フィナンシャルエンジニアリングレポート Vol.11 (2012/03) ヘッジファンド複製の手法を用いたリスク分析 1. はじめに 市場環境に左右されない安定したパフォーマンスを実現するためには、分散投資、つまり他の資産と低 相関の商品に投資することが重要である。伝統的な資産運用の枠組みでは国内株、国内債券、外国株、 外国債券という4資産をどのように組み合わせるか考えれば良かったのだが、グローバル化の進展に伴っ て内外株式をはじめ各資産の連動性が高まり、先に挙げた4資産でポートフォリオを分散化するのは難しく なっている。このため、伝統的な4資産と相関の低い「オルタナティブ」な資産クラスに投資することは非常 に重要である。 オルタナティブ投資においてヘッジファンドは有力な選択肢の一つである。国内株式市場などと連動する ように運用されている伝統的なファンドと異なり、ヘッジファンドは空売りやデリバティブも駆使し、相場下落 局面でも収益をあげることを目指しているからだ。しかし、ヘッジファンドへの投資は伝統的なファンド投資 に比べ流動性や透明性の面で劣り、コストも高くなる傾向がある。 このようなデメリットを抑えることを目的に、S&P500 先物や債券先物といった高流動性商品の組み合わ せでヘッジファンドのリターンを模倣する手法がヘッジファンド複製である。2007 年頃から外資系証券会社 などがこの手法を用いてヘッジファンド複製商品を開発しており、ヘッジファンド・クローンやレプリケーター、 トラッカーなどという名前で投資家に提供されている。 本稿では前半部分でヘッジファンド複製について簡単な解説をし、後半でこの手法を用いたポートフォリ オのリスク分析を紹介する。ヘッジファンドやそれを束ねたファンドオブファンズへの投資はもはや一般的と なっているが、ヘッジファンドの中身は分かり辛いため、そのリターンの特徴をヘッジファンド複製の手法に よって捉えることを目指す。 2. ヘッジファンド複製について 流動性の高い商品を使ってヘッジファンドと同じような投資効果を得ることがヘッジファンド複製の目的で あるが、それを実現するために3つのアプローチがある。ルールに基づく方法、ファクターに基づく方法、分 布に基づく方法の3つである。次表ではそれぞれのアプローチの簡単な解説をしている。 いずれの方法でも、ヘッジファンドの過去リターンからその傾向を読み取って、将来のパフォーマンスが 近しくなるようにポジションを調整している。ファンドのリターンを市場インデックスで説明しようとする点はス タイル分析と同じであるが、細かくリバランスしてマネージャーの戦略変更などを表現しようとしている点に 特徴がある。 注意点はヘッジファンドのマネージャーが大きく戦略を変更した際には複製ポートフォリオとのパフォーマ ンスに大きな差が出る可能性があることだ。ただし、ヘッジファンド複製の対象になるのは往々にして複数 のヘッジファンドのパフォーマンスをまとめたインデックスであるため、個別マネージャーの影響はそれほど 大きくないと考えられる。更に、証券会社などが提供している複製商品では今後の相場見通しなどを反映 した調整をしているのでマネージャーの戦略転換にも多少の耐性がある。 表:ヘッジファンド複製の3つのアプローチ 予め定めたルールに則って運用をする。 あまり複雑なルールを作るのでは実際にヘッジファンド戦略を考え るのと変わらない。複製というよりも簡易なヘッジファンド戦略での ルールに基づく方法 運用をすることになる。 例:移動平均線から 10%かい離した銘柄の価格修正を期待して売買 する。 ヘッジファンドのリターン実績からポジションを推定し、そのポートフ ォリオで運用することによってヘッジファンドと近いパフォーマンスの 実現を目指す。 推定には最小二乗法*やカルマンフィルター**が用いられる。前者で ファクターに基づく方法 は結果が滑らかになりやすい。後者ではリターン特性の変化に素早 く反応することができる。 例:過去のリターンを回帰して日本株・アジア株との感応度が 10%と 15%と推定された。次月はこのアロケーションで運用する。 ヘッジファンドのリターン分布の平均、分散、相関などを再現するよ うなポートフォリオを構築する。 ヘッジファンド業界のパフォーマンスとの連動を必ずしも要求しな い。 分布に基づく方法 例:ヘッジファンドは伝統的なファンドに比べて大きな損失の出る確 率が高い(裾が厚い、ファットテールと呼ぶ)ので、ETF の買いとチー プなオプションの売りポジションを持つ。既存ポートフォリオとの相関 を考えて TOPIX のプットオプションを売ることにした。行使価格は裾 の厚さを考慮して選ぶ。 * 2乗誤差で評価したとき、過去リターンを最も良く説明するポジションを求める。 ヘッジファンドが保有するポジションにある確率モデルを仮定し、ヘッジファンドのリターンを観察しながら時々刻々 ポジションの推定値を更新する。 2 ** 先に述べたように動的にポジションを変更しようとするところにヘッジファンド複製の特徴がある。頻繁な リバランスなしに複製ができないのであれば、そのリスク特性も比較的短いスパンで変化しているはずであ る。したがって、静的にベータのような指標を計算するよりも、ヘッジファンド複製のように推定値を逐次更 新していく方がヘッジファンドのリスク分析には適していると考えられる。 3. ポートフォリオのリスク分析 この節では実際にヘッジファンド複製のテクニックによってポートフォリオのリスク分析を行う。分析にはフ ァクターに基づく方法を用いることにする。ルールに基づく方法では投資ルールのパフォーマンス評価にし かならず、分布に基づく方法では投資しているファンドとの相関が小さくなってしまうためである。 ここでは投資家が Mizuho-Eurekahedge Index と同じパフォーマンスのポートフォリオを保有しているもの としよう。Mizuho-Eurekahedge Index とはユーリカヘッジ社の算出する指標で、ヘッジファンド業界の平均的 なパフォーマンスを表すものである。リターンを説明するファクターに「先進国株」「新興国株」「クレジット」 「金利」「長短スプレッド」を採用してポートフォリオの内包するリスクを分析する。 ファクターに基づく方法ではヘッジファンドのポジションを推定する必要があるが、時刻 k から k + 1 で取 るべきポジションを求めるには以下の最小二乗問題を解く。 k min b ( ~ ∑ wk − j R j − b0 − b1 R1j − b2 R 2j − b3 R 3j − b4 R 4j − b5 R 5j j = k −l ) 2 ~ R j は時刻 j − 1 から j までのヘッジファンドのリターン、 R 1j , R 2j , R 3j , R 4j , R 5j はそれぞれファクターのリター ンである。 wk − j は k に近いサンプルを重視するような重みを表す。このように推定には加重最小二乗法を 使っており、直近のデータに対する説明力を高くするために新しいデータを重視している。これには、エクス ポージャーの推定値が変化した場合に、追加された新しいデータの影響なのか、使わなくなった古いデー タの影響なのかを判断しやすくするという意味もある。 最小二乗法で推定した各ファクターのポジションを図 1 に示している。これは 2011 年末の推定値で、「フ ァクターのリターンが a%であったとき、ポートフォリオのリターンが a×b%になる」といった具合に読む。ただ し a は市場で観察できるファクターのリターンである。スケールは月次になっている。 3 図 1 推定された 2011 年末のポジション(b) 0.30 0.20 0.10 0.00 -0.10 -0.20 spread yield credit equity EM equity -0.30 当該の期間において推定値と同じポジションを平均的に保有していたならば、ヘッジファンドと近しいリタ ーンが得られたことになる。具体的には先進国株式を 10%、新興国株を 10%(新興国株ファクターは先進国 株とのスプレッドを用いているため)、社債を 20%、短期債ロングと長期債ショートのポジション 20%である。 次に、上のポジションをファクターのボラティリティで調整して求めた感応度を図 2 に示す。 図 2 推定された 2011 年末のボラティリティ調整後ファクター感応度(c) 1.4% 1.2% 1.0% 0.8% 0.6% 0.4% 0.2% 0.0% -0.2% spread yield credit equityEM equity -0.4% この図は「ファクターのリターンが 1 シグマ(標準偏差)だけポジティブな方向に動いた際にポートフォリオ のリターンが c%になる」と解釈する。ボラティリティを考慮した場合には株・新興国株の要因がポートフォリ 4 オ(ここではヘッジファンド)のリターンに大きく影響していることがわかる。 もしヘッジファンドに絶対収益を期待しているのであれば、リターンの内で株と連動する部分がアルファで カバーできる範囲に収まっているかの確認するため、この分析を利用できる。この例では株が 1 シグマ(月 次で 5%程度)下落した際にポートフォリオが 1%強の損失を被る計算になる。アルファを月 1%も要求するの は無理があるので、このポートフォリオをアルファ追求で保有するのは難しいだろう。株との相関を抑える ために、市場全体のパフォーマンスに左右されにくいマーケットニュートラルや CTA(Commodity Trading Advisor の略。先物を積極的に利用して絶対収益を目指す。)などといった戦略への投資割合を引き上げる べきだろう。 図 3 では株・新興国株とクレジット要因のボラティリティ調整後感応度を時系列プロットしている。 図 3 推定されたボラティリティ調整後のファクター感応度(c) 5.0% 4.5% 4.0% 3.5% 3.0% 2.5% 2.0% 1.5% 1.0% 0.5% Equity Equity EM 2012/02 2011/11 2011/08 2011/05 2011/02 2010/11 2010/08 2010/05 2010/02 2009/11 2009/08 2009/05 2009/02 2008/11 2008/08 2008/05 2008/02 0.0% credit ヘッジファンドのリターンで株と連動する部分は確かに多いが、直近ではその連動性が減少傾向にある ことが伺える。2011 年 10 月に株式市場が大幅に上昇したにも関わらず、ヘッジファンドの運用成績*は低調 であったことが影響している。この分析ではヘッジファンドのリスクオフを予測しないものの、そのリスク抑 制的な投資行動を事後的にではあるが視覚的に確認できる。 ここで、株式代替としてヘッジファンドを保有している投資家は、そのリスク低減効果を定量的に把握する ためにこれを役立てることができる。リスクに敏感なヘッジファンドのマネージャーは危機時にポジションを 大きく落とすため、マーケット全体のボラティリティの高まりに比べてヘッジファンドのリスクは抑制的になり やすい。例えばポートフォリオ・インシュランス**をかける場合にも、静的に計算したベータではなく複製の 手法でヘッジ量を決める方がコストの削減や意図しないポジションを回避するために好ましいだろう。 例えば http://www.eurekahedge.com/indices/index_press_release_09_November_2011.asp を参照。 ポートフォリオの損失を一定以内に抑えるためにプットオプションのような商品を購入すること。例えば 10,000 円の 株式ポートフォリオを組んでおり 10%以上の損失を許容できない場合には、行使価格 9,000 円のプットオプション(と同 等の投資効果がある商品)を購入すれば良い。 5 * ** ただし、以上の結果はファクターの選び方に依存することも注意しなければならない。今回は高格付け社 債を意識したクレジット要因を採用しており、リスク性資産と連動する部分は株ファクターに寄りやすくなっ ているが、これをジャンク債に変更した場合は株要因が小さく見えるだろう。また、ファクター間の相関は取 り除かれていないため、各ファクターに均等なエクスポージャーを持つポートフォリオが最適であると主張 することもできない。 4. まとめ ヘッジファンドは相場に左右されないパフォーマンスを謳っているものの、インデックスベースでは市 場と連動する部分も大きく、その感応度も市場環境によって大きく変化することがあり得る。ヘッジファ ンド複製のテクニックを用いてこのようなリスク特性の変化が捉えられることを示した。 ただし本稿の分析では、ポートフォリオのパフォーマンスがどのファクターと連動しやすいかを視覚化 できるだけで、各ファクターにリスクをどれだけ配分すれば最適かを教えてはくれない。資産配分につ いて洞察を得るために工夫の余地がないか調査を続けたい。 (金融技術開発部 中野良則) 照会先:みずほ情報総研株式会社 金融技術開発部 東京都千代田区神田錦町 3-1 本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿にありうる誤りはすべて筆者個人に属します。 レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。全ての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 6
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