子宮腺筋症の月経中の凝固線溶系の解析

日エンドメトリオーシス会誌 2012;3
3:1
4
5−14
8
145
〔一般演題/子宮腺筋症1〕
子宮腺筋症の月経中の凝固線溶系の解析
1)滋賀医科大学産科学婦人科学講座
2)同・地域周産期医療講座
木村
文則1),山中
章義1),高橋
顕雅1),竹林
明枝1)
‹島 明子1),天野
創1),清水
良彦1),中川
哲也1)
喜多
緒
伸幸 ,高橋健太郎 ,村上
1)
言
2)
節
1)
は,月経中に凝固系線溶系がともに亢進してい
子宮腺筋症は,子宮内膜細胞あるいはその類
るものが存在していることが明らかとなった.
似細胞が子宮筋層内に存在する良性疾患であ
月経中に凝固線溶系がともに亢進している患者
る.一般に2
0%程度の女性に認められると考え
は,月経中に子宮腺筋症組織内に多数のフィブ
られるが,6
6%の女性に認められとの報告もあ
リン血栓形成が誘導され,本病態に深く関わっ
り頻度の高い疾患と考えられる.子宮腺筋症は,
ているように考えられた.
過多月経,月経困難症などの疼痛,不妊症をき
たすことが知られている.過多月経をきたすメ
カニズムとして,子宮内腔が物理的に伸展され
方
法
当院受診中の子宮腺筋症患者3名を対象とし
た.
剥離する子宮内膜が増加すること,子宮腺筋症
症例1は,3
8歳,2経妊0経産.月経困難症
腫瘤のため物理的に子宮収縮および子宮内膜の
の治療目的で当院を通院している.流産時に大
血管収縮が障害されること,子宮腺筋症組織自
量出血をきたし輸血の既往がある.子宮は超手
体からの消退出血を認めることがあり出血量増
拳大で子宮全周を囲むようなびまん型子宮腺筋
加に寄与することなどが考えられているが,比
症を認める.現在までに GnRHa,Danazol によ
較的大きな子宮腺筋症でも過多月経を認めない
る治療歴がある.
症例もあり,過多月経をきたすメカニズムのす
べてが解明されているわけではない.
症例2は,3
9歳,0経妊0経産.過多月経,
貧血治療のため当院を通院している.子宮は手
われわれはこれまでに子宮腺筋症症例が,人
拳大で子宮後壁を中心に広範囲に子宮腺筋症を
工妊娠中絶術後に DIC をきたした症例を報告
認める.現在までに,GnRHa による治療歴が
してきた〔1〕
.この症例は,敗血症性 DIC と異
ある.
なり血中 antithrombinÁ値の減少が認められず
症例3は,
3
8歳,0経妊0経産.過多月経,月
線溶機能が亢進していた.妊娠に伴うステロイ
経困難症の治療目的で当院を通院している.子
ドホルモン増加による増殖・分化した子宮腺筋
宮は超手拳大で子宮前壁に子宮腺筋症を認め
症組織が,妊娠終了とともに子宮筋層内で脱落,
る.GnRHa,低用量ピルの治療歴があるが,低
出血し微小な血栓を形成しその線溶のため線溶
用量ピルの使用中に脳梗塞を起こした既往があ
機能が亢進したものと考えられた.
る.
そこで子宮腺筋症組織の月経中の凝固線溶機
上記3名を対象として月経1日目より5日目
能に及ぼす影響に関し検討することとした.3
まで連日抹消静脈血の採取を行い,血小板数,
症例を対象としたが,子宮腺筋症患者のなかに
thrombin antithrombin complex ( TAT ), an-
146 木村ほか
tithrombinÁ(ATÁ),plasmin α2 plasmin in-
の後低下している.ATÁには変化が認められ
hibitor complex
(PIC)
,D dimer(DD)
,plasmi-
なかった.
nogen activator inhibitor 1(PAI―1)の 測 定 を
図2に plasmin α2 plasmin inhibitor compl-
行った.なお,本研究の遂行にあたっては滋賀
ex(PIC)
,D dimer(DD)
,plasminogen activa-
医科大学倫理委員会の承認とインフォームドコ
tor inhibitor 1(PAI―1)の結果を示した.
Case 1においては,PIC,DD,PAI―1のいず
ンセントによる患者の同意を得た後に行った.
成
れも変化を認めなかった.Case 2においては,
績
図1に血小板数,thrombin antithrombin co-
PIC は1日目から5日目まで増加が認められな
mplex(TAT)
,antithrombinÁ(ATÁ)の結果
かった.DD が,1日目,2日目に軽度高値を
を示した.
示した後,下降していた.PAI―1は,1日目か
ら高値を示し,その後,徐々に低下していた.
Case 1においては血小板数,ATÁには変化
が認められなかった.TAT が,5日目に軽度上
Case 3においては,1日目より PIC が上昇し,
昇していた.Case 2においては,血小板数は
3日目まで増加していた.DD の上昇も同様の
1日目より4日目まで軽度であるが,徐々に低
パターンで認められた.PAI―1の上昇は,軽度
下していた.TAT は,1日目に軽度上昇し,
認められるが1日目から5日目まで変化が認め
その後なだらかに低下し3日目には正常化して
られなかった.
いた.ATÁは,1日目より5日目まで変化が
考
察
認められなかった.Case 3においては,血小
結果をふまえ,各々の症例につき凝固系,凝
板数は3日目に軽度低下している. TAT は1日
固阻止系,線溶系,線溶阻止系の変化を総合的
目にはすでに高値を示し3日目まで上昇し,そ
に検証した.
PLT ATⅢ
TAT
(/μI)(%)(ng/mL)
case1
case2
AT3
TAT
PLT
case3
(×104)
20 200 20
図1
6
5
4
3
2
1
5
4
3
2
1
5
4
3
2
100 10
1
血小板数,ATÁ,TAT の推移
DD
PAI-1
(μg/mL)
(ng/mL)
PIC
(μg/mL)
Case 1
Case 2
Case 3
10 100
DD
PIC
PAI 1
8 80
6 60
4 40
2 20
図2
DD,PIC,PAI―1の推移
6
5
4
3
2
1
5
4
3
1
5
4
3
2
1
0
2
10
子宮腺筋症の月経中の凝固線溶系の解析 147
Case 1は,凝固系,凝固阻止系,線溶系,
なわち凝固,線溶系と連動しているが,その数
線溶阻止系のいずれにも変化が認められなかっ
値は高値を示し,あたかも線溶系が過剰に亢進
た.TAT の5日目の軽度増加についての臨床
しないように抑制していると考えられた.
的な意義は明らかではない.
Case 3においては,血小板数は3日目に軽
Case 2においては,月経開始日より TAT が
度低下している.TAT は1日目にはすでに高
上昇している.TAT は,thrombin が prothrom-
値を示し,3日目まで上昇し,その後低下して
bin から産生されるとすばやく ATÁと結合す
いる.Case 2と同様,血栓の形成,止血機構
ることから形成される.TAT の代謝時間が短
の亢進のため TAT 上昇,また消費性に血小板
いことより凝固系の活動状態の指標と考えられ
低下を認めたと考えられるが,その程度がかな
ている.すなわち TAT の上昇は血栓の形成,
り大きいと考えられる.また,ATÁが一定に
止血機構の亢進,悪性腫瘍の存在などによる凝
推移していることから凝固(阻止)系が破綻し
固機能の亢進などその時点の凝固機能の活動性
ているのではないと考えられる.線溶系の指標
の亢進が考えられる.本症例においては,月経
である PIC は,1日目は低値であるが3日目
開始日より TAT が軽度上昇しており,その後,
まで増加し,その後低下していた.DD は1日
なだらかに低下している.これらより Case 2
目より上昇しており3日目まで増加,その後低
は月経中の出血量が多いため,凝固系が亢進し
下していた.すなわち Case 3においては生体
止血機構が活性化されているか,実際に少量の
内には多量のフィブリン血栓が形成され存在し
血栓が形成されていたと考えられる.また,AT
ており,線溶されていたと考えられる.一方で
Áの変化がないことより,凝固(阻止)系は破
PAI―1は月経開始日より軽度上昇しているが,
綻しておらず正常に働いていると考えられる.
case 2に比較し低く,一定の値を推移してい
次に線溶系の指標である PIC と DD の推移に
たことより線溶阻止機構は働いていたものの線
ついてみてみると PIC には変化が認められな
溶系が優位であったと考えられる.
かったが,DD は1日目,2日目に軽度上昇を
総じてこれらの3症例を評価するとそれぞれ
認め,その後なだらかに低下していた.PIC は,
異なるタイプを示した.Case 1は,凝固線溶
plasminogen から plasmin が産生されると一部
系ともに変化を認めないタイプ,Case 2は,
がすばやく plasmin inhibitor と結合し産生さ
凝固系と線溶系ともに軽度に変化が認められる
れる.PIC の代謝時間は比較的短いので線溶系
が,線溶阻止系が優位となっているタイプ,
の状態を示すよいマーカーと考えられる.一方,
Case 3は,凝固系と線溶系がともに亢進して
DD はフィブリンがプラスミンによって分解さ
おり,線溶阻止系よりも優位になっているタイ
れる際の生成物である.すなわち DD の増加
プであった.
も線溶亢進を意味するが,DD はフィブリンが
われわれは,Case 2および Case 3,特に
線溶された産物であり,逆の視点からするとフ
Case 3の血液変化の原因が,子宮筋層内に形
ィブリン血栓が生体内存在していたことを示し
成された微小な出血が関与していると推察して
ている.これらをもとに凝固線溶系の結果を総
いる.子宮腺筋症のなかには,機能を有し組織
合すると Case 2においては生体内にフィブリ
内で消退出血をきたすもののあることが知られ
ン血栓が形成され線溶されているが,線溶機能
ている.それらが月経中に子宮腺筋症組織内で
が過剰に亢進している状態ではないと考えられ
出血および凝固し,それに伴い二次的に子宮筋
る.PAI―1は plasminogen か ら plasmin の 産 生
層内の血流鬱滞および子宮筋層の虚血が生じた
を抑制することから線溶系の抑制と考えられ
と考えている.子宮筋層内の出血を防ぐため生
る.Case 2において PAI―1は月経開始日より
体防御として凝固機能が亢進し,形成されたフ
高値を示し,その後,徐々に低下している.す
ィブリン血栓を線溶するため線溶機能が亢進し
148 木村ほか
ているように考えられる.これらの凝固線溶系
栓症が生じた報告がなされている〔3,
4〕
.この
への異常は,子宮筋層内の血流鬱滞,子宮腺筋
原因として子宮腺筋症の骨盤内の血管系の圧迫
症や正常子宮筋層の虚血により生じた tissue
により腸骨静脈から大腿静脈にかけ血栓が形成
factor によりさらに修飾されているように思わ
され,その血栓が遊離し肺塞栓を生じたものと
れる.Nakamura, et al. は,月経中に DIC をき
考えられている.本研究の Case 3も低用量ピ
たした子宮腺筋症症例を報告しているが,その
ル内服中に脳梗塞を起こした既往があるが,解
原因としてわれわれと同様に月経中に形成され
剖学的に腸骨静脈の血栓が遊離し脳梗塞を起こ
た子宮腺筋症内の微小血栓および壊死組織から
したとは考えられない.ピルにより凝固系が修
の tissue factor が関与していると推察している
飾されたことが原因として推察されるが,子宮
〔2〕
.
腺筋症による凝固系の活性化も関連していたの
3症例の月経中のヘモグロビン(Hb)値の
かもしれない.このようなことから,月経中に
変化を調べるために月経1日目と5日目の Hb
凝固線溶機能を検査し,凝固機能が亢進してい
値の差を算出したところ,Case 1では0g/dL,
るものに対しては,ピル等は使用しない方がよ
8g/dL で
Case 2で は2.
0g/dL,Case 3で は2.
いのかもしれない.
あり,月経中に凝固線溶系に変化が認められる
まとめ
ほどヘモグロビンの低下が大きいように思われ
今回,子宮腺筋症患者における月経中の凝固
た.月経中の出血量を規定する因子は多く断定
線溶機能の解析を行った.月経中に線溶機能が
的なことはいえないが,Case 3が Hb 値にして
亢進している症例が認められた.線溶系の亢進
3近く低下しているのに対し,Case 1は全く
は,過多月経の原因になりうると考えられた.
変化が認められず,あたかも線溶系の亢進の状
子宮腺筋症患者に対して,月経中に凝固線溶系
態と Hb の低下が相関しているように考えられ
を測定することは有用であると考えられ,異常
る.Case 3において抹消血液中で線溶系が亢
をきたす症例に早期の外科治療等を考慮しても
進しているが,上述のように子宮筋層内におけ
よいと考えられた.
る微小血栓の形成およびその線溶が本態とする
と,末梢血での結果以上に子宮内部で線溶系が
亢進しているように考えられる.すなわち隣接
している子宮筋層での線溶亢進の状態を受け,
子宮内膜での剥離面において止血のため形成さ
れた血栓が線溶され子宮腔からの出血増加の一
因となったと推察している.Case 2も同様で
子宮筋層内での微小血栓の形成が少ないため抹
消血液上では PIC の上昇は認められなかった
が,DDが軽度上昇していることから子宮局所で
は線溶系が亢進しているように推察している.
子宮腺筋症患者に深部静脈血栓症や肺動脈塞
文
献
〔1〕吉川知江ほか.人工妊娠中絶術後に DIC を来した
子宮腺筋症の一例.日産婦会誌 2
00
7;59:66
2
〔2〕Nakamura Y et al. Acute disseminated intravascular coagulation developed during menstruation in
an adenomyosis patient. Arch Gynecol Obstet
2
00
2;267:11
0−112
〔3〕岩崎奈央ほか.子宮腺筋症は深部静脈血栓症のリ
スクファクターである―深部静脈血栓症を併発し
た3症例の検討―.エンドメトリオーシス研会誌
2
00
8;29:103−10
8
〔4〕郭 翔志ほか.低用量ピル内服中に肺動脈塞栓症
を発症し,抗凝固療法に難渋した重症子宮腺筋症
の1例.産婦の実際 2
01
1;60:803−80
8