配付資料

平成15年度後期
物質の科学T(2)
学籍番号
氏
名
1.物質の状態と反応
物質を構成している分子や原子の集合状態には,気体,液体,固体の3種があり,温度によ
ってその状態が変化する。気体と液体は流動性に富み流体という。
1.1 気体
気体の体積は温度と圧力によって大きく変化する。気体の体積,圧力および温度の関係を表
す式を状態方程式という。
1.1.1 理想気体
構成粒子間の相互力が作用せず,体積が無視し得る原子または分子から成る気体を理想気体
という。一定量の理想気体について,一定温度において体積Vと圧力Pの積は一定であるとい
うBoileの法則(1662)と一定圧力において体積 V は絶対温度 T に比例するというCharleの法
則(1787)を組み合わせた次式が導かれる。
PV = nRT
(1.1)
ここで,nは気体のモル数であり,Rは気体の種類によらない基本的定数である気体定数であ
る。この式を理想気体の状態方程式という。低圧,高温においては全ての気体について成立
する。
(a) 標準モル体積: 気体 1 mol をとれば,式(1・1)は次式に変形される。
Pv = RT
(1.2)
v は気体1molの体積で,分子容ともいう。
いま,T = 0 ℃ (273.15K),P = 1 atm (101.3 kPa, 760mmHg)の標準状態を考えると,全て
の理想気体について22.4 dm3の一定値を示す。これを標準モル体積という。従って,気体定
数Rは,
R = Pv/T = (1 atm) (22.4 dm3)/(1 mol)(273.15 K)
= 0.0820 dm3・atm・mol− 1・K− 1
= 8.3145 J・K− 1・mol− 1
(b) 気体の密度: 標準状態における気体の密度ρ[g/dm3]は,気体の分子量をMとすれば,
ρ = M/22.4 [g/dm3]
(1.3)
3
気体の質量をw g,その体積をV dm とすれば,
PV = (w/M)RT
P = {(w/V)/M}RT = (ρ/M)RT
(1・4)
M=(ρ/P)RT
一定温度と圧力のもとで,気体の質量と体積(即ち密度)が解れば,分子量Mが求められる。
<<例題>>標準状態におけるCO2の密度を求めよ.また,750mmHg,20℃では幾らになるか.
(解)CO2の分子量 M=
従って,ρ(CO2) =
/
=
750mmHg,20℃ではモル体積vは
v=
=
従って,ρ(CO2) =
/
=
(c)混合気体: 幾つかの種類の気体を混合すると,均一に混ざり合う。混合気体の組成はモル
分率あるいは体積分率で表される。混合気体の各気体のモル数をn1,n2・・・niモルとすると,成
分iのモル分率yiは次式で表される。
yi = ni/(n1+n2+・・・・+ni) = ni/Σ(ni)
(1.5)
各成分の占める圧力を分圧,piという。分圧の和は混合気体の全圧Pに等しい。これをDalton
の法則という。
P = Σpi
(1・6)
各理想気体について,式(1.1)が成立するから,
piV = niRT
式(1.6)および(1.1)より,分圧は次式で表される。
pi = (ni/nt)P = yiP
(1・7)
<<例 題 >>空 気 は ,お お よ そ 窒 素 4分 子 と 酸 素 1分 子 か ら な る 混 合 気 体 で あ る .い ま ,圧
力 が 760mmHgで あ る と き そ れ ぞ れ の 分 圧 を 求 め よ .ま た ,体 積 お よ び 重 量 比 も 求 め よ .
(解 )
1.1.2 実在気体
多くの気体は,圧力が高く,温度が低くなると,理想気体の状態式からはずれた挙動を示す。
図1− 1は実在気体の挙動と理想気体の法則から求めた計算値との比較を圧力について示した
ものである。圧力が高くなるにつれて理想気体の挙動からはずれてくる様子がわかる。実在
気体の状態式は数多く提出されているが,古くから良く知られているのはvan der Waalsの状
態式である。この式は,分子間に作用する引力と分子が有限な体積を持つことを考慮して理
想気体の状態式を修正したもので,次式のように表される。
(P+a/v2)(v− b) = RT
(1・8)
a,bはvan der Waals定数と呼ばれ,各気体に特有な値を示す。
この式は複雑なわりに精度は十分でない。
実在気体の状態式として理想気体の状態式に補正係数,zをかけた次式が便利である。
図1− 1実在気体の高圧における理想気体からの偏奇
Pv = zRT
(1・9)
補正係数,zを圧縮係数という。圧縮係数は,気体の種類と温度および圧力によって異なる
値であるが,各気体の臨界温度および臨界圧力に対する相対温度,TR=T/TC および相対圧力,
PR=P/PC に対してプロットすると,気体の種類に
図1− 2 圧縮係数とz線図
無関係な一本の線で表されることが実験的に知られている。この関係を対応状態の原理とい
い,その線図の一例を図1− 2に示した。この曲線を利用する場合には,その気体の臨界温度,
TCと臨界圧力,PC の値を知らなければならない。
≪例題≫
エチレンの66℃(339K),150atmにおけるモル体積を実在気体と理想気体として求めよ。
ただし,Tc=9.7℃,Pc=50.5atm.
(解)Tr=T/Tc=
Pr=
/
/
図より,Tr=
=
=
,Pr=
に相当するzの値を求める。
z=
v=zRT/P=
=
dm3/mol
理想気体を仮定すると
v=
=
dm3/mol
1.2 液 体
液体の分子間には気体の場合よりはるかに強い引力が作用している。液体の温度が高くなる
と分子の運動エネルギーーが大きくなり,液体表面の分子は他の分子の引力にうち勝って外部
へ飛び出す。これが蒸発である。
(a)蒸気圧 閉じた容器に液体を入れると,液体表面から蒸発が起こると同時に,蒸発した分
子の一部は液体表面へ飛び込んで液体へ戻る。これが凝縮である。蒸気となった分子が少な
い場合には凝縮する分子も少ないが,蒸発する分子が増加してくると凝縮する分種も増加し,
やがて液体からの分子の蒸発速度と蒸気からの分子の凝縮速度が等しくなって,見かけ上変
化は停止する。この状態は気液平衡状態であり,その蒸気の示す圧力を液体の蒸気圧といい,
液体の種類とその時の温度によって決まる値となる。蒸気圧と温度の関係を示した曲線が蒸
気圧曲線である。その一例を図1− 3に示した。
(b)沸点 一定圧力で加熱すると,蒸気圧は次第に増加しその圧力が外圧に等しくなった温度
で,液体の内部に気泡を生じ,激しく蒸気を発生する。これが沸騰であり,この温度を沸点
である。特に外気圧1atmにおける沸点を標準沸点という。水の標準沸点は100℃である。
図1− 3 蒸気圧の温度による変化
図 1-3か ら 分 か る よ う に 液 体 の 蒸 気 圧 は 温 度 と と も に 変 化 し ,蒸 気 圧 の 温 度 変 化 は
次の式で表される。
∆ Hvap
dP
=
dT T (Vg − V l )
(1・10)
Δ Hvap :液 体 の モ ル 蒸 発 熱 ,
V g :蒸 気 の モ ル 体 積
V l :液 体 の モ ル 体 積
こ の 関 係 を Clapeyron-Clausiusの 式 と 呼 ぶ 。 こ の 式 は ,液 体 と 蒸 気 の 間 だ け で な く ,
気 体 と 固 体 ,液 体 と 固 体 の 間 に も 成 立 す る .
一 般 に , V l は V g に 比 べ て 非 常 に 小 さ い の で こ れ を 省 略 で き る 。さ ら に , V g は ,理 想 気 体
の 式 を 適 用 し て V g = RT / P と 圧 力 の 関 数 に 変 換 で き る 。
dP ∆ Hvap
=
dT
TVg
dP ∆ Hvap P
=
(1・11)
dT
RT 2
さ ら に ,(1/ P )(d P /d T )=d(ln P )/d T の 関 係 が あ る の で ,
dlnP ∆Hvap
=
2
dT
RT
(1・12)
それほど広くない温度範囲で,蒸発熱は一定とみなせるので,式(1・12)は容易に積分でき下記
のようになる。
lnP = −
∆Hvap
RT
+C
C:積分定数
(1・13)
この式は,蒸気圧の対数を絶対温度の逆数に対してプロットすると直線が得られ,その傾きが
ΔHvapとなることが分かる。つまり,2つの温度における蒸気圧が分かるとΔHvapを計算できる。
<<例 題 >> ベンゼンの 蒸 気 圧 は ,40℃ で 183 mmHg,90℃ で 1021mmHgで あ る 。 ベンゼンの モ
ル 蒸 発 熱 お よ び 標 準 沸 点 (25℃ ,760mmHg)を 求 め よ 。
(C)液 体 の い ろ い ろ な 性 質 :液 体 は 気 体 に 比 べ て 固 体 に 近 い 性 質 が あ り ,分 子 間 力 は
固 体 に 近 い と 考 え ら れ る .分 子 間 力 に 関 係 し た 液 体 の 物 理 化 学 的 性 質 と し て は ,蒸 気
圧 ,蒸 発 熱 ,凝 縮 熱 が あ げ ら れ る .分 子 間 距 離 は 温 度 が 高 く な る と 大 き く な る の で ,密
度は小さくなる.
分 子 間 相 互 作 用 と 関 係 し た 液 体 の 性 質 に は ,表 面 張 力 と 粘 性 が あ げ ら れ る 。表 面 張
力 は ,液 体 内 部 に 存 在 す る 分 子 と 表 面 に 存 在 す る 分 子 に 働 く 力 の 差 に よ っ て 生 じ る
(図 1-4).内 部 に 存 在 す る 分 子 は 周 囲 か ら 均 等 に 力 を 受 け る が ,表 面 の 分 子 は ,溶 液 内
部の方向からのみの力を受けるため分子は内部に引き込まれ表面を縮ませる力が働
く .こ の 力 を 表 面 張 力 と い う .
表面
S
F
i
図 1− 4 液 体 内 部 と 表 面 で の 分 子 に 働 く 力
も し ,何 ら か の 力 に よ っ て 表 面 が 広 げ ら れ る な ら ,系 の エ ネ ル ギ ー (自 由 エ ネ ル ギ ー )
が 高 め ら れ る 。エ ネ ル ギ ー の 高 い 状 態 は 不 安 定 な の で ,液 体 は 表 面 積 を な る た け 小 さ
くしてエネルギーの低い状態をとろうとする。小さな液滴が球面を作ろうとする傾
向があるのはこのためである。
表 面 張 力 の 測 定 に は 図 1− 5(a)の よ う な 針 金 の 枠 を つ く り ,こ れ に 液 体 の 膜 を 張 ら
せ る と ,可 動 部 分 ABは 膜 を 縮 小 し よ う と す る 力 F に よ っ て 右 側 に 引 寄 せ ら れ る 。 そ
の 力 F 決 め る に は 可 動 棒 を 左 に 引 い て い き ,液 体 膜 が や ぶ れ る 瞬 間 ま で に 要 し た 力
を 計 測 す れ ば よ い 。 可 動 棒 の 長 さ ℓ に 接 す る 液 膜 は 表 裏 2面 あ る の で 2ℓ の 長 さ だ け
液面が接している。このとき次の関係が成り立つ。
F =2γ ℓ
( 1 ・14)
γ は 比 例 定 数 で ,[力 ]/[長 さ ](dyn/cm)ま た は [エ ネ ル ギ ー ]/[面 積 ] (Nm/m 2 = N/m) の
次元を持つ。これが表面張力と呼ばれる.
図 1− 5 液 体 の 表 面 張 力 の 測 定
水 や 溶 液 な ど の 表 面 張 力 は ,ガ ラ ス 製 の 毛 細 管 を 用 い て も 測 定 で き る 。 ガ ラ ス の 表
面 張 力 が 水 や 水 溶 液 の 表 面 張 力 よ り 大 き い こ と か ら ,図 1− 5(b)の よ う に 半 径 r の 毛
細 管 を 立 て て や る と ,毛 管 上 昇 が 起 こ っ て あ る 高 さ h ま で 液 体 は 昇 り つ め る 。 こ の と
き次の関係が成り立つことが知られている。
γ=
1
∆ρghr
2
( 1・15)
こ こ で Δ ρ は 液 相 と 気 相 の 密 度 差 で あ る が ,近 似 的 に 液 体 の 密 度 を 用 い る こ と が あ
る 。 g は 重 力 の 加 速 度 ( g =9.807m/s 2 )で あ る 。 r お よ び h を cm単 位 ,密 度 を g/cm 3 を 用 い
れ ば γ は dyn/cm(=mN/m)の 単 位 で 求 め ら れ る 。
次 に ,液 体 が あ る 圧 力 差 の あ る 場 に 置 か れ た と き の 流 動 を 考 え よ う 。液 体 に よ っ て
流れやすいものと流れにくいものがある。液体は流れに対して抵抗を示す。その性
質 を 粘 度 (viscosity, 通 常 η で 表 す )と い う 。
図 1− 6 2つ の 平 板 間 に 流 れ る 液 体 の 流 速 分 布
図 1− 6に 示 す よ う な 平 板 の 間 を 定 常 的 に 流 れ て い る 液 体 に つ い て 考 え る 。流 体 の y
方 向 へ の 移 動 速 度 v y は 平 板 か ら の 距 離 に 依 存 し ,平 板 間 の 中 央 で 最 大 に ,ま た そ れ ぞ
れ の 平 板 の と こ ろ で ゼ ロ に な っ て い る (図 中 の 矢 印 )。 v y は x の 関 数 で あ る 。 流 体 の
隣 り 合 っ た 層 は ,互 い に 違 っ た 速 度 で 流 れ て お り ,層 と 層 の 間 で は す べ り が 生 じ て い
る。このときすべり合う2つの層の間では摩擦抵抗の力を及ぼし合う。この流体内
部 の 摩 擦 が 粘 性 を 示 す 原 因 で あ る 。図 中 の 速 い ほ う の 流 体 側 (2の 側 )上 の 面 Aを ,遅 い
ほ う の 流 体 (1の 側 )が y 方 向 へ 移 動 す る と き に 生 じ る 摩 擦 力 を F y と す る と , F y は 接 触
す る 層 の 面 積 と 流 動 の 勾 配 速 度 dv y / dx に 比 例 す る こ と が 実 験 的 に 確 か め ら れ て い
る 。 こ の 流 体 の 粘 度 η は ,次 に 示 す よ う に 比 例 定 数 に 相 当 す る も の で あ る 。
Fy = −ηA
dv y
dx
( 1・16)
こ の 式 は Newtonの 粘 性 の 法 則 (Newton’s law of viscosity)と 呼 ば れ て い る 。 こ こ で
η は ,SI単 位 で は kg/(m·s) (= Pa·s) の 次 元 を 持 つ が ,し ば し ば ポ イ ズ [1 poise(P) =
1g/(cm·s); 1 P=0.1 Pa·s]で 表 さ れ る .ま た ,20℃ に お け る 水 の 粘 度 が 1 cP(セ ン チ ポ
イ ズ )で あ る こ と を 知 っ て お く と 良 い 。
液 体 の 粘 度 を 測 定 す る に は ,細 長 い 円 筒 に 詰 め ら れ た 液 体 の 中 へ ,半 径 が 正 確 に わ
か っ た 球 を 落 下 さ せ ,そ の 落 下 速 度 を 測 定 す る 落 球 法 や ,垂 直 に 立 て た 毛 細 管 の 中 を
一 定 体 積 の 液 体 が 流 下 す る 速 度 を 測 定 す る 毛 管 粘 度 計 (代 表 的 な も の が Ostwaldの 粘
度 計 )が あ る 。
Ostwaldの 粘 度 計 を 図 1− 7に 示 す 。体 積 V の 液 体 が 長 さ ℓ ,半 径 r の 毛 管 を Δ h の 落 差
(し た が っ て 圧 力 差 ρ g Δ h )の つ け ら れ た と こ ろ か ら 流 下 す る の に 時 間 t を 要 し た と
す る と ,粘 度 η は 次 式 で 求 め ら れ る 。
η=
πr 4ρgt∆h
8l V
( 1・17)
Ostwald粘 度 計 で は 右 側 の 液 溜 ま り に( 吸 い 上 げ て )保 持 し て い た 液 体 の メ ニ ス カ ス
が,標線1と2を通過する時間tを測定すればよい。同じ粘度計を用いて,粘度が
既 知 の 液 体 1( 密 度 ρ 1 ,流 下 時 間 t 1 と す る )を 基 準 に し て ,粘 度 未 知 の 液 体 2( 密
度 ρ 2) の 流 下 時 間 t 2を 測 定 す れ ば , 相 対 粘 度 η r を 次 の 式 か ら 求 め ら れ る 。
ηr =
η 2 ρ 2 t2
=
η1 ρ1t1
( 1・18)
液体,特に溶液の性質の研究に粘度測定が有力な手段となる。
< 問 題 > 水 の 3 0 ℃ に お け る 密 度 は 0.9957g/cmで 粘 度 は 0.7973cPで あ る . あ る
Osrwald粘 度 計 を 用 い て 水 10.0cm 3 の 流 下 時 間 を 計 っ た と こ ろ 96.2sで あ っ た 。同 じ 条
件 で 50% の エ タ ノ ー ル 水 溶 液 の 10.0cm 3 に つ い て 測 定 し た と こ ろ , 流 下 時 間 が 268s
で あ っ た 。 こ の エ タ ノ ー ル 水 溶 液 の 密 度 は 3 0 ℃ で 0.9058g/cmで あ っ た 。 こ の エ タ
ノール水溶液の粘度を求めよ。
1.3 固 体
固体を形成している原子,分子あるいはイオンが規則正しく3次元的に結合している場合を
結晶という。食塩のようなイオン結晶,ダイヤモンドのような共有結合結晶,更に金属結晶
などがある。これに対して,ガラスやプラスチックなどは,部分的には結晶構造を持ってい
ても,全体的には分子の配列状態が液体のように不規則になっている。このような固体を無
定型(アモルファス)物質という。
図 1− 8 固 体 状 態 の 分 子 図 ( 結 晶 , ア モ ル フ ァ ス , ガ ラ ス 体 )
1.3.1 融解と凝固
結晶性固体の温度を上げていくと,格子点の粒子の振動エネルギーが増加し,ある温度で結
晶格子が壊れて,分子がある程度動き回ることができるようになって液体となる。これが固
体の融解である。逆に温度を下げていくと液体分子の動きが止まって,結晶格子形成して固
体となることを凝固という。一定圧力のもとでは,固体と液体が共存して平衡にある温度は
物質の種類によって決まる一定値であり,これを固体の融点または液体の凝固点という。こ
の時の固体− 液体平衡の時の圧力は,その物質に加えられている圧力である。従って,圧力
と融点の関係がClapeyron-Clausiusの式で表現できる。融解の場合のClapeyron-Clausiusの
式は,ふつう蒸発の時とは逆の形で書かれる。
dT T (Vl − Vs )
=
∆Hfus
dP
( 1・19)
ここでΔHfusはモル融解熱を,Vl,Vsはそれぞれ液体,固体のモル体積である。
一般に,固体が融解するときの体積変化は小さいので,dT/dPも小さい。一般の化合物の多
くはVl>Vsなので,dT/dP>0となるが,水はVl<VsなのでdT/dP<0となる。つまり,一般の
化合物は,圧力を加えると融点は上がるけれど,水は逆に融点が下がることを意味している。
これは,スケートで氷の上をうまく滑れることと関係している.
【例題】 0℃における水,氷の密度はそれぞれ0.9998,0.9168g/cm3で,氷のモル融解熱は
6.008kJ/molである.圧力による体積変化はないものとして,外圧を1atm増加させることに融
点の変化はいくらか.
(解)
式(1・19)より温度変化を求めることが出来る.水1molは,18.02gであるので,密
度より水および氷の1molの体積は
Vl =18.02/0.9998 = 18.0236... cm3 = 18.02x10-6 m3
Vs =18.02/0.9168 = 19.6552... cm3 = 19.66x10-6 m3
圧力変化は1atmであるので
ΔP = 1atm = 1.013x105 Pa = 1.013x105 N/m2
dT T (Vl − Vs )
=
∆Hfus
dP
( 1・19)
∆T (297K)(18.02- 19.66)x10-6 m3/mol
=
∆P
6.0089kJ/mol
∆T =
(297K)(18.02- 19.66)x10-6 m3/mol
∆P
6.0089kJ/mol
(297K)(18.02- 19.66)x10-6 m3/mol
∆T =
x1.013x105N/m2
3
6.0089x10 N ⋅ m/mol
∆T = −0.00754781 K = − 0.00755 K
圧力が1atm増えると,氷の融点が0.00755K下がる.
体重50.0kgの人がスケート靴(歯は幅5mmx25cm)をはいて1本足で氷の上に立ったとする.
スケートの歯から氷にかかる圧力は,
ΔP=
50.0 kg X 9.80665 m/s2 / (5x10-3m x 25x10-2m)
= 392266 kg·m/(s2 m2)
= 392266 N/ m2 = 3.9 atm
ΔT = 0.00755x3.9 = 0.0294 K
氷の融点が約0.03K下がる事になる.
1.3.2 昇 華
固体も蒸気圧を示す。固体が液体を経ずに直接気体へ変化する現象を昇華という。逆に気体
から固体へ変化する現象も昇華という。液体と蒸気の平衡の場合と同様に,固体と蒸気の平
衡においても,その蒸気圧と温度の関係はClapeyron-Clasiusの式が使える。
∆ Hsub
dP
=
dT T (Vg − Vs )
( 1・20)
ここでΔHsubはモル昇華熱であり, Vsは固体のモル体積である。液体の場合と同様に固体の
モル体積は気体のモル体積に比べ非常に小さいので省略し,次式が得られる。
dlnP ∆Hsub
=
2
dT
RT
( 1・21)
さらに,2つの温度T1,T2における蒸気圧をP1,P2とすれば次式が得られる。
∆Hsub 1 1
P
( − )
log( 2 ) = −
P1
2.303⋅ R T 2 T1
( 1・22)
ナフタレン,樟脳および沃素などは常温でも高い蒸気圧をもつので,昇華の現象が見られ
る。二酸化炭素の固体(ドライアイス)は− 78.5℃で1 atmの蒸気圧を示す。このため,1 atm
で昇華現象を起こす。最近のインスタント食品は食品の鮮度を保つため凍結して氷の状態で
水を昇華させて乾燥する。これが凍結乾燥である。
1.4 状態図
物質の特性はP− v− Tの3変数によって決まる。これを図示するには3次元な図示法が必要と
なる。これを2次元的な平面で図示するため,この内の一つの変数を固定して,他の2変数の
関係を示した方法がとられる。このような物質系の状態変数間の関係を状態図という。また,
この図にはいくつかの相(Phase)を含むので相図(Phase Diagram)ともいう。図1− 9は温度を
パラメーターとして,圧力と体積との関係を示した二酸化炭素の等温線である。温度が323K
以上になると理想気体の挙動(Pv=RT)を示し,双曲線となる。低温ではこの関係がしだいにく
ずれてくる。273K(0℃)での等温線を考える。A点は気体のCO2であるが,圧力を上げB点に達
すると液化が始まり,C点に達するまで一定圧力のもとで液化が進み(気体が)全部液体となる。
B− Cの区間は気液が共存する区域である。温度が上昇していくとこの水平区域は短くなり,K
点ではBとC点が一致する。即ち,この点では気体と液体のモル体積は一致し,両者の区別が
つかなくなる。K点を臨界点(Critical Point)といい,その点の温度,圧力および体積を臨界
図1− 9 二酸化炭素の等温線
温度,臨界圧力および臨界体積,総称して臨界定数と呼ぶ。臨界定数以上になると気ー液間の
不連続的な変化がなく気体のみであり液体は存在し得ない。この様な状態を超臨界状態と言
い,超臨界状態の物質を超臨界流体と呼ぶ.超臨界状態の物質の性質(密度や物質の溶解性)
は,圧力(または温度)を変化させることにより変化させることが出来ることから,物質の
分離や材料調製など種々の応用が行われている.
図1− 10は水のP− T状態図で,気相(G),液相(L)および固相(S)の3相が示されている。各相
の性質(物性)を決めるためには縦− 横軸の値,PとTを指定する必要がある。これを自由度が2
であるという。曲線OAは気− 液平衡曲線,曲線COは固− 液平衡曲線,曲線OBは気− 固平衡曲
線と呼び,それぞれの2相が共存している圧力と温度の関係を示し,蒸発曲線,融解曲線およ
び昇華曲線と呼ぶ。この曲線上では温度又は圧力の何れかが決まるとその性質(物性)は決ま
り,自由度は1となる。尚,Aは臨界点であり,Oは気− 液− 固の3相が共存しており,この点
を3重点といい,温度と圧力は必然的に決まる自由度0の点である。
図1− 10 水の状態図
1.5 状態変化とエネルギーー
物質の状態変化とエネルギーーとの関係を図1− 11に示す。今,温度,T1にある固体を定圧の
もとで加熱すると,熱が吸収されて温度が上昇する。これが固体の顕熱である。T2に達する
と固体が融け始め,更に加熱しても温度は上昇せず固体が完全に融解してしまうまで温度は
一定に保たれる。この温度はこの固体の融点であり,この熱が融解潜熱または融解熱〔J/g〕
である。加熱を続けて固体が完全に融けてしまうと再び温度が上昇し始める。T3に達すると
液体は沸騰し始め,液体が完全に蒸気へ変わってしまうまで温度は一定に保たれる。この熱
が蒸発潜熱または蒸発熱という。T3以上になると全て蒸気となって,加熱を続けると再び温
度が上昇する。したって,温度,TKにおける物質の総熱量は
総熱量(エンタルピー変化)=Σ(総顕熱)+Σ(総潜熱)
(1・23)
図1− 11 物質の状態変化と熱量
1.5 溶 液
均一な液体混合物,すなわち,液体に気体,液体あるいは固体を溶かして均一な相になって
いる場合を溶液という。この場合液体(多量に存在する物質)を溶媒,溶けている物質(少量存
在する物質)を溶質という。
1.5.1 溶液の濃度
溶液中の溶質の量を表すのが濃度であり,色々な表現法がある。
(a)重量パーセント(wt%) 溶液の体質量当たりの溶質に質量をパーセントで表したもの。
重量パーセント(wt%)=(溶質の質量/溶液の質量)x100
この他に,ppm(part per million)=(1/106)(百万分の1)や ppb (part per billion)=(1/109)(10
億分の1)等がある。
(b)体積パーセント (vol%) 混合前の体積の割合で表される
(c)重量モル濃度 (m):単位質量当たり(1kg)の溶媒に溶解している溶質のモル数。単位は
〔mol/kg〕.
(d)容量モル濃度 (M): 単位体積当たりの溶液(1dm3=1ℓ )に溶解している溶質のモル数。単
位は〔mol/dm3〕
(e)規定度 N: 溶液1dm3に溶解した溶質のグラム等量数。中和反応でよく用いられる。
(f)モル分率:ある成分のモル数を全成分の総モル数で割ったもの。
<問題>
20℃でメタノール25.0cm3と水75cm3を混合してメタノール水溶液をつくった。
この溶液の濃度を,(a)体積分率,(b)重量分率,(c)モル分率,(d)重量モル濃度,(e)容量
モル濃度で表せ。ただし,20℃でのメタノール,水,およびこの溶液の密度は,それぞれ0.7913,
0.9982,0.9652g/cm3である。
1.5.2 溶解度
一定温度,圧力のもとで溶質を溶媒に溶かす場合,ある値以上溶けない状態になった溶液を
飽和溶液といい,この時の溶質の量を溶解度という。溶液を冷却して温度を下げて溶質を析
出させることを晶出あるいは晶析という。
(a)固体の溶解度 固体の溶解度は一般に温度が上昇するにつれて増加する。高温にある溶液
を冷却して温度を下げると溶解度の差に相当する量の溶質が析出する。この方法によって固
体物質を精製することが出来る。この操作を再結晶といい,工業的には晶析操作といって固
体の精製に広く使用されている。
(b)液体の溶解度 水とエタノールは良く溶け合うが,水と油は殆ど溶け合わない。水のエーテル
は互いに少量の間は解け合うが,多量になると互いにある程度溶けて2相に分離する。このよ
うに液体相互の溶解度は複雑である。
(c)気体の溶解度 液体に対する気体の溶解度は物質によって大きく変化する。
溶解度が小さい場合には,溶解度(溶液中の溶質のモル分率,x)は溶液表面における気体の
分圧に比例する(Henryの法則)
(1・24)
x=Hp
HをHenry定数といい,温度によって変化する。
溶媒と溶質が反応する場合にはこの法則は成立しない。
1.5.3 (希薄)溶液の束一性
溶液には純粋な溶媒とは異なった性質が見られる。特に溶質の濃度が極度の希薄溶液にな
ると,その性質は溶質の種類によらず,溶けている溶質の物質量(mol数)によって決まる。こ
の性質を束一的性質という。
溶液の束一的性質として,蒸気圧降下,沸点上昇,凝固点降下,浸透圧等が挙げられる。
(a)蒸気圧降下
溶液を構成している溶媒の蒸気圧は純粋な溶媒の蒸気圧より低くなる。その溶媒の蒸気圧は,
溶液中の溶媒のモル分率,xに比例する。
p=xP
(1・25)
Pは純粋溶媒の蒸気圧である。この関係はRaoultの法則といい,この法則が成立する溶液を理
想溶液という。任意の温度における純溶媒と溶液中の溶媒の蒸気圧差,△pは
△p=P− xsP=(1− xs)P=(Ms/1000)mAP
(1・26)
となる。ここで,Ms:溶媒の分子量,mA:溶質の重量モル濃度
蒸気圧降下は溶質の重量モル濃度に比例する。
(b)沸点上昇
純溶媒と溶液を構成している溶媒の蒸気圧差は式(1・26)で示されており,
p<Pである。溶媒と溶液の蒸気圧と温度の関係は図1− 12の実線と点線で示される。液体の標
準沸点は,蒸気圧,p=1.0atmとなる温度であるから,溶液の沸点は純粋溶液の沸点より△Tb
上昇する。希薄溶液(理想溶液的な挙動をする)においては,沸点上昇度,△Tbは溶液に溶け
ている溶質の重量モル濃度,mに比例する。
△Tb=Kbm
(1・27)
比例定数Kbは溶媒の固有な定数で,モル沸点上昇定数いう。溶媒について,Kb〔K/(mol/kg)〕
の値を表1− 1に示した。希薄溶液の沸点上昇を測定して,溶質の分子量を求めることができ
る。いま,1kgの溶媒に分子量Mの溶質wgを溶かした溶液の沸点上昇度が△Tbであるとすれば,
△Tb=(w/M)Kb より,M=Kb(w/△Tb)
図1− 12 溶液の沸点上昇と凝固点降下
(1・28)
図1-13 沸点上昇の測定装置
表1− 1 モル沸点上昇とモル凝固点降下
希薄溶液の沸点上昇はわずかであるので,その温度の測定には特別な方法が必要である。こ
のために考えられた温度計がBeckmann温度計である。沸点上昇において必要なのは,精密な
温度差であり,絶対的な沸点の値ではない。そこでBeckmann温度計は,目盛りが1/100度で,
6度ぐらいの温度変化を測定できるように,水銀量を適当に調節出来るようにしてある。沸
点上昇を測定する装置の例を図1-13に示す。
(c)凝固点降下
溶液を冷却すると,温度が減少してある温度になると溶媒が固体になる。この温度を凝固点
という。溶液の凝固点は純溶媒の凝固点より低い。この凝固点の差を凝固点降下,△Tfとい
い,△Tfも溶液中の溶質の重量モル濃度mに比例する。
△Tf=Kfm
(1・29)
Kfをモル凝固点降下といい,溶媒によって異なる値となり,表1− 1に示す。
凝固点降下は小さく,沸点上昇の時と同様に温度変化の測定にBeckmann温度計が使われる。
図1-15
図1-14 凝固点降下の測定装置
溶媒と溶液の冷却曲線と
凝固点降下の決め方
凝固点測定装置の例と,測定結果の例を図1-14と図1-15に示す。図1-15において溶媒の凝固
点以後の冷却曲線は水平であるが,溶液の場合は,水平でなく時間と共に低下している。こ
れは溶媒固体の析出とともに液相の溶質濃度が上昇し,漸次凝固点が低下することによる。
溶液の凝固点は,冷却曲線を,図に示すように直線edからfへ向けて補外すれば求められる。
この凝固点降下を利用して冬季の道路の凍結防止にCaCl2やNaClが用いられる。エンジン用冷
却水の不凍液は水にエチレングリコールを混入させた液である。
沸点上昇度(モル沸点上昇)と凝固点降下度(モル凝固点)は溶媒によって異なる。
(d)浸透圧
溶媒分子は通すが,溶質分子は通さないような膜を半透膜という。動物の膀胱や細胞膜は半
透膜の性質を持ち,人工的にはセロファン,フェロシアン化銅の沈殿膜等がその性質を持つ。
図1− 16のように半透膜によって溶媒と溶液を隔てておくと,溶媒だけが半透膜を通って溶液
中へ拡散する。この現象を浸透という。この溶媒の浸透を阻止して,溶媒の流れを止めるた
めには,溶液の方に余分の圧力を加える必要がある。この圧力を浸透圧という。浸透圧,π
とすると,理想気体の状態方程式と類似の次式が成立する。この式をvan't Hoffの法則とい
う。
πV=nRT=(w/M)RT
(1・30)
nは溶質のモル数,Vは溶液の体積,Rは気体定数である。
溶液と溶媒を半透膜によって隔てておき,液の方へ余分の圧力をかけると,溶媒の浸透が停
止する。この時溶液に加える圧力がその浸透圧に等しくなる。溶液に浸透圧以上の圧力を加
えると,溶液から溶媒の方へ溶媒が浸透し,溶液の濃度を高くすることができる。この操作
を逆浸透法といい,海水の淡水化や廃水処理その他に広く利用されている。この操作の半透
膜として酢酸セルロースやナイロンなどが使用され,強度を保ち,膜面積を広くする工夫が
こらされている。
図1− 16 溶液の浸透圧
1.6 変化の進行と平衡状態
1.6.1 相平衡
ある濃度にエタノール水溶液にある種の
油を加えて振り混ぜて,図1-17のようにピ
ストン付きの容器に入れて,温度T,圧力
Pに保つったところ,Ⅰ∼Ⅳの4種類の相
を形成して平衡状態となった。Ⅰ相にはエ
タノールのほか油もわずかに溶けている.
ⅡとⅢの主成分は油であるが,水とエタノ
ールがわずかに溶けている。気相Ⅳは3種
類の混合物気体である。これは3成分4相
系であるとも言う。各相の間には界面があ
図1-17
3成分4相系の状態
る。界面を通して各成分は相の間で出入り
しているが,見かけ上変化が停まったように見える。
相平衡の状態を下記のように示す。ここで,水をW,エタノールをEt,油をOで表して
いる。
この平衡状態は,温度,圧力および成分の量を変えることにより,相の数,各相の質量お
よび組成がかわってくる。いくつかの相が共存して平衡を保つとき,系の平衡状態は,温度,
圧力,組成などにより決められる。相の状態が決定される条件の数を自由度といい,次式で
表される。
f=c–p+2
(1・31)
ここでcは成分の数,pは相の数である.1成分の場合で相が1つの時(例えば気相)は,
f=2で,相の状態は温度Tと圧力Pの両方によって決る。相が2つの時(例えば気相と液
相の平衡),f=1で,温度を決めれば圧力はある値が決ってくる。相が3つの時(例えば
水の三重点)では温度も圧力もある値が決ってしまう。
1.6.2 気相-液相平衡
成分1と成分2が溶解している理想的な溶液について気相と液相の平衡について考える。
この溶液と平衡にある気相の全蒸気圧,P, は、それぞれの成分の蒸気圧(p1,p2)と分圧の法則
より次の関係がある。
p1 = p1*x1 = p1*(1–x2), p2 = p2*x2
P = p1 + p2 = p1* + (p2*–p1)x2
(1・32)
ここで,x1,x2 は溶液中の各成分のモル分率,p1,p2は気相中の各分圧,p1*,p2* は各成分の
純液体の同じ温度での蒸気圧である。
気相と液相の組成関係は,
g
x2
x 1g
*
=(
p2
p1*
)(
x2
x1
)
(1・33)
ここでx1g,x2g は気相中の各成分のモル分率である。
この式を利用すると,ある温度での溶液の組
成と全蒸気圧および気相の組成の関係が得ら
れる。ほぼ理想溶液とみなされるトルエンと
ベンゼンの混合溶液の組成− 圧力図を図1−
18に示す。この図の上の曲線は液相の組成
と圧力の関係を,下の曲線は気相の組成と圧
力の関係を示し,それぞれ液相線,気相線と
呼ばれる.液相線より高い圧力の領域では液
相(L)のみ,気相線より低い圧力の領域では気
相(G)のみが存在し,2つの曲線で囲まれた領
域では気相と液相が共存する.ある圧力で共
存する液相および気相の組成は,その圧力で
引いた水平線が液相および気相線と交わる点
図1-18 トルエン-ベンゼン系の
組成− 圧力図(20℃)
の座標(図中のaとbの線がそれぞれ液相と
気相のベンゼンのモル分率)により与えられる。純液体の蒸気圧の高いベンゼンが気相に濃
縮されることが分かる。
全蒸気圧が1atmになる温度(沸点)と組成の関
係についてみる。与えられた組成で式(1・32)でP
が1atmとなるp1*とp2*の温度を求める。組成と温
度の関係を示す図を沸点図という。トルエンとベ
ンゼンの混合溶液の沸点図を図1-19に示す。下
の曲線は液相の組成と沸点,上の曲線は気相の組
成と沸点の関係を示し,それぞれ液相線(沸騰線),
気相線(凝縮線)と呼ばれている。
いま図1-19のx2の組成の溶液を大気圧下で加熱
すると点aの温度で沸騰する.その時の上記の組
成はbの組成のx2gである。蒸気中の組成はベンゼ
ンの割合が高く,残液中はトルエンの濃度が高く
図1-19 トルエン-ベンゼン系の
沸点図
なり,それに伴って沸点は高くなる。bの点の蒸気を冷却して液化させると組成a’の組成と
なりそれを沸騰させると蒸気の組成はb’となり,さらにベンゼンの組成が高くなる。これを
繰り返すことによりベンゼンとトルエンを分けることが出来る。これが分別蒸留または分溜
の原理である。この蒸留操作に用いられるのが分留管や分留塔である。分溜した組成と,仕
込んだ原液の組成を比較することにより,理論上の蒸留の繰り返し回数を計算できる。この
回数を使った分留管や分留塔の理論段数と呼ぶ。
理想溶液から著しくずれた例を図1-20,1-21に示す.これは沸点に極大点や極小点が存在
し,液相線と気相線が接しており気相と液相の組成が等しい。この様な溶液は組成の変化な
しに蒸留される。この様な混合物を共沸混合物という。共沸混合物を作る混合物は蒸留を繰
り返しても両成分を完全に分離することは出来ない。共沸混合物の例を表1-2に示す.共沸混
合物の利用例として,水を含んだ高沸点の物質にエタノールを加えて蒸留を行う事を繰り返
すことにより,水を除くことが出来る。
図1-20
図1-21
表1-2
1.6.3
液相-気相平衡
水にエチルエーテルを加えていくと,はじめは
溶けて1相であるが,エチルエーテルがある量以
上になると2つの液相に分離する。これを相分離
という。この2相の溶液の上層はエチルエーテル
に水が少量溶けたもの,下層は水にエチルエーテ
ルが少量とケタものである。これらの2相の溶解
度を,その系のその温度圧力における相互溶解度
という。2つの液相の組成をその温度とプロット
したものを相互溶解度曲線という。フェノールと
水の系の温度-組成図を図1-22に示す。ある温
度で引いた水平線が相互溶解度曲線と交わる2
図1-22 フェノール-水系の
温度-組成図
点のx座標が分離した各相の組成である。
図1-23 ジプロピルアミン-水系の
温度-組成図
1.6.3
図1-24 水-ニコチン系の温度-組成
図
固相-気相平衡
固相と液相の平衡を温度と組成の関係で表したものを融点図と呼ぶ。2成分が固相で完全に
溶け合う時(固溶体と呼ぶ)の固相-液相の成分と温度の関係を図1-25に示す。下の曲線
は固相の組成と融点の関係を表し,固相線(融解曲線)と呼ぶ。上の曲線は液相の組成と凝
固点の関係を表し,液相線(凝固曲線)と呼ぶ。この2つの曲線に囲まれた領域では固相と
液相が共存する。
図1-25
Au− Ptの融点図
この様な相図を示す混合物の冷却を考えてみる。図1-25の点Pの液体を冷却して点aに達
すると固溶体が析出し始める。固溶体の組成は,その温度で引いた水平線が固相線と交わる
a’のx座標で与えられる。さらに冷却すると,液相の組成は液相線に沿ってa→bの方向
に,析出する固溶体の組成は固相線に沿ってa’→b’の方向に変化する。
融液から析出する固溶体の組成は,高融点成分に富むので,最初に析出した部分をさらに
融解しまた冷却するという操作を繰り返すと,析出する固体の純度は高くなる。この原理で
固体の精製を行う方法を帯域融解法という。半導体に使われるシリコンウエハーの精製にも
使われている。
3.6 化学反応とエネルギーー
3.6.1 化学反応式
単独あるいは2種以上の物質間で変化を起こし,別の物質になるなることが化学変化(化学反
応)であって,これは分子を作っている原子結合の組み替えである。化学反応が起こっても,
物質の全質量は変化しないという質量保存の法則が成立する。化学反応式は,この質量保存
則に基づいて反応物質(原系)と生成物質(生成系)の間の関係を簡潔に表したものである。例
えば,アンモニア合成反応は,
N2 + 3H2 = 2NH3
1モルの窒素と3モルの水素が反応して2モルのアンモニアが生成することを示している。原系の反
応物の全モル数と生成系の生成物の全モル数は等しくないが,原系の全質量とは常に等しく
なる。また,反応の前後で原子の数は等しくなる.
3.6.2 反応熱
物質が化学変化するとき,熱の発生や吸収を伴う。この値は化学反応の際,現系と生成系の
もっているエネルギーー差が反応熱として放出あるいは吸収されるもので,前者を発熱反応,
後者を吸熱反応という。反応熱を化学反応式に併記したものを熱化学反応式といい,反応に
あずかる物質の状態を併記する。
H2(g)+(1/2)O2(g)=H2O(l)+258.8kJ
気体状態の水素,1モルと気体状態の酸素(1/2)モルが反応して液体状態の水1モルを生成する
ときに258.8kJの熱を放出することを示している。+が発熱,− が吸熱反応を示す。それぞれ
の物質の持っているエネルギーーはその状態(温度,圧力および集合状態)で異なる。したがっ
て,反応熱は反応温度によって異なる。温度25℃,圧力1.0barにおける反応熱を標準反応熱と
いう。特に1モルの炭化水素が酸素と反応して完全に燃焼した場合の反応熱(発熱反応)を燃焼
熱という。各種の物質について標準燃焼熱と標準生成熱が測定されている.
標準燃焼熱:25℃において物質1molが完全燃焼した際の反応熱
標準生成熱:25℃において元素から物質1molが生成する際の反応熱
未知の化学反応の反応熱は,標準反応熱を用いてHessの法則によって求められる.
Hessの法則は,化学変化の前後において出入りする熱量の総和は一定であって,途中の反応経
路に関係しないことを示すものである.
以下に炭素,水素,メタンの燃焼熱からメタンの生成熱の計算を示す.
C(s) + O2(g) = CO2(g) + 393.kJ
(a)
H2 + 1/2O2 = H2O(l) + 285.8 kJ
(b)
CH4(g) + 2O2(g) = CO2(g) + 2H2O(l) + 890.4 kJ (c)
式(1) + 式(2) –式(3)を行なうと
C(s) + 2H2(g) = CH4(g) + 74.7 kJ
3.6.3 比熱
物質の温度が変化すると物質の持つエネルギーーが変化する。一定圧力において保持するエ
ネルギーーをエンタルピー,Hといい,一定圧力で温度が変化した場合の1モルに物質の持つエ
ネルギーーの変化率を定圧モル比熱,Cpという。
Cp=(dH/dT)p
J/(K・mol)
(3.17)
容積一定にいおいて保持するエネルギーーを内部エネルギーー,Uといい,容積一定で温度が変
化した場合の1モルの物質の持つエネルギーー変化率を定容モル比熱,Cvという。
Cv=(dU/dT)v
J/(K・mol)
(3.18)
従って,一定圧力で温度が△T(K)変化した場合の物質の持つエネルギーーは
△H=H(T+△T)− H(T)=∫CpdT
(3.19)
△U=U(T+△T)− U(T)=∫CvdT
(3.20)
H(T+△T)=H(T)+∫CpdT
(3.21)
U(T+△T)=U(T)+∫CvdT
(3.22)
で与えられる。
3.6.4 反応速度
金属の腐食のように非常にゆっくり進む反応から,プロパンガスの爆発のように極端に速い
速度で進む反応まで,反応速度は種類や反応条件によって大きく変化する。この変化に関す
る研究が反応速度論で,反応機構の解明に役立てようとするものである。また,工学的には,
目的とする物質の生産に必要な反応器の大きさの決定に反応速度を利用する。
(a) 反応速度
aA + bB ⇨ rR + sS
(3.23)
についての反応速度は,単位体積当たり,単位時間当たりの物質の変化量で表される。いま
成分Aについて考えると,反応物質は時間的に減少するから− dCA/dt
(=− rA)で表され,生成物質Rについては,時間的に増加するから− dCR/dt
(=rR)で表される.これらの量的関係は化学反応式の量論係数a,b,r,sを用いて次のように表
される.
–rA/a = – rB/b = rs/s = rS/s
(3.25)
このことから反応速度を表すには成分を指定する必要がある.
反応速度は関係成分の濃度と温度等に関係し,一般的には次式で表される。
–rA = –dCA/dt = kCAmCBn
(3.26)
kは温度のみの関数で反応速度定数という。指数m,nを反応次数といい,Aについてm次,Bにつ
いてn次,全体として(m+n)次という。この次数は量論係数a,bと一致することは少なく実験的
に決めなければならない。
最も簡単な反応速度として,次式の1次反応または2次反応がある。
–dCA/dt=kCA
(3.27)
–dCA/dt=kCA2
(3.28)
(3.27)および(3.28)を変形する(積分する)と次式が得られる。
ln(CA/CA0)= –kt
(3.29)
(1/CA)− (1/CA0)=kt
(3.30)
この関係から,任意の反応時間における濃度は初濃度と反応速度定数によって決まることが
わかる。この関係から,反応速度定数を実験的に求めることができる。
反応物濃度が初濃度の50%になる時間を半減期(half life)という。一次反応の半減期は,
t(1/2)=ln2/k
(3.31)
2次反応の半減期は,
t(1/2)=1/kCA0
(3.32)
(b) 反応速度と温度
一般的には,反応速度は温度とともに上昇する。反応速度定数と温度との関係は次の
Arrhenius(アレニウス)の式で表される。
k=Aexp(–E/RT)
(3.33)
A:頻度因子
E:活性化エネルギーー
通常の反応ではE=40kJ/mol程度であり,室温程度で温度が10℃上昇すると反応速度定数は約2
倍となる。Eが小さくなると,温度変化に伴う反応速度の変化は小さくなる。
(c)触媒
それ自体は変化せずに反応速度を大きく変化させる物質が触媒である。触媒は反応の活性化
エネルギーーを変化させる働きを持っている。Eを減少させる(速度を速める)触媒を(正)触媒,
Eを増加させる(速度を遅くする)働きを持つ触媒を負触媒という。
4.6.5 化学平衡
(a)可逆反応と化学平衡
一般に化学反応は一方向だけへ進行するものではなく,条件によって逆方向へも進行するこ
とができる。このように反応が正逆両方向へ進むことのできる反応を可逆反応という。この
可逆反応は,ある反応条件(温度および圧力)によっては,ある程度変化が進行し,それ以上
は進行せず反応が見かけ上停止した状態となる。この時,正方向の速度と逆方向の速度が等
しくなる。この状態を化学平衡状態に達したという。理論的には全ての反応は可逆反応であ
る。
(b)質量作用の法則
一定温度,圧力のもとでは平衡にある物質の濃度間には一定の関係がある。
化学反応 aA+bB=rR+sS
が平衡状態にあるとき,各成分の濃度[A]の間には
K=[R]r・[S]s/{[A]a・[B]b}
(3.34)
が成立する。この関係を質量作用の法則といい,Kを平衡定数という。
Kは温度の関数であり,次式で表される。
K=exp(–△G0/RT)
(3.35)
△G0は反応の標準自由エネルギーー変化であり,次式で求められる
△G0=rGR0+sGS0− (aGA0+bGB0)
(3.36)
△G0=△H0–T△S0を代入すると
ln(K)= –△H0/RT+△S0/R
(3.37)
吸熱反応の場合:△H0>0 Kは温度ともに増加する
発熱反応の場合:△H0<0 Kは温度ともに減少する。
触媒の存在は,反応熱や反応エンタルピーは無関係であるから,平衡の位置を変えない。
(c)化学平衡の移動
温度,圧力あるいは濃度(状態)を変えると平衡からずれ,反応が正逆いずれかの方向に進
行してやがて新しい平衡に到達する。この時の移動を定量的に説明するのがLe Chatelier(ル
シャトリエ)の法則である。これは,平衡において反応条件を変えると,その変化をうち消す
方向へ平衡が移動するというものである。
(1)濃度の効果− 平衡にある系にある物質を添加すると,その物質の濃度を少なくする方向へ
反応が進んで新しい平衡へ達する。反応物を添加すると正方向の反応が進み,生成物を添加
すると逆方向の反応が進む。
(2)温度の効果− 平衡にある系に熱を加えるとそれをうち消す方向へ反応が進行する。発熱反
応の場合には反応が逆方向へ進行し,吸熱反応の場合には反応は正方向へ進んで新しい平衡
へ到達する。
(3)圧力の効果− 圧力を加えるとそれをうち消す方向へ変化が進行する。モル数が増加する反
応では,反応は逆方向へ進行する。モル数が減少する反応では,逆方向の反応が進行する。
モル数が変化しない反応では,圧力を変化しても平衡状態は変化しない。
アンモニア合成反応は
N2+3H2=2NH3
△H<0
で表される。
この反応は反応の進行に伴ってモル数が減少する(△n=2− (1+3)=− 2)発熱反応である。
この反応は,平衡状態における生成物量(NH3)は高圧ほど,低温ほど大きくなる。しかしな
がら,温度を下げると反応速度が遅くなって生産性が低下する。そこで低温反応で反応速度
を増加するため触媒の開発が進められた。現在の工業的操作条件は次の通りである。温度:400
∼500℃,圧力:80∼200atm,触媒:酸化鉄Fe3O4+Al2O3,K2O