解説 利用広がるEMTP パソコンシミュレーション キーワード:EMTP, ATP,過渡現象,数値解析,パワーエレクトロニクス キーワード パブリックドメインソフト(著作権が放棄され,商用化を 1. はじめに 含めて自由に改変,使用,配布できるソフト)として開発 され,世界中に無償で配布,使用されてきた。開発言語と パソコンによるシミュレーションは,計算能力の飛躍的 しては Fortran が使用され,稼動するコンピュータとして な向上によって,ますます身近になっており,電力システ は当初大型コンピュータがサポートされ,その後ミニコン ムの 解 析ツ ー ル と し て 開発 が 始 まっ た EM T P (Electro- もサポートされた。 Magnetic Transients Program)は,パソコン で動く標準 的 1984 年,BPA における EMTP 開発実務の責任者であった な解析ツールとな っている (1-4) 。EM TPは,早くからパ ス コ ッ ト マ イ ヤ ー 博 士 (Dr. Scott Meyer) , 劉 博 士 (Dr. ソコンを標準的なプラットフォームとしてサポートしてお Tsu-huei Liu)は,商用版 EMTP とは独立した EMTP の開発 り,世界中で使用され,ユーザ層が広がるとともに,活発 を開始した。開発環境としては,将来パソコンが EMTP の に機能拡張,改良,バグフィックスなどが行われている。 プラットフォームとして主流になるとの先駆的な予見から, 特に,ここ数年は日本国内はもとより東アジア地域でのユ 当時立ち上がり始めたばかりの PC(IBM-PC/AT)が選択さ ーザが増大している。本稿では,パソコン版EMTPの開 れた。約 1 年程で ATP(Alternative Transients Program) 発の歴史と,現状の各種OS上での動作状況,今後重要と は PC 上で動作し始め,1985 年には Ver.2 が完成した。 なる使い勝手を向上させるグラフィックプリプロセッサ, ATP はスコット博士, 劉博士が BPA の業務とは独立して ポストプロセスツールについての紹介,および最近の開発 製作したソフトで,両博士が著作権を有しており,パブリ トピックスについて紹介する。 ックドメインソフトではないが,両博士のポリシーにより, ATP は,EMTP の販売やその試み(“EMTP commerce”と呼称) 2 . パソコン版EMTPの歴史 に自発的に参加しないことを誓約するすべての人に,無償 でその使用が許可されており,これが普及の大きな要因で パ ソコン版 EMTP として, ATP, DCG, EMTDC, MicroTran ある。 などが使用されているが (5 ),ここでは早期に開発が着手さ 当初インテル 80286CPU 上で動作する MS-DOS がプラット れた ATP 版 EMTP を例にこれまでの開発状況を説明する。 フォームであり,Lahey 社のフォートランコンパイラが使 EMTPは,1960 年代の終わりから米国エネルギー省に 用されたが,適用回路のディメンジョンの制約が大きかっ 属する BPA( Bonneville Power Administration)において, た。その後 80386CPU が現れ,1989 年,仮想記憶をサポー トした英国 Salford 社の Dos Extender およびそれをサポ ありた・ひろし 1981 年同志社大学工学研究科電気工学専攻前 期課程修了。同年 4 月(株)日立製作所日立研究所入社。主とし て電力系統保護装置,サージ解析の研究に従事。現在,同社電 力電機開発研究所主任研究員。IEEE Senior 会員。応用物理学 会会員。JAUG 議長。工学博士。 ートするフォートランコンパイラがハノーバー大学の Mustafa Kizilcay に よ っ て 初 め て 成 功 裏 に 使 用 さ れ , こ れにより適用回路のディメンジョンに制約が基本的になく なり,実行スピードも速くなった。 かん・まさひろ 1979 年京都大学工学研究科電気工学専攻修士 課程修了。同年 4 月,(株)東芝入社。以来,主に避雷器の研究 開発,絶縁協調関連の研究に従事。現在,同社浜川崎工場避雷 器部部長。IEEE 会員。1997 年より JAUG 副議長。 この Salford バージョンは,Win3.1/Win95 でも動作しもっ とも多く使用されてきたが,WinNT/2000 で動作しないこと, Win95/98 でもいくつかの機種で動作しない場合があること から,現在の主流である,インテル Pentium またはその後 モデリングの手法,エラーへの対処などの初歩的な問題か 継 CPU を搭載した,Windows95/98/NT/2000 で動作するパソ ら,プログラム改良のアイディア,新しいモデリングの経 コン上の,Win32 環境で安定的に動作するバージョンが生 験公開,新らしい機能の追加リクエストなどの高度な問題 まれた。最初は,1996 年に Watcom 社のコンパイラを使用 にいたる,さまざまな意見交換の場が必要になっている。 したバージョンが発表され,その後 1998 年になって Mingw32 英語版のメーリングリストは,1991 年より,米国ノース 版が現れ,広く使用されている。また GNU/Linux 上で動作 ダコタ大のサーバを使用したフリーのメーリングリストサ するバージョンも 1997 年より現れた。Mingw32 版,GNU/Linux ービスが,ミシガン工科大学の Bruce Mork 教授のリーダ 版はフリーの GNU コンパイラ(GNU Fortran)を用いてコン ーシップで運営され,活用されてきた。今後このサービス パイルされており,外部プログラムとのリンク,拡張など は,セキュリティを強化した形で,ヨーロッパユーザグル の際便利である。プログラムの入手,ATP ライセンスの入 ープ(EEUG)のサーバを使用したサービスに継承される予定 手などの情報は,JAUG(日本 ATP ユーザグループ)のホー である。 ム ペ ー ジ (http://www.jaug.gr.jp/) か ら た ど る こ と が で 日本語によるメーリングリスト,Web を使用した掲示板 きる。 のサービスも JAUG のサービスとして運用されている (4) 。 ATP のライセンスの取得も,1997 年に JAUG が発足して 3 . インターネットによる関連サービス 以来,その手続きが簡素化され,また東アジアにもその範 パソコンを使用した EMTP シミュレーションの普及にと 囲が拡大されたのにともない,日本および東アジアのユー もない,従来一部の大規模な会社内での,専門家による使 ザが 増加している (6-8) 。図1 にライセンスを新た に受けた 用が大部分を占めていた状況から,ユーザ層の増大,すな ユーザ数の推移を示す。なお ATP ライセンスは,組織ライ わち小規模な会社での使用,大学,高専での使用,また大 センスを基本としており,実際の使用ユーザ数はかなりの 規模な会社においても,専門家でない技術者による使用の 数に達すると考えられる。 増大が予想される。これに対しては,インストールの支援, 4.Windows 4. Windows 上でのEMTP Licensed number 200 150 100 EMTP解析プログラムの入力データは,固定長フォー Year マットであり記述上の制約が厳しく,従来,初心者にはデ Total ータ作成が難しいとされてきた。また,データリストから 解析回路を想像することは困難である。このため入力デー 50 タ作成支援GUIツールとして ATP Draw を提供しており, 0 Total licensed number 1993 1996 1999 (a) 日本におけるライセンス数 初心者にも容易にデータ作成が可能となっている。 4.1 ATPDraw グラフィカルプリプロセッサである ATPDraw は,ノルウ 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 エー・SINTEF の Hans Kr. Hoidalen 氏がBPAの資金援助 の基に開発されたもので,ロイヤリティフリーで使用でき る。スクリーンキャンパス上に回路要素を配置し,これら を結線するというCAD風の操作によりインプットデータ を作成できる。また,ヘルプ機能は,マニュアル代わりに もなっていることが便利である。 1990 1993 Year India and Sri Lanka Malaysia Bangladesh Singapore Philippines Indonesia Vietnam 1996 1999 P. R. China Thailand Bahrain 4.2 Data Base Module 4.2 ATPDraw では記述可能なノード数の上限が 2000 ノー ド で あ る 。 さ ら に 大 規 模 回 路 の ユ ー ザ の 方 に は , User (b)東アジアにおけるライセンス数 Specified 機能を持つ 1000 ノードが準備されている。この (日本,韓国,台湾を除く) 機能は,データベースモジュールを用いて,入力データを 図1 東アジアにおけるライセンス数. 機能ブロック毎にモジュール化し,入出力ノードを介して 一つの機能ブロックとして用いることが可能である。同じ ション技術共同研究委員会が提案した評価用回路である。 モジュールを複数個使用する場合も,各モジュール間で内 バッテリー充電や直流電動機など,逆起電力を有する負荷 部記述におけるノード名の競合がおこらないため,交直変 の電流制御を行った場合を想定している。詳細は技術報告 換器の制御回路など同機能のブロックを複数有する構成に (10) 対して効果的に用いることができる。図2は,Data Base 図を作成すると,図4の右上のような回路構成となる。負 module を利用した回路例である 荷電流に相当するC点の電流を電流制御回路信号に変換し (9) 。静止型無効電力補償 装置(SVC)とその制御信号系(PLL, PulseGen)をモジュール を参照頂くとして,主回路と電流制御回路を含めた回路 (C2),カットオフ周波数の一次ローパスフィルタでリプル 化している。 ユーザが作成した機能モジュール (a)主回路 図2 Data base module の ATP Draw での表記. 4.3 データの作成・実行 データの作成 ・実行・出力例 ・実行 ・出力例 グラフィックプリプロセッサでのデータ作成,出力例に ついて,図3の降圧チョッパ回路で説明する。この回路は, 電気学会のパワーエレクトロニクスシステムのシミュレー (b)電流制御回路 図3 降圧チョッパ回路 図4 グラフィックプリプロセッサによる回路作成と出力例 成分を除去した後(CUR)に,電流指令(REF)と比較し (CP1), 実行プログラムに直接埋め込み利用するものである。 三角波発信器信号(TRI)により,電圧信号(CP2)を作成する。 5.3 TYPE58 S.M. Model (15,16) 5.3 この 信号 により主 回路の ス イッチ (T GIFU) (11) (同期機モデル) を 制御し て 従来の同期機モデル(Type59)は,伝統的なdq0座標 い る 。 そ の 解 析 結 果 を イ タ リ ア の ピ サ 大 学 の Masshimo を採用しているが数値安定性に問題があった。これに対し Ceraolo 氏が開発した PlotXY での出力波形を図4の右下に て相座標変数を用いて,数値安定性を向上させた新しい同 示す。データ作成・実行・出力確認がパソコンの Windows 期機モデル(Type 58) がユーザの提案により取り入れられ, 上で,部分的な動作を確認しながら,何度でも繰り返しで 安定性,精度の改善が実現した。 Type58 関連の新機能と きるので,大変使い勝手が良くなっている。またデータが して開発された CAO LOAD FLOW は,電流源逐次代入法 回路図として残るため,第3者への提供,データ管理が容 を用いて三相回路で潮流計算を行うため,不平衡系統にお 易であり,データを積み上げていくことにより,デバック ける潮流計算の収束性が向上している。 に要する時間も大幅に短縮できる。 6. おわりに 5.開発トピックス 5. 開発トピックス パソコンにより身近な存在になったEMTPの開発状況 ATP は,世界各国開発者の尽力により種々の拡張・改良 が活発になされている。以下に概要を紹介する。 等について述べた。EMTPは多くのボランティアによっ て支えられ,現在も成長している。21 世紀には,第4章で 紹介したグラフィカルプリプロセッサの逆変換プログラム 5.1 5.1 Higher-order Pi Circuit (12) (高次π回路) 変圧器電位振動詳細解析などの電磁過渡解析においては, の開発が望まれている。果敢にプログラムの開発を頂ける 方はぜひともご連絡下さい。 導体間の電磁気的結合を考慮することが必要であるが,従 最後に,ご指導ご援助頂きました日本EMTP委員会(名 来その要素数は40が限度でモデル化の精度に問題があっ 誉委員長雨谷昭弘教授,現委員長川口芳弘教授)幹事をは た。ユーザの要求により要素数の制限がなくなり,高精度 じめとする各氏に,この場をかりて謝意を表します。 な解析が可能となった。 (平成 12 年 8 月 5 日) 5.2 Compiled TACS/MODELS (13,14)(モデル記述言語機能) 5.2 EMTP の TACS は回路計算を行う部分とは独立して制御系 記述のためのアナログコンピュータ模擬として開発された。 TACS で は 伝 達 関 数 だ け で な く , フ リ ー フ ォ ー マ ッ ト の FORTRAN 表記によって種々の計算式の記述が可能であるが, 80 カラムの記述制約のために多数の媒介変数を容易して, 人為的に解析式を分割し記述する必要がり,入力データの 可読性を著しく損なう。Compiled TACS は解析に用いる関 数を,通常の FORTRAN ソースコードとして記述し,ATP の 実行プログラムに埋め込み TACS の中で利用することを可 能にするものである。解析時間・記述の可読性の向上が可 能である。 一方,デジタル制 御にはサンプル・ホールド機能と配列 変数の積和演算が必須となり,TACS でこれを実現するのは 上述の非線形関数と同様に高次になるにつれ困難となる。 ATP の機能である MODELS ではモデル毎の TIME STEP を指定 することでアナログ回路と独立した計算刻みで演算を行う ことができ,配列変数を利用することができるため,デジ タル信号処理系の記述に適している。Compiled MODELS は 主として MODELS 使用時の速度向上のため,MODELS で処理 する計算部分を外部モデル若しくは外部関数として ATP の 文 献 (1) 雨谷 ,「汎用過渡 現象 解析プ ログ ラム EMTP」,電学誌, 102 巻,6 号,pp.23-30 (1981) (2) 雨谷,「過渡現象解析プログラム EMTP の最近の動向」,電 学誌,113 巻,11 号,pp.936-944 (1993) (3) 雨谷, 「電 力シ ステム のパソコ ンシ ミュレーシ ョン」, OHM 9月別冊(1998) (4) JAUG ホームページ http://www.jaug.gr.jp/ (5) 日本 EMTP 委員会 http://pscat.doshisha.ac.jp/jemtp/ (6) 舟木他,「日本 ATP ユーザグループ(JAUG)の設立」,平成 11 年電気学会全国大会,1411 (7) 柏木他,「日本 ATP ユーザグループの ATP-EMTP インターネ ットサービス」,平成 11 年電学 B 大,No.247,pp.588-589 (8) 柏木他,「東アジア地区における日本 ATP ユーザグループ (JAUG)の活動」,平成 12 年電気学会全国大会,6-061 (9) 堀井 他 ,「ATPDraw を 利 用し た モ ジ ュー ルの コン ポ ー ネン ト化」,平成 12 年電気学会全国大会,6-062 (10) 半導体 電力 変換 技術委 員会 ,「パワ ーエレクト ロニ クスシ ステムのシミュレーション技術」,電学技報,761 (2000) (11) 木村 ,「Gifu Switch と その パ ワー エ レ クト ロ ニ ク ス 回路 への応用例」,平成 12 年電気学会全国大会,6-065 (12) 松尾 他,「ATP- EMTP 高 次π 回路 に よる 変 圧器電 位 振 動 解 析」,平成 12 年電気学会全国大会,6-066 (13) 菅,「Compiled TACS を用いた配電線の誘導雷サージ解析」, 平成 12 年電気学会全国大会,6-067 (14) 舟木他,「Compiled MODELS での DFT 位相検出装置のモデ ル化と評価」,平成 12 年電気学会全国大会,6-068 (15) 曹他,「Type-58 関連の新機能(飽和模擬,CAO LOAD FLOW な ど)」,平成 12 年電気学会全国大会,6-069 (16) 白水他,「ATP-EMTP Type-58 同期発電機の突発短絡計算」, 平成 12 年電気学会全国大会,6-071
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