金融商品取引法における 課徴金事案の傾向と分析

特集
金融商品取引法における
課徴金事案の傾向と分析
小谷 融
総合ディスクロージャー研究所顧問 (大阪経済大学教授)
本稿は、インサイダー取引と開示書類の虚偽記
からも、望ま
載に係る金融商品取引法における課徴金事案の傾
しいものでは
向を分析したものです。これらの個別の事案の詳
ありません。
細については、下記拙編著をご覧ください。
こ の た め、
『金融商品取引法における課徴金事例の分析
金融審議会に
〈Ⅰ〉インサイダー取引編』商事法務 平成24年
おいて、新た
『金融商品取引法における課徴金事例の分析
なエンフォー
〈Ⅱ〉虚偽記載編』商事法務 平成24年
スメントの導
入の検討がな
目 次
さ れ、 平 成
1.課徴金制度
15年12月
⑴ 制度の導入
14日に同審
⑵ 企業等の対応
議会から「市場機能を中核とする金融システム
2.インサイダー取引に係る課徴金事案の状況
に向けて」が公表されました。その報告書にお
⑴ 課徴金の対象となるインサイダー取引
いて「違反行為に対する金銭的負担として、罰
⑵ 違反行為に係る重要事実
金額を大幅に引き上げるという考え方もあるが、
⑶ 違反行為者の属性
他の刑事罰との均衡を考慮する必要性や、刑事
⑷ 情報伝達者の属性
罰そのものの謙抑主義的運用を鑑みれば、証券
⑸ 刑事罰と課徴金
取引法の不公正取引規制違反、ディスクロージ
3.虚偽記載に係る課徴金事案の状況
ャー規制違反、証券会社等の行為規制違反を対
⑴ 虚偽記載の範囲
象とした新たな課徴金制度を設けるべきであ
⑵ 会計不祥事とインサイダー取引
る。」との提言がなされました。
⑶ 上場市場別の傾向
これを受け、平成17年4月1日から導入され
⑷ 業種別の傾向
た課徴金制度とは、ルール破りは割りに合わな
⑸ 虚偽記載の態様
いという規律を確立し、金融商品取引法令の実
効性を確保するという行政目的を達成するため、
1.課徴金制度
⑴ 制度の導入
規定に違反した者に対して金銭的負担を課すも
インサイダー取引、開示書類の虚偽記載等の
のです。具体的には、金融商品市場の公正性と
金融商品取引法に対する違反行為に対しては、
投資者による市場への信頼を直接的に害する金
懲役刑を含む刑事罰が規定されています。しか
融商品取引法違反のなかでも特に悪質であり、
し、違反行為といっても、現実には悪質性の度
その抑制の必要性が特別に高い次のものが課徴
合いは千差万別で、刑事罰は対象者に与える影
金の対象とされています。
響が極めて大きいため、抑制的に運用する必要
① 発行開示書類の不提出等または虚偽記載(法
があります。その結果、刑事罰を科すに至らな
い程度の違反行為は、放置されることになって
しまいます。このような状況は、規制の実効性
の確保の面から、また、法適用の公平性の観点
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行政上の措置として、金融商品取引法の一定の
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第172条、第172条の2)
② 継続開示書類の不提出または虚偽記載(法
第172条の3、第172条の4)
③ 公開買付開始公告の不実施等または虚偽記
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載(法第172条の5、第172条の6)
④ 大量保有報告書等の不提出等または虚偽記
載(法第172条の7、第172条の8)
⑤ 特定証券情報等の不提出または虚偽記載等
(法第172条の9~第172条の11)
2.インサイダー取引に係る課徴金事案の状況
⑴ 課徴金の対象となるインサイダー取引
課徴金の対象となるインサイダー取引は、次
の金融商品取引法第166条(会社関係者の禁止
行為)第1項または第3項違反および第167条(公
⑥ 風説の流布・偽計の禁止違反(法第173条)
開買付者等関係者の禁止行為)第1項または第3
⑦ 相場操縦行為の禁止違反(法第174条~第
項違反の取引です。
174条の2)
⑧ 安定操作取引等の禁止違反(法第174条の
3)
⑨ インサイダー取引の禁止違反(法第175条)
イ.会社関係者等による違反
内閣総理大臣は、上場会社等と一定の関係
を有する会社関係者またはその会社関係者か
ら情報を伝達された情報受領者が、発行会社
内部の未公表情報を使って、自己の計算にお
⑵ 企業等の対応
課徴金の対象となるこれらについて、発行会
社等は次のような対応をとっています。
インサイダー取引は基本的には、違反行為者
いて、金融商品取引法第166条第1項または
第3項に違反するインサイダー取引を行った場
合、その会社関係者または情報受領者に対し、
課徴金の納付を命じなければならないとされ
個人の犯罪です。したがって、会社の役職員が
ています(法第175条第1項)。
私的な取引でインサイダー取引を行っても、会
ロ.公開買付者等関係者等による違反
社には刑事罰は科されず、また、課徴金も課さ
内閣総理大臣は、公開買付者等と一定の関
れません。しかし、上場会社等において自社の
係を有する公開買付者等関係者またはその公
役職員等がインサイダー取引を行うこと、ある
開買付者等関係者から情報を伝達された情報
いは第一次情報受領者(違反行為者)への情報伝達
受領者が、公開買付けに関する情報を使って、
者となることは、上場会社自身のコンプライア
自己の計算において、金融商品取引法第167
ンスの信頼性やブランドイメージを大きく傷つ
条第1項または第3項に違反するインサイダー
けることとなります。ひいてはそれが経営に重
取引を行った場合、その公開買付者等関係者
大な影響を及ぼすおそれもあります。このため、
または情報受領者に対し、課徴金の納付を命
上場会社等においては、自社の役職員によるイ
じ な け れ ば な ら な い と さ れ て い ま す( 法 第
ンサイダー取引を防止するため、株式投資に関
175条第2項)。
する社内規程を制定するなど、管理体制の整備
ハ.上場会社等の計算による違反
を行っています。
内閣総理大臣は、会社関係者のうち上場会
また、平成16年10月以降、西武鉄道株式会
社等の役職員が、発行会社内部の未公開情報
社、カネボウ株式会社や株式会社ライブドア等
を使ったインサイダー取引(法第166条第1
による有価証券報告書の虚偽記載事案が判明し、
項または第3項違反)を、役職員の自己の計算
それらの事案を踏まえた対応の観点から内部統
ではなく、その上場会社等の計算で行った場
制報告制度導入の必要性が提唱されました。こ
合に、その上場会社等に対し、課徴金の納付
れを受け、上場会社等においては平成20年4月
を命じなければならないとされています(法
1日以後に開始する事業年度から内部統制報告制
第175条第9項)。
度が導入されています。この内部統制報告制度
この場合、役職員は自己の計算でインサイ
のねらいは、財務報告に係る上場会社等の内部
ダー取引を行ったものでないことから、その
統制を強化し、もってディスクロージャーの適
役職員に課徴金が課されることはありません。
正を確保するものです。
しかしながら、近年、金融庁・証券取引等監
視委員会による市場監視体制が強化され、課徴
金制度の運用が本格化してきたことから、課徴
金納付命令の件数が増加しています。
⑵ 違反行為に係る重要事実
イ.重要事実の傾向
インサイダー取引に対する課徴金勧告事案
の違反行為に係る重要事実ごとの年度別件数
を、証券取引等監視委員会の勧告時点におい
て集計したものが表1です。違反行為に係る
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重要事実の年度別傾向には、次のような特徴
付けを利用しやすくなっていることもあ
が見受けられます1。
るが、企業の公開買付けには、その検討
① 違反行為に係る重要事実が多様化して
の初期段階から買付企業の内外にわたっ
きている。例えば、平成21年度には「行
て関与する者が多いこと、公開買付価格
政処分の発生」、「バスケット条項」およ
は、その検討時点の株価を上回る価格に
び「公開買付けに準ずるもの」が、22年
設定されることが通常で、情報を得た者
度には「自己株式取得」および「子会社
が買付けを行い、利得を得ようとするイ
の異動に伴う株式譲渡等」が見受けられ
ンセンティブを持ちやすいことが考えら
る。
れる。
② 「新株等発行」、「決算情報」および「公
③ 企業の経営破たんが相次いだ平成20年
開買付け」などは、毎年度違反行為が見
度(違反行為時点、勧告時点では平成2
受けられ、インサイダー取引に利用され
1年度)には、「民事再生手続開始等の申
やすい重要事実といえる。
立て」を重要事実とした違反行為が多く
見受けられる。
特に、公開買付け実施に係る情報が多
いのは、企業の再編手段として、公開買
表1 勧告時点における重要事実別勧告件数
重要事実 年度
新株等発行
17
18
19
20
21
22
計
2
3
3
2
4
6
19
自己株式取得
0
0
0
0
0
1
1
株式分割
0
2
0
0
0
0
2
株式交換
0
0
0
2
2
2
6
合併
0
0
2
1
0
0
3
業務提携・解消
3
0
5
8
0
3
19
子会社の異動に伴う株式譲渡等
0
0
0
0
0
1
1
民事再生・会社更生
1
0
0
0
8
2
11
行政処分の発生
0
0
0
0
2
0
2
決算情報
0
5
3
3
2
1
14
バスケット条項
0
0
0
0
4
3
7
子会社の重要事実
0
1
0
0
3
0
4
公開買付け等
0
0
3
3
13
2
21
合計
6
11
16
18
38
21
110
年度別勧告件数
4
11
16
17
38
20
106
(注1)年度とは、当年4月~翌年3月をいう。
(注2)件数は、課徴金納付命令対象者ベースで計上している。
(注3)異なる種類の重要事実を知って違反行為を行った者については、重要事実ごとに重複計上しているた
め、年度ごとの合計数と年度別勧告件数は一致しない。
(出所)平成23年6月証券取引等監視委員会「金融商品取引法における課徴金事例集」3頁
ロ.バスケット条項
バスケット条項とは、決定事実、発生事実、
実を知った場合に、当該上場株券について、
当然に売りまたは買いの判断を行うと認めら
決算情報に該当する事実を除き、その上場会
れること」と解されています。換言すると、
社等の運営、業務または財産に関する重要な
未公表の当該事実を知っている会社関係者が
事実であって投資者の投資判断に著しい影響
当該上場株券の売買を行ったとした場合、そ
を及ぼす情報です(法第166条第2項第4号・
の相手方、つまり一般投資者が当該事実を知
第8号)。具体的には、「通常の投資者が当該事
っていたならば当然そのような取引を行わな
証券取引等監視委員会平成23年6月「金融商品取引法における課徴金事例集」3・4頁
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いと認められるようなものといえます2。
喚起等を行っている。このようなファイ
実際にバスケット条項を適用した課徴金事
ナンシャル・アドバイザーの役割は、公
案は、次のとおり、誰でも常識的に考えれば
開買付けに係るインサイダー取引未然抑
インサイダー取引そのものと考えられるもの
止の観点からも有益かつ実効的である。
② 情報伝達範囲・内容の限定
です。
① A社において、同社が製造・販売する
公開買付けの準備には、大量の作業が
製品(高速道路用ホロースラブパイプ)
発生し、相応の数の関係者が関与せざる
の強度試験の検査数値の改ざんおよび板
を得ないが、実務上可能な限りで公開買
厚の改ざんが確認されたこと。
付けの関係者および各社内での情報伝達
② B社において、過年度の決算数値に過
誤があることが発覚したこと。
③ C社において、複数年度にわたる不適
切な会計処理が判明したこと。
④ D社において、第三者割当増資が失権
先の限定を行うことが、インサイダー取
引未然抑止の観点から有益である。
③ 情報管理体制等の強化
各当事者における公開買付け関連情報
の管理については、規制業種か否か、関
係法令の要請、内部統制全般の有効性等
したこと。
を反映して、関係者ごとに差異があるこ
とから、各々の現状に応じた情報管理体
ハ.公開買付け
上記表1に示すとおり、公開買付けに係る
インサイダー取引がここ数年増加しています。
その背景を、証券取引等監視委員会では次の
ように分析しています 。
3
① 近年の経済環境を反映して企業再編に
制・投資ルールの強化が有益である。
④ 守秘義務契約締結の奨励
公開買付け関係者と買付者との間で守
秘義務契約を締結することが、インサイ
ダー取引未然抑止の観点から有益である。
係る公開買付けの件数が増加しているこ
守秘義務契約締結の効果を過大視するこ
と。
とはできないが、大きな抑止力とはなり
② 公開買付けの対象者の株式には通常プ
レミアムがつくため、公開買付けの公表
前にその株式を取得することにより確実
に利得を得ることができること。
③ 公開買付けに関与する関係者が他の重
要事実に比べて多数に上ること。
④ 公開買付け取引のスキームが組成され、
公表に至るまでの期間が比較的長いこと。
得る。
⑤ 経緯報告書の内容の充実
公開買付け対象者・買付者に経緯報告
書の作成を求める環境が存在することは、
経緯報告書の作成に備えて対象者・買付
者自身の自発的な情報管理体制整備につ
ながり、ひいてはインサイダー取引未然
抑止効果が期待できる。
さらに、同委員会では、公開買付けの実務
経過報告書とは、証券取引所がインサ
プロセスにおけるインサイダー取引のリスク
イダー取引の審査の過程で発行会社に作
の所在を踏まえ、そのリスクを軽減し、イン
成を要請する書面で、重要事実を構成す
サイダー取引を未然に抑止するための対応策
る取引の経緯や関与した関係者の一覧等
として、次の五点のことを検討することが有
を時系列で記載するものをいう。
益であると提言しています。
① 注 意 喚 起 等 に お け る フ ァ イ ナ ン シ ャ
ル・アドバイザーの役割
⑶ 違反行為者の属性
インサイダー取引を行った違反行為者は、会
証券会社系ファイナンシャル・アドバ
社関係者および公開買付者等関係者と、会社関
イザーは、公開買付け自体の中止や株価
係者・公開買付者等関係者から重要事実(公開
高騰を防ぐという観点から、関係者から
買付け等の事実)の伝達を受けた情報受領者に
情報漏えいがなされないよう一定の注意
大別することができます。違反行為者属性の年
寺田達史ほか「インサイダー取引の実態とその未然防止(下)」商事法務1928(平成23年4月5日)68頁
2
田中賢次=辻畑泰伸「公開買付けに係るインサイダー取引のリスクと未然抑止策」商事法務No.1909(平成22年9月15日)
3
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特集
上場会社等における情報管理等の内部管理
度別勧告状況は、表2に示すとおりです。
体制の整備が進みつつあること等を背景に、
平成20年度までは、会社関係者・公開買付者
等関係者が情報受領者の事案件数を上回ってい
会社の内部情報に触れることのできる者が
ましたが、21年度以降は情報受領者が会社関係
自らインサイダー取引を行うことに対する
者・公開買付者等関係者を上回っています。こ
規律付けが徐々に浸透してきていること。
② その一方で、内部情報を得た者が不用意
れについては、次のことが考えられます 。
4
に他者にその情報を漏らすケースが増えて
① インサイダー取引違反に対する告発・課
いること。
徴金勧告件数が増加していること、また、
表2 違反行為者属性別勧告状況
17
会社関係者
公開買付者
等関係者
第一次情報
受領者
18
19
20
21
22
計
発行会社役員
0
1
1
2
4
1
9
発行会社社員
4
3
3
4
7
2
23
発行会社
0
2
1
0
0
0
9
契約締結者等
0
2
4
8
2
5
21
小計
4
8
9
14
13
8
56
買付者役員
0
0
0
1
0
0
1
買付者社員
0
0
0
0
1
0
1
契約締結者等
0
0
0
0
3
0
3
小計
0
0
0
1
4
0
5
会社の重要事実
0
3
4
2
12
10
31
公開買付け事実
0
0
3
2
9
2
16
0
3
7
4
21
12
47
合計
小計
4
11
16
19
38
20
108
年度別勧告件数
4
11
16
17
38
20
106
(注1)件数は、課徴金納付命令対象者ベースで計上している。
(注2)違反行為者が複数の違反行為を行った結果、属性を重複計上しているものがある。このため、年度ご
との合計数と年度別勧告件数欄数は一致しないものがある。
(出所)平成23年6月証券取引等監視委員会「金融商品取引法における課徴金事例集」5頁
⑷ 情報伝達者の属性
違反行為を行った情報受領者に会社の重要事
実または公開買付け等の事実を伝達した者の属
性は、表3に示すとおりです。情報伝達者と情
報受領者の関係は、次のように大別することが
できます。傾向として、情報受領者に重要事実
④ 会社の同僚
【プライベートな関係】
① 友人関係(同級生、飲み仲間、スポーツ
仲間)
② 知人関係(会社の元上司・元同僚、同業
者)
等を伝達した者の属性は、役員や社員の伝達に
③ 交際相手
よる件数は上場会社等における情報管理体制の
④ 親族(夫婦、親子、兄弟)
整備により減少してきていますが、契約締結者
等の伝達による件数が増加しています。
【仕事上の関係】
① 重要事実に関連した取引関係者(保有株
伝達する側でこれを伝達して売買を促す
ような意図がなくても、伝達を受けた側に
おいてその情報が株取引に有用だと思えば、
インサイダー取引を行う動機になり得ます。
売却交渉相手、第三者割当引受候補先、公
したがって、会社の内部情報に接触する機
開買付者等関係者・公開買付対象者)
会のある者は、その情報に基づいて株取引
② 親子会社の役員間
を行わないことはもとより、その情報を他
③ 会社業務関係者(業務取引先、取材相手
人に漏らさない、他人を違反行為者にさせ
先、会社情報提供先、監査法人)
ないことを心がけることが必要です。特に
証券取引等監視委員会平成23年6月 前掲書(注1)4頁
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情報伝達者が違反行為者の親族である場合、
違反行為を行わせてしまうことは、自らが
自らは違反行為を行わなくても、重要事実
行為を行ったのと同程度に非難されるべき
を親族に安易に伝達し、結果として親族に
ものです。
表3 情報伝達者の属性
重要事実の
伝達
公開買付け
事実の伝達
18
19
20
21
22
計
発行会社役員
2
0
1
4
1
8
発行会社社員
0
1
0
5
1
7
発行会社の業務従事者
0
0
0
0
1
1
契約締結者等
1
3
1
3
7
15
小計
3
4
2
12
10
31
買付者役員
0
0
0
0
1
1
買付者社員
0
0
0
1
0
1
買付者の業務従事者
0
1
0
1
0
2
買付者との契約締結者等
0
2
2
7
1
12
小計
0
3
2
9
2
16
(注1)件数は、課徴金納付命令対象者ベースで計上している。
(注2)同一の違反行為者について、異なる種類の重要事実について複数の伝達者からの伝達を受けているも
のを重複して計上している。
(出所)平成23年6月証券取引等監視委員会「金融商品取引法における課徴金事例集」6頁
⑸ 刑事罰と課徴金
イ.刑事罰
インサイダー取引違反等の罪を犯した者に
③ 行為者の属性(例:上場会社の役員に
よる自社株売買、従業員が取引先の重要
事実を知ってインサイダー取引を行った)
は、5年以下の懲役もしくは500万円以下の
罰金に処せられ、またはこれらが併科されま
す(法第197条の2)。
また、金融商品取引法は、単にこれらの犯
罪の実行行為者を罰するだけではなく、法人
3.虚偽記載に係る課徴金事案の状況
⑴ 虚偽記載の範囲
イ.虚偽記載の対象範囲
金融商品取引法では、開示書類の虚偽記載
そのものを処罰する両罰規定を置いています。
となる対象が表4に示すとおり、刑事罰、課
両罰規定とは、会社の代表者、代理人、使用
徴金、民事責任で書き分けられています。
者その他の従業員が行った会社の業務に関す
刑事罰では開示書類のうち「重要な事項に
る違反行為について、会社に対しても5億円以
つき虚偽記載のあるもの」(法第197条第1項
下の罰金を科すものです(法第207条第1項
ほか)が、課徴金では「重要な事項につき虚
第2号)。これは、法人には代表者や従業員ら
偽記載のあるもの」または「記載すべき重要
の選任、監督に注意を尽くさなかった過失責
な事項の記載が欠けているもの」(法第172条
任があるとの考え方によるものです。
の2、法第174条の4)が、民事責任では「重
ロ.刑事罰と課徴金の判断基準
要な事項につき虚偽記載のあるもの」または
刑事罰と行政上の処分である課徴金とでは、
「記載すべき重要な事項の記載が欠けているも
その対象者に与える影響は大きく異なります。
の」もしくは「誤解を生じさせないために必
証券取引等監視委員会では、犯罪調査と課徴
要な重要な事実の記載が欠けているもの」(法
金調査とのいずれを行うかの判断基準は次の
第18条ほか)が対象となっています。
諸要素を総合勘案しているとのことです5。
① 事案の重大性(例:利得金額の規模)
② 行為の悪質性(例:発覚しないように
売買資金を複雑な迂回ルートで使用)
岡本宰「インサイダー取引についての当局の取組み」上場会社コンプライアンス・フォーラム〈福岡〉(平成21年11月20日)
5
議事録(http://www.tse.or.jp/sr/comlec/f-fukuoka.html)
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特集
表4 虚偽記載となる対象範囲
刑事罰
課徴金
民事責任
重要な事項につき虚偽記載のあるもの
○
○
○
記載すべき重要な事項の記載が欠けているもの
×
○
○
誤解を生じさせないために必要な重要な事実の記載が欠けているもの
×
×
○
ロ. 記載すべき重要な事項の記載が欠けてい
を徹底すること。
② たとえば、自己株式の取得等のインサ
るもの
「記載すべき重要な事項の記載が欠けている
イダー取引規制に抵触する可能性のある
もの」は、本来開示書類に記載すべき不利益
取引を行う計画がある場合には、その取
な事項が記載されないことにより、そのよう
引の実行を延期するか、あるいは重要事
な事実が存在しないという虚偽の外形が創り
実の公表を行って取引を実行すること。
出され、その結果、投資者が企業内容・有価
証券の価値について現実以上に良好なものと
⑶ 上場市場別の傾向
誤解する場合が想定されることから、「重要な
開示書類の虚偽記載について、課徴金納付
事項につき虚偽記載のあるもの」と同様に課
命令対象となった開示企業の上場市場別の傾
徴金の対象となっています 。
向は、表5に示すとおりです。
6
ハ. 誤解を生じさせないために必要な重要な
事実の記載が欠けているもの
東京、大阪、名古屋、札幌および福岡の5
証券取引所(ジャスダックは平成22年4月に
「誤解を生じさせないために必要な重要な事
大阪証券取引所と合併)にまんべんなく対象
実」とは、開示書類の様式等で具体的に開示
企業が見られますが、延べ58社のうち、本則
項目とはされていない事実であっても、開示
市場銘柄が31社、新興市場銘柄が27社とな
項目についての誤解を生じさせないために必
っています。規模の小さい会社や新興市場の
要な事実があれば記載しなければならないも
会社が多くなっている背景について、次のこ
のです。したがって、何を書かなければなら
とが指摘されています7。
ないかという要件には幅があることから、「誤
① 会社規模が大きくまたは複数の事業部
解を生じさせないために必要な重要な事実の
門を抱えている場合、特定部門において
記載が欠けているもの」について、刑事罰お
不適正な会計処理が行われたとしても、
よび課徴金の対象外となっていることは妥当
全社的にみると財務上の影響は限定的な
なところでしょう。
ものにとどまりやすい。しかし、会社規
模が小さく事業部門も少ない場合や新興
⑵ 会計不祥事とインサイダー取引
上場会社における有価証券報告書等の虚偽
市場の会社の場合には、会社全体の財務
に影響を与えることになりやすい。
記載に該当する事例は、インサイダー取引規
② これらの会社では、管理部門が脆弱で、
制上のいわゆるバスケット条項等(法第166
経営トップや稼ぎ頭の中核部門の幹部の
条第2項第4号)の重要事実に該当する可能性
発言力が圧倒的であることから、不適正
があります。実際、上記2⑵ロのとおり課徴金
な会計処理やその発覚の遅れにつながり
事案・告発事案に該当したものもあります。
やすい。
上場会社において、このような会計不祥事
もっとも、規模の大きい会社においても、
が発覚した場合には、会社および役職員がイ
平成23年9月から11月にかけて発覚した大王
ンサイダー取引違反をしないように、次のこ
製紙株式会社における元会長への貸付金問題、
とについて慎重に検討しなければなりません。
オリンパス株式会社における有価証券投資損
① 会計不祥事を知った社内の者によるイ
失の「飛ばし」のように、ガバナンスや内部
ンサイダー取引や情報漏洩を防ぐため、
統制制度が機能していないところも見受けら
発覚した虚偽記載に関連する情報の管理
れます。
池田唯一ほか『逐条解説2008年金融商品取引法改正』306頁 商事法務 平成20年
6
天谷知子「課徴金勧告事例にみる最近のインサイダー取引と開示書類の虚偽記載の動向」金融ジャーナル平成23年2月号 48頁
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表5 上場市場別件数
東京証券
取引所
18
19
20
21
22
23
計
第一部
1
4
2
2
4
0
13
第二部
0
1
0
0
1
0
2
マザーズ
0
0
1
2
7
1
11
計
1
5
3
4
12
1
26
第一部
1
1
2
0
2
0
6
大阪証券
第二部
0
0
2
1
0
0
3
取引所
ジャスダック
2
3
4
3
3
0
15
計
3
4
8
4
5
0
24
第一部
1
0
1
1
0
0
3
名古屋証券
セントレックス
0
0
0
0
0
1
1
計
1
0
1
1
0
1
4
札幌証券取引所
0
0
2
0
0
0
2
福岡証券取引所
0
0
2
0
0
0
2
合計
5
9
16
9
17
2
58
年度別勧告件数
3
8
11
9
18
2
51
取引所
(注1)年度とは、当年4月から翌年3月をいう。ただし、23年度は5月まで(業種別分類において同じ)。
(注2)複数の市場に重複上場している企業があり、また、年度別勧告件数には個人に対して行われた勧告件
数も含まれているため、各年度の合計数と年度別勧告件数が一致しないものがある。
(出所)平成23年6月証券取引等監視委員会「金融商品取引法における課徴金事例集」57頁
⑷ 業種別の傾向
ても収益の前倒し計上による不正経理が行わ
業 種 別 に 見 る と、 表 6 に 示 す と お り、 情
れやすい傾向があります。また、資産の減損
報・通信業が12件、建設業が6件、卸売業が
手続きを行わないなど業種に関係のない固定
7件と比較的目に付きます。
資産に係る虚偽記載の事例も見られます9。
虚偽記載に限らない不正企業は卸売業が多
いようですが、虚偽記載に限ると情報・通信
業が多いといえます。情報・通信業のなかで
は、IT関連企業が多く、売上対象物が有体物
ではないことを悪用した不正が多数見られ、
また、協力会社を伴う例も少なくないとの指
摘があります8。IT業界については、日本公認
会計士協会が平成17年3月に「情報サービス
産業における監査上の諸問題について」(IT業
界における特殊な取引検討プロジェクトチー
ム報告)を取りまとめていますが、かねてか
ら不適正な会計処理に繋がりやすい業界の特
質が指摘されているところです。
卸売業は、取引商品によっては商慣習の延
長から不正な循環取引を行い易い土壌があり
ます。建設業では、収益の認識時期に絡んで
工事進行基準の工事進行率の見積りに係る不
正経理が行いやすく、完成基準を採用してい
天谷知子 前掲(注7)
8
平松朗「近時の虚偽記載等の傾向」小谷融編著『金融商品取引法における課徴金の分析〈Ⅱ〉虚偽記載編』29頁 商事法務 平
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成24年
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特集
表6 業種別勧告件数
18
19
20
21
22
23
計
建設業
2
1
3
0
0
0
6
食料品
0
0
0
1
0
0
1
機械
0
0
3
0
0
0
3
電気機器
0
1
0
0
2
0
3
輸送用機器
0
0
0
1
0
0
1
倉庫・運輸関連業
0
0
1
0
1
0
2
情報・通信業
0
4
1
1
4
2
12
卸売業
0
0
2
3
2
0
7
小売業
0
2
0
1
0
0
3
証券商品先物取引業
1
0
0
0
0
0
1
不動産業
0
0
0
1
0
0
1
サービス業
0
0
1
1
5
0
7
合計
3
8
11
8
15
2
47
(出所)平成23年6月証券取引等監視委員会「金融商品取引法における課徴金事例集」58頁
⑸ 虚偽記載の態様
イ.不適正な会計処理の類型
課徴金を課せられたのは、ほとんどが有価
報告書等の継続開示書類に含まれる財務諸表
・関係会社損失引当金の過少計上
に係る虚偽記載の事案です。これらの事案に
・貸倒引当金の過少計上
係る不適正な会計処理の類型は、次のように
・非上場株式の評価損の過少計上
分類することができます。
・ソ フトウェア仮勘定に係る除却損失の
過少計上
・売上の前倒し計上
・のれんの一括償却による損失の不計上
・売上の過大計上
・債務保証損失引当金の不計上
② 売上原価
⑦ 資産
・売上債権の過大計上
・売上原価の過少計上
・棚卸資産の過大計上
・売上原価の繰延べ
・棚卸資産の架空計上
・架空仕入の計上
・長期未収入金の過大計上
・売 上原価の未成工事への付替えによる
・前渡金の過大計上
費用の繰延べ
③ 販売費及び一般管理費
・費用の過少計上
・販売費及び一般管理費の過少計上
・有形固定資産の過大計上
・無形固定資産(のれん)の過大計上
・無形固定資産(ソフトウェア)の架空計
上
・貸倒引当金の過少計上
・著作権の過大計上
・費用の無形固定資産への付替え
・関係会社株式の過大計上
④ 営業外収益、特別利益
・投資有価証券の過大計上
・社債の評価益の過大計上
・破産・更生債権等の過大計上
・匿名組合清算配当金の過大計上
・貸付金の過大計上
・引当金の不計上
・リース資産の架空計上
・経 営統合の際の特別利益(負ののれん)
・繰延税金資産の過大計上
の過大計上
⑤ 営業外費用
17
・減損損失の過少計上
・減損損失の不計上
・架空売上の計上
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⑥ 特別損失
証券届出書等の発行開示書類または有価証券
① 売上高
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・貸倒損失の過少計上
⑧ 負債
・前受金の過少計上
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・退職給付引当金の過少計上
【売上の過大計上】
「売上の過大計上」には、協力会社を経
・未払金の過少計上
由して取引先に資金提供し売上を計上し
⑨ 連結
た事案、交換取引を売上に計上した事案、
・子会社の連結はずし
ロ.売上高および売上原価の分析
取引先との合意書を偽造し売上の取消し
主な不適正な会計処理の事例である売
処理を回避した事案、工事進行基準が適
上高および売上原価について、次のよう
用される工事において、総発生原価を過
に分析することができます 。
少に見積もることにより、工事進捗率が
10
【概 要】
高くなり売上を過大計上した事案、偽装
売上高は全体の金額が大きく、水増し
した検収書に基づいて売上を過大計上し
額も大きな金額とすることが可能であり、
た事案、偽造した証憑類を用いることに
また、営業部門の担当者だけでも起こり
より架空の販売先に係る売上を計上した
うる可能性もあるなどさまざまな理由か
事案などがあります。
ら、事案件数が多くなっています。また、
【架空売上】
売掛金等の受取勘定の架空計上に直結す
「架空売上」とは、実際に売買が行われ
るとともに、過大な売上原価の計上にも
ていないにもかかわらず、売買があった
結びつきやすいものです。
ものとして売上を計上することをいいま
【売上の前倒し計上】
「売上の前倒し計上」とは、契約、引渡、
す。「架空売上」を計上した事案としては、
取引先との間に協力会社を介在させ、循
検収等売上(収益)の計上基準を満たし
環取引を行っていた事案、架空のコンサ
ていないのに、売上として計上すること
ルティング料や匿名出資を通じた不正な
をいいます。売上の操作としては初歩的
資金循環取引を行うことにより架空売上
な手法であり、一般的に期ズレの状態が
を計上した事案などがあります。
生じるが、一度前倒し計上をすると減収
【売上原価】
回避の観点から次期以降も継続すること
売上原価に係るものには、期末仕掛品
になり易く、業績が好調になるまで正常
残高を過大計上することにより製造原価
に復すことが難しい状態になりがちです。
を過少計上した事案、工事進行基準を適
「売上の前倒し計上」には、検収基準を
用している工事についての総工事原価の
採用していた会社が顧客に検収書の発行
過少見積り、実際発生原価を過大に計上
を依頼するなどして翌期首出荷分の前倒
することによる工事進捗率を嵩上げした
し計上を行った事案、建物引渡完了日基
事案、期末商品棚卸高を過大計上するこ
準を採用している会社が未完工で引渡し
とにより売上原価を過少計上した事案、
未了の物件につき、建物引渡し済みであ
子会社の売上原価や営業費用の一部を翌
ると仮装して前倒し計上を行った事案、
期繰り延べ等により過少計上した事案、
などがあります。期末の収益計上の取引
完成工事の外注費を未成工事に付替える
を精査すれば発見は可能であり、比較的
こと等により工事原価を過少計上した事
素朴な粉飾決算手法といえます。
案があります。
平松朗 前掲(注9)32、33頁
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