『「生活の芸術」と周作人-中国のデカダンス=モダニティ』 第Ⅰ部 序説 -近現代中国頽廃派の倫理 伊藤徳也 「頽廃派」とはどのような人々のことだろうか。 「頽廃」と言えば、俗に、堕落や放蕩な どと結び付けられ、不健康で病的な状態が想起されるのではないだろうか。例えば、酒や 薬物に溺れたり、見境なく遊興費を使い続けたりすることだ。しかし、世に知られる実際 の「頽廃派」の多くは、自暴自棄の没倫理的な頽廃者として名を残したのではない。彼ら にとって、放蕩や不健康は「頽廃」の結果かもしれないが、必ずしも目的ではなかっただ ろう。彼らが何を求めていたのかを発生論的に考えた時、私たち現代人も同じような「頽 廃」を抱えていることが見えてくるように思う。 本書は、周作人という二〇世紀の中国の文人を「近現代中国頽廃派」の一つの典型と見 なし、その倫理的な思想をいくつかの面から浮き彫りにしたものだ。彼は自分のことを決 して「頽廃派」とは呼ばなかったが、私たちと同じ「頽廃」を抱えていたし、 「頽廃」の問 題を実に固性豊かに深く掘り下げて考えていた。この序説は、そんな周作人という類まれ な個性の深淵を窺うための導入である。 一 周作人とは 周作人は、一八八五年に生まれ、一九六七年にこの世を去った近現代中国の文人だ。彼 は、主に一九二〇年代から四〇年代にかけて文筆家として旺盛な活躍をしたが、戦争中、 日本の傀儡政権の要職についたために、戦後「漢奸」罪で投獄され、中国および中国人社 会においては問題のある文人として扱われている。彼は中国近現代文化史におけるある種 タブー的な存在なのだ。それは、彼が中国社会や近代以降の中国文化を読み解く上で、あ る意味非常に重要なキーマンだということを、裏側から照らし出している。 侵略してきた他国が樹立した傀儡政権の要職に就くということは、形式的には、祖国に 対する裏切りだ。しかし彼は祖国に反逆しようとしたのではなかった1。むしろ彼は熱烈 なナショナリストだった。彼は、戦前の日本の国家的野望のために中国が犠牲になること を断固拒否していた2。おそらく、傀儡政権の要職にあった当時においても、彼の考え方 の根本はそうであったろう。しかし、同時に彼には、個人の凡庸な日常的な生を自分本位 に守ろうとする堅い信条があった。それは、結果として、祖国を裏切らないための安全策 から彼を遠ざけることになった。周作人が語った「生活の芸術」論というのは、彼のそん な信条によって構造化され豊かに肉付けされた思想のことだ。祖国を裏切らないために個 人が犠牲を払うのが当然であり、それが絶対的な善であり正義であるとするならば、 「生活 の芸術」論は単なる有害な思想的「毒草」にしかならない。周作人は、中国社会において、 政治的に「漢奸」と批判されるだけではなく、思想的にも「頽廃的」と批判されざるを得 1 ないのだ。おそらく彼の「生活の芸術」論の可能性を論じようとする私の試みも、中国の 硬直した一部の愛国主義者からは反感を買い、若干柔軟な良識にも冷遇される運命にある だろう。 それはともかく、彼は常に中国と共にあった。一九四九年の中華人民共和国成立直前、 国民党と共産党の内戦のさなか、人から国外脱出をすすめられても(例えば胡適から)そ れを断り、 そのまま中国大陸に居残った。彼は紹興の民俗色豊かな社会の中で生まれ育ち、 中国の士太夫文化の薫陶を受けた。ほとんど最後の科挙世代として、地方で行われた科挙 の試験を何度か受験した。彼が備えていた知は、中国の土俗文化にも伝統的士太夫文化に も、非常に深く根を張っていた。彼は、中国社会の現実を見据えながら、隠微な批評の矢 を四方に放ち続けたが、その批評の根本思想が中国社会にとって「頽廃」的なものであっ たとすれば、彼こそは真の中国頽廃派と言えるだろう。 中国の頽廃派と言うなら、欧米の頽廃派の表現形式に心酔し模倣したデカダンが、近現 代中国にもいなかったわけではない。邵洵美や中国の象徴主義詩人達は、表面的には、現 代中国を代表する頽廃派と言うべきかもしれない。彼らの作品は中国社会という土壌で咲 いた花だが、しかしその花は、見たところ、欧米で咲いた花とあまり違いがない。それは 簡単に言ってしまえば、単なる植え替えだったからだ。しかし、中国の土壌で生まれ育っ た周作人は、西洋の頽廃の花に触発されて、中国にしかない、色も形も西洋の頽廃の花と は全く違う形態を備えた、 近現代中国独自の毒をため込んだ頽廃の花を咲かせた。 それは、 西洋の世紀末芸術が展開したような刺激あふれる官能性や多様性を持たない、表面的には 非常に地味な情趣的芸術形式だった。 二 「生活の芸術」とは 彼には「生活の芸術」という短いエッセイがあって、この中に彼自身の「生活の芸術」 論の要点がまとめられている。その要点とはつまり、美しく微妙に生活すること、禁欲と 放縦のバランス、快楽のための節制、といったことだ。表面的には、頽廃とか毒とは無縁 の、実に穏当な主張のように見えるかもしれない。しかしそれらの思想の根本には、実は、 中国社会が毒と見なし、悪しき頽廃と結び付けようとするものが密かに含まれていた。 エッセイ「生活の芸術」は、当初、中国の一九二〇年代を代表する雑誌『語絲』の創刊 号の巻頭に発表された。その際彼は、文章末尾に W・ブレイクの詩句を英文のまま引用し た(文集に収められた際削除された) 。そのブレイクの詩句は、禁欲と欲望を対比的に描く もので、反禁欲主義、美と生の肯定という点で、周作人のエッセイの内容と共鳴していた。 そんなブレイクを周作人は、イギリス一九世紀末を生きた E・カーペンターや H・エリス 等によるブレイク理解を通して受け取っていた。実は周作人は、イギリス世紀末を代表す る O・ワイルドの翻訳や紹介を何度も行っており、イギリスの作家以外では、世紀末文学 を代表するポーやボードレールの翻訳もしている。そうした周作人の好みを考えると、彼 の営みに西洋「世紀末」が刻印されていてもべつにおかしくはないはずだ。ただし、 「頽廃」 (decadence)が、一般的には社会的な観点からの評価である以上、西と東の「頽廃」は、 2 異なる社会、異なる価値観が投影された、異質な「頽廃」であったと考えるのが道理だろ う。実際、周作人の頽廃形式は西洋のそれとはかなり異なるものだった。 三 芸術は何のため 一九世紀末芸術を特徴付ける考え方の一つに「芸術至上主義」がある。これと「生活の 芸術」論との間の深い関係を説明しておこう。 「芸術至上主義」は、美や芸術の無償性や政治、経済、宗教等からの独立・自律を主張 して「芸術のための芸術」を標榜した。それに対して、晩年のトルストイを代表とする「人 生のための芸術」派は、 「芸術のための芸術」を厳しく批判した(トルストイ『芸術とは何 か』 ) 。中国にも日本同様、この対立を深刻にとらえて悩む真摯な文学者、芸術家達がいた。 周作人はその一人だった。悩んだ末の彼の結論は、 「芸術は独立したものだが、本来人間的 なものだ。だから、芸術を人生から隔離する必要はないし、芸術は人生に仕える必要もな い。 」というものだった。彼において「人生のため」とは結局「社会のため」とほぼ同義だ ったのだが、つまるところ彼は、 「人生(社会)のため」という大目的と芸術の自律性を双 方とも肯定しようとしたのだ。そこで彼が標榜したのは、 「人生」と「芸術」を「の」とい うあいまいなことばで結び付けた「人生の芸術」だった。 実は、この考え方は逆説を含んだ二段階の構造によって支えられている。つまり、芸術 は芸術以外の他の何かのためのものではなく、 自律的なものでなければならない。 しかし、 そうであってこそはじめて、上位の審級においては、芸術は芸術以外のもの、例えば、人 生や社会にとって、有益なものになり得るという構造だ。簡単に言えば「無用の用」とい うことだが、芸術の社会功利性は、彼にとってあくまでもメタレベルの問題だったので、 彼の表面的な議論は結果として「芸術のための芸術」派と同様の主張に満ちている。 やがて彼は「人生」より「生活」ということばを多用し、 「芸術」と「生活」 「それ自身」 への愛着を表明するようになる。それはつまり、 「芸術のための芸術」と「生活のための生 活」への愛着ということであって、 「生活の芸術」論の根幹にそれがあった。 四 頽廃形式 「芸術のための芸術」のような「X のための X」というスローガンは、X の自己目的性、 自律性、X「それ自身」の価値を謳っている。こうした態度は実は頽廃と深く結びついて いる。 頽廃は「頽」といい「廃」といい、不健康や堕落をイメージさせることが多い("decadence" もそうだ) 。それは元来、結果からあるいは社会的に外側から評価した貶義語だった。しか し、もし頽廃を頽廃発生の場から内発的に捉えたらどうだろう。それはほとんど「X のた めの X」 、自己目的性、 「それ自身」の価値を謳うということと同じである。 ・・・ (略)周 作人が深い影響を受けた H・エリスは、・・・(略)「頽廃形式」を「古典形式」と対置さ せてほぼ次のように整理した。 「古典形式」の美:全体が部分を支配 3 「頽廃形式」の美:部分が全体を支配3 部分が全体を支配する。これが「デカダンスのスタイル」つまり頽廃形式のあり方だ。エ リスが言うところの全体と部分の関係は、実は、結果と過程、ひいては目的と手段の関係 にも当てはめることができる。頽廃形式においては、部分が全体を支配するように、過程 や手段が結果や目的を支配する。その時、過程や手段こそが目的だ。つまり「X のための X」という自己目的的態度だ。こうした頽廃形式は、空間的には、全体や社会に対する反 抗(個人主義)として、また、時間的には、目的や結果に対する反抗(過程主義)として 社会化され得る。 ・・・ (略)周作人における「生活の芸術」には、部分を全体とし過程を 目的とする「頽廃」が浸透している。そこでは、 「芸術のための芸術」と「生活のための生 活」が達人的に追求される。 「芸術のための芸術」は、部分に過ぎない芸術に、芸術、社会、 宗教等を含む全体と同じ価値を持たせる。そして「生活のための生活」は、部分に過ぎな い日常生活に、日常生活、死、超越性等を含む人間の生全体と同じ価値を持たせるのだ。 五 宗教の頽廃形式としての文芸 文芸は宗教の頽廃形式である。これは、周作人がハリソン女史のギリシア演劇研究の中 から得た彼の文芸原理だ。それによれば、元来宗教儀式の中には、その一部として文芸的 な形式(演劇等)が含まれていた。しかし、民智が高まるにつれてその宗教的な意義が失 われていき、単純に鑑賞して楽しむものに変化した。それが文芸形式だというのだ。宗教 的目的によって統合された宗教儀式全体にとって、部分に過ぎない文芸的な形式が、それ だけで充足する自律的な文芸形式になるということは、宗教的全体性から言えば、つまり 頽廃形式化するということだ。 政治にせよ、あるいは科学、道徳、そして芸術にせよ、宗教からの離脱、自律化という のは、人類にとっての近代化と言えるだろうが、そうした近代化、モダニゼーションとは、 実は、古典形式の頽廃形式化なのである。近現代における芸術(狭義) 、科学、道徳は、そ れぞれ本当の美、真、善とは何かを問う中で、諸領域の頽廃形式化が遂行されてきた。そ してもちろんそれは今も継続中だ。 さて、周作人にとって、文芸が目指すべきなのは脱宗教化とそれにともなう自律化だっ た。ただその主張もやはり、逆説を含んだ二段階の構造を持っていて、上位の審級におい ては、宗教的全体性から離脱することこそが、逆に現代的な幸福論の全体性に通じると考 えられていた。 作家としての彼が表面的に主張したのは自己目的的な自己表現、抒情だったが、それは 自分の心情を縷々書き連ねたり、高歌放吟する類のものではなかった。 ・・・ (略) ・・・彼 の自己目的的な「自己表現」は、歴史民俗趣味の方向への頽廃形式化を進めたのである。 ただし、 それらの中で取り上げられる瑣末な日常生活の断片や数々の歴史事象の彼方には、 現代人にとっての幸福論の全体性が見越されていた。だから、彼の一見平淡自然なエッセ イは単に知的なだけではないし、頽廃のための頽廃形式でもなかった。その中には常に、 現実社会に対する不満、頽廃の毒の苦味が、隠微に、時にしっかりと浸み込んでいた。 4 六 頽廃派としての現代人 周作人の頽廃論は、 直接的にはエリスからの示唆を受けたものだったが、それ以前から、 ボードレール等頽廃派文人に共鳴する中で、準備されていた。共鳴の核心は「現代人の悲 哀」だ。彼が共鳴する頽廃派とは、実は、没倫理的に刹那の快楽にふけって理想を捨て、 沈淪していく人間のことなどではない。彼の言う頽廃派は、猛烈な「生を求める意志」を 持つ極めて現世的な人間であって、不如意な現状に直面してあらがい、悩み苦しむ主体な のだ。周作人はそこに「現代人の悲哀」を見出して共感を寄せた。頽廃派というのは、実 は「現代人」の別名でもあった。 ・・・ (略) 「生活の芸術」は、頽廃派=現代人のための生 活技法としての性格を帯びていた。 七 生活のための生活 さて、 「生活」とはいったい何なのか。あまりに平凡で日常的なことばであるがために、 かえって、つかみどころがない。字義から言えば、 「生」も「活」も生きるということだか ら、生活とは結局のところ生きるということに過ぎない。しかし、これではとりとめがな く、茫漠としすぎている。周作人は、「生活」にもっと明確な輪郭を与えて考えていた。 彼においては、 「生活」は生物学的人生観によって規定されていた。それによれば、生物 としての人間には目的がある。個体の維持と子孫の存続だ。そして主に前者は飲食欲、後 者は性欲が生物としての人間を衝き動かすことによって、人間は、合目的的な生活を送っ ている。ここに「生活」の欠かせない根底がある。周作人のこのような生物学的人生観は 極めて堅固なもので、本能の抑圧や滅却には執拗に反対を表明した。しかし、その一方で、 没倫理的な、あるいは自由主義的な放縦には批判的だった。そこで彼が提示したのが、合 理的な禁欲つまり節制だった。それは結局のところ、個体維持と子孫存続という動物とし ての目的を達成するまでの過程を、細分化、複雑化して、引き伸ばすということだ。それ はつまるところ頽廃形式化ということだ。その過程を美的なものとして豊富にし充実させ る(味わい、享楽する)ということが、 「生活の芸術」の重要な一面だ。「生活」とは、動 物として、文字通り「生」きる( 「活」きる)ことを根底にして形成された諸形式の集積な のである。 少し具体的に解説しておこう。例えば酒と菓子。酒と菓子は飲食物としては奢侈であっ て、目的論的人生観から言えばなくてもかまわないものだ。周作人はそれらを「無用」な ものと呼んだ。 「無用」とは本能充足の合目的性からの過剰ということで、つまりは頽廃の ことだ。・・・ (略)ひとつ気をつけておきたいのは、彼が描く頽廃形式の持つ一種の社会 性だ。彼は何度か茶を飲む自己像を含む理想的な心象風景を描いているが、そこに必ずあ ったのは「友人」の存在だ。彼は、一人で茶の味を享受して悦に入るような場面を理想化 するようなことはしなかった。また、彼が取り上げる「愛の術」は必ず異性の他者を相手 にしたコミュニケーションの中にあった。マスターベーションは、生殖から徹底的に切り 離された頽廃形式だが、同性愛とともに、周作人によってまともに取り上げられることは 5 なかった。 以上のように周作人は飲食欲と性欲という二大本能を軸に生活の頽廃形式を語ったが、 もう一つ是非留意しておくべきことがある。人間の老衰と死に対する彼の態度である。そ こでもやはり「生活それ自身」を愛好する、という「生活のための生活」の思想が行き渡 っていた。老衰と死も飲食や生殖同様、人間の「生活それ自身」だった。そのため彼が特 に嫌悪し反発したのは「死の提唱」だった。 「死の提唱」とは、 ・・・(略) 八 人間社会の自然な状態とは 「生活それ自身」を愛好するということは、一個人の倫理的な態度だ。周作人の個人主 義は、倫理的主体主義であって、あらゆる倫理、道徳が個人の主体性一点に集中されてい る。その意味で、完結していて、自閉的であり、まさに頽廃的でさえある。しかし、前節 で確認したように、彼の個人主義という頽廃形式には周到に社会性が練りこまれていた。 彼の個人主義の教条とは、社会はあらゆる個人に対して犠牲を強いてはならないというこ とだ。その場合の犠牲とは特に、生物学的な動物性の犠牲だ。個人の生命や肉体、本能を、 他の何かのための犠牲に供さないということだ。 「他の何か」の中には、道徳的徳目や社会 正義、ポリティカル・コレクトネス等も含まれる。 「烈婦」を死に追いやったのは、まさに そうした徳目とそれを維持、強化しようとする人々だった。 周作人にとって「自然」は、至高の価値を有していたが、それは、個人の主体性や人間 文化、人間社会の中の自然さであって、エコロジーが対象化する大自然のことではなかっ た。彼に言わせれば、自然な状態にある人間社会とは、個人が動物的放縦に走り、互いに 闘争し、弱肉強食が露になる自由主義社会のことではない。周作人はむしろそれを自然に 反した社会状態だとみなした。彼にとって自然な状態とは、あらゆる個人が自身の動物性 を社会や何かのために犠牲にしなくても済む状態のことだった。 「生活の芸術」の倫理は、 そのような意味での「自然」な社会の構成を目指す。その際欠かせないのが、各個人が倫 理的主体として、本能等の人間の動物性を果敢に節制することであり、かつ、節制の美的 諸形式を細分化・複雑化し、そしてそれらを充実させて賞味するということだ。 ・・・ (略) 周作人の倫理的主体主義は、社会改革に直接結びつくようなものではない。彼は様々な 言辞と材料を使って、それぞれの個性の内発性にただ呼びかけるだけだからだ。しかしこ のことは「生活の芸術」論の根幹に関わっている。 「生活の芸術」論は、個性に対して直接 的強制力を行使しないことこそが、逆に、 「自然」な人間社会にとって必要不可欠だと考え るのだ。 「生活の芸術」は、まさしく、法ではなく礼、刑罰ではなく礼楽(芸術)によって、 社会の「自然」な秩序を求めようとする。それは、現実的な社会改革のアプローチとは言 えないかもしれない。しかし、モラル(つまり個性の内発性)を置き去りにして、制度や 形式を制御するだけで「自然」な人間社会が構成されると考えるのも、実は、同様に幻想 に過ぎないのではないか・・・ (略) 九 モダニティ論としての「生活の芸術」論 6 少し前のところで、ある視角から見れば、近代化とはつまり頽廃形式化だというような ことを言った。もし、頽廃形式がモダニティと深く関わっているのなら、 「生活の芸術」論 も、当然モダニティと無関係ではありえない。もう少し説明しておこう。 「芸術のための芸術」は「X のための X」という自己目的的審美的趨向(つまりデカダ ンス)を代表する。審美的と言っても、世俗的な意味の美とは直接関係はない。何かのた めにではなく、自律的に(あえて目的を言えば自己目的的に)、意味、価値を見出し、追求 する、ということだ。だから、 「科学のための科学」も一つの審美的趨向を表現している。 この趨向は、 全体性を棚上げして、 部分から部分へと社会文化形式の頽廃形式化を深める。 デカダンスは、専門化、社会分業化(あるいは蛸壺化)を自動化する動力なのだ。そうや って専門家という存在は人間社会の中に生まれ、増加していった。このような変化は近代 化、モダニゼーションの一面を表している。 一方、 「人生のための芸術」は「道具的理性」を代表する。目的を意識して、芸術を一つ の道具とみなし、部分から部分への深化・細分化が自動化する前に、目的へと立ち戻る。 だから「道具的理性」は、専門化、細分化、深化等のデカダンスを棚上げする作用を持つ。 しかしその一方で「道具的理性」は、新しい道具や技術を次々と見出し、生み出して、技 術革新を進める動力ともなる。その過程であらゆるものが何かの道具とされ、時に、個々 人の生本体も、道具化(疎外)される(「人生のための芸術」は人生が目的に設定されてい るためそうならない) 。 このような変化も、近代化、 モダニゼーションの一面を表している。 すでに述べたように、 「生活の芸術」論は、上述の「芸術のための芸術」と「人生のため の芸術」二つのテーゼの関係を制御するために生まれた。だから「生活の芸術」はモダニ ティを制御する技法としての側面も持っている。 ・・・(略)彼にとって「凡人」とは、専 門家と「常識」を通じてつながり合う非専門家だ。彼にとっての「凡人」は同時に、英雄 や天才のような力を持たない弱者で、隠遁することも暴力革命に赴くこともできない無力 な倫理的主体だが、そうした「凡人」こそが、「生活の芸術」の主体なのである。 一〇 日中比較文化論の結節点として さて最後に、周作人が「生活の芸術」論を構成していく過程で作用した、興味深い日中 間の文化的なコミュニケーションのあり方に触れておこう。 実は、周作人の「生活の芸術」論は文化的な敵対者を想定していた。その敵を彼は「道 学家」と呼んだ。彼が憎むところの「道学家」(実は「偽道学家」 )は、 「天理」に「人欲」 を対立させたうえで、表では、人欲を抑圧する高尚な議論を威圧的に発しながら、裏では 多数の妾をかかえて放縦に走る人間だ。道学家はまた、道義を極端に重視して議論にふけ り、社会に対して実効的な措置をとろうとしない。彼にとって、そのような道学家の生態 と対極的なものに見えたのが、天然を愛好し、質素を尊重するという日本の生活文化だっ た。彼が日本の生活文化から抽出して珍重したのは、「人情美」(人間性・個性そのままの 美しさ)や俳味(余韻を感じさせる簡素な味わい)だ。周作人の感性は、畢竟日本文化の 中で育まれたものではなく、彼は日本文化の中に無自覚に耽溺することはなかったが、彼 が「生活の芸術」論を構成する上で日本文化から得た示唆は多かったし、また深かった。 7 ここまでの文脈に沿って換言すれば、それはつまり、動物性(本能、天然そのまま)を禁 圧したり、無視せずに、柔らかに受け入れながら、社会文化形式を頽廃形式化して賞味す る態度ということになるだろう。彼は「生活の芸術」論を構成していく中で、結果的に、 日本文化のそのような一面を文明化したのだと言えるだろう。・・・(略) 1 2 3 木山英雄『周作人「対日協力」の顛末』 (岩波書店、二〇〇四年)が詳しい。 本書第一一章「廃帝溥儀の処遇をめぐって」 、第一二章「文化事業への関与」参照。 H.H. Ellis, "Huysmans", Affirmations. 8
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