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目次
講演 1「人口減少時代の多文化パワーの可能性」…………………………………………………4
講演 2「多文化共生社会の新局面~地域から始まる新たな動き~」…………………………13
パネルディスカッション「多文化パワーを活かして」…………………………………………21
1
2
講演 1
「人口減少時代の多文化パワーの可能性」
毛受敏浩氏(日本国際交流センター執行理事)
皆さんこんにちは。
今ご紹介いただきました、日本国際交流センターの毛受敏浩と申します。
今日は、テーマに沿ったお話をしていきたいと思います。最初にお話しをしたいのが「人
口減少時代の地域社会の将来」ということです。日本はこれから人口は減ってくるという
ことは皆さんご存知と思うんですけども、それで将来どうなっていくのか、地域社会はど
うなるのかということを最初にちょっとお話させて頂いて、
「多文化パワー」という今日の
テーマ。そのお話を後半にさせて頂きたいと考えております。
人口の減り方、一昨年と去年と比べて減り方がだいたい 24 万人というふうに言われてい
ます。24 万人というと中規模クラスの町が一つなくなったというくらいなんですが、2020
年から 60 万人。東京オリンピックがあるときには 60 万人減って、2030 年で 80 万人、2040
年で 100 万人、2050 年 130 万人。これ毎年この数で減ってくわけですね。四国の人口が
400 万人なんですよ。四国の人口 400 万人ということは、2040 年になるとですね、島一つ
が無くなるという勢いで人口減少がこれから進んでいくということになります。問題なの
は、人口の総数が減っていくということも重要なんですが、それ以上にですね重要なのは、
人口の年齢構成のところなんですね。ちょっとこれを縦に見ていただくといいんですけど
も(
「少子高齢化」推移)
、15 歳未満って書いてありますけども、2005 年人口には 1800 万
人、1800 万人いた 2005 年の人口が 2035 年になると 1100 万人になってしまいますね。三
分の二に減ってしまうんですね。15 歳から 64 歳、これは生産年齢人口と言われまして、だ
いたい働いている人の年齢なんですけども、それは 2005 年に 8400 万人いると、2035 年に
6300 万人ということですから、1000 万人以上減るんですね。65 歳以上を見ていただきま
すと、2005 年には 2600 万人いた人が、2035 年には 3700 万人ということですから、1000
万人増える。さらにですね、75 歳以上の人口を見ていただくと 1200 万人の人が 2200 万人
ですから 1000 万人増える。子どもの数を、15 歳未満の人口とそれから 75 歳以上人口を見
てい頂くと、2035 年の 15 歳未満人口が 1100 万人に比べて、75 歳以上人口が 2200 万人で
すから、75 歳以上の人口よりも、子どもの数のほうが少なく、半分になってしまうという
ことが、政府の機関が発表しているわけですね。
そういう社会というのはどう持続可能かどうかという話になっていくわけですけども、
既にいろんなとこで影響は出始めています。みなさんの場合でも学校が閉校になったとか、
そういう話はお聞きになっていると思うんですけども、
2003 年以降、学校は日本で 400 校以上に、公立の小中高校ですけども、400 校以上が日本
から消えています。1992 年から 2009 年に閉校した公立の小中高校なんですけども、だい
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たい 6000 校くらいが日本から無くなっているという勢いで、子どもたちがいなくなってい
る。秋田県は十数年間の間に 500 校近い学校が県の中でなくなっているという状況なんで
すね。さらに見ていきますと(
「人口減少と変化する社会」推移)
、廃止される鉄道網の 2000
年から 2012 年の間に、35 路線 674 ㎞が日本の各地域の鉄道網配置されたわけですが、そ
れが廃線になってしまっている。それから、廃止されるバス路線、バス路線というと毎年
2000 ㎞が廃線になっている。10 年経つと 20000km ですから、そのうちですね、2,30 年経
ったら全部のバス路線がなくなってしまうんではないかという勢いで、線路なり鉄道が無
くなっている。
それ以上に現在、地域の鉄道、バス会社で、赤字のところが非常に多いわけですから、
潜在的に赤字が詰み上がってくると、廃止になることが想定されるわけです。ただ人口の
減少が始まったばかりなのに、なぜバス路線や鉄道網の廃止が早いのかと考えてみますと、
結局若い人たちが少なくなってしまっているからなんです。通勤通学とかで使う人たちが
いなくなってしまったので、高齢者ばかりになっている。高齢者は毎日通勤通学するわけ
ではありませんので、結局毎日使う人が減ってしまったので、こういうふうに鉄道網がそ
の分無くなっているということです。だからある人に言わせると「人口減少っていうのは
別に大したことではないんだ。人口減少することによって今まで日本は非常に混み合って
いた社会であったのが、人が減ると、1 人当たりの面積も増えるし、電車も混まなくなるし、
非常に豊かな社会が送れる」というんです。けれども、バスとか電車は当然本数が減りま
すし、電車自体も無くなってしまうということが実際起こっているわけですね。
そしたら人口を増やせばいいっていう話になるんですけども、私自身がふたこぶラクダ
の罠と呼んでいるのですが(「ふたこぶラクダの罠」推移)、実は今から子どもを産んで増
やしても、人口が増えないって言うことをお話したいと思うんです。日本は世界的にもそ
うだったんですけども戦後ベビーブームというのがありました。このときにたくさん子ど
もが産まれたわけです。いわゆる団塊の世代って言われる人たちで、これが 1947 年から
49 年の非常に短い期間で終わっちゃうんです。ほかの国ではベビーブームが 10 年くらい続
いているところもあるんです。なんで日本がこんな短期間で終わったかっていうと、優生
保護法っていう法律ができまして、妊娠中絶を合法化したんですね。そのことによって子
どもは少なくなってしまった。ですから 1 つ目の団塊の世代の人たちは非常に短期間で大
きな山ができたんだけれども、2 つ目のこの人たちの子どもの世代の人たち団塊ジュニア世
代、1971 年から 74 年、今ちょうど 40 歳を超えた人たちが、さらに子どもをたくさん産ん
でくれた。3 つめのコブが本来生まれてもおかしくないんですけども、残念ながら、3 つ目
のコブは無かったんですね。その団塊ジュニア世代が 40 歳っていうことは、もうそろそろ
子どもを産むのを卒業されているわけですね。つまり今は、子どもを産もうとされている、
20 代 30 代の方々が、子どもを産むというふうに想定すると、その人たちの数が、団塊の世
代にもジュニアの世代よりも 3 割くらい少ない。ということは、3 割くらいちょっと余計に
30%、40%余計に子どもを産んだら、前の団塊、団塊ジュニアの人たちの数に相当するとい
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うことですから、そういう意味ではっきり言うと手遅れというか、今から産み、たくさん
つくって、2 割とか 3 割子どもが急に増えるっていうわけではないんですよ。たとえ 3 割増
えたところで、団塊のときの世代の子どもの数ぐらいになるかならないかということです
から実際は数%しか増えないとすると、子どもの数は減り続けていく。その日本の子どもの
人口はどこで増え始めるのか、どこまで増え始めるかっていうことだと思うんですが、こ
れはどこまで増えるっていうことがないんですね。基本的にずっと減り続けていくという
想定になっていますから、最後には 1 人になるっていう、何百年後先の話で、それは当然
起こらないと思いますけど、そんなことを言われるような状況になっているわけです。
将来、地域社会はどうなっていくのかっていう話なんですけども(「各地の人口変動」推
移)
、2035 年には全国の自治体の 5 分の 1 以上の人口が 5000 人未満になる。今から 10 年
くらい前に市町村合併がありまして周りの自治体は、財政規模が小さいというようなこと
もあって、特に小さい自治体は市町村を大きくしないと、財政がもたないということで 5
分の 1 の自治体が今の段階で大きくなっているんです。しかし 2035 年には、人口減少で小
さくなってしまう。ですから 2005 年に比べて、人口が 2 割以上減る自治体は 6 割増える。
それから 75 歳以上の人口が 25%を占める自治体が 5 割増える。それから年少人口 15 歳未
満が 10%未満。子どもがいない地域、自治体が全体で 3 分の 2 を超えるということなんで
すね。
2030 年代前半だから、20 年後くらいには 85 歳以上の人口が 1000 万人を超えるんです
ね。85 歳以上の人口が 1000 万人超えるということは、誰がその面倒を看ていくのか。一
方で、子どもの数はどんどん減って学校はなくなっている。その時にいったい誰がこの社
会を支えていくのかということについてあまり真面目に誰も考えてないんじゃないかなと
言うことが、私たちは怖いんじゃないかなと思うんです。この数字は(「各地の人口変動」
推移)政府が発表している数字(「日本の市町村別将来推計人口」(国立社会保障・人口問
題研究所 2008 年)
)をそのまま引っ張ってきただけなので、そういうことであるわけです
けども、ただ人口減少についてはいろんな見方があって、そんなに恐れることはないんだ
っていう見方ももちろんあるわけです。
これによると(「自治体の人口減少についての考え方」推移)、自治体はこのままではど
うなるか。社会保障制度の行き詰まり、当然高齢者が増えますから、それに対する年金で
すね、それから保障、医療費もかかってくるといことで、いずれ行き止まりがでてくるで
しょう。それから「税収も払う人が減ります」から、減ります。それから「低い経済成長」、
「貯蓄率も低下」する。つまりお金を使う、働かなくなってお金を使う人が増えていきま
すから、当然貯蓄率も減ってくる。それから労働力も不足します。それから「農山村の荒
廃と都市中心部の空洞化」
、とか言うんですけども、ある県の自治体のホームページにあっ
たんですが、視点を変えるんですよ。そんな悪いことはないんですね。「新たな社会経済シ
ステム」
、見方は全然違うわけですが、世界経済システムができると言います。それから、
「公的部門の見直しと公共」ということで、これはおそらく NPO だとか、そういうとこに
5
さらに頑張ってもらって政府では、自治体ではできないことを担ってもらうというふうに
やっていく。
「知恵やオンリーワンの活用」これは何を言おうとしているのか話がよくわか
りませんけども、今までにない知恵を出し合って、日本独自の物を作って活用していくと
か。それから「1 人あたりの所得の増大」。これがですね一番のポイントです。もし、人口
がどんどん減っていっても 1 人当あたりの所得が増えればそれはそれで良いわけです。本
当によく考えてください。本当に 1 人あたりの所得が増えていくのかっていうことを。
いまから 20 年くらい前、日本が高度経済成長の最後くらいのことです。SONY が今の
Apple 社みたいに非常に世界に出て年齢は、SONY が世界に輝いていた時代があるんです。
その時の日本の人口の平均年齢は 30 歳だった。今は平均 45 歳です。つまり若い社会って
いうのは、いろんなイノベーションや新しいことにチャレンジすることができますけども、
高齢化した社会では、イノベーションとかそういうことが本当に起こるのかどうか。イノ
ベーションが起こって付加価値がどんどんできていけば、それは高齢化社会でもいいのか
もしれませんけれども、これは私自身のことなんですけれども、やっぱり歳をとってくる
と、いろんな新しいことをやろうとしているのを聞くと、どうしても若い人たちと比べる
と学びが遅いというかいろんなことがのろくなります。やっぱり新しいことに前向きにな
って取り組もうという気持ちはあっても、なかなか追いついていかない。それはたいてい
の人がそうなんです。そういう意味で高齢者が非常に増えていく社会っていうのは、その
世界がグローバル化に感化されてどんどんいろんなことが新しいことを覚えているなかで、
イノベーションや新しい画期的なものがどんどん出てくるのかどうかと言うと、私は相当
怪しいんじゃないかなと思うんです。それから「女性や高齢者の社会進出」
、これは当然お
こってくると思います。それから「ゆとりある土地・住宅と良好な自然環境」と書いてい
ますけども、これはさっき言いましたように、鉄道網が無くなって、非常に不便な社会が、
ゆとりある土地・住宅と良好な自然環境と言えるのだろうか。そうじゃなくてですね、限
界集落がどんどんモンスター化していくような状態になってゆくんではないかと私たちは
思っているわけです。
その一方でやはり、外国人の受け入れを増やすということはいろんな反対論があるんで
すけども(
「主要な外国人受け入れ反対論」推移)、今日は時間がないので、2 つだけ取り上
げます。1 つは「女性の活用、高齢者の活用」です。女性は十分社会に出て働けるので、も
っと働いてもらおう。それから高齢者の人も増えてきますけど、高齢者の人にも働いても
らえば、なんとか労働力の不足は補えるだろうという話。それから外国人を増やすのはい
いんだけども「犯罪が増えるのは嫌だ」と、そういう意見が根強いわけですね。
女性と高齢者の話ですが(
「女性と高齢者の活用」推移)
、女性の雇用を見ていくと M 字
カーブという特徴があります。M 字カーブっていうのはどういうことかと言いますと、20
代前半くらいで働き始めて、ところが 20 代の後半、30 歳前後にガクンと下がってしまう。
つまり、結婚して子どもができると、社会に出て働かない人が増えてくるんです。こうし
て M 字カーブがへこみますので、子どもを産む世代になると、子ども産んで育て始めると、
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社会に出て働き始める。そして今度は M 字カーブというわけですけども、日本はへこみが
大きいと言われていたんですけども、2012 年に、M 字がだいぶ修正されてきているんです
よ。70%の人が働いているということで、かつてはすごくへこみが大きかった。そのへこみ
を直せば女性の労働力は出てくると言われていたんですけども、もう既に、ある程度の女
性が働かないと生活できないという実態もありますので、子どももいるけど働きたいとい
う人は多いので、さきほど説明しましたような、人口減少や高齢化に対して、それを埋め
るような女性の労働力がこの中から出てくるのか出てこないというようなんですね。
それから高齢者の働く割合なんですが、日本の高齢者は 60 歳から 64 歳までの 76%の方
が働いています。アメリカの場合は 60%なんですね。それから 65 歳以上ですと 29%、ア
メリカは 21%、これは男性ですけども、アメリカと比べても日本は高齢者の人が実は働い
ているんです。ヨーロッパはアメリカより低いんです。ということは、高齢者の人に対す
る期待は高いのですが、そんなに無茶苦茶伸びしろも大きくない。既に日本では高齢者も
働きたい人は働いているわけで、トータルとして増えていきますが、割合からするとそん
なに伸びないだろう。つまり男女両方あわせても、高齢者の労働力はそんなに伸びていか
いかない。特に女性の場合、私は日本の女性は社会に出て働いて欲しいっていうふうに言
われて、それから子どもをたくさん産んで欲しい、それから高齢者の面倒を家で見て欲し
いという。三重苦で社会に出て働いて子どもをたくさん産んでそれから高齢者の面倒を家
で見ろということを要求されていると言うような話になります。そういうことはありえな
い。そういう内容を要求されても当然無理なんですけども、そういう無理なことを要求さ
れているんじゃないかなと私は思うんですね。
そしてもう一つ、外国人の犯罪の話なんですけれども、このグラフ(
「外国人犯罪者件数」
推移)は警察白書からそのまま引用してきたものなんが、これを見ていただきますと、2011
年、平成 23 年と 2005 年の犯罪検挙者人数と比べると、6 割減、それから総検挙者数と比
べると 5 割減というように外国人犯罪は激減しています。最盛期と比べると半分になって
いるんですね。一方で、外国人の数っていうのは入国者数の数ですが、震災によって減り
ましたけど、基本的には右肩上がりで、日本に入国する数は増えてきているんですけど、
犯罪率、外国人の犯罪件数は減っているんですね。大幅に減っています。そういう意味で
いうと、外国人が増えるから、犯罪の数が増えるというのは間違いなんです。その話はみ
んながあんまり知らないので、こういう事実をもっとたくさんの人が知れば外国人のイメ
ージ自体が変わっていくんじゃないかと思っています。
日本に住んでいる外国人の数(
「日本に住む外国人」推移)は、2008 年がピークで、213
万人。人口の 1.7%ですけども、割合では世界で 150 番目なんですね。149 番目がスーダン。
そういうくらい日本に住む外国人の割合は少ない。そういう風であっても外国人を増やす
と日本はとんでもないようなことになるような思いが非常に多いんですけども、そういう
ことも考えていく必要がある。
多文化共生が言われておりますけども、多文化共生っていうのは、これは総務省の報告
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書(
「多文化共生」推移)によりますと「多文化共生」とは、国籍や民族などの異なる人々
が、互いの文化の違いを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員と
して共に生きていくこと」です。これは非常にすばらしい言葉だと思いますし、その通り
達成されていればいいんですが、なかなか地域社会の多文化共生っていうのは達成されて
いないと思います。
その話は置いておきまして、無視される外国人というふうに書きましたけれども(「無視
される在住外国人」推移)
、日本人には外国人の方がどうも地域社会のなかで支援を必要と
している人という見方が非常に強くて、彼ら自身が社会のなかで活躍しているという見方
がないではないかと。一つの理由が日本に住む外国人、在日韓国人・朝鮮人の方が、外国
人のなかで割合が高い。その人たちがわりと日本名を使っていて、我々がその人たちを日
本人だと思っている。だから彼らは実際には外国人移民なんですけども、なかには外国か
ら日本に帰化下した人もいますけど、彼らのことを我々は日本人だと認識しているので、
外国人の活動や貢献というのが見えていないんです。それから地域の活性化の担い手とし
てなかなか見なされないんですね。支援の受け手というふうにしか考えられていない。そ
れから活躍する在住外国人は「変なガイジン」扱い。十把一絡げにされてしまって、なか
なか彼らが地域に貢献しているかっていうのが、一般の人に理解されていない。結論から
言うと、地域のなかで外国人という人が必要不可欠な存在、リソースとしてなかなか認め
られていない。
こういうデータがあります(「外国人に対する偏見の理由」推移)。外国人の人たちに対
するいろんな偏見はありますけども、このアンケート調査によると、
「外国人と交流のある
人ほど、重要な労働力となっている、重要な購買者となっている、日本語を覚えようとし
ている、地域のルールを守ろうとしている、家族を大切にしている」で高いポイントとな
っているとあります。つまり日ごろ外国人が地域社会のなかで、外国人と交流ある人を、
外国人と接している日本人は、外国人に対して非常に高い評価をしているんですね、逆に
言うと交流がない人ほど、ネガティブな評価をしているということなんです。つまり、交
流さえすれば評価が変わってくので、外国人に対するイメージが変わっていくんですね。
一番重要なのが、一般の人たちは交流の機会がないと、外国人の人たちは怖いんじゃない
かというイメージが強いということです。こういう機会をたくさん作っていくことが外国
人の人たちに対するネガティブなイメージを変えてくれるんですね。
在住外国人の人たちは(「在住外国人の 9 つの貢献」推移)いろいろな貢献をしています
けども、一応ここで 9 つの貢献というふうにしています。これは昨年私自身がですね、北
海道から九州まで、在住外国人のために活動されている方々のところにいろいろお世話に
なって、それで地域で活動されている外国人の方々にインタビューをしてきました。その
なかでいろんなことをされている方がいらっしゃって、こういう活動をやってらっしゃる
ということを見つけ出しました。例えば、世界への情報発信。これはたとえば福島市で団
体を立ちあげている、韓国人の女性がいます。原発の事故以降、非常に福島に対するイメ
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ージが悪くなってしまった。そこで彼女自身は韓国と福島の間を交流する活動をよくされ
ていて、それで福島の情報をどんどん発信しているんですね。そのことは恐らく自治体自
体が彼女に対して情報発信する力より、彼女一人が発信する力のほうが大きい活動をされ
ています。他にも例えば、自分で起業してレストランとかやってらっしゃる方とか、ある
いはダンス教室をやってらっしゃる方、あるいは色々とご家族で経営している人もいる。
そういう方もいればですね、遠くのほうの外国人の方々などは、日本人の若い人が就かな
いような 3K といわれるような職に、一生懸命就いて、地域経済を活性化しようとしている。
そういうような方々もいらっしゃいます。あるいは日本文化の担い手、日本文化、日本の
若者が興味を示さないような日本文化、そういうことを非常に気に入って、外国人が担い
手になろうとしているようなそういう話もしました。最後の「高齢化した地域社会の防災
の担い手」
、これは横浜市にいちょう団地という団地がありますけども、そこに NPO があ
りまして、が地域に住んでいるアジア人の青年たちの日本語をずっと教えてきたんですけ
ど、その青年たちがグループを作って、非常に高齢化してしまった団地の防災の担い手に
なったんですね。つまり高齢化した日本のコミュニティを外国人の若者たちが、担い手と
してボランティアで活動している。そういうふうな活動しているとこもあります。
(
「多文化パワーとは」推移)多文化パワーということがテーマなんですけど、この多文
化パワー社会という本の中で私は多文化パワーというのをこのように紹介しています。
「さ
まざまな経験、文化、異なる意識を持つ外国人の隠された潜在能力を発揮することで、彼
らの能力が生かされ、周囲の日本人を刺激し、両者の間でウィン・ウィンの関係が築かれ
た地域の活性化が図られること」としています。外国人の人たちが元気付けられて能力が
発揮できるというだけではなくて、周りの日本人が刺激を受けて元気になると。お互いの
相乗効果が多文化パワーだと私は思うんです。
(
「必要な日本人の意識改革とは?」推移)そのため日本人の意識改革が必要になってき
ます。1 つはですね、
「人口減少・高齢化について危機感の認識」。先ほど前半部分でこれか
らの日本の人口はどうなっていくのかということをお話しましたけども、そういうことを
考えるとですね、やはり外国人を受け入れていかざるをえないと、そういうことなんです
ね。将来の日本の人口の状況っていうのを正確に知って危機意識を持って外国人を受け入
れるという認識に移っていくということが重要だと思います。ですから「外国人の増加は
歓迎ですという、メッセージを、まだ外国人の増加歓迎とはまだ言っていませんけども、
浜松でも多文化共生って言うんであれば、外国人の人たちもっと来てくださいというメッ
セージが少ないです。2 番目、異文化で地域の活性化を導く「触媒役」としての認識。これ
は先ほどですね、掘さんがおっしゃったように多文化コンシェルジュの活動のことだと思
いますし、異文化をテコにした町おこしって横浜中華街では皆さんご存知の横浜で知らな
い人はいないぐらいですね。そこは町おこしの原点。それから 3 番目「外国人への偏見の
除去」
。これもですね、偏見については深いものがありまして、それは先ほども言ったよう
に、高齢化が重要になるのではないかと思っています。
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じゃあ、そのためにどんなステップが求められるかというということなんですけども
(
「多文化パワー発揮のためのステップ」推移)、
「地元にいる外国人についての情報を集め
伝える」とあります。浜松市も日系ブラジル人以外の方に外国人の方はいらっしゃいます
けど、彼らが地域社会のなかでどんな仕事をし、何年後地域に住み、どんな地域貢献をし
ているかっていうのを市民の人がどのくらい知っているか。そういうことはあまり知られ
ていない。そういうことをもっと情報発信していくべきだ、というふうに思います。外国
人の人は増えているようだけど、どうもなんか今までも不安な感じがするみたいに思って
いるという人も多いと思うんです。そうでなくて、彼らがどのように貢献しているかって
いうことを正確に知らせるって言うことが重要だと思います。それから二番目、
「意欲的な
外国人を様々なボランティア、講師等で活用」まさにこれは多文化コンシェルジュの活動
と同じことなんですけども、こういうことが必要だと思うんですね。それから「地域に貢
献する外国人を表彰する」
。これはイタリアの町で多文化共生の活動を非常に熱心にやって
らっしゃる町で行われている外国人の表彰制度。こういうことによってですね、外国人の
人たちは市民の役に立つということが理解されるんですね。それから「外国人と日本人と
の日常的な交流の場を作る」ということですが、このことはちょっと後で説明したいと思
います。
(
「多文化パワー発揮のためのステップ」推移)外国人の人たちについてもいろいろ求め
られることがありまして、自分のですね、「第二の故郷として地域に貢献しよう」という、
少し姿勢を持っていただきたいと思うんですね。一過性で住むという、実際そういう方は
いらっしゃると思うんですが、やはり日本に馴染んでいただいて、日本に貢献するという
姿勢を見せていただきたい。それから「日本人と交流し積極的に自ら文化紹介などを行う」
といった活動もしていただきたいし、
「自治会、PTA ボランティアグループなどへ積極的に
参加をする」と、日本の社会のなかで日本に住む人たちと交流するということを、日本人
側にも努力は足りませんが、外国人の方も是非やっていただければと思います。
最後に、グローバルカフェということがあります。実はグローバルカフェというアイ
デアをみなさんにちょっとお話したいんですが、それは日本人とですね地域社会の中にい
ても、日本人と外国人が交流すればいいとういのは簡単なことなんですけども、日本人同
士でも交流っていうのが無くなってきている社会なんですね。かつては井戸端会議ってい
うのがあって、井戸を共有したい人たちがそこにみんな集まって来て、奥様方が話をして
いる姿があったんですが、今はそういう状況っていうのは学校の PTA とかではあると思う
んですが、なかなか近隣ではないんですね。本来は、地域の人たちが交流する場でもある
んですが。それで実際カフェに行ってみると、知っている人同士が集まって、話をするか 1
人で勉強するか、そんな感じなんです。そこで、グローバルカフェっていうのを提案した
いんですけども、そこでは例えば世界地図が貼ってあって、そこにブラジルの地図があっ
て浜松市にブラジル人が何人住んでいるということがわかるようになっているんです。そ
れからホワイトボードがあって、そこに自由にメッセージを書き込める。ところで東京に
10
も将棋カフェっていうのがあってですね、将棋まったく知らない人同士がそこに行ってお
茶を飲みながら将棋を指しているんです。そういうふうなゲームをできる空間、だからそ
こでは、海外の人も日本人も気楽に立ち寄って、知らない人同士がそこで交流をするとか
話合いをするとか、あるいは書いてきたメッセージを載せるといった風なグローバルカフ
ェができる。それによって一般の人同士が自然な形で交流する場を作っていくことができ
れば、私は素晴らしいのではないかと思います。だから学生さんたちが午前中に話をした
こととつながって、聞いていてうれしかったんですけど、そういったアイデアを考えてみ
るといい。
短い時間で申し訳ありませんでしたが、これで私の話を終ります。ありがとうございま
した。
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講演 2
「多文化共生社会の新局面~地域から始まる新たな動き~」
池上重弘氏 (静岡文化芸術大学教授)
皆さん、こんにちは。今ご紹介いただきました地元浜松市にある静岡文化芸術大学の池
上と申します。今日は若い学生さんもいっぱい来ているし、外国人のみなさんも来ている
し、とてもうれしいです。30 分ほどの時間を使って、これからお話をしていきたいと思い
ます。私の資料については、ピンクの冊子の後ろのほうに A4 一枚で話の全体像が分かるよ
うな資料が一枚入っています。パワポが一枚一枚あるわけではありません。けれども、そ
の中で使ういくつかのグラフについては、みなさんのお手元にグラフを用意してあります
ので、そちらも是非ご覧ください。
それではさっそく話に入っていきましょう。先ほど毛受先生のお話では、日本の全体の
人口減少の様子をご説明いただきました。少し暗い気持ちになったのが正直なところです。
またそういう状況の中で、外国の人たちを受け入れることが大事だ、そして受け入れて一
緒に生活するために交流の機会を持つことがとても大事だ、という結論をご指摘いただき
ました。私の話はそのなかで、日本において外国人の数はどう変わってきたか、単に数だ
けではなくて、住んでいる人たちはどういう在留資格で住んでいるのか、どんなことを考
えて住んでるのか、というところをまず押さえます。そのうえで、とりわけ若い外国人-
移住第二世代と私が言ってますけども-ニューカマーの外国人の活躍が、例えば今浜松な
どでは非常に盛んになってきているということを皆さんにお示ししたいと思っています。
今日の講演は 5 つの柱に分けてお話しようと思います。
では最初、
「今日の講演の目的」です。先ほどの毛受先生のお話にあったように「これま
で外国人は『支援の対象』として語られることが多かった」というご指摘がありましたが、
まさにその通りです。しかし、2008 年のリーマンショック、2011 年の東日本大震災は大き
な転換点になって数は少し減ってきたけれども、残った人たちには明確な定住化が認めら
れると思います。非常に深刻な影響を起こしたリーマンショック、そして日本のみならず
世界中が震えたあの大震災の後、外国人はそれまでの 220 万人くらいから 200 万くらいに
減りましたが、残った人たちの中には、永住ビザを持ってる人たちが半分いるんですね。
また後で具体例をあげますが、ここ 1・2 年、2・3 年で私たちの大学には、日本人と同じ入
試を突破して入ってくる外国籍の学生が複数、毎年コンスタントにいるわけです。単にい
るだけじゃなくて、その学生たちは熱心に自分たちの地域に関わり、自分たちの妹たち、
弟たちの世代の支援活動に関わっている。こういう動きが見られます。その若い第二世代
の台頭に、今日はちょっとフォーカスを当てたいと思っています。そのうえで今、私たち
の側、つまり「受け入れ社会の側にどんな変化が求められているのか」ということを確認
したいです。私は「認識のインフラ」という言葉を使いますが、後でここはちょっと説明
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しますので、私たちに求められている認識のインフラとはどういうことだろうということ
を、今日はお話したいと思います。
それでは定住化の進展ということで、少しグラフを見ていきたいと思います。先ほど毛
受先生のお話のなかでも、外国人が随分と増えてきたというご指摘がありました。詳しい
グラフ(「在留外国人数の推移(各年末現在)」推移)は皆さんのお手元にありますが、こ
ちらのグラフを見て明らかにわかることは、1988 年から 2012 年までグーンと増えてきて
いる。2008 年のピークより減ってはいるけれども、約 20 年間で 100 万人から 200 万人に
倍増しているんです。200 万人という数に、日本でいわゆる不法残留になっている人たちも
加えると、だいたい、長野県とか、宮城県くらいの規模の人口になります。長野県、宮城
県というと全国で 16,7 番目くらいでしょうね。47 都道府県あるなかで、16,7 番目くら
いの都道府県に匹敵する人口が、日本に暮らす外国人だということになります。
それを国籍別在留外国人口の推移のグラフで見ていきますと、在日の人たちが主に割合
を占める韓国籍、朝鮮籍の人たちがかつて 70 万人ほどで一番多かったけれども、だんだん
減って、今や約 50 万人近くになっている。おそらくこの傾向は今後も続くでしょう。在日
コリアンの少子高齢化とか、あるいは四世が増えてる中で日本国籍を取る人たちも増えて
います。したがってどんどん減っていくと思われます。一方、ググンと増えているのが中
国。グラフの青い線グラフですね。中国は数年前に韓国や、朝鮮を抜いて、今や 70 万近い。
地震の後少し減りましたけど、でも今一番多いのは中国です。三番目はかつてブラジルだ
ったんですが、直近では変ってきています。グラフでは見えにくいんですけど、フィリピ
ンが三番目になりました。紫がブラジルです。90 年の入管法改正以降ぐーんと増えて 30
万人を超えたんですが、2008 年のリーマンショックで下がり、ガクンと減って今は 20 万
人を切りました。リーマンショックおよび震災、そしてこの二つを象徴的な出来事として
日本の製造業の生産基盤が大きく変わって、そのことによってブラジル人の就労環境が大
きく変わって 30 万から 20 万に減ったということです。フィリピン人が地味に増えながら
直近ではブラジル人より増えていると言える状況があります。
今度は在留資格に焦点を絞って見ていきましょう。ご存知の通り在留資格というのは外
国人が 90 日以上日本で生活するときに必要な資格で、この中には更新が不要な永住資格と
いうのがあります。永住の中には特別永住と一般永住というのがあって、特別永住ってい
うのは、いわゆる在日の人たちですね。通常入ってくる外国人は、最初は一般永住で入れ
ないのですが、ある条件をクリアしたあと、永住ビザを取得できる。資料(「在留資格の永
住/非永住に注目して 2000、2005、2010、の各年末で比較」推移)で見ると 2000 年末の
段階で 8.6%。2005 年末 17%、2010 年末 26%、というふうに大きく変わってます。実はこ
の背景には永住ビザが取りやすくなったという背景があるのですが、数字だけ見てみると、
10%切っていた 2000 年末から、10 年間で 25%つまり 4 人に 1 人というふうに変わってき
ている。こういう大きな変化が見られます。一般永住者が増えているわけです。
ここにあるように(
「一般永住者の条件」推移)一般永住の条件は法律の違反はない、ち
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ゃんと税金納めている、原則として 10 年以上在留しているというようなことがポイントに
なります。この 10 年の在留の条件に、特例があって、定住者は 5 年以上、日配っていうの
は日本人の配偶者、永配っていうのは永住者の配偶者という意味ですけれど、実態を伴う
婚姻が 3 年以上かつ 1 年以上日本にいれば、一般永住者の資格が取りやすくなっている。
したがって、ブラジル人であるとか、フィリピン人であるとか、こういう人たちが永住ビ
ザを取りやすくなったということがあります。永住ビザを取ることのメリットはいろいろ
ありますけれども、まず一つはビザを更新しなくていいことです。しばしば誤解はあるん
ですが、永住ビザっていうのはあくまでも外国人であって、日本国籍を持っているわけで
はない。日本国籍を取るのは帰化ですね。ブラジルならブラジル国籍のまま日本にずっと
いられる。これが永住ビザということになります。フィリピン人の永住ビザ取得も実は増
えているんですね。これもまた後で国籍別で見ていきますが、
まず直近の全国統計がでているところで、2012 年 12 月末(「在留資格別人口(2012 年
12 月末)推移」をご覧下さい。いくつかこの表から重要なことがわかります。先ほど言っ
た在日のコリアンの方が多い特別永住と一般永住を足すと 50%です。永住ビザっていうの
は単に更新しなくていいってだけじゃなくて、当然就労、仕事にも制限がありませんし、
ローンを組んで家を建てたり、かなり大きいローンを組むこともできます。それに対して、
定住者、日本人の配偶者の場合、更新は必要ないんですけど、日系人だと、あるいは文字
通り日本人と結婚したフィリピンの方は日本人の配偶者等をとる場合があります。永住資
格を持つ人は日本で暮らす外国人のまさに半分。そして定住者、日本人の配偶者等は、比
較的安定的で仕事に制限のない在留資格を持つ人、さらに、実はここではその他に入って
いますけども、永住者の配偶者等を計算に入れると、まさにぴったり 66.6%。つまり、三
人に二人。日本で暮らす外国人に三人に二人がいわば移民と言えるような立場で暮らして
いるということがわかります。ちなみに、留学生がだいたい 10%。それから技能実習。今
後この枠を増やしていこうかというような議論が中央政府では盛んになってきていますが、
これもやっぱり 10%弱ということになっています。
小さい字で恐縮なんですが(「国籍別の一般永住者数と比率の推移」推移)、国籍別で見
てみると、やはりデータでたどれる 94 年から 5 年ごとで見てみると、永住ビザの取得者と
一般永住ビザ取得者の比率が高まっていることがわかる。直近の 2012 年のところだけを見
てください。フィリピンの人は 20 万人のうち 52%、ブラジルは 19 万のうち 11 万 4000 で
59%ですね。ペルーが 5 万のうちの約 3 万 3000 が永住ビザ、57%。単純に見ると中国が 3
割。フィリピンの人たちが永住ビザ 5 割、ブラジルが 6 割、ペルーが 7 割。確かにブラジ
ル人のたちがリーマンショック以降たくさん首を切られて帰りました。数はさっき見たよ
うに 30 万から 20 万に減っている。減っているけど残っている人の実に 6 割の人が永住ビ
ザ。ペルーに至っては 7 割、フィリピンも 5 割だということが、この表からわかります。
それではコミュニティの担い手としての外国人ということに焦点を当てて見てみましょ
う。もうじきこの日がきますけども、2011 年 3 月 11 日の、あの東日本大震災は実はいろ
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んな新しいものももたらしてくれました。非常に皮肉な言い方になるかもしれませんけれ
ども。
今日のテーマである外国人の社会参加というところに焦点を合わせてみると、実はこの
大震災及びその復興後の支援に関しては、日本で暮らす外国人が、実は支援の担い手にも
なり得るんだということを非常に明確に日本社会に示す機会になったと思います。ブラジ
ルに関しては、ブラジル・ソリジダリオ運動というのがあって、ブラジル外務省も駐日ブ
ラジル大使館も比較的冷静に震災および復興に対して前向きな取り組みをしました。官民
共同の BrasilSolidario という運動がおこったということです。大使館から要請受けて、日
本で暮らす民間人のブラジル人の支援もありました。NHK で特集がありまして、今
YouTube でも見られますけど、
『神様のバス』ていう番組がありました。これ実は、埼玉で
派遣会社を経営している斎藤さんという日系人の方が、バスを出して避難している人を救
いに行くっていう番組でした。浜松で空手の道場をやっている児玉さん。児玉哲義さんも、
震災後間もない時点で、毛布を集めて 4tトラックで現場に運びました。あと浜松のこの分
野に関してはセルヴィッツーの増子さん。増子さんは福島に炊き出しに行きました。もち
ろん増子さんは 1 人じゃなくて周囲に呼びかけて首都圏に暮らすブラジル人の仲間を募っ
て行ったそうです。すると福島の人が、涙を流して「ありがとう。日本人はだれも来てく
れない。よくあなた方は来てくれた」って言われたそうです。私実は増子さん本人からそ
のことを聞いて、増子さん本人に尋ねました。
「増子さんどうして福島に言ったんですか?」
って。増子さんは「親父が福島の出だから。ここで恩返しだと思った」って答えてくれま
した。
増子さんのお父さんが福島の出だってことで仲間を連れて福島に行った。日本人が支援
に来ないところにブラジル人が入っていったんですね。日本人で生活するものとしての共
感がベースになって、私は今ここに 3 つしか事例を挙げてないですけど、いろんな活動が
ブラジル人のみならずペルー人、フィリピン人による活動も展開しました。
。もちろんもっ
ともっと多くの人たちが、様々な支援をしているわけです。群馬の大泉では We re with you
という活動で炊き出しをしたり、またその活動がきっかけになってブラジル人のボランテ
ィアのグループまで立ち上がったりということが報告されています。浜松でもそうした動
きがあります。震災直後の支援のみならずそのあと少し長期的な展開を見据えて、まさに
グローバルがサポートした事業なんですけども、避難所等の外国人リーダーを養成したり、
日本語講座の防災講座を、
なんて動きが 2012 年 7 月 19 日の静岡新聞で報道されています。
この記事には「グローバル人財サポート浜松を拠点に」ということが書いてありますね。
これは同じく静岡新聞の 2012 年 10 月の記事です。浜松の高丘地区-皆さんご存知だと
思いますけども、ブラジル人がとても多いところで、今日瑞穂小学校の柳沢さんがそこの
ポスターで、真ん中の下で発表してくれると思いますけど-その高丘地区で防災の講習会
が開かれました。これは日本語の教育を行っているジャボラ NPO という NPO 法人が主催
したんですけども、私は講師として呼ばれまして、そこでお話させてもらったんです。日
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本語を教えているジャボラ NPO が地域の自治会の人たちにも是非お越し下さいと誘いま
した。また、そこに住んでいる地域の外国人の住民の方も是非お越しくださいというふう
に誘ったわけです。日本語を学んでいる子供たちと保護者ですね。当然私は日本語でしゃ
べるわけだから、外国人の方は私のいうことがわからない。そこで、机がいくつかあって、
後ろのほうに外国人の方が座る机を置いて、そこで若者が同時通訳というか、私がしゃべ
った内容の要点をポルトガル語で伝えるわけです。すると当然会場がちょっとざわつくわ
けですね。今この会場でしゃべっているのは私だけですけど、後ろの方でポルトガル語で
しゃべっている声が聞こえるような感じです。だけどそれは同時に「ああ、この場所には、
この地区には、外国人の住民もいるんだな」ということを、日本人の自治会の人がまさに
五感で知る、見える化、聞こえる化する機会だということが言えます。若い世代がつなぎ
役となった、そんな講習会でした。
それでは移住第二世代の活躍についてもっと焦点を当てていきたいと思います。今ニュ
ーカマーの移住第二世代の活躍というのが非常に社会的な注目を浴びています。昨日東京
の目黒区でもこういうテーマに焦点を当てた国際ワークショップが開催されましたが、そ
れは外務省と国際移住機関が主催する、毎年この時期に行っている国際ワークショップで、
これまでの二回は震災がテーマだったんですけど、今回は外国人の若者世代の社会参画と
いうところに焦点を当てています。資料(「ニューカマー移住 2 世の若い世代」推移)の左
側は『M ネット』というニュースレターで、これも 2012 年、
「外国にルーツを持つ子供た
ち」という特集になっています。こちら資料の右側は「はままつグローバルフェア」で 2013
年 2 月に浜松国際交流協会が主催して行ったイベントです。このなかにフィーチャリング
されている 6 人の若者たち、そのうち 2 人は実はうちの大学の現役の学生。でここに書い
てある「日本×ベトナム」という彼も、また私たちの大学の卒業生です。この時の主旨は、
「可能性に向けて RESTART」
、自分たちの弟と妹の世代にメッセージを伝えるというもの
でした。これは本当に素晴らしいメッセージで、時間があるときにこの二人のメッセージ
を見ていただきたいと思います。こういう動きが今起きている。先ほど私うちの大学にず
いぶんと外国籍の子が増えていると言いました。2000 年に開校した大学なんですけれども、
最初にいわゆるニューカマーのブラジルの子が入ってきたのは 2006 年に 1 人、次は 2008
年に 2 人入ってきています。そのうちの 1 人が金城ジゼルさん。今日はお母さんのアイコ
さんがきてくれていますね。もう 1 人もデザイン学部に入りました。その後 2 年ほどいな
かったんですが、2011 年度に今度 4 年生になる学生で 2 人。2012 年度、3 年生で 4 人。で、
2013 年度に 4 人が入ってきた。この先ほどの 2 人は 2012 年度入学。来週私たちの大学で
入試があるので、おそらくまた何人か入ってくると思われます。
2013 年のはままつグローバルフェアで発表したうちのブラジル人学生たちはこんなメッ
セージを伝えてくれました。自分たちはすごーく苦労したけども、努力して頑張って大学
に進学した。そして何をやりたいかって考えたときに、自分には何ができるかを考えあら
ゆるプロジェクトに参加してそしてやりたいことに出会った。同じ境遇の子を支えたい、
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ということなんですね。実際、彼女等はたとえば、天竜川を越えた磐田市の多文化交流セ
ンターで学習支援の活動をしている。高校に進学したいっていう中学生、それから大学に
進学したいっていう高校生の学習支援活動を手伝っているんですね。もちろん日本人の学
生も手伝っています。実際そこからうちの大学に入ってくる学生もいます。彼女らは、教
えている対象は外国人だけじゃないんです。日本人の子供もそこの教室に通っているんで
す。つまりこの国で育ったブラジル人の学生が、日本人の子供に勉強を教えるっていう非
常に先端的な状況も、このエリアで始まっています。今までは違った。今までは日本人が
外国人に勉強を教えるっていう図式しかなかった。もちろん今だって外国人の子どもへの
学習支援が圧倒的に必要なんですけども、今本当に最先端はこの国で育った外国人が日本
人に勉強を教えるっていうそういう動きが始まっているっていうことを是非今日は皆さん
と共有したいと思います。
ちょっと宣伝めいた話になりますが、私たちの大学で多文化子ども教育フォーラムって
いうのを行っています。ここ 2 年になるんですけも、この資料(「多文化子ども教育フォー
ラム」推移)に書いてありますね。基本的にはだれでも参加していいですよ、という言い
方をして年間 3、4 回おこなっています。このフォーラムのなかで今年度、昨年 2013 年の
6 月 22 日に多文化子ども教育フォーラム第 5 回で「教育支援策をめぐって当事者学生が物
申す」といういささか挑発的なタイトルでフォーラムを行いました。ここに写っている子
たちは、この国で育ち、うちの日本人と同じ入試方式で入ってきた本学の学生です。1 人中
国籍の学生がいますけど、あとは全員ブラジル籍と、もう一人ペルー籍とブラジル籍を持
つ学生です。私はこの時、彼らに何をしゃべりなさいっていう指示は一切出しませんでし
た。あなた方がこの国で支援を受けた立場で、自分たちで考えてごらん。毎週集まってミ
ーティングをしてどういう内容にするか、彼らが決めて、話をしました。
この資料の写真「当日のフォーラムの様子」推移)がその時の様子ですね。もちろん、
これで言われていることだけが正解だとは思いませんけども、支援を受けて大学進学を果
たした学生たちの視点でこういうことが必要だということが発表されています。今日は細
かいことをいう時間はありませんので、インターネットで「多文化子ども教育フォーラム」
って入れていただくと、私のホームページ上のサイトに飛びます。そこには当日の配布資
料などがありますし、先ほどちょっと紹介した YouTube の画像にもリンクが貼ってありま
すので是非ごらんください。このフォーラムの日は実にたくさんの人に来ていただいて、
報告のあとディスカッションをやったんですけど、大変盛り上がりました。
もう一つあります。先ほど紹介した金城アイコさんの娘・ジゼレさん、彼女実はこの町
で誰でも知っている輸送機器会社で正社員のデザイナーとして働いています。ジゼレさん
がつくった卒業制作の「ESCOLA do JAPAO em Hamamatsu」という、日本の小学校生活
について紹介したバイリンガル絵本があります。文字で書かれたものはこれまでいっぱい
あるんだけども、それが絵で描かれていて、実際学校に行く子どもたちが学校は面白そう
だなって思う、そういう資料は今までなかった。それをまた自分の経験も踏まえて、取材
17
して、描いてくれたんです。この絵本を是非現場に届けたいということで私たちの大学で
は、この学生たちが頑張ってくれました。大学の特別研究でもってこの本をたくさん作っ
て配布し、先ほどから見て頂いた学生たちが昨年の 11 月から 12 月にかけて、家庭訪問を
しました。浜松の全小学校にいまの絵本配っているんですけども、特にブラジル人の多い
19 校ではブラジル人の全家庭のお届けしました。それでその時、ブラジル人学生が訪問し
てヒアリング調査をさせてもらえないかという打診の紙も配布しました。訪問を快諾して
くれたご家庭に、学生たちが家庭訪問をしたんです。ブラジル人の卒業生たちがつくたこ
のバイリンガル UD 絵本を、現在の在学生たちがブラジルの小学生に想いのバトンとして
届けに行く。いわばユニバーサルデザイン絵本を使ったロールモデルのデリバリー。よく
親の意識を変えなきゃって言うけれども、言うだけは簡単で何もアクションを起こさない。
だとすれば、つまり親が出てこないんならロールモデルとなる学生たちをデリバリーしよ
うという企画でした。実際この活動はとても大きなインパクトがありまして、今日その調
査結果を発表する時間はありませんけれども、学生たちは私が、こういうことを聞いてき
てねっていった項目のみならず、たくさんの時間、親御さんたちと、または子どもたちと
ポルトガル語で話をしたんですね。こういった新しい動きがこの町で始まっています。で
さらに先日の 1 月 11 日にまさにこの会場で彼らはポルトガル語で報告する機会がありまし
た。大学生になって、自分たちだからこそできることを随分意識的にやってくれています。
日本語でしゃべったり、あるいはその場でポルトガル語でしゃべったり、という発信をし
ている。こういった先端的な状況が私たちの町で実現しています。
しかしながらですね、なかなか受け入れ社会のなかで、まっすぐに受け入れられない状
況があります。ちょっと話がとぶようなんですけども、この「湖西市のインドネシア人研
修生の例」という写真をみてください。これは隣の湖西市でインドネシア人の研修生です。
実は私元々インドネシアの研究者でインドネシア語ができるんですね。そこで彼とインド
ネシア語で話をしました。彼はもう 3 年近く日本にいて日本語がすごいできました。カメ
ラが好きで土日なんかだと撮影会に行って公園で写真をとったり、同じ趣味の日本人と一
緒によく写真をとる。しかし 3 年すごして道路挟んだ向かいのアパートの人とは一言も話
をしたことがないという。
「どうして?」って聞きました。そしたら彼は言った。「だって
日本人の人が避けているのがわかりますから」と。どうですか、この写真の彼の素敵な笑
顔。日本語もできるんだけど、彼らも避けられているんだってわかるとしり込みしちゃう。
こんな状況が私たちの町には残念ながらあるんですね。
「私たち受け入れ側の社会に『認識
のインフラ』ができているのか」ということをわたしは問いたいです。インフラとかイン
フラストラクチャーっていうのは、橋とか、道路とか、港とか、あるいは携帯電話の電波
を繋げる中継塔とか、ある種のコミュニケーションを繋げる、媒介するものです。このイ
ンフラっていうのをちょっと抽象的に表現させていただきました。
さっき見て頂いたような本学の学生のような若い移住第二世代がいろいろ発信している。
あるいはこの国でずっと住むわけじゃないけども、日本に来て、日本語を学んで、日本人
18
と交流している研修生もいる。けれども先ほど毛受先生がご指摘されたように、なかなか
こういう機会を持たないがために、そういう若い第二世代というか日本で暮らす外国人の
発信を受け止める用意が私たちの側にまだできてないんじゃないか。外国人側からの発信
を受け止める認識のインフラをこれから私たちは作っていきたい。そのためにこの後のパ
ネルディスカッションで、日本に住む外国人のみなさんの声をしっかりと聞いていきたい
と思います。
ご清聴ありがとうございました。
19
パネルディスカッション
「多文化パワーを活かして」
堀 永乃(以下:堀)
:皆さんにお配りさせていただきましたこちらの資料の 4 ページ目、
この資料は 100 人の外国人の方を対象に、多文化コンシェルジュの皆さんがアンケートを
とってくださった結果です。ブラジル、ペルー、フィリピン、中国の方、100 人の内 82 名
の方が回答してくださったのですが、その 4 ページ目の 5 番目、
「あなたたちは日本語がで
きるようになったら何がしたいですか」の質問に対して、いろいろな回答がありました。
なかでも一番多かったのが、
「日本人と同等な社会的地位を得たい」というものでございま
した。他にも「起業したい」ですとか、
「通訳・翻訳家になりたい」といった夢もあります
し、
「ホテルのコンシェルジュや旅行会社のツアーコンダクターになりたい」といった方や
「今の会社でより一層出世したい」という方もいます。
実は、今日も当法人の研修で、既に日本語が相当出来るのですが、日本の社会の中で、
今の働いている会社の中で出世したい、という方がプライベートレッスンをされています。
今の立場よりもっといい立場になりたいと思って努力をされていらっしゃる方がたくさん
いるのだということ、そしてそういう方たちは必ず夢を抱いているといったことが、この
アンケートからも見受けられるのではないかと思います。また、彼らが夢を叶えるために
はどんな能力がもっと自分に必要なのかといったことも自己分析されていて、非常に面白
いアンケート結果となりました。是非ご参考になさってください。
それでは大変お待たせいたしました。パネルディスカッションに移りたいと思います。
70 分間、 4 時 10 分まで、お話しいただければと思います。シンポジウムのテーマは無く
てタイトルはあります。タイトルは「多文化パワーを活かして」です。コーディネーター
に西原先生をお迎えしまして、ポーランド出身のヨアンナさん、そしてモンゴル出身のホ
ランさん、そして市民協働センター長の長田さんに、それぞれの立場からお話をいただき
たいと思います。「多文化共生」という中に、外国人と日本人という考え方もありますが、
様々な多様性を活かす、という視点でこれから皆さんに議論を深めていただきたいと思い
ます。西原先生どうぞよろしくお願いいたします。
西原鈴子(以下:西原)
:ただいま、参加者の皆さんのご紹介がありましたけれども、今日
はここに、並んでいらっしゃる 3 人の方のいろいろなお考えをお聞きする、という 1 時間
にしたいと思います。ホランさんとヨアンナさんは、あらかじめお話を聞いたところ、元々
日本に来たいと思って来たのではなく、事情でたまたま日本に来たという方なので、日本
にいらした当初は、そんなに日本に対してプラスのイメージを持っていたわけではない。
けれども、多文化コンシェルジュのプログラムに個人の意志で応募なさって、ご自分の外
国人としての立場、社会的に今いる立場を活かして、地域社会、あるいは日本の社会に貢
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献をしたいと思うようになっていらっしゃるという方で、まさに多文化パワーをお持ちの
お 2 人です。そして、長田さんはそれを包み込むお父さんのみたいな方、という風に考え
ておりますので、お父さんの考えも、是非ちゃんと聞こうではないかと思います。筋書き
はないんですけれども、何故今のような自分があるのかということ、今あなたはどうして
ここにいるんですか、ということをちょっとお話していただきたいと思っております。で
は、よろしくお願いいたします。
飯野ホラン(以下:ホラン)
:ありがとうございます。なんだろう、質問を本当に今聞きまし
て、ちょっと驚きました。何を話したらよいかと思います。まず今日はお越しいただいて
ありがとうございます。ちょっと日本語は本当にまだ勉強中なので、わかりづらいことが
あると思いますが、ヨアンナさんも、そうですよね。
田近ヨアンナ(以下:ヨアンナ)
:私は、日本に来てから 1 年半だから、もし私の日本語が、
、
わからなかったら、どうぞお許しください。
ホラン:そうですね、何故ここにいるかということなんですけれど、日本に来てからちょっ
と長いんですけど、日本に来てちょうど 10 年目になります。娘が今中学校 2 年生なんです
けれど、日本語のあまりわからない子どもをつれて、当時 4 歳だったんですね、日本に来
て、いろんな経験してみて、今日はですね、外国人のお母さんとしてと、1 人の外国人の女
性としての立場で、ちょっと話させていただきたいと思います。今やってること、やりた
いことは何かというと、今日ちょっと英語とか外国語を教えることがあります。それから、
自分が知っている文化を皆さんに知ってもらいたいということと、外国人のお母さんとし
て、外国人のお母さんたちが日本の社会にいって上手く生活できるように支援をしたいな
とその 2 つをメインに考えています。ですので、今回の多文化コンシェルジュというこの
体験は参加させていただき、とてもうれしく思っています。堀さんありがとうございます。
西原:はい。では、ヨアンナさんは、どうして日本に来て、どうして今ここにいますか?
ヨアンナ:私は、ヨーロッパで働いていた時に、主人に出会って、それで日本に転勤になっ
た。どうすればいいか迷ってたけど、結局ここに来ようと決めました。日本は、ヨーロッ
パでは、外国人にとってちょっと住みにくい社会のイメージがあるんですね。その 1 つの、
第 1 の問題は英語と日本語。それに外国人が入るとやっぱり日本語が話せないといけない
でしょう?そこは簡単なことじゃないですね。私は外国にいるときに色々な勉強したい。
日本の勉強したいから、このコンシェルジュのこともシンポジウムも役に立つ内容があっ
たから、そのプログラムを見てこの勉強がしたいと思いました。日本にいるときに、日本
人に英語を教えるとか、私の文化も教えるとか、紹介する、日本とヨーロッパの文化の違
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いを紹介するとか、何かプロジェクトがあればと思います。
西原:では、長田さんは何故、こういうテーマでここにいらっしゃると思われますか。
長田治義(以下:長田)
:僕もよくわからないのですが、たぶん僕は中間支援のことをやっ
ている件で。今日は多文化ということで外国人の方なんですが、日本人でありながら実は
外国人と同じような扱いを受けている、そういう立場の人が実はたくさんいます。例えば、
ろ うあ
大きなハンディキャップを持っている人。先日も聾唖者で、ある有名な車の会社に勤めて
いる人が、目に涙を浮かべて僕に会いに来ました。
「耳が聞こえないから、他の人と同じ仕
事をしているけど、出世はしないんだ」と。それから、セクシャルマイノリティーの人も
たくさん知っています。彼らは正社員になることも許されていません。普通の一流大学を
出て、普通に日本語を話して、普通に日本人として生活をしているのに、見た目と脳の性
が違う。それだけで正職に就けない子も実はたくさんいます。浜松に住んでいる外国人の
皆さんのような方が、社会に出ていくことは、実はそうした日本人でありながら社会の一
員として自分を活かすことができない人への大きな、僕は道しるべになっていただけるん
じゃないかなと思っています。だから、ホアンさんやヨアンナさんのこれからの社会進出
というのを僕は大いに期待したいですし、心から応援をしたいと思っています。ハンディ
キャップが多ければ多いほど、自分で皆さん達のように、自分の意志を伝えることもでき
ない。自分がどうしたいのか、どうしてここにいるのか、それすら言葉を発せれない人た
ちもたくさんいます。お二人のこれからの活躍はそうした人たちにも大きな道しるべを与
えることだと思いますので、たぶんそんなことを交えて、僕はここで語ればいいのかなと
思っています。
西原:まさに、そういう機会で長田さんはここに来ていただいていると思います。いくつ
かのポイントを 3 人の方からお聞きしました。ホランさんからは母として、女性として子
どもを育てている環境の中で言いたいということでした。ヨアンナさんは女性として日本
社会でどうもヨーロッパにいるときと自分の扱われ方、または自分と周辺との関係が違う
という風に気付いてらっしゃるようなんですね。お二人に共通なのは女性としてというこ
となんで、まずホランさんから一人の女性として、この社会、具体的には浜松に住んでみ
てこれは特に問題だなぁと思うこと、それを感じていらっしゃるとしたらそれはどういう
ことでしょうか。話していただけますか?そして、ヨアンナさんも同じようにして女性と
してこの社会に住んでみた時に困ったこと、または問題があると思っていることがあった
らお二人で話していただき、そのことについて長田さんは、社会的弱者と言ってしまうと、
私も女性なので自らを定義することになるんですけれども、どうもそれとなく周辺にメイ
ンストリームじゃなさそうに扱われちゃうっていう立場からお二人のお話を聞いて、長田
さんがどう受け止められたかをお話しいただきたいと思います。
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ホラン:女性としてですね。私はモンゴル出身ですね。まあ見た目は日本人にすごい似てい
て、日本人みたいですねって言われるんですけれど、でも確かに中身がすごく文化が違う
し、考え方が違うなと思います。日本人と結婚して、外国に行ったりしたあと帰ってきて、
自分が働きたいという気持ちがずっとありました。自分の国で大学を出て、1 年弱仕事をし
て、ちょうど働きたいという気持ちが高い時に結婚して、違う道を歩んじゃったんですけ
ど、日本に来て最初は、やっぱり言葉もそんなにしゃべれなかったし、仕事もないんです
ね。ですので、一番最初は当時はインドネシア語もしゃべられたってことで、インドネシ
ア料理のレストランでウェイトレスのアルバイトをしました。周りからちょっとそうです
ね、私を知っている母とか友達が来た時に、
「こういう仕事してるの?」とかちょっと可哀
想な目で見られたりしていたんですが、とにかく自分が社会に出たい、何かをしたいとい
う気持ちが強くて、五年間働いていました。その仕事場で日本人の考え方とかサービスと
か、あらゆる勉強させていただきました。私の人生の中でちょっと大変なところはいっぱ
いあったんですけど、いい勉強になったと思います。その後に、英語とかインドネシア語
を教えられるようになったんですが、今教えているところは、日本人の女性が多いんです
が、日本人の女性に英語を教えることで、もちろん旅行とかに英語を使って楽しいという
ことですよね。それももちろんありますが、自分が知っている文化を伝えたいという風に
思っています。で、それは一番伝えたいことなんですが、英語を教えながらいつも「あな
たはどう思いますか」という風に聞きます。最終的にやっぱり言葉を教えるということは、
自分が意見を自分で考えてしゃべらなきゃいけないので、それはある意味戦いなんですね。
日本人に英語を教えるというのは。そういう時になかなか時間がかかってしゃべれない、
文章は作れるけどなかなかしゃべれないというのが、小さい時から「どう思いますか」と
いう風にあまり聞かれてないのかなと思います。でも、時間が経つにつれて、みんな自分
の意見を英語でしゃべれるようになりますよね。私は、自分に自信を持ってほしいとか、
英語を勉強することでいろいろな国の文化を勉強してほしいという風に思っています。実
際 2 年間勉強されて、すごく自分が変わってどんどん自分の意見を恥ずかしくなく自信を
持って語る人たちがいて、すごくこんなことになって良かったなと思います。小さいこと
なんですけれど。もう一ついいですか。もう一つは日本の小学校とか中学校に、若い人た
ちにできるだけ自分の文化を紹介したいなということです。私は自分の国であるモンゴル
の話をしに行くんですけれど、主としてモンゴルには遊牧民という、遊牧民の文化があり
ますよというのを若い人たちに伝えたいです。っていうのは、自分も中学生の娘がいます
ので。今の日本人の子どもたちはちょっと海外に対して興味がないのが多いのかなぁと思
います。ですからその面白いなとか、興味を持ちたいなという気持ちを、ちょっとでも起
こせたらいいかなと思います。
西原:今やってらっしゃることの延長線上にこれをしたい、ということがある、というお
話でした。ホランさんは、多文化パワーというのは、発信力を持つことだと思っていらっ
23
しゃいますよね?
ホラン:そうですね。
西原:たとえば英語を教えて、女性たちが自主的にものを言えるようになってほしいとい
うことですよね?
ホラン:はい。
西原:それから、若い人たちには、海外、または自分じゃない文化に対して興味を持って
ほしい。
ホラン:そうですね。
西原:そうすると、ここに掲げられている多文化パワーというのは、外に対して積極的に
何か言うこと、発信すること、と同時に興味を持つこと。
ホラン:そうですね。
西原:ということが、とても大切というお考えですね。
ホラン:そうですね、日本もこれから変わっていかなくてはいけないので、外国人を受け入
れるっていうのは、もしかしたら今の中学生の子どもたちが変わっていくということで成
り立つのではないでしょうか。
西原:わかりました。
「認識のインフラ」と先ほど池上先生がおっしゃってくださったこと
と今おっしゃったことが、繋がりましたよね。
ホラン:今日本のテレビでですね、とてもいっぱい情報があっていいんですけど、私が疑問
に思うのは面白いだけで終わっちゃうんですね。あらゆる番組は、ちょっと面白いとか、
ちょっと変だねというので終わっちゃうんじゃなくて、それがいいんだね、それが違うん
だね、ていう風に思うことが大切だと思います。
西原:何故そうなのかと考えることが大事ということですね。
ホラン:そうですね、何故そうなのか。
24
西原:はい、ありがとうございました。じゃあヨアンナさん、女性の地位というか、肩書、
存在がどういう風に思われているかということについてお考えをお聞かせくださいますか。
ヨアンナ:私はポーランド人だから、欧米の女性の立場から言えますが、もちろん世界のど
こでも違う考え方があります。アメリカやヨーロッパと日本は全然違う考え方と感じます。
ヨーロッパとアメリカでは女性は普段は働いている。それが普通なんですね。働いていな
い女性の人はちょっとおかしいと思っちゃう。たぶん怠け者ですか?やる気がない?そん
な感じですね。女性は自分でお金を稼いで自分のために働きたい。ご主人がお金持ちでも
働きたい、こんな感じですね。でも日本ではご主人が十分なお金を稼いだら、女性はもう
仕事を辞めて働きたくないのかなあと感じています。それはもちろん社会的なことですね、
そう思ってるから女の人は家にいた方がいいと聞くと、もちろんそうだと思っちゃうと言
われますね。ヨーロッパでは子どもを産んでも、すぐに仕事に復帰しますね。なぜなら長
い間働かないと復帰はとても難しいです。あとはヨーロッパは個人主義の社会ですね。私
のやりたいこと女性としても大切ですね。子どもだけじゃなくて私にも幸せになる権利が
あります。こんな感じですね。でも、日本人の女性にとってはこの考えは多分わがままと
いうことでしょう?自分のことが大切に見える、かな?子どもがいるとずっと子どもと一
緒に家にいないといけないことがわかった時に、私はそんな感じになりました。後はベビ
ーシッターが全然いないでしょう?ヨーロッパでは夜も週末も子どもをベビーシッターに
預けて、夫婦で出掛ける。それが普通。日本では無理。全然時間がない。すごくびっくり
しました。後は私は外国人で女性、30 代の女性、子どもを産む可能性が高い人ですね。こ
ういう人間は仕事に就くのはとても難しいのだと思います。もっと女性が活躍できる社会
が作れたら、日本が欧米の女性にとってももっと魅力的な社会になります。
西原:ありがとうございました。日本の社会の中で通念のようになっていることについて、
少し批判的なご意見をいただきました。1 つは「3 歳神話」っていうんでしょうか?子ども
が生まれたら 3 つになるまで一緒にいてあげることがその子にとって一番良い。だから母
親は 3 歳ぐらいまでは子どもといつも離れないでいるということが良い、というそういう
考え方なんですね。それから、もう一つは女性は、控えめに、ようにするというしゃしゃ
り出ないことが通念になっているという場合にその女性が、人として一人前に扱われない
という見方、そういう批判になっているということでした。長田さん、いかがですか。こ
れらのことをどう受け止めていただけるでしょうか?
長田:僕は幸せにも 30 代の頃、上司っていうのは全部女性で、女性の下で、働かせてもら
いました。多くは上司が女性だと、女性と一緒に働いた方が自分をすごく出すことができ
ました。やる・やめるをすぐに言ってくれるのは女性なんですね。特に僕は元市役所でし
たので、男性の上司は「うーん、ちょっと前例をさがしてくれないか」とか言うんですが、
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女性は直感的に「それは市民がこの間いっていたことだな、すぐできるように動きなさい」
って言う。そういう時はすごくやりやすかったですけれども、同じ女性の上司でも、やっ
ぱりその人の個人の特徴っていうのがあるので、同じ女性の上司でも、3 人いましたけれど
も、3 人ともやっぱりタイプが違った。なので、会社の中では女性とか男性っていうのは全
く関係なくて、その人がリーダーシップがとれるかとれないかっていうのが、やっぱり一
番大切なことじゃないかなと思います。なので、特に浜松市役所なんかを見ると、管理職
の多くはまだまだ男性ですので、ああいう男性だけが管理職になっていくっていうシステ
ムには僕はやっぱり個人の能力っていうのを評価できていないっていうのがあると思いま
す。その一方で、この間ですね、自分で有限会社を立ち上げて、女性がですよ、それでな
おかつ市民団体も立ち上げて、今日おそらく浜北区でものすごく大きなイベントやってい
ます。で、その方と知り合いになって、その方がおっしゃったことには、
「私は会社をやり
たくない。こんな市民活動はやりたくない。世界で一番好きな人の為に、今晩の料理を考
えて、家を暖かくして、愛する人を家で待つ専業主婦が今の一番の憧れです」って言った
女性もいらっしゃる。なので、ヨーロッパの文化はそれでいいと思うんです。でも日本の
女性の文化として、それを最大の美徳と考えている方もいらっしゃる。で、会社でバリバ
リやりたいっていう方もいらっしゃる。堀さんとかうちの理事長のようにもう一歩でも目
立つように前で出たいんだっていう人もいらっしゃる。それはそれで一人ずつの、その人
の個性であって、男女考えずにやっぱりその人を評価するっていう日本の考え方っていう
のが絶対これからは欲しいと思います。特に自治会長が 100%男性っていうのは、僕の中に
は考えられません。男だけで地域が成り立っている訳ではないので、やっぱり地域のこと
を考えるときには、女性の自治会長と男性の自治会長が半分ずついて、地域のまとまりっ
ていうのが生まれてくると思うんで、日本はそこを少し、少しずつ考えるべきだし、最終
的には本人がどうしたいかっていうのを尊重したいなと思います。
西原:ありがとうございました。先ほどヨアンナさんがおっしゃった、女性はあるべきと
ころにいなさいというような雰囲気を感じ取ってしまって、自分から自分の定義を決めて
しまうというところがある、というご指摘が一つですよね。バリバリ働きたいと思ってい
る人もいるし、おうちであったかいご飯を作って待っているというのが最高の幸せと思っ
ている人もいる。それぞれが違った思いを持っている、それぞれを一人の人として認めて
いく、っていうことが、できてないかもしれないというお話。
長田:そうですね。
西原:そうしますと、先ほど性的なマイノリティですとか、それからい障害を持った方が、
働きにくいということをおっしゃいましたけども、それもやっぱり同じ理由でしょうか
ね?
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長田:そうだと思います。だから、知的に障害をある人は、これはできないだろうってい
うのがマニュアル化されている。耳が聞こえないと、コミュニケーションができないって
ろ うあ
いうことが最初から偏見で見られている。今なんか逆に、僕は聾唖の方と何で話したかっ
て言ったら、彼に青いホワイトボードマーカーを持たせて、僕が赤いのを持って、言いた
いことをホワイトボードに書いていくんです。意見が違うと、彼が青い字のペンで「違う
違う違う!」と。そうすればすごいコミュニケーションがとれるし、その後、実はメール
でやり取りをしています。そうすると何にも、コミュニケーションができて、重要なこと
ろ うあ
は皆 facebook を使ったりメールでやっています。そうすると聾唖者の人が出世できない理
由が見えてこないんですね。だからそういった最初にある偏見みたいなものが、その人の
能力を発揮させてないっていうのがここにはすごく、ここっていうか日本にはまだ根強く
残っているような感じがします。そういうものをやっぱり、グローバルもそうですけれど
も、ハンディキャップのある人も一緒にですね、取り除いていく作業ができたときに、本
当に皆さんが活躍できる場所っていうのはおのずと見えてくるような気がしてなりません。
西原:今、「偏見」とおっしゃいました。「グローバル人材」という用語はいろんな定義が
されていると思うんですけれども、
「グローバルな人」ってどんな人なの?って言った時に、
今「偏見を持たない」ということをおっしゃいましたけども、そういうことは大きな条件
になりますよね?
長田:はい、そう思います。
西原:自分の、思い込みで人を判断しないということ。それからもう一つは、世界中のど
こに行っても普遍的な価値のある仕事をしたいという意思をもって、仕事ができるという
こと、まじめだとか正直だということはあらゆるところでいいこととされていますよね。
その普遍的な価値を体現できたり、それによって行動ができたりすることもグローバルっ
ろ うあ
ていうことですよね。世界中その基準はどこにいても同じなので。今度は外国人も聾唖の
方と同じように、偏見にさらされているっていうことがあって、外国人だからこんなこと
はできないだろうとか、外国人だからこういう仕事に適しているんじゃないかというよう
なことがありますよね。例えば、ホランさんは外国人なので外国語を教える仕事が与えら
れたと思いますか?
ホラン:そうですね。それはある意味当たり前かな、と思うんですけど。
西原:本来、例えば、ホランさんが本来自分として、自由に職業を選択するとすれば、語
学教師を選ぶんでしょうか?
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ホラン:うーん、かもしれないですね。結構私そういう仕事が好きなので……自分が語学を
勉強した方法で、こう教えた方がいいかなぁ、というとき、自分なりのペースがあるから、
かもしれないです。
西原:あ、そうですね。インドネシア語とか英語を教えてらっしゃるときに、ホランさん
はそれが、言葉を教える、というだけでなく、文化の比較をして、その文化の理解を高め
てもらうということに貢献する、ということをおっしゃってますね。それは本当にやりた
いことでしょうか。
ホラン:今は、本当にやりたいことです。言葉を勉強するっていうのは、言葉にプラスして、
その国の文化があるということですね。なので言葉の勉強を通して本当にみんな変わって
行くと思うんですね。で、変わっていくというのは、自分から見る世界への目が変わって
く、例えばインドネシア語の生徒で、インドネシア語ってご存知のようにイスラム教の文
化なんですね。で、私もモンゴル人なので、一番最初に行って、なかなか受け入れられな
い考え方がすごいいっぱいありました。でも、いろんな現地の人たちに教えてもらって、
「あ、
これはありだ」と、
「普通だね」っていう風に考えられるようになりました。それは私にと
ってとてもプラスになったと思います。ですのでグローバル人財とかそういう言葉、私は
好きですね。
西原:はい、わかりました。ヨアンナさんは今音楽関係の団体で仕事をしてらっしゃいま
すね。でも元々ピアニストですよね。
ヨアンナ:そうですね。
西原:それで、今、例えば自由に職業が選べるとすれば、何になりたかったでしょうか。
ヨアンナ:私はいつも音楽分野の仕事って文化庁とか協会で働いていたから、私の経験を活
かす、活かせる仕事が一番やりたい。
西原:音楽関係のお仕事?
ヨアンナ:今やっているのはボランティア活動です。仕事ではありません。
西原:もし仕事を選ぶ機会があるとすれば、やはり音楽関係の仕事を、本当の仕事にした
いっていうことですね。ボランティアじゃなく。
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ヨアンナ:もしそんなことがあるなら、それが一番いい。
西原:何故、今の日本で仕事にならないんでしょうか。
ヨアンナ:私は実は申し込んだんだけど、ダメだった。どうしてか、わからないですけど、
やっぱりたぶん日本語がまだ足りないのか、ダメでした。
西原:はい、でも音楽関係の仕事って国際的な仕事でしょう?だから、日本語ができるだ
けでは、不十分ですよね。もちろん音楽関係の知識とかそういうこともそうですけれども。
つまり国際的に発信する能力、例えばさっき英語が必要、日本人にとって英語が必要、と
おっしゃいましたよね、その発信する能力を持っているのに、何故仕事がもらえないんで
しょうか。
ヨアンナ:わからないです。
西原:外国人だから?
ヨアンナ:とりあえず、そう思ったけれど、他の理由があったかもしれない。
西原:女性だから?
ヨアンナ:全部合わせて。
西原:全部合わせて!それで、もし自分がまだポーランドにいて、ポーランドにずっとい
るとしたら、仕事はあるはずですよね。
ヨアンナ:そうです。今でも私は辞めないでいます。休暇を取った。仕事を休んだ。
西原:仕事を休んだ。
ヨアンナ:今は仕事を休んでいるところです。日本に住んでからの数年間、仕事を休む。
西原:なるほど。じゃあポーランドに戻れば、元の仕事に就くわけですね。
ヨアンナ:もちろんありますけど、今は日本に住みたいから、戻るにことについてはまだ考
えていない。
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西原:ホランさんは英語を教えるというお仕事は、自分の本来のお仕事からそんなに遠く
ないとおっしゃったんですけど。
ホラン:半分、です。本当はきちんと仕事がしたい。朝から、8 時間後、仕事している達成
感。今とは違う達成感を手に入れたいです。今のお話ですが、私はちょっと意見が違うん
です。さっきおっしゃった女性は温かい美味しいご飯を作って家に居たいという気持ちは、
何故仕事できる女性もそれができないんですか?逆に日本人はそういう風に二つに分けち
ゃうから、バリバリ仕事をする派と家庭を持つ派、なんで女性は両方できないんですか?
それが、理解できない。実は私もそうやって仕事したいんですけど、やっぱり娘がいます
ので、できないんです。5 時まではこう、やれるんですけど 5 時からはやっぱりご飯を作ら
ないといけないし、それをやらないといけないかなという、雰囲気があるじゃないですか。
お母さんは家でやっぱり子どもが帰ってくるときに居ないといけないとか、もっと小さい
子は最近新しい法律ができて、小学校から帰ってきたときに家に一人になっちゃいちゃい
けないんですよね。そうすると女性は働くっていうことが不可能なことなんですよね。で
すので私の国だと、やっぱり男の人と女の人と仕事を分けあって、早く帰った方が家庭の
家事をしたり、子どもの面倒を見るし、日本とは全く違うライフスタイルなんですね。そ
れが今の日本にはちょっと考えられないような問題で、それについてはものすごくストレ
スを感じる、というかストレスだと思います。
西原:じゃあ女性が家にいて子どもを暖かく迎えるということも、それから社会に出て、
立派に働くということを同時にできるようにするためには何が変わっていったらいいんで
しょうか、長田さん。ちょっと難しいし質問ばかりですがお許しください。
長田:ホランさんの、今の話もそうですけど、僕が言った会社をバリバリやって、市民活
動もバリバリやっている人は、やってるんですよ。今、家のこともやってます。で、彼女
の言いたいのは、会社がどうのこうのとか市民活動など、もう余分なこと考えたくない、
私は、仕事がやりたくない、常に愛する夫と可愛い子どものことだけを 24 時間 365 日考え
ながら、家にいて、掃除をして、ご飯を作るっていうのが幸せだと考えている、という人
がいるということです。彼女は今両方ともバリバリやっています。今の質問ですが、日本
の男性が変わるべきかな、と思います。これは僕のことなので、今日来ている男性にそう
やれとは言いません。僕は独身の頃、月曜日が休みのところで勤務してましたので、深夜 2
時に寝て午後 4 時に起きるような、とんでもない生活をしていました。遊ぶ人もいないの
で、映画館を 4 本 5 本梯子したりとか、1 日中山の中を走って帰れなくなったりとか。で、
結婚したその時から思ったのは、結婚するっちゅうことはもう親から巣立ったということ
なので、妻に起こされるというのは何たることかと。なので結婚した時から決めたのは、
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僕が妻より早く起きる。で、妻が起きてくる時には、夏場は窓を開けて気持ちのいい風を
入れておく。今日ですと僕は 5 時に起きて部屋中を暖めて、妻が起きる前にコーヒーを淹
れて、暗い中で洗濯物を干して、で、妻は 6 時半に起きてくるので、
「おはよう」って言っ
てコーヒーカップを渡す。これを 28 年間やり続けています。そうしないと、仕事をやって
ても部下に偉そうなこと言えないじゃないですか。自分が自分の家庭の中で自分のことも
妻にまかせっきりで、そうすることによって僕は何をしたかったかっていうと、朝、二人
が笑顔で、お互いに「行ってきます」て言いたかったんです。母が一番カリカリしていた
時って朝なんですよ。家族のご飯を作り、お弁当を作り、寒いっていう子どもがいたら「ス
トーブぐらい自分でつけなさい」って言いながら、洗濯物を干す。その朝の時間にゆとり
を持たせてあげればうちの母ちゃんは僕を笑顔で見送ってくれたのにって。やっぱり 1 日
の朝のスタートってすごく大切なので、それだったら今まで女房にやらせようと思ってい
たことも、僕も大人なんだから、自分にできることをやっていこう。まあコーヒーぐらい
淹れられるじゃないですか。豆入れて水入れてスイッチを押せば出る話ですし、エアコン
をピピッとやればいい。
「あなた、会社に遅れるわよ」なんて言って妻に起こしてもらうよ
うじゃ、小学生や中学生と変わらないじゃないですか。それをやることによって今、妻は
笑顔で働きに行きます。そうすると、びっくりするようなものをバレンタインデーにプレ
ゼントをくれるので、こっちとしてはうれしいので「よし、ホワイトデーは倍返しだ!」
っていうようになり、その仲のいい夫婦を見ると子どもたちもそういう風になっていく。
そういうことを日本の男性ってほとんどやってないと思うんですよ。なので、少し男性が
グローバル化っていうか、そういう意識を持つことが大切じゃないかなと思います。
西原:じゃあそれを外国人に翻訳して考えると、外国の人が笑顔で日本で暮らすためには
日本の社会に今いる人たちが自分を変えてそこに寄り添う。
長田:そうですね、そういうことです。
西原:その人たちを受け入れるための用意をしなければならない。先ほどの「認識のイン
フラ整備」が必要だという話ですよね。
長田:そうですね。
西原:じゃあたまたま長田さんは素晴らしいことを実現したけれど、どういう風にインフ
ラ整備というのをしていったら良いんでしょうか。
「世の男性よ、目覚めよ!」とか言うん
でしょうか。
長田:僕、56 になりますが、僕と同年齢から上の人は切り捨てたほうがいいと思います。
31
西原:諦める。
長田:はい。考え方は変わらないと思います。なので、今着眼しなくてはいけないのは小・
中・高・大学生。
西原:若い世代。
長田:そこからいかないと……少し時間はかかりますが、頑張ってください。
西原:わかりました。ホランさん、それについてちょっとお考えをお聞かせください。
ホラン:まず、素晴らしい旦那様ですね。私は日本の旦那さんたち、お父さんたちを責める
気持ちはないんですよ。すごくまじめに働く、家庭を支えてくれる男の人たちは本当に素
敵だと思います。実はモンゴルの男たちはすごく強いし偉いんですけど、働くかっていう
と働かない人が多いんです。女性はすごくいろんな仕事を頑張って働いているんですけど。
今の意見に対して個人的な意見なんですけど、本当に小学校とか中学校の子どもたち、も
っと小さい幼稚園の時からそういう考え方を変えていく必要がある。ある意味社会が変わ
らないといけないんですね。どんなお父さんになるかっていうことを、お母さんが一番近
いので、お母さんを先に教育する。お母さんは男の子を育てるときに出会う奥さんを、ど
ういう風に扱うのかっていうことを教える。でも、今問題は、そういうお母さんたちはそ
ういう風に育っていない、そういった状況ではないので、難しいかもしれない。でも、人
って協力すると変わるので、そのお母さんたちを教育する・サポートするのはいいと思い
ます。
西原:たとえば、それはどんなふうに出来ますか?PTA?それとも、その活動?
ホラン:そうですね、PTA で……。私も子どもが小さい時に PTA によくいって、当然日本
語がよくわからなかったんですけど、いろんなミーティングがあります。子どもの教育と
か家庭の教育とかはそんなに話さない。どうやってベストなお母さんになるかという話は
よくするんですけど。どうやって男の子を育てるか、どうやって女の子を育てるかってい
う話はちょっと少ないので、PTA の話でいいと思います。もう一つは英語をどうやって勉
強するかということは、お母さんを教育したいです。子どもを塾に行かせるだけではない。
西原:ヨアンナさんはどう思いますか。
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ヨアンナ:とてもいいと思います。
西原:子どもから、そしてお母さんも子どもの育て方の中に多文化的な考え方を取り入れ
てスタートする。
ヨアンナ:そうですね。私は日本の社会を悲観しないです。ヨーロッパ出身の私にとって全
然違う考え方です。日本人の女性は幸せだと思う。家に居ても、主人はまじめに働いて。
西原:家に居ても叱られない。
ヨアンナ:そうだと思う。
西原:それは女性たち、いかがですか。家に居ても叱られないから幸せだという考え方が
あるという。でも小学校の子どもたちに、次の子どもたちに期待するということは、お三
方みんな一致しちゃったんで、ここにいる方はなんかもうあきらめられている人が多いっ
ていうそういう話ですかね……違いますかね。
ホラン:そんなことないですよ。例えば、今、定年までに時間がありますよね?いろんなこ
とされてて家庭とかはあると思うんですけど、例えばそういう年齢の方、男の方、男性の
方々は、そうですね家人に教わる。
西原:40 代以上の方々ですね。
ホラン:楽しいですし、逆に家にいるとなると、自分のことが自分でできない男の人って多
いんですよ、日本って。私の国だとちょっとそれはおかしいっていうか、みんなやっぱり
田舎へ行って遊牧民の知恵をつけるので、田舎へ行って一人で、火で炊いてスープを作る
のは当たり前なんですね。家に帰ってきてご飯を作るっていうのが、おいしいだけじゃな
くてご飯を作るってことが普通。だけど日本は便利すぎちゃって、買って食べるから、作
ろうってならない。ですからそれを楽しく思う方が全然いいと思います。遅くないと思い
ますよ。
西原:そうしますと、女の子はおしとやかに、お母さんのお手伝いをしましょう、男の子
は外で活発に、そしてよく勉強する、そういう子がいい男の子ですと決めつけないという
ことですかね。
ホラン:そういう意見は大変反対です。女の人も、勉強する権利はあるし、男の子も勉強す
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る権利があります。ですから、女性は自由があります。男と全く同じです。働きたいなら
働く、家にいたいなら家にいる、ただ日本の社会はそういう条件じゃないと思います。ど
うしても働きたいと思っても、保育園がない、小学校が終わったら子どもが行く場所がな
い。そして、周りからもちょっと冷たい目線がまだありまよね。ですから個人一人一人、
何歳にかかわらず、年齢にかかわらず、自分たちでちょっとずつ意見が変わっていくって
いうのが大事だと思います。
西原:それは、社会の周辺に追いやられているという言い方はおかしいかもしれませんけ
れども、バリバリ働いて、バリバリお金を稼いで、家族を養って、というような人が偉い
人だということだけでなく、周辺にいる人たちに対しても、子どものころから、やっぱり
それを受け入れるということを教育することが必要になるんでしょうか、長田さん。
長田:本当にそう思います。やっぱり収入が入れば誰でも実は頑張れるんですが、これを
やっても何も収入がない。だけどその先に多くの人を喜ばせるアクションがここにあるん
だって言った時の、まあ今日来ているメンバーも体験している人もいるんですが、中学生
を 30 人くらい、東北の被災地に連れて行きました。最初は修学旅行気分で、校長先生に怒
られる。ところが、帰ってくるバスでは、被災地にバスを降りると、中学生が自然に手を
合わせて、黙とうをする。そして、帰り際に東北のおばあちゃんが、「家族も全部失って、
家も失って、私はいつ自殺をしようか考えていた。だけどあなたが来年来てくれるなら、1
年間生き続けるよ」って 80 歳のおばあちゃんが浜松の中学生に伝えたんだそうです。その
時にやっぱり先に涙を流したのは中学生。それを聞いた中学生は学校へ戻ってからボラン
ティア活動を必死にやるわけですね。で、学校の先生に聞くと、ボランティア活動をやっ
た子は、必然的に成績が上がっていく。なのでやっぱり、自分は人の為にアクションを起
こすことができるんだっていうのを、やっぱり若い時から伝えていく。それによって人間
の本当の価値って何なんだろうっていうのが若い時代に心の芯の中にしみこんでいく。そ
れこそがやっぱり本当のグローバルと呼ばれる人になっていくんじゃないかなと感じてい
ます。
西原:わかりました。今は小学校の成績のつけ方にも発展があって、小学校の通知表を見
ていると、先生方が例えば算数、国語、
、理科、などの学科の達成度の他に、この子はどん
なことに取り組んで、それをどういう風に達成したかということを書いている。そのこと
が半分のスペースで書かれていることに気が付くんです。ということは、頭がよくて勉強
がよくできて常に 100 点を取る子だけがいい子ではないという考え方は、小学校の教育、
中学校の教育の中でも生きてきているという風に思うんですけれども、それを更に、ホラ
ンさんがおっしゃるようにお母さんたちがそれを見て、ご自分たちもそれによって成長す
る、というか考え方を変えていく、というようなことが起こってくるといいわけですよね。
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そうすれば一つの持ち味だけで、例えばとか月給が高いとか学歴が高いとかいうようなこ
とだけで、人を判断するのではないということの延長線上に、外国人を受け入れるとか、
女性も一緒に働いて、人間ができることなら、男もやる女もやるとおっしゃったけど、そ
ういうことですよね?そういうことが芽生えてくるということになるのでしょうか。ちょ
っと時間も押してきているので、これだけは言っておきたかったということがあれば、是
非おっしゃっていただきたい。今までのことでもいいし、それからそれ以外のことでもい
い。
ホラン:一人の外国人のお母さんとしては、日本の幼稚園や小学校はルールがすごくたくさ
んありまして、最初はそれがわからない外国人は本当に苦労するんですね。それを周りの
方が、もしあなたの周りにそういう外国人のお母さんがいたら、説明してあげてください。
何故というか全く違う文化・習慣から来たので、日本のやり方が良いか悪いかじゃなくて、
ただ違うということであって、解らないんですね。そういう子どもを支援したいという気
持ちもありますけど、それは 1 人がやれることではなくて、みんながやっぱり変わってい
っていくことでみんなやっぱりそれぞれ苦労をしていますので、言葉がわからないし、幼
稚園から出された管理画面も読めないし、それとルールもわからない。みんなが当たり前
にわかることも、すべてその人たちにとって当たり前じゃないんですね。
西原:ありがとうございます。東日本大震災以来、キーワードのように私たちの上に漂っ
ている言葉の中に「絆」という言葉と、
「繋ぐ」という言葉がありますよね。それは人と人
とが、もっと深く関わり合うという、そういうことだと思うのですけど、隣にいる誰かさ
ん、隣の家にいる誰かさん、今度新しく知り合った誰かさんの上にもその「繋ぐ」、「絆」、
ということを、延長して考えるということですよね。で、私流の言い方をすると「みんな
で少しずつおせっかいになろう!」というそういうことなんですけれど、例えば、日本で
はこうするんだ、あなたもこうしなさいというのではなくて、日本人は普通こうするよ、
でもあなたは自由だけど、という風にしてやっていくというのが一つですよね。そのこと
が、1人が一回やれば、たくさんの人がたくさんやったということになっていく。それに
遠慮しないというか、働きかけていくというか、一歩踏み出すということでしょうか。例
えばこの通知表、ロドリコ君のお母さんは読めてないかもしれないなと思ったら、とりあ
えず行って「読めた?」と聞くという、そういうようなことでしょうかね。いろいろなこ
とがあると思います。そういうことを私たちが一人で、自分から実践していくということ
かと思います。ヨアンナさんは?何かこれだけは言いたいというのは?
ヨアンナ:日本人は新しいことが大好きで、そうですね、ヨーロッパは興味があります。私
は本当に私にとって住みやすいだと思う。みんな私の国に興味があって、みんな助けてく
れます。その国そんなに悪くないんだと思う。この国の友達によると、YAMAHA の会社で
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働いているそうですね、その子によると、YAMAHA は大勢の外国人がやってきて、日本人
も仕事の途中で英語が話せないといけないでしょ?だから、いい傾向にどんどん変わって
くるかと思う。
西原:今、英語とおっしゃいましたよね?それで、外国人が日本語を話す、というのと私
たちが例えばポーランド語を勉強するということの他に、先ほどから英語と何度かおっし
ゃっていますけど、英語についてはどう思うんですか?日本人は英語力が足りないと思い
ますか。
ヨアンナ:そうですね。
西原:これは世界の共通語としての英語の話ですよね?
ヨアンナ:そう。ヨーロッパのいろいろな国では英語が公用語じゃなくても、英語で日常生
活と仕事は簡単にできる。それぞれの国の言葉がわからなくても、英語で、意味を理解で
きる。日本はとても難しいと思います。
西原:たとえば、YAMAHA が多国籍企業というか、国際的な企業なっているのは、外国人
をたくさん受け入れて、外国人の能力を発揮させてくれるような、企業だからとおっしゃ
いましたよね。そうすると、そこで重要なのは英語によるコミュニケーション、というこ
とになってきますか。
ヨアンナ:そうだと思うし、せめて職場にいる外国人は、誰か英語が話す人が雇われると、
とても楽になります。
西原:そうですね。
ヨアンナ:私は、ここに来て、1 人で市役所に行った時に、全然コミュニケーションが取れ
なくて泣いちゃった。やっぱり日本語が話せないと、生活はとても難しいと思った。
西原:そうですね、そうすると、外国人が日本語を話すようになるのを待っている、とい
うのも一つの流れだけども、そうじゃなくって誰が来ても一般的にできるだろう英語力を
日本の社会が付けていくというのも大事ですね。2020 年にはオリンピックがあります。観
光客がいっぱい来るようにしようと言ってる時に、我々は 40 ヶ国分担して、例えば浜松市
はポルトガル語やりなさい、なんとか市はなんとか語をやりなさいと言っていても足りな
いので、そうすると一般的には、国際的にコミュニケーションができる英語をよりよく私
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たちが学ぶということでいいのかな?
ヨアンナ:もちろんみんなじゃないんですけど、せめて市役所とか……
西原:せめて市役所だそうです。
ヨアンナ:運転免許センター……
西原:運転免許をくれる人もそうだそうです。
ヨアンナ:公務員たち……
西原:公務員たちですね。はい、そうです。
ヨアンナ:私の経験によると、ちょっと難しい。
西原:今、東京大学で日本人の大学院生たちに古典日本文学を教えていらっしゃる先生が
いらっしゃるんですけれども、その方が、彼は本当に日本人よりもよく日本語を知ってい
て話す人なんですけれども、おっしゃっていました。日本では、2020 年にオリンピックが
開かれます。日本人は目標が定まると強い、だから一丸となって英語やろうといえばやれ
ちゃう!というような、そんな会話でした。それについて何かおっしゃることはあります
か?
ホアン:もちろんヨーロッパ人はルーツが同じなので、英語を勉強するのは比較的楽なんで
すね。だけど日本人は、もちろん全然違うルーツですよね。難しいということはわかりま
す。実は私は個人的に、日本人はすごく英語の能力をみんな持っていると思うんですね。
ただ、ちょっとやり方が自分に合ってないとか、ちょっと間違っているやり方でやっちゃ
ったっていうのが、結果としては理由ですね。言葉って生きているものですから、書く、
読むだけじゃなくてしゃべってみるっていうのから始めればいいんですね。言葉っていう
のは一番最初に外国語の言葉しゃべる。勉強する時に、あいさつの言葉を 5 個、動詞を 5
個、名詞を 5 個、形容詞を 5 個覚えれば、とりあえず自分のやりたいことは言えるんです
ね。そこからどんどん増やしていけばいいんですけど、完璧をちょっと目指しちゃって、
しゃべれないという風になるので、でもそれにちょっと自信をつけて、やってみるとみん
なできるんです。
西原:はい。
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ホラン:積極的に、考えてみてください。
西原:はい。ただそのキチンとする文化というのが、鉄道を 1 秒も間違えずに走らせ、宇
宙に行くロケットの中の重要な部分は日本製であり、ということにつながるんですよねぇ。
ホラン:そうですね。
西原:それをうまく使い分けるっていう。
ホラン:使い分ける、すべて完璧目指しちゃうと、相手からも完璧めざすのも、やっぱりな
かなかうまくいかない点も、もしかしたらそこかもしれないですね。
西原: わかりました。使い分ける。
ホラン:もちろん日本の技術は素晴らしいです。はい。
西原:ありがとうございます。じゃあ、最後に長田さん。
長田:英語は、小中学生からにしてください。僕らの中学のときに成績で、他の成績より
も英語がちょっと落ちると、自分の中で拒絶反応が起きてですね、他はできたのに英語だ
けはできなかった、だからもう見たくもないっていう。なのでそういう風にならないよう
に、もし学校の先生いたら、英語にあまり点数を付けないように、そうするとなんだかう
まく流せるようになるのかなと思います。
西原:そうですね、小学校の英語活動だと成績はついてないですけれども。
長田:はい。成績付けるのは絶対やめた方がいいですよね。
西原:そうですね。ありがとうございました。そろそろ時間になりました。本当は、フロ
アの皆さんからもご意見をおききしたかったんですけれども、その時間が無くなってしま
いましたが、十分にお三方に語っていただくことができたと考えております。これこれの
結論が出ました、というような、そういう時間では元々ありませんでしたけれども、核心
のところは伝わったのではないかという風に考えております。どうも、参加してくださっ
てありがとうございました。
38
堀:ありがとうございました。
「多文化パワー」というところで先に覚え頂きました毛受先
生の方から自己検証の中で外国人の方たち、まあその方たちが持っている力をより発揮す
るっていう意味では、浜松の企業を外国人がパワーを発揮する活動として、雇用されて、
広く世界にうって出ていくなんてこともありますが、そういった意義を、在住外国人の方
たちもということで活用されているとなれば、そういうかたちで、例えば在住外国人の方
のパワーを介護の分野に生かしているというのも、非常に浜松の中にはあるんだというこ
とも、可能性がまだこれから浜松にはあるんだということも知っていただければなぁとい
う風に思います。それから、
「認識のインフラ」という話については、池上先生がお話して
くださいましたが、受け入れ社会は私たちですね。男性が変わらなきゃいけないとありま
したけれども、若いうちに育成をしなければいけない。最近育女という言葉が流行ってい
るそうで、30 代後半からのアラフォー女子がですね、若い男性を育てる。そういったこと
でグローバルは非常に大学生の若い男の子や女の子たちがいるんですが、育ってってくれ
るのかなぁと思うと、今から彼らの成長がとても楽しみです。前半の講演と、後半のパネ
ルディスカッションの間にですね、ご意見がある方いらっしゃると思いますが、ご意見で
はなくて、少し時間がありますのでご質問ちょっとここの内容確認しておきたいことがあ
るんですが、といったことで、ご質問がある方、いらっしゃいますか?
質問者:はい。
堀:はい。
質問者:長田さんに伺います。
長田:はい。
質問者:確か、セクシャルマイノリティーとおっしゃったと思うんですが、不勉強で申し
訳ない。それでもいいですか、男も女も両方ともマジョリティーだと思います。セクシャ
ルのマジョリティーとは……
西原:あの、性同一性障害というお言葉は、聞いたことが……
質問者:あります。その、女性が社会参画の仕方がまだ足りない、企業・団体・公務員が
責任のある立場に女性がまだ少ない、そういうことですか。
長田:いえ、そうではなくて、性同一性障害と言われている子たちが、就職できていない。
39
質問者:あぁ、そういうことですか。
長田:はい。
質問者:はい、ありがとうございます。
堀:ありがとうございました。では以上を持ちましてパネルディスカッションの時間を終
了させていただきたいと思います。ここからは、多文化コンシェルジュの皆さんが、ポス
ターを作ってきてくださいましたので、皆さんに、ご紹介をさせていただきたいと思いま
す。それぞれ作ってくださった方には前に来ていただいて、是非参加していただいている
皆さんにも近くに見に来ていただければと思いますし、意見交換をしてください。では、
改めまして、このパネルディスカッションにご登壇いただきました皆さん、それから毛受
先生、池上先生に改めて大きな拍手をお願いします。ではコンシェルジュの皆さん、前に
来ていただいてポスターへのご案内をしてください。
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