科教研報 Vol.23 No.2 バイオエタノールの教材化-サトウキビからのエタノール抽出- Biomass Ethanol as teaching material 坂本日紗子 安藤秀俊 SAKAMOTO,Hisako ANDOH,Hidetoshi 福岡教育大学 Fukuoka University of Education [要約]現在,注目されている再生可能かつ持続可能な新エネルギーの一つに,バイオマスエネルギ ーがある。中学校の理科学習においても,バイオマスエネルギーを取り上げることで,環境問題やエネ ルギー資源の枯渇問題などに興味を持つこと,また,自然を総合的に見て考える力を更に養うことなど が期待できる。しかし,学校教育でバイオマスエネルギーの認知度はまだ低いのが現状である。そこで, バイオマスエネルギーについての理解を深めることを目標とし,バイオマスエネルギーの一つであるバ イオエタノールの教材化を検討した。そのために本研究では,食料との競合がなく,製造過程の単純な サトウキビをバイオエタノールの原料とした。サトウキビから糖汁を搾り出し,その糖汁を遠心分離に よって粗糖と糖蜜にわけた。今後は得られた糖蜜を酵母によって発酵させて,エタノールを生成してい く予定であり,本研究ではその過程を報告する。 [キーワード]バイオマスエネルギー,再生可能な(Renewable) ,持続可能な(Sustainable) ,カーボ ンニュートラル,環境教育 1.はじめに 近年,地球温暖化などの環境問題,またエネル ギーに関わる資源利用問題の解決が急務となっ ている。地球温暖化の原因とされる二酸化炭素の 排出量を抑えていくことや,新たなクリーンエネ ルギーを開発していくことが,未来にかけがえの ない地球を残していく上で大変重要な課題とい える。その解決策として,現在,二酸化炭素の排 出量を抑え再生可能な(Renewable)かつ持続可 能な(Sustainable)エネルギーとして,バイオ マスエネルギーの開発と普及が進んでいる。しか し,バイオマスエネルギーの重要性,必要性は認 められているものの,学校教育での認知度はまだ 低いのが現状である。次世代を担う子どもたちに バイオマスエネルギーの重要性を認識させるこ とは有意義である。そこで,バイオマスエネルギ ーについての理解を深めることを目標とし,バイ オマスエタノールの教材化を行い,その教材が学 習現場において有効かどうか検討する。 2.バイオマス資源について 1)バイオマスとは バイオマス(Biomass)とは,リニューアブル 資源(renewable resources)としての生物現存 量のことである。坂1)によれば,バイオマスは図 1 のように分類される。薪を燃やしたり,動物の 糞を燃料にしたりといった古典的なものもバイ オマスエネルギーとして挙げられる。また,最近 の科学技術によって,トウモロコシ,サトウキビ といった植物から「バイオエタノール」を抽出し, 車の燃料とする試みが世界中で広まっている。バ イオマスをエネルギー利用のために燃焼した際 に生じる二酸化炭素は,光合成によって吸収され るので,長期的な視点からすると大気中の二酸化 炭素濃度は変化しないというカーボンニュート ラルが成り立つ1)。 日本ではバイオマスエネルギーは,2002 年 1 月 に「新エネルギー利用等の促進に関する特別措置 法」が改正され,「新エネルギー」として認知・ 生産資源 未利用・廃棄資源 バイオマス 陸地資源 サトウキビ、テンサイ、米、トウモロコシ、ナタネ、大豆 サトウキビ 広葉樹、針葉樹、ササ、タケなど 水域資源 マコンブ、植物プランクトンなど 農林水産資源 廃棄物資源 間伐材、建築廃材(端材、樹皮など)、古紙、もみ殻、 稲わら、バガス、糞尿、鶏糞、死魚など 汚泥、家庭ごみ、廃食用油など 図 1 バイオマス資源の分類 1) 1 追加され,また,2002 年 12 月に「バイオマスニ ッポン総合戦略」が閣議決定され各省が提携しつ つ,民間の創意工夫を行政として支援していくこ とを約束している。さらに,2003 年 4 月に「電気 事業者による新エネルギー等の利用に関する特 別措置法」いわゆる RPS 法(Renewables Portfolio Standard)が施行され,バイオマスの利活用を後 押ししている2)。 しかし,トウモロコシなど食料や飼料としての バイオマス資源が燃料に転化されるため,穀物の 価格沸騰が生じている。また,森林や草地を切り 開いて畑にするといった開拓が増えている。さら に,焼き払われる樹木や,耕される土壌から長期 間にわたって放出される二酸化炭素の量は,ガソ リンを用いたときの 2 倍になるという研究結果も 報告されている。 るため,バイオマスエタノールの原料として適し ている。また,サトウキビの絞り汁から精糖を分 離した後のモラセス(廃糖蜜)が発酵原料となる ため,食料との競合がない。さらに,生産工程に おいて副産物であるサトウキビの絞り滓(バガ ス)も有効活用することができる。バガスは主と して植物繊維で,生産工場では熱源として活用さ れている。生産工場でのバガスの利用法を図 3 に 示した。他にも,バガスは製紙原料として活用さ れている。このようにサトウキビは本来の目的で ある砂糖の搾取を終えた後の材料で,エネルギー を生産するといった循環型構造を作ることが可 能であり,エネルギー生産の上で環境負荷の少な いバイオマスである。 製糖プロセス 粗糖 2)廃材の利用 食料との競合がなく,新たに生産する必要のな いバイオマスの一つとして廃材の利用がある。こ こでいう廃材とは間伐や,剪定などによって出た ものである。間伐や剪定は木の成長にはかかせな いものであり,これらによって出た廃材をバイオ 燃料の原料に用いることは,現在の自然の破壊を 防止するだけでなく,森林による二酸化炭素の吸 収効果を期待することができ大変有効である。し かし,木材から得られる天然セルロースは高い結 晶性を有し,そのまま酵素分解しようとしてもほ とんど分解できない場合が多い。図 2 にセルロー スと糖質のエタノール製造工過程を示す。エタノ ールを生成するためには,セルロースでは前処理 が必要となるため,手間が多く,学校現場では難 しいと考えられる。 粉砕 → 硫酸 酵母 ↓ ↓ 糖化 → 発酵 → 糖蜜 燃焼 バガス 発電 → エネルギー 図 3 バイオエタノール製造工程 12) 平成 18 年 1 月から,沖縄県伊江島において高 バイオマス量サトウキビの栽培・収穫から砂糖の 生産,バイオマスエタノールの製造,そしてガソ リンに 3%混合した E3 ガソリンを自動車用燃料と して実際に使用するまでの工程全般を通じた実 証試験が実施されている。高バイオマス量サトウ キビとは,九州沖縄農業研究センターさとうきび 育種ユニットが開発中のサトウキビであり,従来 種より一株当たりの茎の数が極めて多く,株の再 生力に優れている。表 1 と表 2 に製糖用サトウキ ビと高バイオマス量サトウキビから得られる各 収量や使用するエネルギーを示す。 このようにサトウキビの改良や,エタノールの 収量をあげる研究が進められていたり,実際に使 用されていたりと,バイオエタノールの取り組み が盛んに行われている。 表 1 製糖用サトウキビの各収量 茎収量 60t/ha (乾物 1.74t/ha) 砂糖 6.9t 廃糖蜜 2.1t バガス 7.8t エタノール 1.4kl 製糖用エネルギー 7.6t エタノール生産用エネルギー 0.2t プラス バガス 1.9t分の石油が必要 蒸留 ↓ 発酵 エタノール 蒸留 酵母 ――――→ 発酵 搾汁 セルロース(おがくず等) 粉砕 エタノール製造プロセス 蒸留 糖質(サトウキビ等) 図 2 バイオエタノール製造工過程4) 3)サトウキビの有効性 食料との競合がないだけでなく,エタノールの 製造過程がシンプルであるバイオマスとして,サ トウキビ(Saccharum officinarum L.)がある。サ トウキビは酵母が代謝できる糖を多く含んでい 2 表 2 高バイオマス量サトウキビの各収量 茎収量 120t/ha (乾物 37.5t/ha) 砂糖 7.1t 廃糖蜜 6.4t バガス 24.0t エタノール 4.3kl 製糖用エネルギー 12.5t エタノール生産用エネルギー 6.3t 余過剰バガス 5.2t 小さいエネルギー資源としてバイオマスを例の 一つに挙げている。このことからも今後はバイオ マスエネルギーについて,教科書でさらに取り上 げられるべきと思われる。 3.学習指導要領での取り扱い 平成 10 年告示の現行の中学校理科学習指導要 領では,第一分野(7) 「科学技術と人間」の目標 で,「エネルギー資源の利用と環境保全との関連 や科学技術の利用と人間生活とのかかわりにつ いて認識を深める」とある。その中では,新しい エネルギーへ興味,関心をもたせ,環境保全や資 源の枯渇問題など,多面的・総合的にエネルギー を捉えることを目標にしている。ここで,バイオ マスエタノールの教材を学習に取り組むことは 時代の趨勢からも非常に有意義あると思われる。 ところで,この学習指導要領を元に作成された中 学校理科の教科書では表 3 のようにバイオマスエ ネルギーについて取り上げている。 表 3 のように, バイオマスという言葉の説明の記載や,バイオマ ス発電工場の写真などの掲載はみられた。しかし, バイオマスエネルギーに関する観察や実験は全 く記載されていなかった。このことから,まだ, バイオマスエネルギーという認識は低いものと 考えられた。 表 3 中学校理科の教科書(下)における バイオマスエネルギーの取り扱い 4.バイオ教材の有用性 バイオマスからエネルギーを生産し利用する ことは,子どもたちに,地球温暖化やエネルギー 資源の枯渇などの環境問題に興味を持たせる上 で必要であると考えられる。さらに,バイオマス は植物由来のエネルギーであり,光合成で吸収し た二酸化炭素と燃焼によって生じる二酸化炭素 の循環という面から,自然を総合的に見て考える 力を養うことができると考えられる。また,サト ウキビを使用する理由として,先に挙げているよ うに,食料との競合がないことやバガスの燃焼に よってエネルギーの循環構造が考えられること, それ以外にも,手に入れることが比較的に簡単で あることが挙げられる。このように,バイオ教材 は様々な学習に有用であると思われる。 5.バイオエタノールの生成 1)実験の流れ サトウキビからエタノールを生成する実験の 流れを図 4 に示す。 原料サトウキビ 糖汁 教科書の記述 バイオマス:薪や藁,動物のふんな ど,エネルギー源に利用できる生物 体 啓林館 バイオマス:木片,落ち葉など,く り返し生産が可能な生物資源 自然のエネルギーとして,バイオマ ス発電(秋田県能代市)の写真 学校図書 新しいエネルギー資源として,バイ オマス発電(京都府八木町)の写真 東京書籍 新しいエネルギー資源として,バイ オマス発電(北海道野付郡)の写真 教育出版 新しいエネルギーを調べてみよう の例の 1 つ また,平成 20 年告示の新学習指導要領で「科 学技術と人間」の目標は現行の学習指導要領と大 きな変更はなかったが,持続可能な社会をつくっ ていくことの重要性や,環境への負荷がなるべく 3 清澄化 濃縮 糖蜜 発酵 粗糖 蒸留 搾汁 バガス 結晶化 出版社 大日本図書 石灰 遠心分離 図 4 バイオエタノール生成工程 2)実験手順 ① サトウキビの皮を剥ぎ,小さく切る(図 5)。 図 5 包丁で小さく切った様子 している状態で,糖汁と同量の水を加えた後,遠 心分離機にかけ,粗糖と糖蜜に分けた。 ② ミルミキサーで細かく粉砕する(図 6)。 7.考察 使用する薬品等の量は糖汁 100g 当たり,水酸 化カルシウム 3g,グラニュー糖 5g で求めている。 また, 遠心分離機は 3 分間に 3000 回転で行った。 中学校では手回し遠心分離機によって分離する 方法が考えられる。現在研究は,サトウキビから 搾汁し,その糖汁を糖蜜と粗糖の分離段階である。 これから糖蜜に酵母を加え,発酵させ,エタノー ルを生成していく。酵母は耐塩性のある Schizosaccharomyces pombe あるいは,工業用, 燃 料 用 に 多 く 使 用 さ れ て い る Saccaromyces cerevisiae に属する酵母を使用する予定である。 生成するエタノールは理論値で,サトウキビ 1kg 当たり 23ml である。この収量を1つの目標とす るとともに,高純度のものを生成できるように研 究を進めていく。 また,今後の課題として,エタノールの純度が 低い場合でも測定できる機器や,エタノール生成 の結果が分かるような観察,実験の方法を検討し ていく。 図 6 粉砕した様子 ③ ガーゼで包み,糖汁をしぼり出す(図 7)。 参考・引用文献 1)坂志朗(2001) 「バイオマス・エネルギー・環 境」,有限会社 西ヶ谷製本紙工 p.53-54, p.61 2)藤井照重(2007) 「化学エネルギーを新たな見 方や考え方でとらえる教材例-ピーナッツの 燃焼を利用したバイオマスエネルギーの学習 を通して-」,森北出版 p.87 3)山田茂樹(2005) 「理科の教育 6 月号」 ,東洋 館出版 p.24-25 4)及川達也,正星朗,福村卓也(2006) 「日本機 械学会東北学生会第 36 回卒業研究発表講演会 講演論文集」p.85 5)中学校学習指導要領(平成 10 年 12 月)解説 理科編 文部省 p.48-50 6)中学校学習指導要領(平成 20 年 9 月)解説 理科編 文部省 p.52-55 7) 中学校理科教科書 1 分野(下)大日本図書 p.108 8)中学校理科教科書 1 分野(下)桂林館 p.103, p.125 9)中学校理科教科書 1 分野(下)学校図書 p.95 10)中学校理科教科書 1 分野(下)東京書籍 p.98 11)中学校理科教科書 1 分野(下)教育出版 p.120 12)アサヒビール「伊江島バイオマスエタノール テストプラント」資料 図 7 絞り出した糖汁 ④ ③の糖汁に水酸化カルシウムを加え,不純物 を沈殿させ,ろ過する。 ⑤ 水分を蒸発させ,液量を 1/4 にして糖濃度を 高める。 ⑥ 種晶として,グラニュー糖の結晶をいれ,結 晶を成長させる。結晶と糖蜜の混合物となる。 ⑦ 水を加え,遠心分離をし,混合物を粗糖と糖 蜜に分ける。 ⑧ 酵母を加え発酵させて,糖分をエタノールに 変える。 ⑨ 発酵液中のエタノールを蒸留し,純度を測定 する。 6.結果 サトウキビ 690g を用いて実験した。皮や変色 部分を除いた 530g をミキサーで粉砕し,搾汁し たものに,水酸化カルシウムを加え,沈殿したも のをろ過した。その結果を以下に示す。 表 4 搾汁結果 搾汁後 157.5ml 165.15g 沈殿ろ過後 135.0ml 141.9g 表 4 にあるように,ろ過後の糖汁 135.0ml を加 熱し,液量を約 1/4 にした。その後,種晶となる グラニュー糖を加え結晶化を行った。結晶が沈殿 4
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