A Case Study of Web Casting for the National High School Baseball

コンテンツ制作におけるメディアの多様化への対応
∼全国高校野球選手権大会における Web 中継の取組み∼
赤藤 倫久 †1,†2
†
†
河合 栄治 †3
山口 英 †4
香取 啓志 †1
1 朝日放送株式会社 放送技術局 情報技術センター
2 大阪大学大学院 情報科学研究科 マルチメディア工学専攻
†
3 奈良先端科学技術大学院大学 附属図書館 研究開発室
†
4 奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科
概要
朝日放送株式会社は,奈良先端科学技術大学院大学およびサイバー関西プロジェクトの技術協力によ
り,1996 年から全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)のインターネット中継を行っている.ネット
ワーク環境の変遷や視聴環境の変化に応じた高度なコンテンツを提供するために,コンテンツ制作から
配布までにおいて,新しい試みがなされてきた.特に最近では,様々な視聴環境に対応したコンテンツ
の制作をする上で,データの共有化がコスト面での実現すべき課題となっている.
本稿では,夏の甲子園のインターネット中継におけるこれまでの取り組みを取り上げる.現行のシス
テム構築にあたっては,実運用上の問題点に対する検討を反映した上で,作業環境とデータの共有を適
切に図り,メディアの多様化に対応してきた.これらコンテンツ制作と関連するメディアデータの取り
扱い,および全体のシステム開発における試みと運用を通じて得られた知見について述べる.
An Approach to Diverse Multimedia Content Production: A Case Study
of Web Casting for the National High School Baseball Championship
Tomohisa Akafuji†1,†2
†
†
†
†
Eiji Kawai†3
Suguru Yamaguchi†4
Keishi Kandori†1
1Information Technology Center, Asahi Broadcasting Corporation
2Graduate School of Information Science and Technology, Osaka University
3Research Division of Digital Library, Nara Institute of Science and Technology
4Graduate School of Information Science, Nara Institute of Science and Technology
Abstract
We have provided web casting services of the national high school baseball championship tournament since 1996. This paper describes our technical approaches to diverse multimedia content
production in this service. Among the various techniques developed, we focused on implementing
and operating data handling mechanisms to provide high-quality contents with low operational
cost. They include video contents production for the Internet, management and utilization of
the metadata, and web contents distribution. In addition, we also describe the knowledge and
experiences obtained through the service’s actual operation.
本論文は,2005 年 2 月に発行された映像情報メディア学会誌
(Vol. 59,No. 2)に掲載された論文のドラフト版です.
1
放送局の特性を生かしたコンテンツ提供サービスを考
1 放送局におけるイベント情報発信
えるならば,動画や画像を多く含むリアルタイム性のあ
るコンテンツが第一に挙げられる.しかし,高頻度の情
とその要件
報更新やリッチコンテンツに対する作業コストは,決し
1.1 夏の高校野球中継
て無視できるものではない.しかも,データ放送や携帯
電話等の配信メディアの増加傾向にある昨今では,コン
全国高校野球選手権は,日本高等学校野球連盟と朝日
テンツ制作の自動化・効率化とデータの共有化が必要不
新聞社の主催により,毎年 8 月に開催されている.朝日
可欠である.
放送では,これまで地上波テレビと AM ラジオ放送の生
また,配信の中核を成す WWW サーバにおける負荷
中継,および BS アナログハイビジョン放送1 ,近年では
は,単なる視聴ユーザ数やネットワークの問題だけでは
BS デジタル放送や地上デジタル試験放送2 の制作を行っ
なく,例えば,ファイル数,ファイルサイズなどの提供
てきた.1996 年からは,インターネットでのコンテンツ
コンテンツの性質にも大きく依存する.このように,コ
配信3 を開始した.最近では,BS デジタルデータ放送や
ンテンツとその制作システムは,コストや効率はもちろ
携帯電話コンテンツも加わり,多様なメディアへの情報
んのこと,配信システムへの影響も考慮に入れることが
発信を行っている.2003 年度の WEB ページを図 1 に
肝要である.
示す.
1.2.2 システムの信頼性
1.2 大規模イベント配信に求められる要件
放送局のイベントにおけるインターネットアクセス
は,短時間に集中することもあり,必要なネットワーク
1.2.1 コンテンツ制作のコストと効率
高校野球では,テレビやラジオを大会期間中に継続し
帯域の確保,および配信系サーバの性能向上とその負
て視聴できる視聴者は,多くないことも考えられ,多様
荷分散が必要となる.またコンテンツ供給を行う制作系
なメディア環境への対応も必要である.そこで,多くの
サーバやデータベースに負荷をかけない仕組みも重要で
視聴者に広く情報を提供することを目的とした,イン
ある.さらにインターネットからの情報発信の影響力と
ターネットの果たす意義は年々大きくなっている.
放送局としての注目度を勘案すれば,長期間にわたる安
定性,堅牢かつ信頼性の高いシステムとその運用が望ま
れる.
2 これまでの取組み
2.1 1996-1999 年
1996 年当時,インターネットは企業や大学での利用が
主であり,一般家庭には徐々に普及し始めた時期である.
そうした状況の中で,放送局からのインターネットを通
じたコンテンツ配信の試みとして,WEB での静的なコ
ンテンツ配信と,RealAudio による音声配信を開始し
た.また,より放送局らしいインターネット中継を実現
するために,静的な試合情報だけでなく,随時更新され
る JPEG のキャプチャ画像によるリアルタイムコンテ
ンツも提供した [1].翌年 1997 年には,生中継やハイラ
図 1 甲子園 2003 の WEB ページ
イト映像などの動画コンテンツの提供を開始した [2][3].
1
この時期は,先行事例の少ない大規模イベントでのイ
2
ンターネット中継のシステム系の構築および運用自体が
現在は,BS デジタル放送に移行
2003 年 12 月から東名阪は地上デジタル本放送を開始
3 開催期間限定の開設 http://koshien.asahi.co.jp/
2
大きな課題であり,コンテンツ制作からビジネスに至る
ビ中継用の CG 作画システムのデータを利用することと
まで,実験的要素を含んでいた.
した.放送局では,テレビ中継用のスコアデータの作成
に長年取組んでおり,この洗練された既存のデータを活
2.1.1 映像コンテンツの制作環境の開発
用することが最善であると考えたためである.
インターネットを対象として映像コンテンツを提供す
この CG 作画システムのデータは,すべてファイル管
るためには,新たに制作環境の整備,開発を行う必要が
理されていたため,ネットワークを通じて,必要とする
あった.従来の映像系のシステムには,インターネット
データを FTP のファイル転送や NFS のディスク共有
上で流通される形式のデータを取り扱う仕組みは含ま
により取得した.しかしデータの利用に際しては,ファ
れていない上,現在ほど豊富な選択肢はなく,非常に高
イルやディスクの物理的な共有であることから,アプリ
価であったためである.特に映像データの処理について
ケーションの目的ごとに,個別のインタフェースの実装
は,これまでの放送本業とは性質の異なる分野であり,
が必要であった.すなわちメタデータ的な観点からは,
新しい試みのなかで独自にシステムを実装した.
スキーマや意味内容の共有をするものではないため,再
例えば,ハイライトシーンの制作系においては,速報
利用性は高いとはいえない.しかし,汎用的なデータ共
性を確保する上で,編集作業の迅速化とコスト面の制
有環境には至っていなかったものの,正確なスコアデー
約により省力化が求められることから,カット編集の自
タの提供と運用コストの抑制は達成できた.
動化のシステムを構築した [4].これは MPEG1 形式と
Real 形式の映像データを対象とし,独自のアプリケー
2.1.3 コンテンツ配信系の構築
ションにより実現したものである.MPEG1 では編集リ
コンテンツ配信系の構築において特に考慮が必要で
スト作成のための GUI アプリケーションを作成し,そ
あったのは,ユーザのアクセスネットワーク帯域である.
れにより随時作成されるリストから必要シーンを SGI
当時は,ダイヤルアップによるインターネット接続が主
の Indigo2(後に SGI O2)を用いたシステムにより自
流であったことから,28.8kbps 程度の接続を前提に,す
動カット抽出した.Real については,録画と同時のリア
べてのサービスを構築する必要があった [1].例えば,ハ
ルタイム編集が困難であるため,ハイライト発生時に録
イライト映像の品質と長さを決定する際に,3 分程度で
画を停止して Real サーバ上に保存する.この Real 形式
ダウンロード可能となるように,品質と長さを調整した
のファイルから,先と同じ編集リストを用いて再カット
(実際には,256kbps の MPEG1 データを 20 秒分切り
編集によって作成を行った.これらの動画ファイルは,
出して提供した)
.
SGI の O2 上で稼動するプログラムから作られた静止画
その後,インターネット接続ユーザ数の増加に伴い,
とテキスト情報が関連付けられた HTML コンテンツと
サーバ負荷の増大が大きな問題になってきた.特に,当
ともに公開した.現在では,自動更新される動画像や説
時用いていた Apache WEB サーバが過負荷状態に陥
明テキストを含むリッチコンテンツが一般的であるもの
り,サービス停止状態になることもあった.これに関し
の,当時では画期的であった.
ては,高信頼性を有したシステム構築という観点から,
大きく分けて二つの対応を行ってきた.
2.1.2 試合に関わるデータの共有
一つは,1998 年からネットワークおよびサーバの詳
SBO やランニングスコア,打者情報のデータ(まとめ
細な状態を把握するために,パケットモニタリングによ
て以下,スコアデータ)は,野球に関する HTML コン
る監視システム [5] を新たに開発した.例えば,サーバ
テンツにおいて提供するべき情報である.ここで実運用
の状態の傾向から,ユーザ側のコンテンツの更新間隔を
上,問題となるのは,新たにこのようなコンテンツを作
動的に変化させて,過負荷状態の回避とサービス停止時
成するために,データ入力と確認等の作業者が 2 名程度
間の最小化を実現することが可能となった.
必要となることである.加えて,安定した運用と信頼性
もう一つは,サーバ負荷を複数のサーバホストに分散
の高いデータを確保するまでには,ユーザ教育に相当の
させるための技術の導入である.96 年は 1 台のサーバ
時間が費やされる.
で WEB サービスと音声サービスを提供したが,97 年
そのため,データ共有の観点から新規のデータ作成は
には,サービス毎にサーバを用意する負荷分散(機能分
行わず,本社の副調整室(以下,G サブ)におけるテレ
散)を行い,さらには WEB サーバを 2 台用意し,DNS
3
ラウンドロビンによる負荷分散(サーバ分散)を行った.
また,WEB における静止画像の提供 [6] では,ファイ
ルの形でオリジンサーバにデータファイルをアップロー
ドすると,データ読出しの際のディスク I/O が性能のボ
トルネックになることが判明した.そのため,オリジン
サーバへのデータ提供では,オリジンサーバが確保して
いるメモリー領域内にネットワーク経由で,直接書き込
んで使用する共有メモリーによる負荷分散(I/O 分散)
図 2 動画ファイル自動編集のファイルの取り扱い
を行った.
ニング単位での録画であるため,大きな遅延ではないも
2.2 2000-2001 年
のの,各イニングが終了するまでは,ハイライトシーン
2000 年から 2001 年は,インターネット利用者が一般
を提供できないことである.
家庭で急速に増加し,またモデムの通信性能が改善され
そこで 2001 年には,一定の長さの Real の rm ファ
たり,DSL やケーブルなどによるブロードバンド接続が
イルを連続で作成し,ハイライトの発生時刻から必要な
普及し始めた時期である.ユーザが利用可能な帯域が増
シーンが収録されているファイルを探索,自動編集する
加したことにより,インターネット上で実現できるコン
手法を開発した.この仕組みは,野球のハイライトシー
テンツの幅は広がってきたものの,サーバ運用における
ンにおける必要部分は,比較的短時間であることに着目
負荷対策は必要不可欠になりつつあった.
している.その上でシーンの時間長さを経験的に 1 分
動画の制作環境は,動画メディアの普及状況に合わ
45 秒以内と限定し,NTP(Network Time Protocol)に
せて,生中継の対応メディアは,Real 形式と Windows
よって時刻同期された 2 台のエンコード PC (図 2 上の
Media 形式,ハイライトシーンは Real 形式のみとした.
encoder 1, 2)によって,全時間を包含できるように交
また,G サブの CG 作画システムの全面的な再構築に
互に重複時間のある一定の時間長さ(3 分 45 秒)のメ
より,スコアデータを取得する新たな手段が必要となっ
ディアファイルを連続して作成する.
た.以上から,対応すべき課題は以下のようなものが挙
つまり,ハイライトシーンの格納されているファイル
げられた.
は,必ず一つまたは二つ存在することになり,発生時刻
から計算した最近接のファイルを選択する.さらに,当
2.2.1 Real 形式の編集システム
該ファイルを必要な長さにカット編集するものである.
ハイライトシーンの発生から最長で 3 分 45 秒以内には,
ハイライトシーンの編集システムにおける要件として
は,作業負荷の軽減とハイライト発生から公開までの作
そのシーンを格納しているファイルが出力されることか
業時間の短縮が挙げられる.インターネットにおける速
ら,その後のカット編集の処理時間を含めて,4 分程度で
報性を考慮すれば,野球コンテンツにおける一般的な目
の公開が可能である.図 2 はこの仕組みの概念であり,
安としては,当該イニングから次のイニング途中までに
イン点が 15:04:30,アウト点が 15:04:50 のシーン(図 2
公開されることが望ましい.実際の時間としては,一つ
上の in, out)の場合は,どちらのエンコーダ PC にも動
のハイライト素材が 5 分から 10 分程度の作業で完成す
画ファイルが存在することを示している.このシステム
ることが必要である.
は,即時性と大幅な自動化を実現したものの,システム
2000 年のハイライト制作システム [7] については,ハ
の安定性および操作ミスや障害対応における複雑な操作
イライトのメディア形式を Real に絞ったこともあり,
にはまだ若干の問題があり,一般作業者に対する容易な
イニング単位で収録された動画ファイルに対して,イン
運用が要望された.
点とアウト点を記述したメタファイルにより,ハイライ
2.2.2 スコアデータの共有環境の再構築
トの必要部分のみを視聴させる方式とした.以前のシス
CG 作画システムの再構築対応と合わせて,ディスク
テムと比べての利点は,動画の細かい編集は必要なく,
簡潔な系になったことが挙げられる.欠点としては,イ
共有の際に課題となるスコアデータ取得のための共通イ
4
ンタフェースを開発した.このインタフェースが実現す
3 現行システム
れば,スコアデータを必要とする他システムからのアク
セスが簡便になり,データ内容に関するアクセス制御も
現行システムの構築にあたり,携帯電話や BS デジタ
含めた管理が容易となるからである.
具体的には,Apache+Tomcat を用いた Servlet から
ルデータ放送をはじめとする,配信メディアの多様化の
の ODBC−JDBC ブリッジによる,http 経由でデータ
ためのコスト増に対しては,作業環境とデータの共有化
の取得を行う共通のインタフェースを準備した.これ
による解決を方針とした.加えて,システムの安定性と
は,新 CG 作画システムのスコアデータ管理に,Access
操作性を改善し,実証実験ベースであったインターネッ
97 を用いていることに起因する.Access は,データ
ト中継を,運用ベースに移行させていくことを目指した.
ベースの知識がなくとも,ファイル的な取り扱いによ
一方,インターネットの常時接続環境が常識になりつつ
り,バックアップが容易である.つまり,簡便な作業の
あったため,コンテンツ配信系における効率的な負荷分
みで障害からの迅速な復旧が可能であることから,放送
散を考える必要が出てきた.現行システムの構築におけ
の生中継用に適している.しかし,Access からネット
る課題と対応を以下で述べる.全体のネットワークの概
ワークを介してデータを取得する方法は,ファイル共有
要図を図 3 に示す.
のみか,もしくはファイル共有+ ODBC に限定される.
3.1 汎用的なシステム構成の実現
ファイル共有のみでは,前システムと同様に共通インタ
フェースとはなり得ないため,ファイル共有+ ODBC
これまでの問題点と Windows Media 形式に対応す
を利用した.
ることから,ハイライト制作系のシステム [10] を全面
その上で,社内の NW 環境に親和性の高い http 経由
的に更新した.社内の編集環境の統一の観点から,先行
とするためには,CGI 等のサーバサイドのプログラムか
して WEB 用のニュース制作用に導入されていた Avid
ら ODBC を介してデータ取得する必要がある.加えて,
Xpress DV を利用した.また,連続して起こるハイライ
今後の汎用性や移植性を考慮し,Java ベースの Servlet
トに迅速に対応するためには,録画と編集作業を分離す
により構築することとした.しかし,放送系システムに
る必要があり,作業環境をネットワーク上で共有できる
対する高頻度の直接のアクセスは,堅牢なシステムを考
Avid LanShare EX を導入した.このハイライト制作系
慮する上で問題もあり,次年度以降の課題となった.
は,図 3 上の朝日放送本社側の下半分部分にあたる.ま
た全体として,これまで利用していた専用の高価な SUN
2.2.3 WEB サーバの性能限界と負荷分散
や SGI のサーバ,ワークステーションを,Windows 系
配信系の構築においては,サーバの負荷がさらに上昇
OS や Linux および x86 Solaris が稼動するサーバ,PC
を重ね,Apache では性能に不安が生じるほどとなった.
マシンに置き換えることとした.
Apache の性能上の問題点は,クライアント数の増加に
ハイライトのサムネイルや HP 上で現在の試合状況を
伴ってサーバプロセス数が増加し,その管理のオーバ
表示する JPEG 静止画は,Video for Windows,Video
ヘッドが大きくなってしまうことである.そこで,2000
for Linux および Independent JPEG Group の jpeg-
年には,あらかじめ生成しておいたごく少数のスレッド
v4b の一般に入手可能な汎用のライブラリを用いて実装
により,すべてのリクエストを処理する,独自の WEB
されたプログラムから変換される.これにより,別用途
サーバ Chamomile[8] を開発した.Chamomile は,2001
においての機材共有やアプリケーションの移植が容易と
年にはコンテンツ配信を自力で解決する WEB アクセラ
なり,システム系の汎用性の向上を実現できた.
レータ(WEB リバースプロキシ)として動作するよう
に実装を変更した.このサーバは,メインメモリーを活
3.2 多様なメディアへの対応とデータの共
用しディスク I/O を最小限に抑えるという特徴も併せ
有化
持っている.また,従来の負荷分散技術だけではなく,
レイヤ 4 スイッチの導入により,万が一サーバが停止し
配信メディアの多様化においては,現用で稼動してい
た場合でも,ユーザからは障害がほとんど見えない仕組
る既存システムとの目的や構築の経緯の違いから,制
み [9] を構築し,システムの高い頑健性を確保した.
作環境が別となることが多い.このような場合,配信メ
5
図 4 機材ラック
図 3 2003 年のネットワーク概要図
ディア数に比例した作業コストが必要となり,大幅なコ
ストの増加が懸念される.また業務フローとしても非効
率である上,個別の作業では複数の観点からのチェック
が働きにくい.
つまり,多様なメディアへの対応においては,各種
データの共有化による作業の省力化が必須条件である
と考えている.ここでの共有すべきデータとは,スコア
データをはじめとするメタデータと動画や静止画のメ
ディアファイルを指す.
図 5 メディアファイルの流れ
3.2.1 メディアファイルの共有
動画や静止画のメディアファイルの流れは,図 5 に示
される.図 5 上の編集サーバに録画された DV ファイ
この画面においては AVI ファイルの指定の後,ID 発
ルを編集・エンコード PC によって,インターネット用
番,エンコードおよび各サーバへの FTP が行われる.
に AVI ファイルをエクスポートし,ファイルサーバに
このエンコード以降の処理は,このアプリケーションか
蓄積される.この一つの AVI の元ファイルから Real,
ら,Windows Media と Real Producer のコマンドライ
Windows Media,JPEG および FOMA,AU の目的に
ン機能を用いたエンコード用のスクリプトと FTP のス
応じたメディアファイルに変換を行う.
クリプトを動的に作成し,随時実行する仕組みとなって
AVI と Real,Windows Media と JPEG のファイル
いる.
管理とエンコードおよびファイル転送は,メタデータと
また基本的に動画ファイルは,自サイトだけでなく,
の関連付けの際に,図 5 左側にある編集・エンコード
朝日新聞社の高校野球サイトにも提供するために専用の
PC 上の独自のアプリケーション(図 6)に実装された
ファイルサーバにも転送される.図 5 上の主な機器のシ
機能により,データベースに登録された後に一括して処
ステム構成を表 1 に示す.携帯電話向けの動画ファイル
理される.
は,図 5 の右側の携帯用エンコード PC においてデータ
6
表 1 メディアファイル系システム構成
用途
ソフト構成
編集サーバ
Avid Lanshare Ex
Avid Xpress DV 3.5, Helix Producer, WM Encoder 9, 静止画変
換用 DLL
編集・エンコード PC
録画 PC
上に同じ
エンコード PC(携帯用)(WEB 用
QuickTime Pro ver.4, au Mobile
Converter
データ確認・追加 PC と共用)
図6
OS
Windows 2000 Server
Windows XP
Windows XP
データ入力およびエンコード用アプリケーション
ベースから適切な AVI ファイルを選択し,キャリヤ別の
指定エンコードソフトを用いてエンコード作業を行う.
図7
また図 3 において,メディアファイル系のシステムは,
メタデータの流れ
朝日放送本社側の下部分にある編集サーバや編集・エン
データ放送に使用される Binary Table において取り
コード PC がこれにあたる.
扱うことのできる文字コードの範囲4 には制限があるた
めに,大枠の入力は一括して行い,用途ごとに別々のレ
3.2.2 メタデータの共有
コードに格納し,必要に応じて文字の修正を行った.
リアルタイム性の高いメタデータとなるスコアデータ
入力変更作業は,すべてデータベースに対して行い,
は,従来の放送系の Access への直接のデータ取得では
なく,別途スコアサーバを設置し分離することとした.
最終的にインターネットとデータ放送用の CSV ファイ
これはインターネット系からのアクセスを,このスコア
ルを出力する.インターネット用には HTML に変換し
サーバに対して行うことで,高頻度の読出し処理による
て WEB サーバに転送し,データ放送用にはサーバ内に
負荷を放送系に与えないためである.
おいて,さらに Binary Table に変換される.
図 7 は,メタデータ系のデータの流れを示している.
具体的には,このスコアサーバは SQLServer で構成
されており,Access 97 からのデータベースリンクを作
具体的には,スコアサーバの SBO や打者情報は,数秒お
成し,同期的にデータが書き込まれるようにした.また,
きに動画管理サーバにおいて,現在の試合を表す HTML
データベースを設置することで,ネットワークを介した
コンテンツとして作成処理された上で,WEB サーバ上
統一的なアクセス手段が提供されることから,汎用的な
に公開される.ハイライトのコンテンツは,ランニング
データ活用が可能となる.
スコア上に ID 管理された動画とのリンクの関連付けを
リアルタイム性を求められない出場校と選手アンケー
行い,同じく公開される.対応する機器のシステム構成
ト等の情報は,これまでは用途に応じて個別にコンテン
を表 2 に示す.また図 3 において,メタデータ系のシス
ツを制作していた.そのため,2002 年度の BS デジタル
テムは,朝日放送本社側の下部分にある動画管理サーバ
データ放送を開始する際には,共有データベースを設置
やスコアサーバ,およびデータ入力 PC がこれにあたる.
し,データ放送とインターネットとのメタデータおよび
本システムにおいては,積極的なシステムの統合とア
作成環境の共用化を行った [11].
4
7
ARIB STD-B24 第 2 編にて規定
表2
メタデータ系システム構成
用途
ソフト構成
動画管理サーバ
PostgreSQL, Apache + PHP4
JSDK-2.3 + JDBC
MS SQL Server 2000
VB6 + ODBC
Oracle 8i
(動的 HTML 作成)
スコアサーバ
データ入力 PC(編集 PC と共用)
データ放送用サーバ
OS
RedHat Linux 9
Windows 2000 Server
Windows XP
Windows 2000
4 のラック上下部分の 1U サーバ群がこれにあたる.
プリケーションレベルのメタデータ,およびメディア
ファイルの共有により,作業の可用性を高めた上で,作
これは,従来各サービス毎に静的に割り当てられてい
業人数の増加を含むコストの増加を抑えることを可能と
たサーバ資源を,アクセス傾向の変化に応じて随時再配
した.
分していくことにより,資源割り当ての最適化を図る仕
組みである.このような仕組みを実現するためには,そ
3.3 ハイライト制作系における運用の安定化
の資源再配分のタイミングを判断するために,アクセス
傾向の変化をリアルタイムに把握すること(アクセス予
現行のシステムでは,ハイライト系のメタデータと
測)が重要となる.一般的に,インターネット通信の計
メディアファイルをデータベースにより ID 管理し,コ
測において,時間粒度を小さくしていくと,通信のバー
ンテンツ制作過程の入力作業を段階の経た流れ作業と
スト性およびランダム性が共に大きくなり,正確な予
した.
測が難しくなってくる.また,計算量の増加によりリア
従来のハイライト制作システムにおいては,実験的な
ルタイムな予測が難しくなる.従来のアクセス予測技術
観点から実稼動が最優先とされており,システム系に
は,比較的長期間かつ周期的な傾向を把握するためのも
ロールバック的な概念はなく,個別の対応になりがちで
のが多く,変化の激しいアクセスの予測には用いること
あった.このことから,業務として特別な技能を要しな
ができなかった.そのため,比較的計算量の少ない線形
い汎用的な作業環境が要望されていたためである.
補完を用いた予測による全体の傾向の把握に加え,アク
そのため,この ID 管理を利用して,作業者自身が訂
セス変動幅をマージンとして用いることで,システムの
正や再作業を容易に行える機能を,制作過程のすべてに
性能を超えるリクエストが到着する期間を可能な限り小
おいて準備した.これにより障害や操作ミスに対する復
さくするようにし,資源割当ての最適化とシステムの高
旧が容易となり,安定したシステム運用を実現できた.
い頑健性を両立させた.
3.4 効率的な WEB の負荷分散
4 考察
現在の WEB コンテンツ配信系 [12] は,これまでの開
本稿では,インターネット対応を中心とした高校野球
発により安定したサービスを提供できるようになってい
のコンテンツ制作から配信までの取組みをメディアの多
る.一方で,本取組みのようなイベント中継のための情
様化という観点から述べてきた.一般に,配信メディア
報サービスの場合,アクセスピーク時には膨大なアクセ
の増加はシステム系を複雑にし,作業コストにも直接影
スが集中するため,それに合わせて専用のサーバ資源を
響を与える.その解決策として,放送用の既存データの
投入することが難しくなってきている.こうしたクラス
利用,汎用的なシステム構成,データの共有化,および
タシステムの爆発的な大規模化は,6 ヶ月に 2 倍とも言
システム系の安定化を進めて効果を上げてきた.特にメ
われるネットワーク帯域の急激な増加のために,不可避
タデータとメディアファイルの共有は,作業環境の共有
的である.
化にも寄与している.実際に,メディアの多様化による
そこで現在は,サーバクラスタにおける資源の動的な
配信コンテンツの大幅な増加に関わらず,WEB 中継に
再構成を可能とするシステムの開発 [13] を行っている.
おけるコンテンツ制作担当の作業者数は,当初からの 3
このサーバクラスタは,図 3 上の NTT スマートコネク
名と変わらず,個々の作業量についても微増を維持して
ト社の ABC 用のハウジングラックに設置しており,図
8
いる.
5 むすび
その上で,作業の省力化やコストの低減,および障害
対応のためのシステムの実装は,実運用での検証を行わ
なければ,本当に有用であるかが計れないことも少なく
放送局では,動画を含めたインターネットでの情報発
ない.例えば,放送局の現場においては,メタデータを
信は年々増加している.注目度の高い大規模イベントに
方法論として,大きく一つにまとめて論じられることが
おいては,そのシステム構築と運用コストが大きな課題
多く,本来の目的や制作から配信までの段階に応じた,
となる.本稿では,全国高校野球選手権大会のインター
運用上の考慮がなされないことが多い.形式的な標準化
ネット中継を,その一例として開始当初から現在に至る
が図られることも重要であるものの,制作現場から必要
までの毎年の課題と取組みを紹介した.このイベントに
なデータをボトムアップで積み上げていく,経験的な手
おいては,インターネット上で実験的に運用してきた経
法による成功例の積み重ねが,円滑なコンテンツの循環
験や蓄積を生かすことで,データ放送や携帯電話等の多
や再利用につながるのである.つまり,コンテンツ制作
様化するコンテンツ制作とその配信に柔軟に対応して
支援のためのメタデータに関するアプローチは,記述構
きた.
造的なスキーマの整備よりも,実際の意味内容に関する
コンテンツ配信においては,インターネットの普及と
データの蓄積と利用に重点を置くべきであると考えて
ともに,配信インフラの整備,サーバ自体の性能向上,
いる.
負荷分散と負荷予測を含めたサーバのクラスタリングを
この点において,夏の甲子園のインターネット対応に
実現し,遅延の少ない良好な視聴環境を構築できた.こ
おける取組みは,実証実験と運用の二つの側面をもって
のコンテンツ配信システムについては,デジタル放送の
いる.つまり,プロトタイプの実運用における課題の検
付加サービスとしての番組連動サービスを実現する基礎
討と改修から,運用段階に移行させる手法をとっている
技術であり,この観点からも研究を継続する予定である.
のである.特に,新しい技術と運用上の経験を積極的に
また放送局の制作システムは,組織によって細分化さ
システムに還元することが,重要であると考えている.
れがちであるものの,一層の活用が期待されるメタデー
例えば,ハイライトシーン制作系における運用の安定
タの連携を考慮すれば,全体のデータの流れを見通し
化は,作業者からの要望と問題点を率直に汲み上げた結
制作現場との協調により進めていくボトムアップ手法
果である.時間的制約のあるイベントの実運用において
が必要不可欠となる.さらに,放送機器の IT 化は急速
は,作業者の心理的負担も大きく,円滑な運用の実現に
に進み,情報系との境界はなくなりつつある.したがっ
は,操作性の高い安定したシステム系と耐障害性の向上
て,コンテンツ制作系での活用だけではなく,コンテン
は欠かせない.
ツを管理運用する部門をはじめとして,全社的に情報を
またコンテンツの配信系についても,メディアの視聴
フィードバックすることが重要であり,これを今後の課
環境の変遷に応じて,随時新しい試みの導入と改修を重
題としたい.最後に,システム開発と運用の両面からの
ねてきた.コンテンツの内容と配信には密接な関係があ
技術協力および機材提供を頂きましたサイバー関西プロ
り,大規模なイベントにおいては,両方を考慮しシステ
ジェクト,WIDE プロジェクト,NTT スマートコネク
ム系を構築する必要がある.インターネットは放送と異
ト(株)をはじめとする多くの組織,およびこれまでの
なり,物理的に制限のあるネットワークを介在する上に,
すべての関係者に感謝申し上げる.
視聴者には大きな遅延がなく,コンテンツを提供しなけ
参考文献
ればならない.魅力的なコンテンツであるほど,コンテ
ンツのファイル数やサイズは大きくなり,更新間隔や視
[1] 知念賢一,吉田豊一,山口英,香取啓志:“全国高
聴者からのアクセス増加の影響を含めて,サーバの I/O
等学校野球選手権大会 Internet ライブ中継実験報
やネットワークに対する負荷は増大する傾向にある.多
告”,映情学誌,51, 6, pp.185-190,(June, 1997)
様化するメディアの対応においては,運用上の考慮から
[2] 普天間 智,知念 賢一,山口 英,吉田 豊一,香取
制作系と配信系が協調したシステムの設計を行うことが
啓志:“第 79 回全国高等学校野球選手権大会中継の
重要であると考えている.
実験報告”,Japan World Wide Web Conference
9
’97, (Dec., 1997)
[3] 吉 田 豊 一 ,香 取 啓 志 ,沖 本 忠 久:“甲 子 園’98”,
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UNIX
MAGAZINE,
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[5] 吉田豊一,香取啓志,沖本忠久:“甲子園’99(そ
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におけるスタンバイ状態を導入したサーバ切り替え
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ネット運用技術 シンポジウム 2003, (Jan.,2003)
10