インフルエンザワクチン講演会 『インフルエンザパンデミックと国際戦略』

インフルエンザワクチン講演会
WHO
Keiji Fukuda 博士来日特別講演(平成 17 年 10 月 13 日
於 ホテル日航大阪)
『インフルエンザパンデミックと国際戦略』
前田先生、ご紹介有難うございました。
皆様こんばんは。本日は、お忙しい中お集まりいただき、有難うございます。そして本
日の講演会を開催してくださいました廣田先生、阪大微生物病研究会、田辺製薬、大阪府
医師会の方々にお礼申し上げます。大変申し訳ございませんが、ここからは英語でお話さ
せていただきます。
私の話は、30∼40 分かと思いますが、インフルエンザパンデミックに備えるために国際
的にどのような対策をとるかというお話をさせていただきます。
(スライド 2)
季節性インフルエンザの制御に対する現在のアプローチをまとめています。まずインフ
ルエンザウイルスのサーベイランスモニターを行うWHOのグローバルなサーベイランス
システムがあります。また、各国においてもインフルエンザのサーベイランスシステムが
あります。そこで集まった情報をもとに、毎年ワクチン株をどれにするかという選択を、
行っています。そして、廣田先生からお話がありましたように、おもに重症化しやすいハ
イリスクグループを対象に毎年ワクチン接種が行われています。さらに、インフルエンザ
そのものや、それに伴うリスクについて一般の方々に伝えていくコミュニケーションにお
いても多くの努力が払われています。抗ウイルス剤や迅速に結果の出るテストキットが臨
床で使われるようになってきました。
(スライド 3)
季節性のインフルエンザに対するこのようなアプローチが可能となっている理由は主に
次の 3 点です。世界の多くの地域において、インフルエンザは一定の季節(冬)に起こる
ため、あらかじめワクチンを製造し、準備しておくことができます。また、どういった集
団が重症化に対するハイリスクグループであるかということは既にわかっていますので、
そういった集団にターゲットを絞った形で、予防接種に関する勧告をあらかじめ出してお
くことができます。また、世界的にも公衆衛生当局とワクチンメーカーとの間で密なコー
ディネーションが取られており、多くの情報が交換され、その上で迅速にワクチン開発が
できるような体制ができています。
(スライド 4)
この図は、WHO のインフルエンザのラボがある国々を示しております。色分けですが、
濃い色のついている国は多くのラボがあり、薄い色の国は少ないということです。
世界中では 115 の国際インフルエンザセンターがあります。赤い丸は、4 ヶ所の WHO
Collaborating Centre 、Reference Lab と呼ばれているところです。そのひとつは東京の
国立感染症研究所です。
年間、17 万人から 22 万人くらいの呼吸器からとった検体をチェックし、大体 15,000 か
ら 40,000 件のウイルス分離が行われています。4 ヶ所の WHO Collaborating Centre で
2,000 から 10,000 のウイルスについて非常に詳しく研究を行い、その情報をもとに検討し
た結果、毎年のワクチン株を選択しています。
(スライド 5)
これは、ワクチンの開発製造のプロセスを示したものです。このように非常に複雑で何
段階もあり時間がかかるプロセスです。毎年、ワクチン製造には、ほぼ 1 年間必要であり、
数ヶ月単位でできることではありません。
(スライド 6)
今までお話してきたのは、毎年流行する季節性のインフルエンザのことですが、パンデ
ミックの場合はまったく違ったタイプの問題が生じるため、異なった対策が必要になりま
す。
20 世紀には 3 回のパンデックがありました。1918 年、1957 年、1968 年です。中でも一
番良く知られていますのが、1918 年の世界的な流行(スペイン風邪)で、死亡者数が非常
に多かったということで一番良く知られています。
(スライド 7)
パンデミックという言葉の定義ですが、インフルエンザがほぼ同時的に世界各地で集団
発生を起こすということです。
人々の間で新型のインフルエンザ A ウイルスが出現し、蔓延することによって起こりま
す。すでに流行しているウイルスの変異株ではなく、新たな出現と考えています。
20 世紀に数回あったパンデミックですが、その影響は様々でした。1968 年のパンデミッ
クでは、亡くなった方の数は通常の季節性インフルエンザの流行とあまり変わりませんで
した。一方、1918 年のパンデミックでは、中世におけるペスト以来、最大の被害をもたら
したのではないかといわれるほどの死亡を引き起こしました。
(スライド 8)
20 世紀以降の新型ウイルスが出現した時点を示しています。H 1 が 1918 年、H2 が 1957
年、H3 が 1968 年です。いずれも新型ウイルスとして出現し、パンデミックをひきおこし、
その流行は今も続いています。
最近、いくつかの鳥インフルエンザウイルスが出現してきました。これは一部のヒトへ
の感染を引き起こしていますが、ヒトへの大規模な感染は起こっていません。
(スライド 9)
こちらは、20 世紀におけるアメリカでの感染症による死亡率の変化を示しています。世
界でも同じような傾向ですが、米国においても 20 世紀の前半に、感染症による死亡率が急
激に低下しました。しかし、突出して高い年があります。これは、1918 年のパンデミック
による死亡の影響を大きくうけています。この年に死亡率が急上昇したために、米国にお
いてヒトの平均寿命が 10 年縮まったといわれております。
(スライド 10)
懸念されていることは、次に起こるパンデミックについてわかっていないことです。い
つ起こるのかはわかりません。どういったウイルスが引き起こすのかもわかりません。比
較的早いスピードで流行するのではないかと思うのですが、実際どれくらいのスピードで
広がるかわかりません。どれくらい重大な影響をもたらすのかもわかりません。いくつか
わかっていることもありますが、一方で様々な懸念も生じています。
(スライド 11)
パンデミックを起こすウイルスというのは新しいウイルスですので、防御能(免疫)を
持っている人は誰もいません。したがって、すべての人、すべての年齢の方々がリスクを
持つことになります。特に重症化しやすいハイリスク集団が新たに出てくるかもしれませ
ん。1918 年のパンデミックの際には、ハイリスクグループとして妊娠をしている女性が最
初に出てきました。
仮に、次の流行を起こすウイルスの健康への影響がそれほど強いものでないとしても、
流行するということ自体が、一般の人たちの不安のレベルを非常に高めることになると思
います。現在ではマスコミの活動が活発ですので、一旦パンデミックになってしまうと常
に報道されて一般の方々が不安になっていくのではないでしょうか。
対応策としての選択肢は限られています。一般的な公衆衛生的な対策やワクチン、抗ウ
イルス剤の使用、そして情報伝達ということになります。
(スライド 12)
現在、私たちが一番心配していますのは、トリインフルエンザ A(H5N1)ウイルスです。
アジア各地で感染例がほぼ毎日のように報告されているのをお耳にされていると思います。
1997 年に香港の家禽、そして香港の人々の間で集団発生があると報告されました。H5N1
に感染して入院した方のうち三分の一が亡くなりました。その後の 4 年間は、香港地域で、
家禽での集団発生が散発的に報告されています。2003 年の初頭には、中国南部に旅行して
香港に帰ってきた一家の中で 2 人が感染していたと報告されています。
(スライド 13)
2003 年末から 2004 年にかけて、アジアの数カ国でほぼ同時発生的に家禽での H5N1 の
感染が発生しました。ヒトでの感染の第一波が、ベトナム、タイで報告されるようになっ
てきました。
2004 年後半から現在にかけて、ウイルスの広がりが続いています。最近 2 ヶ月間ではカ
ザフスタン、マレーシア、モンゴル、ロシア、ルーマニアでウイルス感染が報告されてい
ますし、最近一週間では、イラン、エジプト、トルコでも感染が確認されています。以上
はトリでの感染ですが、ヒトでの散発的な感染例も報告され続けていますし、一部クラス
ターとしての感染例が報告されています。
(スライド 14)
この地図にありますように、H5N1 型は、まず東南アジア諸国に集中し、ここ数ヶ月、5
月、6 月、7 月、8 月とこのように広がりを見せています。どのようにしてウイルスが蔓延
していっているのかよくはわかっていません。
(スライド 15)
まず考えられるのは、家禽類、トリそのものの移動です。合法的な取引もありますし、
密輸もありますし、闘鶏ということで、あちこちを移動しているトリもいるのではないか
と考えられます。また、ウイルスに汚染された物体が移動することによってウイルスが広
がっていくのかもしれません。例えば、車の車輪が汚染されているとか、感染の媒介にな
るような衣類、寝具が移動することによってウイルスが広がっているのかもしれません。
(スライド 16)
最近一番注目されていますのは、移動するような野鳥、つまり渡り鳥のせいではないか
ということです。最近中国で野鳥での集団発生が報告されました。最近のトリでの感染報
告例の中に野鳥での感染が多く報告されていますので、渡り鳥の移動経路に伴って、H5N1
が広がっているのではないかという見方を生んでいます。
しかし、この考え方に対して、H5N1 が野鳥に感染すると重症化して死にいたることが
多いので、そのように死亡するあるいは体が弱ってしまうトリがそれほど長距離飛べるの
かどうかという疑問点は残ると思います。
(スライド 17)
今までヒトでの感染例はベトナム、カンボジア、タイに集中していましたが、最近にな
って、インドネシアでの感染例がふえてきました。
(スライド 18)
ヒトでの H5N1 の感染については、今までに何回か感染の波がありました。現在は、3
回目の波の最中です。
(スライド 19)
今までに行われた科学的な研究の結果、H5N1 について懸念すべき点がいくつか指摘さ
れています。
これまでのところ、トリでのインフルエンザ感染はアジアでは冬のほうが多いという傾
向がありました。従って、今後冬に向かうにつれて家禽での集団発生の報告がふえるので
はないか、またヒトでの感染例もふえるのではないかと懸念されています。飼っているア
ヒルがウイルスを放出するのですがアヒルには症状が出ません。これが感染源となる可能
性が懸念されています。また、さまざまな動物に感染するということがわかってきました。
猫が感染しています。また、最近のウイルスのほうが以前のものに比べて、哺乳類に関し
て致死性が高まっています。非常に密な接触があれば、ヒトからヒトへの感染も起こって
います。ヒトの感染例から分離されたウイルスのほとんどが、アダマンタンに対して耐性
をもっているということも懸念されています。ウイルスは連続して変化を続けています。
現状では主にふたつの抗原性“clades”グループがあります。小変異あるいは大変異が続い
ている中で現在は 2 種類あるわけですが、今用意されているワクチンは 2 種類のうち 1 種
類にしか対応していません。もう一方のウイルスには効果が無いことが懸念されています。
(スライド 20)
この 1 週間ほどのことですが、1918 年のパンデミックのウイルスについて非常に重大な
研究結果が発表されました。1918 年のウイルスは今回の H5N1 と同じく、もともとトリの
インフルエンザウイルスであって、トリの間で数年間流行した後に変化してヒトでのパン
デミックを引き起こしたのではないかと考えられるということです。
(スライド 21)
この H5N1 が本当に次のパンデミックになるのかどうかということですが、「わからな
い」というのが答えになります。どうしても H5N1 に関心が集中しがちですが、それと同
時に全く違うウイルスがパンデミックを引き起こす可能性があるのだということを忘れて
はならないと思います。
(スライド 22,23)
パンデミックに備えるための国際的な対策ということで考えますと、今同時並行してい
る活動が二つあります。
ひとつ目は、農業そして人に対する脅威ということから、農業部門を中心に H5N1 に対
する対策をとっています。ふたつ目はパンデミックへの備えと呼んでいますが、次のヒト
のパンデミックに備えて国際レベル、国レベルでさまざまな努力が行われています。一見
シンプルに見える戦略ですが、いろいろな意味で有効性を発揮しています。
まず、現在 H5N1 の感染を報告している国々に集中して資源を投入することが可能にな
っています。現在行われている鳥インフルエンザに対する対策活動が次のパンデミックへ
の備えとうまくリンクしています。
動物における感染とヒトにおける感染をそれぞれ担当する当局があると思いますが、そ
れぞれが異なる優先順位をもって活動が行われており、これがいい意味でお互いを補完す
ることになっていると思います。
(スライド 24)
H5N1 のコントロールに関して、まず行われたアプローチは、ヨーロッパ、日本、北米
の経験をもとにしたものですが、サーベイランスを行うこと、感染したトリを殺処分する
こと、そして移動を制限するという処置です。
しかし、実際に同じ方法をアジアのほかの国で行おうとしても難しいことがわかってき
ました。その理由は動物の感染規模があまりにも大きいこと、多くの感染源が大規模な農
場で発生しているのでなく、むしろ貧しい農村地域の小さな家禽集団、例えば自宅の裏庭
で飼っているような家禽の集団で発生していることが挙げられます。また、こういった国々
は貧しい国が多いので、感染した家禽を殺処分した際に農家に保障するということができ
ません。従って家禽で感染したことがわかっていても、なかなか当局に報告しない、殺処
分にしないということになり、かえって感染が広がることになっています。こうした
問題があるので、アジアの一部地域では最初に申し上げたアプローチに加え、家禽にワク
チンを接種するという方法もとられています。
(スライド 25)
H5N1 のコントロールの結果は、国によって様々です。日本、韓国ではうまくいってい
ます。ほかの国々では、どれくらいの活動性があるのかわかっていない国もありますし、
感染が続いている国もあります。また、明らかにウイルスは他の国へ広がりを見せ始めて
います。
H5 に対する現在の対策に関しては、様々な問題点がありますが、多くの国が共通して直
面しているのは、資源が不足しているので十分な対策が取れないということではないでし
ょうか。
(スライド 26)
計画をたてるに際して、WHO はパンデミックについて、いくつかの時期、段階を定義し
ています。現在 Pandemic Alert Period の中の 3 番にいると思われます。数は少ないが散
発的に人から人への感染が報告されている段階にあるかと思います。次の段階が 4 になり
ますが、3 が 4 に移るということは非常に大きな変化が起こるということになります。
(スライド 27、28)
パンデミックに対する対策について、キーポイントがいくつかあります。まず WHO は
各国に対して、国レベルで対策のプラン作りをするように推奨しています。一部の国では
非常に進んだプランニングを行い、実行的でかつ詳細なプランまで作成しています。ヨー
ロッパではこういった取り組みは非常に進んでおり、11 月に作成したプランを実際に動か
してみてテストを行います。しかし、全世界約 250 ヵ国のうち、国家レベルでプランニン
グができているのは 50 ヶ国を下回っています。対策は不十分です。
(スライド 29)
計画作成のヒントですが、国レベルで国家計画委員会を設立することは非常に有効だと
思われます。
パンデミックへの準備というのは、もはや健康問題にとどまらず大きな社会問題になる
と思われますが、当然医療部門、医師が先頭に立って対策をとっていくべきだと思います。
それだけではなく、政府、民間にも広く協力を求めて包括的な対応が必要かと思われます。
計画は作成されていても、実行性があるかどうかを検討しなければいけません。従って、
実際にテストをして不足が無いかどうかを確かめるのも重要かもしれません。
バイオテロ対策ということで、公衆衛生がひとつの目標のためにいろいろと対策をとる
という傾向が最近強まっていると思いますが、今日申し上げておりますパンデミックへの
備えということで、もう一度公衆衛生の基本に立ち戻る必要があると思います。パンデミ
ックに備える計画を作成するにあたって、公衆衛生そのものの基盤を改めて強化するとい
う方向に向かうべきだと思います。パンデミックのためだけの縦割りの孤立したシステム
を作る方向ではいけないと思います。
(スライド 30)
サーベイランスのレベルや質は、地域によって格差があります。いろいろと問題点があ
りますが、まず、ヒトに関するサーベイランスと動物に関するサーベイランスの間のコー
ディネートがうまく取れていない例が見られます。ラボのスタッフの数が不足している、
あるいは疫学の専門家が不足しているということ、また、ラボに十分な設備が無いという
こともあります。また、報告は行われているのですが、定期的には行われていない地域が
あります。
(スライド 31)
こういった状態を改善すべく、最近採択されました世界保健規則があります。この新し
い保健規則は、世界保健総会に関連するすべての国にとりまして、法的拘束力を持つこと
になります。2007 年 6 月に発効することになりますが、内容は大きな影響力があるような
感染症のイベントについては必ず報告することを義務付けています。
(スライド 32)
公衆衛生的な対策としていろいろなレベルのものがあると思います。まず国レベルの対
策として、各国間の伝播を遅らせるような方法があります。そして、地域レベルでの対策、
個人レベルでの対策があります。
(スライド 33)
ここに挙げたのは、旅行あるいは渡航に関して勧告を出したりあるいは移動を制限する
といった方法です。パンデミックの初期段階ではこれに関する勧告として、感染の発生し
ている地域には行かないように、あるいは感染している地域で発症している人はその地域、
国から出ないようにということです。
非常に重大なパンデミックの場合には、国として国境を閉鎖するという方法もありえま
す。1918 年の大流行時には、国境を閉じるという策を講じることによって、国内への感染
をかなり長期にわたって防ぐことができたという島国の例がありました。しかし、1918 年
の時点でも、国境を閉鎖してもうまくいった国の数は限られています。そういった対策を
とることは非常に実現の可能性が低いとともに、取れたとしても効率は低いと考えられま
す。
(スライド 34)
また、SARS からいろいろなことを学べたのではないかと思います。多くの国がとった対
策は、入国してくる人をスクリーニングして SARS の感染者を特定しようという方法でし
た。詳しくはこれから申し上げますが、入国する人をスクリーニングするという方法は、
費用がかかった割には効果が無いということがわかりました。
SARS を振り返って多くの方々が考えているのは、その反対の方法、つまり感染した国で
発症している人の出国を制限する方法のほうが有効ではなかったかということです。
(スライド 35)
多くの国がサーモメーターを導入し、発熱している人を見つけ出そうとしました。各国
の数を合計しますと、約 3500 万人に対して体温のスキャンをしたことになります。入国し
てくる旅行者に対してスクリーニングを行ったわけです。このスキャンで発熱していると
引っかかった人が約 1 万人いましたが、実際に体温計ではかって発熱を確認できた人は約
4000 人でした。しかし、この中で SARS が確認された例は一例もなかったので、この方法
は非常に高価であり、資源を使う方法であったということがわかりました。多くの議論が
行われているのは、患者の隔離や移動制限といった対策です。隔離というのは、症状が出
ている感染した人を隔離するということです。
(スライド 36)
1918 年の例では、隔離を強制しようとしても実際には非常に難しいということがわかり
ました。どうしても隙間を抜けていく例があるということで、現在では隔離したり、移動
制限をすることを強制するのは非常に実行性が低いと考えられています。強制するのでは
なくて、voluntary isolation、すなわち各自が自発的に隔離状態を受け入れるということの
ほうが有効であると考えられています。自分が発症しているのであれば、自宅にとどまる
ことによって他の人への感染を防ぐことができるのだということを理解してもらった上で、
自発的に自宅にいてもらうということです。
一方、Quarantine というのは、まだ発症はしていないけれども暴露を受けた人達、ある
いは今後症状が出てくると思われる人達の移動を制限するということです。具体的な例と
して、パンデミックになる前の状態や初期段階で、パンデミックのウイルスが存在した飛
行機に乗っていた旅行者がいて、旅行者が帰る先の国ではまだ発生していないような場合
には、その旅行者に対して移動制限をかけるということを考えています。感染が広がって
しまいますと、いくら移動制限をしてもその効果というものは期待することができなくな
ってしまいます。
次に、social distance と呼ばれている方法があります。これはたくさんの人が一ヶ所に集
まらないようにするという対策です。具体的には、学校を休校にするとか大人数が集まる
集会を延期するというようなことになると思います。しかし、この対策も非常にコストが
かかることになります。仮に、休校期間が何週間、何ヶ月にわたるということになります
と、これは保護者にとっても大きな負担になりますし、社会の機能を大きく阻害すること
になります。
どのようなレベルの対策をとるかということは、実際にそのパンデミックがどれほど重
大化するかで変わってくるでしょう。したがって、死亡例が多発するようなパンデミック
であれば、休校をする、集会を延期するというような対策がとられるようになると思いま
すし、それほど重大化しないということであれば、一般的にそのような対策はとられない
と思います。
(スライド 37)
よく聞かれる質問ですが、マスクをしたほうがいいのかどうかに関して、一般の方のマ
スク着用については、いいのか悪いのかどちらについてもはっきりとした根拠を示すよう
なものはあがっておりません。マスクを着用してはいけませんというようなことはおそら
く言わないと思いますが、同時にマスクを着用しなさいというようなことも言わないこと
になろうかと思います。医療従事者については、マスク着用を勧めるということになりま
す。非常に対照的です。
医療用のマスクでいいのか、あるいはもっと高いレベルの N95 マスクのようなものを着
用すべきか、議論は今でも続いておりますが、現在一種の合意が出てきていると思われま
す。日常患者と接触するルーチンの場では医療用マスク、N95 マスクのようなハイレベル
のものは挿管処置のように飛沫を発生させるような場合に着用したほうが好ましいと思わ
れます。ただし、そのような資源がその国にあればということですが。
(スライド 38)
この N95 マスクについてはグローバルに考えますと非常に難しくなってまいります。国
の貧富の差がはっきり出てしまいますので、世界的レベルでの勧告を準備するのは非常に
難しくなります。日本やアメリカ、ヨーロッパという豊かな国ではおそらく準備できると
思われますので、着用するという方向になると思われますが、例えばアフリカといった地
域ではそういった資源も資金も無く準備できないのではないかと思われます。
抗ウイルス薬に関しては、WHO は各国に対して治療用、予防用に国レベルで備蓄するよ
うに勧めています。それとは別に WHO が国際的な備蓄をしております。その目的は、最
初にパンデミックが発生した国に対してこの備蓄分を供給して、その国での集団発生を遅
らせる、あるいはストップをさせたいと考えているからです。しかし、この WHO の方針
が実際にうまくいく為にはいくつかの条件をクリアしなければいけません。
(スライド 39)
続いてパンデミック対策のワクチンについて、現在取られているアプローチを説明いた
します。
現在のアプローチというのは、考えられるパンデミックウイルスのサブタイプ(亜型)
のライブラリーを準備するということです。また、それを使ってワクチンのパイロットロ
ットを製造し、それで製造の経験を積むという方法です。また、このワクチンを使って安
全性のデータをとったり、免疫原性のデータをとったりします。
それとは別に、現在の有精卵を使う方法とは違った細胞培養による方法とか、アジュバ
ント(adjuvant)の使用が可能かどうかの研究が続けられています。しかし一番重要なの
は、パンデミックが起こった際に早期の段階で通常の 3 価のインフルエンザワクチンの製
造を中止すると同時に、1価のパンデミックウイルスのためのワクチンを開発し製造にと
りかかるということです。
(スライド 40)
これが現在とられているワクチンのためのアプローチですが、重大な問題点がいくつか
あります。現在世界中のワクチン製造能力をあわせても、製造できるのは3億回接種分の 3
価ワクチンです。成人用のワクチンの場合、現在は 1 つの抗原あたり 15 マイクログラムで
すので、1 回接種分あたり 45 マイクログラムということになります。理論的に考えますと、
3 価ワクチン製造力を1価ワクチンの製造に切り替えることによって製造力は3倍に増す
ということになります。しかし、パンデミックを引き起こすウイルスのワクチンは 15 マイ
クログラム以上の抗原を必要とするかもしれません。
現在 NIH で行っている試験の結果では 90 マイクログラムの抗原が必要であり、抗体反
応が出るには 2 回の接種が必要となっております。パンデミックの際にはおそらく一人当
たり 2 回の接種が必要だろうと考えられています。
世界人口は 60 億人を超えています。従って、世界人口の規模数を考えますと、現在のワ
クチン製造能力すべてをうまく製造にまわすことが可能になったとしても、世界のほとん
どの人は接種を受けられないということになります。
(スライド 41)
ワクチン製造能力を持っている国というのはごく一部に限られています。なかでもヨー
ロッパにインフルエンザワクチン製造能力が集中しております。そういった能力を持たな
い国がほとんどだということです。
(スライド 42)
たとえうまくいったとしても、パンデミックのワクチンを開発し製造開始にこぎつける
までに 3 ヶ月から 6 ヶ月かかりますし、更に大量に製造するには数か月必要となります。
100 年前の状況を考えると、4 ヶ月、6 ヶ月、8 ヶ月、10 ヶ月待たなければならないという
のであれば、その期間に感染は広まってしまうだろうと思われます。
どのようにワクチンを配布するのかという問題が発生してきます。ワクチン製造能力を
持っているのは数カ国に限られています。従って国際的に考えたときに、どの国に提供で
きるだろうかということが大きな問題になります。また、ワクチン製造が開始されても当
初は製造できる量が限られています。まず最初に誰に接種するかというのも大きな問題に
なります。
(スライド 43)
最後のスライドです。
次のパンデミックが懸念されておりますが、それを懸念するだけの十分な根拠があるの
ではないかと思います。報道が集中しますと一種のヒステリーではないかと考えがちです
が、もう一度生物学的な基礎に立ち戻ってウイルスのこれまでの状況や過去のパンデミッ
クの状況を考えますと、次のパンデミックを十分懸念するだけの根拠があると思っていま
す。次に、人から人へ容易に感染を引き起こしパンデミックのウイルスになるのは一体ど
んなウイルスかというのは全くわかりませんが、現在懸念されている H5N1 が大きな脅威
になっていることは間違いありません。
現在とられている戦略です。まず、トリインフルエンザ対策に資源を集中するというこ
とと同時に次のパンデミックに対して準備することが非常に重要だと思っています。しか
し、季節性インフルエンザでもそうですが、本当の意味で個人個人を守っていくのに必要
なのは、ウイルスの暴露をうける前に防御免疫が体内にあるかどうかということになりま
す。したがって、ワクチンの接種が非常に重要性を持ってくると思います。
申し上げましたように、すべてがうまくいっても全員に対してワクチンを接種するとい
うことは非常に難しい状況ですから、非常に多くの人がワクチン接種を受けられないまま
になってしまうのではないかと考えますと、新しいアプローチが必要だと思います。パン
デミックを引き起こす株に対してより多くの人が早期にワクチン接種を受けられるような
新しい方策を考える必要があると思います。しかし、それは非常に困難なチャレンジでも
あると思っております。
ご清聴ありがとうございました。
Q.
今日の話で 1918 年という年が随分出ましたね。この 1918 年は日本にとって、世界
にとってどういう年であったかといいますと、第一次世界大戦が終了した年だと思いま
す。その年に特にインフルエンザが蔓延したというのはどういう風に考えればいいので
しょうか。
A.
ウイルスに関しましては、1918 年の初めに感染が出始めたのですが、当初は感染者
数も少なく毒性も低かったのです。ところが 1918 年の秋になり、ウイルスに何らかの
変化が起こったとみられ、非常に毒性の強い死亡を大きく引き起こすウイルスに変わ
っていました。このウイルスにつきましては 1918 年に大流行していますが、その数年
前からすでに存在しており流行していたのではないか、蔓延していたのではないかと
考えられています。
戦争の影響ですが、戦争があったということでウイルスが人に感染する形に変異し
やすくなったというのではないと思います。また、戦争の後で人々の生活状況が悪か
ったので、一旦感染が始まると非常に大流行になりやすくなります。そういう意味で、
戦争がその要因になったのではないかと考えられています。
Q.
1945 年に第二次大戦が終了しましたが、その時にはインフルエンザはあまり発生し
なかったのでしょうか。ウイルス的にいいますと、1918 年のウイルスは H1 といいま
すが、現在 H5N1 という形にウイルス的に変化してきたわけですね。連綿としてウイ
ルスが生きて死んでループを描きながら生きてきたというわけなのでしょうか。
A.
パンデミックが始まるかどうかということと戦争との間に関係は無いと思います。し
かし、パンデミックが始まるかどうかというのはウイルスがどう変化するかによって決
まってまいります。ウイルスが人に非常に感染しやすくなりますとパンデミックが起こ
ると考えられます。したがって 1918 年に感染の流行が始まった時期が戦争の後の時期
であったということによって流行がひどくなった。そういう点でのつながりがあったと
思います。
次に H1 ウイルスと H5 ウイルス、この別途のウイルスですが、全く違ったものであ
ったわけではありません。いずれもトリインフルエンザのウイルスです。最近報告が出
ております 1918 年に流行したウイルスの研究内容ですが、1918 年のウイルスを検討し
たところ、遺伝子配列の一部に特徴があってそのせいで人への感染力が高まったのでは
ないかということです。H5 ウイルスに H1 ウイルスと遺伝的な配列で似たところがあ
ると報告されておりますが、配列がすべて同じというわけではありません。H5 ウイル
スについて今後モニターする中で遺伝的に変化が無いかどうか検討し、仮に H1 に起こ
ったのと同じような遺伝的変化が起こってきた場合は、ひょっとすると人に感染しやす
くなったということを示しているのかもしれないと言われておりますが、まだはっきり
したことはわかりません。
Q
私が考えるのに、インフルエンザウイルスなんていうのは訳のわからない小さいも
のだから、ちょっとした生物にでも感染して生き延びる方法がある。鳥だけでなく他
のいろいろな生物に隠れ家を見つけて、いろんな形で逃げ隠れしているのではないか
なと思う。だから人間でのインフルエンザもいつもトリインフルエンザとオンリーの
関係を追及するのでなく、他の何かがありはしないかとウイルス学的な疑問を持って
いるのですがいかがでしょうか。
A.
インフルエンザウイルスというのは、いろいろな動物に感染することがあります。鳥
でもさまざまな鳥に感染したり、馬であったり豚であったりします。しかし、動物に
感染するインフルエンザは通常人間への感染力が無いか非常に低いと考えられており、
そういったウイルスが人にうつりやすくなるとすれば、それはウイルスに何か大きな
変化がおこるということになるのではないかと思います。したがって、次の大流行を
起こすヒトインフルエンザウイルスに関しましても、鳥から発生するかもしれません
し、違う動物から発生することも可能性としてあります。
Q.
今日のご講演非常に興味深く、有難うございました。私、豊中で小児科をしている
者ですが、ひとつだけ教えていただきたいと思います。
日本でのインフルエンザは普通冬に多いですね。北半球、特に日本だと 2 月、3 月が
ピークなのですが、夏にもインフルエンザがわりと多いんです。特に南の沖縄県地方
だと、7 月,8 月に非常に多くインフルエンザが出現いたしました。その型は A 型の
H3 インフルエンザなのです。私たちの普通の感覚で、日本では夏にインフルエンザは
無いと思っていたものが、今年は夏にも結構多かったということは何か理由があるの
でしょうか。もしなぜかご存知でしたらお教えください。
A.
日本やいわゆる北半球の国々で温帯地域にある国では、インフルエンザウイルスは冬
に流行しますが、夏には無いというように考えていいと思います。これが熱帯になりま
すと逆にインフルエンザウイルスは年中蔓延していると考えなければならないのです。
ただ何かが大きく変わったということよりは、むしろ私たちのサーベイランスが非常に
厳密に行われるようになって、これまでは気がつかなかった症例がきちんと報告される
ようになってきたこともひとつの原因だと考えます。
アメリカでは現在は夏の間もサーベイランスをするようになってきました。そうす
ると、夏でも発生している例がわかってきまして、温帯地域であれば北半球でも南半
球でもそうなのですが、夏にウイルスが完全になくなっているわけではないのだと思
います。実際、アメリカでも学校とか老人ホームでは夏の集団発生が報告されていま
す。夏にはインフルエンザは無いと考えがちですので、呼吸器疾患の患者さんがこら
れましても、先生方がインフルエンザを疑うこと自体が無い、疑わないので検査もし
ないということで症例も出ないということになります。こういったものの見方に注目
が集まってきて、それが変わってきているので、症例数が出てきているのではないか
と考えます。
Q.
どうも有難うございました。ただ、臨床的に診ておりますと、熱のパターンはインフ
ルエンザに特徴的な症状がありますのである程度類推できるのですが、この 5 年間を見
ましても、大阪の人ですが、インフルエンザらしき症例が多いような気がします。ひょ
っとしたら地球の温暖化と関係しているのかなと考えたのですが、そういうことはござ
いませんでしょうか。
A.
これが地球温暖化のせいかどうかというのは私にはわかりませんが、この 20 年間、
30 年間の季節的なインフルエンザの流行パターンを見ましても毎年かなり違います。
もちろん全体として夏より冬のほうが多いわけですが、冬といっても年毎に流行のレベ
ルが全然違います。したがって、夏であっても年によって流行のレベル、ウイルスの型
というのがさまざまではないのかと私は考えています。
Q.
大阪の竹中と申します。
二点教えていただきたいことがあるのですが、一点目は
妊婦さんへの予防接種の
ことです。特に 2 ヶ月目、3 ヶ月目あたりの危険性が高い時期への接種について、日本
ではどの効能書きを見てもドクターがリスクを判断しなさいと書かれています。世界
的にみてインフルエンザワクチンの接種、特に 2 ヶ月目、3 ヶ月目くらいの妊婦さんへ
の接種はどのようになっているのでしょうか。
A.
妊婦へのワクチン接種に関しては、それを推奨しないという国がほとんどだと思いま
す。この点に関しては、アメリカは一番先進的ではないかと思っています。理由はいく
つかありますが、1918 年の大流行の際に妊婦が非常に重症化する例が多かったことが
そのひとつです。5 年ほど前にテネシーで大規模な疫学調査を行いまして、インフルエ
ンザのシーズンにおいて心配な合併症については、妊娠の期間が進むにつれて合併症の
リスクも高くなるといわれておりますのでこのことを基にしているといわれておりま
す。しかし、妊婦に対してワクチン接種しても大丈夫だというデータがあるわけではあ
りません。だからといって、ワクチンを接種したから催奇性が高まるというデータがあ
る訳でもないのですが。
Q.
有難うございました。
二点目は子供さんへの接種なのですが、例えば、はしかなどでしたら 9 ヶ月以内に接
種しても免疫ができないので、日本では 1 歳以上の子供さんに接種するという適用がで
きたと聞いているのですが、インフルエンザの場合、乳児に接種した場合に免疫ができ
るかどうかということと、5 ヶ月目,6 ヶ月目の母乳栄養されているお子さんですと母
体からの抗体で予防接種していないお子さんでも防げるかどうか教えていただけるで
しょうか。
A.
非常に重要な点をご質問いただいたと思います。といいますのも、乳児に関しまして
ワクチンの有効性を検討したデータは非常に少ないからです。実際にその限られたデー
タを見ましても 6 ヶ月∼1 年という月齢の乳児にワクチンを投与した場合の有効性とい
うのは 1 歳以上あるいは小児に比べてやはり低いといった結果が出ております。
しかし、
有効性が全くゼロではない、何らかの有効性があるということであります。母乳からの
移行抗体というのは 5∼6ヶ月くらいまででその後は無いということを考えますと、ワ
クチンは全く効果が無いのではない、少しは効果があるのであるということと、乳児に
関しましてはインフルエンザにかかったら重症化して入院するリスクが非常に高いと
いうことから、接種をするという方向が出てきているのではないかと思います。
Q.
母乳栄養を行っているお子さんには特に接種をしなくてもいいと考えていいのでし
ょうか。
A.
母乳で免疫があるというのはあまり当てにならないと思います。お母さんによって抗
体量に差があると思いますし、抗体があるとしても古いウイルスに対する免疫であって、
より新しいウイルスに対する免疫抗体は無いかもしれないので少し判断は難しくなり
ます。
Q.
北区の吉田です。H5 ウイルスというのは、今はステージ3であって人から人へ散発
的にうつる状態ですが、ステージ 4 に大きく変わってスモールグループからスモールグ
ループへ移る状態をパンデミックと考えたらいいのでしょうか。そういうことは、我々
はどうすれば知ることができるのでしょうか。
A.
レベル 3 というのはパンデミックアラートピリオドの中でして、4 になるとしても同
じくアラートピリオドですのでパンデミックには達しないわけです。それでも 3 から 4
に移るのは大きな変化になります。3 の段階というのは人から人への感染というのが、
一人の人から一人の人への感染ということですが、4 の段階になってきますと複数の人
に同時に感染するということになってきますので、これはかなり大きな変化になると思
います。
WHO の定義でパンデミックと呼んでいますのは本当に大規模に地域で感染が広が
りコントロールが難しくなっていることを呼んでいます。3 から 4 への段階の変化とい
うのは、学術的な専門家の意見を十分に考慮した上で、WHO のトップが判断すること
になります。段階が移ったということになりますと、それは必ずインターネットなどで
公表されますしマスコミにも報道されますので、皆さん間違いなくわかると思います。