人間の尊厳を直視して 福岡訴訟原告弁護団常任弁護団員 井 下 顕 私は

人間の尊厳を直視して
福岡訴訟原告弁護団常任弁護団員
井
下
顕
私は、本年3月17日から20日までの4日間、追加提訴予定者の聞き取り調査
のために、北京へ行きました。
現在の中国、とくに3月の北京は、オリンピック招致運動の盛況もあってか、め
ざましい経済発展の中で、高層ビルや高層マンションが建ち並び、広い道路には多
くの車が行き交い、現在の日本とほとんど変わらない、もしくはそれ以上の状況で
す。
そうした中で私が出会った被害者の方々は、人民服を着て、人民帽をかぶり、履
き古されたズックを履いていました。深い、本当に深いしわに刻まれた柔和な顔立
ちの中に、何とも悲しげで、しかし純朴そうな目が本当に印象的でした。私たちを
見て涙を流して手を差し出してくれました。
彼らは連行当時と同じ場所に住み、同じ職業に従事し、帰国後もずっとそうして
生きてきたのです。彼らの中では連行当時からずっと時間が止まっているのです。
少なくとも私はそう感じました。
私たち日本人にとって戦争の歴史はいつしか教科書で教えられる歴史となり、す
でに古い歴史の出来事になっているかのようであります。しかし、原告ら中国人被
害者は違うのです。ずっとあの時のままでいるのです。彼らにとっての歴史は現在
も生々しく生きている昨日の出来事なのです。
今回、外務省報告書の存在が明るみに出て、ようやく重い歴史の墓石を取り除い
て、陽の当たるこの法廷に、声をあげることができました。ところがどうでしょう。
国は、そうした「昨日」の事実に対し、認否すらしない、完全な黙殺を決め込んで
います。それが国の方針であると代理人は臆面もなくきっぱりと言い切っています。
原告劉千は事業場報告書の中に自らの名前を見いだしたとき、思わずあふれる涙
を隠しませんでした。あの時の私がいる、ああ確かに自分はこの消しかけられた歴
史の中にいたのだ、自らの人間としての尊厳をもって号泣したのです。
国が、事実に対し、誠実に認否するだけで、どんなに原告らが癒されるでしょう
か。中国で、本件原告らの補佐人でもある康健弁護士が言っていた言葉に非常に印
象的な言葉があります。「原告らは救済を求めているのではありません。賠償を求
めているのです。それは原告らの権利なのです。人間の尊厳を侵されたものの当然
の権利なのです。」
裁判所におかれては、歴史に耐えうる正面からの判決を下されますようお願い申
し上げます。