アバタ表情解釈の異文化間比較

アバタ表情解釈の異文化間比較
Cross-cultural study of Interpretation of Avatars’ Expression
神田智子*
石田亨
Tomoko Koda and Toru Ishida
京都大学大学院情報学研究科社会情報学専攻
Department of Social Informatics, Kyoto University
Abstract: The use of avatars is increasing to express our emotions in our online communication. Those
avatars are used based on an implicit assumption that avatar expressions are interpreted universally
among any cultures. Since avatars express our emotions on our behalf, those expressions should be
carefully designed to be recognized universally. Psychological studies suggest that there are cultural
differences in human emotion recognition, such as that the specific connotations of expressions are
culturally determined, and physical proximity affects recognition accuracy. We conducted an open web
experiment to investigate whether there are cultural differences in interpreting avatars’ facial expressions,
and whether the above evidences in human emotion recognition are applicable to avatar expressions. The
result showed that some avatar expressions are interpreted differently among cultures, by confirming
results of psychological studies.
1
はじめに
日常のコミュニケーションツールとして,インス
タントメッセジャーやチャットが幅広く利用されて
いる.これらのコミュニケーションツールでは,テ
キストメッセージを補完する書き手の感情を表現す
るための手段として,絵文字:)が多用されている
[1,2,3].また,普遍化された絵文字とは別に,参加
者を特定できる視覚表現として表情つきのアバタが
活用されている[4].コンピュータを介したコミュニ
ケーションにおいてアバタの効果に関する先行研究
では,アバタはユーザ体験を向上させ,ユーザ相互
のインタラクションを円滑にし [5,6,7],異文化コミ
ュニケーションにおいても参加意欲や親近感を向上
させる効果を果たす[8,9]と報告されている.
しかし,これらのアバタは,その顔つきや表情の
解釈が特に断らなくても任意の利用者間で普遍的に
共有されるものという暗黙的な前提のもとに使用さ
れている.グローバル化が進むにつれ,アバタを介
した異文化間のネットワークコミュニケーションの
機会が増大してきている現在,グラフィカルなアバ
タ表現そのものの文化的妥当性,すなわち,アバタ
の表情が文化を超えて正しく解釈されるかどうかを
*連絡先:京都大学大学院情報学研究科社会情報学専攻
〒606-8501 京都市左京区吉田本町
E-mail:[email protected]
検証する必要がある.
しかし,アバタとして使用されるキャラクターや
表情の解釈を異文化間で比較した研究は数少ない.
日本とオランダ間でアニメーションを使った表情付
きキャラクターに関する評価実験を行った例では,
アニメーションされたジェスチャ表現の解釈は同一
であるが,ジェスチャ表現から被験者が受け取る感
情の強さに関して文化的な差異を認めている[10].
また,日本と中国間のアバタを使ったコミュニケ
ーション実験において,日本人被験者と中国人被験
者の間で,アバタのそのものが持つ意味の解釈およ
び表情の解釈や使用状況が大きく異なることが報告
されている[8].この実験では日中両方の言語で表示
される掲示板にアバタを付加して,日中間の研究者
があらかじめ決められた議題にのっとって議論を行
う異文化間のコラボレーションを行ったものである.
その結果,異文化間で解釈の異なるキャラクターは,
文化に依存するキャラクターであり,1)ある文化
で商業的に特別の意味があるもの,2)ある文化固
有の伝承キャラクター,3)ある文化でシンボルと
して定着しているもの,であるとしている.表情に
関しての日中間の解釈の差異は,
「ニュートラル」
「に
っこり」「怒り」「涙」の表情は日中間で等しく解釈
されるが,
「汗」
「驚き」
「睡眠」の表情は個人によっ
ても,日中間でも解釈が大きく異なり,使用される
状況もまちまちである,と報告されている.
これら2つの実験において,前者はアバタのジェ
スチャ表現のみを被験者に提示した2国間実験であ
り,後者は実際のコミュニケーションにおいて2国
間のアバタの表情解釈を比較したものである.実際
にアバタの表情解釈の文化差の有無を検証するため
には,多国間でアバタ表情の解釈評価実験を行い,
異文化間で等しく解釈される/されない表情の特徴,
および国や文化による解釈差の特徴を明白にする必
要があると考える.アバタ表情の解釈における文化
差や特徴を知ることにより,国際間のコミュニケー
ションにおいて,誤解を生じさせないアバタ表情の
特徴やデザイン上の考慮点を洗い出すことにつなが
るからである.
当研究では,アバタ表情解釈の文化差を検証する
に当たり,心理学における表情認知研究の知見の適
用を試みる.アバタの表情解釈の文化差に関する先
行研究は数少ないが,人間の表情解釈に関する心理
学研究ではさまざまな知見が蓄積されている.以下
に表情解釈の文化差に関する心理学の知見をまとめ
る.
心理学研究において,Ekman は人間の怒り,恐怖,
嫌悪,驚き,悲しみ,喜び,軽蔑の7つの感情はす
べての文化で表情として普遍的に表現されるとして
いる[11].しかし,同時に表情のもつ暗黙的な意味
合いは文化依存度が高く,表情の表出が許容される
度合いは文化によって異なるとしている[12].人間
の表情解釈の文化差に関する心理学研究では,同国
内,同文化内の表情解釈の一致度が高く,物理的地
理的に近い国同士の一致率が高い(イングループ・
アドバンテージ)ことが示されている[13].
本研究では,これらの知見,特にイングループ・
アドバンテージがアバタの表情解釈にも適用可能か
を検証する.評価実験は Web 上の公開実験の形式を
とり,さまざまなアバタ表情の解釈の多国間の比較
を行った結果を以下に述べる.
2
多国間のアバタ表情解釈実験
2-1
実験手順
表情はランダムに配置される.パズルゲームの後に
アンケートを実施し,ゲームとアンケートの回答及
び国籍や母国語などのユーザ情報を取得する.
2-2
アバタと表情のデザイン
40 種のアバタは 3 人の日本人デザイナが日本のコ
ミック・アニメ表現を使ってデザインしたものであ
る.日本人デザイナによるアバタデザインのみを使
用した理由は,日本人によるデザインを基本デザイ
ンとし,日本人による解釈と他国の解釈の比較を容
易にするためである.図 2 に実験に使用したアバタ
デザインの例を示す.
実験に使用した表情は図 3 に示すとおり,
「うれし
い(happy)」
「悲しい(sad)」
「同意した(approving)」
「同
意しない(disapproving)」「得意な(proud)」「恥ずかし
い(ashamed)」
「感謝の(grateful)」
「怒った(angry)」
「称
賛 し た (impressed) 」「 疑 問 (confused) 」「 自 責 の
(remorseful)」
「驚いた(surprised)」の 12 種である.こ
れらの表情は感情の OCC モデル[15],インスタント
メッセンジャーで頻繁に利用される表情[1,2,3],お
よび[8]において異文化コラボレーションに望まれ
る表情として被験者からの要望の多かった表情から
選択した.
OCC モデルの分類に基づき,これらの 12 種の表
情は対応する正反対の感情,すなわち肯定的な感情
である「うれしい」
「同意した」
「得意な」「感謝の」
「称賛した」と,否定的な感情である「悲しい」
「同
意しない」
「恥ずかしい」
「怒った」
「疑問」
「自責の」
,
および「驚いた」に大別される.
実験は Web 上で公開され[14],全世界から自由に
参加できる形式をとっている.被験者は任意に実験
サイトにアクセスできる.実験そのものは Flash ア
プリケーションとして作成されており,各被験者の
PC で実行される.表情解釈実験はパズルゲームの形
図 1 表情と形容詞を対応づけるパズルゲームとして提示
式をとり,被験者は4x3のマス目に提示された 12
される実験画面の例
個の表情と可動式のボタンとして提示された 12 個
の形容詞とを対応づけるよう求められる(図 1)
.40
種のアバタデザインから 1 つがランダムに選択され,
図2
実験に使用したアバタデザインの例
出者)と受け手(表情の解釈者)の表情解釈の一致
度が高いと考えられる.すなわち,日本国内におけ
るイングループ・アドバンテージが成立しているこ
とを示している.優位差は認められなかったが,韓
国の表情-形容詞ペア一致度はほとんどの表情にお
いて日本についで高いことから,日本-韓国間におい
ても,イングループ・アドバンテージが成立してい
ることを示唆していると考えられる.
3-2
個別の表情の解釈
表情別の一致率に着目すると,特徴的なのは,否
定的な表情(「悲しい」
「同意しない」「怒った」
「疑
問」)は国にかかわらず一致率が高いこと(p<0.01),
対して肯定的な表情は全般的に一致率が低く,国ご
図 3 実験に使用した表情 12 種の例
との一致率のばらつきが大きいこと(p<0.01)であ
( 左 上 か ら 「 う れ し い (happy) 」「 悲 し い (sad) 」「 同 意 し た
る.
(approving)」
「同意しない(disapproving)」
「得意な(proud)」
「恥
一致率が低く,国ごとのばらつきの大きい肯定的
ずかしい(ashamed)」「感謝の(grateful)」「怒った(angry)」「称
な表情で最も一致率の低い表情は「称賛した
賛した(impressed)」
「疑問(confused)」
「自責の(remorseful)」
「驚
(Impressed)
」である.
「称賛した」に関する国別の
いた(surprised)」)
回答の内訳を図 5 に示す.この図は日本の回答の内
訳と,ドイツ,メキシコ,イギリスの回答の内訳が
3 結果
顕著に異なること(p<0.01)を示している.日本が
「称賛した」表情を「称賛した」と解釈する割合が
これまでに全世界 31 カ国から 1240 人の被験者を
70%近くであるのに対し,ドイツ,メキシコ,イギ
得た.内訳は男性:女性の比率がほぼ 1 対1で,20
リスでは「同意した」と解釈する場合が多い.この
代から 30 代の参加者が 80%を占める.国別の分析は
ことから,
「称賛した」表情の解釈に関しても,日本
40 名以上の参加のあった 8 カ国(日本,韓国,中国,
イギリス,フランス,ドイツ,アメリカ,メキシコ) 国内のイングループ・アドバンテージが成立してい
ると考えられる.
についてのみ行った.
日本以外の国の回答内訳より,
「称賛した」を「う
3-1 表情全般の国別の解釈
れしい」
「同意した」
「得意な」
「感謝の」と取り違え
る国が多いことがわかる(p<0.01)
.
「称賛した」と
日本人デザイナが意図して表現したアバタの表情
と形容詞を基準となる「表情-形容詞ペア」とする. 取り違えやすい表情は全て肯定的な表情グループに
属する.
被験者の回答の「表情-形容詞ペア」とデザイナの意
「称賛した」以外の他の表情に関して,表情解釈
図した「表情-形容詞ペア」との一致率を比較するこ
の内訳で優位差は認められなかった.しかし,全般
とにより,各国の被験者の回答の分析を行った.こ
的な傾向として,肯定的な表情グループである「う
の指標を「表情-形容詞ペア回答一致率」と呼び,基
れしい」
「同意する」
「感謝の」
「称賛した」
「得意な」
準国の被験者の解釈と他国の解釈の一致度を比較す
を混同する被験者が多いこと,否定的な表情グルー
る指標とする.
,
「疑問」と「驚
図 4 に国別表情別の
「表情-形容詞ペア回答一致率」 プである「恥ずかしい」と「自責の」
いた」
,
「同意しない」と「怒った」
を混同する人が
を示す.国別の一致率に着目すると,ほとんどの表
情で日本の一致率は 8 カ国の中で最も高く(p<0.01)
, 多い.
このように,アバタ表情の取り違え方に関する傾
次いで韓国の一致率が高い.日本が最も高い一致率
向は,
「肯定的」「否定的」のそれぞれのグループの
でない「悲しい(Sad)」
「同意しない(Disapproving)
」
なかで発生するので,肯定的な表情を否定的な表情
表情においても,日本の一致率は高い.日本と韓国
を取り違えて大きな誤解を生み出す可能性は少ない.
以外の国では,表情解釈の一致率に関して顕著な差
しかし,それぞれの肯定的,否定的な表情グループ
は認められない.
の中で個々の表情の持つ意味やニュアンス,例えば
2.2 で述べたとおり,アバタは日本人デザイナによ
肯定的な表情であれば,同意しているのか,感謝し
ってデザインされているため,デザイナ(表情の表
ているのか,などが異文化間で伝わりにくい可能性
が高いといえる.
た.
アバタの表情解釈に心理学における表情付のキャ
3-3 考察
ラクターや絵文字がインスタントメッセンジャーや
ある特定の国の表現スタイルで描画されたアバタ
チャットで多用され,日常コミュニケーションだけ
の表情は,その国内の被験者における解釈が表出者
でなくビジネスや研究という異文化コラボレーショ
(アバタデザイナー)の解釈と一致する度合いが,
ンにおいても使用される現在,文化を超えて正しく
他国の被験者の解釈より有意に高いことがわかった. 理解されるアバタデザインや表情デザインに留意す
また,日本と韓国の表情解釈の類似度が高いことも
る必要がある.
観察された.このことから,心理学研究におけるイ
ングループ・アドバンテージが,同国内において有
意に認められ,また隣接する国同士でも適応可能性
があることがわかった.
また,表情解釈の内訳は国によって異なること,
肯定的な表情は解釈の内訳のばらつきが大きいこと
が明らかになった.個別の表情においても,混同し
やすい表情の特徴が,日本と他国で顕著に異なるこ
とから,混同しやすい表情の同国内のイングルー
プ・アドバンテージが発生していると考えられる.
否定的な表情の解釈が,肯定的な表情の解釈と比
べて,国内においても,また多国間においても一致
度の高いことは,心理学の表情研究における「デコ
ーディングルール」がアバタ表情の解釈にも適用し
うる可能性を示している.
「デコーディングルール」
では,否定的な表情を誤認した場合はより社会的に
問題を起こす可能性が高いため,人間は肯定的な表
情より否定的な表情の認知を重視するとされている
[16].
4
おわりに
心理学では人間の表情認知の文化差を検証する実
験が数多く行われているが,コンピュータ上で表さ
れる擬人化表現=アバタの表情解釈および使用状況
に関しては,普遍的な解釈が存在するという暗黙的
な前提の上で使用されている.
本研究では,この暗黙的な了解の妥当性を検証す
るために,アバタの顔つきや表情解釈の文化差を比
較するための実験を実施した.実験は多種多様なア
バタの表情を多国間で解釈する公開実験の形式をと
り,心理学における人間の表情解釈の文化差の知見
がアバタに適用可能かを検証した.その結果,ある
国の人間が表出する表情は同国内の人間において他
の国の人間より正確に解釈されるというイングルー
プ・アドバンテージが,アバタ表情においても認め
られた.すなわち,ある国でデザインされたアバタ
の表情は,他国より自国の被験者により正確に解釈
されるというものである.また,日本と地理的に近
い韓国では他国より日本の解釈により近いという,
多国間のイングループ・アドバンテージが示唆され
図4
表情別国別の「表情-形容詞ペア」一致率
アメリカ
メキシコ
happy
sad
approving
disapproving
proud
ashamed
grateful
angry
impressed
confused
remorseful
surprised
イギリス
ドイツ
フランス
中国
韓国
日本
0%
図5
20%
40%
「称賛した」表情における国別の回答内訳
60%
80%
100%
203-235
謝辞
[14] The Universal Character Experiment
当研究は,独立行政法人 科学技術振興機構 戦略
的創造研究推進事業(CREST)の研究領域「高度メ
ディア社会の生活情報技術」の研究プロジェクト「デ
ジタルシティのユニバーサルデザイン」,および日
本学術振興会科学研究費 基盤研究(A)(15200012,
2003-2005)より助成を得た.
http://character.kuis.kyoto-u.ac.jp/
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