「千葉市美術館 ~魅力ある美術館はどう生まれ、育ってきたのか~」

千葉市美術館館長 河合
正朝氏
ご講演
「千葉市美術館 ~魅力ある美術館はどう生まれ、育ってきたのか~」
本年平成24年4月に、千葉市美術館3代目の館長として就任しました。先の2代の館長のあ
とを引き継ぎ、「美術館冬の時代」といわれる中、活発な活動を展開し、全国的にも評価を高めて
いるところです。
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日本の美術はいま、世界で注目されているか?
残念ながら、少し注目度は下がっている。美
術と国力には相関があるようで、日本の国力が高まると美術も注目される。今は国内経済や国際
的な影響力が低下しており、美術の注目度も低下している。
現在は、アジアの中でも中国、韓国の注目度が上がっていて、日本でも米国でも大学の研究者・
学生で日本美術を扱う数は減少している。アメリカの美術館でも学芸員の幹部クラスには中国人
が就いていて、日本人はほとんどいなくなった。「日本部」もなくなったり縮小されたりしている。
また、欧米の大都市には中・韓政府が設置した、文化を広めるオフィスや展示施設などが増えて
いる一方、日本のこうした施設は国内情勢のあおりで「まず文化から」削減される傾向にある。
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千葉市美術館は、1982(S57)年に千葉市新総合計画の一環で設置構想が立ち上がり、1985(S60)
年に後に館の収蔵品の目玉となる「今中・浮世絵コレクション」を千葉市が購入。1995 年(H7 年)11
月 3 日に開館し、記念展として大英博物館との提携で「喜多川歌麿」展を開催し、5 万 5 千人の
入場者を集めた。
美術館の役割は大きく分けて4つの機能を有している。
①美術品の収集、②収蔵品の保管、
③研究、④公開(社会的・文化的に『活用』するという意味)である。
美術品の収集において、千葉市美術館では方針として3つの柱を立て、 ①浮世絵、②近世(江
戸期)の美術、③現代美術 を対象に所蔵品の収集を行っている。
公立美術館ではとかく、税金を使って研究者に好きなことをさせていると、あまり好意的に見
られないこともある。しかし、科学や文化の大きな発展は、公的資金を大規模に投入することで
得られることは多い。
例:山中教授の iPS 細胞研究、小柴教授のスーパーカミオカンデなど
千葉市美術館には8名の学芸員がおり、それぞれ江戸期の浮世絵や絵画、現代芸術などの得意
分野で研究活動をしながら、展示における企画力や見せ方も磨いて、事務系職員ともうまく噛み
合いながら機能している。多くは開館以来のベテランで、大変優秀な研究者である。ただ、今後
10年ほどのうちに、後継者の採用や育成を急がねばならないのが、現在の悩みではある。
収蔵品は開館前後に購入した作品のほか、市民や収集家からの寄贈・寄託で成り立っている。館
としては、公立施設としての情報公開・共有やコンプライアンスにも取り組んでいる。財政的にも
経済の状況が厳しい中、市に頼ってばかりいるわけにもいかないと考え、ボランティアの活用や
友の会組織による資金調達などを進め、独自のファンド(基金)を確立する道も探っている。
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「市民のための美術館」とは、市民が「美術館は自分たちのもの」と考えるようになることに
通じ、美術館に対して要望・要求するだけでなく、市民が能動的に、美術館に対して自分たちには
何ができるかを考え、能動的に働きかけるようになることが望ましい。
よく「美術館は敷居が高い」などと言われるが、日本では特にその所蔵品がもともと皇室や貴
族、大名などの持ち物であることが多く、見る側には「見せて頂く」、見せる側には「見せてやる」
ような意識が、未だに残っているためではないかと思う。
欧米でも所蔵品の性格は似たようなものだが、特に米国では観覧無料、
「見せてやるんだからタ
ダで当然」のようなムードがある。公共財産としての美術品を所蔵していることや、寄付・寄贈し
ていることを誇りとする文化があるからともいえるだろう。
日本では美術に限らず、科学技術やスポーツ、福祉などの分野でも、いわゆる「寄付文化」が
育っていない。これには税制上の優遇措置や、例えば使途を明示した寄付を促進する仕組みづく
りが必要だが、寄付が文化になるような取り組みを、国としても進めてもらいたいと思う。
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最後に、美術を楽しむためのアドバイスをひとつ。
「食べ物と同じように、好きなものを観る」
ことからはじめることをお奨めする。面白いと思うものを観て、つまらないものは観なくていい。
そうしていくうちに、面白いもの、好きなものの記憶が積み重なって、その中でも細かな違いを
見出したり、深く味わうことができるようになってくる。
美術館では「黙って静かに」鑑賞するよう言われているが、個人的には何人かでわいわいと楽
しそうに語らいながら鑑賞するのも、美術を楽しむ上では悪くないのではないかと思う(笑)。
美術館としては、社会的・公共的な教育の役割を果たす上でどうすればいいか、何をすればいい
かを考え、日々の活動を通じて、こういうことが求められているんだな、などと考えをめぐらせ
ている。幸い千葉市では行政の理解もあり、企業・組織の支援も得て、今後も月並みだが「市民に
親しまれる美術館」になるよう活動してゆく。
(以上文責:事務局長 篠原 信行)