英語能力が所得に与える影響に関する研究

英語能力が所得に与える影響に関する研究
も、英語能力があると所得が増えること、そして、英語を必要
とする職場であると所得は増加することがわかった。
2.2 本研究の特徴
これらの既存研究では学歴によって英語能力が所得に与え
る影響が異なることを検証していない。そこで、本研究では、
大卒者と非大卒者間の英語能力が所得に与える影響の違いが
異なるかどうかを検証する。この点が本研究の特徴と言える。
On the Effect of English Proficiency on Earnings
05-21495
指導教員
古谷直紀 Naoki Furutani
田中隆一 Adviser Ryuichi Tanaka
第一章 本研究の背景と目的
1.1 本研究の背景
輸送技術の発展と IT 技術の登場により、国際的分業が進展
し、様々な国や場所において生産活動が行われ、より効率的、
低コストでの生産が可能となった。このグローバル化のため日
本の企業は様々な国の企業との取引機会が生じるようになり、
取引を成功させるために外国語能力が必要となっている。
このような状況の中で最も役に立つ言語は英語であろう。以
下にその理由を挙げていくと、まず、数の優位性である。英語
を母国語とする人口は約 3.5 億人で中国語の 10 億人には及ば
ないが、公用語人口となると 14 億人となり世界第 1 位の人口
を誇る。
次に、アメリカにおける言語が英語という事が挙げられる。
近年、アメリカが政治経済面で圧倒的な影響力を持つとともに
先端的な知識・技術を集積させているため、英語が世界共通語
としての地位を確立しつつある(松繁 2001)
。
最後に、英語は「事実上(デファクト)世界基準」であるこ
とが挙げられる。事実上世界基準とは英語は世界の共通語と定
められてはいないが、英語は実用語として広範に使われ、重宝
がられているという既成事実の強さのことである(船橋 2000)
。
以上の理由から、英語は国際ビジネスにおいて重要な言語で、
日本の企業は英語能力者を雇うことに積極的であると考えら
れる。実際に、昇進に TOEICiのスコアを条件としている企業、
新入社員を対象に TOEIC を受けさせる企業は増加している。
これらのことからも企業における英語能力者への需要は高ま
っていると考えられる。そのため、企業は英語能力者に高い給
与を支払うのであれば、英語能力の有る者と無い者とで所得に
差があると考えられる。このことは松繁(2001)、Kano(2005)で
既に指摘されている。
また、大卒であるということから高い賃金を得ている大卒者
に比べ、非大卒者は学歴以外のスキルが賃金の決定要因として
重要であるならば、そのようなスキルとしての英語能力が賃金
に与える影響は非大卒者の方が大きいと考えられる。そこで、
本研究では、学歴に着目し、学歴ごとの英語能力の所得に対す
る限界効果を検証する。
1.2 本研究の目的
本研究では英語能力と所得の関係を計量経済学的に分析し、
英語能力が個人の所得に与える影響、そしてその影響は学歴に
よって異なるかどうかを検証する。これにより英語の個人にと
っての経済価値を具体的に示すとともに、今後、日本の外国語
教育の在り方を考える上で重要な資料を提供できると思われ
る。
第二章 既存研究の整理と本研究の特徴
2.1 既存研究の整理
ある国立大学の卒業生を対象に英語能力を尋ねたアンケー
トを利用して、英語能力と職位、所得を調べた松繁(2001)では、
英語力のある者は昇進に有利で、英語力の無いものよりも高い
所得を得ていることがわかった。また、職場における英語使用
状況を利用して英語力と所得の関係を調べた Kano(2005)から
第三章 分析方法
3.1 分析手法
本研究では、統計的分析手法の一つである最小二乗法(OLS)
で所得に英語能力を回帰して英語能力が所得に与える影響を
検証する。
回帰式のモデルは人的資本理論より導き出された賃金方程
式のミンサー方程式を用いる。
log Yi = α + β1 eng i + β2 eng i univi + 𝛃𝟑 𝐗 𝐢 + εi
(1)
Yi : 年収
eng i : 英語力
univi : 大卒ダミー
Xi : その他の説明変数
大卒者の場合、univi = 1より(1)式は、
log Yi = α + (β1 + β2 )eng i + 𝛃𝟑 𝐗 𝐢 + εi
(2)
非大卒者の場合、univi = 0より(1)式は、
log Yi = α + β1 eng i + 𝛃𝟑 𝐗 𝐢 + εi
(3)
となる。(2)式と(3)式を比べると明らかなように、大卒者と非大
卒者では英語力の係数が違う。つまり、β2 により英語力が収入
に与える影響の大卒者と非大卒者間の違いが明らかになる。
β2 > 0の時、大卒者の英語能力の方が所得に与える影響が大き
く、β2 < 0の時は非大卒者の英語能力の方がその影響は大きい。
また、このモデルにおいて、被説明変数は所得の対数をとっ
たものなので、説明変数の各係数は、説明変数が単位上昇した
ときの所得の上昇率を表す。
Xi には、ミンサー方程式を参考にして、経験年数、経験年数
の二乗、勤続年数、勤続年数の二乗を入れ、その他にも所得に
影響を与えうるであろう、大卒ダミー、女性ダミー、自営業ダ
ミー、職位ダミー、産業ダミー、勤め先企業の規模を用いる。
3.2 分析データ
本研究では、分析データとして日本版 general social survey
(JGSS)の 2002~2003 年の個票データを使う。また、英語能力の
指標は英会話力と英読解力を五段階で回答する項目の結果を
能力のレベルの高い順から5,4,3,2,1と数字を振り、
それぞれ英会話力変数、英読解力変数とし、これらの二つの指
標を使い、英語能力が所得に与える影響を調べる。
サンプルは調査時点で働いている成人男女の計 2158 人であ
る。
第四章 推定結果・考察
4.1 基本分析
OLS で推定すると以下の結果となった。
表1 OLS 推定結果
指標
説明変数
英会話力
英会話力
英会話力*大卒ダミー
英読解力
英読解力
英読解力*大卒ダミー
*** 1%有意
**5%有意
表2
係数
0.054***
-0.036
0.060***
-0.054*
*10%有意
標準誤差
0.019
0.029
0.018
0.030
所得の上昇率
指標
英会話力 1 単位↑
英読解力 1 単位↑
*** 1%有意
大卒
1.7%↑
0.59%↑
**5%有意
非大卒
5.4%↑***
6.0%↑***
*10%有意
これらの表から、大卒者の英語能力は所得に有意な影響を持
つとは言えず、非大卒者の場合は英語能力は所得に有意に正の
影響を持つと言える。このことから、英語能力は教育年数の低
い非大卒者にとってより高い収入を得ることができる重要な
個人スキルとなっていると言える。そして、非大卒者の方が大
卒者よりも英読解力が所得に与える影響が有意に大きいと言
える。
4.2 操作変数法を使った分析
しかし、ここで問題となるのが、逆の因果関係である。例え
ば、
“英語能力があるから所得が高い”のではなく、
“所得が高
いから英語学校に通えるため英語力がある”もしくは、“所得
が高いと英語能力者を雇える、部下に持てるので本人の英語力
は低い”といったような逆の因果関係があることが考えられる。
つまり、英語能力変数は誤差項と相関している可能性があり、
内生変数である可能性がある。内生変数が存在していると OLS
による推計量は一致性を持たない。また、内生変数と外生変数
の交差項も内生変数であるので、英語能力と大卒ダミーとの交
差項も内生性が疑われる。そこで、内生性が疑われる変数が内
生変数であるかどうかを検定する Durbin-Wu-Hausman 検定で
検定すると、10%有意水準でそれらの変数が外生であるという
帰無仮説を棄却する。よって、これらの二変数は内生変数であ
る可能性がある。
そこで、この問題を解決するために操作変数法を使い二段階
最小二乗法(2SLS)で回帰する。英語力に対する操作変数とし
て以下の四変数を用いる。
表3 操作変数
外国人と友人
英語使う(友人)
×大卒ダミー
外国人と勉強
外国人と勉強
×大卒ダミー
外国人と友人としてつき合っている(つき合っ
ていた)ダミー
英語を外国人の友人や知人との付き合いで使う
ダミーと大卒ダミーの交差項
外国人と学校で一緒に勉強している(していた)
ダミー
外国人と学校で一緒に勉強している(していた)
ダミーと大卒ダミーの交差項
これらの四変数は操作変数が満たす必要の有る二つの条件
である妥当性と外生性を満たすと考えられる。妥当性とは、操
作変数は内生性が疑われる変数と相関をもつという条件で、こ
の推定における2つの内生変数と表3の操作変数は相関して
いる必要がある。それぞれの変数との相関係数を見ると、相関
していることが分かることから、これらの四変数は妥当性を満
たすと考えられる。また、外生性とは、操作変数が(1)式の誤差
項εi と相関を持たないという条件である。操作変数は外生であ
るという帰無仮説を検定する過剰識別検定において、この仮説
は棄却できないことから、これらの四変数は外生性の条件も満
たしていると考えられる。
これらの操作変数を使い 2SLS で推計した結果は以下の表の
ようになる。
表4 2SLS 推定結果
指標
説明変数
英会話力
英会話力
英会話力*大卒ダミー
英読解力
英読解力
英読解力*大卒ダミー
*** 1%有意
**5%有意
表5
係数
0.291***
-0.263*
0.308***
-0.279*
*10%有意
標準誤差
0.107
0.136
0.114
0.154
所得の上昇率
英会話力 1 単位↑
英読解力 1 単位↑
*** 1%有意
大卒
2.8%↑
2.8%↑
**5%有意
非大卒
29%↑***
30%↑***
*10%有意
以上の表から、非大卒者の方が大卒者よりも英語能力が所得
に与える影響が有意に大きいと言える。また、非大卒者の英語
力は所得に有意に正の影響を持つが、大卒者の英語力は有意な
影響は持たないと言える。
次に、係数の大きさを見てみる。非大卒者の場合、英語能力
が 1 単位上昇することによって所得は約 30%上昇する。このこ
とから、非大卒者にとって英語力があることは本人の所得を大
幅に上昇させる効果があると言える。
また、OLS の推定結果と比べると、英語能力を有することに
よる所得の上昇率は英語能力の指標、大卒、非大卒に関わらず
上昇していることが分かる。このことから、OLS 推定において、
英語力は過尐に評価されていたと言える。つまり、“所得が高
いと英語力の有る部下を持てる、英語能力者を雇える”といっ
た所得の英語能力に対する負の影響の方が“所得が高いため、
英語学校に通える”という正の影響よりも強く英語力に影響し
ていたために、OLS 推定量は過小評価されていたということが
考えられる。
4.3 職種ダミーを追加した分析
英語能力が所得に正の影響を持つ理由の一つとして、英語能
力があるとより高い所得の職種に就きやすく、そのため所得が
上昇するという事が考えられる。そこで、個人の職種を SSM
調査iiの職種八分類に基づいて分別し、それらのダミー変数をモ
デルに追加して 2SLS 推定を行う。この推定を行うことにより、
同じ職種においても英語能力の有無によって所得が異なるか
どうかを検証することができる。結果は以下の表のようになる。
表6 2SLS 推定結果(職種ダミー追加)
指標
説明変数
英会話力
英会話力
英会話力*大卒ダミー
英読解力
英読解力
英読解力*大卒ダミー
*** 1%有意
**5%有意
表7
係数
0.277**
-0.265*
0.289**
-0.283*
*10%有意
標準誤差
0.109
0.139
0.115
0.157
所得の上昇率の比較
英会話力 1 単位↑
英読解力 1 単位↑
*** 1%有意
職種ダミーなし
職種ダミーあり
大卒
非大卒
大卒
非大卒
2.8%↑
29%↑***
1.2%↑
27%↑**
2.8%↑
30%↑***
0.58%↑
28%↑**
**5%有意
*10%有意
これらの表から、職種ダミーを追加しても非大卒者において
は英語能力を有することによる所得の上昇率は正であるため、
同じ業種であっても英語能力が高いと賃金が多くなることが
分かる。そして、今までの推定と同様に大卒者に関しては有意
な結果が得られなかった。また、所得の上昇率は、職種ダミー
を追加することによって、英語能力の指標、大卒、非大卒に関
わらず、小さくなっていることがわかる。このことから、英語
能力は職種選択と相関を持ち、英語能力が高い人ほど高所得の
職業に就いていることが確認できる。
第五章 結論と今後の課題
5.1 結論
本研究により、大卒者の英語能力は所得に有意な影響を与え
るとは言えないが、非大卒者の英語能力は有意に正の影響を持
っていることがわかった。このことから、英語能力は学歴を補
完する役割を果たしていると言える。そして、英会話力と英読
解力共に所得に正の影響を持つ英語能力であることも分かっ
た。
さらに、職種ダミーを追加することにより、英語能力と職種
には相関があることも確認された。英語能力が高いほど高所得
の職種に就きやすいようである。そして、非大卒者においては、
職種が同じでも英語能力が高いと高賃金を得ていることもわ
かった。これらのことから、英語能力は職種選択の幅を広げる
だけではなく、より高い能力を持っていればいるほど収入が大
きくなる技能であることがわかる。
5.2 今後の課題
本研究では、英語能力として英会話力と英読解力を訪ねた5
段階アンケートを用いたため、各回答項目間の英語能力の上昇
は等しいという仮定に基づいている。しかし、実際には、各項
目から1つ上の項目を答えることによる所得への限界効果は
異なると考えられる。この点を考慮に入れ、英語のテストの点
数を英語力の指標としたより正確な推定が今後望まれる。
主要参考文献
松繁寿和 2001,「英語力と昇進・所得-イングリッシュ・ディ
バイドは生じているか」松繁寿和編『大学教育効果の実証分析』
第2章、29-48、日本評論社
Shigeki Kano 2005, "Estimating Causal Effects of English
Proficiency on Earnings for Japanese Domestic Workers” Discussion
Paper No. 2005-2, College of Economics, Osaka Prefecture
University
船橋洋一 2000,「あえて英語公用語論」文春新書
i
国際コミュニケーション英語能力テスト、英語を母語としない者を対
象とし、英語によるコミュニケーション能力を検定するための試験。
ii
社会階層と社会移動全国調査。日本社会における社会的・経済的な不
平等についてデータを収集することを目的とした調査。