〈金沢星稜大学論集 第 40 巻 第 2 号 平成 18 年 12 月〉 29 貯蓄率が変化しうる経済成長モデル An economic growth model with variable saving rate 野 宏 Hiroshi Kaseno 目 次 1.はじめに 2.ソローモデルの要約 3.経済成長の原理 4.結論 1. はじめに 経済成長理論に関する研究は 1950 年代末から 1960 年代にかけて主としてソロー[1]によって行われた。ソローは理論の単純化 のためにいくつかの仮定をおいた。産出量は資本と労働の投入量の増加関数であり,資本と労働について一次同次であると仮定す る。もう一つは産出量(所得)のうちある一定割合が貯蓄されると仮定する。これらの仮定から,1 人当たりの資本ストックがい かなる状態から出発しても,長期的には定常状態に収束することを導いた。いったん定常状態に入ると,1 人当たりの資本ストッ クは成長しないが,経済全体の資本ストックは労働成長率と同じ割合で成長する。貯蓄率が増加すると,1 人当たりの資本ストッ クは増加し,1 人当たりの生産も増加する。より多くの貯蓄を行うことによって,1 人当たりの資本をより多く蓄積し,その結果長 期的な豊かさがもたらされる。このことは,貯蓄率が高い国家ほど 1 人当たりの所得も大きくなることを示している。労働成長率 が増加すると,定常状態における 1 人当たりの資本ストックは減少し,1 人当たりの生産も減少する。すなわち,労働成長率の高 い国家ほど 1 人当たりの所得が低いことを示した。 以上のようにソローモデルは重要ないくつかの事実を導くことに成功した。しかし貯蓄率がどのように決められるかが不明であ るし,経済成長の根本的な原理が十分明らかになっていないと思われる。根本的な原理,例えば物理学における最小作用の原理の ようなものから貯蓄率が自然に決まるような理論を構築できないだろうか。 2.ソローモデルの要約 時間を変数 t で表し,期別ではなく連続時間モデルを採用する。時刻 t における経済の産出量を Y(t),消費を C(t),投資を I(t), 資本と労働の量をそれぞれ K(t),L(t)で表すことにする。産出量 Y(t)は資本量 K(t)と労働量 L(t)に依存し,経済の生産関数は資本 と労働と時間の増加関数であるとする。また生産関数は規模に関して収穫不変であり,資本と労働について 1 次同次の関数である と仮定する。これらの条件を満たす具体的な関数として Y(t)=K(t)α L(t)1-α,(0<α<1) を採用する。財市場の均衡条件は Y(t)=C(t)+I(t) であらわされる。投資は資本の増加であり,資本減耗はないと仮定すると, ・ K(t)=I(t) ・ が成立する。ここで K(t)は K(t)の時間 t に関する微分を表す。また労働量は外生的に決定され,一定の率 n>0 で増加するものと すると ・ L(t)=nL(t) が成立する。 労働 1 単位当たりの産出量,資本量,および消費をそれぞれ y(t),k(t),c(t)で表すことにする。すなわち とする。1 番目の式より y(t)=k(t)αを得,2 番目の式を時間 t で微分することにより ・ k(t)=k(t)α – c(t) – nk(t) を得る。経済の貯蓄率は一定であるとし,その値を s で表すことにする。消費と貯蓄の合計は所得 Y(t)に等しい,すなわち投資 と貯蓄は等しいので,C(t)=(1 – s)Y(t),c(t)=(1 – s)y(t)=(1 – s)k(t)αが成立する。以上より,労働 1 単位当たりの資本量 k(t)に関す − 29 − 30 〈金沢星稜大学論集 第 40 巻 第 2 号 平成 18 年 12 月〉 る微分方程式 ・ k(t)=sk(t)α –nk(t) を得る。これが経済成長を表す基本方程式である。 ・ 資本労働比率 k(t)が時間を通じて一定となる状態,すなわち k(t)=0 となる状態を定常状態という。定常状態における資本・労働 比率は貯蓄率 s と労働成長率 n に依存し,その値を ksn とすると, である。ksn は s の増加関数および n の減少関数と なることが導かれた。経済が一旦定常状態に到達すると,その後もずっとその状態にとどまり続ける。k(t)>0 であるいかなる初期 の資本労働比率から出発しても,経済は最終的には定常状態 ksn に収束する。すなわち定常状態 ksn は安定である。定常状態 ksn にお α α ける労働 1 単位当たりの産出量を ysn,労働 1 単位当たりの消費を csn とすると,ysn=ksn , csn=(1– s)ksn となる。定常状態ではこれら は一定であるから,資本量,産出量,消費はすべて労働量の増加率と同じ成長率で増加する。 α 1 人当たりの消費 csn は,csn=ksn– nksn と書けるので,これを ksn で微分したものを 0 とおくことによって csn が最大になるような ksn の値を求められる。それを k* とすると となる。これより,1 人当たりの消費が最大となるような定常状態(これを 黄金律の状態という)を実現する貯蓄率 s は s=αであることがわかる。以上の要約は参考文献[2]に手を加えて書かれた。 3.経済成長の原理 ソローモデルにおいては貯蓄率を与えられたものとして理論を構成して,いくつかの事実を説明することに成功している。しか し,そこにおいては経済成長の原動力となる原理が十分明らかになっていないと思われる。各個人が生産に励むのは結局いかに多 くの消費をして満足を得るかであると考えられる。したがって,社会厚生の総和の最大化問題を原理として置く事にする。各時点 における社会厚生は 1 人当たりの消費に依存し,効用関数 u=c(t)1+e (– 1 <e< 0 , e>0) で表現されると仮定すると,t1 ≦ t ≦ t2 での社会厚生の総和は, ∫ t2 ・ t2 udt=∫ t1(k(t)α – nk(t) – k(t))1+edt t1 となる。したがってその最大化問題は次の変分原理と同等である。 t2 t2 ・ δ∫ t1udt=δ∫ t1(k(t)α – nk(t) – k(t))1+edt =0(但しδk(t1)=δk(t2)=0) これから導かれる次のオイラー・ラグランジュ方程式が,解が満たすべき必要条件である。 これを整理すると まず u が単調増加な凹関数(–1< e < 0)のときを考える。計算を具体的にするために ・ k(t)=k(t)α –nk(t)–c(t) , ・c (t)=2(αk(t)α–1–n)c(t) を解くことに帰着される。 とすると,連立微分方程式 (1) として解いた結果として図 1 に位相図,図 2 に貯蓄率の時間変化を示す。これを見る と,均衡点に向かう経路はあるが,均衡点は安定ではなく,最終的には貯蓄率が 0 か 1 の状態になってしまうことになる。参考文 献[2]においても同様なことがなされているが,上に述べたこととは逆に最適経路は 1 人当たりの消費が最大となる定常状態に収 束すると書かれている。しかし,そこにおいては定性的な議論だけで詳細な計算が行われていないと思われる。このことは,この 方程式の均衡点近傍の振る舞いを調べることにより一層はっきりする。 次にこの方程式の均衡点近傍の振る舞いを調べよう。これらの方程式を均衡点 ると, ・ ・ k–k*=–(c–c*), ・c–c・*=2α(α–1)kα* –2c*(k–k*) となる。y1=k–k*, y2=c–c* とおくと上の式は − 30 − の周りで展開す 貯蓄率が変化しうる経済成長モデル 31 となる。この一般解は, (c1,c2 は任意定数) である。これから c1=0 という特殊な条件でもない限り,均衡点には収束しないことがわかる。 但し, 次に u が単調増加な凸関数(e > 0)のときを考える。計算を具体的にするために e=1 とし,時間に陽に依存する関数を掛けて, u=c(t)2e0.001t とする。変分原理 t2 t2 δ∫ t1udt=δ∫ t1c(t)2e0.001tdt=0(但しδk(t1)=δk(t2)=0) より得られるオイラー・ラグランジュ方程式は c(t)=– (αk(t)α–1– n +0.001)c(t) ・ となる。結局次の連立微分方程式 − 31 − 32 〈金沢星稜大学論集 第 40 巻 第 2 号 平成 18 年 12 月〉 ・ k(t)=k(t)α –nk(t)–c(t) , ・c(t)=– (αk(t)α–1– n +0.001)c(t) を解くことに帰着される。 (2) として解いた結果として図 3 に位相図,図 4 に貯蓄率の時間変化を示す。これを見る と均衡点((k*,c*)と多少ずれるが)に収束することがわかる。また貯蓄率は上下に振動しながら一定値に収束する。 次に前のモデルに,労働増大的あるいはハロッドの意味で中立的な技術進歩を導入しよう。これは,技術進歩の関数を A(t)とし たとき,生産関数を Y(t)=K(t)α(A(t)L(t))1-α と書き直すことに相当する[3] 。労働 1 単位あたりの消費は ・ c(t)=A(t)1– α k(t)α – nk(t) – k(t) ここで,前と同様に変分原理 t2 t2 δ∫ t1udt=δ∫ t1c(t)2e0.001tdt=0,(但しδk(t1)=δk(t2)=0) より,オイラー・ラグランジュ方程式 − 32 − 貯蓄率が変化しうる経済成長モデル 33 c(t)= – (αA(t)1–α k(t)α–1–n+0.001)c(t) ・ が得られる。結局次の連立微分方程式 ・ k(t)=A(t)1–α k(t)α–nk(t)–c(t) , ・c(t)=– (αA(t)1–α k(t)α–1– n +0.001)c(t) を解くことに帰着される。 (3) として時刻 t = 0 より t = 20000 まで計算した。この解として図 5 に位相図,図 6 に貯蓄率の時間変化を示す。これを見ると,定常状態に収束した後,労働 1 単位当たりの資本は 20 %程増加するこ とが分かる。 4.結論 各個人は長期間にわたる社会厚生の総和を最大にするように行動するという原理を置くことによって,経済成長モデルを構築し た。社会厚生は 1 人当たりの消費に依存し,効用関数で与えられるとした。効用関数が 1 人当たりの消費の単調増加な凹関数であ るとき定常状態に安定に留まる解は得られなかった。逆に効用関数が 1 人当たりの消費の単調増加な凸関数であるとき(時間に陽 に依存する因子も重要な役割を果しているのではあるが) ,定常状態に収束する解が得られた。これは限界効用逓減の法則に反する − 33 − 34 〈金沢星稜大学論集 第 40 巻 第 2 号 平成 18 年 12 月〉 ようにも思われるが,経済成長を支配する原理としてはこれでよいと考えられる。このモデルにハロッドの意味で中立的な技術進 歩を導入すると,定常状態に収束した後,技術進歩に相当する経済成長が得られた。 参考文献 [1] Solow, R. M. (1956), A Contribution to the Theory of Economic Growth, Quarterly Journal of Monetary Economics 70, pp.65-94. [2] 武隈愼一,石村直之『経済数学』新世社,2003 年 [3] Uzawa, H. (1961), Neutral Inventions and the Stability of Growth Equilibrium, Review of Economic Studies 28, pp.117-124. − 34 −
© Copyright 2024 Paperzz