ソロモン王のジレンマ問題に関する実験研究 1. 研究の背景と目的 2

ソロモン王のジレンマ問題に関する実験研究
An Experimental Study on King Solomon’s Dilemma
制度設計理論(経済学)プログラム
12M43210 長江 太郎 指導教員 大和 毅彦
Economics Program
Taro Nagae, Adviser Takehiko Yamato
ABSTRACT
This paper reports an experimental study on King Solomon’s Dilemma, a simple allocation problem
inspired by the biblical episode. We compare the performances of the mechanisms proposed by Mihara
(2011) and Olszewski (2003). These mechanisms are variants of the second-price (sealed-bid) auction
to solve the problem. We observe that the frequency of the first-best outcome in which the prize is
assigned to the player who has the highest evaluation without cost is higher in Mihara’s mechanism
than that in Olszewski’s mechanism. The frequency of second-best outcomes in which the prize is
assigned to the player who has the highest evaluation with or without cost is higher in Mihara’s
mechanism than that in Olszewski’s mechanism. Therefore, the performance of Mihara’s mechanism is
better than that of Olszewski’s mechanism.
1. 研究の背景と目的
なかった。しかし、真の母親が財を得る(支払いが生じてし
ソロモン王のジレンマ問題とは、ソロモン王の前で、2人
まう場合も含む)というセカンドベストな結果について有意
の女が赤ん坊について「私がこの子の母だ」と主張している
に Ponti メカニズムの方が高いという結果が得られた。しか
という聖書の話に基づいている。ここで、片方は本当の母親
し、これらのメカニズムではソロモンが2人の真の評価値を
だが、もう片方は嘘をついている。どちらが真の母親かは2
知らなければならず、あまり現実的ではない。
人の間で共通認識だがソロモン王は知らない。遂行すべき結
そこで今回の研究では、2人の評価値の差を知っていれば
果は、真の母親に支払いをさせることなく赤ん坊を渡すこと
成立する Mihara メカニズム (2011) と Olszewski メカニズ
である。この問題を一般化し分析している論文は数多く存在
ム (2003) について比較実験を行う。さらに、これらのメカ
する。これらの論文で提案されたメカニズムを実験を通して
ニズムは先行研究のメカニズムよりもソロモンが知っている
分析することで、メカニズムの設計基準としてどのようなも
ことの制限が緩くなっており、より現実に近いメカニズムと
のが望ましいのかを知ることは有意義なことである。ソロモ
言える。
ン王のジレンマ問題とは、今日的には分割することのできな
い単一財の分配問題として考えることができる。ここでの社
2. 使用するメカニズム
会目標は、最も評価値の高い人に可能であるならば、金銭的
2.1. モデル
支払いをさせることなく財を渡すことである。
ソロモン王のジレンマ問題に関する実験研究には、Ponti =
2人のプレイヤーと1つの分割できない財の場合を考える
N = {A,B}: プレイヤー i
Gantner = López-Pintado = Montgomery (2003) がある。こ
(A が真の母親、B が偽の母親)
の研究では、完備情報下でのメカニズムである Glazer = Ma
vi : i の評価(vA>vBと仮定する)
メカニズム(1989) と Ponti メカニズム(2000) を比較してい
る。結果としては、真の母親が支払いをすることなく財を得
るというファーストベストな結果について有意な差が得られ
2.2. Olszewski メカニズム
このメカニズムは、Olszewski (2003) において提案された
メカニズムであり、2つのステージからなる。まずステージ
る。
1でそれぞれのプレイヤーは同時に“参加する”か“参加し
ない”かを決定し、図1のようなマトリックスに従って利得
を得る。
表2
お互いに“参加する”と申告した場合ステージ2に移行する。
表1
お互いに“参加する”と申告した場合ステージ2に移行する。
ステージ2は修正されたセカンドプライスオークションで、
普通のセカンドプライスオークションとの違いは、
(1)
それぞれのプレイヤーは参加費δを支払う
ステージ2は修正されたセカンドプライスオークションであ
というものである。セカンドプライスオークションと同様に、
る。各プレイヤーのビッドをbiとする。普通のセカンドプラ
vi=biが弱支配戦略で各プレイヤーは、
イスオークションとの違いは、
(1)
(2)
それぞれのプレイヤーは参加費δを支払う
uA=vA―vB―δ
uB=―δ
(0<δ<|vA―vB|)
の利得を得る。これを先ほどの図に代入すると図2-1のよ
それぞれのプレイヤーは相手のビッドを得る
うになる。
というものである。セカンドプライスオークションと同様に、
vi=biが弱支配戦略で各プレイヤーは、
uA=vA―bB―δ+bB
=vA―δ
uB=bA―δ
=vA―δ
表2-1
の利得を得る。これを先ほどの図に代入すると図1-1にな
A について、vA―vB―δ>0、vA>0なので“参加す
る。
る”が“参加しない”を強支配している。B はこの段階では
戦略を消去できない。A の参加しないを消去すると B につい
て、―δ<0なので“参加しない”が“参加する”を強支配
している。以上よりこのメカニズムでは、望ましい結果を遂
行するために、3回の支配される戦略の逐次消去を必要とす
る。1回目は弱支配される戦略の消去だが、2回目と3回目
の逐次消去は強支配される戦略の消去である。
表1-1
さらにこのメカニズムは、Olszewski メカニズムとは異な
A について、vA>vA―δなので“参加しない”が“参加
りプレイヤー間での金銭のやりとりを許しても、お互いに望
する”を弱支配している。B について、vA―δ>vB (∵δ
ましい結果より利益を得ることはできない。これらのメカニ
<|vA―vB|) なので“参加する”が“参加しない”を弱
ズムの違いをまとめると、
支配している。以上よりこのメカニズムでは、2回の弱支配
ー間での金銭のやりとりを許してしまうと、お互いに望まし
Miharaメカニズム
金銭のやりとりを許したとし
協力
ても均衡が崩れることはない
回数は3回
逐次消去 2回目と3回目は強支配戦
略の消去
い結果より利益を得る均衡が存在してしまう問題があると指
のようになる。
される戦略の逐次消去を通じて望ましい結果が遂行される。
Mihara (2011) では、このメカニズムでは、均衡に到達す
るためにプランナーの援助が必要であり、その為、プレイヤ
Olszewskiメカニズム
金銭のやりとりを許すと均衡
が崩れる可能性がある
回数は2回
全て弱支配戦略の消去
摘している。
3. 実験デザイン
2.3. Mihara メカニズム
今回の実験は、2013 年 12 月に東京工業大学で行った。被
このメカニズムは、Mihara (2011) において提案されたメ
験者には、Mihara メカニズムか Olszewski メカニズムどち
カニズムであり、Olszewski メカニズムと同様に2つのステ
らかを 20 ラウンドプレイしてもらった。PC を用いた実験が
ージからなり、図2のようなマトリックスに従って利得を得
それぞれ 20 人ずつ、手実験で行われたものがそれぞれ 12 人
ずつである。参加者が伝えられるのは、ⅰ)20 ラウンドを通
の選択肢を選んだ頻度、図6は Olszewski メカニズムでそれ
して相手が変わることはない、ⅱ)20 ラウンドを通して役割
ぞれのプレイヤーが協力の選択肢を選んだ頻度を表している。
(A もしくは B)と自身と相手の評価は変わらない、という
ラウンドを通して、Mihara メカニズムではプレイヤーB の方
ことである。これにより被験者が、暗黙の協力をするのかど
が協力を選択しやすく、Olszewski メカニズムではプレイヤ
うかをみることができる。今回の実験では、どちらのメカニ
ーA の方が協力を選択しやすかった。それぞれのメカニズム
ズムでも 20 ラウンドを通して
でこの違いは有意であった。
プレイヤーA の評価値 : 1000
プレイヤーB の評価値 : 800
参加費 : 50
選べるビッドは 0~2400 の 25 個(ビッドは 100 単位)
とした。
4. 結果
4.1. 帰結に基づく比較
今回の実験結果は図3のようになった。A が支払いをする
ことなく財を受け取るファーストベストな結果の頻度は、
Mihara メカニズム(17.5%)の方が、Olszewski メカニズム
図1
(11.6%)よりも有意に高かった。A が支払いをしてしまう場合
協力関係
も含めた A が財を受け取るセカンドベストな結果の頻度は、
Mihara メカニズム(63.6%)の方が、Olszewski メカニズム
(52.5%)よりも有意に高かった。今回の実験では、Mihara メ
カニズムの方が Olszewski メカニズムより良い働きをするこ
とが観察された。
Total
Mihara
Olszewski
A gets the prize
0.656(210) 0.525(168)
At no cost
0.175(56)
0.116(37)
At cost 0.481(154) 0.409(131)
B gets the prize
At no cost
At cost
0.34(109)
0.028(9)
0.312(100)
0.334(107)
0.187(60)
0.147(47)
No one gets the prize
0.004(1)
0.141(45)
割合(回)
図2
Mihara メカニズムでの協力行動
図3
Olszewski メカニズムでの協力行動
表3
図3 実験結果
4.2. 協力
お互いに、財を受け取らない状態よりも利益を増やし、そ
の中で最大の利益を得られる状態を協力関係と定義する。今
回のオークションで Mihara メカニズムでは、(A の戦略,B の
戦略)=(1,1)、 Olszewski メカニズムでは、(A の戦略,B の戦
略)=(25,25)において協力関係が成立している。Olszewski メ
カニズムと Mihara メカニズムでこの結果が起こる頻度に有
4.3. 支配戦略の逐次消去
意な差はなかった。理論では Mihara (2011) では自身のメカ
図7はステージ1においてどこのセルが何回選ばれたかを
ニズムでは協力が生じないと予想していたが、実際には協力
表したものである。色がついたセルが A が支払いをすること
関係が観察された。
なく財を受け取るファーストベストな結果である。
図4はオークションにおいて協力が起こる頻度をラウンド
図7を見ると Olszewski メカニズムでは、誰も財を得ない
毎に表わしたものである。ラウンド毎に見てもそれぞれのメ
(どちらのメカニズムでも、お互いに参加しないを選択)、も
カニズムに大きな違いは見られなかった。
しくは、B が支払いをすることなく財を受け取る(Mihara メ
図5は Mihara メカニズムでそれぞれのプレイヤーが協力
カニズムでは A が参加しないで B が参加するを選択、
Olszewski メカニズムでは、A が参加し B が参加しないを選
験では、プレイヤー同士の協力には有意な差がなかった。
択)という結果が Mihara メカニズムよりも数が多い。このよ
一方で、それぞれのメカニズムでプレイヤーがステージ 1
うな望ましくない結果が起こる頻度は、Olszewski メカニズ
で自身の支配戦略を選択した頻度については、Mihara メカ
ムの方が Mihara メカニズムより有意に高かった。これは、
ニズムの方が Olszewski メカニズムよりも有意に高かった。
Olszewski メカニズムでそれぞれのプレイヤーが支配戦略
Mihara メカニズムではステージ1でプレイヤーB が支配戦
を選択していないと考えられる。プレイヤーが戦略を逐次消
略をあまりとらなかったが、オークションでの行動を考察し
去した割合については、Mihara メカニズムの方が Olszewski
た結果、支配戦略が変わっている可能性が示唆された。一方、
メカニズムよりも有意に高かった。
Olszewski メカニズムではオークションでの行動をみても、
B
Mihara(Total)
参加しない 参加する
参加しない
1
9
A
参加する
56
254
B
Olszewski(Total)
参加しない 参加する
参加しない
45
37
A
参加する
60
178
戦略に一貫性はみえず戦略の逐次消去がされているようには
見えなかった。これはメカニズムの設計基準として、2回の
強支配される戦略の消去の方が、1回の弱支配される戦略の
消去よりも望ましいことを示唆している。
6. 今後の課題
今回の実験では、授業の場を借りたので報酬がないことか
表4
図7 ステージ1での選択
ら2人の評価値を固定した。しかし、報酬がない場合でも常
に不利な立場では、プレイヤーの行動に変化が生じてしまう
4.4. オークションでの行動
可能性がゼロではない。さらに、それぞれのメカニズムで協
Mihara メカニズムのプレイヤーA は、弱支配戦略を一番多
力が生じるのかに重点を置いていたので相手を固定したが、
くとり理性的な行動をしていた。プレイヤーB は、協力の選
学習効果を考えたときこの方法ではやはり、プレイヤーの行
択肢を選択する傾向が見られた。ステージ1でプレイヤーB
動に変化が出てしまう可能性がある。そこで、それぞれのラ
が支配戦略を選択しなかったのは、協力が達成された場合、
ウンド毎に役割と相手を変えた実験をすることで、より深い
プレイヤーB の利益は 350 となり 0 を超えるので支配戦略が
考察ができる。
参加するになっている可能性がある。Olszewski メカニズム
さらに、今回の実験ではプレイヤーの評価の差とオークシ
のプレイヤーはお互いに、ラウンドを通して選択に一貫性が
ョンへの参加費を低く設定してあるが、この数値を変更する
なく自身の戦略を決めかねているような行動が観察された。
ことでそれぞれのメカニズムにどのような影響が出るかを分
析することで、よりよいメカニズムの設計基準を考察するこ
5. 結論
A が支払いをすることなく財を受け取るファーストベスト
とができる。
参考文献
な結果の頻度は、Mihara メカニズムの方が Olszewski メカ
ニズムよりも有意に高く、A が支払いをしてしまう場合も含
(1)
Glazer, J., Ma, A. (1989) “Efficient allocation of a
めたセカンドベストな結果の頻度も、Mihara メカニズムの
prize-King Solomon’s dilemma.” Games and
方が Olszewski メカニズムよりも有意に高かった。また、評
Economic Behavior 1: 222-233
価値が低いプレイヤーが支払いをすることなく財を受け取る、
(2)
Mihara, H.R.(2011) “The second-price auction
または誰も財を得ないという望ましくない結果の頻度は、
solves King Solomon’s dilemma, ” Japanese
Mihara メカニズムの方が Olszewski メカニズムよりも有
Economic Review : Volume 63, Issue 3, pages
意 に 低 か っ た 。 本 実 験 で は 、 Mihara メ カ ニ ズ ム の 方 が
Olszewski メカニズムより良い働きをすることが観察され
420–429
(3)
solution to King Solomon’s problem”, Games and
た。
Mihara (2011) において、Mihara メカニズムの利点とし
て、Olszewski メカニズムではプレイヤー同士の協力によっ
Olszewski, W. (2003) “A simple and General
Economic Behavior, Vol.42, pp. 315-318.
(4)
Ponti, G. (2000) “Splitting the baby in two:Solving
て均衡が崩れてしまうが、Mihara メカニズムでは協力が起
King Solomon’s dilemma with
こることはないという点と、2回目と3回目の逐次消去が強
agents” Journal of Evolutionary Economics 10:
449-455
支配戦略の消去であるという2点をあげている。
しかし、Mihara メカニズムで協力関係が生じる頻度と
boundedly rational
(5)
Ponti,G.,Gantner,A.,López-Pintado,D.,Montgomery
Olszewski メカニズムで協力関係が生じる頻度を比較したと
,R.(2003)“Solomon’s Dilemma: An experimental
ころ有意な違いは得られなかった。さらに、ラウンド毎に協
study on dynamic implementation” Review of
力関係が生じた頻度を見ても違いはみえなかった。今回の実
Economic Design: Volume 8, Issue 2, pp 217-239