高齢者福祉施設における参加型の計画・設計プロセスに関する研究

 高齢者福祉施設における参加型の計画・設計プロセスに関する研究
石井研究室 伊藤知子
キーワード:特別養護老人ホーム、ユニットケア、参加
佐々木理恵
型、計画・設計プロセス
土田真彩子
1 研究の背景と目的
ユニットケアは始まったばかりのため、法人も設計者
も介護スタッフも、まだ手探りの状態で建設・運営され
ている。法人はユニットケア型の施設を建てることが目
的になってしまい、その施設で何をしたいのか、施設を
どんなものにしたいのかということまで考えずに設計者
に任せてしまう施設も多くある。設計者も手探りの状態
で設計するので、建て始めてから、あるいは、使い始め
てから多くの問題点が生じるというケースも少なくな
い。
今回の研究の調査対象施設であるK特養は 2005 年 4 月
に開設された介護老人福祉施設で、設計者、法人、スタッ
フ、地域住民、専門家が計画・設計段階に積極的に関与
しつくりあげた参加型の事例である(図1)。
今回の調査では、その計画・設計プロセスにおいて、
どのような点が議論され、それが計画・設計(主にプラ
ンニング)に具体的に反映されてきたのかを明らかにし
ながら、参加型の施設づくりのあり方、意義を考えてい
く。
2 調査対象施設の概要
調査対象施設は特別養護老人ホーム(個室型ユニット
ケア 8 ∼ 9 人× 6 ユニット 50 人)とショートステイ(10
人× 2 ユニット 20 人)とデイサービス 30 人、地域交流
スペースなどで構成されている。
特別養護老人ホームを建設する際には、表1のような
ユニット設置基準を考慮し計画しなければならない。こ
の基準を考慮してどれだけ良い施設をつくることが出来
るかが施設作りで重要な点となる。
3 K特養の計画全体の流れ
K特養を計画するにあたっては委員会が構成された。
計画・検討に実際に働く人たちを加えることでより実質
的な検討を行う目的もある。計画打ち合わせ、委員会は
H15 年 10 月 6 日∼ H16 年 4 月 12 日までの約半年にわたっ
て行われ、その間で基本プランが6回変更された(図
2)。社会福祉事業施設などの建設にあたっては都道府
県および市町村の補助金が交付される(当時)が、この
半年という期間は、協議で必要と認められてから内示が
出るまでの期間である。この補助金の協議から内示、交
付までの期間が非常に短くて厳しいのが施設計画の特徴
でもある。その限られた時間の中でどれだけ具体的な検
討ができるかが計画する上では非常に重要となる。
4 調査方法
今回の調査対象施設K特養では、積極的な検討が行わ
れてきた。打ち合わせの回数は 5 7 回に及び、議事録の
ユニットの定員は10人以下とすること。(敷地および建物の構造上
やむを得ない場合は、10人を超えるユニットも認められる)。
・定員1名(ただし、夫婦利用などサービスの提供上必要と認
められる場合は2名も可)。
・床面積は、13.2㎡以上を標準とする。ただし、2名の場合21.3
居室
厨房
玄関
▼
ッ
事務室
交流ホール
デイサービス
中庭
・当該ユニット内の配置し、共同生活室に近接して、一体的に
設ける。地下は不可。
ユ
ニ
駐車場
中庭
㎡を標準とする。
ト
ふれあいテラス
・1ヶ所以上の出入り口を非難上有効な空地、廊下、共同生
活室または広間に面して設けること。
・ユニットの入居者同士が交流し、共同生活を営む場所として
相応しい形状を有すること。
・別のユニットの入居者が通過することなく、移動できること。
中庭
共同 また、備品・設備を備えた上で、車椅子が支障なく通行で
生活室 きること。ユニット内に設置。地下は不可。
・必要な備品として、簡易な流し、調理設備を設けることが望
中庭
中庭
中庭
ましい。
・居室毎または共同生活室毎に2ヶ所以上分散して設ける。
交流ホール
便所 ブザーまたはこれに代わる設備の設置すること。介護を必
要とする者が使用するのに適したものとすること。
中庭
N
0
図1 K特養実施設計図(1階平面図)
10m
・介護を必要とする者が使用するのに適したものとすること。
浴室
各階に設けることが望ましい。
そ
の 調理室 ・火気を用いる部分は不燃材料を用いること。
他 汚物 ・他の設備と区分された一定のスペースが確保されているこ
処理室 と。換気および、衛星管理等についても十分配慮する。
表1 ユニット設置基準
ページ数は 61 ページ、議論は合計 61 時間に及ぶ。
今回は、設計事務所から提供を受けた議事録と、計画
段階での平面図を基に分析・考察を行った。
分析にあたっては、議論の流れを整理し、そこから議
論の要点を抽出し、さらにそれを空間別にみることで、
計画設計の具体的プロセスを明らかにした。
5 法人プロポーザルコンペの基本コンセプト
本計画の始まりは町による運営法人選定のためのプロ
ポーザルコンペにさかのぼる。これに応募する時点で、
法人が設計者と基本となるプラン・コンセプトを提案し
た。 「お年寄りを収容し、お世話してあげる施設」から、
「お
年寄りが人生の多様な経験を生かし生きがいを持って生
活することを支援する第 2 の我が家」を目指し、住宅ら
しく外部・内部空間を構成し、生活の自立を促すための
様々な仕掛けを徹底してかたちづくるように配慮して計
画された。
基本コンセプトの具体的な内容である。
まず、個人の持ち物、家具の持ちこみを可能にするこ
とで、プライバシーの確保や自己の確立に配慮する。次
に、住宅としてなじみのある生活空間をつくり、生活単
位・介護単位を小さくすることで、家庭的な雰囲気をつ
くり、顔なじみによる安定した関係を保てるようにす
10月
11月
12月
1月
2月
3月
る。次に、入居者が持っている力を活用して自立への意
欲を高めるための工夫をする。例えばユニットの台所を
オープンキッチンにし、入居者の食事準備の参加を促す
ことがあげられる。次に、地域とのふれあい交流空間を
配したり、施設を地域社会に開放することで、社会との
つながりを確保することに配慮する。
6 空間別に見た計画プロセス
計画の流れと項目をまとめたのが図2,3である。こ
こから空間別に計画プロセスを明らかにしていく。
6−1 厨房・キッチンについて
ここでは、施設の厨房やユニット内キッチンについて
の話し合いについてまとめる。
まず初めに、建設委員会で特養の食事はどのように提
供するかという話し合いが行われた。「キッチンから感
じる音、匂いは家庭の雰囲気を出すのには欠かせないも
のである。」という意見が出された。それを実現するた
めにクックチルという調理システムを導入し、厨房では
2日前に調理と真空調理、各ユニットキッチンではご
飯、味噌汁作り、おかずの盛り付け、食後の食器洗浄を
行うという方法で、食事を提供することに決定した。
厨房は厨房スタッフ、キッチンは介護スタッフが主と
して利用する空間なので、厨房スタッフと介護スタッフ
とは、建設委員会以外での設計者との打ち合わせの場も
4月
建設委員会
建設委員会は 9 回行われ、それぞれの人が参加した打ち合
わせの回数は、法人は 4 0 回、設計者は 5 0 回、介護スタッ
介護スタッフ・厨房スタ
ッフとの打ち合わせ
フは 1 3 回、専門家は 1 5 回で、宮城県との打ち合わせは 9
回、利府町との打ち合わせは 1 3 回行われた。計画プラン
県との打ち合わせ
はプロポーザルコンペのプランを基に、基本計画から実施
設計まで 8 回の図面変更が行われた。
町との打ち合わせ
基本計画
基本計画Eプラン
基本計画Fプラン
基本設計図
実施設計図
基本計画Bプラン
基本計画Cプラン
基本計画Dプラン
図2 打ち合わせ期間と図面変更時期 10月
建設委員会
(全9回)
厨房・キッチン
11月
12月
1月
2月
3月
4月
1 1 月∼翌年 3 月の5ヶ月の間に定期的に9回の
委員会が行われた。
(76)
項目は主な空間と構成に分け、その日に議論
浴室
(3 3)
トイレ
(60)
ユニット構成
と勤務体制
(1 15)
共有部分
(30)
管理諸室
(73)
された項目数を円の面積で表した。項目の下の
数字は意見項目の合計であり、議論の量の目安
となる。密度や期間などが他の項目と比較して
見る事ができ、円の中心と月を示す横軸とをつ
なげることで、時期がわかる。
建設委員会;法人、設計者、介護スタッフ、
栄養士、つくる会、厨房スタッ フ、専門家で構成された委員会。
図3 施設計画の議論の密度と期間を表す図
N
↓
敷地の形状:西側
が斜めにカット
倉庫
L-7
L-1
L-2
L-3
L-4
L-9
L-10
L-11
L-12
L-8
N
図 4 プロポーザルコンペ図面から基本計画図面変
E ユニット
ゴミ
置場
設けられた。この話し合いで具体的な意見がスタッフか
ら出され、キッチンの形態や設備・備品が決められた。
また、介護スタッフから入居者が食事準備に参加しやす
いように対面式キッチンにしたいという意見が出された
て計画に反映された。
6−2 浴室
浴室の話し合いで一番変化が見られたのはユニット浴
室であった。「第2の我が家」を目指す為、機械を使わ
ずに介護スタッフの手によって入浴することで少しでも
家庭的な雰囲気を出したいという考えから、一般的な個
別浴槽を各ユニットに設置するという結果になった。
特養共用浴室は、ストレッチャーで入浴できる機械浴
を全ユニット共用で一ヶ所設置することで検討された。
介護スタッフの労力を少しでも軽減できるようにという
話し合いが持たれた。特養全体で共用する機械浴は、ど
こに配置するかについて、各ユニットとの距離を考えな
がら何度も検討、変更された。
6−3 トイレ
トイレについては、「個室にトイレが必要なのか」と
いうことについて多くの議論が行われた。コスト面や入
居者の人権が守られるのか、利用者の具体的な状況を考
えたときのトイレの必要性など個室トイレを設置するこ
との検討に時間がさかれた(図6)。計画段階で多方面
からの意見があったが、やはりプライバシーの確保を重
要視するという点の確認と、特に今後入居者の介護を担
当することになる介護スタッフの意見もあり全室にトイ
レを設置する方向となった。
6−4 ユニット構成と勤務体制
ユニットケアの良さは介護のあり方と切り離して考え
ることはできないため職員の勤務体制が合わせて検討さ
れた。
議論は個室ユニット化の再確認から始められた。一般
的に、ユニット介護が良いとされ、基本的な整備の方向
性となっているが、ここではユニットケアとは何かとい
う根本的なところから議論がスタートした。議論は、常
に「普通の家」という居住環境に近づくことができるか、
という課題を念頭に置き、検討されてきた。同じユニッ
トの入居者が家族のような存在になることを期待した小
規模型の人数構成が理想であるが、介護していくスタッ
フ人数や勤務体制の現実とで、8∼9人の人数構成と
なった。人数構成は、ユニットケアが始まったばかりで、
この人数がケアに適しているという答えがないため、介
護タッフや専門家などの意見がだされ、検討にかなりの
時間が費やされた。
敷地を貸与する町から敷地の形状が変わると報告を受
け、施設の形状もそれに合わせ再検討された(図4)
。専
門家の「ユニットにバリエーションがあると良い」とい
う意見によりユニットをつなぐ廊下が一周出来る形と
なった。ユニット配置も変化し、画一的なユニットにな
D ユニット
→
隣居室のズレ
図 5 居室の配置変更
ることを避けた(図4)。また、直線で並んでいた居室
を少しずらすことでユニット内に変化を持たせ、居住者
のプライバシーが保てる空間をつくった(図5)。
6−5 全体の構成
全体の構成は、居住空間以外のユニットをつなぐ空間
と、管理諸室の2つの項目から成り立つ。「生活単位を
超えた居住者同士の交流や、家族や子供、地域の人たち
との輪が広まるような施設と利用者の価値観、行動様
式、考え方を大事にした柔軟な生活支援ができるよう
な」諸室のあり方を理想とするため、ここでは、施設全
体の構成について話し合われた。
施設全体の構成は、ユニットなど他の空間の考え方が
固まってから決められるため、このような話し合いの方
法になったと考えられる。そのため、居住空間以外にユ
ニットをつなぐ空間(共用空間)についての話し合いは、
全計画段階にわたって、長期間行われた( 図3) 。
共用空間に関しては、主に建設委員会中心で話し合わ
れ、それに対しての県の指導、再度建設委員会で検討と
いうように繰返し議論された。
事務室、スタッフ作業室(医務室、洗濯室)などの諸
室は、ユニットケアを良いものとするために、常に関連
してくる空間である。これらは主に位置検討や介護動線
の流れを意識した話し合いであった。建設委員会で議論
した内容を、介護スタッフの要望を聞き、再度検討して
いくといった流れがとられた。意見の多くが、介護ス
建設委員会
専門家
タッフから出されている。必要備品についての検討と、
毎日の使い勝手を考え、介護スタッフの意見を中心に議
論された。
7 結論
一般的に高齢者施設の計画には現場スタッフなどは加
わらず、法人と設計者だけで進められ、
「ユニットケア」
という「形」だけをつくろうとする施設が多い。
今回の取り組みでは、従来のような法人と設計者だけ
で行う計画の仕方では検討されることのないユニットケ
アを進める上での本質的な議論が多く行われた。ユニッ
トケアが単なる建築としての形を求めるものでないこと
を考えると、このような計画方法は非常に貴重で意義の
あるものであるといえる。ただ、今回の参加型計画にお
いて、生活をする入居者側の立場に属する人がいなかっ
た。体が不自由な入居者や認知症の方の参加は難しい
が、地域の方が将来利用者になることを想定しての参加
で補うことによって、計画段階で入居者の意見が反映さ
れた施設になるのではないかと考える。このことから、
高齢者施設は介護側、設計側、地域住民などが共同で計
画を進めることが今後はますます重要となるであろう。
介 護 ス タッフ
栄養士
第 2の 我 が 家
食事について
… 食 事 ど うす る か ?
お い しい 、か つ 提
供 しや す さの 追 及
クッ クチ ル 提 案
・厨 房 で 真 空 調 理
・ユ ニ ットキ ッチ ン
加熱
法人
お 風 呂 に つ い て … 個 浴 では 簡 易 な リ
フト付 チ ェア を 使 っ
て対応
普 通 の 浴 室 で もよ い
リフ ト付 も よ い
も う少 し検 討 す る こと
リフト付 チ ェア を 設
置せず一般的な
浴 槽 の み を置 く
トイ レ に つ い て … 個 室 トイ レ は 必 要
なのか?
リフ ト付 チ ェア 使 わ ず 入 浴 介 助 す る
や は り個 室 に トイ
レは必要ではな
いか
ポ ー タブ ル トイレ に 頼 る とADL落 ち る
・認 知 症 の 方 に 体 力 の あ る 人 い る
・介 助 器 具 の 使 用
「普 通 の 生 活 」に
近 づ け る 形 をとる
た め に トイレ は 使
用の有無に関係
な く必 要
ユ ニ ット人 数 構 成 … 特 養 1ユ ニ ット
(8~ 9人 × 6で 50
人)
シ ョー ト1ユ ニ ット
(10人 × 2で 20人 )
8人 は 多 す ぎ る
8人 の 空 間 は 大 き
す ぎ る 。4、5人 の
ス ケ ー ル 空 間 を2
つ つ くる 考 え
… テ ラ ス 戸 、基 本 は
腰 付 きの 低 い 窓
徘 徊 ・外 に 出 ら れ
る方の対処法
・各 ユ ニ ットの 中
庭 に 面 した 個 室 用
意
・誘 導 灯 の 設 置
リビ ン グ
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
コス ト面 ・掃 除 問 題 あ
り。ボ ラ ン テ ィア の 活
用あるが人入れたく
ない
同 じユ ニ ットの 入 居 者 、介
護 ス タッフ が 家 族 の よ うな
存 在 に な る ことを期 待
介 護 体 制 との 関 係 は
大丈夫なのか
ユ ニ ット人 数 構 成
は 8~ 9人
ユ ニ ット空 間
窓
県
ユ ニ ット内 で ご 飯 、味 噌 汁 を作 り、お
か ず を盛 る 。入 居 者 の そ の 日 の 好
みにまで合わせた食事提供が出来
る
夜 勤 体 制 、経 営 確 認
普 通 は 10人 位 の 構
成が多い
掃 き出 し窓 の 提 案
掃 き 出 し窓 に 決 定
< 基本コンセプト >
「
お年寄りを収容し、お世話してあげる施
和 室 が あ る と良 い
設 」 か ら 、「 お 年 寄 り が 人 生 の 多 様 な 経 験 を
ユ ニ ット内 に 食 堂 ・リビ ン グ だ け で な く
ほ か の 居 場 所 も 設 け る よ うに
生かし生きがいを持って生活することを支
談 話 コ ー ナ ー な ど を設 け ユ ニ ット内
援する第 2 の我が家」を目指し、住宅らし
に複数の居場所を
く外部・内部空間を構成し、生活の自立を
促すための様々な仕掛けを徹底してかたち
和 室 の つ くりを2パ ター ン に
・床 フ ラ ット、腰 窓 低 い
づくるように配慮する。
・小 上 が り風
図6 基本コンセプトに基づく話し合いの流れ