ブッシュ政権の対イラク政策

[イラク]
ブッシュ政権の対イラク政策
∼強硬路線をたどる必要性∼
小池
目次
序章
和雄
序章
今までのイラク問題の流れ
第 1 章 問題の背景
第 2 章 現ブッシュ政権の姿勢
第 3 章 「強いアメリカ」を示すブッシュ大統領
終章
これからの展望
今までのイラク問題の流れ
対イラク問題が表面化したのは 90 年 8 月 2 日にイラクがクウェートに侵攻したこと
に端を発する。これは明らかなる国際法違反であり、同 6 日には国連がイラクに全面
経済制裁を下し、91 年 1 月 17 日には米国中心の多国籍軍がイラクを空爆し、湾岸戦
争が始まった。多国籍軍はイラクに対し、大量破壊兵器(生物兵器、化学兵器、核兵
器、長射程ミサイル)とその関連施設の完全廃棄を定めた国際連合安全保障理事決議
687 の受諾を停戦条件とし、4 月 3 日にイラクはこれを受け入れた。しかし、戦争開始
以前より実施されているイラクへの経済制裁は現在も継続中である。イラクが国連安
保理事決議 687 にしたがっているかどうか監視する国連大量破壊兵器特別委員会
(UNSCOM、現在は国連監視検証査察委員会 UNMOVIC)による査察に全面的な協
力をしようとしないためである。UNSCOM は必要とされる場所を即時に査察できる
権限を持つため、いまだ大量破壊兵器を開発・貯蔵しているとされるイラクは、たび
たび「都合の悪い」施設への査察団の立ち入りを拒否してきた。
長期にわたる経済制裁でイラク国民に対する人道面での同情が高まったため、国連
は 96 年、制裁を部分的に解除することを決めた。国連の管理下でイラクは石油の輸出
を年間 40 億ドル相当まで許可され、その収入を医薬品や食糧などの人道物資の輸入、
国連査察団の活動費、クウェート侵攻時の被害者への保障にあてることが定められた。
だが、現在はイラクが国連の査察を拒否しているため、経済制裁の部分解除の措置は
滞っている。アメリカは湾岸戦争時のブッシュ政権からクリントン政権、そしてブッ
シュ新政権とイラクに対して、国連の指針とは離れて強硬姿勢を続けてきた。93 年に
は巡航ミサイルのトマホークをバグダードの情報本部に攻撃し、94 年には 5 万人超の
兵士を湾岸地域に送るなど、クリントン政権では前政権以上の強腰姿勢をとった。
現在、アメリカがなぜ単独でもイラクを攻撃しようと、強硬路線をとるのかについ
て、問題の背景を明らかにし、ブッシュ政権内の対立、大統領の意見とその理由につ
いて本論文において述べる。それらをふまえた上で今後の展望について述べたい。
第 1 章 問題の背景
第 1 節 制裁体制のほころび
反イラクの姿勢を強くするアメリカに対して、ロシア、フランス、中国はイラクへ
の制裁の継続に批判的である。これらの諸国はイラクへ多額の債権を所持しており、
石油売却による債権の返済と石油利権の獲得を期待しているのである。そして日本も
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三田祭論文集 2002
またそうした債権諸国の中に含まれる。長期にわたる制裁にも、イラクがなかなか屈
しようとしない理由がここにある。実のところ、イラクに対する経済制裁が部分的に
解除されても、国民の生活水準の改善にはほとんど影響していないのが現状である。
むしろ経済制裁の部分的な解除によって利益をえているのは、イラクよりもロシア、
フランスなどの石油取引国や、これによってイラク国内での活動費をまかなえる国連
の方なのである。イラクはこうした利害関係を逆手にとってロシアやフランス、中国、
日本をアメリカによる対イラク攻撃や制裁緩和のはたらきかけの楯にして、経済制裁
の解除を目指している。これらの経済的に大きな利害関係を持つ国々や、アラブ諸国
を中心とした対イラク同情論は、イラクの査察拒否に対するアメリカの軍事制裁の方
針に同調しない。アメリカとイラクの対立は、こうして次第に戦争の危険をはらむも
のとなっているのが現状である。
イラク政府高官は国内に大量破壊兵器は存在しないと度々主張している。政府高官
はそういっているのだが、肝心のサダム・フセインはイラクの武装解除など一度も口
にしていない。国連安保理事会がイラク政府に対して保有する大量破壊兵器を解体し、
無害化するための行動に協力するように要請してから、すでに 10 年の月日が流れた。
4 年前にはイラクは UNSCOM を国内から締め出して活動できないようにし、以来、
イラクの大量破壊兵器については査察も監視も行われていない。この点からわかるよ
うにイラクは今も国際法を破り続けているし、大量破壊兵器の開発能力の維持を決意
している。
第 2 節 打倒フセイン政権の諸事情
ブッシュ現政権の主張としては、「イラクの脅威はすでに切実なものとなっており、
対テロ戦争との関連からも見過ごせない」ため、イラクが核武装すれば非常に厄介な
問題となるのでアメリカはそれを回避するために大胆な行動に出る必要がある、とい
う強硬なものである。
ビンラディン率いるタリバンやアルカイダとの対テロ戦争が終盤にさしかかってい
る以上、今なされるべきことは対イラク政策に活路を見出すことで、これはすなわち
フセイン政権の打倒を意味する。そして中東諸国をはじめとする隣国との平和共存を
めざすイラクの指導者が表舞台に登場できる環境を作ること、これがアメリカの急務
であるというのがブッシュ現大統領の言い分である。
対イラクの封じ込め政策というのはもはやその効力を失いつつある。湾岸戦争が終
結を迎えた時、アメリカは敗北したフセインが権力の座から追放されることを期待し
ていたはずだ。フセインの牙を抜いて孤立させ、彼が政権ポストから失脚するのを待
つ、これが当時当時のアメリカの姿勢であった。これが「砂漠の狐作戦」である。こ
の 10 年間、イラク封じ込めの目標は侵略という野望に取り付かれたフセインが大量破
壊兵器を獲得したり、再軍備を試みたりするのを阻止することだった。アメリカと同
盟諸国は、イラクの侵略を抑止したり、撃退したりしなくてもすむように、イラクが
周辺諸国に脅威を与える手段を持てないようにしたかったのだ。しかし、この 2,3 年
の間にイラク封じ込め政策にもかなりほころびが目立つようになってきた。大量破壊
兵器開発プログラムに対する査察はずいぶん前から中止に追い込まれている。フセイ
ンにルールを遵守させるために争うことに疲れ果て、国連の制裁を尊重しない国の数
も増え続けている。ここで穏健派は一旦、同盟国に呼びかけ、国際協調を促し、それ
から対処すべきだ、と主張する。確かに反フセイン連合を建て直し、封じ込めを強化
するように他の諸国に働きかけるのは間違っていない。だが、状況を簡単に改善させ
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ることができるというのはあまりにオプティミスティックである。イラクへの包括的
な制裁が効果を上げるにはもちろん多国間の国際協調が必要不可欠ではあるが、主要
国の多くが制裁を遵守しないために、制裁がうまくいっていないのが現実だからだ。
アメリカが冷戦の時に使用した軍事力の特化による抑止をイラクにも実施すればよ
いという議論もある。これは今までフセインが国際法や制裁を遵守しなかったことは
考えずに、アメリカの介入という抑止力を楯にフセインに侵略行為を思いとどまらせ
るという戦略である。しかし、この方法にはかなり大きなリスクを伴うことは今まで
のフセインの言動を見てくればわかるであろう。確かにフセインはそこまで合理的選
択のできない男ではないという主張もある。湾岸戦争中にイスラエルや、アメリカに
対して大量破壊兵器を使用しなかったのはもちろんその数百倍も数千倍も大量破壊兵
器を持つ両国からの報復をおそれてのことであろう。しかし、一方で彼には非合理性
が見え隠れし、抑止による政策はどの程度効果をあげるのかは全くわからないという
のも事実である。
フセインはギャンブラーであり、リスクを恐れずに都合のよいように状況を判断す
る独善的な政策決定者である。実際に 1980 年のイラン侵攻、90 年のクウェート侵攻、
90~91 年の湾岸戦争、94 年のクウェート再侵攻の試みなどは彼の非合理性のあらわれ
である、としか説明のしようがない。また現時点において、フセインが核兵器の獲得
を目論んでいるのは間違いない。一方で彼は化学兵器、生物兵器をすでに保有してい
るし、自国の民間人に世界で初めてそうした兵器を使用しただけでなく、イランに対
しても使用している点を考えると、彼を野放しにしておいていつ使用されるかもわか
らない核兵器の開発を黙って見過ごすわけにはいかないであろう。ここで共和党の性
格はもともと民主化を唱える考えとは一線を画し、国益や大国間の関係を重んじる現
実主義的思想が根付いているため、強硬といわれる手段をとる場合が多いことも忘れ
てはいけない。
第 2 章 現ブッシュ政権の姿勢
第 1 節 揺れるブッシュ大統領
ブッシュ政権の対イラク政策を論じる上で忘れてはいけないのが彼を取り巻く閣僚
や、官僚たちの動向である。何故ならブッシュ大統領はあくまでも大統領として、政
策にゴーサインを出すのが主の仕事であり、彼を取り巻く政策アドバイザーたちの言
うことには常に耳を傾けるからである。
現在のワシントンでは、パウエル国務長官を中心とする穏健派の多国間主義グルー
プ、ラムズフェルド国防長官とチェイニー副大統領らリアリストによる単独行動主義
グループ、そしてウォルフォウィッツ国防副長官とパール国防総省国防政策局長など
の新保守主義の 3 つが入り乱れている1。8 月末にはチェイニー副大統領が「国連の査
察官はこれまで多くのことを見逃している。査察官がイラクに戻ることで問題に対処
できると考える人は多いが、査察それ自体が目的ではないのだ。」と指摘し、「脅威に
立ち向かうには、都合のよい願望を持ったり、問題から目をそむけたりすることを排
除するべき」などと語り、査察ではイラク側がすべての情報を公開するわけがないこ
とを示唆した上で、査察が攻撃を先延ばしにするにはならないと述べていた。これに
対してパウエル国務長官が 9 月 2 日の英 BBC 放送のインタビューでイラクの大量破壊
兵器問題について、「まず査察の結果を見るべきだ」と述べ、「皆が判断を下せるため
には国際社会の議論が必要。それには世界に対して情報が示されるべきだ。」と語り、
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国際社会を納得させるためにも国連査察が「第一歩となるべきだ」との考えを強調し
た。
各集団の対立にはさまれ、大統領はどの集団の世界観を受け入れればよいのか決め
かねている感がする。イラクに対して単独行動でも攻撃するべきとする積極派グルー
プも国連査察を受け入れさせるべきとする消極派グループもどちらにせよサダム・フ
セインを政権ポストから追い落とす必要があるという点では立場の違いはないと思わ
れる。
第 2 節 中核のタカ派
もともとウォルフォウィッツ国防副長官や、パール国防総省国防政策局長らはチェ
イニー副大統領とラムズフェルド国防長官が政権に呼び寄せたこともあり、新保守主
義と単独行動主義のグループはタカ派のグループということで一致している。よって
「米単独でもイラクをやっつけるんだ」と主張する勢力がブッシュ政権内で依然とし
て強い影響力を持ち、中核を占めているのが現状である。
このタカ派サークルは単独行動を辞さず、力による秩序、イデオロギー外交として
の人権・民主主義・資本主義の拡大を追求する。ソ連を「悪の帝国」と呼んだレーガ
ン政権時代の外交を冷戦後の現実にあてはめて「アメリカの秩序」を強く訴える。そ
して、彼らは学者集団であり、徹底的な理論武装を好む。米国をかつてのローマ帝国
や大英帝国の威勢も上回る史上例のない「帝国」になぞらえ、アメリカによる「新帝
国主義論」を信奉する人が多いのも特徴である。この新保守主義勢力の台頭こそが現
在のアメリカを象徴している。つまり 9.11 こそがパクス・アメリカーナの衰退、すな
わち「終わりのはじまり」を象徴する出来事だったようだ。その焦りが新保守主義勢
力の台頭に繋がったのではないかと考えられる。
この勢力が中心となって強く打ち出しているのが、京都議定書や、包括的核実験禁
止条約(CTBT)からの離脱に見られるユニラテラリズム、つまり“アメリカ単独行動
主義”である。
これに対して湾岸戦争時に統合参謀本部議長を務めたパウエル現国務長官は戦争の
現場を知り尽くしたたたき上げの軍人として、現実主義の見地から理論派である新保
守主義とことごとく衝突する。しかし、絶えることのないパウエル辞任の噂が示すと
おり、米国民の願いもむなしく、新保守主義勢力の前にパウエルの主張はかき消され
ていく。
第 3 節 ハト派の巻き返し
8 月に入ってブッシュ大統領のイラク攻撃に向けた発言がややトーンダウンした感
がある。これにはある大物が深く関係している。陸軍士官学校卒業後、空軍中将で退
役した、ブレント・スコウクロフト元大統領補佐官(国家安全保障問題担当)がパウ
エルに合流し、タカ派の影響を受け強硬な姿勢を示すブッシュ大統領に強烈なブレー
キをかけたのである。スコウクロフトは強硬姿勢を全面に出す現政権の政策に対して
微妙に距離をおいてきたが、いよいよ表舞台に登場する。ベーカー元国務長官さえも
その背後にいるようだ。
スコウクロフトはニクソン、フォード、前ブッシュの共和党政権を支えた長老格の
人物で軍関係者の絶大なる信頼を今なお集めている。タカ派のパウエル包囲網も彼に
は通用するはずがない。格の違いが歴然と存在している。キッシンジャー・アソシエ
イツの副会長を務め、ライス大統領補佐官を学界からスカウトしたことで、彼女の「師
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匠」とも言われるが、何よりブッシュ家と最も近い関係にある。
その彼が 8 月 4 日の CBS の「face the nation」に出演し、イラク攻撃が「中東全体
を煮えたぎった大釜に変え、テロとの戦いも破壊することになる」として、自制する
よう強く促したのである。そして、
「まず取り組むべきはイスラエル・パレスチナ問題
である」と欧州勢の主張を代弁するかのような発言を行う。
8 月 12 日付けのワシントン・ポストには共和党の有力論客であるキッシンジャー元
国務長官と政治評論家のロバート・ノバクがそれぞれ積極論と消極論を展開し、この
記事の中でノバクは、強力な援軍の登場により、強硬派に対して強腰の姿勢を再び取
り戻したパウエル国務長官、アーミテージ国務副長官がそろってブッシュ大統領と腹
を割って会談し、慎重に対イラク政策を運ぶよう上申したと述べ、性急なチェイニー
副大統領らに対する党内の懸念を紹介した2。なお、スコウクロフトは以前から、政権
の一部を指して明確にユニラテラリズムと表現し、朝日新聞とのインタビューでは「ブ
ッシュ政権には単独行動主義的傾向の人が入っている。だが、対テロ戦に強力が不可
欠と分かれば、徐々に変わっていくと思う。
」と発言している。パウエルとアーミテー
ジはブッシュ大統領に続いて、キッシンジャー元国務長官を呼び寄せ、パウエル陣営
に引き込むことに成功したようだ。キッシンジャー元国務長官は「攻撃やむなし」と
する発言に加えて、新査察制度の提案などの外交活動も求めるようになった。
第 3 章 「強いアメリカ」を示すブッシュ大統領
第 1 節 ブッシュの最近の動向
ブッシュ米大統領は 9 月 12 日の国連演説で米国が 1984 年に脱退した国連教育科学
文化機関(ユネスコ)に復帰すると発表した。これには国際社会への協調姿勢を示し、
単独行動主義批判を和らげる狙いがありそうだ。ユネスコには国連加盟国の大半が加
入している。国連を通じてイラク攻撃への支持を呼びかける以上、途上国対策に真剣
に取り組む姿勢を見せる必要がある上、貧困撲滅がテロ対策にも欠かせないとの判断
が働いた。
演説をする日の朝の記者会見では「これから私は国連に行ってイラク政策について
演説する。これは国際的な問題であり、ともに対処しなければならないと感じるから
だ」と述べた3。ブッシュ政権はとりあえず国際社会の理解獲得の努力を優先しようと
いう姿勢を強めている。しかしイラク問題はアメリカだけの問題ではなく、国連の問
題であるとの見解も示した。イラク問題の解決に向けて国連に行動を促し、米国が国
際協調に最大限努力する考えも強調した。その一方で、イラクのフセイン大統領は国
連決議を無視して大量破壊兵器を開発していると非難し、国際社会の平和と安定を危
機に陥れていると主張。兵器の廃棄に応じなければ武力行使を辞さない姿勢を明確に
示した。
9 月 4 日にはブッシュは議会に対して 11 月 5 日の中間選挙までに武力容認決議を表
決するように要請している。同日には米海軍が戦車をイラク周辺国に輸送していると
の情報が流れた4。政権側はこの日から猛烈な勢いで議会への根回しに動き出した。大
統領が議会指導者に攻撃前に「承認」を求めると約束。代わりに中間選挙までに、武
力決議の表記実施を求めた。国内の支持取り付けにこれ以上手間取ると欧州、ロシア
に広がる攻撃反対論に拍車がかかりかねないと考えているためだろう。また中間選挙
戦では株価不安や、企業不祥事を民主党に突かれ、大統領陣営の旗色が悪くなり始め
ている。選挙前にイラクへの武力容認決議を得られればテロ問題への関心が一段と強
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まり、大統領にとって強い追い風となるであろうことは容易に推測できる。
議会、同盟国の入念な根回しをすることでパウエルの顔を立て、同決議を議会に迫
ることで強硬派のチェイニーらにも配慮する。大統領の動きには両翼の微妙なバラン
スに乗ろうとしている面もうかがえるが、基本的にはイラク攻撃に対して「強いアメ
リカ」を世界に示す強硬な立場といえるだろう。
第 2 節 ブッシュ政権が強硬策を見せる理由
イラクに対してアメリカが強硬な姿勢を示すことができる理由は明らかである。タ
リバン政権を打倒し、北部同盟による政権を樹立させたアフガニスタンでの軍事作戦
が成功したことで今アメリカは波に乗っている。こうした作戦こそがイラクに対する
戦略モデルである、と確信しているであろう。またこの時期アメリカ国民が一致団結
して対テロ戦争への賛同していたのも下火になりつつある。もしかしたらイラクは脅
威である、という考えがアメリカ国民の間に浸透してしまう前に議会の武力容認決議
を求めるのもこの流れを失ってはいけないとの考えの表れであろう。
査察が再開されたとしてもイラクの安全性が確認できるかどうかはわからない。仮
に査察を行ったとしても、全てのデータは破壊されていうかもしれない上、これはも
はや大海に逃げ込んだ小魚を探し出すような作業で、その大海を支配しているのが当
のフセイン本人であることを考えるべきだ。
即時攻撃にせよ、査察後の攻撃にせよ、アメリカはフセイン政権打倒後のイラクに
おける政治的・軍事的債権に必然的に責任を持つことになる。一方で、イラクの政治
体制の変革に無関心を決め込めばアメリカのフセイン後のイラクへの影響力は大きく
制約され、サダムの失墜を逆に自分たちの台頭に利用しようとする策略家が出てくる
危険性もある。イラク侵攻がもっとも無難な選択であると思えるのはアメリカが取り
得るほかの選択肢に問題が多く、現状を放置することのリスクが、これまでのフセイ
ンの侵略と暴力の歴史から見ても非常に大きくしかも関わってくる利害が途方もなく
大きいからだ。イラク侵攻が膨大なコストを伴うとしてもそれでもなお侵攻が必要な
のは、状況を放置すればフセインは必ずや核兵器を獲得し、核武装したフセインが周
辺地域やもっと広い地域を大混乱に陥れる危険があるからである。
終章 これからの展望
現時点では 9 月 11 日の同時多発テロの衝撃はまだ鮮明で、アメリカ政府と市民は対
テロのためなら犠牲を惜しまない覚悟ができているし、世界各国もテロ組織に同情を
寄せることには慎重な態度をとっている。イラクへの侵攻が政府のテロ支援とは全く
関係がないとしても、イラクが近隣諸国と世界にとって大きな脅威を突きつけている
ことのほうが、テロに関わった証拠があるかどうかよりもよほど重要な問題である。
侵攻のタイミングを先送りすればするほど、内外の支持確保は難しくなるかもしれな
い。つまりアメリカにとってはイラク問題に対処するにはまだ時間的余裕が少しある
が、この問題を永遠に先送りすることはできない、ということは断言できる。
アメリカはフセインが核兵器を開発する前に彼を政権の座から排除する必要がある。
現実的に彼がそうした軍事能力を手にするまでにはどれくらいの時間がかかるかわか
らない。しかしアメリカと国際社会がそうした危機に直面してあたふたとするような
ことがあってはならない。イラクとの戦争はかなりのリスクを伴うが、フセインが核
兵器を手にするのを指をくわえて待っている方がはるかに危険である。アメリカはイ
ラクに対する最終的な軍事行動への準備をするとともに、それに対する国内外の支持
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を得ておく必要がある。
昨年の 9 月 11 日のアメリカにおける同時多発テロが発生した際、イラクはアメリカ
に対する弔いの意を示さなかった数少ない国のひとつであった。世界の中ではアメリ
カを直接の敵と想定して対外政策を展開する国際政治主体としては真っ先にイラクの
フセイン政権が上げられる。アメリカとしてはこの危険な独裁者を野放しにしておく
わけにはいかない。ブッシュ政権が、もっと大きく言えばアメリカ政府が、イラクに
対して強硬な姿勢をとり続けることは間違いないであろう。軍事侵攻がいつになるか
はわからない。しかし手遅れになる前に手を打つということは必要不可欠である、と
結論づけることができよう。
【註】
1
『論座』2002 年 10 月号、p.243
2
Washington Post , 2002.8.12
3
読売新聞 2002 年 9 月 13 日
4
日本経済新聞 2002 年 9 月 6 日
【参考文献】
ジュディスミラー、ローリーミロイエ『サダム・フセイン』飛鳥新社、1991 年
日高義樹「イスラムとの第四次世界大戦」
『Voice』294
鍛冶俊樹「イラク攻撃説」
『エコノミスト』80(27)
チャールズ・ボイド「悪の枢軸発言の狙いを読む」
『中央公論』117(5)
池田明史「
“テロ討つべし”米国の狙いはイラク打倒」
『エコノミスト』80(20)
リチャード・パール他「サダム追放策の全貌を検証する」
『論座』83
チャールズ・ボイド他「イラクを攻撃すべきこれだけの理由」
『論座』84
マイケル・ハーシュ「ジョージ・W・ブッシュの世界像」
『論座』89
「イラク戦争の現実性」東洋経済 5752、pp.162∼165
「パゥウェル外交の試金石」
『ニューズウィーク日本版』16(9)、p.37
「ブッシュの一般教書演説」朝日新聞 2002 年 1 月 30 日付夕刊
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-8-20/05_0301.html
http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt54/20020913d2mi014313.html
http://www.mainichi.co.jp/news/selection/archieve/2002911k
日本経済新聞
読売新聞
朝日新聞
Washington Post
New York Times
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