NEWS Japan 07号 - 日本TMA 日本ターンアラウンド・マネジメント協会

NEWS Japan
№7
春号 / 2006.4.24
●
Message
これからが本番
―地方中小企業の再生
東南アジアの事業再生・財務リストラ
(インドネシア版)
・・・ Ferrier Hodgson
池内 國雄
アソシエイト ディレクター
望月 健太郎
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9
日本 TMA2006 年度総会・特別セミナー
Award●ターンアラウンド・オブ・ザ・イヤー
Seminar●特別セミナー
(いけうち くにお)
日本 TMA 理事
いけうち会計事務所 所長/税理士
日本の不良債権問題は主要行に関してその不良債権比率が2003
年3月8.4%から2005年9月2.4%となり一応の解決をみたと
されているが、一方、地方銀行等は2003年3月8.0%から200
5年9月5.2%に止まっており依然として高い水準にある。
THE JOURNAL OF CORPORATE RENEWAL
● 高度な営業力を要する
「オーナー経営者への勇退勧告」
地方銀行等は各々「地域密着型金融の機能強化の推進に関するアク
ションプログラム」のなかで不良債権比率を2007年3月迄に2%
経営者の頑迷さが会社崩壊を招く
∼3%にする数値目標を掲げており、これから不良債権処理と中小企
・・・ Executive Sounding Board Associates Inc.
マネージング ディレクター
Bert Weil
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業の事業再生支援が本格化してくる。事業再生支援の人材が不足して
おり、いよいよTMA会員の皆様方の出番となるだろう。
中小企業の再生にとっては、
「目利き」によって コア・コンピタン
ス
CTP・ATP 資格制度スポンサー
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を見極めコア事業とノンコア事業を切り離し、収益性の高いコア
事業に、限られた経営資源を集中し、製造原価や販管費を低減するこ
とによってキャッシュ・フローを増やすという初歩的で基本的なこと
が極めて重要となる。
地方では、職業会計人の怠慢によって放置された儘になっている中
2006 年 4 月 24 日発行●第 7 号●季刊
発行所 特定非営利活動法人
日本ターンアラウンド・マネジメント協会
〒160-0022 東京都新宿区新宿 1-7-1 新宿 171 ビル 7F
TEL: 03-5269-2303 FAX: 03-5269-1482
E-mail: [email protected]
URL: http://www.tmajapan.org
小企業が沢山ある。
P・F・ドラッガーが『マネジメント』の中で「基本と原則に反するも
のは、例外なく時を経ずして破綻する。基本と原則は、状況に応じて
適用すべきものであっても、断じて破棄してはならないものである。」
と述べているが、肝に銘じたいものである。
東南アジアの事業再生・財務リストラ(インドネシア版)
Ferrier Hodgson
アソシエイト ディレクター
1.
望月 健太郎
はじめに
会社が経営破綻等経営危機に陥った際、債権者の方が株主より優先してリターンを得ることができる。学校等でファイ
ナンスを学ぶと大体その様に教えられるものであろうし、また多くの書物にも実際に書かれていると、私は記憶している。
債権≧株式 !
「会社の価値と言うものは株式及び債権の価値で表される」
「債権はその金利や元本の不払いを起こすと、会社が倒産の危機的状況に陥る。場合によっては会社更生法を申請する
事となる」
「このような状態に陥った会社の価値の実現は、債権者に対して払える金額を差し引き、その残存価値がある場合にの
み株主に対するリターンが生ずる」
私は、この事は何処の世界に行っても通用するものであると信じ、そしてそれが企業経営の場でもファイナンスの世界
でも、定理のようなものであると思い込んでいた。インドネシアの案件に携わる迄は。
債権≦株式 ?
世の中には理論的には考えられない財務リストラや事業再生案件がある。拙稿では、株主への残余財産の分配が「債権
者保護の原則」と言うワールドスタンダードに勝った実例を、皆さんにご紹介したいと思う。
知っていれば対応策を講じる事が可能であろう。第一、実際にそのような場面に遭遇されても驚きは半減??するという
もの。クロスボーダー案件等が増加する今の時代を上手く、そして強く生き抜くための参考資料として読んで頂ければ幸
いである。
尚、インドネシアの風土、経済、社会の特長に関する記述は、私が事業再生並びに財務リストラ業務を通じ、感じた印
象を纏めた程度の記述に過ぎず、決してインドネシア社会全体に対する学術的客観性をもった評価でないことをお断りし
ておく。また、諸制度に関する記述に関しては、一般的書物の中に紹介される程度の情報に過ぎないことを申し添える。
(特にインドネシアで何らかの案件をお持ちの方は、現実の態様は様々であることに十分ご留意頂き、皆さん自身で確認
を頂かねばならないと思慮する。)
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2.
インドネシアで案件推進を図る上での特記事項
・
経済社会に表出する風土
「バギバギ」の国
インドネシアは開発途上段階にある緩やかなイスラム国家であること。これが重要な背景である。富める者が貧しき者
に寄与することは当然であり、それは経済社会の中にあっても当たり前の習慣となっていると言われている。また、同国
の人々は一般的に、日本人以上に「恥らい」の感性が強く、穏やかな国民性であり、家族主義的傾向が強い国であると、
言われている。バギバギとはインドネシア語で「分け分け」という意味である。このような風土であるとすれば、社会資
本を公式+非公式且つ多段階に分配する傾向が強まるとも言われている。
社会諸制度については、アジア金融不安以降 IMF 管理(2003 年末に管理下を卒業)・指導の影響もあり、急速に近代
化を進めている。しかし、残念ながら法制や行政面の整備や運用、さらにその社会的定着には時間を要するため、制度全
体としては、未完成な部分も多いと言わざるを得ない。つまり、司法制度の有効活用に関して多くを期待できない傾向に
あると言う事では無かろうか。また、行政面でも、海外からの投資維持・確保という観点から大統領自らが「賄賂廃絶」
を宣言せざるを得ない状態であり、国際基準の経済社会を創るための解決課題は多いとも言われている。
インドネシア経済社会の特徴は、貧富の大きな差として表出していると考えられる。巨大資本家ファミリー(インドネ
シア総資産のうち約 90%を所有すると言われている)が存在する。一方、ジャカルタにおける労働者の平均賃金に関して
は、その発表されている水準より低いのでは無いかと思われる事も垣間見られる。両者の生活レベルの差は非常に大きく、
日本人から見るとあたかも二つの世界がそこには存在しているように見えるのではなかろうか。社会資本は徐々に充実し
つつあるが、未だに、資本家と一般労働者との経済的利害乖離は大きいと言われている。
Coffee Break (APP と言う巨大財閥系の会社)
インドネシアの大手華僑財閥である Sinar Mas Group の中で、
製紙業を営んでいる Asia Pulp & Paper
社(通称 APP)は、巨大資本家ファミリーの所有する代表的な会社である。この Sinar Mas Group は
ウィジャヤ・ファミリーによってコントロールをされている。
APP はシンガポールに本社を構え、ニューヨーク証券取引場(NYSE)に上場。インドネシア並びに中国
に製紙工場を持つ日本を除くアジアで最大の製紙会社である。
彼らのビジネスモデルは、安価な原材料をインドネシア国内で調達し、紙を輸出すると言うものである。
インドネシアの経済危機(1997 年)後のルピア安は APP と言う輸出型企業に取っては大きな追い風とな
り、その他インドネシア企業に比べると群を抜いた所謂「ダントツの勝ち組」となったのである。この背
景もあり、彼らは何と総額 139 億米㌦と言う資金調達を実現したのである。
・
重要な制度の概略(成立ちと現状)
商法は、1848 年制定されたオランダ型であったが、古い商法では現在の会社形態になかなか対応できないため、開か
れた投資市場の形成に弊害をもたらす状況であったと言っても良いのでは無かろうか。それら状況改善の必要性から
1995 年に新会社法を制定、抜本的改革を進めた。
会計基準はアメリカ型(FASB)であったが、1995 年の会計基準変更では、国際会計基準(IAS)と連動を図っている。現
在ではインドネシア国内会計基準はほぼ IAS 基準と同様となっている。基準は透明性公開性を重視しているものの、イン
ドネシアの文化的特長の一つである秘密主義的・保守主義的指向から、実際の会計基準の実務定着には、未だ時間を要す
る状態にあるのでは無かろうか。
税法および税務運用基準はアメリカのタックスコンサルタント協会の協力を得、1984 年に抜本的税制改革を図ったこ
とから、アメリカの影響が強いと言われている。
労働法等、労働環境に関しては、労働組合の存在が会社制度上の必須条件である。また、この労働環境等については、
スハルト政権後の民主化政策に伴う過度に労働者側に立ったものであると言う意見が多く、最低賃金、賃上げ率、労働時
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間の規制については、毎年の政府指導による最低条件に従う必要があるものとなっている。当然ながら、労働組合は政府
にとって大きな影響を有する。
一般的に外資企業にとっては特に、組合交渉を含め、インドネシア人取締役および幹部によるこれら労働関係に関する
対応が重要となることが多い。
インドネシアにあっては、上述の特徴を十分に理解した上で活動をする必要があると思われる。バギバギと言う言葉を
活用しつつ事を進めることも、スムースな対応を可能ならしめる、必要事項と言えるのでは無いか。
3.
インドネシアの特徴
・
会計関連
公表財務諸表の信憑性について、会社毎に大きなばらつきがあると言われている。結果として、慎重且つ要点を踏まえ
たデューディリジェンスが常に必要である。また、その際に信頼できる会計法人に依頼し、且つ、疑問点、問題点を絞り
込むための事前打ち合わせと、インタビューを含めた実態把握の方法の確認は必須となる。但し、実体験上幾ら優秀な会
計法人にその依頼をしたとしても、なかなか全様把握をするのは困難であり、個別に疑問点等を会社に直接確認する事が
必要となってくる。
特に巨大資本化ファミリーによってコントロールされている会社では、その会社形態を複雑にする事、及び色々な国に
SPC 等々を設立する事で、資産のリスク管理をしている会社が多いと言われている。関連会社間取引、子会社Ù親会社間
取引、グループ間取引によって、資産運用を上手く行なっている為、実態把握は困難になると言わざるを得ないのでは無
いかと思う。また、会社の中には、肩書きは Chief Financial Officer(CFO)とあっても、雇われ CFO であるが故に、会
社の財務実態を把握仕切れていない CFO も多く存在すると言われている。やはり、幾ら上場しているファミリー企業で
あっても、重要事項や資産運用はファミリー内にて完結する場合が多いからでは無かろうか。仮に取引先等がインドネシ
アの巨大資本家ファミリーによってコントロールされているのであれば、如何にファミリーと直接パイプを持ち、直接話
が出来るかが最も重要になると思われる。
Coffee Break (上場会社≠透明性!?)
先ほどの Coffee Break で述べた APP の場合、シンガポールに本社を構え NYSE に上場をしていた事
が一つの信用力確保の源となった。2001 年には残念ながら資金繰り悪化の為彼らはデフォルト状態とな
った。APP の財務リストラを推進して行く中で、会社形態及び取引形態の実態を垣間見る事が出来た。
APP には、数多くの中間持ち株会社が存在し、また「APP」と言う名前は使っているが全く APP と
は資本関係の無い会社が数多く存在し、これら所謂 Vehicle Company 間を様々な手段を活用し、資産運
用がされていた。また、NYSE に APP が上場していたと言う事もあり、監査された財務資料があったが、
これには載っていない多くの contingent liability も存在していた。これら実態に関しては、APP の出し
ていた財務資料からは決して判別する事は出来なかったと言われている。
上場会社=透明性があるといわれがちであるが、このように非常に複雑な形態を持つ会社が存在し、資
産運用も多岐に亘っている会社が存在すると言う事を頭の片隅にいれて置く方が、インドネシアで業務
推進をする上では得策であろう。
・
税務関連
インドネシアに於いて撤退・事業売却等を実施する際は、税務に関する問題解決が重要となってくる。特に還付金等に
関しては税務署との折衝を円滑に実施する必要が出てくる。税務署との折衝には、ネットワーク並びに経験が必要となり、
スムースに税務問題を解決しなければ早期撤退・事業売却の実現は非常に困難極まるものとなると思われる。税務問題が
悪化すると、その解決には日本では考えられない位の期間及びコストが掛かってしまう事が多いと言われている。
未納状態を長期間に亘り継続してしまうと、例えば日本からインドネシアに出向している日本人社員(出向先の経営陣)
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が逮捕されてしまう恐れや、預金凍結、銀行口座封鎖による資金決済が出来なくなる等の、事業運営に直接係る問題も出
てくると言われている。
例えば、インドネシア税務署と、その納税金額に関しての問題を抱えている場合、単純に金額の調整だけでは無く、そ
の支払い方法に関しても、色々と問題を抱えている場合が多いと言われている。これら問題を抱えたままでは、撤退や事
業売却の実現は極めて困難では無かろうか。
・
労務問題
事業売却・撤退等の話を素早く正確に必要な関係者に事前説明をする必要がある。この説明を欠いてしまう、または充
分な説明をしないまま進めてしまうと長期間に亘り問題が継続し、資産の著しい劣化につながる可能性が高くなる。よっ
て、如何にタイムリーな対応をするか、適切なルートで説明を行うか、必要な関係者を巻き込んでいるか、また現地にて
直接折衝を持つかが重要なポイントとなる。
更に、インドネシア法上での従業員に対する権利等も十分に理解した上で対応する事が重要である。混乱が起きないよ
う様々な関係団体・政府関係者等に対しての事前擦り合わせを実施する事が必要不可欠となり、これら対応を如何にする
かが重要となってくる。対応を間違えてしまうと、例えば工場のロックアウトや、一種の暴動に発展、機械等の持ち出し
や破壊行為等が起きる恐れがあると言われている。
また、インドネシアにとって日本と言う国は「裕福」な国であり、如何にインドネシアに於ける事業が上手く行ってい
なくとも、インドネシアの従業員からすれば「日本の会社であるから資金援助は当たり前」、とまずは言ってくる場合が非
常に多いと言われている。
Coffee Break (日本は豊な国)
ある日系会社のインドネシア子会社の売却では、労働組合員との折衝が一つの重要なポイントとなっ
た。会社の株主が変わると、インドネシアの労働法に於いてはある一定金額の退職金(のようなもの)
を支払う必要がある。これは、実際に会社を従業員が退職しなくとも、株主が変わっただけで支払うと
言うものである。
このような支払いを実施するか、その金額をどうするかに関しては、実態としては労働組合との協議
によって決められるのである。その為、如何にスムースに、そしてタイムリーに労働組合員に対して売
却を実施する旨の説明を行なうかが重要となる。但し、売却案件では、売却先等との守秘義務から、そ
の情報管理も重要であり、これらをどうやって両立させるかも重要である。本件の場合、労働組合員長
に前広に売却プロセスを説明し、組合員長の協力を得る事で、売主が一切退職金を支払う事無く売却を
実現する事となった。これによって、予想されていた退職金がゼロとなり、売却を実施した際、売主に
とって大きなプラス(退職金見合いの引当金の戻り等)が出る事となった。
インドネシア国籍従業員から見ると、
「日本の会社は資金が豊富」との先入観が間違いなくあり、撤退
や売却をする場合の一方的な考えの押し付けはなかなか通用しない事が多い。
・
法的手続きによる清算
インドネシアでは法的手続きによる清算はインドネシアの裁判所を取り巻く環境により、時間・費用が多大に掛かって
しまうと言われている。理論的には法的手続きによる清算は可能であるが、手仕舞いを迎える迄に掛かる時間・費用を考
えると、この選択肢は取らない方が良いと言われている。
これらインドネシアの法的環境を十分に理解した上で、インドネシアでのノウハウ・経験により最善策としてのオプ
ションを選択する事が重要となる。世界中何処でもそうかもしれないが、その国の環境を十分に理解した対応が必要不可
欠となる。
また、この法的清算と言うオプションは取らない方が良い(若しくは取れない)と言う事は、債務者側も十分に理解し
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ている事が多く、日本のように最後は裁判所や法的手続きの活用と言う一種のナイフを有さず、債務者等との交渉となっ
てしまうケース(Private Work Out)が多いと思われる。この一種のナイフを有していないと、Private Work Out での
債権者側の leverage が格段に落ちると思われる。
・
担保の有効性(実行性)
仮に担保を取得していたとしても、それが土地・建物・株式等であれば、担保の実行性は極めて低いと言われている。
弁護士事務所からその実行性はあるとの legal opinion が仮にあったとしても、実際に担保を実行するには色々な障壁があ
り、それを乗り越えるのは事前に事情を理解していないと、非常に困難となる場合が多い。
インドネシアで担保として取得するのであれば、一に現金二に現金三に現金(Escrow Account 等の活用)であると思
われる。現金以外の担保があるからリスクが減少したと安易に捉えてしまうと、不払い発生時には痛い目に会う可能性が
高くなるのでは無かろうか。
但し、売掛債権や、取引相手からの支払いを Escrow Account に入れ、それを担保として確保するスキームを取った
としても、様々な手段によって実際には Escrow Account に現金が入らない仕組みに摩り替わってしまっているケース
も多々あると言われており、細心の注意を払う必要があると思われる。
Coffee Break (担保の落とし穴)
インドネシアの会社に対して新規融資や投資をするのであれば、まずは契約関連をしっかりと詰めて
おく必要がある。Private Work Out(後述で別途取り上げる)となるケースがインドネシアでは多い
為、契約がしっかりと詰められていないと、その点を逆手に取られ、相手方に交渉材料を渡してしまう
恐れがある。担保に関しては、取るのであればやはり現金であるが、例えば土地・建物の登記簿謄本の
本紙を預かっていると、その本紙を持っていると言う事実自体が交渉材料として使える可能性が出てく
る。実際に土地・建物そのものの担保実行はそれでも極めて困難であると言われている。
実際にこのようなケースがあった。ある会社がインドネシアの Jakarta Stock Exchange に上場され
ている会社の株式を担保として取得。株式の実物はダンボール箱に詰められ、銀行の金庫に納められて
いた。デフォルトが起きた際は、その取得していた株式担保を実行する事で資金回収を図ると言う
スキームであった。
デフォルトが実際に起きてしまい、株式売却を図ろうとしたが、そこには一つの落とし穴が存在して
いた。
「売る直前に持ち主の了承がいる」と言うものであった。とある有名弁護士事務所からのアドバ
イスで事前に売却をする際に必要な Proxy は貸付先から入手済みであったが、
「直前に了承」が必要と
言われ、株式売却を断念せざるを得なくなった。売却による資金回収は図れなかったものの、株式その
ものを持っている事は交渉材料として後々活用する事が出来たのであるが、ショックは大きかったとの
事。
4.
Asia Pulp & Paper の財務リストラから見た Private Work Out
インドネシアにて財務リストラを実施する場合、その多くが Private Work Out になると言われている。ここでは APP
の財務リストラを取り上げ、インドネシアでの Private Work Out について簡単ではあるが説明したいと思う。
先述の通り、APP 側は債権者がインドネシアでの法的手続きによる清算と言うオプションを選択出来ない、仮にしたと
してもその実行には時間が膨大に掛かってしまう言う事を理解していたと思われる。この為、所謂「失うものは無い」と
言うスタンスから財務リストラ交渉の場に APP が座ろうとすらしないと言う状況を招いたと思われる。よって、如何に
APP を交渉の場に座らせるかと言う事が、債権者側の最初のステップ(目標)となったのでは無いかと言われている。
・
私的 Stand Still 宣言
(こんな宣言ってあるの?)
APP は、資金繰りの悪化から債務返済が出来なくなり、2001 年 3 月に Stand Still 宣言をしたのである。但し、米国
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の Chapter 11 のような裁判所管轄による Stand Still 宣言では無く、私的な Stand Still 宣言であった。
私的な Stand Still 宣言であった為、法律に則った商事債権者に対する特別措置等は個別の交渉次第となり、一部の金融
債権者に対しては返済が Stand Still 宣言後も行なわれていたとも言われている。
・
財務リストラ交渉
2003 年 10 月にインドネシア国内における財務リストラの契約書が調印される迄、様々な出来事があり、且つ丸二年
も財務リストラの契約書交渉に時間を要した。この契約調印は飽くまで財務リストラのスタートが切れたと言うだけであ
り、実際の返済には数十年要する事となった。APP との財務リストラ交渉では、如何に相手方に条件等を呑ませるかが一
つのポイントとなった。債権者集団が使えた数少ない交渉材料は、各国 Export Credit Agency 経由各々の政府を巻き込
み、インドネシア政府から APP に対してプレッシャーを与える事であった。この政府によるプレッシャーを活用する事で、
APP を交渉の場に着かせる事が出来た。
交渉は所謂「二歩前進し、三歩下がる」と言う毎回 APP にとって有利な条件となっていった。但し、毎回一歩下がって
はいたが、インドネシアの財務リストラに於いては如何に話を進めておくか(前進か後退かに係らず)が重要であった為、
債権者集団はまずは話を進めて行く事に注力した。
インドネシア最大のカントリー・リスクは国によるデフォルト・リスクでは無く、裁判所・法律をなかなか有効活用出
来ない事によって、債権者側が持っているはずの leverage が持ちにくいと言う事ではないかと言われている。
・
財務リストラ内容
APP の財務リストラでは、株主はそのまま権力を持ち続ける事となった。債権者は APP をコントロールする手段を持
たず(APP の財務リストラを厳密に言うと若干齟齬があるが)、最終的には債権カット及びリスケを飲まざるを得ないも
のであった。
本来であれば債権をカットするのであれば Debt to Equity Swap (DES)等の手段を使い、債権者が会社をコントロー
ルする事や、既存株主の株式価値をミニマムに落とすと言う事になるはずである。APP はならなかったのである。何故か?
やはり Private Work Out であった事、債権者側が法的手続きによる清算と言うナイフを選択出来なかった事が主な理由
であると思われる。
この状態はインドネシアに於いては特例では無いと言われている。これは所謂債権者が泣き、株主は笑うと言う構図、
株式≧債権と言う世界である。
5.
最後に
今迄インドネシアに関する様々な事項を取り上げて来たが、その国の諸制度を理解して置くのは勿論の事、机上のみの
詰めだけでは補えない事がある。税務、労務、法務、財務等々の知識と、常に柔軟性を持った対応、
「こうなるのが当たり
前」と言うのではなく「こうなるべきであるが、こうなるのではなかろうか」と考えて置く必要がある。
インドネシアに於ける「株式≧債権」は、法的手続きによる清算と言うオプションが取りにくい為、債務者側に対して
清算と言うナイフを突き出せない(インドネシアの法制度上出せるが、多大な時間・コストが掛かってしまう為、なかな
か選択出来ないと言われている)が故に起きる現象では無いかと思われる。勿論インドネシアにはしっかりとした法律が
整備をされてはいるが、実態として法的手続き等が取りにくければ、債権者側に取っての leverage は格段に低いものであ
ると言わざるを得ないのでは無かろうか。
インドネシアと言う国に於いてスムースに案件を推進するには、まずは以下が必要となり、これらを踏まえ、インドネ
シアのクロスボーダー案件を手掛けて行くべきであろう。
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・
現地ネットワーク
政府関係者、ビジネス・サークル、弁護士事務所、投資家等との強いパイプを保有しているかどうか。これらのパイプな
しには簡単なアポ取りも困難なケースが多いのが実情であると言われている。
また、巨大資本家ファミリーによってコントロールされている会社がインドネシアには多いと言われており、直接ファ
ミリーと定期的に連絡を取り、また、会えると言うネットワーク並びに立場を構築して置くのが重要であると思われる。
インドネシアで Private Work Out となった場合、巨大資本家ファミリーの考えによって大きく交渉の流れや、最終的
な落ち所が激変すると言われている。
・
前線での現場経験
多数の案件に於いて、様々な利害関係者と直接交渉に携わり、交渉をまとめてきた現場経験を有している必要がある。
交渉においては、文化・考え方の相違等も絡み、感情のもつれ等を忍耐強くほぐしながら相互理解を深めていくことが重
要である。
具体的なプロジェクトを大きな混乱なく成功に導くためには、机上の理論に加えて、このような現場経験が不可欠であ
る事は、インドネシアにおいて立証済みでは無かろうか。
「株式≧債権」と仮になった場合でも、上述を踏まえ案件推進をすれば、「=」に近づける可能性が高くなるのでは無い
かと思われる。
■望月 健太郎(もちづき けんたろう)
Ferrier Hodgson
アソシエイト ディレクター
[略歴]
神戸大学卒(商学士)。1998 年三菱商事入社。機械部門にてマーケティングを担当。また、
資産運用業務に従事、同社において本格的に再生業務(事業合併、債権回収他)に取り組む。
◆主要解決案件
・
・
・
・
アジア・パルプ・アンド・ペーパー(APP) [インドネシア、シンガポール、中国]
アジア・フード・アンド・プロパティーズ(AFP) [インドネシア]
アドバンス・アグロ社 [タイ]
プロペット社 [ブラジル]
2003 年 Ferrier Hodgson(オーストラリアの再生アドバイザー フェリエ・ホジソン社)
に入社。
◆主要解決案件
・ 産業再生機構(カネボウグループ 繊維事業海外子会社 14 社の事業撤収)
[インドネシア、ブラジル、タイ、香港、台湾、オーストラリア]
・ 独立行政法人日本貿易保険(電気通信機器メーカー再建、債権売却) [韓国]
・ 日系エクイティーキャピタル・ファンド(電気機器メーカー再建) [オーストラリア]
・ ソシエテジェネラル銀行(消費者金融事業再建) [日本]
三菱商事時代に、三菱重工のアメリカ、ヨーロッパ、アジアにおける紙・パルプの設備プロジェクトを担当していたことから、
大きな資産回収業務を担うチャンスを得、以来、インドネシア他アジア諸国で、様々な会社買収者、債権者、債務者、政府機
関との交渉経験を持つ。現職のフェリエ・ホジソン社では、再生アドバイザーとして企業再生の戦略立案および実務遂行の任
に当たっている。
■連絡先:Ferrier Hodgson Tokyo Office(フェリエ・ホジソン社
Tel:03-3560-8301
E-mail:[email protected]
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2006.4.24
東京)
日本TMA2006 年度総会・特別セミナー
平成 18 年 4 月 8 日(土)
、日本 TMA2006 年度総会・特別セミナーを開催いたしました。
Award●Turnaround of The Year
事業再生分野において功績のあった企業または個人を表彰する表彰制度が創設され、第 1 回目の「ターンアラウンド・オブ・
ザ・イヤー」受賞者として、株式会社新生銀行取締役会長 八城政基氏が選出されました。
八城氏が新生銀行で行ったビジネスモデルの変革、組
織改革等の大胆な手法が同行を再生に導いたとして、そ
の功績を称え、2006 年ターンアラウンド・オブ・ザ・
イヤーが贈られました。
※ターンアラウンド・オブ・ザ・イヤー
ターンアラウンド・オブ・ザ・イヤーは、事業再生分野におい
て功績のあった法人または個人を表彰するもの。
Seminar●日本 TMA 特別セミナー
『新しいステージに入った企業再生』
(講師)アリックスパートナーズ・エルエルシー
マネージングディレクター・日本代表
西浦 裕二 氏
アリックスパートナーズとは?
アリックスパートナーズが提供する価値
ターンアラウンドの 3 つの対象領域
進行しているプロジェクトの事例
いくつかの仮説
工作機械受注高の推移
機械業界各社の規模と収益性
拡大する中国工作機械産業−日本にとっての脅威となるか?
これからの企業再生の課題
AlixPartners(アリックスパートナーズ)
1981 年に米国で設立されたターンアラウンドおよび戦略実行支援の専門家集団。世界で 13 事務所、約 500 名のプロフェッ
ショナルを擁している。本年より日本でも本格的に事業を開始。
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Seminar●日本 TMA 特別セミナー
『我が国における新たな成長戦略と「事業再生」への取組み』
(講師)経済産業省経済産業政策局
産業再生課長
Ⅰ.
齋藤 圭介 氏
我が国における新たな成長戦略について
∼新経済成長戦略の策定∼
時代の特徴マクロの経済成長に関する基本的な考え方
経済成長の要因(労働、資本、イノベーション)
主要国の全要素生産性(TFP)上昇率の推移
中国・インドと我が国の経済規模逆転の可能性
ヒト(人財力)
:人口減少社会の到来
企業部門の好調さの設備投資や家計部門への波及
日本経済を取り巻く環境
アジアの追い上げ∼中国の産業構造の高度化
東アジア域内の分業関係∼拡大・高度化する三角貿易構造
新産業創造戦略のポイント(2010年の新産業群)
高度部材・基盤産業を支える基盤的技術(重要技術)を担う「匠の中小企業」
実質GDP∼国内の民需主導の回復
規模・業種間のばらつき∼回復が遅れる中小企業/非製造業
地域間のばらつき
新経済成長戦略の概要
Ⅱ.
「事業再生」の取組みと進捗状況
時代の特徴
法制度等の環境整備
金融・産業の一体再生に向けた制度・政策の整備
事業再生・産業再生へ具体的な取り組み(総論)
産業再生機構の取り組み(各論①)
産業再生機構による再生の流れ(各論①)
中小企業再生支援協議会による取り組み(各論②)
産業活力再生特別措置法による取り組み(各論③)
産業活力再生特別措置法の特例(各論③)
本格的な構造改革段階に入った産業再生
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Ⅲ. 事業再生の今後の課題について
不良債権比率の推移
平時における事業再生の在り方
企業活力再生研究会の中間とりまとめ
今後の事業再生メカニズムの在り方の全体像
事業再生の円滑化に向けた課題
私的整理と法的整理の課題①、②、③、④
私的整理と法的整理の間隙
私的整理と法的整理の連続性を確保する仕組み
私的整理で完結するような仕組み①
私的整理で完結するような仕組み②
今後の課題(短期的な視点、長期的な視点)
私的整理と法的整理の連続性を確保するスキーム案
私的整理ガイドライン等私的整理における手続スキーム
私的整理と法的整理の連続性を確保するスキーム案
THE JOURNAL OFCORPORATE
◇October 2005 号より◇
RENEWAL
高度な営業力を要する「オーナー経営者への勇退勧告」
経営者の頑迷さが会社崩壊を招く
Convincing Owner-CEOs to Step Aside Requires Sophisticated Selling
Boss Who Digs In May Bury the Business
Bert Weil(バート・ワイル)
Managing Director, Executive Sounding Board Associates Inc.
会社の業績に低迷の兆しが見え始めたら、信頼の置ける外部顧問を探し、必要なアドバイスや指示を受けるべきである。この
シンプルな提案をどの企業も受け入れていたなら、経営再建・企業再生アドバイザーに頼らざるを得なくなるケースはほとんど
なくなるであろう。しかし、現実にはそのようなケースは後を絶たない。なぜだろうか?
これまでのクライアント分析や他のさまざまな事例分析の結果をみると、年間売上高 1 億ドル未満の非上場民間企業におい
て「経営再建プロジェクト」や「危機管理プロジェクト」が導入された場合、以下のような結果が導かれることが予想される。
すなわち、業績不振が深刻な企業において、経営再建や危機管理を担当する外部顧問を加えたり、従来の資産管理部門の人員を
入れ替えたりした場合と、従来の資産管理部門にそのまま管理を続行させた場合を比べると、一般的には後者の方が好ましくな
い結果につながることが多い、ということだ。
一般的に、中規模企業のオーナー経営者は、経営再建に関するノウハウも手段も持っていないことが多い。オーナー経営者ら
は、「これまでの自分自身の任務」と、「業績不振時の経営者(経営再建者)に求められる任務」の違いを理解しているだろう
か?多くの場合、答えはノーである。そして、現在のオーナー経営者に欠けているものを指摘してくれる信頼の置ける外部顧問
も置いていないことが予想される。
このため、経営再建・企業再生アドバイザーは、優れた危機管理技術や業務スキルを備えているだけでは十分ではなく、もう
1 つ、別の特質を備える必要がある。それは「自社や自社のスキルを効果的に売り込む技術」である。
答えを探して
企業再生アドバイザーは、中小企業が経営不振に陥ってしまう理由をよく把握している。以下はその一部である。
•
経営陣に関する問題 ― 経営陣の能力欠如・モチベーション欠如が考えられる。
•
経営や業務に関する問題 ― 表面化する問題としては、コスト、品質、生産能力、営業上の問題、顧客サービスに関する
問題、財務管理や情報システムの不備などが考えられる。
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•
外部要因 ― 経済情勢、政府の規制、国内外における競合状況、業界内における企業合併、商品需要の低下などの要因が
影響し得る。民間企業、非上場企業の多くは、会社の規模が小さくなればなるほど、経営資源に乏しく、管理部門の人員や
外部顧問も少なく、予算も限られていることが多い。こうした会社のオーナー経営者は、困ったときは、例えば以下のよう
なごくわずかな範囲の「信頼の置ける仲間」に相談し、問題を解決しようとすることが多い。
•
取締役会もしくは監査役会 ― いずれを設置している場合においても、その構成員は、創業時のメンバーのみであったり、
会社の建設的な運営に必要な経営知識を持っていない同族者(親類縁者)で固めていたりすることが多い。
•
社内管理部門 ― 会社の業績が低下すると、管理職らは、自分の給料や家族の生活のことばかりを心配するようになり、
困難な問題をオーナー経営者に報告するのを避けるようになる。
•
公認会計士 (CPA) ― 米国企業改革法(サーベンス・オクスリー法)等の施行による訴訟の増加や経営の複雑化に伴って、
会計士によっては、経営の細部に至るまでの指摘を行うのを躊躇する傾向が見られる。この傾向は、経営者やその家族の所
得税や不動産に関する指摘にも反映される。わざわざ船を揺らそうとする(要らぬことまで指摘する)会計士は極めて少な
い。
•
弁護士 ― 会社に生じた問題を最初に発見するのは、弁護士であることが多い。そして、多くの場合、経営者からはこの
ような返事が返ってくる。「自分の会社のことは自分でわかる。口出しはご無用」。このようなとき、弁護士の多くは、や
はり「わざわざ船を揺らそうとはしない」のである。
•
専門家の友人や仕事仲間 ― 最も頼れる情報源であることが多いが、通常は、思ったとおりの真実を伝えようとしないこ
とが多い。本当はそれを伝えることこそ必要なのだが、相手にとって耳の痛い話をして、人間関係を損なってしまうのを恐
れるからである。
•
経営コンサルタント ― 業績不振で資金繰りの苦しい会社が自主的に経営コンサルタントを起用しているケースはめった
にない。
•
主要融資者(取引先銀行) ― 債務不履行が起きない限り、融資者は、相手先の経営上の問題分析等の指摘はしたがらず、
むしろ相手先から経営分析報告を聞くのを好む傾向にある。また、債務不履行が起きた場合にも、相手先の業績を変えるほ
どの力は持っていない。それは主として、貸し手責任の問題や、衡平法上の劣後(破産管財における株主債権の劣後)の問
題に起因している。
会社の業績が「不振」から「深刻な不振」へと変化すると、さまざまなことが起こり始める。オーナー経営者や財務担当役員
の職務が、ともに頻繁に変わるようになる(図 1)。ほとんど、もしくは全くノウハウも経験も持っていないような、極めて重
要で、かつ時間を要する業務や問題に取り組まなければならなくなり、その結果として事業の崩壊が加速し、他の重要業務が疎
かになってしまうのである。
図1
業務の所要時間
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職務
平常時
業績不振時
経営管理、顧客対応、製品開発、製造、販売、その他
の事業計画推進(売上、利益、資産管理等)
80%
20%
コーポレートガバナンス:資金繰り管理、銀行・証券
会社対応、与信管理、弁護士対応、資金繰りに関係す
るその他の経営上の問題(製造、顧客サービス等)
20%
80%
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それまでに起こしていなかった債務不履行も、こうなるといずれ引き起こすことになるだろう。そして、その時点で、債権者か
らは、返済猶予措置の一環として、経営再建アドバイザーを置くよう求められることになるだろう。
「ツケ」を今払うか、後で払うか
経営再建アドバイザーが最初に行うべきことは、全般的な経営状態の評価、もしくは再生能力の評価である。その際には、再
建戦略や再建案を同時に示さなければならない。中規模企業の場合は、経営再建アドバイザー自身が暫定 CEO もしくは暫定
CRO に就任するか、または常駐の外部顧問という形で経営に参加することを提案するのが良いだろう。これに対して、相手か
らは感情的な反応が返って来ることもあれば、十分に検討した上で思慮深い反応が返って来ることもある。以下はその例である。
•
「何か気づいていたことがあるのなら、今までに指摘してくれても良かっただろう?再建は自分でできる」
•
「こんな仕事はもうイヤだ。生産担当副社長とは話もしたくない。あいつは会社の株式の 35%を持つ大株主で、大学の同
窓生でもあるんだ。債権者、銀行、弁護士、会計士、財務担当役員とは話をしたくないし、人事担当役員とも話したくない。
私は、営業と商品開発だけをやっていたいんだ」
•
「この業界では技術も経験も当社が一番。よその人間が引き継いだって、技術も経験もないんだから、やっていけるはずが
ないよ」
•
「6 ヶ月分の新規融資か追加融資さえ確保できれば、もうそれだけで会社は大丈夫なんだが」
「いつから来てくれますか?」という返事が返ってくることはめったにない。この段階では、外部からの働きかけがあっただけ
では、オーナー経営者は、外部の者に経営再建や危機管理を行う権限を与えようとはしない。しかし、必要な変革を行わなけれ
ば、業績は低下の一途をたどり、財産がどんどん消滅し、やがては最悪の事態(倒産)に至りかねない。
経営不振でありながら強情なオーナー経営者には、「問題解決には、コスト(もしくは犠牲)が必ず伴うものである」という
点を理解させなければならない。「経営再建アドバイザーを迎え入れる」というコストをかけて、有意義な変革を行うか。それ
とも、会社の資産価値が加速度的に減少していくのを、ただ黙って見ているか。
数年前、大企業の会計担当副社長が、「財務担当役員(CFO)が必ず備えていなければならない資質」を、当時若手の財務
アナリストでしかなかった筆者に語ったことがあった。それは、「社内でトップクラスの営業力」だと言う。「提案を受け入れ
る態勢になっていない相手に論理的な解決策を示し、説得して受け入れさせなければならない」というのがその理由であった。
経営再建・危機管理コンサルタントにも同様のことが言える。経営状態の評価を行ったら、以下のような点を示して、クライ
アントを説得しなければならない。
•
自分たちは問題の核心を理解していること。
•
自分たちは問題解決の方法を提案できること。
•
自分たちは、計画の実行に必要な管理スキルや管理能力を備えていること。
•
自分たちは、利害関係者(ステークホルダー)との折衝や意見調整を行うスキルを備えていること。
•
自分たちは、選択した戦略がうまく行かなかったり、状況がさらに変動したり悪化したときは、臨機応変な措置をすぐに取
ることができること。
•
業績が改善し、経営が安定したら、コンサルティング契約をいつでも解消して構わないこと。
•
自分たちは、妥当な条件を設けて債権者と返済期限延長交渉を行うなど、資金繰り確保に協力できること。
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コンサルタントが提案内容を売り込むに当たって、ここからの部分が最も重要な局面になる。まず、オーナー経営者を説得し、
現在の職務からいったん外れてもらう。そして、現在とは別の、本人の長所を生かせる(と同時に、本人にとって失脚につなが
らないような)付加価値の高い役割に就いてもらう。オーナー経営者と話し合いながら、組織内での新しい役割を見出してもら
うのは、最も困難で、かつ重要な作業であり(図 2)、非常に高度な営業力を要する。
図2
業種
射出成形業者
工作機械
メーカー
サービス業者
問題点
・
十分に顧客を獲得できる見
込みがないまま新規事業に
参入した
・
人員削減・経費削減が行き過
ぎて、管理体制が不十分にな
り、売上高が損益分岐点を下
回るようになった
・
積極的な事業拡大政策を推
進し、新規事業が創出された
のは良いのだが、(得意先が
分散したため)個々の得意先
への対応が疎かになり、大口
得意先を失ってしまった
・
人員調整により組織を適正
規模に
・
営業部門に関係する業
界団体に出向
・
CEO(経営安定後)、CFO、 ・
営業担当副社長、工場長 2 名
を外部から採用
特別生産プロジェクト
・
生産担当副社長の採用、総合
的な再建計画の策定(ただし
相手先には提示せず)
・
3 ヶ月の有給休暇取得
後、非常勤として勤務
・
上記の副社長を暫定 CEO に
就任させる(その後 CEO に
正式就任させる)
・
営業および新しい事業
機会の開拓に専念
・
オーナー経営者の判断力が
鈍ってしまった(的確な意思
決定ができなくなった)
・
積極的な事業拡大政策
・
・
古株社員や縁故社員に甘過
ぎ、業績や成果が上がらなく
ても大目に見てしまう
経営評価の実施、再建計画の
策定
・
外部からの COO 新規採用を
提案・説得
・
オーナー経営者の
新しい役割
外部顧問の役割
オーナー経営者は営業スキ
ルは優秀だが、財務スキル・
管理スキルが不足している
この段階で、経営再建アドバイザーは、主要融資者(取引先銀行)の賛同を得ておかなければならない。手続き上の問題とし
て、主要融資者と当該会社との間の融資契約には、経営者変更の場合について定めた条文が通常は存在するはずである。融資者
は、会社の経営判断に直接関与したり、指示を行ったりすることはできないが、例えば融資条件を緩和する、追加融資を行う、
契約上の権利を一部放棄する、債務不履行を一部容認する、その他のサービスを提供するなどといった特定の条件を提示して、
それと引き換えにオーナー経営者に適切な役割に就いてもらう、という説得を行うことは可能であろう。
もちろん、オーナー経営者が会社の筆頭株主であれば、会社に対する支配権は依然として残っている。このため、経営再建・
危機管理アドバイザーの提案に反する決定を行い、資産内容や収益が改善する方向とは違う方向に会社を導いてしまうことがあ
る。このような場合には、その結果として、会社清算、資産売却、破産申し立て(破産法第 11 章第 363 条による競売を伴う
もの)、その他の事業整理計画を行うことになり、弁護士費用や管財人費用の負担が加わり、戻るべき事業はどこにもない、と
いう結果につながるのが一般的である。
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変化の促進剤
オーナー経営者に経営権を手放すよう説得するに当たって、「決め手」となるような単一の解決方法は、残念ながら存在しな
い。CRO や暫定 CEO とは、「奇跡を起こす人」でもなければ「外部からの侵入者」でもなく、「必要な変革を行うための促
進剤」という位置付けになる。オーナー経営者に変革を受け入れるよう提案する際には、経営再建・危機管理担当者の行い得る
役割を理解している信頼の置けるアドバイザーらと協力体制を組み、共同でオーナー経営者の説得に当たるべきである。
弁護士や会計士には、コンサルタントと事前の状況把握をして議論を行うよう、クライアントに働きかけてもらうと良いだろ
う。こうすれば、弁護士や会計士も、業務上の対立を引き起こすことなく、クライアントを支援することができるだろう。また、
出資者(株主)が多数存在する場合は、さまざまに異なる見解を示してくれるかもしれない。社内外のメンバーで構成する再建
委員会を設立するよう強く要請してくるかもしれないし、あるいは、問題の早期発見と迅速かつ確実な問題対応を目的として、
内部監視体制の強化を提案してくるかもしれない。
ここで述べられた作業は、会社が抱える問題の根深さに気づいていない、もしくは認めようとしない経営者たちを「教育」す
るプロセスであり、関係者全員がより高いレベルにステップアップしなければならない。
Bert Weil
(バート・ワイル)
Executive Sounding Board Associates Inc. マネージング・ディレクター / ワイル氏およびその会社は、経営再建業務、経営
再建戦略策定、企業財務顧問、会社更生顧問を専門分野としている。 [email protected]
CTP・ATP 資格制度スポンサー
■法人
アクタスマネジメントサービス株式会社
ASG アドバイザーズ株式会社
株式会社出津経営プランニング
有限会社 TSK プランニング
株式会社銀行研修社
■個人
税理士法人川嶋総合会計
有限会社神戸データサプライ
有限会社事業再生研究会
有限責任事業組合首都圏ビジネス支援センター
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株式会社マネージメント・イノベーション創研
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