各論-5 呼吸器 かぜ症候群に対して盲目的に抗菌薬を投与してはいけない! 中浜医院(大阪府)/大阪大学微生物病研究所非常勤講師 中浜 力 通感冒の51%に抗菌薬が投与され,さらに急逝上 気道炎の52%,気管支炎の66%にそれぞれ抗菌薬 ●かぜ症候群 ●抗菌薬 が投与されていて,これら3疾患に投与された抗 ●適正使用 ●耐性菌防止 菌薬の量は,米国の年間抗菌薬総消費量の21%に あたると報告している. またGonzalesら2)は違う論文で,米国では外来 Ⅰ かぜ症候群への抗菌薬投与の現状 での抗菌薬投与の75%は,感冒,上気道炎,急性 かぜ症候群は,上気道の急性カタル性炎症性疾 気管支炎のいわゆる感冒症候群に消費されてお 患の総称であり,その原因の80∼90%がウイルス り,その多くは臨床的意義に乏しいと指摘してい 性であることは周知の通りである.そして残りの る.そしてこれらの中で不要な抗菌薬投与を削減 10∼20%にマイコプラズマやクラミジア・ニュー しても有害事象の発生する可能性は低く,削減す モニエ,A群溶連菌を主とした起炎菌,そしてア ることで耐性菌出現が抑制できる可能性を強調し レルギー疾患などの非感染性因子が含まれる. ている.そのためには,エビデンスに基づいたガ 健常人のかぜ症候群に対しては,原則的には イドラインの作成を今後複数の学会が協力し遂行 ウイルス性である限りは抗菌薬の適応はない. すること,そして消費者教育や医療保険制度など しかし実際の臨床現場では高頻度に抗菌薬が投与 への介入も必須であると述べている. されているのが現状である. 2001年度の著者らのプライマリケア医508人を対 Ⅱ かぜ症候群への抗菌薬投与の効果 象にしたアンケート結果では,かぜ症候群を含む それではかぜ症候群に対して,抗菌薬投与は実 上気道炎に対して,30%の医師がほぼ全例に抗菌 際にどの程度有用であるかの疑問について,一つ 薬を投与しており,半数の患者に投与している医 の調査結果がある. 師は33%であった.ちなみにほとんど処方しない 医師は4%である. 石田博,田坂佳千らは,川崎医大総合診療部を 受診した基礎疾患のない成人かぜ症候群 200例を 使用されている薬剤の50%はセフェム薬であ 対象として,かぜ症候群に対するAMPC併用投与 り,ついでマクロライド薬が36%で,キノロン薬 の臨床的効果を検討した.患者は無作為抽出法に も6%に投与されていた.そしてこれらの背景に て,対症療法群104例とAMPC併用群96例に群別 は,医師の不安からくる習慣的投与と患者の誤 し,治療5日目に患者自身で症状を記入した記録 った抗菌薬信奉,製薬会社の無節操な販売促進 を郵送にて回収し,さらに診療録からその後の治 などがあると分析できる. 療経過を評価した. 米国でもその傾向は同様で,Gonzalesら1)は普 470 (1070) 治療増刊号 Vol.85〈2003〉 結果は,対症療法群で後に抗菌薬投与が必要と 各論-5 呼吸器 なったのは104例中3例(3%)で,それらの症例 表1 かぜ症候群に対する抗菌薬投与の原則 は細菌性気管支炎併発2例,副鼻腔炎併発1例で, 原則として抗菌薬の適応はない 二次肺炎や入院例はなかった.一方,AMPC併用 適応になる病態 群では,後にマクロライド薬の追加投与が3例 1.病状から細菌感染症と区別できない場合 扁桃炎,副鼻腔炎,気管支炎 (3%)に必要であった.石田らはこの結果から, かぜ症候群に対するAMPC併用投与による有意な 臨床的効果は認められなかったと考察している. 田坂は3),外来呼吸器感染症での抗菌薬投与の 2.二次性に細菌感染症が合併したと考えられる場合 副鼻腔炎,中耳炎,気管支炎,肺炎 3.二次性に細菌感染症を合併しやすい,合併すると重篤 になりやすい場合 呼吸器疾患合併例,高齢者, その他のcompromisid host EBMとして,65歳以下の健康成人であれば,発 一般論として抗菌薬投与を考慮すべきかぜ症候群の臨床症状 熱・鼻炎症状・乾性咳主体のかぜ症候群では,抗 1.症状の遷延(7∼10日以上続く咳,痰など) 2.膿性の痰 3.膿性,粘性の鼻汁 4.滲出性の扁桃炎 菌薬を投与することはむしろ有害である.そして 咽頭・扁桃炎では,A群β溶連菌感染症を中心と した細菌感染症のみを選択的に治療するように心 がける.また湿性の咳を呈する急性気管支炎の多 くにも抗菌薬は不要である.基礎疾患のない健康 抗菌薬が投与されているが,その内の68%には非 成人のインフルエンザ様疾患の場合,抗菌薬投与 推奨抗菌薬が使用されている.とくに1989∼1999 の必要はなく,抗ウイルス剤の適応を考慮する. 年にかけての調査では,推奨抗菌薬使用の有意な かぜ症候群では,発熱があっても細菌感染症と確 減少と,非推奨抗菌薬である広域マクロライド薬 証する所見が得られない場合は,少なくとも当初 とキノロン薬の使用が増加していることを指摘し 3日間は抗菌薬の使用は控え,対象療法で経過を ている.A群溶連菌については,特異な咽頭発赤 見る.安心のための抗菌剤投与はしない,と述べ 所見や迅速診断キットを用いることにより,診断 ている. 精度は向上する. クラミジア・ニューモニエ感染症の頻度は,欧 Ⅲ かぜ症候群での抗菌薬投与の適応 米では気管支炎の5∼12%と言われ,わが国では いわゆる二次細菌感染を含めたかぜ症候群に対 岸本ら6)が上気道炎・気管支炎の6.8%,慢性閉塞 する抗菌薬投与の基本原則については表1 5)に示 性肺疾患(COPD)感染増悪の4.7%であったと報 す.またかぜ症候群の中には,A群β溶連菌,マ 告している. イコプラズマ,クラミジアといった抗菌薬の適 筆者ら7)が9∼12月のかぜの流行期に,3日間以 応となる感染症も混在しており,このような起 上の乾性咳を主訴とした患者64名のマイコプラズ 炎菌に対しては,抗菌薬投与の適応がある. マとクラミジア・ニューモニエに対するペア血清 A群溶連菌に関してLinderら は,米国では年 の抗体価診断を試みた結果では,14%がマイコプ 間推定670万人の成人咽頭痛患者が発生している ラズマ感染で,8%がクラミジア・ニューモニエ と概算し,その5∼17%でA群溶連菌が培養される 感染であった.すなわちウイルス感染も含まれて と報告している.その場合,第一選択薬としては, いる乾性咳嗽例の22%が非定型の起炎菌であった ペニシリンおよびエリスロマイシンのみが推奨さ ことから,少なくとも1週間に及ぶような遷延性 れている.しかし実際には,咽頭痛患者の73%に 咳嗽例は非定型菌の可能性が高く,初診時から抗 4) 治療増刊号 Vol.85〈2003〉 (1071) 471 菌薬投与の適応となるであろう. は,後鼻漏や喉頭アレルギーが咳の原因となる. かぜ症候群では,体力を消耗している患者や超 循環器では,心不全やACE阻害剤での遷延性咳嗽 高齢者,そしてCOPD,糖尿病,免疫低下の患者 がある.消化器では,胃食道逆流症が咳の原因と などでは細菌性の二次感染症を合併することが多 なることを忘れてはならない. い.これはかぜ症候群では,気道内の上皮粘膜が 浮腫状になり,病原細菌の付着・増殖が起こりや Ⅴ 抗菌薬適正使用と耐性菌 すいためである.また超高齢者やCOPDの患者で 経済性もさることながら,かぜ症候群への適応 は,従来から気道線毛運動の低下,局所分泌型 外抗菌薬使用の最大の問題点は,“耐性菌”であ IgAやリゾチームの分泌低下,炎症細胞の機能低 る.現在,臨床で問題となっているMRSA, 下などの因子により易感染性の状態にある. PRSP,BLNAR,キノロン耐性淋菌,ESBL,メ よってかぜの発症数日後においても発熱が持続 し咳嗽が強く膿性痰を認めれば,二次性の気管支 炎や肺炎を疑って,検査をした上で抗菌薬を投与 する. タロ-β-ラクタマーゼなどは,すべて抗菌薬のオ ーバーユースが原因である. そして現在,その動向が最も心配されている耐 性菌が“キノロン耐性肺炎球菌”である.キノロ ン薬に対するMICが4μg/mLの耐性肺炎球菌は, Ⅳ かぜ症候群の鑑別疾患 日本ではまだ1∼4%であるが 8),米国で6%,そし かぜ症候群と鑑別すべき疾患には,まず非感染 て香港では15%に増加している.さらにこの耐性 性疾患では,遷延性の咳を特徴とする咳喘息 菌が,近い将来にMRSAのように日常的に分離さ (cough variant asthma)とアトピー咳嗽がある. れる危険性はかなり高いと予想する.すでにペニ 両者共にアレルギー性の咳であり,その疾患概念 シリン・セフェム薬,マクロライド薬に耐性が進 はまだ明確でない部分もあるが,外来での簡単な んでいる肺炎球菌が,さらにキノロン薬まで耐性 鑑別法としては,咳喘息には気管支拡張剤が有効 になったとき,感受性の残っている抗菌薬はきわ であるが,アトピー咳嗽には効果がない点があげ めて少なく,臨床上の大問題となる. このような耐性菌防止の観点からも,われわ られる. その他にも結核,間質性肺炎,BOOP,過敏性 肺臓炎などとの鑑別を要する.また耳鼻科領域で れ臨床医は,まずかぜ症候群の抗菌薬適応から 真剣に考えるべきである. 参考文献 1)Gonzales R, et al.:JAMA, 278:901-904, 1997. 2)Gonzales R, et al:Ann Intern Med, 134:479-484, 2001. 3)田坂佳千:Pharma Medica, 19(5) :33-40, 2001. 4)Linder A, et al:JAMA, 286:1181-1186, 2001. 5)青木泰子:診断と治療,88(12) :2175-2179, 2000. 6)岸本寿夫:肺炎クラミジア感染症,感染症とその治療.最新医学,54:723∼732, 1999. 7)中浜 力,他:高度乾性咳嗽を呈した呼吸器感染例に対するclarithromysinの臨床的検討.第43回日本化学療法学会総会発表,東京, 1995. 8)國東博之,他:ニューキノロン系抗菌薬の適応と限界.化学療法の領域,18: (9)58-64, 2002. 472 (1072) 治療増刊号 Vol.85〈2003〉
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