軟体動物型ゲルロボットを作る

軟体動物型ゲルロボットを作る
― 電場応答性高分子ゲルを用いた
柔軟ロボットの設計
〔ヒトデ型ゲルロボットの起き直り運動(10秒間隔で撮影)〕
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Vol.8 No.12
大武 美保子
Mihoko Otake
東京大学 人工物工学研究センター 准教授
2003 年,東京大学大学院工学系研究科機械情報工学専攻博士課程修了,
博士(工学)。同年,東京大学 21 世紀 COE。2005 年,学術統合化プロ
ジェクト(ヒト)を経て,2006 年,人工物工学研究センター助教授。
2007 年,同准教授。2004 年∼ 2008 年,科学技術振興機構さきがけ研
究者を兼務。機能性材料,神経系のシミュレーションと応用システム
の研究に従事。2003 年,ゲルロボットの研究により日本ロボット学会
研究奨励賞受賞。
高分子ゲルは,センサ,アクチュエー
タ,コントローラとしての機能を素材
動が生成されたのは,本実験が世界初
に対になる電極を平行に配置し,各電
である。
極に異なる電位を与えると,一様電場
そのものとして潜在的にもつ。これは,
本研究は,「軟体動物のように全身
が生成され,その間に置いた一端を固
高分子が三次元網目状に絡まり合い,
が柔軟なロボットを作り,その作り方,
定したゲルが,相対的に低い電位の電
間隙に溶液が保持されている構造をも
動かし方を研究すること。ただし,材
極に対し凸向きに,高い電位の電極に
つためである。したがって,高分子ゲ
料探しをしてはいけない。」という,
対し凹向きに屈曲する(図 1(a))。こ
ルは物理的な柔軟性をもち,溶液を通
一風変わった目標と制約条件の下,ス
のとき,電位の高い電極が正に帯電し
じ,外部環境とエネルギー,物質,情
タートした。通常,先端材料の研究は,
た界面活性剤分子を湧き出し,電位の
報を交換することができるなど,ロボッ
材料の組成や製法を変えて発現する機
低い電極が界面活性剤分子を吸い込む
トの材料として魅力的な可能性を秘め
能を調べ,最適な条件を探るのが王道
向きに流れが生じている。電場により
ている。筆者は,ロボット設計論の立
である。これに対し本研究は,機械工
駆動された界面活性剤分子は,負に帯
場から,ゲルをメカトロシステムとし
学の観点から,任意の柔軟な機能性材
電したゲル表面に吸着して表面を収縮
て展開し,柔らかい機械の実現に取り
料が与えられたときに,柔軟機械とし
させ,ゲル全体の屈曲変形を引き起こ
組んできた。
てシステムを構成する手法を明らかに
す。筆者は,変形メカニズムと測定結
左ページの写真は,ヒトデ型ゲルロ
することをめざしている。従来の機械
果から,電場入力に対する変形出力を
ボットが起き直り運動をしているとこ
工学は,固くて外界の変化に左右され
予測する数理モデルを導いた。界面活
ろである。外部からの電場により,変
ない安定な材料を前提として体系化さ
性剤分子の吸着量変化は,「ゲル表面
形運動を制御している。ゲルロボット
れてきたため,柔軟な機能性材料の機
の法線ベクトルと電流密度ベクトルの
は,代表的な電場応答性高分子材料で
能性,柔軟性を十分活用する機械設計,
内積の定数倍」と「現在の分子吸着量
ある,ポリアクリルアミドジメチルプ
制御手法は明らかでなかったからであ
の定数倍」との和で近似できる。曲率
ロパンスルホン酸 (PAMPS) ゲルで全
る。そこで,使用する材料の種類を変
は吸着量に比例する。
身が構成される。PAMPS ゲルは,一
えずに,これまで知られていない変形
導いたモデルから,ゲルに対して垂
端を固定し,ピリジニウム系界面活性
や運動を発現させることができる形状
直で十分な大きさの電場を生成できれ
剤溶液中で直流電流を通じると,魚の
設計,変形運動制御技術を開発するこ
ば,大変形することが予測された。そ
ヒレのように陽極側に屈曲すること
ととした。
して,複数の電極を同一平面に配置し
が,長田,奥崎らによって発見されて
いた。どこも固定せずに,全体を変形
させて向きを変えるダイナミックな運
―✴―✴―✴―
PAMPS ゲルは,界面活性剤溶液中
て,その真下にゲルを固定せずに置き,
異なる電圧を印加する駆動方法を考案
した。すなわち,ゲルの真上に配置す
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る電極に相対的に低い電位を,その左
の場所に 0 V を印加すると,全体とし
局所的に大変形し,全体として凸向き
右に高い電位を与えると,低い電位の
て凸向きに屈曲した(図 2(b))。逆に,
に屈曲する。ここで,−10 V を印加す
電極に向かって凸向きに屈曲する(図
中央真上の電極のみ 10 V,それ以外
る電極の位置を 1 つずつ平行移動する
1(b))。逆に,ゲルの真上に配置する
の場所に 0 V を印加すると,全体とし
と,生成される空間分布電場も平行移
電極に相対的に高い電位を,その左右
て凹向きに屈曲した(図 2(c))。中央
動し,−10 V の電極列に向かってさら
に低い電位を与えると,凹向きに屈曲
向かって左腕の真上の電極に 10 V,そ
に屈曲し,ついには表裏の向きが変わ
する(図 1(c))
。
れ以外の場所に 0 V を印加すると,左
る。印加電圧と移動方向の組み合わせ
腕のみが挙がった(図 2(d))
。
により,任意の方向に表裏を反転させ
以上を踏まえ,10 mm 四方の白金
同じ構成の電極装置を用い,中央付
ることができる。この方法により生成
したマトリクス状電極装置を製作した。
近の電極の真下に体長 15 mm のヒト
したのが,冒頭の写真に示したヒトデ
中央付近の電極の真下にヒトデ形状に
デ型ゲルロボットを置き,その真上対
型ゲルロボットの起き直り運動である。
加工したゲルロボットを置き(図 2(a))
,
角線上に−10 V,それ以外の場所に 10
なお,ヒトデは棘皮動物であり,厳密
中央真上の電極のみ−10 V,それ以外
V を印加すると,電極に平行な部分が
には軟体動物ではないのであるが,典
電極を 5 mm 間隔で 4 行 4 列に配置
(b)
(a)
(c)
図 1 PAMPS ゲルの動作原理と電極配置
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型的な全身変形運動ということで,ヒ
トデを選んだ。このほか,同様の方法
(a)
で,タコのように物体へ巻きつく運動
の生成にも成功している。
―✴―✴―✴―
材料は同一であっても,入力する電
場のパターンにより,まったく異なる
形状になる。さらに,入力電場パター
ンを切り替えることにより,さらに異
なる形状になり,以上を繰り返すこと
(b)
で多様な変形運動が生成される。入力
履歴が材料の内部状態に埋め込まれて
いくため,最終的に到達しうる内部状
態は,重複を許せば入力パターン列の
数だけあると言える。無限通りあると
言っても過言ではない。したがって,
シミュレーションにより,目的とする変
形運動を生成する入力パターン列をあら
(c)
かじめ探索したうえで,実験を行った。
PAMPS ゲル一種類に限っても,入
力を変えることにより多様な変形運動
を生成できることがわかってきた。こ
の材料においても,まだすべての可能
性を探索し尽くせたとは言えない。ま
だ気づいていない興味深い変形運動が
ありうる。これまでに無数に開発され
てきた,そして今後開発されるであろ
(d)
う機能性材料は,いずれも入力パター
ン列と出力の関係を十分に吟味するこ
とによって,これまで知られていない
機能性を発揮することができるのでは
ないか。柔軟な機能性材料で構成され
る未来の柔らかい機械は,入力パター
ン列により変形運動をプログラムする
ことができる興味深いロボットとなる
のである。
図 2 中心部分や腕を屈曲させるヒトデ型ゲルロボット
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