日米におけるイールドスプレッドの景気先行性

(社)日本リサーチ総合研究所
Volume 7
2002.7. 17
リサーチ総研 金融・経済レポート
日米におけるイールドスプレッドの景気
先行性について
研究員:藤原 裕之
Tel:03-3581-9555
[email protected]
要旨
・ イールドスプレッドの動きは、先行きの景気動向や期待インフレ率などに関する有益な情報
を内包しているとの見方から、これまでも多くの投資家やエコノミスト、政策担当者等から
注目されてきた。
・ 特に、欧米ではイールドスプレッドに対する関心が高く、早くから多くの実証研究が試みら
れており、先行きのインフレ率や景気に対して高い予測性を有するとの報告も数多く提出さ
れている。
・ 一方、わが国ではイールドスプレッドの研究が欧米ほど活発に行われてこなかったが、昨今
の国債残高の急増とともに国債利回りへの関心と重要性は高まっている。
・ そこで本稿では、日米を対象にイールドスプレッドによる先行きの景気予測性について比較
検証行った。同時に、株価やマネーサプライ、景気先行指数についても同様の分析を試みた。
・ 推計の結果、先行きの「景気後退」に対しては日米ともにイールドスプレッドが何らかの情
報有意性を持つことが確認された。株価など他の変数と比較した場合、米国ではイールドス
プレッドが最も高い有用性を持つことが確認されたが、日本については株価や景気先行指数
がイールドスプレッドに比べてより高い有用性を示した。
・ 「鉱工業生産指数」に対する推計では、米国は 3∼9 ヶ月の予測期間において景気先行指数が
最も高い有用性を示したが、予測期間 12 ヶ月ではイールドスプレッドに最も高い有用性を認
めることができた。一方、日本については景気先行指数と株価に有用性が認められたものの、
イールドスプレッドについては有意な結果が得られなかった(ただし 97 年までのサンプル期
間による推計では一部で有意な数値が検出された)。
・ 総じてみると、米国についてはイールドスプレッドが先行きの景気に対して十分な予測性を
持つことが示されたが、日本については「景気後退」に対する有用性は認められたものの全
体としては米国ほどの十分な説得性を得ることが出来なかった。
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はじめに
一般に国債利回りの中には金融政策のスタンスや資金需給の動向、国の信用力、先行きの景気
動向やインフレ率などに関する有用な情報が内包されているとされる。中でもイールドスプレッ
ドの動きは、将来の景気予測やインフレの把握に有用であるとしてこれまでも投資家から企業、
エコノミスト、政策関係者など各方面から注目されてきた。
特に欧米ではイールドスプレッドに関する注目度が高く、早くから多くの実証研究が試みられ
ており、先行きのインフレ率や景気に対して高い予測性を有するとの報告も数多く提出されてい
る。一方、我が国では長期金利を形成する国債市場の発達が遅れてきたこともあり、イールドス
プレッドに関する研究は欧米ほど活発に行われてこなかった感がある。しかし周知のように、現
在我が国の財政バランスは急速に悪化の方向にあり、これに伴って国債の発行残高も急増を見せ
ていることから、わが国経済における長期金利の重要性は以前にも増して高まる方向にある。昨
年 12 月に景気動向指数の先行系列にイールドスプレッド(併せて株価も)が採用されるようにな
ったのもこうした動きを反映したものとみられる。
そこで今回の「金融経済レポート」では、イールドスプレッドの先行きの景気予測性について、
日米を対象に比較分析を試みた。実証分析では、イールドスプレッドが先行きの「景気後退」と
「鉱工業生産指数」に対してどれだけの有意性を持つかについて株価や景気先行指数などと併せ
て検証を行った。
1.イールドスプレッドと実体経済の関連性
まずはじめに、金利の機能や決定理論等を用いながら、イールドスプレッドが景気先行性を持
つ理論的背景を探ることにする。
(1)金利の機能と理論構造
①金利決定の理論
金利の決定メカニズムを説明するものとしては、主に以下の2つの理論アプローチがある。
貸付資金説(古典派的アプローチ)
貸付資金説(Loanable funds theory)は、金利がモノやサービスの動きにかかわる経済の実物
部門の動きによって影響を受けることから、「一定期間内における貸付資金に対する需要と供給
が均衡する水準に決定される」、とするものである。こうした実物要因を重視する考えにより、金
利は資金移転に際して実物部門の収益性に応じて資金配分を行うシグナルであると解釈すること
ができる。こうしたアプローチは学説史的には古典派的理論に属するものとされる。
流動性選好説(ケインズ的アプローチ)
上記の貸付資金説が経済の実物面に焦点を当てたものであるのに対し、流動性選好説
(Liquidity preference theory)は、金融資産である債券と通貨に着目したアプローチである。こ
れによると、金利は「流動性をある期間手放すことの対価」と見なされる。これを単純化するた
め、流動資産である通貨と金利が付される債券の 2 種類の金融資産を考えた場合、債券と通貨の
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価値を等しくするには(相対的に)流動性の低い分だけ債券に金利が付されなくてはならない。
つまり、債券の金利は通貨と比較して流動性が低いことに対する対価(流動性プレミアム)であ
るとするのがこのアプローチの骨子とされる。この理論はケインズによって導入されたものであ
り、代表的なマクロ経済理論である IS−LM 理論の中に取り入れられている。
②両理論から得られること
上記2つの理論によると、景気が上昇した場合、両理論とも金利が上昇するという結果が導か
れる。貸付資金説では、投資資金の増加によって需要曲線の右上シフトが起こり、資金需給がタ
イトになって金利は上昇する。一方、流動性選好説では、通貨の取引需要の増加によって債券を
売却する(現金を入手するため)ことから、金利は上昇(債券価格の下落)する。このように、
両理論とも考えるプロセスは異なるものの、本質的には同じことを意味しているものと捉えられ
よう。
(2)イールドスプレッドが有する情報価値
上記でみた金利の決定理論を踏まえ、以下では金利の期間構造理論を通じてイールドスプレッ
ドと実体経済との関連性について示すことにする。
①代表的な金利の期間構造理論
純粋期待理論
金利の期間構造理論の中で一般的に知られているものの一つが期待理論(Expectation theory)
である。期待理論とは、主として長期金利がそれぞれの期間時点で予想される短期金利によって
決定されるという考えであり、中でも「純粋期待理論(Pure expectation theory)
」は市場で観察
される長期金利が将来の短期金利に関する期待によって完全に説明されるとするものである。や
や極端な想定ではあるが、3 年物の金利には 3 年後に予想される短期金利が反映されていると解
釈することが出来る。この理論に従うと、将来における短期金利(期待値)が上昇すると予想さ
れればイールドカーブは右上がりとなり、逆に将来の短期金利が低下すると予想される時には右
下がりの逆イールドになることが示される。
フィッシャー理論
イールドスプレッドが将来のインフレ予測指標として注目される背景として、米経済学者であ
るアービング・フィッシャーによって提唱されたフィッシャー理論(1930)がある。
フィッシャー理論によると、名目金利水準は期待インフレ率と実質金利水準から構成され、名
目金利とインフレ率は正の相関関係で動くとするものである。長期においては実質金利は一定で
あり、期待インフレ率は現実のインフレ率に等しくなるように調整されるため、名目金利はイン
フレ率の上昇とともに上昇する。名目金利はマーケットで観測される金利(通貨で測られた金利)
であり、実質金利は通貨の購買力を調整した金利(財で測られた金利)ということになる。これ
に従うと(1)式のように、名目金利の動きから市場の期待インフレ率を抽出することが可能と
なる。
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Etπt = it−rrt(1)
Etπt:期待インフレ率
it:名目金利
rrt:実質金利
ここで、純粋期待理論の考えを「名目金利=実質金利+期待インフレ率」というフィッシャー
理論に明示的に取り入れると、将来のインフレ率の期待値が長期金利に含まれることが導かれる。
つまり、長期金利が将来の短期金利とインフレ率に関する期待によって説明されることになる。
従って、実質金利が長期的に一定(あるいは、実質金利のイールドカーブの傾きが一定)である
なら、イールドスプレッドは期待インフレ率を反映したものとなる。
図表1は、何らかの要因(金融引締め等)によって将来、インフレ率が低下すると予想された
場合に名目金利のイールドカーブの傾きが緩やか(あるいは逆イールド)になることを示してい
る。この図表1のケースの場合、実質金利の傾きは順イールドとなっているが、仮に何らかの要
因で実質金利が変化してもカーブの傾きに変化がないことから、名目金利の変化は期待インフレ
率の変化に等しい(フィッシャー効果)ことが確認される。
図表 1
純粋期待理論に基づいたフィッシャー効果
債券利回り
名目金利のイールドカーブ
期待インフレ率
一定
実質金利のイールドカーブ
債券の残存期間
②その他の期間構造理論
先にみた純粋期待理論は、イールドスプレッドのインフレ予測としての有用性を示す考え方で
あったが、以下では参考としてこれとは異なる理論を紹介する。
流動性プレミアム論
ヒックス(Hicks)によると、「投資家はすべて短期の投資期間を選好している」とされ、中・長
期債の利回りは短期債利回りよりも流動性プレミアム分だけ高くなる。流動性プレミア理論
(Liquidity premium theory)は、このヒックスの仮説に基づくものであり、仮に将来の短期金
利の期待が現在と変わらなくても長期金利に流動性プレミアムが課されることにより、イールド
カーブは右上がりになることが導かれる。同理論は我が国においてもこれまで投資家の間で一般
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的に受容されてきたものといえよう。
特定期間選好理論(市場分断理論)
特定期間選好理論(Preferred habitat theory)は、上記の流動性選好理論を発展させたもので、
「投資家は必ずしもすべて短期の期間を選好しているとは限らず、それぞれ投資期間毎に異なっ
た選考を持っている」とするものである。同理論では、長期投資と短期投資の代替関係(裁定関
係)は不完全なものとなり、債券利回りは各期間毎に別々の市場で形成されると見なされること
から、市場分断理論(Market-segmentation theory)ともよばれる。特に、生命保険会社や信託銀
行などの金融機関は、資産負債管理(Asset-liability management)の構造上、長期投資を行う
必要性が強いことから、長期の投資手段である特定の長期債券に投資を行う傾向がある。一方、
商業銀行など短期負債(預金等)を多く抱える金融機関は短期の債券への選好が高くなる。さら
に我が国ではこれまで制度的要因等によって機関投資家の直利志向が促されたことも特定期間の
債券への偏重傾向を強めたものと考えられる。
以上の理論を簡単にまとめると、イールドスプレッドの変化は下図のように「実質金利の変化+
期待インフレ率の変化+リスクプレミアムの変化」によって分解されることになる。そのなかで本
稿では実質金利の短期的な変動に注目し、イールドスプレッドの景気先行性について検証を行う。
図表 2
イールドスプレッドの変化の解釈(概念図)
イールド・スプレッドの変化
実質金利の変化
期待インフレ率の変化
フィッシャー効果
長期的な変動
短期的な変動
・景気循環
・IS バランスの変化
・金融政策
・財政収支の変化
・為替の変化
・実物資本の収益率
・海外金利の変化
・人口動態の変化
等
5
等
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2.実証分析
以下では、日米におけるイールドスプレッドの景気先行性について実証分析を行う。他の変数
との比較検証を行うために、株価や実質マネーサプライ、景気先行指数などの変数も加えて同様
の推計を試みる。
景気変動をあらわす変数は数多いが、本稿では先行研究に倣い、①リセッションの時期と②鉱
工業生産指数に対する予測性を推計することにする。まずはじめに、Probit モデルを用いること
により、イールドスプレッドが将来のリセッションの予測に有用であるかどうかの検証を行った。
続いて、線形の回帰分析を用いてイールドスプレッドの鉱工業生産指数(伸び率)に対する予測
性を推計することにより、景気循環に対する先行性も検証した。
(1)リセッションに対するイールドスプレッドの予測性
イールドスプレッドの景気先行性に関して研究が盛んな欧米では、特に先行きのリセッション
に対する有用性を検証した先行研究が多い。これにはリセッション・非リセッションという2変
数を被説明変数とした Probit モデルを適用することにより、景気後退の「確率」を推計できるた
めと考えられる。
以下では、イールドスプレッドのほかに株価や実質マネーサプライ、景気先行指数などを取り
上げ、これら変数の先行き 1 年に対する景気後退確率を推計してみる。
金利と説明変数の選択
実際にイールドスプレッドを算出するにはいくつかの組み合わせが考えられる。米国の場合、
JosephG.Haubrich-AnnM.Dombrosky(1996)など過去の研究実績をみると、10 年物金利と 3 ヶ
月物金利の格差が先行きの景気に対してもっとも説明力を有するとの結果が多く、本稿でも国債
10 年物利回り−TB3 ヶ月物利回りをイールドスプレッドとして用いた。一方、日本のイールドス
プレッドの算出については Hirata-Ueda(1998)に倣い、国債 10 年物利回りと現先レート 3 ヶ月物
を用いることにした。イールドスプレッド以外の変数としては、マーケット関連の指標として株
価の変化率(前年比)、実体経済をあらわす変数として実質マネーサプライの変化率(前年比)と
景気先行指数を取り上げた。なお、株価データは米国がダウ工業平均株価指数、日本は日経平均
株価指数を採用し、マネーサプライの実質化は日米ともに CPI コア指数によって算出を行った。
推計期間は米国が 1970 年 1 月-2002 年 5 月、日本はデータの制約上 1980 年 7 月-2002 年 5 月と
した。
推計を行うにあたって各変数の定常性を事前にチェックする必要があるため、単位根検定とし
て ADF 検定(Augmented Dickey-Fuller test)を行った。その結果、図表 3 にみられるように、米
国は全変数とも定常性が確認されたが、日本については実質マネーサプライ(前年比)が定常性
をクリアすることが出来なかった。したがって、日本について実質マネーサプライは変数の中か
ら外すことにした。
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図表 3 ADF 検定の結果
米国
日本
イールドスプレッ
ド
-3.58**
-4.36**
株価
(前年比)
-4.28**
-3.00*
実質マネーサプラ
イ(前年比)
-3.71**
-2.13
景気先行指数
(前月比)
-5.58**
-4.27**
臨界値:**1%,*5%
推計結果
リセッションに対する推計には Probit モデルを使用することにより、各変数が示唆する先行き
の景気後退確率を推計した。Probit モデルは質的データの取り扱いに適したものとして統計学・
計量経済学などで広く利用されるモデルの一つである。同モデルは、従属変数をリセッション=
1、非リセッション=0 とした線形回帰モデルから得られる倒産確率を非線形に変換し、その結果
が 0 と 1 の間に収まるように定式化したものである。推定される誤差項がロジスティック分布に
従うと仮定した分析モデルが Logit モデル、誤差項が正規分布に従うと仮定したものが Probit モ
デルと呼ばれる(詳細は同レポート Vol.6 を参考)。
リセッションの時期の設定について、米国は NBER(National Bureau of Economic Research,
全米経済研究所)が公表を行っている「景気循環基準日付」を採用した。日本については、内閣府
が景気動向指数をもとに決定している「景気基準日付」によってリセッション時期の設定を行っ
た。各変数のリセッションに対する予測先行期間(ラグ)は 1 年間とし、3 ヶ月、6 ヶ月、9 ヶ月、
12 ヶ月の間隔でそれぞれ推計を行った。
図表 4 の推計結果をみると、先行研究と同様、米国では全変数とも有意な数値が得られた。中
でも 3 ヶ月ラグを除くすべての期間でイールドスプレッドが先行きの景気後退に対して高い予測
性を持つことが示された。先行き 3 ヶ月の推計については株価が最も有意となっており、短期に
おいては株式市場が景気後退に対して高い予測性を持つことが確認された。ここで興味深いのが、
イールドスプレッドがすべての予測期間に対して高い t 値を示しているのに対し、株価や景気先
行指数などそれ以外の変数はすべて予測期間が長くなるにつれて有意性が低下している点にある。
このことは、イールドスプレッドが比較的長期の期間に至るまで景気後退を予測しうる可能性を
示すものといえよう。
一方、日本でも全体として有意な数値を得ることが出来たが、米国と違って景気後退に対する
イールドスプレッドの予測性は景気先行指数や株価のそれよりも劣るという結果となった。中で
も景気先行指数は 3 ヶ月∼9 ヶ月の先行期間に対して高い有用性が認められた。ただし冒頭で示
したように、景気先行指数の構成要素の中にはイールドスプレッドや株価(前年同月比)も含ま
れており、これら市場性データの存在が同指数の推計結果に寄与している可能性には若干の留意
が必要であろう。
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図表 4
Probit モデルによる景気後退予測の推計結果
-米国β
イールドスプ
レッド
株価(前年比)
実質マネーサ
プライ(前年
比)
景気先行指数
Mc- R
Log-L
β
2
Mc- R
Log-L
β
2
Mc- R
Log-L
β
2
Mc- R
Log-L
2
3 ヶ月ラグ
-0.45
(-7.00)**
0.14
-165.3
-0.07
(-9.68)**
0.39
-117.9
-0.11
(-5.57)**
0.09
-175.0
-22.23
(-8.25)**
0.22
-151.2
6 ヶ月ラグ
-0.71
(-9.02)**
0.28
-139.0
-0.05
(-8.19)**
0.21
-151.6
-0.10
(-4.86)**
0.07
-179.5
-15.52
(-6.35)**
0.11
-170.2
1970:01-2002:05
9 ヶ月ラグ
-0.88
(-9.64)**
0.36
-122.7
-0.02
(-5.04)**
0.07
-179.1
-0.08
(-4.02)**
0.04
-183.6
-9.12
(-3.92)**
0.04
-184.3
12 ヶ月ラグ
-0.86
(-9.46)**
0.35
-125.7
-0.01
(-1.93)*
0.01
-190.3
-0.06
(-3.08)**
0.03
-187.3
-4.00
(-1.75)*
0.01
-190.6
( )内は t 値、*は 5%,**は 1%水準で有意であることを示す
-日本β
イールドスプ
レッド
株価(前年比)
景気先行指数
Mc- R
Log-L
β
2
Mc- R
Log-L
β
2
Mc- R
Log-L
2
3 ヶ月ラグ
-0.46
(-5.25)**
0.09
-164.7
-0.03
(-7.34)**
0.17
-149.8
-0.04
(-8.40)**
0.25
-135.4
6 ヶ月ラグ
-0.46
(-5.40)**
0.10
-163.6
-0.04
(-7.73)**
0.21
-143.5
-0.04
(-8.17)**
0.23
-139.6
1980:07-2002:05
9 ヶ月ラグ
-0.44
(-5.27)**
0.09
-164.7
-0.03
(-6.53)**
0.14
-156.6
-0.03
(-6.90)**
0.15
-154.1
12 ヶ月ラグ
-0.31
(-4.13)**
0.05
-171.8
-0.02
(-4.53)**
0.06
-170.2
-0.02
(-4.50)**
0.06
-170.5
( )内は t 値、*は 5%,**は 1%水準で有意であることを示す
8
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図表 5
イールドスプレッドによる先行き 9 ヶ月の景気後退確率
米国
1.0
リセッション
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0.0
1970
1972
1975
1978
1981
1984
1987
1990
1993
1996
1999
2002
日本
1.0
0.9
リセッション
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0.0 1980
1982
1983
1985
1987
1988
1990
1992
9
1993
1995
1997
1998
2000
2002
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期間外推定による結果
先の推計ではサンプル期間の全データを用いた期間内推定による分析を行ったが、より厳密に
予測性の計測を行うため、期間外推定によって同様の分析を行うことにする。期間外推定では予
測時点で使用可能な情報変数のみを使って予測を行う。期間外推計による予測性を検証するため、
ここでは平均平方二乗誤差(RMSE ,Root Mean Squared Error)注を用いてサンプル期間外テスト
を行った。
その結果、先の期間内推定と同様、米国ではむこう 3 ヶ月の景気後退の予測については株価が
最も有意となり、6 ヶ月から 12 ヶ月まではすべてイールドスプレッドが高い予測性を持つことが
示された。日本に関しても期間内推定と同様、イールドスプレッドよりも景気先行指数や株価の
予測性が高いとの結果が得られた。
注)予測値と実績値の乖離の二乗を平均し平方根をとった値。数値が小さいほど予測性が高い。
図表 6
Probit モデルによるサンプル期間外テスト(RMSE)の結果
-米国-
イールドスプレッド
株価(前年比)
実質マネーサプライ(前年比)
景気先行指数
3 ヶ月ラグ
0.360
0.299
0.373
0.344
6 ヶ月ラグ
0.326
0.349
0.382
0.376
1970:01-2002:05
9 ヶ月ラグ
0.305
0.384
0.388
0.390
-日本イールドスプレッド
株価(前年比)
景気先行指数
3 ヶ月ラグ
0.472
0.433
0.416
6 ヶ月ラグ
0.470
0.456
0.423
10
12 ヶ月ラグ
0.317
0.394
0.390
0.394
1980:07-2002:05
9 ヶ月ラグ
0.471
0.479
0.449
12 ヶ月ラグ
0.482
0.458
0.480
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(2)鉱工業生産指数に対するイールドスプレッドの予測性
先の分析では、イールドスプレッドや株価などが景気の後退局面についてどれだけの予測性を
持つかについて推計を行ったが、景気の後退時期(景気後退か否か)だけにスポットを当てたも
のであるため、景気の循環性を考慮したものではなかった。
そこで次に、景気の循環性に対する予測性をみるため、景気変動を代表する指標の一つである
鉱工業生産指数を取り上げ、同指数に対するイールドスプレッドの予測性を検証することにする。
推計結果
推計には線形の回帰式を用いたが、系列相関を修正するために Newey-West 法を適用した。鉱工
業生産指数の伸び率には前年比を用い、説明変数は Probit モデルのときと同様、イールドスプレ
ッド、株価(前年比)、実質マネーサプライ(前年比)、景気先行指数についてそれぞれ推計を行
った。推計期間についても先と同様、米国が 1970 年 1 月-2002 年 5 月、日本は 1980 年 7 月-2002
年 5 月とした。なお、日本の実質マネーサプライについては先に見たように ADF 検定によって定
常性がクリアされなかったため今回も説明変数から外すことにした。
推計の結果、米国のケースではすべての変数において高い有用性が認められた。先行き 3 ヶ月
∼9 ヶ月の予測性では景気先行指数が最も有意な数値を示す一方、先行き 12 ヶ月についてはイー
ルドスプレッドが最も高い予測性を示す結果となった。景気先行指数は予測期間が長くなるにつ
2
れて t 値や R が低下する一方、イールドスプレッドについてはこれとは逆に予測期間が長くなる
ほど説明力が増す形となり、先の景気後退に対する推計と同様の結果が得られた。
日本のケースをみると、株価と景気先行指数については良好な結果が得られたが、イールドス
プレッドについてはすべての期間で有意な数値を認めることができなかった。
図表 7
鉱工業生産指数に対する予測性の結果
-米国-
イールドスプレ
ッド
β
Adj- R
β
2
Adj- R
β
2
Adj- R
β
2
Adj- R
2
株価(前年比)
実質マネーサプ
ライ(前年比)
景気先行指数
3 ヶ月ラグ
0.86
(2.46)**
0.04
0.14
(5.03)**
0.20
0.60
(4.54)**
0.23
118.97
(16.06)**
0.67
6 ヶ月ラグ
1.48
(4.08)**
0.14
0.18
(6.41)**
0.33
0.72
(6.06)**
0.33
118.88
(14.04)**
0.66
1970:01-2002:05
9 ヶ月ラグ
2.06
(5.78)**
0.26
0.18
(6.33)**
0.33
0.74
(6.53)**
0.34
98.64
(6.96)**
0.46
12 ヶ月ラグ
2.40
(6.83)**
0.36
0.15
(4.71)**
0.20
0.64
(5.06)**
0.25
63.16
(3.28)**
0.19
( )内は t 値、*は 5%,**は 1%水準で有意であることを示す
Newey-West 法で誤差項の系列相関を修正
11
金融・経済レポート Vol.7
(社)日本リサーチ総合研究所
-日本-
イールドスプ
レッド
β
Adj- R
β
2
Adj- R
β
2
Adj- R
2
株価(前年比)
景気先行指数
3 ヶ月ラグ
0.13
(0.42)
0.00
0.13
(4.12)**
0.29
0.12
(5.31)**
0.22
6 ヶ月ラグ
0.43
(1.34)
0.00
0.15
(5.25)**
0.37
0.15
(7.57)**
0.36
1980:07-2002:05
9 ヶ月ラグ
0.55
(1.48)
0.01
0.16
(5.93)**
0.41
0.16
(7.76)**
0.39
12 ヶ月ラグ
0.38
(0.84)
0.00
0.16
(6.30)**
0.37
0.12
(5.63)**
0.23
( )内は t 値、*は 5%,**は 1%水準で有意であることを示す
Newey-West 法で誤差項の系列相関を修正
期間外推定による結果
Probit モデルによる推計と同様、ここでもサンプル期間外テストによって先行きの鉱工業生産
指数の予測性を検証した。
その結果、米国については先の期間内テストと同様に全体として良好な結果が得られ、なかで
も景気先行指数とイールドスプレッドに高い予測性が確認された。日本のイールドスプレッドの
予測性は期間外テストでも低いことが確認された。先の分析結果と若干異なる点は株価の有用性
が増加した点である。わが国では従来から景気先行指数として株価が重視されてきており、この
結果はこうした見方を裏付けるものといえそうである。
図表 8
鉱工業生産指数によるサンプル期間外テストの推計結果(RMSE)
イールドスプレッド
株価(前年比)
実質マネーサプライ(前年比)
景気先行指数
3 ヶ月ラグ
4.74
4.33
4.26
2.78
-米国6 ヶ月ラグ
4.51
3.97
3.95
2.81
9 ヶ月ラグ
4.18
3.99
3.92
3.58
1970:01-2002:05
12 ヶ月ラグ
3.88
4.33
4.19
4.38
イールドスプレッド
株価(前年比)
景気先行指数
3 ヶ月ラグ
5.40
4.54
4.75
-日本6 ヶ月ラグ
5.38
4.27
4.31
9 ヶ月ラグ
5.37
4.16
4.23
1980:07-2002:05
12 ヶ月ラグ
5.38
4.29
4.74
12
金融・経済レポート Vol.7
(社)日本リサーチ総合研究所
留意点∼ゼロ金利政策の影響
先の日本における分析結果では、イールドスプレッドの先行きの鉱工業生産指数に対する予測
性を確認することができなかった。しかし、日本についての先行研究である Hirata-Ueda 論文
(1998)では、本稿とほぼ同様の分析方法(系列相関の修正は考慮されていないが)によってイー
ルドスプレッドが有用であるとの結論が得られている。同論文が発表されたのは 98 年 3 月である
ため、サンプル期間は 97 年 9 月までを対象としており、当然ながらそれ以降の景気後退期につい
ては考慮されていない。特に 99 年 2 月以降に導入されたゼロ金利政策はイールドスプレッドの情
報有用性に何らかの影響を及ぼしている可能性が指摘できる。金利にはマイナスになり得ないと
いう非負制約があることから、先行きの景気後退を予測した場合でも長期金利がゼロである短期
金利を下回ることが出来ないためである(この点の詳細は同レポート Vol.4 を参考)。2001 年 3
月から導入された量的緩和も金利の非負制約が背景となって採られた措置であるが、量的緩和に
よる効果をイールドスプレッドに適切に織り込むのは極めて困難であるように思われる。
この点を検証するため、まずはじめに先の Hirata-Ueda 論文のように 97 年 9 月までをサンプ
ル期間として同様の推計を行った。その結果、景気先行指数と株価の有意性の高さは変わらなか
ったが、イールドスプレッドについては 6 ヶ月∼12 ヶ月ラグにおいて(他の 2 変数より数値は低
いものの)有意な結果に転じており、同論文とほぼ同様の結果を得ることができた(図表 9 上段)
。
しかし、ゼロ金利政策が導入される 99 年 1 月までサンプル期間を伸ばした場合、イールドスプレ
ッドの有用性を認めることは出来なかった(図表 9 下段)
。
図表 9
日本におけるイールドスプレッドによる鉱工業生産の予測性
97 年 9 月までを対象とした推計結果
イールドスプ
レッド
β
Adj- R
β
2
Adj- R
β
2
Adj- R
2
株価(前年比)
景気先行指数
3 ヶ月ラグ
0.36
(1.25)
0.01
1.90
(2.28)*
0.11
0.07
(3.61)**
0.12
6 ヶ月ラグ
1.70
(2.63)**
0.05
1.70
(3.44)**
0.21
0.12
(5.46)**
0.29
9 ヶ月ラグ
1.47
(3.34)**
0.08
1.51
(5.06)**
0.31
0.14
(6.90)**
0.39
1980:07-1997:09
12 ヶ月ラグ
1.47
(2.70)**
0.08
1.45
(6.56)**
0.35
0.12
(5.18)**
0.27
( )内は t 値、*は 5%,**は 1%水準で有意であることを示す
Newey-West 法で誤差項の系列相関を修正
13
金融・経済レポート Vol.7
(社)日本リサーチ総合研究所
ゼロ金利政策導入前(99 年 1 月)までを対象とした推計結果
イールドスプ
レッド
β
Adj- R
β
2
Adj- R
β
2
Adj- R
2
株価(前年比)
景気先行指数
3 ヶ月ラグ
0.16
(0.53)
0.01
0.10
(3.02)**
0.19
0.10
(4.45)**
0.18
6 ヶ月ラグ
0.45
(1.36)
0.01
0.13
(4.03)**
0.27
0.14
(6.20)**
0.34
9 ヶ月ラグ
0.61
(1.59)
0.02
0.14
(5.35)**
0.35
0.15
(7.58)**
0.41
1980:07-1999:01
12 ヶ月ラグ
0.53
(1.15)
0.01
0.15
(6.54)**
0.38
0.13
(5.85)**
0.28
( )内は t 値、*は 5%,**は 1%水準で有意であることを示す
Newey-West 法で誤差項の系列相関を修正
以上の推計結果から、99 年 2 月以降に導入されたゼロ金利政策自体がイールドスプレッドの景
気先行性を低下させたという事実は認められなかった。しかし、97 年までのサンプル期間では有
意な数値が検出されたことから、バブル崩壊以降の長期にわたる低金利政策がイールドスプレッ
ドに何らかの歪みを生じさせ、先行きの景気先行性を低下させた可能性は否定できないものと思
われる。したがって 90 年代後半の低金利政策の時期を除けば、日本に関してもイールドスプレッ
ドの景気先行性はある程度認められるものといえよう。ただしこの場合でも、株価や景気先行指
数に比べると有意性は劣っており、イールドスプレッドの景気先行性において米国が優位である
という点に変わりはない。
14
金融・経済レポート Vol.7
(社)日本リサーチ総合研究所
3.おわりに∼結論と今後の課題
上記の分析結果から、日米ともに先行きの「景気後退」に対してはイールドスプレッドが何ら
かの予測性を持つことが示された。株価や景気先行指数、実質マネーサプライと比較した場合、
米国のケースでは過去の研究実績からも明らかなように、イールドスプレッドが最も高い有用性
を持つことが確認されたが、日本では景気先行指数や株価のほうがイールドスプレッドよりも先
行きの景気後退に対して高い予測性を持つことが示された。
「鉱工業生産指数」に対する予測性の推計では、米国は景気先行指数の有用性の高さが際立っ
たが、先行き 12 ヶ月についてはイールドスプレッドが最も高い数値が得られ、ここでもイールド
スプレッドの景気先行性の高さが確認された。一方、日本では景気先行指数と株価が先行きの鉱
工業生産指数に対して有用性をもつことが認められたが、イールドスプレッドについてはそのよ
うな結果は得られなかった。ただし 97 年までをサンプル期間として推計を行った場合、他の変数
との優先順位は変わらないもののイールドスプレッドにも有意な数値を確認することできた。
このように米国についてはイールドスプレッドが先行きの景気動向に対して強い予測性を持つ
ことが示されたものの、日本についてはサンプル期間の違いによって鉱工業生産指数に対する予
測性が認められないなど、必ずしも十分といえる結果が得られなかった。こうした日米の違いに
対する解釈については別途慎重な議論を要するものと思われるが、考えられる要因としては大き
く分けて、①国債の市場流動性の違いによる影響、②ゼロ金利政策の影響、③為替変動の影響、
等があるだろう。①はしばしば指摘される点であるが、日本の国債市場は海外主要国と比較した
場合に市場流動性が低いと言われ、年限毎の発行量にも偏りがあることからイールドカーブの適
切な形成が阻害されている可能性がある(この点は<補考>として後述する)。②については先述
のように、99 年以降のゼロ金利政策によってイールドカーブの適正な形成が困難となった可能性
が指摘される。
最後に今回の分析で留意しなくてはならないのが、推計に使用した鉱工業生産指数はあくまで
名目値である点である。推計されたイールドスプレッドの予測性の中には、主として(1)景気変動
等に伴う短期的な実質金利の変化、(2)期待インフレ率、および(3)リスクプレミアムの要素を含む
ことになる。したがって、どれだけが期待インフレ率の部分であるか、あるいは実質金利による
変化部分であるかについては別途分析を行う必要があるだろう。
<主な参考文献>
Hideaki Hirata,Kazuo Ueda 「The Yield Spread as a Predictor of Japanese Recessions」Bank
of Japan,Working Paper98-3
Joseph G.Haubrich,Ann M.Dombrosky「Predicting Real Growth Using the Yield Curve」
Federal Reserve Bank of Cleveland, Economic Review.Q1. 1996
Michael Dotsey 「The Predictive Content of the Interest Rate Term Spread for Future
15
金融・経済レポート Vol.7
(社)日本リサーチ総合研究所
Economic Growth」Federal Reserve Bank of Richmond Economic Quartely Vol.84/3
Mishkin,Frederic S. June 1988, 「 What Does The Term Structure Tell Us Future
Inflation?」,Working Paper No.2626,National Bureau of Economic Research
Orr,Adrian, Malcolm Edey and Michael kennedy,1995,「The Determinants of Real Long-Term
Interest Rates :17Countypooled-Time-Series Evidence」,Economics Department Working
Paper No.155,Organisation for Economic Cooperation and Development
黒田晃生 1982 年、「日本の金利構造」、東洋経済新報社
白川方明 1999 年 6 月、
「日本の国債市場の機能向上に向けて」、金融市場局ワーキングペーパー
シリーズ 99-J-3、日本銀行金融市場局
藤原裕之「物価予測としての長短金利格差の有用性に関する調査」経済企画庁委託調査、2000.11
<補考>
(1)求められる国債市場の機能向上
日本の国債市場は、財政赤字の増大などを受けてここ数年急激な拡大基調にある。国債発行残
高は既に米国を上回る規模に達しており、国際金融市場においても米国債と並ぶ役割を果たすも
のとして今日期待が寄せられている。しかしながら、実際の我が国の国債市場はこうした期待に
応えられるほどの機能を有してはいない。その主な理由としては第1に、海外主要国と比較して
我が国の国債の市場流動性が低いことが指摘されている(BIS のアンケート調査等)。市場流動性
の程度を表すビッド・アスク・スプレッドは、どの期間をとっても先進国の中で最も大きいこと
が言われている(井上,1999)。第 2 の理由としては期間ごとに流動性が異なる点である。我が国
の国債は短期よりも長期、中でも 10 年ゾーンへ流動性が集中していることが特徴である。実際、
我が国では期間 7 年∼10 年のビッド・アスク・スプレッドが最も小さいうえ、ベンチマーク銘柄
も 10 年債しか存在しない。ちなみに米国のベンチマーク銘柄は7銘柄(3 ヶ月、6 ヶ月、1 年、2
年、5 年、10 年、30 年)、カナダも 7 銘柄と、我が国のベンチマーク銘柄の少なさが際立ってい
る。このため、我が国ではイールド・カーブ全体にわたって同じレベルの運用を行うことに大き
な制約が生じている。第 3 の点はやや抽象的であるが、我が国の金融システムがこれまで間接金
融偏重であったことから、金融市場における国債の役割が軽視されてきたことが指摘されよう。
国債がリスク・フリー資産として金融関係者の間で意識されるようになったのは、金融機関の破
綻が相次いだ 90 年代半ばになってからと思われる。それまでは、金融債も国債もほとんど同じリ
スク感覚でプライシングされることが多く、時には金融債が国債の利回りを下回る事態さえみら
れた。日本の国債市場の流動性が低い最後の理由として、制度面の制約が指摘される。中でも最
も大きな影響を及ぼしてきたのが、売買を行うごとに課せられる取引税である。ディーラーは、
取引税以上の価格差がなければ自ら売買するインセンティブを持たなくなり、その結果ビッド・
アスク・スプレッドが拡大し、市場流動性が阻害されてきた。こうした反省もあり、取引税は 1999
16
金融・経済レポート Vol.7
(社)日本リサーチ総合研究所
年 3 月で廃止されることになった。
こうした国債の流動性を阻害するいくつかの要因により、我が国のイールド・カーブは適正な
形状を描いていない可能性がある。現在我が国では、取引税制等の撤廃や、10 年債に集中してい
た発行年限を多様化するなど、債券市場の流動性と機能向上を目指す努力が行われており、今後
はイールド・スプレッドの有用性が高まることが期待される。
(2)インフレ・インデックス債の必要性 ∼ 期待インフレ率の的確な抽出に向けて
国債利回りによるイールド・スプレッドには、先行きのインフレ率に関する情報以外に、実質
金利に影響を与える様々な要因によっても変動する。しかし、数多くの要因を含むイールド・ス
プレッドの動きから的確な情報のみを識別・判断することは重要であると同時に、非常に誤りや
すいことも事実である。また、イールド・スプレッドから将来のインフレ率の方向性は示すこと
はできても、
“レベル”自体を抽出することは非常に困難である。
こうした問題を解決する一つの有効な手段として、既に米国やイギリスで導入されているイン
フレ・インデックス債がある。インフレ・インデックス債は、債券購入者に対して債券発行者が
支払う金利を、実際のインフレ率に連動させるというものである。インフレ連動債の発行目的は
発行国の実情によって様々である。1つは、インフレ高進による実質金利の目減りを防ぐことが
できるため、投資家にとってインフレ・リスクの回避が可能になることにある。特に高齢化の進
展により、年金目的の貯蓄型商品ニーズが高まっている状況下でインフレ・リスクのヘッジは非
常に重要性を持つ。一方、資金調達サイドの政府にとってインフレの進行は名目ベースの金利負
担が増加することを意味することから、インフレ抑制のためのインセンティブが常に働くことに
なり、財政規律の点からも有効な手段となる。第 2 に、従来型債券との利回り格差から、市場が
予想する具体的な期待インフレ率を抽出することが可能となり、政策運営上の利点が出てくるこ
とにある。期待インフレ率の抽出により、早い段階からインフレ動向を把握することが可能とな
るため、既存の物価統計の補完になることも期待される。例えば Bank of England では、四半期
ごとに公表される Inflation Report の中で、インフレ連動債の利回りから定期的に期待インフレ
率の推移を算出している。
こうした中、我が国ではまだインフレ連動債に関する活発な議論は行われていない。背景とし
ては、低インフレという状況下でインフレ・リスクのヘッジに対する投資家ニーズが育っていな
いことが1つの要因として考えられる。しかしインフレ連動債と従来債券の比較によって抽出が
困難とされるインフレ期待の把握がより明確となり、財政・金融政策や将来の物価見通しに対す
る判断にも貢献するだろう。さらに今後は高齢化の進展に伴う年金システム改革によって資産形
成の面からも自己責任原則が迫られるようになるため、インフレ・インデックス債へのニーズは
高まってくるものとみられる。
このように、インフレ・インデックス債は従来型債券では抽出が困難な期待インフレ率を的確
に捉え、物価予測等における政策上のミスを少なくすることが期待されることから、我が国も導
入に向けて早期に検討を行う必要があるだろう。
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金融・経済レポート Vol.7