PSATS Report Vol. 057 SUMMER シティ・オブ・ロンドン ― River Plate House Office Building(1988) 伊藤 誠三 海外の案件はどれも刺激的で学ぶことも多かった.当時, ンジャーの待機室というのが初めての経験であった. 海外案件というと発展途上国へというのが多かったが, 特に厄介だったのが寸法,特に面積の算出である.現状 盛んな日本資本の海外への進出を背景に日本の銀行も欧州 図を貰っているのだが,殆んど数字が入っていない.既存 の金融の中心であるロンドンに支店を設け,更に現地銀行 建物は当然,Imperial unit と呼ばれているフィート・イン との合弁銀行を設立するという機会に,改修計画のとりま チで建てられており,日本向けにはメートル法で示さねば とめの仕事が与えられた.当該建物は「世界で最も重要な ならない.古い木造寺院をメートル法で改修するようなも 一平方マイル」と称されていたシティ・オブ・ロンドンの のである.面積は日本では壁の芯々で計算するが,あちら 中央,イングランド銀行の北側,北部への始発駅「リバプー は内法寸法で計算する.だから,日本からは施工前にきちん ル・ストリート駅」の西,Finsbury Circus という美しい とした面積表を出せ,と要求が来るけれど,現地設計事務 広場に面している.建物は 19 世紀後半ごろのものと思わ 所の担当員に相談しても「仕上がってみなければ分から れるが,景観保存地区で外観の変更は許されず,汚損部分 ない」とにべもない. 大体,通り芯という考え方が理解 を復旧し洗浄する美化工事のみである.業務は内部の全面 されない.壁の中心線がなんの役に立つのだ.壁ができれ 改装で両行其々の区画,内部間仕切りを調整することで ば見えなくなってしまうではないか,というわけである. あるが,なかなか厄介でもあり,彼我の組織に対する考え 面白い議論を沢山したが,煉瓦造という壁構造と木造という 方の違いを知り面白かった. 軸組構造で育った建築技術の違いをまざまざと実感した. 先ず,其々の職制図を双方にお願いしたのだが,現地側 この地区の中心建造物であるイングランド銀行は旧日本 にはなかなか理解されない.結局,様々な業務のフロー 銀行のモデルとなったものだそうだが,同様の様式の建物 チャートが渡された.成程,実務の流れがよくわかる. があちこちにあり,アテネを夢見たロンドンを設計し, 日本のものは一般的な組織図で,いわば大宝律令以来の職 ロンドンを夢見て日本橋,丸の内を設計したのだな,と 制図で人的構成は判るが,業務の流れは不明である.日本 近代建築史を実感した.とはいえ,この地区の形成はロー 式は大部屋に各部長が部下を見渡すように位置し,係りは マ帝国時代に遡ると言われるだけあって,道路が古いま 島を作り係長が見渡すように並べる,いわゆる役所スタイル まに複雑に輻輳し分かりにくい.時間があれば見学の為, である.現地側は上級者は個室が必須であり,秘書も別室, ずいぶんうろうろして,ようやく土地勘ができた頃,業務 部局により同室になる場合でも机は独立させて配置,秘書 は終りになった.設計担当の常として,施工の終盤には 達の位置が難しい.伝統的に書類を運ぶメッセンジャーと 他の案件に移るため,残念ながら,この仕事の竣工に立ち いうのが居り,各部局間の書類の伝達に駆け出し,時に 会っていない.現在どのような状況になっているのか 肩掛け鞄を下げ市中に自転車で飛び出していった.メッセ 再訪したいものだ. Finsbury Circus の俯瞰写真 River Plate House Office Building
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