(51)企業とNPO のパートナーシップ に関する動態的研究

【経営学論集第 83 集】自由論題
(51)企業とNPO のパートナーシップ
に関する動態的研究
――分析枠組の構築と事例研究――
横浜市立大学
馮 晏
【キーワード】パートナーシップ(partnership) 資源依存(resource dependence) 組
織間信頼(interorganizational trust) 組織間学習(interorganizational learning)
アライアンス・パフォーマンス(alliance performance)
【要約】本研究は,企業と NPO のパートナーシップの形成動機と発展プロセス,パフォーマ
ンスを検討し,パートナーシップを動態的に分析することを目指している.そのために,本
研究は既存の組織間関係論のうちの資源依存論と,戦略的提携論のうちの組織間信頼,組織
間学習,アライアンス・パフォーマンスに関する先行研究と,筆者が独自に行ったインタビ
ュー調査による事例研究を併用する.これによって,パートナーシップの発展プロセスだけ
でなく,各変数間の相互作用に着目した分析枠組を提示する.
1. はじめに
近年,企業は新たな展開を求めるなかで,NPO とパートナーシップを組むというケー
スが見られており,企業や行政だけでは遂行できない分野での活動や地域問題の解決が期
待されている.しかし,多くの議論が重ねられてきた企業間のパートナーシップと異なっ
て,企業と NPO のパートナーシップに関する研究はきわめて少ない.
本研究はこのような領域での新たな挑戦として,パートナーシップのダイナミクスに焦
点をあて,理論的な検討を試みる.具体的には,企業間の関係を主な研究対象としている
既存の組織間関係論を援用して,両者のパートナーシップに関する分析枠組を構築する.
そのうえで,事例による検証を行い,パートナーシップの動態的な様相を解明したい.
2.動態的分析枠組の構築
企業と NPO のパートナーシップについては,
主に Austin(2003),谷本(2004),岩田(1999)
などによる類型化に関する研究や,London et al.(2006)や Seitanidi and Crane(2008)のよ
うなプロセスに着目した研究があげられる.そのほか,Abzug and Webb(1999)はステー
クホルダー・パースペクティブにもとづいた考えを示しており,横山(2003)はパートナー
(51)-1
シップの形成目的とプロセス,成果という 3 つの視点で論じている.
しかし,これらの研究はパートナーシップを静態的にとらえており,理論にもとづく分
析がやや不十分であると考える.このようななかで,本研究では,企業と NPO がなぜパ
ートナーシップを形成するのか,それをどのように発展させるのか,そして,それがもた
らす結果はどのようなものであるのかというプロセスを一連の流れとして統合的に説明す
ることを試みたい.
まず,形成動機については,Pfeffer and Salancik(1978)によって体系化された資源依存
論に依拠する.それによると,組織は目的を達成し,存続していくために,自己充足でき
ない資源を外部の他の組織から獲得しなければならない.一方,組織は自律性を確保する
ために,他の組織への依存を回避しようとしたり,逆にできる限り他の組織を依存させよ
うとする.つまり,他の組織に依存はするものの,そのパワーを避けようとするジレンマ
のなかにいるのである.
企業と NPO のパートナーシップでは,企業どうしと同様に資源依存の関係にあり,資
源交換をパートナーシップの形成目的としている.しかしながら,共通の社会目的の達成
のためにパートナーシップを組んでいるものの,両者の本来の活動目的や場は異なってい
る.それゆえ,企業間の競争関係を前提とした資源依存論のパワーに関する議論は,その
まま適用することはできないのではないかと考える.
つぎに,パートナーシップの発展については,組織間信頼と組織間学習という 2 つの概
念を用いて考察する.組織間信頼は有効なパートナーシップを構築するために重要な概念
であり,Sako(1992)や延岡・真鍋(2000)などの類型化に関する議論と,Child
et al.(2005)
などの形成プロセスに着目した議論があげられる.
これらの研究をもとに,企業と NPO の組織間信頼には,
「社会的信頼」,
「能力への信頼」,
「理解による信頼」という 3 つの源泉があると考える.そして,これらの源泉は依存しな
がら,それぞれの働きの強さが時間とともに変化・深化していき,パートナーシップを発
展させている.
組織間学習については,概念やプロセス,形態(吉田(2004),今野(2006),松行・松行(2004),
Inkpen (2001), Badaracco(1991)),促進要因(張淑梅(2004),髙井透(2007),吉田(2004)),
ジレンマの発生(Hamel et al.(1989)),進化プロセス(Doz(1996))といった多様な視点から分
析されている.
これらの先行研究に依拠して,企業と NPO の組織間学習を「相手を認知するための学
習」と「知識を獲得するための学習」に分ける.後者はさらに移転による学習と,共創に
よる学習,誘発された学習に分類する.また,前者は後者の前提となっていながら,後者
によって促進されることもある.
最後のパートナーシップの結果については,アライアンス・パフォーマンスの観点から
考察する.これに関する先行研究は,アライアンス・パフォーマンスの分類(Venkatraman
(51)-2
and Ramanujam(1986),Provan and Sydow (2008))のほか,それに与える要因に関する
研究(Provan and Sydow (2008),Hamel and Doz (2001),Sirmon and Lane (2004)など)
を取り上げる.
企業と NPO のパートナーシップでは,両者は異質性が高く,協働の経験が少ない.そ
れゆえ,事業から得られるパフォーマンスについては,「意図的パフォーマンス」のほか,
「随伴的パフォーマンス」を得られる可能性が高い.
「随伴的」という言葉は三戸(1994)
の「随伴的結果」にもとづいたものである.
以上の議論をもとに,各要素を統合してパートナーシップを動態的にとらえる分析枠組
を作り上げると,図 1 のようになるであろう.この分析枠組は,パートナーシッップを時
間的な経過によって,①形成動機→発展→結果という全体の発展プロセスと,②社会的信
頼→能力への信頼→理解による信頼という組織間信頼の深化プロセス,③相手を認知する
ための学習と知識を獲得するための学習の相互作用プロセス,を説明するものであり,そ
の動きを矢印で表している.
形成動機
発
資源依存
組織間信頼
社会的
信頼
展
能力へ
の信頼
結
パフォーマンス
理解による
信頼
資源交換
パ ワ ー
相手を
認知する
ための学習
果
知識を獲得する
ための学習
・移転による学習
・共創による学習
・誘発による学習
意図的
パフォーマンス
随伴的
パフォーマンス
組織間学習
時間の経過
図 1 企業と NPO のパートナーシップの動態的な分析枠組(Ⅰ)
(筆者作成)
3.事例の概要
うえで示した分析枠組をもとに,以下にあげる 4 つの事例についてインタビュー調査を
実施した.
① NEC と ETIC.の事例
2002 年,両者は社会起業家の育成を目指した「NEC 社会起業塾」の事業を立ち上げた.
現在でも,この事業は継続しているとともにさらに発展し,新しいパートナーシップが生
(51)-3
まれている.
② トステムと UD 生活者ネットワークの事例
両者の関係は,2003 年のトステムの委託調査から始まり,ユニバーサル・デザインに準
拠した玄関ドア「ピクシア」の共同開発にまで発展した.1 年 2 ヵ月の開発を終えたと同
時に,パートナーシップは終結した.
③ アイクレオと子育てアドバイザー協会の事例
2002 年,自社サービスの差別化を図るために,アイクレオは自社社員のアドバイザーの
養成を協会に委託した.その後,講師認定制度の導入や自前のアドバイザー養成へと協働
内容が変化したが,協働事業は現在でも継続している.
④ 一ノ蔵と環境保全米 NW の事例
環境にやさしい米づくりをめぐって,2001 年より両者は環境保全米認定の委託事業や,
環境保全型酒米の共同栽培,共同研究などの多彩な協働事業を行っている.
4.分析枠組の補強
上記 4 事例のデータにもとづいて分析枠組(図 1)の検証を行った.さらに事例の比較
考察を行った結果,この分析枠組が企業と NPO のパートナーシップの時間的経過をプロ
セスとして動態的に説明するうえで,おおむね有効であることが明らかとなった.つまり,
資源交換とパワーを含む形成動機から始まり,組織間信頼と組織間学習からみた発展のプ
ロセス,そして,その結果であるパフォーマンスという一連のプロセスを統合し,パート
ナーシップを動態的にとらえることができた.
しかし,詳細な考察により,パフォーマンスにみられる連鎖効果,相乗効果,イノベー
ション効果という 3 つの特徴,および組織間信頼,組織間学習,パフォーマンスの 3 つの
要素間の相互作用などが新たに判明した.それらは,①意図的パフォーマンスと随伴的パ
フォーマンスの関係性と,②組織間信頼と組織間学習の 2 つの要素間の関係性,③組織間
信頼,組織間学習,パフォーマンスという 3 つの要素間の関係性,つまり,各要素間の相
互作用である.そこで,この新たな発見を分析枠組に取り入れて補強を行った(図 2).
補強された分析枠組は各要素間の関係性を強調するものである.
5.結論
本研究より,主に以下の結論を導き出すことができる.
① 補完的な資源交換と限定的なパワー行使
企業と NPO においても資源依存の関係が存在し,補完的な資源交換のためにパートナ
ーシップを形成している一方,依存関係とパワーの間のジレンマはみられなかった.
(51)-4
② プロセスでみる動態的なパートナーシップ
形成動機
発
資源依存
組織間信頼
社会的
信頼
展
能力へ
の信頼
結
パフォーマンス
理解による
信頼
資源交換
パ ワ ー
知識を獲得する
ための学習
・移転による学習
・共創による学習
・誘発による学習
相手を
認知する
ための学習
果
意図的
パフォーマンス
随伴的
パフォーマンス
組織間学習
時間の経過
パートナーシップの形成,発展,結果というプロセスと,組織間信頼の深化プロセスに
よって,パートナーシップのダイナミクスをより明晰にとらえることができた.
図 2 企業と NPO のパートナーシップの動態的な分析枠組(Ⅱ)
(筆者作成)
③ 各要素の作用でみる動態的なパートナーシップ
組織間学習において,相手を認知するための学習と知識を獲得するための学習は影響し
合っている.それと同様に,パフォーマンスにおける意図的なものと随伴的なものも影響
し合っている.これらの作用はパートナーシップを変化させている.
④ 各要素間の相互作用でみる動態的なパートナーシップ
組織間信頼と組織間学習の 2 つの要素間の相互作用だけでなく,組織間信頼,組織間学
習,パフォーマンスという 3 つの要素間の相互作用もパートナーシップを発展させている.
本研究は,時間的経過のプロセスと各要素間の相互作用の両面からパートナーシップを
動態的に考察することができた.本研究で提示した分析枠組は 4 つの事例によって,おお
むねその有効性が検証されたが,これはまだ枠組としての普遍性をもっているとはいえな
い.今後はさらに多くの事例について検証を行う必要があると考える.
主要参考文献
Abzug, R. and N.J. Webb (1999) “Relationships between Nonprofit and For-Profit Organizations: A Stakeholder
Perspective”, Nonprofit and Voluntary Sector Quarterly, Vol.28, No.4, pp.416-431.
Ariño, A.(2002) “Measures of Strategic Alliance Performance: An Analysis of Construct Validity”, Journal of
International Business Studies, Vol.34, pp.66 -79.
Austin,J.E.(2003) “Strategic Alliances: Managing the Collaboration Portfolio”, Stanford Social Innovation Review ,
Summer, Leland Stanford Jr. University, pp.49-55.
Badaracco,Jr.,J.L.(1991)The Knowledge Link: How Firms Compete through Strategic Alliances, Harvard Business
(51)-5
School Press.(中村元一・黒岡哲彦訳(1991)『知識の連鎖』ダイヤモンド社)
Child,J., Faulkner,D. and S.B.Tallman(2005)Cooperative Strategy, Oxford University Press.
Doz,Y.L.(1996) “The Evolution of Cooperation in Strategic Alliances: Initial Conditions or Learning Processes?”,
Strategic Management Journal, Vol.17, pp.55-83.
Hamel, G., Doz, Y.L. and C.K. Prahalad (1989) “Collaboration with Your Competitors and Win”, Harvard Business
Review, January-February, pp.133-139. (小林薫訳「ライバルとの戦略的提携で勝つ法」『ダイヤモンド・ハーバー
ド・ビジネス・レビュー』, 4-5 月号, 11-27 頁, 1989 年)
Hamel,G. and Y.L.Doz(1998)Alliance Advantage: The Art of Creating Value through Partnering, Harvard
Business School Press.(志太勤一・柳孝一監訳,和田正春訳(2001)『競争優位のアライアンス戦略~スピードと
価値創造のパートナーシップ』ダイヤモンド社)
Inkpen, A.C.(2001)“Strategic Alliance”, Hitt, M.A., Freeman, R.E. and J.S. Harrison, Eds., The Strategic Manage-
ment, Blackwell Publishing Ltd., pp.409-432.
Gulati, R. and J.A. Nickerson (2008) “Interorganizational Trust, Governance Choice, and Exchange Performance”,
Organization Science, Articles in Advance, pp.1-21.
London,T., Rondinelli,D.A. and H.O’Neill(2006) “Strange Bedfellows: Alliances between Corporations and
Nonprofits”, Shenkar,O. and J.J.Reuer Eds., Handbook of Strategic Alliances, Sage Publications, pp.353-366.
Pfeffer, J. and G.R. Salancik (1978) The External Control of Organizations: A Resource Dependence Perspective,
Harper & Row.
Provan, K.G. and J. Sydow (2008) “Evaluating Interorganizational Relationships”, Cropper, S., Ebers, M.,
Huxham, C. and P.S. Ring, Eds., The Oxford Handbook of Interorganizational Relations, Oxford University
Press, pp.691-716.
Sako, M.(1992)Prices, Quality and Trust: Inter-firm relations in Britain and Japan, Cambridge University Press.
Seitanidi,M.M. and A.Crane(2008)“Implementing CSR Through Partnerships: Understanding the Selection,
Design and Institutionalisation of Nonprofit-Business Partnerships”, Journal of Business Ethics, Vol.85,
pp.413-429.
Sirmon, D.G. and P.J. Lane (2004) “A Model of Cultural Differences and International Alliance Performance”,
Journal of International Business Studies, Vol.35, pp.306-319.
Venkatraman,N. and V.Ramanujam(1986)“Measurement of Business Performance in Strategy Research: A
Comparison of Approaches”, Academy of Management Review, Vol.11, No.4, pp.801-814.
今野喜文(2006)「戦略的提携論に関する一考察」
『北星論集』(経),第 45 巻,第 2 号,65-86 頁.
佐々木利廣・加藤高明・他(2009)『組織間コラボレーション~協働が社会的価値を生み出す』ナカニシヤ出版.
谷本寛治編著(2004)『CSR 経営~企業の社会的責任とステイクホルダー』中央経済社.
寺本義也・秋澤光・他(2007)『営利と非営利のネットワークシップ』同友館.
延岡健太郎・真鍋誠司(2000)「組織間学習における関係的信頼の役割~日本自動車産業の事例」『神戸大学経済経営
研究』,第 50 号,125-144 頁.
馮晏(2013)『企業と NPO のパートナーシップ・ダイナミクス』文眞堂(3 月刊行予定).
松行康夫・松行彬子(2004)『価値創造経営論~知識イノベーションと知識コミュニティ』税務経理協会.
三戸公(1994)『随伴的結果~管理の革命』文眞堂.
岩田若子(1999)『企業と NPO とのパートナーシップ諸類型~戦略的社会貢献活動をめぐって』 日本都市学会年報
Vol.32,101-110 頁.
山倉健嗣(1993)『組織間関係~企業間ネットワークの変革に向けて』有斐閣.
横山恵子(2003)『企業の社会戦略~社会価値創造にむけての協働型パートナーシップ』白桃書房.
吉田孟史(2004)『組織の変化と組織間関係~結びつきが組織を変える』白桃書房.
(51)-6