよくわからなかったからです。 意地悪なことは悪いと知っていましたが、努力すれば、意地悪でなくなることができると 思っていました。私が神様に頼らずに生きることを神様は求めておられないこと、意地悪 だけでなく、神様を無視し、神様のために生きないことも罪であることをわかっていませ んでした。主は徐々に、私が本当はどのような人間であるかを見せてくださいました。私 はいつも自分のことばかりで、神様のことや神様が何をお望みかなど考えていませんでし た。そして自分でいくら頑張っても、まだ神様を無視して、人のことを意地悪に見てしま うと気づきました。はっきりといつかは覚えていませんが、ある時、イエス様に救ってい ただかなくてはならないとようやくわかりました。そして、イエス様が私から罪を取り去 ってくださらなければ、罪から逃れることは不可能だとわかりました。その当時は聖書を まだよく知りませんでしたが、イエス様以外に私が罪を赦される希望はなく、神様が赦し てくださるのは、私がそれに見合う人間だからではなくて、ひとえに神様が愛のお方だか らだということはわかっていました。 さて、ここからは、16 年前にクリスチャンになって以来、私の人生で神様がしてくださ っていることをお話したいと思います。これまでにお話した通り、高校卒業後、私は大学 に進み、薬剤師になりました。メルボルンで大学を卒業した後、ベンディゴに戻って薬剤 師として病院に勤務しました。最初の数年は、仕事が好きでしたが、時間が経つにつれて ストレスを感じるようになっていきました。勤務時間が長い上に、勤務時間外でも緊急の 呼び出しに応じるようにしていなければなりませんでした。食事、教会、テニスのプレー 中でも、全てをやめて病院に急行しなければなりませんでした。時には真夜中に呼び出さ れ、ベッドから飛び起きて仕事に行ったこともありました。また、とても疲れていて、間 違いを犯すのではないかと本当に心配になったこともありました。そして、主婦になりた いと思っていた私が、どうしてこんなにストレスの溜まる仕事についてしまったのか信じ られませんでした。しばらくストレスの溜まった生活が続き、ついに私は病院をやめて、 薬剤師として他の仕事を探すことにしました。そして(私が生徒として通った)メルボルン のモナッシュ薬学校の講師募集の記事を新聞で見ました。申し込むだけなら害はないと思 い、履歴書を送りました。それから数日後に電話でその仕事が決まり、次の月曜日から始 めて欲しいと言われました。面接もなく、こちらから仕事に関して質問する機会さえなか ったので、とても驚きました。それでも働かなければならなかったので、その仕事を受け ることにしました。次の月曜日に、私は講師として職場へ赴きました。初日は他の講師の 授業を見学しました。徐々にこの仕事は私にはできないという嫌な思いが湧いて来ました。 自分が生徒だった時、実技のクラスが全くわからなかったのですが、今度はそれを教えな ければならなかったのです! もう以前のようにシャイではありませんでしたが、20 人の 生徒の前で、どうやって自分が理解できていないことを教えられるのかわかりませんでし た。この仕事に応募した私はどうかしていたのでしょう。その夜、家に帰った私はものす ごくストレスを感じていました。大学の新学期は始まっていたので辞めたくはありません でした。私が辞めれば他に代わりはいなかったので、後に引けませんでした。翌朝、私は 大学のあるパークビルまで何とかたどり着きました。かなり早く着いたので、時間を潰す のに向かいの公園で散歩をすることにしました。公園を散歩しながらも、すごく緊張して 本当に気分が悪くなったのを覚えています。こんな難しい状況に陥ってしまったことが信 じられませんでした。大学に戻るために、ロイヤルパレードの信号まで歩いて道を渡りな がら、私を助けてくださいと神様に叫び求めました。その時、とても不思議なことが起こ りました。道を渡っていたときに、声のようなものが聞こえたのです。他の人が聞こえる ものではなく、私の頭の中の声だったのですが、私の体の外からのもののように感じまし た。その声は「わたしが、あなたの手を堅く握る」と言いました。その瞬間大きな安堵感 を得て、私は落ち着くことができました。そして、道を渡りきった私は別人になっていま した。急に仕事のことも大丈夫だ、神様が助けてくださるから心配いらないと思いました。 そして確かに神様は私を助けてくださり、それは驚くべきことでした。担当のクラスに行 って、初めて授業内容が理解できて、生徒達にもなぜ実技実験をするのかを説明すること ができたのです。冷静で、生徒の前でもあまり緊張しませんでした。むしろその仕事が大 好きになり、今までした仕事の中でも一番良い時になりました。全てが順調に進んでいる ようでした。その講師の仕事で、主が私をいかに助けてくださったかを私は決して忘れま せん。そしておもしろいことに、1997 年のこの出来事以来、主は「わたしが、あなたの 手を堅く握る」という同じメッセージを他のいくつかの場面でも下さったのです。 例えば 2001 年にイギリスに行ったときのことです。私の姉とその主人はロンドンで働い ていたので、そこへ行くのがとても楽しみでした。職業案内を通じてオックスフォードで 薬剤師として 3 ヶ月間働くことになっていました。イギリスでの滞在中、私はよく祈り、 今までを振り返り、薬剤師以外のことをしてもいいんじゃないかと思うようになりました。 ロンドンからオーストラリアに帰る前は、これからどうなるのか、とても不安でした。ロ ンドンにいる間に、私は教会を訪ねました。ロンドンでは、アルファコースを始めたとい う教会以外は知らなかったので、その教会に行ってみることにしました。ある夜、祈り会 に参加すると、女性が私のところに来て、何を祈ってほしいかと尋ねました。私はオース トラリアに帰るにあたって、将来がとても不安だと言いました。彼女は、神様が彼女に 人々への特別なメッセージを託されるのだと言いました。私は彼女をすこし疑いましたが、 祈ってもらうことを承諾しました。祈り始めた彼女はこう言いました。「神様はあなたに こう言われます。『私の愛する大切な子よ、私があなたの手を堅く握る』」これは、4 年 前に交差点を渡っている私に神様が言われた言葉と同じでした。再びこの言葉を聞いて、 本当に慰められました。そして過去にどれだけ神様が私を助けてくださったかを思い出し ました。オーストラリアに戻ってから、私はシドニーで保健情報管理を勉強し、その仕事 についてもう 11 年になります。私に良く合うこの仕事を与えてくださった神様に本当に 感謝しています。私には、主がこの職に導いてくださり、ここまでの道のりで励ましと力 を与えてくださったと確信があります。 1997 年にパークビルの交差点であの声を初めて聞いたとき、神様が「手を握る」と言わ れるのはちょっと変だなと思いました。神様がそんなことを言われるのかわかりませんで した。それで後に聖書で探してみると、イザヤ書にイスラエルの手を握ると主が言ってお られる場面が何箇所かあるのがわかり、神様が使われる表現なのだとうれしく思いました。 1997 年の初めての体験から、私がとても不安な時、人が私のために祈ってくれる際にこ の表現は繰り返し登場します。その表現で祈る人は、私の過去の体験を知りませんから、 長年このメッセージを通して、主が本当に励ましてくださり、力と平安を与えてくださっ ているのだと感じます。 私が日本人への働きにどうして興味があるのかとよく聞かれます。2001 年にワーキング ホリデーをしていた時、神様が私にそれを望んでおられることかもしれないと思う出来事 がありました。しかし、話が長くなるので、これはまたの機会にお話したいと思います。 申し訳ありません。もし知りたいという方は後で私に聞いてくだされば、お話します。 他にも、私の人生に起こったことで今日お話できないことがたくさんあります。正直なと ころ、私が一番悲しい思いをしたのは、クリスチャンになってからでした。しかし、神様 が私と共にいてくださることを知っていますから、神様の愛と赦しによって私は前に進む ことができ、強く変えられました。聖書で神様は私たちが苦労しないとは約束されていま せん。しかし、私たちに力をあたえ、助けて慰めると約束してくださっています。それを 私は確かに体験してきました。また、神様は多くの喜びも与えてくださいました。主ご自 身が私の最大の喜びです。というのは、主は私が心配しなくてもいいように、すべてを整 えてくださることを知っているからです。 今でも時々神様を無視することがあります。しかし素晴らしいのは、神様はそんな私を決 して無視したり、私から顔を背けたりされないということです。日々私を赦し、迎え入れ てくださいます。また主は常に私の態度や、変えられなければならない所を示してくださ います。さらにシャイでなくなるように助けてくださいます。ということは、もっと神様 のことを話せるようになり、教会でも受付などの奉仕ができるということです。しかし一 番すばらしいのは、神様がどんなに私や、周りの人々を愛しておられるのかを理解できる ように助けてくださっていることです。これは私の人生で一番の慰めです。 私の話を聞いてくださってありがとうございました。神様がいかに偉大で素晴らしいお方 か、またあなたをどれほど愛しておられるかがわかる助けになればと願います。最後に何 年にも渡って私が大きく励まされた聖句をお読みします。イザヤ 41 章 13 節「あなたの神、 主であるわたしが、あなたの右の手を堅く握り、『恐れるな。わたしがあなたを助け る。』と言っているのだから。
© Copyright 2024 Paperzz