2015年9月2日 - 考えてみよう!TPPのこと

速報
2015 年 9 月 2 日【第 14 号】
TPPつぼの壺
発行:全国農業協同組合中央会
~ 米国TPA法の特徴とTPP交渉に影響を与える米国議会の圧力
~
1.2015年TPA(貿易促進権限)法の成立と強化された米国議会の関与
4 月に米国議会に提出された 2015 年 TPA 法は、激しい駆け引きと紆余曲折を経て、
最終的には両院を通過し、6 月 29 日にオバマ大統領の署名をもって成立しました。法律
の主な特徴としては以下のような点が挙げられます。
① 通商交渉(TPP交渉など)にお 議会は交渉目標及び優先事項を規定。大統領が実施する通商交
ける目標の設定
渉は、これらの目標や優先事項を満たす必要。
② 大統領による
議会に対する通知・協議
③ 要件を満たした場合の迅速な議会
審議(ファストトラック手続き)
④ ファストトラック手続きの
適用を除外する
新たな仕組みの導入
大統領による、議会に対する交渉開始や署名の意図などの通知
や、議会との協議などを規定。
①、②の要件を満たす通商協定(TPP 協定など)の批准手続き
は、審議日数・時間を制限し、修正を伴わず賛否のみを採決。
大統領が①、②の要件を満たさなかった場合に、上・下院どち
らかの議決により、当該通商協定の批准手続きに、ファストト
ラック手続きを適用しないことができる規定を新設。
過去の TPA 法に比べ、議会の関与の強化や、交渉の透明性向上が図られており、特に
④の規定により、米国政府は、議会と緊密に協議を行いつつ、その意向を踏まえた交渉
結果を勝ち取ることがより一層求められることとなりました。
2.TPP交渉における米国議会幹部の優先事項
とりわけ両院の通商を所管する委員会の幹部は、④の手続きにおいて鍵となる役割を
果たすことなどから、その意向を踏まえた交渉結果を確保することが重要となります。
それらの幹部は、米国・ハワイにおける 7 月末の TPP 閣僚会合前に、以下の点を優先課
題として強調していました。
乳製品の
市場アクセス
ライアン下院歳入委員長など 21 名の下院議員(2015 年 7 月 15 日付書簡)
「乳製品に関する意味のある新たな市場アクセスが得られなければ、カナダの TPP
への参加を支持することは困難」
ハッチ上院財政委員長・ワイデン筆頭理事(2015 年 7 月 24 日付書簡)
「カナダが…乳製品を含む全ての残された農産物について重要かつ商業的に意味の
ある市場アクセスに関する決意を示せるかどうかは、最終的な協定に対する米国議
会の評価に大きな影響を与える」
バイオ医薬品の ハッチ上院財政委員長(2015 年 7 月 23 日上院財政委員会ヒアリング)
データ保護期間 「バイオ医薬品に関する 12 年のデータ保護期間や、著作権及び商標に関する強力
(注)(知的財産) な保護などを含む
(強力な知的財産に関する)標準が TPP に包含されるものと確信」
(注)
:バイオ医薬品とは、一般的に、タンパク質や哺乳類細胞・ウイルス・バクテリア等が生産する物質に由来する、多様で
特異的な標的を持つ医薬品であり、多くの病気に最先端の治療を提供するものとされています(出典:日本製薬工業協会『バ
イオ医薬品』)。新薬開発の臨床試験等のデータ保護期間が長くなれば、先発医薬品メーカーの利益につながるため、そうした
企業を多く抱える米国等は長期を求めている一方、データを活用する後発(ジェネリック)医薬品・バイオ後続品メーカー等
は、特許期間後も長期間独自にデータを作成する必要が生じ、膨大な手間とコストがかかることになり、後発医薬品の製造に
影響を受けます。そのため、医療費高騰を懸念する豪州・NZ や、後発医薬品に頼る新興国は保護強化に反対しています。
3.TPPハワイ閣僚会合で合意に至らなかった主な難航課題
ハワイ閣僚会合は、交渉妥結に不可欠な米国の TPA 法の成立を受け、合意への期待が
高まるなかで開催されたものの、大筋合意には至りませんでした。
合意に至らなかった主な原因としては、①乳製品の市場アクセス、②バイオ医薬品の
データ保護期間、③自動車の原産地規則の難航が挙げられています。
カナダ
米国
不満
要
求
日本
NZ
①乳製品の市場アクセス
 カナダは、全ての交渉参加国を対象に、飲用乳、バター、チーズ等
を含む幅広い乳製品を包含する生乳換算ベースの新たな関税割当
枠(低関税輸入枠)を提案したと報道。
 製造に多くの生乳を必要とし、製品単価の高い(生乳換算係数が高
い)バターやチーズ等の輸出拡大を NZ や豪州が目指すなか、地理
的条件により輸出が可能な米国からの飲用乳(生乳換算係数はほぼ
1)が割当枠の一定部分を占めることとなれば、NZ や豪州の輸出
余地が相対的に減ることとなるため、NZ は関税割当量及び仕組み
に(米国は割当量に対して)不満を示したとされている。
 他方、日本は、NZ、米国、豪州に対し、バターや脱脂粉乳の関税
割当を計 7 万トン程度(生乳換算)設ける提案を行ったとされてい
るが、NZ はそれを大きく上回る水準を要求し、拒否したと報道。
 米国は、カナダへの輸出増加分を NZ への市場開放と結び付ける方
針をとっていると見られていることから、交渉の展開によっては、
米国が日本のオファーの改善を再要求する可能性。
②バイオ医薬品のデータ保護期間(知的財産)
 米国が「12 年」と主張する一方、豪州や NZ、新興国が「5 年以下」
などと主張し対立する構図。
③自動車の原産地規則
 北米自由貿易協定(NAFTA)の恩恵を享受し、米国への自動車分
野の輸出上位を占めるメキシコ及びカナダが、日米二国間で合意さ
れた原産地規則の扱いに反発し、対立が続いている模様。
豪州や NZ は、乳製品や砂糖などの市場アクセス分野と医薬品のデータ保護期間など
をセットで交渉する姿勢を見せるなど、これらの難航分野は互いにリンクしており、ロ
ブ豪州貿易・投資大臣は、
「米国が歩み寄りを見せさえすれば、そこ(次回閣僚会合の開
催)に到達できる」と発言し、米国の譲歩を求めています。
4.国会決議の遵守を
TPP 閣僚会合の結果を受けた米国議会幹部は、「拙速に合意するのではなく、議会の
支持を得ることができる内容での妥結を目指すべきであり、合意に向けて各国の譲歩が
不可欠」と改めて強調しました。あえて早期妥結を求めず内容にこだわる理由の一つに
は、来年 11 月の大統領選・議会選挙を見据え、有権者にアピールできる内容で交渉を妥
結させなければならない事情があると思われます。
TPP 交渉は、「複雑な連立方程式」ともいわれるように、各国の多様な利害が交錯し
ていますが、交渉が行き詰まっている大きな原因が、議会からの要求で身動きが取れな
くなっている米国政府にあることを考えれば、各国が一方的に譲歩を迫られるのは極め
て理不尽であると言わざるを得ません。
我が国としては、米国政府を介した米国議会の主張を安易に受け入れる理由は全くな
く、国会決議の遵守を最優先とする徹底した姿勢で粘り強く交渉を行っていくことが求
められるのではないでしょうか。