3P094 生活環境バイオフィルムの顕微ラマン分光イメージング (関学大院・理工) ○佐々木舞、重藤真介 Raman Microspectroscopic Imaging of a Life Environment Biofilm (Graduate School of Science and Technology, Kwansei Gakuin Univ.) ○Mai Sasaki, Shinsuke Shigeto 【序論】私たちの身の回りには、様々な微生物が生息している。その中で、固着性の 微生物は、集団で固液あるいは気液界面に構造体を形成する。このような集団微生物 の構造体をバイオフィルムと呼ぶ。バイオフィルム中の微生物は浮遊状態の微生物と は性質が大きく異なることから、近年注目を集めている。浴室や台所に発生するぬめ りは、私たちの生活環境に存在するバイオフィルムの一例である。これらのバイオフ ィルムは乾燥や洗浄剤に対する耐性を備えているので、その分子レベルでの解析はバ イオフィルムの形成を抑制する表面コーティングや効果的にバイオフィルムを除去 する界面活性剤の開発などの点から重要である。しかし、生活環境バイオフィルムの 詳細な研究例は少ない。本研究では、顕微ラマン分光法を用いて、浴室の排水溝付近 に形成されたバイオフィルムの組成を空間分解して調べることを試みた。ラマン分光 法は、非破壊・非侵襲かつ染色を必要としない分光手法であるので、バイオフィルム 試料をそのままの状態で測定することができる[1,2]。また、ラマン分光法は赤外分 光法と比べて水の妨害を受けにくいという利点を有しているため、水回りに形成され るバイオフィル中の振動スペクトル測定に適している。 【実験】浴室の排水溝付近より採取したバイオフィルムをスライドガラス上で薄くの ばし、カバーガラスをのせてマニキュアで密閉し、プレパラートを作成した。バイオ フィルムの空間分解ラマンスペクトルの取得には共焦点顕微ラマン分光装置 (inVia, Renishaw 社製)を用いた。励起レーザー波長は 532 nm、試料におけるレーザーパワーは 約 3 mW、露光時間は 60 s または 120 s とした。 【結果・考察】バイオフィルム中のいくつかの点で得られた空間分解ラマンスペクト ルを図 1、2 に示す。図 1(a)を見ると 1741, 1655, 1438, 1297 cm−1 にラマンバンドが観 測されていることから試料バイオフィルム中には脂質が含まれていることがわかる。 (a) (b) 図 1:浴室バイオフィルム中で観測された脂質(a)とタンパク質(b)のラマンスペクトル。 また、図 1(b)をみると脂質に特有のバンドに加え、1003 cm−1 に鋭いピークが観測され ており、これはタンパク質のフェニルアラニン残基によるものだと考えることができ る。これらはバイオフィルムを形成する微生物由来もしくは浴室排水に含まれていた 有機物由来であると考えられる。 バイオフィルム中に広範囲で観測さ れたラマンスペクトルを図 2 に示す。図 1 のスペクトルとは全く異なるパターン を示し、1513, 1154, 1007 cm−1 に目立っ た 3 本のラマンバンドが観測された。こ れらのバンドはカロテノイドに特徴的 なバンドであり、それぞれ C=C 二重結 ドに関するより詳細な知見を得るため 試料中の異なる点で測定した空間分解 ラマンスペクトルを図 3 に示す。いずれ の ス ペ ク ト ル に お い て も 1513, 1154, 1007 cm−1 にカロテノイドのラマンバン ドが観測された。それら 3 本のバンドに 加えて、1128 cm−1 にもはっきりとしたピ ークが見える。1128, 1154 cm−1 における 隣接した 2 本のバンドは、カロテノイド の共役二重結合鎖におけるシス‐トラ 図 2:浴室バイオフィルム中で観測されたカロテ ノイドのラマンスペクトル。 1513 1154 1128 Raman intensity / arb. units 合伸縮振動、C–C 単結合伸縮振動、C– CH3 横揺れ振動に帰属される[2]。この結 果から、浴室バイオフィルムを構成する 微生物はカロテノイドを有することが 明らかになった。カロテノイドは抗酸化 剤として働くことが知られており、バイ オフィルム中の微生物のストレス耐性 機構と密接に関係していると考えられ る。したがってカロテノイドのバイオフ ィルム内での局在の解明は非常に重要 である。バイオフィルム中のカロテノイ 1007 1 2 3 4 5 6 1800 1600 1400 1200 1000 -1 Raman shift / cm 800 600 図 3:バイオフィルム試料の空間分解ラマンスペクト ル。(測定点 1~6 を挿入図である光学顕微鏡像に示す。) ンス異性体を反映しているものと考えられる。図 3 から 1128, 1154 cm−1 のピーク強度 比がバイオフィルム内の場所に大きく依存することがわかる。このことは、複数種類 のカロテノイドがバイオフィルム中で不均一に分布していることを示しており、非常 に興味深い。このような情報は他の分析法では得難いもので、ラマン分光法の環境バ イオフィルム分析に対する有用性を示すものである。 [1] H. Ventaka, N. Nomura, S. Shigeto, J. Raman Spectrosc. 42, 1913–1915 (2011) [2] Y.-T. Zheng, M. Toyofuku, N. Nomura, S. Shigeto, Anal. Chem. 85, 7295 (2013)
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