東京・春・音楽祭

東京・春・音楽祭
-東京のオペラの森 2013-
東京春祭 歌曲シリーズ vol.9
クリスティアーネ・ストーティン(メゾ・ソプラノ)
日時:2013 年 3 月 22 日(金)19:00 開演 会場:東京文化会館 小ホール
●シューベルトの歌曲
わずか 31 年の生涯に 600 以上の独唱歌曲を書いたシューベルトこそ、まさに「歌曲の王」
と呼ばれるにふさわしい。テクストとして取り上げた詩人は 100 人を超え、その内訳はゲ
ーテのような大詩人から身近な友人サークルのアマチュア詩人までと幅広い。これらの詩
から生み出された歌曲は、ドイツ・ロマン派におけるリートの神髄と言える。今回演奏さ
れる「森で」の詞は F.シュレーゲルによる。冷たい夜の森を駆け抜ける嵐に内面の激情を
託したような歌である。
「月に寄す」の詞は、18 世紀ドイツの詩人ヘルティ。ベートーヴェ
ンの《月光》を思わせるピアノ前奏を持つ味わい深い一曲だが、夢見るような旋律には、
どこかもの悲しさが含まれている。
「小人」はコリンの詞によるロマン的バラード。夜の海
を行く船上、小人が激しい恋情に駆られて美しい王妃を自らの手で殺め、深い海に沈めて
しまうという幻想怪奇な物語を歌う。
●ヴォルフの歌曲
フーゴー・ヴォルフにとって 1888 年からの 2 年間は、文字通り爆発的な創作を開始した
時期だった。熱烈なワグネリアンであった彼は、一人の詩人に沈潜して、集中的に付曲す
る傾向があったが、テクストに対しては常に深い尊敬の念を抱き、語感やアクセントにつ
いても非常なこだわりを見せた。演奏前にまず原詩の朗読をさせたという逸話も残されて
いる。
「真夜中に」は、全 53 曲の《メーリケ詩集》所収の第 19 曲。深い瞑想に沈む静かな
夜を歌う。同歌曲集から第 47 曲の「ムンメル湖の亡霊たち」は、実在する湖を舞台に、妖
精の会話を通して美しい神秘を描いている。また「夜の魔法」は、全 20 曲の《アイヒェン
ドルフ詩集》所収の第 8 曲。詩情あふれる夜の幻想風景を歌う。
●プフィッツナーの歌曲
様々な新しい芸術の胎動を迎えた 20 世紀初頭のドイツにあって、ハンス・プフィッツナー
は、自らアンチ・モダニストと称して保守的な立場を貫き、
「最後のロマン主義者」とも言
われた。
「あこがれの声」は、カール・ブッセによる詞。内面に衝迫するピアノ伴奏、不安
と表裏一体の憧憬の歌声は、ドイツ後期ロマン主義の真骨頂を受け継いでいる。また、ア
イヒェンドルフの詞による「夜に」は、ロマン派の画家フリードリヒの絵を思わせるよう
な作品。風景のなかに、張りつめた期待が不穏に蠢いている。同じくアイヒェンドルフの
詞による「夜のさすらい人」は、激しい不安に駆られるような夜の騎行を描く。
●チャイコフスキー:
《ロマンス集》
オペラ・交響曲ほどには知られていないチャイコフスキーの歌曲だが、生涯を通じてピア
ノ伴奏つきの歌曲を書いている。多くは 6 曲単位にまとめられ、ドイツ・リートのように
原詩に拘束されることもなく、情緒に即して自由に詞を扱うが、その心に残る旋律はやは
りメロディメーカーとして名高いチャイコフスキーの面目躍如たるものがある。トルスト
イの詞による「もし私が知っていたら」は、冒頭からピアノが美しい旋律を奏で、(もし知
っていたら)と繰り返される詞がドラマ性を生む。フェートの詞による「私の守り神、私
の天使、私の友」は、最初期の頃の作曲とされている。チャイコフスキーはまだ若かった
母をコレラで亡くしており、その哀切な想いを託したような曲である。「それは早春のこと
だった」は、恋の始まりを早春に喩えて歌う清冽な印象を受ける曲。トルストイによる詞
はゲーテからの翻訳とされているが、ゲーテの同名詩は実在しない。
「もう部屋の灯は消え
た」は、詩人でもあったコンスタンチン・ロマノフ大公の詞による、古典的な技巧が冴え
る作品。
「昼の輝きが満ち、夜の静けさが広がっても」は、親友の詩人アプフチンの詞によ
る、華麗なピアノ伴奏を持つ曲。チャイコフスキーの国外滞在中に書かれ、後に自ら管弦
楽版にも編曲している。
●R.シュトラウスの歌曲
R.シュトラウスもまた生涯を通じて歌曲というジャンルに愛着を持ち続けた作曲家だった。
技巧的には難易度が高いが、彼の書いたオペラにも匹敵するほど華麗で、この上ない芳醇
さを湛えた作品が多い。シャックの詞による「セレナード」は、軽やかな伴奏に乗せて、
爽やかに夜の官能を歌う魅力的なセレナード。「夜の逍遥」はビーアバウムの詞による。作
曲の前年にシュトラウスはオペラ歌手のパウリーネ・デ・アーナと結婚している。官能性
が強い曲で、恋人との静かな月夜の逍遥を描いた小品である。ハイネの詞による「悪天候」
は、窓から眺めた戸外の嵐を歌ったものであり、悪天候を描写するピアノ伴奏に乗せた歌
の旋律には奇妙な明るさがある。
「献呈」は歌曲としての第 1 作にあたる作品 10 に含まれ
る曲で、まだ 20 歳前の頃の作品である。詞はヘルマン・フォン・ギルムによる。愛する人
への感謝に満ちた若々しさ溢れる曲になっている。
© Spring Festival in Tokyo Excective Committee.