安定同位体分析によるダム下流河川の生態系評価

安定同位体分析による
安定同位体分析によるダム
によるダム下流河川
ダム下流河川の
下流河川の生態系評価
高橋真司
東北大学工学部・工学研究科技術部合同計測分析班
1.はじめに
河川は上流から下流にかけて環境が連続的に変化し,底生動物にとっての餌環境もそれに合わせて変
化している。河川環境の流下方向による変化とそれに伴う生物相の理論である河川連続体仮説[1]による
と,河川生態系は上流から下流にかけてある一定の法則に従って変化するとされている。上流域では,
落葉が増加し,さらに日射の遮蔽により内地性有機物である付着藻類等の生産が制限されるため,河岸
から供給された落葉等の他地性有機物に依存した栄養構造が形成される。中流から下流にかけて森林が
減少し,河川が開けてくると河川内で生産された藻類等の内地性有機物に依存した栄養構造へと変化し
ていく。底生動物群集に着目してみると,上流域では落葉等の CPOM(Course Particulate Organic Matter:
粒径>1mm)を餌資源とする破砕食者(shredders)が優占し,下流域では CPOM の分解や藻類の生産で
生じた FPOM(Fine Particulate Organic Matter: 0.07mm<粒径<1mm)を捕食する濾過摂食者(filtering
collector)が優占する。このように河川内の餌環境は周辺環境の変化に応答するため,河川に対し人為
的インパクトにより変化が生じる場合もある。例えばダムによる河川連続性の分断により,ダム直下の
河川区間では,上流からの土砂供給量の減少や流量の安定化が生じ,ハビタット構造の多様性が減少す
ることが予想される。ハビタットとは,河川区間内に見られる地形区分を生態学的に捉えた空間単位で
ある。
ダム下流河川に流入してくる FPOM や CPOM 等の流下有機物の底生動物へのエネルギー依存性を知
るツールとして,炭素・窒素安定同位分析が有効と考えられる。底生動物種と潜在的な各餌資源の炭素
安定同位体比( δ 13 C )を測定することで,各底生動物種の餌資源を推定できる。また,富栄養化した湖
水の窒素安定同位体比( δ 15 N )は,富栄養化していない湖水に比べて高い値を示す[2]。この性質を利用
して,ダム下流の底生動物のダム放流水へのエネルギー依存度を評価ができる可能性がある。また,
δ 15 N は,各生物の栄養段階の推定にも有効である[3]。
以上より,本研究は宮城県釜房ダムの上流,下流河川において,河川底生動物とその餌資源(河床付
着生物,河岸植物,CPOM,FPOM)の炭素・窒素安定同位体比及び CN 比を測定した。また,ダム湖
から供給される餌資源がダム下流に生息する底生動物群集のエネルギー依存度について検討した。
2.方法
2.1 調査地点
本研究で対象とした宮城県釜房ダム(湛水面積:3.9km2)は名取川支流である碁石川にあり,調査は
釜房ダム上流,下流河川の 2 地点で行った。
2.2 フィールド調査
(1)ハビタット構造の調査
ハビタット構造の調査は高精度 GPS(ProMark3)を用いてダム上流部とダム直下流河川リーチ区間の
ハビタット構造を調査した。ハビタット構造の分類については可能な限り分類(本流路淵,本流路瀬,
砂州頭ワンド・砂州尻ワンド,たまり,バックウォーター)を行った。
(2)底生動物群集の調査
底生動物の採取には D フレームネット(メッシュサイズ:250µm)を用いた。リーチ区間内で各ハビ
タットから 5 箇所をランダムに選択(5 箇所未満のハビタットは全箇所)し,合計面積 50 ㎡になるよう
に採集を行う。安定同位体比の測定には分類群ごとに十分な量が必要なため,キックネット法(メッシ
ュサイズ:250µm)で定性採取を行う。サンプルは日本産水生昆虫検索図鑑に従い,実態顕微鏡を用い
て(×150)属あるいは科レベルまで同定する。同定したサンプルは安定同位体分析まで冷凍保存(-20℃)
を行う。底生動物群集の変量としてタクサ数(Species richness)(単位:taxa),(g/㎡)
,生活型,摂食機
能群毎の現存量,多様性指数を用いる。多様性指数は,(1)式で表され,全ての個体数に差が少なくなる
ほど高くなり,全ての個体数が等しくなった時,lnS をとる。この指標は,種の多さと個体数の均等性
を示すものである。
S
H ' = −∑
i =1
xi xi
ln
N N
…(1)
S :サンプル中の総種類数
xi :種の個体数
N :総個体数
(3)餌資源の調査
餌資源の調査は,各ハビタット内の河床付着生物と流下有機物としての CPOM、FPOM の採取を行う。
サンプリング地点は,底生動物群集の調査地点と同じとする。
河床付着生物の調査は,長径が 15~30cm 程度の河床材をランダムに選択し河床材表面にゴム製枠を
固定し,ブラシを使って枠内の付着層を剥ぎ取る。CPOM は,各ハビタットの流心部にドリフトネット(メ
ッシュサイズ:1mm)を設置して採取を行う。ネットを通過する流速を測定し,通過した河川水の体積
を計算する。FPOM は河川水 20ℓ を採取し,実験室へ持ち帰り 1mm のふるいを通過した試料水を濾過
して得る。サンプリング地点で外地性有機物として河岸植物を採取する。
2.3 安定同位体分析
底生動物の安定同位体分析は,まず底生動物の冷凍サンプルを凍結乾燥機で乾燥させる。その後,1N
塩酸を用いて組織中に含まれる脂肪分及びキチン質に含まれる炭酸カルシウム中の無機炭素を除去す
る。河床付着生物と CPOM は凍結乾燥させ,河岸植物は 105℃のオーブンで乾燥させた後,乳鉢で粉末
状にすり潰しデシケータ内で保存する。FPOM は濾紙上のままデシケータで保存する。以上の前処理を
行った粉末状のサンプルをそれぞれスズ箔に入れガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)(Finnigan
MAT)によって安定同位体比を測定する。炭素・窒素安定同位体( δ 13 C , δ 15 N )は(2)式によって評
価する。
δ 13 C or δ 15 N = ( Rsample / Rs tan dard − 1) × 1000
…(2)
R =13C / 12C or 15 N / 14N
Rsample はサンプルの 13C /12C または 15 N /14N ,Rstadard は標準試料の 13C /12C または 15 N /14N を表す。標
準試料は炭素が PDB(Belemnite from the Pee Dee formation),窒素が大気中の窒素である。
2.4 データ解析
データ解析は,ハビタット構造の特性を評価するためにリーチ間内の各ハビタットを巨視的に分類
(瀬、淵、ワンド、バックウォーター)し、各ハビタットについて生息環境と底生動物群集の比較を行
う。また、各ハビタットの底生動物群集の餌資源を推定するために各分類群の δ 13 C と δ 15 N 及び河床付
着生物,河岸植物及び FPOM の δ 13 C と δ 15 N の測定値に加えて,各分類群,餌資源の CN 比を求め 3 種
混合モデル式に適用して、各分類群のダム由来有機物へのエネルギー依存率を求める。
3.結果
結果・
結果・考察
結果・考察については技術発表会にて報告する。
参考文献
[1]
Vannote,R.L.,G.W.Minshall,K.W.Cummins,J.R.Sedell,andC.E.Cushing,(1980) The river continuum concept,Canadian
Journal of Fisheries and aquatic Sciences,37,130-137
[2]
McClelland,J.W.,Valiela,I.and Michener,R.H.:Nitrogen-stable isotope signatures in estuarine food webs:A
record of increasing urbanization in coastal watersheds.Limnology and Oceanography,42:930-937,1997.
[3]
Minagawa,M:Reconstruction of human diet from d13C and d15N in contemporary Japanese hair:stochastic method for
estimating multi source contribution by double isotopic tracers,Applied geochemistry,7,145-158.1992.